危機一髪! MP大奮闘
伊達 梶乃
 空は青を通り越して、白と黄色に光っている。地平線が心なしか丸まって見える。
 車はモハーベ砂漠を横切る一本道を、ただひたすら走っていた。ハンドルを握るジョン・スミス大佐は時計に目をやり、ブレーキペダルを踏み込んだ。
 助手席には薬を嗅がされて眠り込んでいるデッカー大佐がいた。気つけ薬のアンプルを割って、鼻の近くへ持っていく。
「む……う、スミス……!」
 デッカーは朦朧とした頭を激しく振った。頭痛が多少残っている。
「悪いとは思うが、あんたたちに出しゃばられると仕事に差し支えるんでね。」
 コルトM1911A1の銃口を突きつけ、スミスが冷たく言う。
「どうする気だ? 俺を殺すのか?」
「いや。……ここで降りてもらう。」
「何だと?」
 こんな砂漠の真っ只中では死ぬかもしれん、とデッカーは冷汗を垂らした。
「100km四方、民家はない。車も滅多に通らん。しかし、丸1日あるいは休憩込みで2日も歩けば、電話のある所まで行けるだろう。」
 スミスが左手で、デッカーに方位磁針と地図を渡す。
「さらに大サービスで水を10リットルと、乾パン3缶、レモン2個にガム6枚、それとガラガラ蛇対策としてナイフ1本を差し上げよう。背嚢に全部入ってるから持っていくといい。せめてもの情だ、ありがたいと思え。」
「……何が“せめてもの情”だっ!」
 米国陸軍製の背嚢を置いた後部座席を顎で示すスミスの顔面に、デッカーは銃を向けられているもの忘れ、強烈な右ストレートをお見舞いした。



「大佐っ、何するんですかっ?!」
 副官のグラント大尉が、運転席で顔面を押さえて叫んだ。その指の間からは、鮮やかな鼻血がボタボタと落ちていく。
 デッカー大佐は辺りを見回した。乗っているMPカーは道路の左肩に乗り上げ、消火栓に激突して水浸しになっている。車体後部4分の1は存在していない。後部座席にいたコリンズ軍曹も、顔を前部シートにぶつけたのか、グラント大尉同様に盛大な鼻血を放出している。車の周囲には、どんどんとヤジ馬が集まってくる。車道の上では玉突き事故が発生している。
「……一体どうしたんだ、この惨状は?」
「どうしたんだ、ですって?」
 グラント大尉の言葉は怒りを含んでいる。こうしている間にも、車内は血の海になっていく。
「……俺が何かしたのか?」
「大佐が、今まで寝ていらしたのに、いきなり私を殴ったんですよ!」
 コリンズ軍曹も無言で頷いている。鼻血を振り撒きつつ。
「その衝撃でハンドルを左に切ってしまって、この有様です。」
 デッカーは右拳に鈍い痛みを覚え、それが嘘や冗談ではないことを知った。いずれにせよ、嘘や冗談で陥る状態でないことも確かだった。
「……済まん。悪い夢を見ていたようだ……。」
 そして彼は、歯を食いしばりながら呟いた。
「スミスめ……今に見ていろ……。」



「ぶぇっくしょお〜い、畜生め!」
 イナセなくしゃみをして、ハンニバルは灰皿に山盛りになっていた葉巻の灰を吹き飛ばした。クラシックな青と白のストライプのトランクス一丁という姿である。しかし腹の肉により、その半分は隠れて見えない。
「風邪か、ハンニバル?」
 20kgのダンベルを軽々と上下させてコングが尋ねる。赤地に黒のハートという醜悪な柄のビキニブリーフ姿だ。
「いや、まさか。どっかで誰かが噂でもしてんでしょう。」
「そうだよな。この部屋じゃ、風邪なんか引くはずねえ。」
 この部屋――それはゴージャスでビューティフルでワンダフルな高級マンションのリビングルーム。大きな窓が売りの、さらに角部屋、さらに最上階。直方体の3面(壁・壁・天井)が全てガラスだと言っても過言ではない。
 カーテンで日光を遮り、クーラーをガンガンに入れても、天井のガラスの向こうでは真夏の太陽がギロギロと輝いており、室温は只今、摂氏40度。インドの猛暑並みである。
「コング、ハンニバル、生きてるー?」
 台所から、イブサンローラン・ブルーのシルクのトランクス1枚のみを纏ったフェイスマンと、どこで見つけてきたのかフロントサイドが“ドラドラ子猫とチャカチャカ娘”柄、バックサイドが“ラムジー”柄(右側にラムジー、左側に犬のおじちゃん)という素晴らしい模様つきトランクス着用のマードックが登場してきた。
「……台所で冷蔵庫開けて涼んでたんだけど、中身が腐りそうなんでやめたわ。」
 何てことしてたんだ、フェイスマン。そんなことしてたらマジに冷蔵庫内容物が腐るぞ。特に牛乳が腐ったら、コングに半殺しにされる。
「何だ、そのヘドロ水みたいなのは?」
 ハンニバルが、マードックの持っているガラスの器とその中に入っている濁り緑色水に目を止めた。
「これ? 5分前までは宇治金時になるはずだったカキ氷。アンコ探してるうちに抹茶ドリンクになっちまったんよ。飲んでみる? 火ィ吐きそうに甘いぜ。」
 ……火を吐く甘さって……?
「おう、一口くれや。とりあえず冷てえんだろ?」
 コングは器を受け取り、それをぐいっと飲んだ。この暑さで判断力と分別が消え去っているらしい。
「………………………てめぇ、こん中、何入れやがった!?」
 顔の色が褐色から臙脂色に変わっている。
「何って、氷と抹茶シロップと、香りづけにチリペッパー。」
 コングは器をテーブルに置き、むんずとダンベルを握った。香りづけのチリペッパー、大さじ2杯は入っていたはず。
「だから言ったろ、火ィ吐く甘さだって。」
 ジリジリと詰め寄るモヒカン。さかさかと後退するハゲ頭。
「辛くて火ィ吐いて、そんでもって無茶苦茶甘かったろ?」
 戦法変更、コングはマードックと十分な距離を取った。
「俺、ちゃんとそう言ったのにさ。」
 アンダースローの投球(?)フォームに入るコング。
「コングちゃんが勝手に………………うひぇーっ!!」
 豪快なフォームで投げられたダンベルが、マードックに向けて迫る! ……と思いきや、ガラスの器についていた露とシロップのせいで、ダンベルはとんでもない方向へ投げ出された。
 バリーン!
 天井に填められた超硬化ガラスも、コングの怪力には敵わなかったようだ。特製の一枚ガラスゆえ、一旦割れると脆い。リビングルームの全天井から、ガラスの破片が大雨となって打ちつける。しかし、百戦錬磨の強者4人は、波のように隣の寝室へと逃げ込み、難を逃れた。
「フェイス、この部屋も例によって借り物なんだろう?」
 ハンニバルが、ちびた葉巻をどこに捨てようかと迷いつつ聞く。
「そりゃあ、こんなとこ金出して住めるはずないもん。香港の映画監督の別宅なんだけどね……ふう、もうあいつには会えないなあ……。ハンニバル主演の怪獣映画、作ってもらう約束だったのに……。」
 すごーく残念そうに言うフェイスマン。もちろん後半は嘘八百。
「コーング。」
 おかげで矛先がコングに向かった。陰でフェイスマンがニヤリと笑ったが、しごく当然の成り行き。
「でもよぉ、モンキーの奴が変なモン飲ませっから……。」
 珍しく弁解がましいコング。でも、マードックが無理矢理飲ませたわけじゃない。悪いのはコング。
「問答無用。…………“1カ月牛乳なし”の刑。」
 コングにとっては何よりも辛い刑が宣告された。
 打ちひしがれ、俯くコング。元はと言えば自分が蒔いた種なので申し訳なく思うあまり、内股になっちゃってるマードック。ヘラヘラとしながらも心臓はドキドキしているフェイスマン。裁判官の気分を満喫しているハンニバル。パンツ一丁で汗だくの男4人が寝室で沈黙しているのは、何とも妙な光景である。
 ムンムンとした体臭で鼻が痛くなってきた頃、ハンニバルが口を開いた。
「さてと、トンズラしましょうかね。」
 リーダーの言葉で、Aチームは颯爽と行動を開始した。チャーンチャラッチャーン、チャラッ、ラー(Aチームのテーマ曲、流れる)。
 靴下を履くマードック、シャツのボタンを留めるフェイスマン、鏡に向かってアクセサリーをつけるコング、枕の下にあった拳銃をベルトに挟もうと苦労するハンニバル。そして4人は駆け足で地下駐車場に向かった。



「ここか、Aチームが潜伏しているマンションは?」
 車を乗り換えたMP一行(計3名)は、付近住民の通報によって発覚したAチームの隠れ家を急襲しようとしていた。
「こどバッショッど最上階です。」
 両鼻の穴にエビ天を詰めたように見えるグラント大尉は、消火栓にぶつからないよう、注意深く車を停めた。コリンズ軍曹の鼻血は、6分前に止まっている。
 バリーン!
「何だ!? 襲撃か?」
 慌てて車から降りる3人。音のした方、マンションの最上階を見上げる。
「何だったんだ?」
「さあ……。」
「ガラスど割でる音びたいでしたで。」
 ひゅ――――――――――――――――――――――――う、ガコン!
「大佐! ボンネットが!!」
「なァにィ?!」
 車のボンネットに、穴。
 穴開きボンネットをコリンズが開けてみると、エンジンがぼっこり凹んでいる。凹みエンジンの上に鎮座ましますのは、コングご愛用20kgダンベル。ここで止まっただけでも、めっけものだ。それでなければ、天下の公道に穴が開くところだった。
「Aチームの仕業でしょうか?」
「他の誰が、俺たちの車に向かってダンベルを投げるって言うんだ! これがもし俺たちに……いや通行人に当たっていたと思うと……。スミスめ……。」
 デッカーはダンベルをギロリと睨んで、歯噛みした。
「大佐! Aチーブどバッが!!」
 グラント大尉の指差す先では、お馴染み紺地に赤ラインのAチームのバン(本当はコングの個人所有)が地下駐車場からのスロープを登って現れ、車道に入ると制限速度ギリギリの速さで走り去っていった。
 暑さのせいで表に出ている人影も少ないとは言え、かすかにだが人通りのある町中で銃を撃ちまくるほど、MPは世間知らずではなく、かつ無謀でもなかったらしい。おシャカになったMPカーとAチームの逃げていった方向を交互に見つめ、デッカーは口癖にもなってしまった言葉を呟いた。
「……おのれスミスめ、今に見ていろ。きっとこの手で捕まえて、刑務所送りにしてやる……。」
 そしてこの後、彼らは日射病に倒れ、陸軍の救急車で運ばれていった。いつも被っているはずの制帽を、たまさか今回は忘れてしまったのが敗因である。夏休みの小学生じゃないんだから、全く。



 今回の依頼人とのランデブー場所は高速道路の待避所。時刻は午前0時。
 Aチームが指定された地点に車を停めると、黒塗りのリムジン(長いヤツ)が隣に滑り込んできた。
「ちょっとフェイス、今回の依頼人って何者? 何か偉そうじゃん。」
 隣のシートのフェイスマンに、マードックが尋ねる。
「えーと……プラガポ・オーバル・ペレニアル氏、でいいのかな?」
「それ、どこの人よ?」
「タライガ王国、じゃないかと思う。」
「って、どこ?」
「モーリシャスとオーストラリアの中間に浮かぶ小島、だったっけかな?」
 きっと、地図帳を見ても載っていない。小さな国だから。それにしても不正確な情報である。
 リムジンのスモーク処理されたウィンドウがするすると下りる。
「Aチームですね?」
「あんたは、プラ……何だっけなフェイス……そうそう、プラガポ・オーバル・ペレニアルさん?」
「そうです。早速ですが、仕事をお願いできますか?」
「内容によるな。どんな仕事なんだ?」
「ある人物を捜し出して、身辺調査をした上で、場合によっては誘拐してほしいんです。」
「身柄の保護でなくて誘拐? 一体、相手は誰なんだ? 有名人か?」
「いえ、一般市民と言っていいでしょう。……この人物です。」
 ピッと手渡された写真には、どこかで見た顔が。
「これ……デッカーの副官じゃないか。」
 コング、フェイスマン、マードックの3人も、写真を覗き込んで頷く。確かにこれは、グラント大尉。
「ターゲットをご存知なら、簡単な仕事でしょう。」
「しかし、どんな理由でこんな奴の調査をして誘拐までしなきゃならんのか、説明してほしい。」
 渋る依頼人。お国の言葉で何やらブツブツ言っている。
「でなきゃ、仕事してやらんぞ。」
 ハンニバルが強気に出る。
「……仕方ない、お話しましょう。この方は、タライガ王国の次期国王となるお方……かもしれないんです。」
 バンの中でブーイングの嵐が吹き荒れる。あいつが国王なら俺は大統領だ、とか、それなら俺は司令官だ、とか、それなら俺は女王様だ、とか、料理長だとか校長だとか社長だとか脱腸だとか何とかかんとか。
「それまた、どうして?」
 かい摘んで説明すると、こういうことだ。
 タライガ王国では、30年ほど前に、王制に反対する国民が暴動を起こしたため、幼いトンバワ王子の身の安全を計り、乳母と共に国外へ脱出させたが、あっと言う間に行方不明になってしまった。それからというもの、世界各国を捜し回ったがなかなか見つからず、やっと最近それらしい人物を突き止めた。どうやって突き止めたのかは不明だが、物語にはよくある話だ。さらにお約束なことに、現国王は高齢ということもあり、病の床に臥せっている。加えて前例を破ることなく、親戚は皆どういうわけだか悪人で、国王の食事に毒を盛ったり、国王の寝室に毒グモや毒ヘビを放り込んでみたり、国宝を売りさばこうとしていたり、育てちゃいけない植物を育てたり、輸入しちゃいけない物を持ち込んだり、輸出しちゃいけない物を持ち出したり、自然を破壊したり、公園の芝生を踏み荒らしたり、散歩中の犬の糞を片づけなかったり、隣の柿を盗んだり、いたずらに万引したり、吸い殻のポイ捨てをしたり、ゴミを分別しなかったり、高齢者に席を譲らなかったり、夜中に麻雀して騒いでいたりと、いろいろしているらしい(Aチームによる推測)。そしてペレニアル氏は代々王家に仕えてきた者であり、現在は国王の代行者であるということと、国王の命がもうあまり長くないので、早めに結果を出してほしいということもつけ加えておこう。
「で、次期国王である証拠か何かあるのか? 目印とか。」
「トンバワ王子なら、左足の親指の腹に王家の印である縦線があります。」
「……そんなの、どうやって調べりゃいいんだ……?」
「ああ、それと、もう1つ。」
「何だ!?」
 身を乗り出すハンニバル。足の親指の縦線なんて見つけるの嫌だし。
「左臀部に火傷の痕があります。」
 もっと調べようがない。無理に調べれば、変態扱いされる。
「奴にこのことを話してもいいのか?」
 そう、協力が得られれば、足の指だって尻っぺただって、自分で調べてもらえる。これでAチームは汚いモノを見ないで済む。
「いいえ、彼には……彼が本当に王子ならば……私が直接話します。」
 Aチーム、残念。
「あなた方は、彼に王子である証拠があるかどうか確かめて、なければそれでおしまい、あれば私の所に彼を連れてくるという、それだけを確実に実行して下さい。」
 ハンニバルが困った顔をしている。
「……確か、彼には奥さんと子供がいたよね?」
 記憶の糸を手繰って、フェイスマンがハンニバルに聞く。
「そういえば、そうだったな。……なあ、仮に奴がその何とか王子だった場合、女房子供はどうなるんだ?」
「彼が次期国王と決定すれば、彼だけを我が国へ連れて帰ります。」
「別れろってことか?」
「そうです。王妃は国内から占いで選び出し、それ以外の女性との婚姻は絶対に認められません。」
「俺、タライガ国王じゃなくてよかった……。」
 フェイスマンが小声で呟く。ハンニバルはさっきよりも、もっと困った顔をしている。
「……報酬は? 成功報酬のみか?」
「彼が次期国王であろうとなかろうと、報酬はお支払いします。とりあえず前金で5000ドル。経費がこれを超えるようでしたら、ご連絡下さい。そして仕事が終わった暁には、これを差し上げます。」
 と言って、ペレニアル氏は握り拳大の石を掲げた。
「1世紀前、王室より授かった我が家の家宝です。」
 それはサファイアと言うには赤く、ルビーと言うには青い宝石だった。4人の手の中を1周したそれは、現在の所有者に戻された。
 フェイスマンとコングの目が“欲しいよー、欲しいよー、くれなきゃひどいぞー”と訴えている。コングは自分のアクセサリーにする気だろうし、片やフェイスマンは成金の奥方に高値で売りつける気だろう。残る1人のマードックには、特に意見はないようだ。
「よし、引き受けよう。」
「ありがとうございます。」
 ペレニアル氏は、ハンニバルに前金の5000ドルと滞在先を記した名刺を渡した。
「写真はお渡ししましたよね?」
「ああ、貰った。」
 ハンニバルがピラピラと写真を振る。後ろの席では、早速フェイスマンが札の枚数を数えている。
「では、よろしくお願いします。」
 ウィンドウが閉まり、黒いリムジンは待避所から消えていった。



「Aチームを捕まえるには、ただ闇雲に追うだけでは駄目だ。そこで、作戦を立てたいと思うが、何かいい案はないか?」
 日射病も治ったデッカーとその部下は、会議室でミーティングを開いていた。空調設備のない、うだるような暑さの部屋で、クラシックな扇風機がゆるゆると回っている。
 やけに熱く苦すぎるコーヒーを啜って、グラント大尉が挙手した。ようやく鼻血は止まったが、今度は殴られた右頬が腫れてきている。
「Aチームの特長であるチームワークを断絶させる手段は以前にも取ったことがありますが、それを徹底してみてはどうでしょう。」
「例えば?」
「今まで以上に、調査に時間を割き、単独行動しているところを狙うというのは……?」
「ふむ。」
 コリンズ軍曹が挙手。
「Aチームを捕らえた後のことですが、1つには、今まで捕らえた者を一緒にしておいたのがいけなかったと思います。2つ目は、せっかく捕まえても、外部から何らかの手段で破壊工作が行われ脱獄されてしまうので、それを防がなくてはならないと思います。」
「それで?」
「できる限り、個人個人を接触させないようにすればいいんではないでしょうか。」
 デッカーはしばらく黙り込み、結論を出した。
「では、思い切って分担してみよう。俺はもちろんスミスを捕まえる。大尉はバラカス、軍曹はペックを捕まえる。全く個別の作戦でな。お互い秘密裡に行動し、軍の留置所にも1人1人別々に入れる。」
「マードックはどうします?」
 と、グラント大尉。
「そうだな、例の病院にも見張りをつけよう。ハンクス軍曹がいいな。俺とお前たちとハンクス軍曹が、それぞれの隊の隊長として隊員を選ぶところから始めよう。」
 こうして久々に頭を使い、活気づくMPの面々であった。



 デッカーたちMPが出入りしている陸軍基地のほど近く、朽ちかけた安ホテルにAチームは宿を取った。
「何で俺たち、こんな危ない所に住まなきゃなんないの? どうせ宿泊費は依頼人が払ってくれるんだし、もっと綺麗で快適なホテルにすればいいのに。それに、デッカーと鉢合わせしたらどうすんのさ?」
 階段を登ってくる時に既に床板を踏み抜いたフェイスマンが、ハンニバルに苦情を申し立てている。
「灯台もと暗しと言うだろう。」
 ハンニバルは平然とフェイスマンの苦情を却下した。
「この窓から基地ん中がよーく見えるぜ。」
 コングは床に座って窓枠に双眼鏡を乗せ、身を隠しながら外の様子を監視している。
「モンキー、お前はこの中で一番面が割れてないから、基地の電話線に細工して、盗聴できるようにしといてくれ。」
「ラジャー。」
 ラジャーって、何語?
「おっと、その前にフェイス。」
「ああ〜ん?」
 不機嫌なフェイスマン。備えつけのベッドにハンケチを敷いて、腰を下ろしている。
「電話修理工の服から工具、小物一式と、厚手のカーテンを手に入れてきてくれ。」
 部屋の中を一回りし、備品の冷蔵庫や棚を一通り点検して、ハンニバルはつけ加えた。
「それから灰皿と、新品でなくてもいいから冷える冷蔵庫、もちろん冷凍室つきのヤツな、それと清潔なシーツとタオルケットと枕と、扇風機かクーラーを頼む。あと、ビール1ダース。」
「はいはい。」
 メモを取って、フェイスマンは立ち上がった。
「荷物持ち、誰か手伝ってよ。」
 眉はハの字、口はヘの字のフェイスマン。
「コング、行ってやれ。代わりにモンキー、監視してろ。」
 こうしてAチームは着実に行動していくのであった。
 数時間後。
 窓から監視しているマードック、電話を盗聴しているコング、冷えたビールを飲んでいるハンニバル。フェイスマンはグラント大尉の戸籍を調べに外出中。
「ハンニバル、グラント大尉が家に電話してるぜ。」
 ヘッドホンをつけたまま、コングが言う。
「何と言ってる?」
「仕事の都合でしばらく帰れねえってよ。」
「またデッカーの奴、何かろくでもないこと考えてるんじゃないか?」
「手作りのチェリーパイが食べたいとか言ってるぜ。」
 電話を盗聴しても、大して何も得られなかったAチーム。グラント大尉の好物が奥さんの作るチェリーパイだということはわかったが。
「ただいまー。」
 ユデダコ状態のフェイスマン、帰宅。
「さすが俺の盗んできたクーラーはよく利くね。」
「収穫は?」
 休む間も与えず、ハンニバルが尋ねる。
「グラント大尉の現住所がわかったよ。ここから車で10分くらい行ったとこ。家族構成は、奥さんと3歳の子供1人。彼の父親は不明。母親は彼が16歳の時に死亡。これって何か怪しいでしょ?」
「ああ。本当に奴が王子なのかもしれないな。それから?」
「そんだけ。」
「フェイス、もっと詳しい情報を調べといで。はい、ゴー!」
「ゴーって、ハンニバル、ちょっと涼ませてよ。」
「駄目。あの宝石が欲しいんなら、涼んでないでゴー!」
「全く、俺にだけ人使いが荒いんだから……。」
 文句を言いながらもハンニバルに従うフェイスマン。部下の鑑だね。
 さらに数時間後。
「はい、グラント大尉の学歴、職歴!」
 帰ってくるなりレポート用紙を投げるフェイスマン。喫茶店かどこかで書いてきたのだろうか。
「幼稚園、小学校、中学校、高校まで、ちゃんと調べましたよ。何委員をやっていたのかもね。片思いだった女の子の名前と現住所まで調べたんだから。高校卒業後は志願して陸軍に入隊。奥さんとは高校で知り合って、卒業後も交際を続け、大半は文通らしいけど、ベトナム戦争中の一時帰国の際に結婚、現在に至る。ぜーんぶ書いてあるから読んでよね。まだ他に質問ある?」
 レポートを手に、ふうっと葉巻の煙を吐き出して、ハンニバルがぼそっと聞く。
「王家の証はあるのか?」
「……それは……わかんないよ。……あ、奥さんが知ってるかも。子供いるんだし、やることはやってるはずだから。」
「じゃあ、お前、聞いてこい。」
「やだよ、何て言って聞くの? お宅のご主人はお尻に火傷の痕がありますか、って?」
 沈黙が流れて滞る。
「ともかくフェイス、奴の家を見張れ。」
 再び、フェイスマンは渋々と部屋を出ていった。
「ねえ大佐、基地のシャワー室にカメラ設置したらどう?」
 いきなりマードックが口を開く。
「バカ野郎、レンズが曇って見えねえだろうが。」
 コングが反対する。
「見たくもないしな。」
 溜息混じりにハンニバルも言う。
 着実に行動してはいるものの、全く進展のないAチームであった。



 コリンズ軍曹率いる部隊“ペック班”は、既にフェイスマンの尾行を行い、現在、彼があるアパートの一室にいることを突き止めた。しかし、その部屋の持ち主が結構美人な駆け出しのロック歌手であることはわかっていても、そのアパートの向かいがグラント大尉の家であることにはペック班の誰も気づいていない。
「やはり、ペックには女だ!」
 力強くコリンズ軍曹が言う。部下が頷く。
「知り得る限りの美人を集めよう。」
 ということで集められた女性たち、それは上の中ランクの美人といったところか。MPごときがここまで集めたんだから上出来。
「我々の作戦に協力していただきたい。」
 暑い日中、蒸し暑い部屋に集合させられた女性陣は、初め非協力的だったが、フェイスマンの写真を見て考えを変えた。
「いい男じゃない、協力するわ。それで私たち何すればいいの?」
「この男を誘惑して下さい。やり方はそちらにお任せします。ただし、くれぐれも仲間と接触させないように。」
「OK。」
 そしてその夜。
 アパートの窓からグラント家を見つめるフェイスマンが嬌声を耳にし、本能に従って声のした方に目を向けると、そこには女性の一団がいた。
「いや〜ん、ヒールが折れちゃったあ。」
「あんたが重すぎるんじゃない? ダイエットしたら?」
「裸足で帰るしかないわね。」
「え〜、誰か直してよお。」
 困っている女性を放っとけないのがフェイスマン。ねんごろになったアパートの女性が不在なのをいいことに、素早く表に飛び出した。
「お嬢さんたち、どうしたの?」
「この子のヒールが折れちゃったのよ。」
「どれ、見せて。」
 フェイスマンは歩道にハンケチを広げ、そこに足を置かせると、壊れたハイヒールを手に取った。
「こりゃあ、靴を直す道具がないと駄目だね。この道を真っ直ぐ行った所に靴を修理してくれる店があるんだけど。」
「でも、あたしィ……。」
「ケンケンして行けばー。」
 周りの女性たちが冷たい事を言う。
「大丈夫、俺がおぶってってやるよ。」
 極上の微笑みを投げかけるフェイスマン。最初はもじもじしていた女も、遂には彼の背中に抱きついた。
 靴を直した後、フェイスマンは彼女たちと一緒に酒場にいた。助けてくれたお礼ということで、無理矢理(じゃないと思うが)飲みに連れていかれたのだ。
「ホントにありがとうございましたあ。あたしたちのおごりですから、どんどん飲んで下さァい。」
「そんな、いいよ。俺、自分で払うから。」
 前金5000ドルを貰っているので、ちょっとリッチな気分の彼。
「あ、まだ自己紹介してなかったね。俺、テンプルトン・ペック。」
「あたし、ミシェル。友達のセルマとルースとジャニス。」
「もしかして、大学生?」
「そうでーす。」
 ……嘘。本当は全員30代の若作り。その証拠に肌に張りがなく、化粧が厚い。フェイスマンもその辺はわかっていたけど、女性に対するおせじは天下一品。
 そんなこんなで店の梯子を続け、6軒目辺りでベロンベロンになっていたフェイスマンは、8軒目で急性アルコール中毒に倒れた。この女ども、某F並みに酒に強いと言うか、飲ませ上手であることよ。
 かくしてコリンズ軍曹の“ペック隊”は、フェイスマンを見事捕らえたのであった。



「フェイスの奴、連絡も入れんで何やってんだ!」
 ハンニバルが心の奥底で一抹の不安を抱きつつも、プンスカ怒っている。フェイスマンからの連絡が入らなくなって丸1日が経つ。
「グラント大尉の家の近所で、女の子とよろしくやってんじゃない?」
 マードックの一言で、ハンニバルの肩がピクリと動いた。打ち捨て去られる一抹の不安。
「あいつめ……女と俺とどっちが大切なんだ……。」
 ハンニバルの言う“俺”には“Aチーム”とか“仕事”も含まれると解釈してあげよう。でないと、比べ物にならない。別に、比べ物にしてもいいけど……比べ物にしたいけど……でもAチームだから。
「ハンニバル、グラント大尉の家から電話が入った。チェリーパイを作ったんで差し入れするわ、だそうだぜ。」
 コングがグラント夫人の口調を真似る。盗聴に厭きてきたようだ。牛乳も飲んでないし。
 そして十数分後。
 基地の前に車が停まり、籠を下げたご婦人と子供が基地の中に入っていった――と、マードックが報告した。ハンニバルはドミノピザ(肉沢山)を頬張り、ビールで流し込むと、マードックに言った。
「女房と子供の顔を覚えとけ。」
「見えなかったよ。」
「じゃ、出てくる時に覚えとけ。」
「……心しておきましょ。でも俺、頭変だから忘れるかも。」
「いやモンキー、お前は変じゃない。頭がおかしいのはフェイスの方だ。」
 まだ怒ってる。だから、ピザ(肉沢山)か。フェイスマンがいるとダイエットさせられるから。
「俺、チェリーパイ食いたい。アップルパイでもいい。チョコレートパイでもいい。パイが食いたい。」
 いきなり言い出すマードック。疲れが出ているのか、これが普通なのか。
「おっ、いいよな、チェリーパイ。レモンパイとかパンプキンパイでもいいが、ブルーベリーパイも捨て難いな。」
 コングも同調し、窓際ではパイ論争が始まる。この間、監視と盗聴は全く行われていなかったゆえ、グラント大尉の女房子供の顔を見ることはできなかった。
 これでいいのかAチーム、仕事進んでないぞ。



 話題の人物、グラント大尉率いる部隊“バラカス班”は、会議室で話題の菓子、チェリーパイを囲んでいた。夫人と令嬢も同席している。
「バラカスはAチームの中でも頭が回り、さらに力自慢だが、根は優しい奴で子供や動物が好きだ。そこで、うちの子に協力してもらう。」
 口の周りをチェリーパイのフィリングで真っ赤にしたロレッタ・グラントちゃん(3歳)は、屈強な男たちの視線を受け、半ベソ状態。母親の膝によじ登って、白いサマードレスに赤いシミをつける。
「ロレッタ、パパの言うことを聞いてくれたら、ジェニーちゃんのお家を買ったげよう。」
 ジェニーちゃんとは、ロレッタの大事にしている人形。ブロンドだった髪は既に毟られて丸坊主なのだが。
「ホントー?」
「本当さ。パパが嘘つくはずないだろ。」
「パパ、嘘つきだもん。」
 部下の手前、恥じ入るグラント大尉。どこの家でも、パパは疑われた存在だ。
「今度は本当に約束するから。」
「するー?」
「絶対に約束する。」
「じゃ、いいよ。」
 お母さんは曖昧な微笑みを浮かべている。
「それではバラカスの行動だが、調査によると、この近辺に出没しているようだ。バラカスは牛乳が大好物だということは、皆も承知のことと思う。従って、牛乳販売店をチェックすること。」
「大尉、作戦の方は?」
「それはだな、バラカスが1人で歩いているところを狙う。まず、ロレッタが走ってきて転ぶ。必ずバラカスは助け起こす。そこでロレッタがお礼にキャンディを渡す。このキャンディには睡眠薬をまぶしておく。奴が倒れたところを、我々が捕まえる。」
 完璧な作戦であることを部下たちが褒め、夫人は満足そう。
 翌朝、7時。
 日課のジョギングを欠かさないコングは、そっとホテルを抜け出して、走り始めた。そしてその最後に、コンビニエンス・ストアに入り、牛乳を1リットル購入し、その場で腰に左手を当て、足は肩幅に開き、ぐーっと飲む。“1カ月牛乳なし”の刑を課せられてはいるが、牛乳がなければ死にそうな暑さなので、ハンニバルの目を盗んで、こうして牛乳を飲んでいるのであった。
 牛乳を飲んで満足した表情のまま店を出てきたコングの前に、小さな女の子が走り出てきて、見事なまでにステーンと転んだ。
「おいチビちゃん、大丈夫か?」
 びえええええーっと泣き喚く少女を優しくあやすコング。泣いているのは、コングが恐いからかもしれない。
「ほーら痛くねえ痛くねえ。ちっとばかし膝小僧すりむいただけだろ。」
 アニマルプリントのバンダナに唾をつけ、傷口を拭いてやる。えぐっえぐっとしゃくり上げながらも、女の子は次第に泣きやんだ。
「だいぶ服が汚れちまったな。家帰ったら洗ってもらえよ。」
「ありがと、おじちゃん。」
 と言って、少女は大玉のソーダキャンディをポケットから2つ取り出し、メロン味とストロベリー味のそれをじっと見つめていたが、メロン味の方をぬっとコングに渡した。
「俺にくれんのか?」
 頷く少女は、ストロベリー味のキャンディを口の中に放り込んで、美味しそうに笑った。釣られてコングも微笑み、メロン味のキャンディを口に入れる。と、その途端……。
 ドタリ、と巨体が倒れた。わらわらと集まるMP。眠っているコングなら、重いだけで、恐くはない。
「パパー! 約束だよ。」
 グラント大尉に抱き上げられたロレッタの頭の中は、ジェニーちゃんのお家のことで一杯だった。
 かくしてグラント大尉の“バラカス隊”は、コングを見事捕らえたのであった。ハンニバルとマードックが高いびきかいて寝ている間に。



 その日の昼間、ハンニバルとマードックは監視と盗聴を続けながら、この静的空間から逃れたい思いに囚われていた。
「フェイスからのは連絡ないし、コングちゃんまで行方不明だし、事態は好転しないし、やんなっちゃうね、大佐。」
「うむ。……フェイスもコングもMPに捕まったんなら、デッカーが何か言ってくるだろうが、今のところ何も言ってこないからな……。一体、どうしたんだ、あいつら。」
「デッカー大佐、何か言ってこようにも、言う先がわかんないんじゃない?」
「そうとも考えられる。だが、そうやすやすとMPに捕まるような奴らじゃないし……。」
「グラント大尉も動かない。俺たちも動けない。このまんまじゃ解決しない。」
「そう、仕事が解決しない。」
 マードックが双眼鏡から目を離した。
「……グラント大尉を誘拐しちゃったら?」
「そうだな。こうしていても埒が開かないし……一発、誘拐してみるか。」
 ハンニバルがヘッドホンを外し、すっくと立ち上がった。
「大佐、どこ行くの?」
「便所。」
 小1時間後。
 陸軍の制服を着たマードックが基地の中に入っていった。
「グラント大尉!」
 裏のグラウンドで目標を見つけたマードックは、早速歩み寄った。彼は1人で中距離射撃の訓練をしている。
「何か用か、アダムス軍曹。」
 マードックの着ている服には、アダムスのネームタグと軍曹の階級章が縫いつけてある。
「Aチームに関する情報なんですが……あっ、あれはっ!?」
 唐突に宙を指差す。この後、拳銃の台尻で殴る予定。
「何!?」
 反射的に指差された方を見るグラント大尉。ちょうど、その方向にある建物の屋上で、何かがキラッと光った。
 ターンッ!
「ライフルかっ!? 逃げろ、アダムス!」
 人気ないグラウンドを走るグラント大尉とマードック。
 ターンッ!
「うっ!」
 グラント大尉が肩を押さえてよろけた。
「大尉!」
 駆け寄ったマードックは、グラント大尉を肩に担ぎ、よろよろと走っていった。いい奴だなあ、マードック。



 グラント大尉を医務室に連れていったはいいが、狙撃事件が思いの外、大問題になってしまったので、誘拐に失敗したマードックはそそくさとホテルに戻り、事の次第をハンニバルに報告した。
「狙撃されたって?」
「そ。建物の屋上からライフルでね。」
「本当にグラント大尉を狙ったのか?」
「周りには俺たちの他、誰もいなかったぜ。」
「お前が狙われたのかもしれんぞ。」
「何でさ? それに俺は変装してたんだかんね。」
「それもそうだな。……となると、次期国王暗殺計画って線も考えられる……。よし、ペレニアルに報告ついでに聞いてみよう。」
 と、ハンニバルは電話に手を伸ばそうとしたが、その手は虚しく宙を彷徨った。安ホテルには備えつけの電話がない。
「行ってらっしゃ〜い。」
 公衆電話をかけにいくハンニバルと見送るマードック。やっと事態は変わったが、悪い方へと向かっているようだ。



 その頃、ハンクス軍曹率いる部隊“マードック班”は、マードックが病院を抜け出しているのは判明したものの、一体どこにいるかがわからず、右往左往していた。



 一方、デッカー大佐率いる部隊“スミス班”は、基地近くでハンニバルを目撃し、厳重に付近の捜査を行っていた。
「スミス発見! PブロックSのKにある電話ボックスです。デッカー大佐、急行願います。」
 トランシーバーから雑音混じりの情報が飛び込んできた。
「わかった、すぐに行く!」
 デッカーは車に飛び乗り、制限速度を無視して走り出した。
 何も知らないハンニバルは、ペレニアル氏と長電話をしていた。電話ボックスの前には、4、5人が列をなしている。
「……とまあ、こんな感じのことはわかったんだが、問題の身体的特徴はまだ掴めてなくってね。ところで、さっきグラント大尉がライフルで狙撃されたそうだ。あんた、何か思い当たることは?」
 電話ボックスの中は、蒸し風呂状態。こめかみから流れ出た汗が、二重顎を伝って落ちる。
『先日、王制反対派テロリストが数人、アメリカに入国したという報告が入りました。きっと、王子を狙ってのことでしょう。』
 そんな小さな国にもテロリストはいるんだ、と感心するハンニバル。しかし、口には出さない。
「狙うにしたって、王子かどうか確信を持ってからにしてほしいもんだよねえ……。」
『ハンニバルさん、どうか王子を守って下さい。』
「追加料金になるぞ。」
『あといくら要るんですか?』
「そうねえ……人命がかかってるから……プラス1万ドルで手を打ちましょうか。」
『……1万ドルは無理です。払えません。』
「じゃ、9000ドル。」
『まだ無理ですね。』
「仕方ない、8000ドル。」
『もう一声!』
「大負けに負けて、6000ドル!」
『そこを何とか、もう一歩!』
「よし、5000ドルだ!」
『では、5000ドルで契約いたしましょう。』
 予定の半額に値切られたハンニバルは、受話器をフックに戻して外に目を向けたが……。
「観念するんだな、スミス。」
 デッカー大佐とその部下数名が、ハンニバルに銃口を向けていた。
「おとなしく電話ボックスから出てこい。」
 こういう時に限って丸腰のハンニバルが、ホールドアップして電話ボックスから出る。真昼の太陽がやけに眩しい。
「おい、手錠をかけろ。」
 部下を促すデッカーは、満面に不敵な笑みを湛えている。無抵抗のまま手錠をされ、車に押し込められるハンニバル。
「デッカー、質問がある。」
「何だ?」
「コングとフェイスはどこだ?」
「バラカスとペックか。俺は知らんが、いなくなったのか?」
「まあな。」
「大方、お前の部下であることに嫌気が差して逃げ出したんだろう。ま、無理もないことだ。」
「……そうかもしれんな……。」
 悲痛な面持ちのハンニバルを乗せた車は、その場から走り去っていった。
 かくしてデッカー大佐の“スミス隊”は、ハンニバルを見事捕らえたのであった。残るはマードック1人。どうする、Aチーム!



 安ホテルでハンニバルの帰りを待っているマードックは、1人寂しく冷凍庫の氷をしゃぶっていた。
「大佐、遅いなー。お昼寝しちゃおっかなー。」
 昼寝も何も、そろそろ夕方である。と、その時、
「マードック! 中にいるのはわかってるんだ。おとなしく出てこい!!」
 ドアの外から怒鳴り声がした。“マードック班”班長のハンクス軍曹である。
「刺激しちゃ駄目です、軍曹さん! 彼は精神に異常を来しているんですよ。」
 別の声もする。退役軍人病院精神科の医者らしい。幾人かのMPと幾人かの医師が、ドアの外で言い争っている。
「突入するんだ! 今この瞬間を逃せば、また奴に逃げられてしまうぞ。」
「突入なんて無理をしたら、マードックさんの病状がどうなるかわかってるんですか?」
「わからん! 俺は医者じゃない!」
 軍人対医師の論争を背に、マードックは裏手に臨む洗面所の窓からそおっと外に抜け出した。雨樋を伝って非常階段まで行くと、忍び足で階段を降り、細い路地から表通りを窺った。案の定、表通りは軍服の男と白衣の男女で溢れ返っている。深緑色の軍服と真っ白な白衣が、まるで初夏の灌木のよう。
「あっ、あそこにマードックさんが!」
「やべっ。」
 ひょっこり出した顔を、つまらなそうにしていた女医に見つけられてしまった。
「半数は裏道に回れ! 挟み打ちにするんだ!」
 MPの誰かが意見したが、誰も聞いちゃいなかった。ひたすらマードックの後を追いかけるのみ。
「ひぇ〜、この辺の道、あんまり知らないんだよ〜。」
 走るマードック。さっきも走ったばかりなのに。
「オイラ、走るのって苦手なんだよ〜……ひい……ひい。」
 苦手な事をするのは誰だって嫌だ。というわけで、得意種目に移行すべく、マードックはあえて基地に向かった。
 都合のいいことに、マードックはまだアダムス軍曹の軍服を着ていたので(いつもの服は1ブロック離れた駐車場に停めておいたバンの中)、基地前のゲートは敬礼一つで通過できた。そのゲートも、後ろから追いかけてきた集団によって破壊されたのだが。
 上官に対して失礼のないよう、そしていきなり捕まったりしないよう、敬礼のポーズのままでひた走るマードックの行く先は、グラウンドの端にある格納庫。
「はあはあ……やった……やっぱあったわ。」
 緊急事態用のヘリコプター、それがマードックのお目当ての物。勢い込んで乗り込むと、さすが緊急用、すぐに飛び立てる状態になっていた。燃料も満タン。
 水を得た魚のように、マードックはとっととローターの回転数を上げ、さっさとホバリング前進して格納庫を出ると、さくさくと離陸し、MPの軍団と少し遅れて追いついた医師の集団を尻目に、ぐんぐんと上昇していった。
「……さーて、これからどうしよっかなあ? 大佐とコングちゃんを捜さなきゃいけないけど、どうしたもんかねー?」
 待て、フェイスマンを忘れてるぞ。
「んーっと……もし大佐やコングがMPに捕まってたら、またはMPから逃げようとしていたら、そしたらどうなるかっていうと、MPの立場から考えると、んー……通信機!!」
 通信機のスイッチをパチッと上げる。因みに、上がオンで下がオフ。
『……ガー……ピー……救援願います……スカーッ……プスーッ……。』
「ん? 何、これ?」
『……ザー……こちら……グラント大尉……ゾスー……聞こえますか……ザソー……自宅が襲撃……されています……ベソー……至急救援……。』
「またかよー。また俺が助けんのかよー。」
 不平垂れつつも、彼はグラント大尉の家へ向かった。場所はよくわからないけど、きっと襲撃されている家がそれ。



 グラント大尉の家は簡単に見つかった。そこは、あからさまに襲撃されていた。向かいのアパートの屋根からライフルを撃っているのが2人、生け垣の所から手榴弾を投げているのが1人、車の中から拳銃を撃っているのが2人、合計5人。まだ軍隊も警察も駆けつけてこない。
「でや―――――っ!!」
 かけ声も勇ましく、マードックは20mm機関砲をぶっ放そうと思ったものの、このヘリには装備されていなかった。パイロットと同様、全くの丸腰。数時間前まで持っていたはずの拳銃もホテルに置いてきちゃったし。
「ええ―――――い!!」
 次なるかけ声は全然勇ましくなかった。もう半ばヤケクソ。
 で、彼がどうしたのかというと、スティックとペダルを巧みに操り、屋根の上の2人をヘリで追い回して、1階の高さまで急速に下ろしてやった。それを一般には、屋根から落とす、と言うようだが。これで2名重症。
 それから高度を下げて、上から見ると拳銃の先だけが覗いている車にヘリのスキッドを引っかけ、すうっと上昇する。手榴弾男の上に移動し、機体を傾ける。そうすると、あら不思議、車は下へひゅうっと落ちて、手榴弾男は見えなくなったのでした。これでさらに、1名重症(もしかして死亡)、2名重軽傷。
 すっかり静かになった道路にヘリを着陸させ、マードックはグラント家のドア……いや、ドアの残骸をノックした。
「グラント大尉ーっ、大丈夫だよーっ、出といでーっ!」
 逃げてしまった子猫のように呼ばれ、グラント大尉とその妻子はボロボロになって出てきた。髪の毛はチリチリ(初めからか)、顔は真っ黒(初めからか)。
「ありがとう、アダムス軍曹。二度も命を救ってもらったな。本当にありがとう。」
 昼間に肩を撃たれたため腕を吊って肩を固定しているグラント大尉は、三角巾がたるまないように気を遣いながらマードックの方に歩み寄ってきた。負傷したから帰宅したのに、踏んだり蹴ったりの目に遭っている彼。そんなグラント大尉を騙し続けるのは忍びなかった。良心の呵責に耐え切れず、マードックが口を割る。
「俺、ほんとはアダムス軍曹じゃないんだけど……。」
「え……何だって?」
「ほら、俺だよ俺。見た事ない?」
 じっと顔を見るグラント大尉。
「お前は……マードック大尉か!?」
「ピンポーン。」
 捕まえるべきか捕まえぬべきか、それが問題だ……しかし助けてもらったからな、それも2回も……と、悩むグラント大尉をよそに、マードックはロレッタちゃんに百面相を見せていた。
「そうだ!」
 と叫んだのは、グラント大尉ではなくて、マードック大尉。あ、階級同じなんだ。今頃気づいた。
「ねえ、グラント大尉、ちょっと聞いていいかな?」
「何だ?」
「お尻に火傷の痕ある? それから足の親指に縦線ある?」
「はあ? ……それは、暗号か?」
「いや、マジで。」
「ない……と思うが。」
「ほんと〜? 嘘じゃないだろうね?」
「嘘ついてどうするんだ、そんなこと。」
「じゃ、見してよ。」
 納得の行かない顔をして、妻に靴と靴下を脱がせてもらうグラント。
「左足ね。」
 足を見せるグラント、鼻を摘んで親指の腹を見るマードック。
「ないね。……次は……お尻……。」
 マードックも少し嫌みたい。でも、妻子共々壊れた部屋の隅の方へ行ってベルトを外してもらい、ズボンとパンツをずり下げてもらうグラント大尉。嫌々、近寄って確かめる。
「……本っ当に、ない……。」
「何かの調査なのか?」
 ズボンとパンツを引き上げてもらい、ベルトを締めてもらいながら、グラントが聞く。
「ま、これも仕事でね。」
 どんな仕事なのかと、不思議に思われてしまう発言。
「……それからさあ、知ってても教えてくれないと思うんだけど、もう1つ聞いていい?」
「……Aチームの居場所か?」
 頷くマードック。
「Aチーム3人全員の居場所は教えられない。俺にもわからんからな。」
 マードックは数に入っていない。初心者は注意すること。
「そう……。それだけ教えてくれただけでも感謝しなくちゃね。じゃ、さいなら。肩、お大事に。」
 軍や警察が来ないうちに、と帰りかけたマードックの背に、グラントが呟いた。
「……だが、バラカス軍曹はC棟1階にいる。」
 はっ、とマードックが振り向く。
「……俺、聞いちゃったよ。いいの? 軍事機密なんだろ?」
「ああ、いいさ。助けてくれたお礼だ。」
 哀愁を帯びた笑みを浮かべるグラントに、マードックは走り寄って抱きついた。
「ありがと、グラント大尉。」
 肩をかばってよろけるグラントを、マードックが支える。友情だねえ。……友達じゃないか、2人。
「ついでに、その場所、紙に書いて。俺、基地ん中のことわかんないから。」



 再びヘリに乗って、マードックは基地へと飛んだ。
「C棟1階のあの辺ね。よーっし、行くぞーっ!」
 目標を定めると、グラント家からちょろまかしたガムテープでスティックとペダルを固定し、危なくない高さになった頃合を見計らって、飛び降りる。
「うわーっ、ヘリが突っ込んでくるぞー!」
 軍人さんたちも大慌て。
 ドガーン!
 C棟に激突して爆発するヘリコプター。さようなら、そしてありがとう。
 マードックはと言えば、素早くC棟内に潜入し、大混乱に乗じてオートライフル2挺その他諸々を手に入れ、コングの捕らえられている場所へ向かっていた。
「コングちゃん!」
 M16を乱射し、見張りをなぎ倒す。留置所の鉄格子の向こうでは、コングがうずうずしていた。
「早く鍵を探せ、この薄らトンカチ!」
 でれんと倒れている見張りのポケットを探って鍵を見つけ、錠を外して扉を開ける。
「手錠の鍵もだ、このスットコドッコイ!」
 再度ポケットを探り、手錠の鍵も見つける。
「見つけたらぼやっとしてねえで、こいつを外しやがれ、このイカレポンチ!」
 耳元で怒鳴るコングの手錠の鍵を外すマードック。
「行くぜ!!」
「……おー。」
 元気なのと、疲れきってるの。対照的な2人ね。
「見張りが話してたが、ハンニバルの居所はデッカーだけが、フェイスの居所はコリンズだけが知ってんだってよ。」
 その間も、手榴弾がドバーン! オートライフルがバリバリバリ! 拳銃がガンガンガン! ジャキッ! これはマガジンを交換する音。
「……それじゃ絶対、居場所教えてもらえないじゃんか。」
 マードックはコングについて行くので精一杯。
「自力で捜すっきゃねえっ!」
「……銃も弾も、一杯あるしね……。」
 その通り、銃も弾も、いくらでも落ちている。コングによって倒された兵士と一緒に。
 C棟は、ヘリの衝突で大半が廃墟と化していたため、10分程度で全滅。B棟では、フェイスマンを発見したものの、宿酔で戦力の足しにならず、弾拾い人員が増えただけ。壊滅所要時間は、30分。A棟でハンニバル発見。これで全員揃ったので、A棟は破壊しないで退却。ゲートは既に壊れているから、問題なし。



 日向に置かれていたためすっかり熱くなってしまっているバンに乗って、Aチームはやっと落ち着きを取り戻した。
 そして、コングがエアコンを最強風に切り替えて、車内が涼しくなってきた頃、マードックが報告した。
「この目で確かめたけど、グラント大尉には王家の紋章、なかったぜ。」
 紋章って言ったら、焼印か? 家畜じゃないんだから。
「そうか、よくやったぞ大尉。ところでグラント大尉を狙ったのはタライガ王国の反王制テロリストだそうだが、あれから何かあったか?」
「テロリスト!?」
 驚くフェイスマンとコング。彼らはグラント大尉が狙われたのを知らない。
「へえ、テロリストだったの。でも、俺様が退治してやったもんね。」
 胸を張るマードック。
「そうかそうか、偉いぞ大尉。じゃ早速、ペレニアルに報告しよう。」
 しかし、バンの中に昔はあった車内電話も今はない。数カ月前、マードックのパフォーマンスに耐えきれなくなったコングが、素手で握り潰してしまった。ここ何カ月かフェイスマンの財布の紐もきつく、新たな電話は購入されていない。
「誰か連絡しに行け。」
 リーダーの命令は、故意に右の耳から左の耳に通り抜けさせられた。夜になっても、まだ外は暑いから。
「フェイス、行け。」
「ごめんハンニバル、俺、気持ち悪くて動けない。動いたら吐くかもしんない。」
 道理で、酸っぱい臭いがする。
「じゃ、コング。」
「済まねえハンニバル、牛乳飲んでねえからか、心臓がバクバク言いやがって、治りゃしねえ。」
 無理をしすぎたのか、本当に顔色が悪い。過呼吸っぽいし。
「モンキー……は、特別に免除してやろう。」
「へへー。」
 マードックの顔は、にまにま。
「引き算の結果、リーダー自らが行ってきてやるぞ。」
 覚悟を決めて、ハンニバルが車のドアを開ける。熱い風が車内にむわっと入り込む。



 電話ボックスにて。
「もしもし、ペレニアルさん? ハンニバル・スミスだが。」
『ああ、スミスさん、ちょうどよかった。こちらからお電話しようと思っていたんですが、連絡先がわからなくて困っていたんですよ。』
「どうしました? こっちはやっと仕事が終わってね。」
『終わったんですか? 参ったな……(小声)。』
「参ったって何が? ……ところで、グラント大尉には王家の印はありませんでしたよ。」
『ほう。』
「ほうってあんた、せめて“それは残念でしたね、ご苦労さま”とか何とか言って下さいましよ。こちとら命懸けで突き止めたんだから。」
『Aチームの皆さんのご協力には非常に感謝いたしますが、もう今となっては、どうでもいいことなんです。』
「どうでもいいだと!」
 爆発するハンニバル。
「一体どうしたんだ、ペレニアル!!」
『……国王が崩じられたんです。』
「死んじまった? じゃ、どうなるんだ、あんたの国は?」
『それだけでなく、クーデターが起こって……民主制になってしまいまして……。』
 そりゃまた散々。
『……王家関係者全て捕らえられたという話です。』
「つまり、あんたも国に帰ると捕らえられると……。」
『そうかもしれません。……多分、そうなるでしょう。』
 電話の向こうは涙声である。
「……それでも国に帰るのか?」
『帰りません。』
 きっぱりと言い放つペレニアル氏。
「帰らないって言ってもねえ……。」
『既に、ある地下組織にアメリカ人としての戸籍は作ってもらって、新しい名前も社会保障番号も手に入れました。ご心配なく。』
「なら、まあいいか。頑張ってくれたまえ。それで報酬の件だが……。」
『済みません、私にはもう1セントもありません。戸籍を作ってもらうのに使ってしまいました。申し訳ありません。』
「……仕方あるまい、テロリスト退治はサービスとしよう。前金も貰ってるしな。」
『ありがとうございます。』
「それで宝石は手渡しになるかな? どこで会おうか、また高速道路か?」
『……あの家宝も売ってしまって……。』
「……ないのか?」
『……ありません。ごめんなさい。』
「……そうか……ないのか……何も……。」
 別れの挨拶もせずに、呆然とハンニバルは受話器を置いた。もう一生、ペレニアル氏とは会えないだろう。もし万が一、Aチームと彼が出会うことがあれば、その日が彼の命日となるであろう。
 とぼとぼと車に戻ったハンニバルを見て、3人は期待に膨らんだ胸を萎ませた。
「もしかして、宝石、貰えないの?」
 フェイスマンがおずおず尋ねる。吐き気は治ったようだ。
「ああ。細かいことは追々話す。とにかく奴からは何も貰えん。」
「別に構わないさ、前金で5000ドル貰ったんだし。」
 意外にもフェイスマンがグチらない。後の2人も、別にいいやという表情をしている。
「本当にいいのか、フェイス。今回、結構金使っただろう? 冷房とか冷蔵庫とか。」
「ううん、生活費と電話代だけだよ。ホテル代は払ってないし、クーラーとかも全部盗んできた物だし。」
 ということは、今回の作戦は黒字。ニンマリとするAチーム(含むマードック)。
「よし、腹も空いたことだし、パーッと祝宴だ!」
「おう!」
 こうして彼らの乗ったバンは、街灯に集まる蝉のように、ネオンの灯を目指して全速力で走っていった。
【おしまい】
上へ
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