アタック・オブ・ザ・キラー・×××
鈴樹 瑞穂
 じっとりと暑く、何を考える気力も出ない昼下がり。マードックはカウチに寝そべり、ドクターペッパーを飲み、ポテトチップを頬張りながらビデオを楽しんでいた。涼を求めてホラービデオを見ようというわけである。とは言え、精神病院の病室では、流石にスプラッタの類は見させてはもらえない。彼のリクエストに応えて医者が与えたのは、精神衛生上大変よろしい、とあるB級映画だった。タイトルは『アタック・オブ・ザ・キラー・トマト』(←超オススメ! by瑞穂)。彼はこの映画をいたく気に入ったようである。テロップが流れ、画面にENDマークが出てくると、カウチから飛び降りて、鉄格子のはまったドアの小窓に縋って叫び始めた。
「看護婦さーん。トマト! トマト持ってきてくれねぇかなー。でっかくってよく熟れたやつ!」
 1時間後。差し入れられたトマトを見つめて、マードックは何やら考え込んでいたが、やおらそのトマトにガブリと噛みついた。
「これじゃ駄目なんだよなー。」
 彼の計画には、そのトマトは少し小さすぎたのである。
 ぶつぶつ言いながら、マードックはトマトを齧った。すると、いきなり鍵の回る音がして、ドアが大きく開く。
「やあ、モンキー。調子はどーだい?」
 口をぴっちりと閉じたまま笑うといういささか芝居じみた表情で、白衣に身を包んだ偽医者フェイスマンが立っていた。



「あ、車停めて!」
 マードックはハンドルを握るフェイスマンに叫んだ。キッと甲高い音を立てて、赤いオープンカーが停まる。
「何なんだよ、あんまり時間ないんだぜ。」
 コングとハンニバルは既にいつものバンで依頼者の元へと向かっている。今回は現地集合になっているAチームだ。渋い表情のフェイスマンに、マードックはひらひらと手を振って見せた。
「ちょっと買い物するだけだからよ。」
 折しも、そこは市場の前。マードックはひらりとドアを飛び越えて走っていく。
 が、戻ってきたその足取りは決して軽快なものとは言えなかった。荷物が重すぎるのだ。
「モンキー……どうするんだよ、そんなもん。」
 思わず咎めるような口振りになるフェイスマン。マードックは平然と答えた。
「美味そうだろ!」



 さて、ハンニバル以下、Aチームの4名は依頼人のアシュベル氏の農場で無事に顔を合わせることができた。と言っても、颯爽と車から降り立ったフェイスマンの後から、マードックは市場で買った大荷物を両腕で抱えて、よろよろと登場したのだった。
「一体何だってそんなもん持ってやがる、この馬鹿が。」
 コングに言い捨てられて、マードックは得意気に胸を張る。
「見てくれよ、この色、艶。市場で一番でっかいやつを買ってきたんだぜ。」
 マードックが重そうに抱えているのは、見事なすいかだった。鮮やかな緑に黒い稲妻の縞、軽く叩けば張りのある音が響く。
「俺は返してこいって言ったんだけど、こいつときたら、聞きゃしないんだ。」
 フェイスマンが諦め顔で肩を竦める。
「ほっほーう。そいつはなかなか見事だが……。」
 ニヤニヤするハンニバル。
「ここじゃあんまり意味がないねぇ。」
「へ……何で?」
 マードックは当惑したように辺りを見回す。
 その時、よろよろと1人の老人が進み出てきた。老人……のはずだが、その格好は恐ろしく若造り。と言うか、典型的なファーマールックである。ストライプのシャツにデニムのオーバーオール、黒いゴム長靴、麦藁帽子、とどめは首にかけたタオル。彼が今回の依頼人である。
「あんた方がAチームかね、はあぁーよく来てくんさった。」
 ……アシュベル氏は先祖代々この土地で農場を営むファーマーさんであった。
「何もなかとこだけん、まずはすいがでも食って寛いでけろ。すいがだけはようけあるでなぁ。」
 アシュベル爺さんの指差した先には見渡す限り、すいか畑が広がっていた。畑を覆い尽くすように伸びたツルには、巨大としか言いようのない見事なすいかがごろごろと転がっている。一番小さいものでさえ、マードックが抱えているすいかより明らかにでっかい。
「よかったじゃないか、すいか食いたかったんだろ?」
 フェイスマンがマードックの顔を見る。
「あああ……。」
 マードックは絶望とも感嘆ともつかない溜息をついて、自分のすいかを叩いた。ポン!



「で、ご依頼の内容はどう言った件で?」
 一同が案内されたアシュベル氏の家は意外にも凝った造りの大邸宅であった。土地は余っていそうなので広いのは納得できるにしても、内装と言い調度品と言い、贅沢に金をかけている。すいか農家って、そんなに儲かるものなのかしらん。
 とにかく、フェイスマンは途端に揉み手を始め、ふかふかのソファに座ってビジネスの話を始めたのであった。コングは壁にかけられた古い猟銃や、鹿の頭の剥製などを見ており、ハンニバルはすっかり寛いでソファで葉巻をふかしている。
 マードックはと言えば、持ってきたすいかを下3分の1で切り、スプーンで中を猛然と食べていた。オープンカーで運ばれてきたすいかは温まっている上、あまり甘くない。テーブルの上にはアシュベル氏の畑で採れた、ほどよく冷えたすいかも切って乗せられていた。ソファに戻ったコングがそれを一切れ取って齧り、「美味え!」と叫んだ。しかし、マードックは意地でも自分の持ってきたすいかを食べる気でいるらしい。
 その間にも、アシュベル氏とフェイスマンの商談は進んでいた。
「もうすぐ村の夏祭だで、『でかでかすいがコンデスト』があるだよ。」
 アシュベル氏の話を要約すると、こういうことらしい。
 この付近一帯はすいか農家が多く、すいかの名産地として知られている。中でも最も高級とされるのが、夏祭の『でかでかすいかコンテスト』で優勝した畑のすいかで、何と通常のすいかの2〜3倍の高値で売れると言う。コンテストの賞金300ドルも魅力だが、当然それによって収入も大きく変わってくるため、どこの家でも優勝を目指してあらゆる努力を惜しまない。が、ここ数年コンテストで優勝しているのは巨大すいか作りの第一人者と呼ばれるアシュベル氏であった。
 今年もアシュベル氏の畑のすいかは出来がよく、中でも一際大きく育ったすいか(スモウファンの彼は“曙”という銘をつけたらしい)があり、それさえあれば優勝は間違いない。
 だが、ライバルであるエンリコ氏も、今年こそはと優勝を狙っており、あの手この手で妨害してくる。遂にはごろつきまで雇って、すいかを盗みにかかり始めた。
「コンデストは明後日だで、それまで、何どがおらがすいがを護ってけろ。」
「つまり俺たちゃすいかガードってわけかい。」
 呆れたように呟くコング。その足をぎゅうと踏みつけ、フェイスマンは詐欺師的微笑みで言った。
「判りました、どうか大船に乗ったつもりでお任せ下さい。で、その〜報酬の方は……?」
「曙が無事にコンデストで優勝しだら、賞金はあんた方にやるだよ。」
 すいかを護って300ドル! フェイスマンは何度も大きく頷いた。ハンニバルやコングもまあいいだろう、という風に頷いている。ただ1人、マードックだけが無言でしゃくしゃくとすいかを食べ続けていた。



 何しろ、相手はすいかである。人間と違ってちょこまか動くわけでもなし、ガードしやすいことこの上ない。
 と、Aチーム一同は思っていた。アシュベル氏に案内されて、問題のすいかの前に行くまでは。
「何なんだよ、このすいかは!」
 フェイスマンが呆れたような声を上げる。
「うっひょ〜。」
 とマードック。その腕には未だ食べかけのすいかがあり、彼はしゃくしゃくと食べ続けている。
「でけえな。」
 ニヤリ、とコング。
「これは盗もうったって大変だな。」
 ハンニバルも苦笑している。
 そのすいかは優に半径30センチは超えていると思われた。
「ふむ。俺なら盗むより割る方を選ぶがね。」
 しみじみとすいかの大きさを計るハンニバルに、フェイスマンが力の抜けたような笑みを向ける。
「自分のとこに優勝を狙えるすいかがあればね。これを運ぶのは大変だよ。」
「よし、コング、モンキー。エンリコの畑に行って見てこい。」
「よっしゃ。」
「あいよ。フェイス、ちょっとコレ預かっててくれよ。」
 リーダーの命令に、コングとマードックは身を翻して駆けていく。
「おい、こんなもんどうしろってんだよ!」
 渡された食べかけのすいかを頭上に掲げて、フェイスマンが叫んだ。



 コングとマードックは数時間で戻ってきて、エンリコ氏の畑にも、近隣の他の畑にも“曙”より大きなすいかはなかったと報告した。エンリコ氏のすいかも、決して出来は悪くないが、曙だけでなくアシュベル氏の畑の他のすいかと比べても大きさでは負けていると言う。
「となると、やっぱり曙を盗みに来るかねえ。」
 ようやくマードックに食べかけすいかを返し、厄介払いをしたフェイスマンが腕を組む。
「少し脅してやるんだろ。どんな作戦で行くんだ?」
 コングがリーダーの顔を見る。
「俺っちに名案があるぜ!」
 ようやくすいかを食べ終わったマードックが手を挙げる。手招きするマードックの周りに寄り集まるAチーム。
「何でい、そのいかれた作戦は!」
 青筋を立てるコング。しかしリーダーは泰然としたもので、ゆっくりと葉巻の煙を吐き出すと、マードックの肩を叩いた。
「いいねえ。その作戦、戴きましょう。」
「ちょっとハンニバル、正気!?」
 フェイスマンも抗議の声を上げるが、ハンニバルに指を3本――300ドルの印だ――立てられて引き下がる。
「大丈夫、この畑のすいかはみんなでっかいし、ほら、それなんてどお?」
 マードックは陽気にコングの足元のすいかを指差した。



 Aチームのテーマソング、流れる。
 すいかを運ぶコングとフェイスマン。ハンニバルがすいかの下3分の1を切り落としている。マードックがスプーンを差し出す。コングとフェイスマンがそれを受け取り、すいかの中身を食べる、食べる、食べる。マードックは空になったすいかに何やら細工をしている。
 Aチームのテーマソング、終わる。



 真夜中。
 荷台に黒い布をかけたトラックがアシュベル氏の畑の畦道に停まった。わらわらと人相の悪い(と思われる。何せ暗いので)男たちが降りてきて、畑に入っていく。彼らは懐中電灯の明かりを頼りに、迷うことなく“曙”の方へと向かった。
「こいつだな。」
 囁き合い、頷き合う。先頭の男がツルを切ろうとナイフをポケットから出した時。
「おい、何か変な声がしないか……?」
 男の1人が囁いた。
 ジュブ……――虫の声だろうか。左側の闇の中からだ。一同は思わず耳を澄ませた。
 ジュブジュブ……――今度は右側から、確かに聞こえた。誰かが外国語で囁いているような声。男たちは浮足立った。それでなくても夜中の畑は真っ暗で、あまり気味のよい場所ではなかったのだ。
 ジュブジュブジュブ……――更に後ろの方から音が響いた。
「だっ、誰だ! 出てこい!」
 盛り上がる怪しい雰囲気に耐えられず、男の1人が叫んだ。音のした方に懐中電灯を向ける。
 その頼りない明かりの中に。
 バーン!
 まさに擬音で表すしかないタイミングで、すいかが浮かび上がった。ハロウィーンのかぼちゃのように、三日月形の目をした怪しいすいかである。
「うわあっ!」
 男たちは思わず叫んだ。
 ババーン!
 左にも。すいかたちはジュブジュブ言いながら、男たちを取り囲んだ。
「くそーっ!」
 ヤケになった男が一際大きなすいかに突っ込んでいったが、力強い拳にあえなくKOされる。すいかにはなぜか、黒い腕が生えていたのだ。
 いきなりライトが点き、男たちは腰を抜かした。
「どーだ、名づけて『アタック・オブ・ザ・キラー・すいか』作戦。」
 ライトに手をかけて、ハンニバルが高笑いしている。
「ひでえ作戦だぜ。」
 頭にすっぽり被っていたすいかを脱いで、コングが吐き捨てるように呟く。
「効果はあっただろ。」
 やはりすいかを脱いで、得意気なマードック。
「できればもう二度とごめんだけどね……当分すいかは食べたくないよ。」
 額にすいかの種をつけたフェイスマンが、深い溜息と共に言った。



「はあぁー、お蔭さんで助かっただよ。コンデストで曙も優勝できだし。」
 アシュベル氏はにこにこしながら、Aチームの面々の手を1人ずつ握り、ぶんぶんと振り回した。
 結局、夏祭の日まで村に滞在したAチームである。
「そりゃよかった。で、報酬の方は。」
 すいかの食べすぎで腹を壊したフェイスマンは、張りついたような笑みでアシュベル氏に尋ねる。コンテストの優勝賞金300ドルが、今回の報酬に充てられる約束なのだ。
「それが今年から賞金でなぐで賞品になったんだと。」
「……賞品……?」
 フェイスマンの顔色がすうっと青ざめる。何だか、嫌な予感がしたのだ。アシュベル氏は、コンテストの係員が引いてきたリヤカーを指差した。
「ほれ、すいがの苗&肥料セット。」
 ――予感的中。ハンニバルとコングが顔を見合わせる。フェイスマンはへなへなとその場に座り込んだ。
「こんだらええもん来て、あんたら、よがったなぁ。」
 にこにこと言うアシュベル氏に、悪気はないのだ、多分。
 未だにすいかのお面を手にして、夏祭に溶け込んでいるマードックの歌声が聞こえてくる。
「アタァーック・オブ・ザ・キラー・すいっかー♪ アタァーック・オブ・ザ・キラー・すいっかー♪」
「ま、腹一杯すいかも食えたし、祭でビールもしこたま飲めたし、よしとしますかね。」
「確かに、報酬を貰うのもおこがましいような仕事だったぜ。」
 苦笑するハンニバルとコング。1人治まらないフェイスマンは、深い深い溜息をついたのだった。
【おしまい】
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