偽りのディズニーを叩け!
ふるかわ しま
「歯ブラシ入れた……靴下10日分入れた……。派手なアロハも入れたし、これでいいよね、ハンニバル。忘れ物ないよね? あ、そうそう、荷物重くなっちゃうから、ご愛用の養毛剤は置いてくよ、いいね? ……たかだか10日やそこらやめたからって、いきなり丸ハゲになったりしないだろ? 何てったってハワイでバカンスだもんね。美女にレイかけてもらって、眩しい太陽光線を浴びれば、弱体化した毛根も甦るってもんさ。」
 ……毎度のことだが、自分の失言に気づかないテンプルトン・ペック氏である。なぜかって言うとね、浮かれてるから。さらにそのわけ尋ねれば、ハンニバル・スミス氏とテンプルトン・ペック氏、今日からハワイでバカンスなのである。因みに、B.A.バラカス氏とハウリング・マッド氏ももちろん同行なのだが、テンプルトン氏のお脳からはそんな事実はすっかり抜けている。何せ今回は太っ腹な依頼人のおかげで、ハワイへの飛行機代どころか滞在費まで向こう持ちなのだ。親切な依頼人は、ハワイのガイドブックまで送ってくれたし。
「甘いな、フェイス。」
 たしなめにかかる氏はと言えば、額に大きな“怒ってるマーク”が出現している。毛根の弱体化は、無敵の彼にとっても愁うべき状況なのである。
「派手なアロハなんぞは現地調達で間に合うじゃないか。むしろその方が望ましいぞ、現地の流行を一早く取り入れることができるからな。しかし灼熱の太陽の下では、毛根は甦るどころか枯れてしまいます。」
「かーっ、これだからご老体は!」
 テンプルトン、浮かれすぎて、言っていいことと言うと面白いことの区別も定かでない。御大はと言えば、額が怒ってるマークに隠れて見えない。
「それにハンニバル〜。」
 先ほどからソファに寝転んで、送ってもらったガイドブックを読んでいたマードックが口を挟んだ。
「ディズニーがハワイに新しいアトラクション作ったらしいよ。何でも、珍しい魚がショーをやるんだって。僕ってほら、ロマンチ〜クな男だからさあ、ディズニーは外せないんだよね。」
 手にした怪しげなガイドブック(どう見ても英語ではない)をハタハタと振って見せる。頭にはミッキーキャップ、ミッキーのトレーナーに白のスパッツという姿は、まるで若妻。そして、その横で黙々と荷造りを行っているB.A.バラカスはと言えば、お揃いのミニーのタンクトップ着用。何があったんだ、コング。
 そんなこんなで、Aチームの4人は花のハワイへと旅立ったのであった。



 所変わって、ここはハワーイ。作り物染みた青い空に綿飴状の白い雲。遠い水面に、オアシスのように巨大な建造物の影が揺れている。沖でイルカが跳ねている。近くではイルカでないものが跳ねている。
「はい、そこでジャーンプ!」
 水上に組まれた櫓の上で、青いポロシャツに白のショーツ、白のサンバイザーといった洒落た格好のオヤジがイワシを撒き散らしつつ叫んでいる。
 水面下で黒い魚群が揺らめいた。と次の瞬間、真っ白な水飛沫と共に空中に跳ね上がる魚の群れ。どいつもこいつも、みょーに口が長い。
「スト―――ップ!」
 オヤジが叫んだ。魚たちは構わず跳ね回っている。
「ストップと言われましても、相手はガー・フィッシュですから、そう簡単には止まれません。」
 水の中からふにゃけた声がした。海パン姿のふにゃけた容姿の男である。
「何度言ったらわかるんだ、シドニー! もっと整列させろ! 集団でミッキー・ガーの形になるように跳ばせるんだ!」
「そう言われましても……相手は魚ですし、それもガーですから記憶力にも限度ってものが……。笛の合図で跳んでるだけでも、奇跡に近いと僕は思います。」
「そこを何とかするのが、調教師であるお前の仕事だ! 何のために高い給料を払い、かつまたガーどもに高い生き餌をやってると思うんだ!」
「はあ、そりゃそうですけど、ヤツら脳ミソ2gぽっちしかないんですよ? 僕とディズネーイさんの区別どころか、櫓とディズネーイさんの区別もついてないかと思われます。」
 シドニーと呼ばれた調教師は、しれっとした顔で応答している。
「ええい、“1匹につき脳ミソ2gなら1000匹集めれば2000gだから何とかなります。だから超超音波魚調教笛の開発費用を下さい”とキュートな笑顔で私を騙くらかして50万ドル出費させたのは貴様だろーが!」
「そ、そんなこともありましたっけねえ。」
 シドニーが額にかかる金髪を掻き上げて、しれっと笑った。八重歯が輝き、ディズネーイがぐっと息を飲んだ。……どういう関係なんだ、貴様ら。
「もういい、上がってこいシドニー。もうすぐ開演だ。客がゲートで列を作ってるぞ。」



 ディズネーイ・ウォーターワールド、それは先月ホノルル近海に忽然と姿を現した、世界最大の海上遊園地。世界でただ1つの海中ジェットコースター“リビエラ”(海中を走る普通のジェットコースター。客は乗車中、息できず)、世界最長の流れる滑り台“激流”(その名の通り、分速800mの激流。息ができない)、世界一高いバンジージャンプ“一本釣り”(落ちていく海中にはサメ多数。命綱は釣糸。息はできるが、それどころじゃない)といった斬新なアトラクションの他、メイン・キャラクターであるミッキー・ガーを中心とした豪華なショー“アトランティカル・パレード”が売り。一見したところ、海上ゴッサムシティーといった佇まい。客の大半はディズニーランドと間違えた外国人観光客であるが、時としてアメリカ人の爺婆も引っかかる。驚いたことに、割と流行ってる。



 沖合に小舟が浮かんでいる。船の甲板から1人の老人が双眼鏡片手にディズネーイランドを見つめている。老人は悔しげに呟いた。
「あいつらさえ、あいつらさえいなければ……見てろよディズネーイ、このウォルターが必ずや退治してくれるわ……。」



「やほーい、海だあー。」
 アホ面さらして砂浜を駆けてくのは、何と、じゃなくて当然マードック。
「いやあ、いいねえ、ハワイ。」
 養毛剤の代わりにベトナムの麦藁帽子を被ったために、もう年齢どころか国籍すら不明となり果てたハンニバルが呟く。
「ホントに来てよかったよね、ハンニバル。ホテルの部屋は最上級のスウィートだし。」
「おい、フェイス。本当に依頼人は俺たちのハワイ滞在費および交通費、全部払ってくれるんだろうな? その上、新しくできたディズニー・ウォーターワールドで遊び放題、全部向こう持ちで3日で片づく簡単な仕事って、何だか話が美味しすぎやしねえか?」
 コングの危機管理センサーは、早くもこの話に不穏な匂いを感じ始めている。
「いいじゃないか、コング。俺たちも今まで散々騙されたり、踏み倒されたり、ひどい目に遭ってきて、それでも挫けずここまでやって来たんだ。たまにはいい目を見たってバチは当たらん。」
 腕組みをして感慨深げに呟くハンニバル。視線は遠く海の果てに向いている。おお、ロマンよのう。
「ところでフェイス、依頼人ってのはどこにいるの? ちゃっちゃっと仕事済まして、ディズニーワールドで遊ぼうよ。」
「ちょっと待って。ここに彼からの手紙がある。」
 フェイスマンがポケットから1通の手紙を取り出した。
「依頼人の名は、ジャン・フランコ・ディズニー。」
(3人、声を揃えて。)「ディズニー!?」
「じゃあ、ディズニー・ウォーターワールドの持ち主が今回の依頼人ってわけか? そりゃリッチなはずだぜ。」
「そう、ディズニー本人。ほら。」
 と、手紙を差し出すフェイスマン。受け取って読み始めるハンニバル。
「何々……親愛なるAチームの皆様、私はホノルルで遊園地を営む者でございます。我がウォーターワールドは、世界初の大型海上遊園地として開園して1カ月、その間、沢山のお客様のご好評を得、今やハワイの新名所として定着しつつあります……。」
「あれのことじゃねえか?」
 遠い海上の建造物を指差すコング。
「……しかし困ったことに、私のウォーターワールドについて悪い噂を流し、妨害をする輩がおります。曰く“ウォーターワールドでは死亡事故が多発している。魚を虐待している”。これらは全く事実無根のデタラメです……。」
 遠くでサイレンが鳴っている。砂浜をレスキュー隊が走っていく。
「……そこでAチームの皆さん、極悪な中傷による営業妨害から、どうか私を救って下さい……。byジャン・フランコ・ディズニー。」
 読み終えたハンニバルが顔を上げた。
「……楽そうな仕事じゃねえか。その営業妨害野郎を取っ捕まえてギャフンと言わせりゃいいんだろ。」
 その通りだ、コング。
「ちょっと見せて。」
 マードックがハンニバルの手から手紙を引ったくった。
「DISNEEY……。スペル変だよ、これ。“E”が1つ多い。」
 またもやサイレンが鳴り響いた。5、6人のレスキュー隊員が浜辺を駆け抜けていく。
「ねえ、この辺、水の事故が多いの?」
 マードックがレスキュー隊員に問いかける。
「多いなんてもんじゃないよ! ディズネーイワールドができてから、日に5件6件じゃ済まないんだよ!!」
 レスキュー隊の青年は腹立たしげに言い捨てると、一目散に波打ち際に駆けていった。そして、レスキュー隊のボートはウォーターワールドに向けて超スピードで直進し、やがて小さくなっていった。
「……あながち中傷じゃないのかもしれん……。」
 ハンニバルが呟いた。
「ディズネーイみたいだしね……ディズニーじゃなくて。」
 フェイスマンも同意する。
「ディズニーだなんて言いやがったのは、一体どこのどいつでい?!」
 ……フェイスマンを見る一同。
「……い、いいじゃないか……ディズニーじゃなくったって、太っ腹な依頼人なら! それにほら!」
 沖を指差すフェイスマン。
「遊ぶ所はしっかりあるわけだしね。行こう、依頼人との待ち合わせ場所は、ディズニ……いや、ディズネーイ・ウォーターワールドだ。」



 ぎゃああああ……がばぐぶがぼ…………。
 尻すぼみな悲鳴が響き渡る。ここはディズネーイ・ウォーターワールド。因みに、悲鳴の出所は“リビエラ”。
 海上にいくつかのアトラクションが点在し、それぞれがブリッジで繋がれている。空には巨大なガー・フィッシュ型(なぜか耳つき)の飛行船が浮かび、『ようこそ! ウォーターワールドへ!!』の垂れ幕を下げている。全体の色は、ガー・フィッシュのボディカラーであるシルバーと黒でまとめられ、一見すると“大人の遊園地”といった風情か。
 ぐげががが……あぎゃーっ!
 断末魔の悲鳴が、ウォーターワールドに響き渡る。出所は“激流”。見ると、激流の最終地点である滝壺には、気を失った人々が腹を見せて浮かんでいる。これじゃレスキュー隊、大忙しだね。



「……楽しそうな遊園地だね。ミッキーもいるし。」
 楽しそうな発言の割に、顔に表情がないマードックである。入場ゲートを通過した地点で立ち尽くすAチームの面々。
「……あびきょうかん……って、どう書いたっけか……。」
 呟くハンニバル。
ようこそウォーターワールドへ!!
 依頼人は真後ろから現れた。
「うわびっくりした!」
 飛び退く4人。見れば、日に焼けたプラチナ・ブロンドの壮年と、その後ろに気の弱そうな青年(シドニー)。
「はじめまして、ミスター・ディ……ズニー。」
 恐る恐る発音してみるハンニバル。一縷の望みを残しつつ。
「ディズネ―――イ。」
 砕かれる一縷の望み。
「お待ちしておりました、Aチームの皆さん。私がオーナーのジャン・フランコ・ディズネーイ。これが助手のシドニーです。」
「ああ、えーと、お招きに与かりましてありがとうございます。テンプルトン・ペックです。」
「お、お待ちしてました、Aチームの皆さん。あの、僕、前から皆さんのファンだったんです……。と、特に、ハンニバルさんの……。」
 シドニーがどもりながら言う。ディズネーイはちょっと不機嫌だ。
「それで、あんたが頼みたい相手ってのは誰なんでい。」
 コングが問うた。
「そいつの名前はウォルター。かつてこの浜辺を漁場にしていた極悪非道な漁師だ。」
 ディズネーイが沖を指差す。沖では小舟が揺れている。乗っているのは……今、話題の張本人様。
「……極悪非道な漁師っていうイメージが、今一つ掴みにくいんだけど。」
 フェイスマンが口を挟んだ。
「私のウォーターワールドが奴の漁場を侵食しているだの何だの言いがかりをつけおるのだ、奴は! さらに! 我がウォーターワールドで死亡事故が多発している等の中傷文書をばら撒き、私の行動を毎日ああして監視しておる根の暗い奴なのだ、あいつは!」
「……事故多発ってのは、あながち嘘とも言えないんじゃない? さっきもレスキュー隊、出動してたし……。」
「黙らっシャイ!」
 一喝されてしまうマードック。
「レスキュー隊! あのお節介どもめ、お客様が感激のあまり失神しているのを水難扱いしおってからに!」
 激昂するディズネーイの肩にそっと手を置くなどして慰めているシドニーって、少しいい奴かもしれない。
「ディズネーイさんの話を聞くと、相手はじいさん1人のようだし、そんなに悪いこともしてねえような気がするぜ。何で俺たちを呼んだんでい。警察呼んだ方がよっぽど安上がりだろうが。」
「それはだな、その……コホン……。」
 なぜか耳まで真っ赤になるディズネーイ。
「……シドニーが皆さんの熱狂的なファンでな。一度でいいから生Aチームに会ってみたい、会わせてくれなきゃ今後一切やだと言うもんで……。」
 ……何が“やだ”ってんだ、シドニー。妄想が膨らんじまうぜ。シドニーが恥ずかしげにディズネーイの背中に隠れた。だから何なんだよう、てめーらの関係(涙)。
「そうか、そういうことなら協力しよう。」
 ……わかったか、ハンニバル……(筆者、遠い目)。
「ハンニバル・スミス、かっこいいなあ。」
 シドニーが呟いた。
「しかし、ご老人を痛めつけるのは俺たちの主義に反する。何とか説得して中傷をやめるよう言ってみるつもりだ。」
 ハンニバルが言った。
「そうですか! コテンパンにしてくれますか!」
 何にも聞いちゃいねーぞ、このオヤジ。
「それじゃあ早速、仕事にかかってもらう前に……と。」
「前に?」
「我がウォーターワールドが誇るすんばらしいアトラクションに、特別ご招待といきましょう! 皆の者、かかれい!」
 ざばあっ! ざばあっ!
 ディズネーイの号令で水中から数名の潜水夫が飛び出した。
「うわあっ!」
「ス――――――(呼吸音)。」
 Aチームは瞬く間に捕獲されてしまった。
「さて、まずテンプルトンさんには、世界でただ1つの水中ジェットコースター“リビエラ”にご搭乗いただこうかな。きっと新しい世界が開けますよ、なあシドニー。」



*リビエラ/フェイスマンの場合……
 リビエラの乗降プラットホームは、何の変哲もないジェットコースターのホームである。線路は、まず急な角度で70m上昇し、そして一気に70m落下する。その先は海中なので見えない。戻ってくる方はというと、これまたホーム2m前まで海中なので全く見えない。
 ざばあっ!
 前に発車した車輛が、2m後方の海中からいきなり姿を現した。ゆっくりとホームに滑り込む車輛は、当然のことながら水浸しで、所々にワカメ系の海草を纏ってすらいる。乗客の大半はぐったりと動かない。辛うじて元気な者は、車体の外に身を乗り出して海水を吐いている。空気を求めて宙に手を伸ばしたまま固まってしまった者もいる。
「出口はこちらでーす。あ、入口でお貸しした耳栓は回収しまーす。鼻栓は回収いたしませんので、記念にお持ち帰り下さーい。」
 にこやかに誘導しているシドニーに、フェイスマンが恐る恐る問うた。
「あ、あの〜、これ、1周何分?」
「4分ちょっとですね。」
 シドニーが答える。
“4分……息続くかな……。”
 江頭某でもなければ続かんて。
“……でも……これを拒否したら、きっと報酬はないよね。……帰りの飛行機代も出ないよね……。”
 目頭を押さえつつ、ふと諦めの境地に陥るフェイスマンであった。
「……仕方ない、お金のためだ。ハンニバル、俺、行ってくるよ!」
 ゲートの外から見守る3人に向かって爽やかに片手を挙げて、フェイスマンは“リビエラ”へと乗り込んだ。思わず目を伏せるハンニバル。
「カチッと音がするまで肩カバーを下ろして下さい。」
 フェイスマンが肩カバーを下ろした。カチッ、と音がした。
「それじゃペックさん、行ってらっしゃい!」
 コースターはゆっくりと動き始めた。急な斜面を低速度で上がっていく。
「あ、耳栓貸すの忘れた……。」
 シドニーの呟きは、急降下する“リビエラ”には聞こえなかった。危うし、フェイスマン!!(中耳炎になるぞ。)



*激流/マードックの場合……
「さ、ペックさんもお楽しみのようですし、今度はマードックさん、世界最速の流れる滑り台“激流”はいかがかな?」
 ざっぱーん!
 潜水夫登場。いかがかなも何も、簡単に捕らわれるマードックであった。
「うっわーい、滑り台だあ。」
 ……本人、喜んでいるので、よしとする。
“激流”は長さ10.5km、幅20m、最大傾斜角65度、最大速度分速800mの、まさに“激流”な滑り台である。しかも終着地点は滝壺。さらに滑り台の途中にでかい岩石を配するなどして、よりリアル感を演出した、まさに台風の後の神田川状態、世にもステキなアトラクションと言えよう。
「すごい激流だね。浮き輪、OK?」
 わかってんだかわかってないんだか、マードック。天然はこういう時、得かもしれないね。
「ああ、無論OKだが、普通の浮き輪じゃ100%破けるぞ。」
「へっちゃら。おいらの、ディズニーランドで買ってきた特大ミッキー浮き輪だから。それじゃ、行ってきまーす。」
 マードックはスタート地点に駆け寄り、ヒョイと激流に飛び込んだ。マードックの運命やいかに!



*一本釣り/B.A.の場合……
「さ、次はバラカスさん、一本釣りにどうぞ!」
 ざばあっ!
 ディズネーイの台詞に合わせて飛び出した2名の潜水夫は、しかしながら次の瞬間、コングによって打ち倒されていた。そして叫ぶコング。
「俺の体に指一本でも触れてみやがれ、ただじゃおかねえぞ、てめえら!」
「私の一本釣りがお気に召さないとでも? それとも、天下のAチームともあろうものが怖じ気づいたかな?」
「ふざけたこと抜かしてんじゃねえぜ! 誰がてめえのオモチャなんか!」
 この一言でハマッたことに、コングが気づくのはいつだろうか……。
 かくしてバンジー台の上に連行されるコングであった。
「軍曹ーっ、大丈夫かーっ。」
 下からハンニバルが呼びかけ、コングが叫び返す。
「おう、大丈夫でい!」
 コングの太い腹に革ベルト(釣糸つき)が巻かれた。バンジー台の真下の水面は、サメで黒々している。
「それじゃバラカスさん、行ってみましょうか。」
 係員がコングをジャンプ位置に促した。



「ちょっと待ったーっ!」
 後方からの声に、振り向くハンニバル。
「フェイス!」
 駆けてきたのは、びしょ濡れのフェイスマン。
「ハンニバル、ここのアトラクション、マジでヤバイよ! げふげふっ。」
 咳き込む彼の口から、生きた小魚が飛び出した。
「大丈夫かフェイス、顔、真っ青だぞ。」
「……はあ、はあ……リビエラ、洒落にならないって! 4分以上も息ができない上に、水中でサメはアタックしてくるし。俺だって溺死しかけたとこをレスキュー隊に助けられたんだ……。レスキュー隊に聞いたんだけど、ここで起きてる事故、やっぱり失神くらいじゃ済まないらしいよ。それも開園から1カ月で100件以上だって!」
「何だと!?」
「おーい、ハンニバル……、フェイス……。」
「モンキー!!」
 見れば、マードックの水着はボロボロ。腰の周りに辛うじて巻かれている布は水着ではなく、ミッキー浮き輪の残骸である。
「大丈夫か、マードック!?」
「……いやーすごかったわ、激流。さすがの俺様でも2回目は遠慮させてもらうね。」
「そうだ! コングを止めなきゃ! レスキュー隊の話では、“一本釣り”からの生還率は十に一つもないらしいよ!」
「何!?」
 3人は一斉にバンジー台を見た。と同時に、コングの体が宙に浮いた。
 ざっば―――ん!
 コングの体が水中に落下した。大きな水飛沫が上がる。それと同時に、落下地点の周囲の水面下でも不穏なざわめきが起こった。
「コーング!!」
 3人は叫んだ。しかしコングが消えた水面は、一しきりの騒ぎの後、静かになってしまった。
「コングゥ……。」
 マードックが涙声でその名を呼ぶ。
「引き上げろ!」
 バンジー台の上からシドニーが叫ぶ。釣糸が巻き上げられる。固唾を飲んで水面を見守る一同。
 ざばあっ!
 引き上げられた釣糸の先に下がっていたのは、頭から血を流しピクリとも動かなくなった……サメを抱えたコングだった。額には巨大な“怒ってるマーク”が出現している。
「コング!!」
 コングが、ぽいとサメを海に投げ捨てた。その死体に他のサメが群がる。
「す――――(息を吸う音)てめえ! 出てこいディズネーイ! 俺に無駄な殺生させやがって、ただじゃおかねえぞ、こん畜生! 早く上げやがれ、このゲス野郎!!」
「……どうやら、本当の敵がわかったようだな……。」
 ハンニバルが呟いた。
「やめてよハンニバル! 依頼人を怒らせたら、俺たち帰りの飛行機代すら貰えなくなっちゃうよ!!」
 この期に及んで、まだこういうことを抜かすか、この男は。
「ハンニバル。オイラ、何か一暴れしたい……。」
 マードックの意見の方が、いくらか健全であると思われる。
「さあて、お楽しみいただけましたかな、Aチームの皆さん!」
 ディズネーイはいつの間にかシルバーのラメのジャケットと黒のスラックス(足はビーサン)に着替えている。
「ディズネーイさん、悪いけど今回の仕事、お断りさせてもらうよ。……このウォーターワールド、中傷されても仕方ないわ。」
「何を仰る、スミスさん!」
 ディズネーイが叫んだ。
「俺たち殺されかけたんだぜ? と、当然でしょ。」
 テンプルトンも勇気を奮って、ハンニバルに従う。
「何と! この私のアトラクションがお気に召さなかったですと!?」
「残念ながら、そうなんでい。」
 黙り込むディズネーイ。今にも泣きそうな顔で立ち尽くすシドニー。
「それじゃ、俺たちは失礼するよ。」
「あ、飛行機代だけでもいいから、振り込んでおいてね。」
「激流、楽しかったよ。じゃあね。」
「あばよ。」
 Aチームの4人は2人に背を向け、出口に向かって歩き始めた。
「……者ども、かかれっ!」
 背後でディズネーイが叫んだ。
 ざばあっ! ざばあっ! ざばざばあっ!
 水面から潜水夫が飛び出した。しかも、その数、数十名。



「さてお立ち会い! これから始まる素晴らしいショーをご覧あれ! 我がウォーターワールドの誇るガー・フィッシュたちの素晴らしいショー! “アトランティカル・パレード”の始まりだ!!」
 特設プール(海中にブイを浮かべたのみ)中央のステージでディズネーイが叫んだ。
 パンパンパンッ!
 青い空に花火雲が弾けた。シドニーはウェットスーツに着替え、既に水中でスタンバっている。
 Aチームの面々は客席最前列中央のVIPシートに括りつけられていた。しかし周囲の一般客はそんな妙な光景を全く意に介せず、期待を込めた眼差しでこれから始まるショーを待っている。客の平均年齢は70.6歳といったところか。ハンニバル、違和感なし。
「まずはアトランティカル・パレードの主役、我らがミッキー・ガーとその仲間たちの登場です!」
 ピーッ!!
 シドニーの笛を合図に、魚の大群が水面へ飛び上がった。空中でゆっくり弧を描いて、水中へと戻っていく。その数、約400匹。
「……どれがミッキー・ガーだ?」
 ハンニバルが呟いた。
「いたよ、確かに。“耳”がついたヤツ……。」
 フェイスマンが答える。
「耳、胴体の後ろの方についてた?」
 マードック、目利きである。
「……ジャンプの衝撃でヅラがズレたんでしょ。」
「俺にはみんな同じにしか見えねえぜ。」
「さあてお次は、ガーたちの素晴らしいダンス!!」
 ピピーッ!!
 ガー・フィッシュたちは、今度はバラバラに水面に飛び上がり始めた。
「ミュージック・スタート!」
 音楽が流れ始めた。曲はマドンナの『マテリアル・ガール』。それに合わせて、ガーがビチビチ。“楽しいショー”と言われれば、そうかもしれない、もしかしたら。
「……これ、あと何分続く?」
 フェイスマンが呟いた。
「俺ァもう我慢できねえぜ!」
 ガチッ。
 コングが手錠(そんなものをかけられていたのだ!)を引き千切って立ち上がった。と、その時……。



 どっかーん!
 盛大な爆発音がウォーターワールドを包んだ。一帯が白い煙に包まれた。
「何だこれは! シドニー!! 何があったんだ!」
 煙の中でディズネーイが叫んだ。
「何があったと言われましても僕にはさっぱり……。」
 シドニーが相変わらずふにゃふにゃと答える。
 どかーん!
 2発目の爆発音が響いた。
「モンキー、何か仕掛けたのか?」
「いんや、おいら何も……。」
「とにかく逃げようよ、ハンニバル!!」
 コングが3人の手錠を次々と引き千切る。
「フェイス! お前はお客さんたちを安全な場所へ誘導してくれ!」
「よしきたっ!」
 フェイスマンが駆け出した。
「ハンニバル、あれ見て!」
 マードックが叫んだ。指差す方向には、上部が目茶苦茶に吹っ飛び、今にも崩れそうなバンジー台があった。
「爆破じゃなくて砲撃だね、あの吹っ飛び方!」
 ブルルルルル……。
 どこからかエンジン音が聞こえてくる。
「ウォルター!?」
 ディズネーイが叫んだ。煙が晴れて視界の開けた海の彼方から、肩に巨大なバズーカ砲を担ぎ、猛スピードで爆進してくるのは、ウォルター老人だった。
 どかーん!
 3発目が発射された。3発目は、特設プールを直撃した。
「わあっ!」
 吹っ飛ぶディズネーイ。
「ディズネエエ――イ!」
 ウォルターが叫んだ。
「今日という今日は決着をつけてくれるわ!」
「何を小癪な! いつもいつも私の邪魔ばかりしおってからに!! その台詞、そっくりそっちに返してやる!」
 口汚く罵り合う2人。
「そ、それに今日の僕たちには、Aチームという強い味方がついてるんだぞおっ。」
 シドニーは典型的ないじめられっ子口調だ。
「うむ、そうだった! Aチームの皆さん、お願いします! 者ども、かかれえいっ!」
 ディズネーイの号令で飛び出す潜水夫。
 どかーん!
 またもやバズーカが炸裂した。
「ハンニバル、どうするんでい! ディズネーイに加勢するのか!?」
 コングが尋ねた。
「オイラ、暴れられりゃ何でもいい……。」
 マードックが呟いた。
 腕組みをして考え込んでいたハンニバルが顔を上げた。
「よし、コング! モンキー! 好きなようにしろ!!」
「やったっ!」
 ……ハンニバルの命令はフレキシブルであった。
 コングが潜水夫を次々となぎ倒し、ディズネーイに向かっていく。
 マードックは崩れかけたバンジー台から釣糸を引っ掴み、ターザンよろしくプールに飛び込んでいった。
 ハンニバルが拡声器を掴み、叫んだ。
「ウォルターじいさん! このハンニバル・スミスとAチームが加勢するぞ!!」
 そして自らも乱闘の中へとダイブしたのであった。



 その夜、ホテルに戻ったAチームが見たものは、ロビーに放り出された自分たちの荷物であった。
「あ、あのー、これは?」
 確信に近い気持ちでフロントマンに尋ねるマードック。
「はい、先ほどディズネーイ様からお電話をいただきまして、今夜以降のスミス様の滞在は、全てキャンセルしてほしいと……。」
「……そっか、当然だよな。」
「世話になったね、それじゃ。」
「あの、お客様……。」
 立ち去ろうとする4人は、フロントマンに呼び止められた。
「宿泊料の方、まだお預かりしていないかと……。」
「何!?」
 背筋に寒いものが走る。やっぱり予想はしていたけれども、ディズネーイは全くお人好しというわけではないから。しめて、5000ドルなり。



 スーツケースを提げてホテルを出た4人は、海を見た。月明かりの下で“ディズネーイ・ウォーターワールド”の残骸が輝いている。結局、調子に乗って“リビエラ”も“激流”もぶち壊してしまったのだ。
 ディズネーイには少し可哀相なことをしたが、彼にはシドニーがいるから、きっと大丈夫だろう。
「行こう。」
 ハンニバルが言った。
「行くって、どこへ? もう飛行機代もないよ……。」
 力なく呟くフェイスマン。
「心配するなって。今夜はウォルターじいさんの所で、ささやかな祝杯を挙げることになってるんだ。」
 ハンニバルが、にっと笑った。
【おしまい】
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