特攻野郎Aチーム 大食いチャンピオンを目指せ! の巻
鈴樹 瑞穂
 ロス郊外、とある高層マンション最上階角部屋。ソファに、床に、あるいは食器棚の上に、ゴージャスなリビングにおよそ相応しくない格好で伸びている一団がいた。Aチームマイナス1である。
 食器棚の上からマードックが情けない声を出した。
「ああ、腹減った。腹と背中の皮がくっついちまうよぉー。」
「んなワケあるか、このバカが! 内臓が入ってるんだ。」
 床から言い返すB.A.バラカスの声も心なしか弱々しい。
「それぐらい腹が減ってるっていう譬えじゃねえか。コングだってそうだろ。」
 ソファのハンニバルに至っては2人のやり取りを止めるでもなく、虚ろな表情で葉巻をくわえている。
「フェイスはまだか?」
 そう、いつものごとく(?)年末になると窮乏するAチームである。今日も食べるものがなく、伸びているのだった。そしてこれもいつものごとく、フェイスマンは寒風吹きすさぶ中、仕事を探しに出かけている。
「やあ、諸君、待たせたね!」
 バーンとドアが開いて、詐欺師的微笑みを満面に浮かべたフェイスマン登場。
「おせえじゃねえか。」
「まあ、まあ。」
 不機嫌なコングをひょいと跨いで、フェイスマンはリビングの中央に進み出る。
「首尾は、フェイス?」
 ハンニバルがソファの上で起き上がる。
「首尾? ああ、首尾ね。そう、今日はわたくし、皆さまに大変いい知らせを持ってきました。」
「勿体つけてねえでとっとと話しやがれ、このスットコドッコイ! でないとてめえを切り刻んで鍋にぶち込んでやる!」
 ガバッと跳ね起きたコングに襟首を掴まれて、フェイスマンは慌てて懐から手帳を取り出した。
「思いっ切りタダ食いできる美味しい仕事なんだ。日本のTV番組で大食い選手権の参加者を募集してる。優勝賞金は何と2万ドル!」
「なあにぃ!?」
 大声を出したコングに、流石にフェイスマンは青ざめた。自信を持って取ってきた情報だが、まさかコングに気に入られないなんて。
「だからさ、優勝賞金はともかく、全員で参加すれば腹一杯満足するまで食事はできるだろ。」
「馬鹿言ってんじゃねえ。出るからには必ず勝ーつ! 2万ドルで豪華なクリスマス&ニューイヤーだ!!」
 いつになく燃えているコングの勢いに、フェイスマンはお伺いを立てるように、そうっとリーダーとマードックの方を見た。
 うむ、うむ。――頷く2人の目がそう語っていた。



 ○×公園中央広場。『TVチャ○ピオンLA大会』の垂れ幕が風にはためいている。
「うー、外でやるのかよ、この寒いのにさ。なあ、ジャネット。」
 ぶつぶつとマードックがこぼす。しかしその出で立ちは! キツネの襟巻きに真っ赤な毛糸の帽子、いつもの革ジャケット。それでTVに映ろうなんて、はっきり言ってツワモノである。しかし、件のキツネの襟巻き、名前はジャネット、は現在のマードックのお気に入りの相棒だったので、どんな格好をするにしても外せないアイテムなのであった。
 そんなマードックの格好を“LAの恥!”と内心思ったフェイスマンは、しっかりソフトスーツでキメている。目立ちたがりのハンニバルはアクアドラゴンの縫いぐるみを着込んでいたし、コングは持っているだけのアクセサリーを全て身につけてきたのだった。
 統一性はないが、インパクトだけでは他の追随を許さない4人組であった。
 一方、コングとハンニバルはその間、素早く他の出場者を値踏みしていた。
「強力な対抗馬はいないようだな。」
「ああ。あいつぐれえか。」
 コングが顎で示したのは、プロレスラー並みの体格をした白人である。
「ねえ、ちょっと、あいつ見覚えない?」
 フェイスマンがハンニバルの背中をつつく。
 振り返ると、広場に1台のバンが停まり、風船のような男が降りてきたところだった。中国系だろうか。続いて、イタリア系の小男。
「どこかで見た顔だな。」
「大食い選手権荒らしのヤンだよ。最近じゃほとんどタレント並みの活動をしてる。一緒にいるのが、マネージャーのフェリーロ。」
 嫌な奴と一緒になった、という表情でフェイスマンは顔を顰めた。
 のっそりと歩くヤンに引き替え、フェリーロはちょこちょこ素早く、プロレスラー並みの白人に何やら話しかけていたかと思うと、次にはコング目指して小走りにやってきた。
「やあやあ、初めまして。私はフェリーロ、こっちはヤンです。いや、立派な体格ですなあ。さぞかし沢山お食べになるんでしょうなあ。」
 フェリーロは他のメンバーなど全く目に入っていない様子で、コングに話しかける。馴れ馴れしく触ってくる手を、コングは不快そうに払い退けた。
「バラカスだ。あんたは選手権に出ねえのか?」
「いえいえ、私はとてもとても。ヤンのマネージャーをしております。以後お見知りおきを。」
 それだけ言うと、フェリーロはヤンを従えて、他の出場者の方へと行ってしまった。
「何だ、あいつは。人にベタベタ触りやがって。」
「ソッチの気があるのかな?」
「にしても、コングだけしか目に入ってないようだったぞ。こういうのが趣味なのかねえ。」
 呑気に言うフェイスマンとハンニバル。
「そうでもないんじゃないの。ほら、あちこちでいろんな奴を触ってる。」
 ジャネットを撫でながら、マードックが言う。
「どっちにしても、いけ好かねえ奴だぜ。」
 コングが吐き捨てるように言った時、アナウンスが入った。
『大食い選手権LA大会予選を始めます。出場する方はカウンターの前にお集まり下さい。』



 予選1回戦は“大盛り牛丼5杯早食い”であった。制限時間は30分。出場者は横一列にずらりと並んで牛丼をかき込むのである。
「何だ、このゴムのようなビーフは!?」
「ライスがいやにジューシーだと思わないか、ジャネット。」
 ハンニバルとマードックに、お上品に白いナプキンをかけたフェイスマンが言った。
「文句言わないの、腹減ってんでしょ。コングを見習えば?」
 指差した先では、コングが黙々と牛丼をかき込んでいる。前には既に空になった丼が4つ。
「ここで食べ溜めしとかないと、当分またマトモな食事できないよ。コングが優勝すれば別だけど。」
 これがマトモな食事だろうか、とハンニバルは思った。コングには是が非でも優勝してもらわなければ、とマードックは思った。彼は本当はアンチョビのたっぷり乗ったピザが食べたかったのであった。彼が思うには、ジャネットはアンチョビが大好きなのだ。
 だが、コングの向こうでは、プロレスラーのような白人と、風船のようなヤンが、彼に優るとも劣らぬ勢いで牛丼を吸い込んでいる。ここは食べられるだけ食べておいた方が得策だ。
 ハンニバル、マードック、フェイスマンは再び黙々と牛丼をかき込み始めた。
 懸命な努力の甲斐があって、Aチームの面々は無事全員第1次予選を突破することができたのである。



 以後、第2次予選“盛りソバ大盛り5杯早食い勝負・制限時間30分”、第3次予選“カレーライス大盛り5杯早食い勝負・制限時間30分”と続き、参加者は続々と脱落して減っていった。
 フェイスマンは第2次予選で、ハンニバルとマードックは惜しくも第3次予選で無念のリタイアをしている。食べ過ぎで苦しくなってしまった3人は、広場のベンチに陣取っていた。ハンニバルは既に窮屈なアクアドラゴンを脱いで、いつもの格好に戻っている。
 残っているのはわずかに5名。コングに、プロレスラー氏とヤン、その他に2名である。
『第4戦はステーキ30分食べ放題勝負です。30分間で食べた量が最も多かった方、上位3名に決勝戦に進んでいただきます。』
 アナウンスを聞いたマードックがガバッと身を起こす。
「ステーキ!? 俺、そっちのがよかったなあ。ソバなんかじゃなくてさ。」
「全く同感だ。だが仕方ない。ソバ1杯よりステーキ1枚の方が高いからな。」
 腕組みなどして、ハンニバルは妙に冷静だった。満腹したので、気分に余裕が出てきたらしい。
「でも、今は最高級のフィレステーキだってごめんだね。コングに頑張ってもらうしかないな。」
 フェイスマンが苦しそうに腹をさする。
「それにしても、あのヤンって奴、底なしなんじゃねえの? これだけ食ったのに、全然応えてないみたいだぜ。」
 アナウンスに応じて、バンの中から出てきたヤンを見たマードックが言った。
「コングでさえ、ちょっとキテるのにさ。」
「あれ? そう言えば苦しそうだな。いつものコングちゃんなら、これぐらい全然大丈夫なんだけど。」
 首を傾げるフェイスマン。その袖をハンニバルが引いて、抑えた声で囁いた。
「おい、おかしいと思わないか?」
「何が?」
 ずぼっと首を突っ込んできたマードックが尋ねる。
「さっきからヤンは勝負と勝負の間の休憩時間になると、フェリーロと一緒にバンの中で休んでいる。おまけにコングはいつもより調子が出ない。」
「そう言えば……じゃ、バンの中で戻したりしてるのかな。」
「何しろ中国人だからな、それぐらいのことはやりかねん。」
「げー、勿体ない。」
 マードックが大袈裟に顔を顰める。
 ハンニバル、それは中国人のことを誤解していないか? 中国人と言うよりは、拒食症の女の子の行為かも。フェイスマンはそう思ったが、口には出さなかった。ヤンとフェリーロが怪しいのは事実なのだ。
「コングにも何らかの妨害をしている可能性がある。」
 既に始まっているステーキ食べ放題の様子を見ながら、ハンニバルが言った。コングはやはり今一つ調子が出ないようだが、プロレスラー氏とヤンを除く後の2人が最早ほとんど食べられない状況に追い込まれているので、決勝までは残るだろう。プロレスラー氏もそこそこ頑張っているが、苦しそうだ。ヤンだけが快調にステーキの鉄板を重ねていく。
「よし、そうと判ったら早速行動を開始するぞ。モンキーは奴らのバンを調べろ。フェイスは今までに脱落した有望参加者をそれとなく探ってみるんだ。」
「OK。」
「任せといて。」
 2人がさっとベンチから離れていくと、ハンニバルは再びテーブルの方に視線を戻す。
 そして、勝負の行方を見極める振りをしながら、ゆっくりと食休みを取ったのであった。



 マードックは人目につかないように、こっそりとフェリーロとヤンのバンの後ろに回った。幸い、フェリーロはテーブルの前でヤンの勝負を見守っているので、気づかれる心配はない。バンの窓ガラスは遮光の色つきで、後部座席にはしっかりとカーテンがかかっている。
「随分厳重だぞ、ジャネット。いかにも怪しいよな。」
 だが、車体に耳をつけてみると、中に誰かがいる気配がする。そこで、マードックは取っておきの手段に出た。つまり、カーテンの隙間からジャネットの顔をちらちら覗かせてみたのである。
「何だー?」
 間延びした声と共に、バンの窓が開く。
「!」
 特派員――もとい、マードックは驚愕した!
 何と、顔を出したのは風船のような中国人、ヤンだったのである。慌ててテーブルを見ると、テーブルにもヤンがいて、快調にステーキを平らげている。
 ヤンが2人、いるではないか。



 一方、フェイスマンはにこやかにリタイア組の中に入っていった。中でも一番体格のよい赤毛の男を選んで話しかける。確か、フェリーロはこの男にも話しかけてベタベタ触っていたはずだ。
「やあ、残念だったね。」
「ああ、普段はもっと食えるんだけどなあ。何だか今日は胃の辺りが重くてよ。」
「寝不足か、飲み過ぎなんじゃない?」
「んなわけねえよ。俺はこう見えても、あちこちの大食い大会で優勝してるんだ。今日のこの大会のためにバッチリ調整してきたんだぜ。」
「まあ、日本のTV局が主催してるからね。普通の大食い大会とはメニューなんかがちょっと違うし、そういう点も影響したのかな。」
 話しながら、フェリーロが触っていたと思われるところを見る。特に変わった点はない。後は……フェイスマンは彼がコングに触れていた様子を必死に思い出した。確か、馴れ馴れしく首に手を回したりしていなかったか。
「ああ、まだ胃が重いぜ。」
 ぼやく赤毛の男に、フェイスマンは言った。
「それはそうと、お兄さん、いいシャツ着てるね。どこの? ちょっとタグを見てもいいかい?」
「構わねえが、安物だぜ。」
 素早く、男のシャツの首の後ろを捲る。
 と、そこに細い1本の針が! いかにも怪しい。怪し過ぎる。
「ふんふん、いい仕立てだ。今度同じシャツを買うかな。」
 フェイスマンはさり気なく、その針を抜き、襟を元に戻す。
「駅前の△△デパートで売ってるぜ。」
 親切に教えてくれた男に、フェイスマンはお礼を言い、最後にさり気なく聞いてみた。
「ところで、まだ胃は重いのかい?」
 男は腹に手を当てて、首を傾げる。
「いや。そう言えば、いつの間にかスッキリしたみてえだ。」
「日本食は消化がいいって言うからね。ハハ、アハハ。じゃ僕はこれで。」
 フェイスマンがそそくさと立ち去ろうとした時、騒ぎが起こった。



 ガチャーン!
 派手に何かが壊れる音が響き渡り、広場中の人間の目が一斉にそこに集まる。
 キツネの襟巻きを片手にすごい勢いで突っ込んできたのはマードックだ。その後ろから追いかけてくるのは、風船のような中国人である。
「ちょっと、あれヤンじゃない!」
 見物人の若い女性が指差して叫んだ。
「ヤンなら、そこのテーブルでステーキ食ってるぜ!」
「そっくりだ! ヤンが2人!?」
 フェリーロが慌てて立ち上がる。
「ヤン! 何てことだ!」
 マードックとヤンがテーブルに向かって突進してきて、広場はたちまち騒然となる。
 マードックを追ってきたヤンは、ステーキを食べていたヤンに向かって怒鳴った。
「兄貴、そいつを捕まえてくれ! 顔を見られた。」
「おう、任しとけ!」
「お前らは馬鹿か!?」
 2人のヤンの会話に、フェリーロが頭を抱える。
「みんな騙されてたんだ! こいつらは2人で代わる代わる大食い大会に出てたんだぜ!」
 マードックが暴露すると、会場は騒然となる。何しろ、2人のヤンという、動かせない証拠が目の前にあるのだ。
「さらに!」
 フェイスマンがテーブルのコングの許に走り寄って叫ぶ。
「フェリーロは有力選手に鍼を打って食欲を減退させていたんだ!」
 コングの首の後ろから針を抜き取り、高く掲げて見せる。
「何だって!?」
「汚いぞ!?」
 主催者、他の参加者および見物人からはブーイングの嵐。
「くっ。ここまでばらされては仕方ありませんね。」
 居直るフェリーロ。彼は首から下げていた笛を吹いた。すると、待機していたのか、バラバラと人相の悪い男たちが乱入してきて、広場の周りを取り囲む。
 フェリーロはヤン兄弟と男たちに向かって叫んだ。
「お前たち、思いっ切り暴れて、ここにいる奴らの口を封じてしまいなさい!」
 パニックになりかかる場内。だが、しかし、その緊張は一瞬にして破られた。
「そう上手く行くかな?」
 颯爽とハンニバル登場。いつの間に回ったのか、メインステージのテーブルの上に片足を上げて、葉巻をくわえている。
「お前たち、何者だ?」
 掴みかかるヤンを片手で軽くいなして、ハンニバルは胸を張る。
「頼りになる天下無敵の、神出鬼没のAチーム、とでも呼んでもらおうか。」
 わっと歓声が沸く。拍手喝采する者までいた。
 ハンニバルはそれに片手で応えながら、葉巻を揉み消す。それが、乱闘の幕開けになった。
 今朝までは空腹のあまりよろよろしていたAチームの面々だが、今は満腹なので力が出る。さらに胃がもたれていたコングも針を抜いてもらったお蔭でパワー全開だ。
 ハンニバルがヤン(兄?)を殴り倒す。マードックがヤン(弟?)の拳を避けたところを、コングが迎え撃つ。フェイスマンはプロレスラー氏始め、体格のいい参加者たちの針を抜いて回り、調子のよくなった彼らは早速乱闘に参加して恨みを晴らした。マードックは広場の外側を固めている男たちの顔をジャネットでぴしぴし攻撃しているが、尻尾の毛が目に入って、これがなかなかダメージが大きいようだ。
 こうして、あっという間にフェリーロとヤン兄弟の一味は殴り倒されたのだった。



「ごらん、ジャネット。クリスマスのご馳走だぞ。」
 七面鳥とパネトーネを前にして、マードックはご機嫌である。テーブルの上には、アンチョビのたっぷり乗ったピザもある。
 TV局はコングとAチームに、優勝賞金を謝礼としてくれたのであった。
「こういうのを正当な報酬って言うんだねえ。」
 しみじみと嬉しそうなフェイスマン。これで今年は金に糸目をつけずにクリスマスとニューイヤーの準備ができるというものだ。
「日本のTV局ってえのは、随分太っ腹なんだな。」
 特選牛乳飲み放題の許可を貰ったコングも満足そうだ。
「ところでフェイス、TV局の人と何を話してたんだ?」
 ハンニバルが思い出したように尋ねる。
「大食い選手権を取りやめて、ドキュメンタリーとして乱闘シーンをそのまま流すんだってさ。高視聴率間違いなしだって、TV局側は喜んでたよ。」
「いや、日本のTV局ってのは逞しいねえ。ところで、フェイス。」
 しみじみと言ってから、ハンニバルはそうっと席を立とうとしていたフェイスマンの襟首を捕まえた。
「その様子じゃ出演料を上乗せしてもらったんだろう。出しなさい。」
「判ったよ。出すから首絞めないで! ああ、へそくっといて1月の食費に使おうと思ったのになあ。」
 フェイスマンが渋々懐から封筒を取り出す。
「ケチケチしなさんな、クリスマスとニューイヤーだぞ。あるだけパーッと使いましょ。」
 そう言って、ハンニバルは勢いよく、出演料の封を切ったのだった。
【おしまい】
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