特攻野郎Aチーム '96ファイナルバザール の巻
フル川 四万
 クリスマスも近づくとある土曜日、コロラドの養豚場乗っ取り事件とアラスカの難破船捜索大作戦を2日間という非常な短期間に(電話で)解決して人心地ついたハンニバル・スミスと愉快な野郎共あるいはAチームの面々は、例によってフェイスマンが調達したビバリーヒルズ郊外の一軒家で束の間の休息を楽しんでいた。
 特定の患者に頻繁に脱走されることで有名な例の退役軍人病院も、クリスマスということで、珍しく普通の――この場合の普通とは、つまりは窓からやタンカに乗っての外出ではないことを指す――外出を病状の重軽に関わらず許可しており、12月24日の午後だというのに奴らの居間にはトナカイの帽子を被ったH.M.マードック氏(チェックのネルシャツ、下半身はチノパン)がソファに寝そべり、オプラと児童虐待の体験者が“辛い過去を乗り越えて億万長者になる方法”について熱い議論を戦わせているのをじっと見つめていた。
「帰ったぜ!」
 勢いよくドアに体当たりを食らわせて家に飛び込んできたのはB.A.バラカスである。両手一杯に紙袋を下げ、背中には大きなテディベアが背負われている。
「おかえり、コング。“クジラ型のワイン・オープナーで一山当てた”と“高齢な億万長者を誑かして結婚。老衰死を待って100万ドル手に入れた”では、どっちが児童虐待の傷を乗り越えてると言えるかな? ……出場者番号で言うと4番と8番なんだけど。」
「優勝商品は?」
「4段変速ギアつきママチャリ。」
「8番だ。」
 B.A.バラカスは指を3本立てながらそう言うと、リビングを突っ切り、フェイスマンが粉まみれになって何か作成しているダイニングテーブルの上にどさっと荷物を置いた。紙袋から小さなギフトボックスが数個転がり出る。
「コ〜ング、小麦粉がつくから、そこ置かないでくれるかなあ。」
 真っ赤なエプロン姿でクリスマス用のジンジャーブレッドを製造中のテンプルトンが、泡立て器を持った手を腰に当てて不満を述べる。
「済まねえ、ソファに先客がいたんでな。あの野郎がいるってことは仕事か? 仕事なら今回はパスだぜ。俺ぁ、孤児院のクリスマス・パーティーに行かなきゃならねえんでな。」
「お生憎さま。モンキー、今回は許可つきの外出なの。病院もクリスマス休暇だってさ。……ところで、それ、孤児院のクリパに持ってくプレゼントでしょ?」
「おう、50人分のプレゼントをそれぞれの好みを考えて予算内に調達するのは大変だったぜ。」
「コング、今年もサンタクロースやるの?」
「いや、やらねえ。今年のサンタは院長のリックだ。俺は、サンタ補佐。」
「じゃあ、パーティー、何着て行くのさ。今年も使うかと思って、サンタの衣装出してアイロンかけといたのに。」
「悪いな。俺はこのままで行くつもりだ。」
 両手を拡げて“このまま”を表現するコングの格好は、黒のタンクトップの上に例のゴールド・アクセサリー。その上にチェックのネルシャツ、足元はブーツ。
「そのままあ!?」
 フェイスマンが叫んだ。
「おやおや、皆さんお揃いですな。」
 リビングの奥の階段から降りてきたのはハンニバル・スミスである。相も変わらずチェックのネルシャツにヘソ下でベルトを締めたチノパン姿。足元はシダーの健康サンダルといった寛いだ出で立ち。
「何を作っているのかな、フェイス。今夜はクリスマス・ディナーだろ?」
 いそいそとフェイスマンの傍に歩み寄るハンニバル。が、しかし……。
 ばんっ!
 フェイスマンが、いきなり泡立て器をテーブルに叩きつけた。一瞬、場の空気が固まる。
「ああも〜お、みんなどうしてそうなのさ! 揃いも揃ってネルシャツネルシャツネルシャツ! アイダホの農夫じゃあるまいし!」
 アイダホの農夫とて今日日そんなにネルシャツばかり着ているわけではあるまいて。
「今夜はクリスマス・イヴだよ!? コングは孤児院でパーティー、俺とハンニバルは家でクリスマス・ディナー、モンキーは、っと、何するんだっけ?」
「……家でハンニバルとフェイスとクリスマス・ディナー。」
「……ああ、そうなの……、ま、いっか。とにかく、みんな、クリスマスの晴れやかな席さ! ああそーだとも!」
 興奮のあまり口調が芝居がかってきているフェイスマンである。
「何を怒っているんだ、フェイス。みんないつもの格好じゃないか。」
 ハンニバルが大袈裟に戸惑いを表現しつつ、でも幸せそうに言う。キッチンに丸ごとのターキーを見つけてゴキゲンなのだ。
「いつもの格好なのが問題なの! どうしてせめてイヴの夜くらいオシャレしようと思わないのかなあ。俺なんか、今の段階からこの状態だぜ?」
 言いつつエプロンを取り払ったフェイスマンの格好はと言うと……何とブルーのタキシードである。
「……それはちょっと……やり過ぎじゃないか? 午後1時の格好として……。」
「おう、何て言うか……場末のスタンダッパーみてえだぜ、フェイス。」
「そうかな、俺様は結構いいと思うけどね、マジシャンの変装としてはだけどね。」
 口々に感想を述べる3人。フェイスマンはじっと下を向いて拳をふるふるさせながら立ち尽くしている。
「コング。」
 丸々1分はそうしていた後、フェイスマンが口を開いた。
「何でい。」
「……出かけるから車出して。」
 聞き取れないほどの小さな声でフェイスマンが言った。
「出かける?」
「……だと?」
「……だって?」
 口を揃える3人。
「そうだよ、出かけるの!」
 顔を上げて言い放つフェイスマン。
「して、おまいさん、どこ行くつもりだ?」
 ハンニバルが問う。
「リバティー・ハウス。……確か今日まで'96年ファイナルバザールと称してクリスマス大バーゲンをやってる!」
「何買うつもりよ?」
「ちゃんとした服! とにかく君たちはクリスマスにそぐわな過ぎる! その格好じゃ、せっかくの俺の手料理に対して申しわけが立たないでしょ!? だから今日は何が何でも君たちに“正装”ってやつをしてもらうからね。名づけて、'96ファイナルバザール、Aチーム服装改革大作戦だっ!!」



「これにしましょうよ、あなた。」
 ピンクのベビードール(本物の子供用)を手に取ってパトリシアが言った。ショッキングピンクのパンツスーツ姿の彼女は、ちょっとケバいがなかなか美しい熟年の女性である。有名人で言うと、バーバラ・ブッシュが若干若くなったような感じか。
「……少し、派手過ぎないか? ブレッドは男だぞ。」
 パトリシアの夫は手渡されたそのサテンとフリルの物体を親指と人差指で摘み上げて顔を顰めた。
「あら、生後3カ月のベビーに性別なんて関係ないわよ。……でも、そう言われてみれば、ちょっと派手かもね。じゃあ、こっちはどうかしら。」
 次に彼女が掴んだのは、紫地に黄色のドットがついた極小のジャンプスーツ(211ドル)である。
「……211ドル! 俺の一番いいシャツより4ドルも高いぞ。」
「あら、そうだった? でもブレッドは私たちの初めての孫なんだから、少しは奮発しましょうよ。」
「そういうものか?」
「もちろん、そういうものですとも。」
 夫婦はここで同意に達し、選んだジャンプスーツと共にレジに向かった。
 夫の名はデッカー。〔奥方もデッカーなのでは?〕階級は大佐。ジョン“ハンニバル”スミスの天敵も、妻と初孫には滅法弱く、さらに買い物もちょっと苦手な普通の熟年なのであった。
 場所はアメリカ最大のデパートメント・ストア・チェーン、リバティー・ハウス・ロサンゼルス本店。2階Cブロック子供服売場の午後2時5分である。



 紺色のバンが地下駐車場に滑り込む。コングは機械から吐き出される駐車券をぴっと引きちぎると、同時に貰った売場案内と共に、バックシートから“お頂戴”の手を出していたマードックに投げて寄越した。
「モンキー、駐車券なくさないでくれよ。買い物した時それにスタンプ押してもらえば、2時間以内はタダになるんだからね。」
 主婦が骨まで染みついたテンプルトンである。
「だから買い物に使える時間は2時間以内! モンキー、紳士服売場はどの辺になる?」
「えーと、俺様の勘だと3階だね。」
「正確な情報だと?」
 フェイスマンの的確な突っ込みに、マードックは渋々売場案内を開いた。
「1階のBブロック。」
「よし、行こう。」
 4人は車を降りると、颯爽かつ猛然と歩みを開始した。紳士服売場に向かって。



 ここは1階Bブロック紳士服売場。フォーマルからカジュアル、スーツやコートから靴・小物に至るまで何でも揃うリバティー・ハウスご自慢のエリアである。
「さて、みんな、1時間以内に自分の好きな服を選ぶこと! 条件は、三ツ星レストランでも恥ずかしくない服であること、サイズが合っていること、予算内であること、の3つ! 予算は靴まで含めて1人800ドル! 俺は試着室の前にいるから、選んだら必ず試着して、合わせて靴も考慮すること。それでは諸君、健闘を祈る。解散!」
“いつもなら号令は俺の役目なのに……。”
 納得できないものを感じつつタキシード・コーナーに向かうハンニバル。
“三ツ星レストランには、やっぱり世界三大珍味(フォアグラ、キャビア、トリュフ)でしょう……。”
 何を選んでくるのか、今から不安なマードック。
“とにかく正式なら何でもいいんだろ? 簡単じゃねえか。”
 やけに余裕のコングちゃん。
 かくして、Aチームの服装改革大作戦は、司令官テンプルトン・ペックの号令によって開始されたのであった。



「いらっしゃいませ。」
 色とりどりのタックスがずらりと並んだクロゼットの前に立つや否や、店員に捕まるハンニバル・スミスである。
「どういったものをお探しでしょうか?」
「クリスマス用のタキシードをちょっとね。」
 いつも思うのだが、この場合の“ちょっと”は何を指すのであろうか。
「ご希望の色柄などございますか?」
 そんな作者の思いとは無関係に会話は進んでいく。
「いや、特に。しかし、ちょっと見ないうちにタキシードも派手になったもんだね。どうせだから、あたしもカラーのを着てみようかね。」
 歳を考えないのが彼のい・い・と・こ・ろ。
「かしこまりました。……今年の流行りですと、薄いブルーグレイやモスグリーンに刺繍が入ったものなどはよく出ておりますが……お客さまの体型ですと……こちらなどいかがでしょう。」
 腰の低い店員Aが勧めたのは、濃いめのグリーンで左襟にのみオレンジ色の葡萄の刺繍が入った、いかにもお水っぽい一着。明らかに今までのジョン・スミスの爽やか路線からは外れている。
「……いや、もうちょっとオーソドックスなのがいいな。それじゃ靴を合わせにくいぞ。紫と白のエナメル・コンビくらいしか合わないだろう? ……これなんかどうだい?」
 そう言ってハンニバルが手に取ったのは、光沢のある白の生地に真っ赤な薔薇の襟刺繍が入ったもの。赤のカマーベルトがついている。
「……はあ、でもそれはサイズが……。」
「な、いいだろう。これなら、白か赤か白と赤の靴を合わせればいいし、フェイスのブルーの服と並んでも見劣りがしない。」
 何か言いかけた店員Aをあっさり無視し、いそいそと試着室に急ぐハンニバルであった。



「いらっしゃいませ。」
「おう、買いに来たぜ。」
 コングがやって来たのは、何と“KIMONO”コーナー。先月TVで見た“大相撲ニューヨーク場所”にいたく感激して、機会があったら和服を着ようと心に決めていたのだ。
「今日は何をお探しですか? 紋付、それともどてら?」
 丸帯の着流し姿の店員Bは金髪碧眼のアングロサクソンだが、日本文化には造詣が深いと見える。生半可な知識では、紋付の次にどてらを勧めようとは思わない。
「……いろんな種類があるのか……。クリスマスに相応しい派手なやつがいいんだが。子供たちにニッポン文化の素晴らしさが伝わるようなやつがな。」
 コングが豪快にもそう言い放った。
「オーマイガッ! ……お客さま、ニッポンにはクリスマスはありません。」
 店員Bは大袈裟に肩を竦めて、眉尻を下げて見せた。
「クリスマスがねえだと!?」
 驚愕するコング。
 クリスマスがないなんて! それでは日本のチビっ子は年末の休暇を何を楽しみに過ごすと言うのだ!(ああ神よ!)
 悲嘆に暮れるコングの肩を、店員Bが優しく叩いた。
「お客さま、ご心配には及びません。その代わり日本ではニューイヤーを盛大に祝うのです。子供たちはサンタクロースから現金を貰い、普段は禁止されている飲酒も許されます。いや、むしろ元旦の飲酒は義務でさえあります。法律でそう決まっているのです。そして煩悩を消すために、108を自分の年齢で割った数(小数点以下切り捨て)の豆を部屋に撒きつつ食べます。」
「子供たちに酒だって!?」
 またまた驚くコングちゃん。
 ああ、ニッポンとは、何と謎の国なのだろう。それに豆を撒きつつ食べる、とは一体どのようにすれば……。
「大丈夫ですよ。酒と言っても薬草酒。シナモンやアニスがたっぷり入った体にいいことこの上ない貴重な酒です。……お客さま、本当に日本文化について、何もご存知ないのですね……。」
「……ああ、済まねえな。俺ぁ飛行機が嫌いなもんで、あまり遠くにゃ出かけねえんだ。」
 時々無理矢理出かけることにはなるが。
「……私にお任せ下さい。お客さまにぴったりのキモノを選んで差し上げましょう。」



「いらっしゃいらっしゃいっ安いよ安いよっ!」
 吠える狂人は何故か食料品売場にいた。買い物カゴには世界三大珍味が入れられている。
「え〜と、予算が800ドルだろー? キャビアは1人1缶ずつ、コングちゃんも帰ってきて摘むだろうから4缶、115ドル×4で435ドル。フォアグラとトリュフは1個ずつで240ドル。計672ドル。」
 計算は至るところで間違っている。
「残り158ドルを衣装に回せる。ま、それだけありゃ、トナカイの胴体(144ドル)は調達できる。手際いいじゃん、俺様。」
 機嫌よくレジに向かうマードックであった。だから、計算違うって。果たしてトナカイの胴体は入手できるのか!? そしてまた、それですら当初の目的から随分遠いことについて、試着室前で待つテンプルトン・ペックさんはどう感じておられるのでありましょうか。
「あ、あと生ケーキもだ。」
 マードックがケーキのショーウインドーに吸い寄せられていった。乞うご期待、以下次号!(って言ったら、伊達怒るだろうなあ……。)〔いや、別に。四万ちゃんがそうしたら、私もやるから。怒るのは瑞穂だろう。〕



 今回の作戦の司令官を務めるテンプルトン・ペック氏は、試着室の横の休憩用ソファで3人を待っていた。
“やっぱ1人800ドルは奮発し過ぎたかなあ……。ハンニバルはともかく、後の2人はろくなもの選ばないような気もするしなあ。1人ずつ一緒に行って選んでやるべきだったかなあ。”
「どうしたんだ、フェイス。」
 例の派手なタックスのハンガーをぶら下げて、ハンニバル登場。
「午後2時のデパートで正装の男が1人嘆いている姿は珍妙だぞ。」
「ああ、ハンニバル、まともなもの選んでくれただろうね?」
「何だ、その“くれただろうね”っていうのは。あたしのセンスを疑ってますね、君。」
「まあね、実物見るまではね。」
「見てらっしゃい、このゴオ〜ジャスな1着を今着てきますから。」
 白と赤のタキシードをひらひらさせながら、ハンニバルは試着室へと消えた。
「ふう、何とかハンニバルはまとも(そう)だなあ。」
 ちょっと安心したフェイスマンは、見るでもなく遠くに見える下りエスカレーターに目をやった。エスカレーターで降りてくる人々は手に手にクリスマスの大きな包みを抱え、幸せそうな女性たちの笑顔と裏腹に、荷物持ちに甘んじる夫たちの顔には心なしか疲労の色が見え隠れ。
「いつの世も、女性の買い物は男にゃ辛いんだよねえ……特にあの、派手なピンクのおばさんの連れの男ったら、あんなに荷物持たされちゃって可哀相に……って、あれ、もしかして……デ…ッカー? げえっ、デッカー!!」
 まさに今、エスカレーターを降りて紳士服売場を目指して歩みを進める疲れた熟年は、確かにあの天敵デッカーその人(と、その妻パトリシア)であった。
 驚愕のあまり立ち上がったまま動けないフェイスマン。目立つから座りなさいよ、君。デッカーはそんなフェイスマンの驚きには全く気づかないまま、ずんずん歩いてくる。
「あわわわ、どうしよう、ハンニバルに知らせなきゃ。」
 フェイスマンはくるりと回れ右して、試着室に向かって駆け出した。
「ハンニバル!」
 試着室に勢い込んで駆け込んだフェイスマンが見たものは……小さ過ぎるタックスに無理矢理体を押し込んでハム状態になった我らがリーダーの姿だった。もちろん、カマーベルトははまっていない。はめるともっとハムっぽくなりそうだが、とりあえず今はめるのは無理そうだ。
「……や、やあ、フェイス。どうやら少々小さかったようだよ……済まないけど、ワンサイズ大きいのを持ってきてくれないか。」
「ワンサイズどころじゃないだろ、それ(怒)? そう、それどころじゃないよ、ハンニバル。デッカーだよデッカー!」
「デッカー? あいつがどうかしたのか?」
「いるんだよ、ここにデッカーが!」
「何だって!?」



「あとは何を買うつもりだ、パトリシア……。」
「あとはあなたの洋服と靴。大体あなた、ハロウィンもクリスマスもずっと軍服で過ごすつもりなの? ブレッドにとっては初めてのクリスマスなんだから、お祖父ちゃまだってそれなりにお洒落しなくちゃ。」
“もうどうでもいい……任務に帰りたい……。”
 疲労困憊しきったデッカーは、少々自分を見失いつつあった。
「さ、まず、あなたのタキシードを見なきゃ。」
 パトリシアはずかずかとタキシード・コーナーに歩み寄り、1着のタックスを手に取った。それは濃いグリーンにオレンジ色の葡萄が刺繍されているものだった。
「さ、これを試着してきて。きっと似合うわ。」
 デッカーは渋々試着室へと向かった。



 ハンニバルとフェイスマンは、壁際のディスプレイの裏をそっと這いつつ移動していた。2人共タックス姿、しかも1人はボンレスハム状態、首にカマーベルトまで引っかかっているという情けなさ。
 振り返ると、試着室に入っていくデッカーが目に入った。デッカーが完全に試着室の中に消えるのを確認して、2人は立ち上がった。
「ふう、コングとモンキーはどこにいるんだろう?」
 フェイスマンが言った。
「コングはさっきKIMONOコーナーで紋付着てるのを見たぞ。」
「オリエンタル・フォーマルか。コングもなかなかやるじゃん。」
「チョンマゲついてるしな。」
「そうそう、刀差したりしてね。」
「誰がチョンマゲだと(怒)?」
 真後ろからいきなり聞き慣れた(怒)声がした。
「コング!」
 振り返った2人が見たものは……白地に金魚柄の浴衣(しかも明らかに寸足らず)に身を包み、帯にウチワまで差して、後頭部にひょっとこのお面を括りつけたコングの姿だった。
「コング、どうしたんだ、その格好は。紋付袴はやめたのか?」
 ハンニバルが問う。
「どうもこうもねえぞ、あの店員の野郎、さんざっぱらおだてていろいろ着せまくった後で、いざ支払いの段になって俺の予算が800ドルだって聞いた瞬間に態度が豹変しやがったんだ。800ドルで買えるキモノはこれしかねえんだとよ!」
「いや、でも、よくお似合いですよ、ジャパニーズ・トラディショナル・サマーフェスティバル・ルック。」
 ハンニバルが笑った。
「ああ、もうやめてよ、2人共。今それどころじゃないんだよ、コング。デッカーがいるんだよ、この階に!」
「何ィ!? 俺たちがここにいるっていう情報が漏れたのか?」
 普通はそう思うよな、お尋ね者の身としては。
「いや、デッカーはデッカーで、クリスマス・ショッピングみたい。一緒にいる女性は、きっと奥様なのだろうし。」
「そ、だから見つかる前にとっととトンズラしましょっていう算段なんだが、モンキーはどこ行ったんだ?」
「知らねえぜ。さっきエスカレーターで地下に降りてったのは見たけどよ。」
「地下?」
「地下って?」
「食料品だろ!?」



「やっほー、お待たせお待たせ。値引き交渉に手間取っちゃってさー!」
「モンキー!?」
 マードック登場。かっきり約束の時間である。どうして、こういう時に限ってみんな時間きっかりか。
 走ってくるマードックのカッコウはと言えば、頭はトナカイ、体は魚屋さんのハッピ、下半身はチノパン。つまり、増えたのは魚屋さんのハッピ(推定41ドル)だけ?
「あいつ、あのハッピで800ドル使ったのか?」
 駆けてくるマードックを見ながら、ハンニバルが呟いた。
「……考えたくないよ。きっと770ドルくらいはまだ余っているんだろうよ……。」
 そうこう言っているうちにマードックが到着し、やっとAチーム揃い踏みと相なりました。
「よし! みんな揃ったから逃げるぞ!」
「おうっ!」
 走り出す4人。
「ちょっと待ってよ、何で走るのさ?」
 いまだ状況が掴めないマードックである。
「デッカーがいるんだよ!」
「なーる。」



「あなた、できた?」
 試着室のカーテンの前で、パトリシアがデッカーに呼びかけた。
「ああ、できたぞ。」
 カーテンが“しゃっ”と開き、緑のタキシード姿のデッカーが現れた。何と言うか、その……割りかし似合っている。
「あら、似合うじゃない。」
 パトリシアが目を輝かせる。
「ほら、この靴はいてみて。」
 差し出されたのは、紫と白のエナメル・コンビ。デッカーは一瞬たじろいだが、買い物に疲れた熟年の頭に最早思考力など残っているはずもなく、差し出されるままに靴に足を入れた。クリスマス・バーヂョン・デッカーのできあがり。
「ステキだわ、あなた。」
「そ、そうかな。君がそう言うんなら、もしかしたらそうなのかも……あーっ!」
 デッカーがいきなり叫び出した。
「スミスだ!」
「何? あなた、どうしたの、急に!?」
「あれは絶対スミスだ〜っ!!」
 デッカーが指差す先には、すたこら走り去ろうとするブルーのタキシード、白に赤刺繍のタキシード、白地に金魚の浴衣のひょっとこ、トナカイの頭部を持つ魚屋、の計4名の姿。これだけ見てAチームと判るのも、こいつくらいのもんだ。
「パティ!(パトリシアの愛称。家ではパティと呼んでいるデッカーさんである。)買い物はこれでお終いだ。今この瞬間から、このデパートを封鎖して非常線を張るぞ! 責任者を呼べ! 館内放送で奴らの特徴をアナウンスするんだ!」



 ピンポンパンポ〜ン。
 場内アナウンスの始まりを告げるチャイムが鳴り響いた。
『お客さまにお知らせいたします。只今、当デパートに指名手配犯人が侵入したという通報がありました。危険ですので、直ちに場外へ避難して下さい。』
 場内がざわめき始め、人々はエレベーターorエスカレーターに向かって歩き始めた。
“指名手配?”
 走りながらフェイスマンは思った。
“ただの買い物がどうしてこうなっちゃうのかな?”
『なお、逃走犯人は4人。1人はブルーのタキシード……。』
 フェイスマンはばっと上着を脱ぎ捨てた。ズボンは……と、陳列棚にあったジーンズ(裾未処理)を引っ掴み、近くの男子トイレに駆け込んだ。
『もう1人は白いタキシード、胸に赤い薔薇の刺繍つき……。』
 シャツ・コーナーに隠れていたハンニバルが上着を脱いだ。手近にあったシャツを手早く羽織り、非常口からそっと階段に出る。
『3人目は黒人で、白と赤の浴衣姿……。』
 セーターのコーナーにいたコングは、周りを見回して人影がないのを確認し、しゅっと帯を引き抜いた。
『最後の1人は、トナカイの被りものに魚屋のハッピ……。』
 靴コーナーにいたマードックは、トナカイの被りものを脱ぎ捨て、続いてハッピも脱ぎ捨てると、とりあえず上等の革靴に履き替えて、従業員通用口に体を滑り込ませた。



「ああ、もう、どうしてこうなっちゃうわけ!?」
 フェイスマンが叫んだ。ここは帰りの車の中、何とかデッカーの追手をかわした4人である。
「仕方ないさ、フェイス。デッカーにだってクリスマスを祝う権利くらいあるさ。」
「何だか、異様に疲れたぜ……。」
「トナカイさん……。」
 脱力する4人。そして、当初の目的である“クリスマスに相応しい衣装”はと言うと――
 ハンニバル=タキシードの下のズボン(ピチピチ)+ネルシャツ。
 コング=グレーのセーターと、下は、なし。
 マードック=ネルシャツとチノパンに上等なウイング・チップ。
 そして、最初っからOKだったはずのフェイスマンさえも、今となってはタキシードすら失い、手元に残ったのは……キャビア4缶とフォアグラとトリュフ。
「今夜は、これでクリスマス・ディナーと行くか。」
 ハンニバルが言った。
 力なく頷く3人であった。
【おしまい】
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