Revenge of Two Men
伊達 梶乃
*1*

 フェイスマンが店内に駆け込んできた。ここは米国一チーピッシュなファストフード店“タコビル”。一番奥のブースでは、ハンニバルとマードックが最も安いタコス(既にふやけている)を前に、ぬるいコーク(ペプシでなく、コカコーラ。ドクターペッパーかチェリーコークでも可)を啜っている。
「どうだった?」
 疲れ切った表情のハンニバルが、息を切らせながらコの字型に配置されたソファに腰を下ろすフェイスマンに尋ねる。
「アンダーソンさんとこの立ち退きの件の報酬、2000ドル、キャッシュで貰ってきた。そっちは?」
「ベイカーさんとこの愛犬誘拐の件の報酬、1500ドル。」
 ハンニバルは茶封筒を振って見せた。
「で、モンキーの方は?」
「もち。チャールズさんとこの農場乗っ取りの件の報酬、3000ドル、ちゃーんと貰ってきたよ。」
 ハンニバルのよりも厚目の白い封筒を、ポンポンと叩く。
 不況で仕事がないと言っていたのが嘘のようだ。ここ1週間、Aチームは働きづめだった。ロサンゼルス近郊からの依頼ばかりを片づけていたからまだマシだったが、1日に2つかけ持ちした時は、さすがに手抜きの感があった。
 報酬も、すぐその場で貰えるわけではない。大概の依頼主は半ば諦めているものだから支払いの用意など全くなく、数日後に手渡しということになる。それが重なると、今日のようになってしまうのだった。
 6時間ほど前、デンバー氏(オークランド在住)依頼の“暴走族による深夜の嫌がらせの件”を片づけて、やっとこさロサンゼルスに戻ってきたAチームは、休む暇もなく、報酬を受け取るべく、ハンニバルはフレズノへ、フェイスマンはサンディエゴへ、マードックはフェニックスへと行ってきたところだ。
 銀行振り込みにしようという案もないことはないが、一応はお尋ね者の身、MPにバレる可能性が高いということで、現在は考慮中扱いになっている。
「ロングビーチの辺り、渋滞してて参っちゃった、もう。レンタカーの返却時間、危うくオーバーするとこだったよ。」
 フェイスマンが今しがた購入してきたタコスを頬張り、アイスコーヒーで流し込んだ後、言い訳がましく言った。
「モンキー、早かったね。フェニックスじゃ遠かったろ?」
 ちなみに、フェニックスはアリゾナ州。マードックが行ってきたのは、フェニックスを最寄り市街とする名もない田舎。
「ヘリで行ってきたから、あっと言う間。……コングちゃんはまだ? あいつ、どこ行ってんだっけ?」
「えーと……。」
 と、フェイスマンは脇のファイルを開いた。この依頼の嵐の中、書類を整理しておかないと、どこの誰が何を依頼してきたのかわからなくなるため、暇を見つけては彼がまとめておいたものである。
「ラスベガスのエプスタインさんとこ、コーラスガール連続恐喝の件、報酬5000ドル。」
 ハンニバルが短くなった葉巻を揉み消しながら呟いた。
「ベガスか……結構な距離だな。車で行ったんだろう?」
 頷くフェイスマン。そりゃあ、コングが飛行機で行くわけがない。
「では、コングが戻ってくる前に、次なる仕事の打ち合わせをしようじゃないかね。」
「はーい、大佐。意見がありまーす。」
 すっかり打ち合わせをする気分でいるハンニバルの目の前に、挙手するマードックの腕がニョキッと伸びた。
「何だ、モンキー、言ってみろ。」
「誠に勝手とは存じますが、小官、非常に眠たくありまーす。つきましては、しばしの休息をお許し願いたく……。」
「俺もー! 俺も、超眠たい!!」
 間延びしたマードックの言葉を、とっても元気なフェイスマンの声が遮った。
「わかった、モンキー、お前は寝ていてよろしい。ただし、決定事項に後から不平を言うことは許さん。」
「ありがとうございまーす。おやすみなさーい。」
 言うなり、マードックは帽子を目深に下げ、壁に頭を凭せかけて、睡眠体勢に入った。
「ハンニバル、俺は?」
 フェイスマンが上目使いにリーダーを見る。
「お前はモリモリとタコスを食うくらいに元気だから駄目だ。それに、今お前に寝られたら、打ち合わせにならんだろう。いくら俺でも、自分1人で打ち合わせはできん。なぜなら、世間ではそれを“一方的な取り決め”と言って、部下たちから反感を買うことになっているからだ。俺はAチームのよきリーダーとして、そんなことはしたくない。したがって、しばらくの間は起きてろ。」
 ハンニバルはフェイスマンの方を見ないように、ファイルに目を落としつつ言った。あの訴えかける小動物のような情けない目を見てしまったら、何でも許してやりたくなってしまう。だが、言っていることは、真実を織りまぜた嘘八百。
「でも、俺、3日で3時間しか寝てないんだぜ。これって、労働法違反なんじゃない?」
「Aチームに労働法は通用しない。俺も3日で2時間しか寝ていないし、コングに至っては3日間で睡眠時間0だぞ。」
 諭すように、冷たく言い放つ。ハンニバルにここまで言われては、これ以上ダダを捏ねても平行線のまま、意思を通すのは到底無理だということを、フェイスマンは長年のつき合いでわかっていた。
「ふう。……コング、事故ってないといいけど。」
 諦めの溜息の後、フェイスマンは話題を変えるべく呟いた。
「コングには、後でジョルトコーラとカフェイン・タブレットを買ってやろう。」
 アメリカ人なのに覚醒剤を使わない辺り、Aチームらしい。
「さて、今週中に片づけなきゃならん仕事はどれだ?」
 ファイルのページを捲り、ハンニバルが聞いた。
「ファーガスンさんの老婆失踪事件、ハートフォード、2000ドル。ガネットさんの釣舟破損の件、オグデン、1000ドル。ホルダウェイさんの油田に関する権利訴訟の件、ロートン、4000ドル。アイスブルックさんの倉庫強盗事件、クリーブランド、1500ドル。ジョーンズさんのメキシコ労働者の件、ブラウンズビル、2500ドル。キングストンさんの与太者追放の件、ビロクシー、2000ドル。レスブリッジさんのダム建設妨害の件、ミズーラ、3500ドル。モリソンさんの工場大打撃の件、タコマ、3000ドル。以上8件。」
 ハンニバルの手からファイルを奪い返し、フェイスマンが読み上げる。
「……どうして、そんなに遠い所ばかりなんだ?」
 不服そうにハンニバルは、フェイスマンのアイスコーヒーのカップから氷を摘み取り、口の中に放り込んだ。
「先週ハンニバルが“近い所からやろう”って言ったから……。」
「……そうだったな。まあ、仕方ない、我々を頼ってくる迷える小羊たちだ。まだ国内だから、よしとしよう。」
「今月中にっていう依頼の中には、国外のもあるけど?」
「それは断っておけ。さあて、報酬のいい所から片づけていこうか。」
「国外のヤツ、報酬5万ドルだよ。」
「前言撤回。来週、じっくり手がけよう。」
 こんな調子で、打ち合わせは進んでいった。――コングはまだ帰ってこない。



*2*

「しばしも休まず釘打つひっびぃきー♪ とくらぁ。」
 釘を打つ音に混じって、調子っ外れな歌が聞こえてくる。ここは朽ちかけたビルの1階にある、だだっ広いガレージ。だが、ガレージと言っても車は1台もなく、あるのは山積みになった椅子ばかり。入口から見て右側には革張りの肘かけ椅子やソファが、左側には籐のデッキチェアやカウチが、所狭しと並べられている。
「兄貴、昼ゴハン何にする?」
 籐椅子の狭間から、疑問文が投げかけられた。
「タコス。」
 椅子に革を張っている男は、手を休めずに答えた。
「またぁ?」
「いいじゃねえか。店は近いし、安いし、結構美味いし。」
「……うん。兄貴がそう言うんなら、タコスでもいいや。」
 この2人の昼食は、ここ半年間ずっとタコスである。
「待ってろ、キッド。10分くらいで一段落するから。」
「じゃあ、俺、仕度してる。」
 彼ら、ブッチ・キャシディとサンダンス・キッドは、1年半前には実験マニアな配管工事屋だった。しかし、色々あって(『病院へ行こう』参照)刑務所に入り、そこで椅子の製造と修理を覚えた。半年前、模範囚として刑期を大幅に短縮されてシャバに出てきた時に、更生指導員に勧められて生業としたのが、この椅子の革張り替えと籐編み直しだった。初めのうちは嫌々ながらにやっていたが、次第にその腕のよさが口コミで広まり、今ではやめるにやめられない状況になってしまった。稼いだ金を使う暇すらない。材料費、住居費、食費、光熱費等々しか使わないから、貯金は貯まる一方。全く羨ましい限りである。
 だが、キッドはともかく、ブッチはこれをよく思ってはいなかった。配管工事が、実験の次に好きだったからだ。実験器具を壊され、工事道具を奪われ、刑務所に入れられ、そんなに好きでもない仕事をやらされている。これは全て、あの忌ま忌ましいAチームのせいである、とブッチは考えている。
 ブッチとキッドのガレージから目的の“タコビル”までは、歩いて2分弱。今年の西海岸の夏は、無茶苦茶暑い。
「ねえ、兄貴、ガレージにエアコンつけようよ。」
「金、あんのか?」
「うん。最高級のエアコンが10台は買えるし、電気代も余裕で払えるくらいあるよ。」
「そうか、俺たち金持ちだったんだな。……よし、明日にでも電気屋を呼ぼう。」
 と話しているうちに、もうタコス屋。
「何にしようかな? 牛肉と鶏肉、どっちがいいかな?」
「おい、キッド、あれ見ろよ。」
 ブッチが肘先でキッドを小突きながら囁いた。
「あ、ジジイじゃん。」
 奥のブースで堂々と大口を開けて眠っている3人、それはブッチの憎しみの対象、Aチームであった。
「黒くてでかいのがいないね。」
「くたばっちまったんじゃねえか?」
 Aチームに起きる気配がないとわかると、ブッチとキッドはタコスをテイクアウトにしてもらい、そっと店を出た。
「ってことは、あの車は奴らのだな。」
 店の脇に停めてある紺色のバンに視線を投げかけ、ブッチはニヤリと笑った。時代劇でよく見る、悪役の微笑である。
「よーし、ガレージに戻ろう。」
 妙に溌剌としている兄貴分の顔を、不思議そうに見上げるキッド。でも、弟分はわけがわからずとも従うしかなかった。



*3*

 即行でタコスを食べ終えた2人は、再び“タコビル”の前にいた。ブッチの手にある包みが、いかにも不審である。
「兄貴、それ何?」
「これはな……。」
 鼻でフフッと笑うブッチ。悪役が様になっている。
「ある筋の友人に貰った時限爆弾だ。5分後に爆発するようにセットしてある。」
「ある筋の友人って?」
 結構、動じないキッド。
「大学時代の仲間で、今はテロやってる奴。この間、無理を言って、1個だけ作ってもらったんだ。」
「で、それ、どうすんの?」
「こうすんだよ。」
 と、ブッチは辺りを見回して、誰も見ていないことを確認すると、“タコビル”脇のバンの下に、それを滑り込ませた。
「さ、ゆっくりと逃げるんだ。」
 小声でキッドを促し、2人は車から離れた。


 ドゴウン! という爆発音でAチーム3名は目を覚ました。
「ふあ〜あ。何、今の?」
 まだ眠たそうに目を擦り、フェイスマンがアクビする。
「モンキー、ちょっと見てこい。ふん〜っ。」
 伸びをしながら、ハンニバルがマードックに指示を出す。
「あいよ〜。」
 ふらふらと外の様子を窺いに行くマードック。頬にキャベツの切れっ端がくっついている。
「コングはまだ帰ってこないのか?」
「まだじゃない? 店の中にはいないもん。」
 フェイスマンが店内をぐるっと見渡した。
「報告しま〜っす。」
 戻ってきたマードックが、ソファにへたりと座る。
「店の横んとこで、誰かの車が爆破され、炎上してま〜っす。我々には関係ないものと判断しま〜っす。」
「そうか、ご苦労。そいじゃ、コングが戻ってくるまで、もうちょい寝るとしますか。」
「さ〜んせ〜い。」
 賛成の声もうららかに、Aチーム3人が再度眠りに落ちようとした時、店の外でキキッとタイヤの軋む音が響いた。紺色に赤い斜線が1本入ったスモークウィンドウのバンが店の真ん前に停まり、黒光りするどでかいハムもどきがアスファルト上に降り立つ。
「いやー、遅れちまったな。」
 どかどかと走ってくるコングの手には、しっかりと現金入りの黄色い封筒が握り締められている。
「悪ィ悪ィ。やっぱ、ベガスは遠いぜ。」
 睡眠不足ゆえにハイ状態のコングというのも、また別の意味で恐ろしい。
「ほいよ、5000ドル。」
 45度ほど傾斜しているフェイスマンに、コングははち切れそうな封筒を投げて寄越した。
「では、全員揃ったところで、今後の予定だ。フェイスは銀行に行って、本日の収入1万1500ドルのうち1万ドルを預けてくる。郵便局の定期預金でも可だ。俺は残りのうちの1400ドルで武器を調達してくる。モンキーはさらに残りの100ドルで、ジョルトコーラとカフェインを買ってくる。コングはここで休んでいてよろしい。集合は、1時間後、この場所でだ。その後、オクラホマ州のロートンへ車で行く。質問がなければ、これで解散とする。」
「おっと合点だ心得たんぼの川崎神奈川保土ヶ谷戸塚は走って行けばやいとを擦りむく……。」
 ハイなコングはカブキの『ウイロー・ベンダー』の台詞を唱えている。それと対照的に、ふお〜い、むあ〜い、と腑抜けた返事を残して、フェイスマンとマードックは席を立ち、覚束ない足取りで店の外へ出ていった。



*4*

「兄貴ィ、今さっき、Aチームの黒くてでかいのが、紺色のバンに乗って来たよ。」
 敵情視察に出ていたキッドが、ガレージで革張りをしているブッチに報告した。
「バンは爆破したよな?」
「うん。バンは爆破した。でも、違うバンに乗って来た。」
「じゃあ、あの爆破したバンは?」
「別の人のじゃない?」
 復讐の第1幕が失敗に終わったことを知り、ブッチは悔しさのあまり、力を込めて釘を打った。給食で好物の茹で栗が出て喜んでいたが、思い切りかぶりついたところ、中に潜んでいた虫をグチュッと噛んでしまった時の気分である。
「どうすんの、兄貴? もしかすると、ヤバいんじゃない?」
「いや、目撃者はいないはずだし、あの場所は駐車禁止ゾーンだったから、爆破されてしかるべき車だ。それに、爆弾から足がつくこともないと思う。捕まるとすれば、俺の友人の方だ。奴が捕まったとしても、テロリストは口が固いから大丈夫だろう。」
「ならいいけど。」
「で、奴らは今、何してる?」
「黒いのが店に残ってるけど、あとの3人はどっか行った。」
 話しながらも、籐のスツールを編んでいるキッド。
「……キッド、お前、何してるんだ?」
「ん? 仕事。」
「んーなことしてねえで、Aチームの監視を続けるんだ!」
「わかったよぅ、兄貴、怒鳴んないでよぉ。」
 編みかけのスツールを置いて、早足で“タコビル”に向かうキッドであった。弟分は辛い。


 Aチーム一同は現在、車を東へと走らせていた。彼らの目的地は、ロートンの油田。
 後部シートの3人は、グウグウ寝ている。運転席のコングは、いつ襲ってくるかも知れない眠気対策としてラジオをガンガンにかけて、それに合わせて歌っている。信じられないほどのハイ振り。
 そんな、ちょっと危なっかしいバンの後ろにぴったりとついて走る車があった。復讐心に燃えるブッチと、それに従うキッドである。
 普段のAチームなら尾行に気づくはずだが、今日はいつものAチームではない。唯一起きているコングも、ハイのあまり、バックミラーには目もくれない。



*5*

 道中略。オクラホマ州ロートン。ホルダウェイ氏の油田採掘事務所。現在Aチームの面々は、ホルダウェイ氏から詳しい事情を聞いている。
「今のうちに、バンから武器をいただくんだ!」
 ブッチとキッドはそろりそろりとAチームの車(正確にはコングの車)に近づいた。
「キッド、鍵を開けろ。」
 刑務所仲間に金庫破りの技術を習ったキッドが、バンの後部ドアを開ける。次いで、武器庫の錠も外す。ありったけの火器を抱え、ブッチとキッドはまた、そろりそろりと車から離れた。
「それじゃあ、よろしく頼みます。」
「任せておきなさいって。」
 通用口の所で心配そうにしているホルダウェイ氏に、ハンニバルはニッカリと笑いかけると、ポケットから葉巻を取り出した。
「あっ、この一帯は禁煙です!」
 慌てて止めるホルダウェイ氏。
「天然ガスが漏れているんですよ。煙草の火はもちろん、煮炊きもできません。本当は、車さえ危ないんです。」
「ということは……銃も使えないってことか。」
「そうですね。下手をすると、火ダルマになります。」
「ま、何とかしよう。殴り合いには自信があるんでね。」
「お願いします。」
 それから30分後、悪党の巣は乱闘のるつぼと化していた。さらに10分後、悪党の巣はAチームによって壊滅状態となっていた。
 ホルダウェイ事務所への帰り道。
「あれ、こんなとこに銃が。」
 ヘトヘトのフェイスマンが岩陰に置いてある銃を見つけた。
「俺たちの銃だぜ。」
 コングが駆け寄り、それらを手に取る。
「きっと、車の中に置いてあると熱が籠もって危ないからって、ホルダウェイさんが日陰に置いておいてくれたんだよ。」
「うむ、そうだろう。」
 マードックの言葉に、ハンニバルが頷く。
「我々3人でこれを片づけるから、フェイスはホルダウェイさんとこ行って、書類手続きしてこい。報酬受け取りは、今か、でなければ再来週にしてもらえ。」
「オッケエ〜。」
 フェイスマン、死にそう。


「……銃、見つけられちゃったよ。」
 別の岩陰でキッドが言った。
「あいつら、ちっとも応えてねえようだな。」
 チッとブッチが舌打ちした。復讐の第2幕も、失敗に終わってしまったようだ。
「兄貴、次はモンタナ州のミズーラへ行くって。」
「俺たちも追いかけよう。」
 自分たちの車(レンタカー)の所へ戻るブッチとキッド。
「Aチーム、まだ来てないみたいだけど。」
「行き先がわかってんだから、先回りしてやろうぜ。」
 と、ブッチがキーを回した途端、ボン! と車が爆発した。
「うわーっ!!」
 死に物狂いで車から転げ降りる2人。脱兎のごとく逃げる。
「奴らの仕業か!?」
 燃え盛る車をかなり離れた場所から眺め、ブッチは憎々しそうに言った。2人共、見事に無傷。
「違うよ、兄貴、天然ガスが爆発範囲の濃度になってたんだよ。今日は風も弱いし。」
「そうか。じゃ、何であいつらの車は爆発しないんだ?」
 何事もなく走り去っていくAチームのバンに目をやり、ブッチは本当に悔しそう。
「あの辺の濃度は薄すぎるか濃すぎるんじゃない? 何かそんなこと、大学で習わなかったっけ?」
「習ってないぞ。お前、それ、危険物取扱者の試験勉強でやったんじゃねえか?」
「そうかもしれない。」
「……さてと、どうやって帰るか。」
「とりあえずは、歩くしかないよね。」
 町まで歩いて、それから新たにレンタカーを借りて、ミズーラに向かうブッチとキッドであった。



*6*

 道中略。モンタナ州ミズーラ。レスブリッジ氏のダム建設事務所。現在Aチームの面々は、レスブリッジ氏から詳しい事情を聞いている。
「今のうちに、バンのタイヤをパンクさせるんだ!」
 ブッチとキッドはそろりそろりとAチームの車に近づいた。この2人、根性あるな。
 肌身離さず持ち歩いている商売道具の釘と金槌で、タイヤに孔を開ける。プシューという音と共に、次第に車高が低くなる。タイヤ4つをオシャカにすると、ブッチとキッドはまた、そろりそろりと車から離れた。
「それじゃあ、よろしく頼みます。」
「任せておきなさいって。」
 通用口の所で心配そうにしているレスブリッジ氏に、ハンニバルはニッカリと笑いかけると、車に向かった。
「あっ、この先は車では入れません。」
 慌てて止めるレスブリッジ氏。
「ここより奥は道が異常に細いんですよ。川に転落してもいいというのなら止めませんが。」
「でも、悪党のアジトはこの先なんだろう?」
「そうです。奴らはマウンテンバイクで行き来しているんです。」
 マウンテンバイクと言えど自転車。自転車を愛用する悪役なんて、未だかつていなかった。
「アジトは山の頂上か……。それなら自転車より歩いた方が楽だな。」
 ということで、徒歩で悪者退治に出かけるAチーム4人であった。それから50分後(山登りに多少時間がかかった)、悪党一味は銃によって制圧された。さらに10分後、悪党の巣は壊滅状態となるに至った。
 レスブリッジ事務所へ戻り、書類手続き等々を終え、さあ帰ろうという時に、バンの傍らでコングが怒鳴った。
「全っ部パンクしてるぜ!」
「何?!」
 訝しげにハンニバルもタイヤを見つめる。
「ああ、よくあることですよ。」
 そう言ったのはレスブリッジ氏。
「よくあるって?」
 Aチームが声を揃える。
「この辺りでは、硬く大きい棘のある針葉樹の倒木を踏んでパンクするなんてことは日常茶飯事なんです。スペアタイヤがいろいろありますから、どうぞ持っていって下さい。」
「それはありがたい。」
「タイヤ交換も、現場の者にやらせましょうか。」
「頼むぜ。俺ァもう疲れちまった。」
 コングも限界に近づいているようだ。


「空気抜いたの、意味なかったね。」
 針葉樹の木陰でキッドが言った。
「あいつら、ちっとも応えてねえようだな。」
 チッとブッチが舌打ちした。復讐の第3幕も、失敗に終わってしまったようだ。
「兄貴、次はワシントン州のタコマに行くって。」
「今度はワシントン州かよ。」
 自分たちの車(再度レンタカー)の所へ戻るブッチとキッド。
「Aチーム、まだ来てないけど。」
「行き先がわかってんだから、先回りしてやろうって、ロートンでも言っただろ。」
 と、ブッチが車を走らせた途端、噂の“硬く大きい棘のある針葉樹の倒木”を踏んで、タイヤがパンクした。それだけではない。すぐ横は、深くはないが一応は谷。そして、数メートル下には川がどうどうと流れている。パンクによってハンドルを取られたブッチ運転の車は、勢い余って川にダイビングした。
「うわーっ!!」
 急流に流されつつも、死に物狂いで車から這い出る2人。何か叫んでいるが、それも聞こえないくらい、遠くに流れていってしまった。夏でよかったね。



*7*

 ワシントン州タコマのモリソン氏の一件を片づけ、テキサス州ブラウンズビルのジョーンズ氏の一件を片づけ、ミシシッピ州ビロクシーのキングストン氏の一件を片づけ、次はコネティカット州ハートフォードのファーガスン氏の所へ行かなければならないAチームは、一旦、ロサンゼルスに戻ってきていた。
 ここで問題が1つある。それは、時間の都合上、ハートフォードまで飛行機で行きたいということである。だが、次にハートフォードという車で行くには遠い所からの依頼をこなさなければならないということは、コングも充分に知っていた。そしていつものように、飛行機には乗らないと言い張っているのだ。


 ブッチとキッドの2人は釣り人に救出された後、数日間はモンタナ州の病院に入院していた。しかし、今、彼らはロサンゼルスにいる。所持金が底をついたからだ。ガレージに戻れば、金庫に金がある。
 入院費を振り込むために銀行へ行ったその帰りに2人が見たものは、例の“タコビル”で何事か揉めているAチームの姿だった。
「Aチームだ!」
 もう二度とAチームには出会えないだろうと思っていたブッチは、神に感謝すべく空を仰いだ。
「神様、ありがとう。」
「僕に〜友達をくれ〜て〜♪」
 キッドが続ける。それは、ラスカル。
 今度こそは、とブッチがガレージの奥から持ち出してきたものは、1挺の銃。アメリカは危ない所だから、一家に1挺、銃があってもおかしくはない。
「遂に殺すんだね?」
 もしかすると、ブッチよりキッドの方が過激かも。
「殺すなんて、とんでもない。殺人罪は重いんだぞ。」
「じゃ、その銃、何?」
「麻酔銃だ。店から出てきたところを撃つ!」
 “タコビル”の正面に位置する建物の屋上で、今、ブッチは銃を構えている。
「兄貴、出てきたよ。」
「わかってるって。」
 ブッチは、ハンニバルの腹の辺りに照準を合わせて(狙いやすいから)、トリガーを引いた。サイレンサーつきなので、特に大きな音はしなかったため、その音をあえて記述しようとはしない。


 グラリと倒れたのは、ハンニバルではなくコングだった。ブッチ、下手クソ。
「コング、どうしたの?!」
 いきなり倒れかかってきたコングと地面との間に挟まれたサンドイッチの具(フェイスマン)が、呻き声混じりに叫んだ。ハンニバルがコングの傍らに跪き、脈を取る。マードックはコングの瞼をこじ開け、瞳孔の状態を見る。
「コングちゃん、ここんとこ、不眠不休だったからねえ。」
「ちょうどいいじゃないの。このまま飛行機に乗せちゃえば。」
 ハンニバルとマードックは、コングの脈も瞳孔も平常だと知って呑気である。1人焦っているのは、潰されたままのフェイスマン。牛に踏まれた時のように、1人ではどうにもならない。
「ハンニバルー、助けてえ……。」
「仕方ない、助けてしんぜよう。」
 マードックと力を合わせ、ハンニバルはコングの体をふんっと持ち上げた。そのまま2人で両脇を支える。
「フェイス、この体勢、ちょっとばかり辛いかもしれん。早いとこ、台車を調達してこい。」
「はいよ。」


「奴ら、あんまり動じてないよ。もう1発撃っちゃえ。」
「そうしたいところだが、キッド、今の1発しかないんだ。」
 復讐の第4幕も、成功したとは言い難い。Aチームの事情をよく知っている者の目から見れば、明らかに失敗である。
「どうすんの、兄貴?」
「……帰って仕事しよう。」
 がっくりと肩を落とし、ブッチは帰途に就いた。Aチームに復讐しようと思った自分が馬鹿だったと反省しながら。



*8*

 何事もなく2日が過ぎた。
 最初の復讐を試みてから、ちょうど1週間目。
 いつもの“タコビル”で昼食を終え、満腹で幸せなブッチとキッドが仕事場兼住居のガレージに戻ってみると……そこにガレージはなかった。ガレージだけでなく、朽ちかけたビル全体がなかった。あるのは、瓦礫の山だけ。
 何が起こったのか理解できずに立ち尽くすブッチとキッド。
「ユタ州オグデンのガネット氏の釣舟屋に、今後手を出さないと誓うか?」
「はい、はい、誓います!」
 聞き慣れた声に、2人は顔を見合わせた。声のする方、瓦礫の山の向こう側へ行ってみると、そこにはAチームが。
「じゃ、この書類にサインしてね。“釣り具販売会社ノーチラスは、今後一切、当社釣り具の購入拒否等の理由による貴社への営業妨害はいたしません”ってことが書いてあるから。サインはフルネームで、ちゃんとオーティス・ピードモントって書いてよね。そのくらい書けるでしょ、社長なんだから。それと、こっちの書類にもサインして。これも。全部で5枚あるからね。」
 遥かユタ州オグデンのガネット氏が経営する釣舟屋の舟を、我が社の釣り具を買わなかったからという理由で壊しまくっていた大人げない会社ノーチラスの社長、オーティス・ピードモント氏が、フェイスマンの書類攻撃を受けている真っ最中だった。
「あのオッサン、このビルの2、3階に営業所とか事務所を構えてる会社の社長だ。」
 ブッチがぼそりと呟く。ちなみに、ビルは3階建てでした。
「ひょっとして……もしかすると……俺たちのガレージ、とばっちりを受けたってわけか?」
「うん。そうみたい。」
 キッドが頷く。
「おや、君たち……えーっと、実験マニアの2人じゃないか。」
 呆然としている2人を、ハンニバルが見つけた。にこやかに手を振りながら、近づいてくる。
「どうすんの、兄貴?」
「被害を受けた一市民の振りをするんだ。」
 ひそひそと相談する2人。
「もう刑期は終えたのか? どうした、青い顔して?」
 珍しくハンニバル、人のいいオジサンの表情である。人を食ったオジイサンの表情ではない。
「ああ、その節は大変失礼いたしました。半年前に出所して、このビルの1階を仕事場および住まいとしていたんですが、昼食を終えて帰ってきてみると、この有様で、どうしたらいいのやら思案に暮れている次第であります。」
 ブッチの言うことは、何一つ間違ってはいない。余計なことを話していないだけだ。
「そうだったのか。それは悪いことをしたな。君たちも、以前とは打って変わって真面目になったようだし、何かお詫びをしよう。」
「いいえ、そんな。お気遣いなく。」
「いやいや、この件に関して我々に非があることは確かだ。おい、フェイス! 没収した物を持ってこい!」
 嫌な顔をしながら、フェイスマンが“Aチームの所有物とした物”を持ってきた。この土地の権利書、現金、宝石を埋め込んだ置物、その他諸々。それをハンニバルに手渡す時、フェイスマンは2人の方をジロリと睨んだ。しかし、ハの字眉のせいか、その一瞥は少しも恐くなかった。
「これを差し上げよう。当座は凌げるだろう。」
「あ、どうも済みません。ありがとうございます。」
「それじゃ、元気でな。」
 ブッチとキッドの肩をポンと叩くと、爽やかな一陣の風と共にハンニバルは去っていった。
「いい人じゃん、あのジジイ。」
 ほっとしてそう言うと、キッドは瓦礫の山に足を踏み入れた。何かを物色している様子である。
「……おい、キッド!」
 貰った物を値踏みしていたブッチであったが、はっと我に返るなり、大声でキッドを呼んだ。
「何だい、兄貴?」
「金庫は無事だろうな?」
「わかんないけど……多分、大丈夫じゃない?」
「お客様からお預かりした椅子は?」
「全滅じゃないかな。だって、2階と3階と屋上の重さに、籐の椅子や革張りの椅子が耐えられると思う?」
「……無理だよな。」
 ブッチは、ふうっと溜息をついた。
「じゃあ、お前、金庫を捜し出して、中から金を出しといてくれ。」
「兄貴は?」
「貰った物を金に換えてくる。」
「その後、どうする?」
「東海岸かどっか、Aチームの出没しない所に落ちついて、配管工事か椅子の張り替えか研究室の器具洗いでもしよう。どうせ、すぐに客が訴訟を起こすだろうから、ここにはいられないしな。」
「そうだね。」
 項垂れる2人の背中に、哀愁を帯びた夕陽が射していた。


「よーし、1週間で8件片づけたぞ。フェイス、今週はどんな感じだ?」
「4件しか依頼はないけど、全部海外だよ。」
 Aチームは、まだまだ忙しい。
【おしまい】
上へ
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