テリーヌはフォアグラ
鈴樹 瑞穂
 12月。
 街は色取り取りのイルミネーションに輝き、家々のドアにはリースがかかり、庭先の木は種類を問わず俄仕立てのクリスマスツリーにされる。
 道行く人たちも、忙しげながらもどこか楽しそうだ。両手に提げた紙袋や車の後部座席から顔を覗かせているのは、プレゼントの包み。
 この季節は、米国では年間最大のショッピング・シーズンでもあるのだった。



「こんにーちはーサンタ〜クロース! ひゃっほー。」
 メゾネット式の高級アパルトマン、そのロフト部分から下を見下ろし喚いているのはマードック。
 こんなご機嫌なシーズンに、ただでさえ普段からご機嫌なこの男が、盛り上がらないわけがない。
 今回の出で立ちは、もちろんサンタクロース。しかも、サンタの衣装風エプロンを革ジャンの上から無理矢理つけているというディープな格好。
 このエプロンを彼女に着けてもらって、親密に盛り上がろうなどと企んでいたフェイスマンは最早疲れた表情でキッチンに座り込んでいる。
「ああ、全くもう、やってられないよ。みんなして急に押しかけてきたと思ったら、仕事だって? 今日はイブだよ? どうしてこんな日に仕事に追われなきゃなんないかねえ。」
 地を這うようなぼやきに、サーバーからコーヒーを注ぎ分けていたエンジェルが肩を竦める。
「まあ、そう零さないでよ、困ってる人がいるんだもの。悪い奴らにクリスマスも元旦もあるもんですか。」
「フェイス。お前さん、だいぶ張り込みましたね。」
 冷蔵庫を物色していたハンニバルがのっそりと立ち上がる。その右手にはシャンパン、左手にはフォアグラの缶詰が。
「ちょっと、ハンニバル! それは……。」
「ケチケチしなさんな、どうせ今日のデートはキャンセルでしょ。」
「あら、ドン・ペリ。」
 いそいそとグラスを取りに行くエンジェル。
「これはなかなかの逸品ですよ。」
 御大は勢いよくシャンパンを振る。
「サンタクロースにも出前してー! トナカイの分も頼むよ、忘れずにね。」
 ロフトから手を振るマードック。
 シャンパンの栓が抜かれる音。
「3カ月分のバイト代……。」
 ムンクの『叫び』のポーズで固まるフェイスマン。
「かんぱーい。」
 ハンニバルとエンジェルがグラスを掲げた時。
 バン!
 勢いよくドアが開いて、コング登場。
 ようやくAチームが揃って、パーティー……いや、話も始まろうってなものである。



 6時間以上もかけてやって来たのは、とある田舎町だった。
 依頼人のベッキー嬢に出迎えられたAチーム。
「Aチーム? 本当に来てくれるなんて!」
 うら若き依頼人はと言えば、ブロンド妙齢、スタイルもなかなか。化粧っ気はなく、ジーンズにデニムのシャツという飾らぬ服装だが、素材としては悪くない。
“ちょっとぽっちゃりだけど、あのバストはいいよなあ。”などと男のロマンに夢を馳せるフェイスマン。クリスマスシーズンの飛び込み仕事にぶつぶつ言っていたのも忘れて、途端ににこやかになり、彼女の手を取った。
「どうも。お嬢さん、何か困ったことでも? 安心して下さい、我々が来たからには、どんな悩みも即解決! ハハ、ハハハッ。」
「で、何があったんでい。」
 格好をつけているフェイスマンの横から、コングがずばりと核心を突く。
 その絶妙のツッコミに、ハンニバルがうむうむと満足げに頷き、マードックはゲイラカイトと睨めっこをしていた。
「実は……身内の恥を晒すようで、お恥ずかしい話なんですけど。」
 ベッキー嬢はそう前置きして、事情を説明し始めた。



 ベッキー嬢の家は、この町でただ1軒の玩具店、ロッキー&ホッパーである。店のオーナー、ロッキー氏は、ベッキー嬢の祖父に当たる。
 田舎町の玩具店とは言え、「ロッキー&ホッパー」の名は、エンジェルやフェイスマンでも知っていた。
 オーナーのロッキー氏は、この道一筋45年の頑固爺である。店は彼の方針に従って運営されており、品揃えと言えば、木の積木やボール、ゲイラカイト等々、昔ながらの玩具ばかり。
 そんな路線でやって行けるのかと思いきや、今時珍しい店として、大人に受けており、雑誌で紹介されたりもして、経営はなかなか順調だったりする。
 この店、店名からもわかる通り、元はロッキー氏の従兄弟、ホッパー氏との共同経営であった。しかし、経営方針の食い違いから、42年前、ホッパー氏は店を捨てて町を飛び出した。
 その際の捨て台詞が「ニューヨークに行って一旗揚げてやる!」だったというのが、ロッキー氏の証言である。因みにその時、店の売上金をきっかり半分持っていったというのだから、チャッカリしている。
 残されたロッキー氏は、店名を変えることなく地道な商売を続け、ロッキー&ホッパーは今や規模こそ小さいが隠れた名店として揺るぎない地位を得た……というのが現状である。



「ところが、今になってホッパー叔父さんが帰ってきたの。」
「あら、よかったじゃない。やっぱり年を取ると生まれ故郷が一番なのかしらね。」
 のんびり相槌を打つエンジェルに、ベッキー嬢は力一杯首を振る。
「とんでもない! ちっともよくないわ、ホッパー叔父さんは、この町で玩具屋を開くつもりなのよ。」
「まあ、ライバル登場ってわけね。」
 エンジェルはおかしそうに笑った。ここまでの話を聞くに、ホッパー氏はロッキー氏に張り合いたくて戻ってきたに違いない。
 ニューヨークで一旗揚げて……って!
 そこでハタと思い当たり、エンジェルとフェイスマンは顔を見合わせた。
「ちょっと待った。ホッパー叔父さんの店って、もしかしてホッパーズのことかい?」
 慌てて確認するフェイスマン。
「NY最大のチェーン玩具店か。」
 コングがニヤリとする。
「ホッパーズ」と言えば、郊外型大型店から始まって、今では一大チェーンとして伸し上がった玩具店である。ゲームソフトやトレーディングカード、バービー人形を始め、豊富な品揃えでお子様たちのハートを、ディスカウント価格でお父様、お母様方の支持をガッチリ掴んで話題の店だ。クリスマスシーズンを目前にして、TVや新聞には連日派手な広告を出しているし、人気の玩具の発売日には整理券を配っても徹夜の列ができるほどの盛況振りらしい。
「ええ、その通りよ。チェーン100店目をこの町にオープンするんだって、よりによってうちの店の隣を買い取ったの。3軒分もの土地を買い上げてビルを建ててしまったわ。」
 窓の外を指すベッキー嬢に、ハンニバルが納得したように頷いた。
「なるほどねえ。だが、玩具屋って言っても、こことはだいぶ違うんじゃないかね。品揃えも客層も。」
「そうなの。だから、お祖父ちゃんもこの店を畳むことは考えていないんだけど……ホッパー叔父さんは、どうしてもここを潰したいみたいで……。」



 彼女がそう話しているまさにその時、俄に周囲が騒がしくなった。暴走族が集団で店を取り巻いている、そういう雰囲気である。
 改造マフラーを音高く吹かす音、力任せに壁を叩く音、何かを打ちつけたようなガラスの割れる音が響き渡る。
「ひょ〜、かっげきーっ。」
 ゲイラカイトを置いたマードックが窓へと駆け寄る。
「また来たわ!」
「何でい、この騒ぎは。」
 青ざめているベッキー嬢に、コングが尋ねた。
「タッパーよ。ホッパー叔父さんの孫なの。私にとっても親戚なんだけど……あんなごろつきたちを集めては連日のようにこの騒ぎ。お蔭でクリスマスシーズンだっていうのに、お客さんは寄りつかないし、お祖父ちゃんは夜も眠れずに、持病の心臓発作を起こして入院してしまったわ。」
「そりゃひどい。」
 フェイスマンがさりげなくベッキー嬢の肩を抱こうとする。が、一瞬早くエンジェルにその役を奪われ、宙に浮いた手を虚しくわきわきさせる羽目になった。
「大丈夫よ、彼らに任せておけば、あんな奴ら追い払ってくれるわ。」
 ベッキー嬢を力づけながら、エンジェルの手はしっしっとフェイスマンを追い払った。「早く行け」のジェスチャーである。
「うひょ〜、いるいる。奴ら、この店を取り囲んでやがるぜ。」
「人数は?」
「ざっと15人ってとこ。」
 窓から下を覗くマードックの報告に、ハンニバルとコングは素早く立ち上がった。
「よしよし。それじゃお行儀の悪い坊やたちにひとつ、お説教と行きましょうかね。」
「ああ。」
「待ってました! いや〜、いよいよ正義のサンタクロースの出番だね。」
 サンタのエプロンを締め直しつつ、後に続くマードック。
 コングの手がガシッとフェイスマンの襟首を掴んで強制連行する。
“トホホ……。”
 それでもフェイスマンは、ベッキー嬢に手を振ることを忘れなかった。



 ホッパー氏の孫息子、タッパー青年は、つまり「ホッパーズ」グループの御曹司である。
 しかし、彼ほど御曹司という言葉が似合わない若者も珍しかった。パープルのモヒカンに鼻ピアス、全体の雰囲気はファービーに似ている。
 しかも、タッパーの寄りかかっている単車ときたら。
 グラファイトカラーのスケルトン!
 流行っているのかもしれないが、スケりゃいいってもんじゃない。
「何だてめえらは。とっととベッキーを出しやがれ。」
 口を開いてまでもファービーそっくり。ついからかってみたくなるAチーム。
「何だかんだと聞かれたら。」
 喜々として進み出るマードック。
「答えてあげるが世の情け。」
 フェイスマンはちょっとヤケ。
「世界の破壊を防ぐため。」
 コングは照れ気味。
「世界の平和を守るため。」
 ハンニバルはノリノリ。
「愛と真実の正義を貫く、ダンディークールなAチーム!」
 ピタリと揃う辺りがちょっとコワイ。練習してたりして。
「ま、この店に雇われたガードマンってところかな。」
 フェイスマンの補足説明、その一言で充分だったような気もするのだが。
 さて、こんなセリフで決められて黙っているタッパー以下ゴロツキーズではない。
「ふざけんな!」
「なめやがって。」
「畳んじまえ!」
 血気盛んな若造たちが突っ込んでくる。
 Aチームの面々は余裕綽々でそれを迎え撃った。



 ごろつきたちは総勢15人、Aチームは4人。ノルマは1人3人半といったところか。若者たちは頭数からして絶対的な優位を確信していたようだったが、殴り合いとなるとキャリアが違う。
 赤青の派手な頭の2人をコングが左右の手で掴んだ。ジタバタするのをものともせずに、左右の頭をぶつけ、クタッとしたところを投げ捨てる。
 長身のニキビ面男の足をマードックが掬う。重心が高いから、まあ転びやすいこと。
「メリークリスマース!」
 倒れたところにサンタエプロンを被せて、上からタコ殴りのおまけつき。
 フェイスマンは小太り男の意外と素早いタックルを腹に受け、一瞬うずくまったが、伸しかかられたところを投げ飛ばして反撃。これが続けて伸しかかろうとしていた男にぶつかって、鈍い音と共にくず折れる。
 黒皮のツナギを着込んだスキンヘッドの大男は、ハンニバルに拳を繰り出すもひょいと避けられ、勢い余ったところに肘をお見舞いされて沈んだ。
 あっと言う間に全員が畳まれて、慌てて逃げようとするタッパーの襟首をハンニバルが掴んだ。
「話にならんね。さあ、ホッパーのところに案内してもらおうか。」
「誰がお前らの言うことなんか聞くもんか!」
 この期に及んで強がるタッパー青年。
 だがそれも、コングが彼の特注グラファイトカラーの愛車を軽々と持ち上げてみせるまでのことだった。
 ニヤリと笑ったコングが単車を放り投げる。
 ご自慢の単車が粉々に壊れたのを見て、タッパーは呆然とする。
「何てこった!」
 ファービー顔の青年は、ファービーそっくりの声で呟いた。
「君もああならないうちに、素直になった方が身のためだと思うんだけどなあ。」
 猫撫で声で言うフェイスマンに、タッパーはがっくりと肩を落とした。



 傷心のタッパーの案内でAチームが辿り着いたホッパー氏のオフィスは留守だった。
 美人秘書からフェイスマンが話を聞き出すと、何とホッパー氏はロッキー氏の病院に行っていると言う。
「大変だ!」
 ロッキー氏はもちろん、病院には今ベッキーとエンジェルが行っているはずだ。
 Aチームはタッパーを連れたまま、病院に急行した。



「だから、何度言ったらわかるんだ。今や主流はゲームソフトや電子玩具じゃ。時代を見極めるのが経営者の目というもんだろうが。」
「ええいうるさい。時代が変わろうが、いいものはいいに決まっとる!」
「いいや、世の中の流れには勝てん! その証拠にホッパーズはわしのやり方でここまで成長したじゃろうが。」
「雨後のタケノコじゃあるまいし、無闇に店を広げるのが成長とは片腹痛いわ。客の顔もいちいち覚えておられんような店は、わしゃ店とは認めん。」
「何を言うか。お前みたいな頑固爺が時代に取り残されるんじゃ。」
「その言葉、そっくり返してやろう。お前のような軽薄短小な商売は、今はよくても、すぐに飽きられるに決まっとる。」
「何を〜。」
「何じゃと〜。」
 今にも掴みかからんばかりの熱いバトルを繰り広げる爺2人。パジャマでベッドにいる方は痩せ型、スーツ姿のもう1人は小太りだが、うんざりするくらいよく似ている。
 要するに、この2人がロッキー&ホッパーの創設者、ロッキー氏とホッパー氏で、おまけに従兄弟同士なのであった。
「何でい、仲いいじゃねえか。」
 呆れたように呟くコング。
「全くよ、さっきからずーっとこの調子ですもの。」
 大袈裟に肩を竦めるエンジェル。
「じゃ、こいつは悪い奴じゃないわけ?」
 マードックが背負っていた袋をよっこらしょと床に置く。転がり出てきたのは、サンタのプレゼントならぬ、簀巻きにされたタッパー青年だ。
「あらタッパー、いい格好ね。少しは懲りた?」
 なぜか胸を張るベッキー嬢。
「お前がこいつらを呼んだのか! きっ、汚えぞ。」
 喧々囂々と言い合いを始めるタッパーとベッキー。
「はいはい、そのくらいでストーップ!」
 パンパン、とハンニバルが手を叩いた。気分は幼稚園の先生だったりする。
 その有無を言わせぬ迫力に、思わず静まり返るロッキー&ホッパー家の人々。
「あんたらね、そんなに相性が合わないなら近寄らないのが一番。というわけで、強制送還と行きましょうかね。」
「何をするんじゃ。」
「ひどいじゃないか。」
 リーダーの合図に従って、コングとマードックがそれぞれホッパー氏とタッパー青年を羽交い締めにした。
「はい、そいじゃお邪魔様。これで商売も安泰、後はゆっくり養生してくれ。」
 悠然と出ていくハンニバル、続くフェイスマンは一言を忘れない。
「仕事料は指定の口座に振り込んで。」
 そして、コングとマードックに引きずられ、バタバタしながら退場していく爺孫。
「あ、ちょっと!」
「待ってくれ!」
 思わず叫んだのは、ロッキー氏とベッキーである。
「何も連れていくことはないじゃろう。」
「そうよ、ちょっと反省してくれたんなら、私たちはそれで……。」
「何、これ置いてけってえの?」
 マードックが簀巻きのタッパーを指し示すと、ロッキー氏とベッキーはこくこくと頷いた。
「ええ、お願いします。」
「もう喧嘩なんかせんぞ。元通り力を合わせて、ロッキー&ホッパーをこの町、いや、アメリカ一(いち)の玩具屋にするんじゃ。」
「ベッキー……。」
「ロッキー……。」
 2人の言葉に、思わずうるうるするホッパー氏とタッパー青年。
「どうする、ハンニバル?」
 ぶらーんとホッパー氏をぶら提げて、リーダーにお伺いを立てるコング。
「そうさな、せっかく持って帰ろうとした荷物だが、そんなに言うなら置いていくか。コーング、モンキー。」
「わかった。」
「はい、そいじゃこれ、サンタクロースからのクリスマスプレゼントね。」
 そう言って、マードックはどさりと簀巻きをベッキー嬢の足許に下ろした。



 帰り道。
 フェイスマンが恐る恐る切り出した。
「ねえ、もしかして俺たち、単に家族喧嘩の仲裁に呼ばれたわけ?」
 しかし鷹揚に頷くハンニバル。
「不本意ながらそのようだな。」
「まあいいじゃねえか。家族が仲よくするのはいいことだぜ。」
 コングも苦笑い。
「そうそう、いいクリスマスだよ。サンタクロースも大活躍だったし。」
 マードックはサンタエプロンをぴらぴらさせて満足げだ。
「そォよォ、珍しく仕事料だってちゃんと貰えたじゃない? これでシャンパンとフォアグラ買い直して、クリスマスパーティーと行きましょ。」
 すっかりAチームのマネージャーと化したエンジェルが決定し、彼らは家路に就いたのだった。
【おしまい】
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