男ならタンネンバウム
伊達 梶乃
 198X年クリスマスイブイブ、温暖なロサンゼルスでも薄ら寒い朝7時。
 今日の食事当番はコング。食卓の上には山ほどのトースト(大半冷めてる)とバターの塊(モーパッサン作)と、もちろん牛乳。そして、黄色いラベルと黄色い蓋の小さな壜。それは即ち、コーヒーに加える例の粉末乳製品ではなく、オーストラリア製の健康食品、ベジマイト(濃縮酵母エキス)。メーカーが消費者にわざわざ食べ方を指導せねばならぬほど不味い。曰く、「ベジマイトをそのままスプーンですくって食べてはいけません。オエッてなるから」。そら、なるわな。そのくらい、カンガルーにもわかろうってもんだ。キャッチコピーは「君もベジマイトを毎日食べて健康になろう!」……それは不味いって言ってるのと同じだね? しかし、日頃のビタミン不足を気にかけている軍曹は、トーストを1枚手に取り、たっっっぷりとバターを塗りたくってから、ほんの少しだけベジマイトの黒いペーストを塗り広げた。
 ぷ〜んと漂ってくるビタミンB群特有の重い臭いに、残り2名は眉を顰め、無言でコーヒーを淹れに席を立った。朝食なんて、固形物を食べなくっても生きてはいける。ただ、元気が出なくて力も出なくて頭が回らないのは、Aチームとしてまずい。そこで、コーヒーにはたっっっぷりの砂糖を……入れようとしたハンニバルだったが、大匙山盛り2杯入れたところで、フェイスマンに止められた。



 不満の残るコーヒーを啜りながら朝刊に目を通していたハンニバルは、突然はっとなり、小さく畳んだ新聞をパシンとテーブルに叩きつけて言い放った。
「釣りだ!」
 そして、部下たちの反応を窺う。
 コング/トーストを咀嚼しつつハンニバルを見ている。
 フェイスマン/カップに口をつけたまま、横目でハンニバルの方を見ていながらも、見ていない振り、聞かなかった振りをしている。
 ハンニバルは言葉を続けた。とても自信を持って。
「男なら! 敢えて冬に厳寒の地で釣りだ!」
 コングの口許(パン屑つき)に笑みが浮かんだ。どうやら「男なら」という文句が彼の心の琴線に触れたらしい。
「いい案じゃねえか。やっぱ釣りだよな、男なら。」
 同意を得て、大きく頷くハンニバル。
「ウィンタースポーツと来たら、釣りでしょう、やはり。男なら。」
「男ならな。」
 2人がぐりっとフェイスマンの方に顔を向け、普段よりやや低い声を合わせて男らしく言う。
「男なら。」(×2)
「何? 2人共、この寒い中、釣りなんかしに行くつもり? それも、もっと寒いとこへ。いつ? どうやって?」
 フェイスマンは右のコングと左のハンニバルとを交互に見ながら、どちらへともなく尋ねたって言うか、訴えた。
「中尉、仕事のスケジュールは?」
 ハンニバルがフェイスマンのことを「中尉」と呼ぶ時には、かなり注意が必要である。
「仕事? Aチームとしての? 今んとこ何も入ってないけど? でも、いっつもクリスマスやイブには飛び込みの仕事が入ってくるし……。」
「しかし、どれもこれも瑣末なものだった。」
 と、マーブルになっている記憶をほじくり返すハンニバル。その記憶が確かとは言い難いことを、本人もわかっている。だから、聞いてみる。
「だろう? 巻き込まれた、に近いような。」
「うん、そりゃ一応クリスマスだからさ、悪人たちだって多少はおとなしくなるもんだよ。」
 ハンニバルの記憶は、おおよそ合っていたようだ。
「それなら我々Aチームがわざわざ出向くこともあるまい? 巻き込まれるのは別として。不可抗力だしな。」
「だけど、どんなに些細な仕事でも、幾らかは入金あったし……。」
「いっつも出費の方が嵩むだろが、どっかの誰かのせいでよ。」
 コングはマードックのことを指して言ったのだが、本当に無駄遣いをしているのはハンニバルのような気もする。
「俺はいつだって安く済まそうと思って必死なんだからね。それに、釣りしに行くなんて、出費だけで収入皆無。その上、寒いとこに行こうって? 俺、反対。どうせ、釣り竿とか新しく買うつもりでいるんでしょ?」
 フェイスマンはテーブルの上の新聞に目をやった。そこには堂々と、釣り情報と釣り竿の広告が。ハンニバル、そんなにわかりやすい人だったか?
「鋭いじゃないか、フェイス。じゃ、決まりだな。」
「決まり、って、ハンニバル……。」
「俺とコングは道具を揃えに行く。あとはお前に任せた。」
「そんな、任されても、俺……。」
 こうなってしまっては、ハンニバルの決定を覆すことなど無理。どの段階にしたって、ハンニバルの決定は覆せないんだけど。
「……場所、どこでもいいよね? 釣りさえできて、ここより北なら。文句言いっこなしだよ? この俺が、任されたんだから。」
 妥協できる部分は妥協して、それ以外は妥協しないフェイスマン。でも、そう言ってるようには聞こえない。
「飛行機乗んねえで行けるとこにしてくれよ。」
 コングも精一杯の妥協。
「当然。そんな遠いとこまで行けますかっての。」
 既にハンニバルは、すべて終わったかのように、微笑みながら葉巻を吹かしている。もうフェイスマンの言葉は、彼の耳に届いていない。



 そんなクリスマスイブイブも過ぎて、早、今日はクリスマスイブ。ロスから約300マイル北方、シエラネバダ山脈の上がり口。
 新進気鋭のアド・グラフィック・デザイナー、スティーブ・ハウプトコプト氏のコテージは絶好のフィッシング・ポイントから60マイルしか離れていない。と、ハウプトコプト氏の親友を騙るフェイスマンは、買ったばかりの釣り竿を手にニマニマしている2人に語った。地図上の直線距離で60マイル。しかし、それは決して「道のり」ではない。そのことに気づく前に「男なら!」な2人は再度バンに乗り込み、件のポイントに向かっていった。
 そして今、質素とチャチが渾然一体となったコテージで、フェイスマンは溜息をついていた。周囲に若く美しい女性の影はなし、若くなくて美人でなくても、とにかく女っ気なし。それどころか、コテージの外には人の気配すらない。
「オ〜タンネンバウム、オ〜タンネンバウム、オーイヤ〜シェ〜ゲ〜レ〜ル〜〜〜。」
 自分以外の、肉眼でそれとわかる唯一の生命体がマードックってのも、ちょっと嫌かな。
 何でこいつ連れてきちゃったんだろ……?
 ストーブに薪をくべながら、自らを呪う。ハンニバルとコングが釣りに出かけたら、万が一、女の子を引っかけられなかった場合、1人っきりで寂しい思いをするかと思って、コングの反対も押し切ってマードックを病院から連れ出して……そう、自分が悪いのだ。1人ぽっちは寂しいんじゃないかと思ってしまった自分が。しかし、1人でいるより2人の方が尚更孤独な時もあれば、1人で孤独でいる方がまだマシな時もある。
 そんなフェイスマンの気も知らず、ゴキゲンに歌うマードックは、現在、ささくれ立った床に座り込んで、クリスマスツリー(全高2フィート弱、来る途中で延々と駄々を捏ねて買ってもらったもの)の飾りつけに夢中だ。
「オ〜タンネンバウム、オ〜タンネンバウム、ナンディワ〜イ〜ズ〜コ〜〜ウ。」
「……な、モンキー、それ何語?」
 手の汚れを叩き、フェイスマンが問う。いつも何だかんだと駆けずり回っている彼は、暇に弱い。アカプルコやニースやマイアミビーチで「ゆっくりしている」ならともかく。できれば周りには美女がいてほしい。でも、それ、あんまり暇じゃないね?
「オ〜タンネンバウム、はドイツ語っしょ? おおモミの木、おおモミの木、あとはサンスクリット語だと思うな、俺様の勘じゃ。」
 さて、今回のマードックの出で立ちは、トナカイ柄の赤・緑・白のトランクスに、赤いTシャツ(トナカイ柄)、赤・緑・白のチェックのネルシャツ、ベージュのチノパン、黒いハイカットのコンバース、靴下は赤と白のトナカイ柄、いつもの革ジャンとキャップ。要するに、細かく見ていけばクリスマス仕様なのだが、ちょっと見にはそれとわからないのがポイント。
「ふーん。サンスクリット語ってインドのだよね? インドにモミの木って生えてんの?」
 生えてねえ。
「男なら生えなきゃ。インドでもジャマイカでもバグダッドでもサントメ=プリンシペでも。」
 男でも生えねえ。
 フェイスマンは何も疑問に思わなかった。疑問に思うほどの価値をこの話題に見出せなかったからである。折角のクリスマスイブにマードックとモミの木について語り合うなんて、後悔の種にはなれど、決して人様に口外できることではない。
「さーあ、できたっと。」
 クリスマスツリーの天辺に星をぶっ刺し、マードックが立ち上がる。尻を叩きながら。
「あとは仕上げに煮干と牛乳……ある?」
 腰をテーブルに凭せかけてぼんやりと佇んでいるフェイスマンに聞く。
「あると思う?」
 腕組みをしたまま肩を竦めるフェイスマン。
「思う。だって、男のクリスマスイブだろ? 小魚と牛乳は必需品っしょ。」
 と、その時。
 バラバラバラバラバラバラバラバラバラバラバラ……。
「ヘリだ。」
 2人、声を揃え、天井を見上げた。
「かなり低いね。」
 フェイスマンが、天井の向こうに神経を集中させる。
「むっちゃ近い。何なんだろ?」
 マードックも、真面目な表情。
「落ちそうなのかな?」
「いやー、しっかりした音してるよ。」
「じゃ一体どうしたのかな? だんだんこっちに近づいてくるみたいなんだけど……。」
「みたい、じゃねえって。マジこっち来てる。……あー、今、アバウトこの上。」
 ドゴォッ! ベキバキッ!
 瞬時にして目の前が真っ暗に……いや、真っ茶緑灰色になった。土と埃と緑の匂い。
「……モーンキー? お前、何かした?」
「いんや。フェイスこそ……どこよ?」
「俺はずっとここにいるけど? お前こそどこ消えたの?」
「俺も、ずっとここにいるぜ。消えようって努力は、まだしてないし。」
 だのに、声はすれども姿は見えず。
 フェイスマンは、この状況を把握しようと、とりあえず周囲を見回した。右と左と後ろは、先刻と何一つ変わっていない。眼前に茶緑灰色の何かがある。茶緑灰色の下の方は、黒いシートに包まれた何か。茶緑灰色の上の方は……と見上げて、やっとこさ理解できた。
 茶緑灰色のものは幹だった。天井の辺りには枝が広がり、しかしそれは思い切り折れている。天井には大きな穴が。
 フェイスマンは恐る恐る幹の向こうに顔を覗かせた。そこには果たして……マードックがいて、呆然と上を見上げていた。
「これ……何よ?」
 その問いに、マードックが眉を顰めて答える。
「……木?」
 2人は顔を見合わせ、表に向かって駆け出した。
 表に出てみれば、一目瞭然だった。コテージの真ん真ん中にドーンと木が立っている。それも……どう見てもこれは……クリスマスツリー。
 高さ約150フィート、幹の直径は6フィート以上あった。見事なモミの木である。そこに申し分なく飾りつけが施されているのだから、マードックでさえ仰天だ。フェイスマンに至っては、口をポカンと開けたまま、それを見つめている。天辺の星なんて、コングでも持ち上げられないんじゃないだろうかという大きさで、昼の日差しの中、キラキラと光り輝いている。雪を模したフワフワも括りつけられているし、あちらこちらの枝には、サテンっぽい艶のボールや、紅白のステッキ、小さな家、天使やサンタクロースの人形、靴下などなど、いろいろなものがぶら下げられている。しかし、サンタクロースの人形は等身大サイズで、首吊り死体に見えなくもない。天使の人形は、まるで生贄のようだ。そして、電飾の球は普通サイズの白熱電球。
「これって、俺たちへの贈り物……?」
「こんなでっかいの貰ってもなあ……。」
 外は肌寒かったので、2人はコテージに戻った。ツリーを見つめていても、何にもならないし。
 リビングのど真ん中から、胸を透く清々しい香りが漂ってくる。それと、土の匂い。黒いシートに土ごと根を包まれたモミの木は、空から降ってきたとしか思えない。
「あのヘリの落とし物じゃないかな?」
「んなもんヘリで運ぶなんて、変わってんのー。」
 マードックに「変わってる」と言われるようじゃどうしようもない。
「ワイヤーが切れたみたいだね。」
 よくよく見れば、天井の辺りの高さから太いワイヤーが垂れ下がっている。
「それにしても、ホールインワンって感じに落ちてきやがったよなあ。」
「ああ、数インチずれてたら、俺たちのどっちかが直撃食らってたもんな。」
「つーか、この広い世界の中で、ここに落ちてくるこたないのにねえ。」
 2人はモミの木の周りを、観察しつつ回っている。ためつすがめつ、ぐるぐると。
「あ、あれ、荷札?」
 フェイスマンが指差した。一番下の枝に何かが下がっている……どう見ても飾りじゃないものが。
 だが、それは天井の近く。そして、ここには脚立も2階もロフトも屋根裏部屋もない。
〈Aチームの作業曲かかる。〉
 椅子を引き寄せて登ってみるフェイスマン。背伸びをして手を伸ばしてみるが、荷札には届かない。
 椅子に登った後、そこからジャンプするマードック。しかし、荷札に指先が触れただけ。
 2人で協力してテーブルを引き寄せる。テーブルの上に椅子を乗せる。その上にマードックが登る。荷札を掴んだが、その瞬間テーブルの脚が折れ、モミの木に顔を打ちつけ落ちるマードック。
〈音楽、終わる。〉
「いっでえ……。」
 どうしてここまで壊れるかなあってくらいに粉々に壊れたテーブルと椅子の残骸の上で、顔面を強かに擦り剥いたマードックが鼻血を啜りつつ呟く。しかし、荷札は無事。
「どれどれ?」
 大丈夫かとも聞かず、フェイスマンはマードックの手から荷札を奪い取った。それは確かに荷札で、無色透明の分厚いビニール板でパウチされ、ワイヤーで頑丈に括りつけてあった……が、それを掴んだマードックが足場を失ったことにより、ビニール板の角はぶっ千切れ、ワイヤーは枝に残っていた。
 フェイスマンが何事もなかったかのように荷札に書いてあることを読み上げる。
「品名、モミの木。」
「間違いなく。ティッシュある?」
 ジャケットの内ポケットからティッシュを出して、マードックに投げて寄越す。
「生産国、スウェーデン。」
「モミの木のメッカだね。……そっからヘリで?」
 鼻栓を詰めたマードックには返答せず、フェイスマンは先を続けた。
「数量、1。」
「1、でよかったよな。んなもんが2あっても邪魔だし。」
「1でも充分邪魔だよ。経由、アラスカ。」
「アラスカ?」
「送り先、オーガニー・モーチ様、サンバーナーディノ、フリーゲイトウェイ……ってこれ、あのモーチ?」
「スウェーデンからアラスカ経由でサンバーナーディノまで?」
 話が噛み合ってません。
 解説しよう。モーチとは何者か。彼はアメリカの長者番付現在第10位の億万長者である。過去には第3位まで上がったこともあった。エクソンに劣るとも勝らないモー・オイル・カンパニーの全権限は、彼オーガニーが握っている。この手の人々に詳しいフェイスマンは、今年彼に孫娘が生まれたというニュースを聞いたことがあった。
 フェイスマンは勝手に物語を組み立てている最中。
 休むことなく働いてきたオーガニーは、目の中に入れても痛くないほど可愛い孫のために、初めてクリスマス休暇を取り、奮発してこの巨大なクリスマスツリーを注文した。何と言っても、初孫(それも女の子)にとって最初のクリスマスだ。モーチ家(豪邸!)では、今頃クリスマスの準備で大わらわ。暖炉の前には、ベビーベッドで眠る孫娘。もちろんオーガニーは最高の手触りのテディベアも用意している。彼はこのクリスマスツリーの到着を、今か今かと待ち侘びていることだろう。しかし、それは今ここにある。少なく見積もっても50万ドルは下らないこのツリーを届けてやれば、1割は貰えるはずだ。1割で5万ドル。きっとそれ以上の謝礼も貰えるに違いない。何てったって可愛い初孫のためだ、鼻の下が伸びっ放しのお祖父ちゃんは何だってするだろう。その上、壊れた屋根の修理代も、請求すれば払ってもらえるはずだ。それから、ツリーの輸送代だって、ヘリのレンタル料、パイロットのレンタル料、ガス代、全部払ってもらえるに違いない。でも、こっちにはタダで使えるパイロットがいるし、ヘリはその辺から調達してくればいいし、ああ、あとクレーンも必要なのかな? 屋根の修理費の見積書は自分で作るとして……。丸儲けじゃん。届け先はわかってるんだし、ちょいちょいって準備してサンバーナーディノまで行って帰ってくるだけだから、夕飯の時間までには戻ってこられるよね?
「モンキー、来い!」
「は? 何? どこへ? 病院?」
「詳しいことは追い追い話す。ともかくすぐ行くんだ。」
 というわけで、取らぬ狸の皮算用も度を過ぎたフェイスマンは、顔赤剥けのマードックを引き連れて愛車コルベットに乗り込んだ。



 小1時間後、最寄りの街でいろいろ無料調達してきた2人は、フェイスマンはコルベットに乗って、マードックは小型クレーンを吊り下げた大型ヘリに乗って、コテージに戻ってきた。
〈Aチームの作業曲、再びかかる。〉
 顔面包帯ぐるぐる巻きのマードックがクレーンを操作してツリーを吊り上げる。コテージから引っこ抜いたツリーを地面に寝かせる。
 その間に屋根の修理見積書を偽造するフェイスマン。水増し度300パーセント。
 低くホバリングしているヘリに、新品のワイヤーでツリーを括りつけるフェイスマン。
〈音楽、終わる。〉
 そして、クレーンとコルベットを穴開きコテージの前に置いたまま、2人はツリーつきヘリに乗って南へと向かっていったのであった。
(CM入る。)



 ハンニバルは信じていた。コテージではフェイスマンが夕食の用意をしており、あとは我々の釣ってきた魚を焼くか揚げるかするだけのはずだ、と。明日のクリスマスに向けて、何か準備をしていたに違いない、例えば、丸ごとターキーや、クリスマスプディングのためのドライフルーツを買いに出かけていたとか、とさえ思っていた。
 コングも信じていた。コテージではクリスマスに浮かれたバカが部屋の中をいかにもクリスマス的に飾りつけてくれているはずだ、と。
 そして彼らはどでかいクーラーボックスを担いでバンから降り立ち、にこやかな顔で「大漁だぞ!」と叫……ぼうと口を開けた瞬間、その場に固まった。コテージの前には、コルベットとなぜかクレーン。
「クレーンなんかあったか?」
 ハンニバルはコングの方を振り返って聞いたが、コングは黙って首を振るだけだった。
 何かおかしい……。
 2人は頷き合い、クーラーボックスおよび獲物を置いて、拳銃を手に取った。恐る恐るコテージに近づき、ドアを開ける。鍵はかかっていなかった。そして彼らが見たものは! ……天井に大穴。テーブルと椅子が粉々になっている。フェイスマンもマードックもいない。ただ、マードックの小さなクリスマスツリーだけが、ポツンと床に倒れていた。
「こりゃあ一体……。」
 何があったのかはわからないが、これだけはわかる――何かあったのだ。
「来てみろよ、ハンニバル。」
 ツリーの傍に血痕があるのをコングが見つけた。
「あの阿呆、怪我してんのか?」
「……モンキーじゃなくてフェイスが怪我をしたのかもしれん。それにしても、車は表にあったし、これは……。」
「これは?」
 コングがハンニバルの言葉を待つ。
「これは……拉致されたか?」
「拉致だとォ? 誰が? 何のために?」
 鼻息を荒げるコング。
「……誰だかはわからんが、Aチームは多くの悪党どもに恨まれている。それはそれは恨まれている。一分の間違いもなく。」
「おう、一度懲らしめてやった悪党どもが、懲りずにまた悪さしでかしてんのは、許しちゃおけねえが事実だな。そいつらがフェイスたちを攫ったってわけか。」
「恐らく、そうだろう。」
 ハンニバルは腕組みをして鷹揚に頷いた。
「じゃあ、この天井の大穴は何でい?」
「それはだな……。」
 腕組みをしたまま、ハンニバルがゆっくりと歩き回る。まるで推理ものの探偵役のように。
「奴らは俺たちがAチームであることを既に知っており、もちろん俺たちの腕があまりにも立つゆえ、非常に手強い相手だということを承知している。そこで、奴らは奇襲戦法を取った。屋根から侵入する、という。」
「なるほどな。いきなり屋根を突き破って侵入するってのは俺たちもやったことあったが、不意を突く効果は抜群だったもんな。」
「そう、敵の意表を突くってのは、素人には難しいが、どんな時にでも効果的であり、そして大事なことだ。」
「で、ハンニバル。」
「何だ、軍曹?」
「あいつらはどこ行っちまったんだ?」
「うん、いい質問だ。」
 こくこくと満足げに頷きながら、更に歩を進める。
「……一体、どこ行ったんだろうな。」
 前向きな答えを期待していたコングは、溜息をついて肩を落とした。
 と、その時……。
 ブロロロロ……。
 大型トラック、いや、大型トレーラーの排気音だ。それが、このコテージの前で止まった。ハンニバルとコングは銃を構え直し、ドアの両脇に身を隠した。
「済んませーん、運送屋ですがー。」
 ハンニバルが腰に銃を挟……むためにまず背筋を伸ばして腹を引っ込め、多少できたズボンのゆとりに、銃を挟んだ。そうしてジェスチャーでコングを下がらせる。
「はいはい、何のご用?」
 そう言ってドアを開けたハンニバルは、相手の手に銃が握られていることを見て取るなり、勢いよくドアを閉めた。
「ツリーをどこやりやがった?」
 ドアの向こうで男が叫ぶ。が、まだ撃ってはこない。
「ツリーだと?」
 中腰になったハンニバルが、小声でコングに聞く。
「あれのことか?」
 念のため匍匐前進で小さなクリスマスツリーを取りに行くコング。
「ツリーが何だってんだ?」
 その間に、ハンニバルが表に向かって叫ぶ。
「ここにあったってことはわかってんだ! どこに隠した?」
 外から返事が返ってきた。
「何言ってやがる。」
 ツリーと共に戻ってきたコングが小声で聞く。
「さっぱりわからん。ツリーはここにあった、じゃなくて、ある、よな。俺たちは隠しちゃいないし。」
「家、間違えてんじゃねえか?」
「聞いてみよう。」
 ハンニバルは大声で叫んだ。
「家、間違えてませんかね? 人違いとか?」
「とぼけんじゃねえ!」
 パキュンパキュウン!
 軽い銃声がして、ドアに小さな穴が2つ開いた。
「間違っちゃいないらしい。」
「となると、このツリーに何かあんだな。マイクロフィルムか何かか? 土台んとこに鍵が入ってるって可能性も捨て切れねえな。」
 床に座り込み、ツリーを抱えて眺めるコング。
「こんなとこじゃゆっくり分解するわけにもいかねえ。」
「じゃ、脱出しますか。」
「ああ、その方がいいな。……な、ハンニバル、これ、フェイスたちと関係あんのか?」
「さあてねえ。」
「いつまで待たせる気だ?」
 痺れを切らして、外の男が叫んだ。
「カタギの奴の家だと思ってたが、どうも違うようだな。それなら、それ相応のやり方をさせてもらうぜ。」
「ってことはだ、奴とフェイスたちとは関係ない、と。」
 相手の言葉から手がかり(?)を得て、ハンニバルが嬉しそうに言い、コングも頷く。
「おい、お前たち、やっちまえ!」
「おう!」(×複数)
 その声に、ハンニバルはこっそりとドア脇の窓から外の様子を窺った。材木運搬用のトレーラーが1台。その後ろに乗用車が2台。柄の悪い男どもが5、6人、こっちに向かってきている最中。それと、ドアの前に1人。だが、材木運搬用トレーラーに乗ってきたにしては、誰一人としてランバージャックに見える男がいない。
「ああ……とっとと脱出しときゃよかったな……。」
 ハンニバルが呟き、コングが嫌な顔をしたその時……。
「何だ、てめえらは!」
 別の声がした。
「そっちこそ誰だ!」
「ツリーをどこやりやがった?」
「てめえらもあのツリー狙ってやがんのか?」
 事態がどんどんわからない方向に進んで行き、ハンニバルは眉間に皺を寄せた。もう既に、コングの眉間には皺が寄ってしまっている。困った顔で、2人は窓の外を窺った。
 先に来ていた男たちは、いずれもジーンズに革ジャンやダウンジャケットという出で立ちで、年の頃は10代後半から20代といったところ。対して今し方到着した方は、これまた人数は5、6人の手下とボスではあるが、年はいずれも20代後半から30代、もしかして40代、そして黒づくめのスーツに黒いコート。でもやはり、材木運搬用トレーラー1台と乗用車2台で来た模様。
 山道にトレーラー2台と乗用車4台が鮨詰め状態で、これではハンニバルとコングが脱出しようにも道がない。道なき道を走って逃げるのは嫌だし。
 しかし、コテージの中の2人にはお構いなしで、ボス2人は口喧嘩を続けていた。「やっちまえ」と命令を出されていた若い方の手下一団も、コテージの方に取りかかっていいのかどうかわからずに、途方に暮れていた。
「若造のくせに、俺たちの獲物を横取りしようって腹か。どこから情報が漏れたか知らねえが、いい度胸だ。」
「何わけわかんねえこと言ってやがんだ。年のせいでボケたんじゃねえか? あれは俺たちの獲物だって最初っから決まってんだよ!」
「何だとォ? お前たち、このガキどもを畳んじまえ!」
「お前たち、こっちが先だ! ご老体をノシイカにして差し上げろ!」
 そうして乱闘となった。ただし、Aチーム抜きで。
〈Aチームのテーマ曲かかる。〉
 チンピラ@が走ってきて黒服@にタックルを食らわせる。倒れた黒服@は、その勢いでチンピラ@を巴投げの要領で投げ飛ばす。
 チンピラAは黒服Aの顔面にフックを繰り出したが、黒服Aはその拳を最小限の動きで避けて、チンピラAのガラ空きのボディに強烈なパンチをお見舞いする。
 中略、チンピラグループの方がテクニック不足で不利なように見えたが、それも途中までだった。だんだんと黒服グループの動きが精彩を欠き始め、遂には明らかに疲れが見えてきた。持久力において有利、と見て取ったチンピラグループは、既にボロボロではあったが俄然張り切り出し、後半戦で優勢を勝ち取るに至った。
 が、双方共、もうズタボロ。両グループの手下は全員、地面にダウンしていた。最後に残ったボス2名も、震える足で何とか立っているという有り様。残った全ての力を振り絞って、チンピラのボスが黒服のボスにストレートを繰り出した。しかし、黒服のボスの方も黙ってその拳を受けたわけではない。彼はドンピシャのタイミングでカウンターを放ち、そして……2人の拳はちょうど同じ瞬間に互いにクリーンヒットし、2人してドサリと地面に沈んだ。
〈音楽、終わる。〉
「なかなかいい戦いでしたなあ。」
 自分が何かしたわけでもないのに、さっぱりとした顔のハンニバルは、葉巻に火を点けて一服した。
「こいつらどうするんでい?」
 ハンニバルについて表に出てきながらコングが問う。
「全員ふん縛って、ボス2人を起こして話を聞く。」
「おし。」
 と、いいお返事はしたものの、現在人手が足りない半Aチームには結構な重労働だった。



 ザコどもをトレーラーに括りつけ終えたハンニバルとコングは、コテージの中でボス2名を見下ろしていた。未だ気絶中の2人は顔が腫れ上がり、元々どんな人相だったのか判別がつかない。ロープで縛られた2人の鼻先に、ハンニバルが日頃から常備している気つけ薬を嗅がせる。
「う、う〜ん。……て、てめえ!」
 先に薬を嗅がされた方のボスチンピラが、がばっと跳ね起きたのを、コングが踏みつけて押し留める。
「う……ん……。き……きさま!」
 ボス黒服も目を覚ましたが、こちらは跳ね起きる体力がまだ戻っていないらしく、微妙に上半身をもたげただけに終わった。
「さて、説明してもらいましょうか。まず、このツリーにはどんな秘密が隠されているんだ?」
 2人の前に、ハンニバルがクリスマスツリーを掲げる。しかし、ボスらは怪訝な顔を見せるのみ。
「お前さん、さっきツリーがどうのこうのって言ってたでしょう。」
 銃のフレームでボスチンピラの頬をぺちぺちと叩く。
「ああ、ツリーを取りに来たんだ。でも、そんなミニサイズのじゃねえ。」
「これじゃないのか?」
「本物のモミの木だ。ここに落としたって聞いて……。」
 と、ボスチンピラは天井の穴に目をやった。
「確かにここだ。そこにあったはずなんだ。」
 そこ、と、リビングの中央を顎で示す。だが、そこにモミの木はない。
「お前らが隠したんじゃなけりゃ、そっちの老いぼれどもの仕業か?」
「ドチンピラどもめが、いち早くモミの木を掻っ攫っておいて、いけしゃあしゃあと嘘をついて俺たちを攪乱しようって寸法だな?」
「何しらばっくれてんだ。てめえらがちょろまかしたんだろうが!」
 ちょろまかすには、だいぶ大きいんじゃないだろうか、モミの木は。
「まあまあ、落ち着いて。」
 ハンニバルが2人を宥める。口喧嘩だけだから実害はそんなにないんだが、うるさい上に話が進まない。彼としては、一刻も早く仲間を助け出したいのだ。特に、夕飯の準備をしてくれる奴を。
「君たちは本物のモミの木を探している、と。そして、それは、ここに落とされて、天井に穴を開けて、ここにあったはずだ、と。そういうわけだね?」
 こっくりと頷くボス2名。
「でも、何でまたモミの木なんか落としたんだ? それも、君たちのような、ちょっと何て言うか……なお方々がモミの木なんかを探して、我が物にしようと必死になっているんだ?」
 今のハンニバルは、とっても紳士モード。
「そりゃあ、ただのモミの木じゃねえからな。」
「ああ、その通りだ。」
 と、ボスチンピラに相槌を打つボス黒服。
「して、それはどんなモミの木なんだ?」
「それは言えねえ。」
 2人が声を揃える。それに対してハンニバルは優しい笑みを向けると、銃のマガジンを確認してからグリップに装填し直した。
「実は、俺たちはお尋ね者でね。」
 窓の外に狙いをつける。
「近隣に人がいないっていうのも承知してまして。」
 表情も変えず、トリガーを続けざまに引く。しかし全弾は撃ち尽くさない。それが終わるや否や、素早い動作で新しいマガジンをポケットから出して交換する。
 2人のボスの位置からでも、開け放したままのドアを通して、トレーラーのタイヤの空気が抜けていき、車体が片側に傾ぐのが見て取れた。
「すっかり話した方が身のためだと思うんですけどねえ。」
 コングが面白そうに、声を殺して笑っている。
 なぜだか妙に恐かった。銃を扱い慣れたオヤジと逞しい黒人アニキ。それも、2人共が笑顔。そして、2人共が魚臭い。
「わかった、話す。」
 先に折れたのは、意外にも黒服の方だった。彼の方がチンピラよりも場数を踏んでいるために、ハンニバル&コングの恐ろしさを雰囲気で感じ取れたのだろう。
「あのモミの木はクリスマスツリーとしてのデコレーションがしてあって、雪に見えるのは綿じゃなくて最高級のミンクなんだ。」
「ミンクだとォ?」
 そう叫んだのはハンニバルでもコングでもなく、ボスチンピラだった。
「じゃ何かい、お前ら、ミンクなんか追ってたわけか?」
「なんか、とは失敬な。お前らの方は違うのか?」
「俺たちはヘロインだ。」
「ヘロイン?」
 ハンニバルとコングとボス黒服が口を揃えた。
「そうだ、オランダで安く大量に仕入れたヘロインを、まず漁船を使ってノルウェーに陸揚げして、それからスウェーデンに持ち込み、輸出用モミの木の根元に隠したんだ。警察犬だって、魚の臭いや木の臭いで鼻やられちまって、そこにヘロインが隠されてるたあわからねえ。あれをアメリカで売れば一財産だ。」
 鼻高々にチンピラが説明する。
「俺たちがカナダのミンクをアラスカに持ち込んでモミの木に飾りつけた時には、もうお前たちのヘロインが隠されてたってことか。」
「そうだ、あのモミの木に手をつけたのは俺たちの方が先だ。何てったって俺の親戚が育てたモミの木だからな。」
「お前たち、スウェーデン人か?」
「お前たちはカナダ人?」
「あー、ちょっとまとめさせてくれ。」
 ハンニバルが口を挟んだ。
「あんたさんたちは違法でカナダからアメリカに持ち込んだミンクを返してほしいわけだ。」
 と、黒服の方に聞く。
「そうだ。」
「で、そちらさんは違法でオランダからいろいろ経由してアメリカに持ち込んだヘロインを返してほしいわけだ。」
 と、チンピラの方に聞く。
「その通り。」
「ってことは、何も喧嘩することはなかったでしょうに。」
「そう言われてみれば……そうだな。」
 チンピラがしおらしく頷く。
「ああ、モミの木本体が欲しいわけじゃないんだしな。」
 黒服も素直にそう言う。
「しかし、問題は、そのモミの木がどこにあるか。そうじゃないか?」
「どこにあるのか知ってるのか?」
 黒服の方が聞いた。
「いや、知らん。」
 あっさりとハンニバルが答える。
「俺たちは、君らがこのクリスマスツリーを狙ってるもんだとばっかり思ってただけだ。」
「だが、ここにあったはずだ。この辺りに落とすように、運送会社のパイロットを買収して指示したんだからな。」
 と、黒服。
「それ、俺のダチ。ここに落としたって言ってたんだが、お前たちに買収されてたなんて聞いたことなかったぞ。」
 と、チンピラ。
「そりゃろくな友達じゃないな。」
「違いねえ。」
 ハハハと笑い合う2人。
「笑ってる場合じゃないでしょうが。」
 そう言ったハンニバルは、割かし真面目な表情。
「ツリーは見ての通り、ここにはない。そして、俺たちの仲間も消えた。一体どういうことなんだ?」
「さあ……。」
 2人のボスが揃って首を傾げた。
 と、その時……。
 バラバラバラバラバラバラバラバラバラバラバラ……。
 夕闇に包まれたコテージの上空を、大型輸送ヘリが旋回している。屋根に穴が開いているのだから、それがよーくわかる。そしてヘリは、停まる場所を探していたのか、ランディング・スキッドを使ってトレーラー(ザコつき)をぺいっと山道脇の林の中に倒すと、空いた所に着陸した。



 ヘリから降り立ったのは、ほくほく顔のフェイスマンと、袋を抱えたミイラ男(マードック)。
*ハンニバル&フェイスマン――
「たっだいまー。ちょっと遅くなっちゃった。お客さん?」
「まあ、そんなもん。お前さん、どこ行ってたの?」
「んふー。」
 上機嫌のフェイスマンは、鼻で大きく笑ってから、意気揚々と話し始めた。
「すっごくでっかいモミの木が降ってきてさ。それ、あの億万長者のオーガニー・モーチが注文したクリスマスツリーだったんだよ。高さ150フィートもあんのに、ちゃんと飾りもついてて、すごかったんだから。ヘリで運んでる最中に落ちたみたいで。それで俺たち、サンバーナーディノのモーチ家までそれを届けに行ってたんだよ。そしたらさ、やたら感謝されちゃって。まず、拾い主の当然の権利としての1割で8万ドル。80万ドルのクリスマスツリーだったってことだよ? それから、謝礼として同8万ドル。ま、億万長者なら妥当な線だよね。そして、ヘリとパイロットのレンタル料として、おまけつきで1万ドル。あと、壊れたコテージの修理費に家具調度品の弁償を含めて3万ドル。合計20万ドルの、じゃ〜ん、小切手!」
 内ポケットから小切手を出して、ひらひらと振ってみせる。
「対しまして支出は、車のガス代と俺たちの労力のみ! このコテージ、直すわけないし? 更に! モーチ家で食べ物分けてもらっちゃった。」
 その点にかけてはプライドも何もないフェイスマンは、へへ〜っと笑いながら、マードックが抱えていた(今は床に置いてある)袋を、顎をしゃくって示した。
*コング&マードック――
「ただいま〜。」
 慣れない大型ヘリを操縦し通しだったマードックは、少し疲れて元気がない。
「おう、どこ行ってたんでい? それに何でい、そのツラは?」
 マードックが無事に戻ってきたのと彼がうるさくないのとで、コングはハッピーそうだ。
「フェイスの奴の手足になってきた。で、この顔は赤剥け。見る? イナバのホワイトラビット状態。モミの木の幹に思いっ切り顔擦りつけちゃってさあ。それもこれも、テーブルの脚が折れたのがいけないんよ。ほら、あれ。粉々だろ?」
 と、テーブルと椅子の残骸を頭の先で示す。
「ありゃお前が壊したのか?」
「俺が壊したんじゃなくて、俺様と地球とが親密に引き合った関係上、テーブルが自分から壊れたの。自己崩壊ってやつ。」
 コングは「違うんじゃないか」と思ったが、それについては何も言わず、クリスマスツリーを差し出した。
「ほらよ、お前のなんだろ。」
「あんがと。」
 しかし、マードックは袋を抱えていて、両手が塞がっていた。袋を置くべきテーブルは壊れてるし、椅子も1つは大破していて、残り3つは壊れかけている。
「袋、床置きゃいいだろが。」
「あ、そうか。」
 袋を床に置き、代わりにツリーを抱える。
「いろいろあって、ちっとばかし汚れちまったがよ。」
「平気、大丈夫。この辺の枝曲がってっけど、直しゃいいんだし。……そうそう、コングちゃん、牛乳1ガロン貰ってきたぜ。フェイスのスカポンタンが買ってなかったからさ。その袋ん中入ってる。」
「済まねえな。」
「いや、俺もツリーの仕上げに必要だったんで。」
「それと、小魚、だよな、男なら。」
「そうそう、わかってんじゃん!」
 マードックが空いた手でコングの二の腕をバンバンと叩き、コングも微笑みながらマードックの二の腕をバンバンと叩き返した。数時間後、マードックはそこが痣になっていることに気づくだろう。
*4人全員――
「ツリー、返してきたのか……。」
 フェイスマンとは対照的に、難しい顔のハンニバル。
「そりゃあ、落し物は持ち主のとこに返さなきゃね。善良な市民として。」
 市民、だったのか? 善良かどうかは置いといて。
「……コーング、この2人、このまま外に出しといてくれ。逃げないようにな。」
 青い顔の2人をコングが軽々と担ぎ上げ、外に出て周りを見回し、ヘリのスキッドに縛りつけた。
 コングが戻ってきてからドアを閉め(でも天井に穴が開いているので寒い)、いきなりだがAチームの作戦会議が始まった。
「実は、お前たち2人が留守だった間に、これこれこういうことがあってな。あいつらは、かくかくしかじかで、あのツリーにヘロインとミンクを隠していたんだ。」
 ハンニバルの説明に、えっという顔のフェイスマンと、口あんぐりのマードック。でも、まだリーダーが真剣に話している途中なので、何も言わない。
「今あいつらを逃がしたら、そのモーチ家にまっしぐらに向かっていくに違いない。しかし、あいつらを警察に引き渡そうにも、確固たる証拠がない。俺たちは奴らの話を聞いたが、俺とコングが警察で証言するわけにも行くまい? それに、何と言っても、肝心のブツはモーチ家にあるしな。そこでだ。」
 部下3名がリーダーの言葉を促すように、こっくりと頷く。
「あいつらを一旦解放してモーチ家に向かわせ、ちょいとばかりモーチ家の方々に迷惑はかかるが、あいつらが証拠の品を手にしたのをモーチ家の皆さんに見ていただいた後、俺たちが劇的に乗り込み、奴らを再び捕らえてモーチ家の人々を助け出し、より多くの感謝を戴いてから警察を呼ぶというのはどうだろう?」
 さすがはハンニバルである。部下たちはその作戦に大いに同意した。
「じゃあ早速、奴ら逃がすか。」
 とドアの方に向かおうとしたコングだったが、それをハンニバルが止める。
「まあ、待て、軍曹。何もそう急ぐことはあるまい。」
 ハンニバルは部下たちに向かってにっかりと笑った。もちろん口許に葉巻を銜えて。
「据え膳食わぬは男の恥……じゃなくて何だっけか……武士は食わねど高楊枝……も違うな……。」
「腹が減っては戦はできぬ、って言いたいわけ?」
 記憶曖昧かつ言語障害なハンニバルに、フェイスマンが宝船、じゃなかった、助け舟を出す。〔マジ間違えた。〕
「そうそれ。というわけで、夕飯にしようじゃないか!」
 レッツ・クック! ……って暴飲暴食暴便野郎だっけ。
「魚は? 釣れたの?」
 いきなりフェイスマンが腰を折る。
「釣れましたよ。ええ、釣れましたとも。」
「で、どこにあんの?」
「あー……外に出しっ放しだったわ。」
〈Aチームの作業曲、三たびかかる。〉〔4回目でした。〕
 キッチンを掃除するフェイスマン。クモの巣が頭にかかって、それを払い退ける。
 リビング兼ダイニングルームの掃除をするマードック。背中にクリスマスツリーを背負っている。
 電ノコを手に山へ入っていくハンニバルとコング。ぶっとい木を切り倒し、板を作る。
 寒さに震える悪党ども。
 川に水を汲みに行くフェイスマン。周囲は既に真っ暗。
 掃除を終えたマードックが、釣ってきた魚と戯れている。無論、魚は死んでいる。魚、傷むって。
 切り出した板を組み合わせて、簡単なテーブルを作るハンニバルとコング。あと、椅子も作らなきゃならない。
 モーチ家から貰ってきたものをキッチンに運び込み、ふと皿がないことに気づくフェイスマン。慌ててハンニバルに報告しに行く。
 余った板でプレートを作るマードック。更に余った部分でハシまで作る。
 組み上がったテーブルに電動ヤスリをかけるコング。その横で、椅子に手動ヤスリをかけるハンニバル。ニスを持ってきていないことに同時に気づく2人。
 クーラーボックスごと魚をキッチンに運び、サーモンとニジマスを並べて感心したように頷くフェイスマン。クーラーボックスの中には、まだワカサギやら何やらの小魚がだいぶいる。
 クリスマスツリーに、クーラーボックスから失敬してきた小魚を吊るすマードック。その出来に納得して頷き、上から牛乳をかける。
 ニスがない分、いつもより余計にヤスリをかけているハンニバルとコング。だんだん意識が朦朧として、自分が何をしているのかわからなくなってきている、が、手だけは確実に動いている。
 ガスが通じていないことを知り、パニックに陥るフェイスマン。散々悩んだ挙句、バンの後部から鉄板とガスバーナーとブロックを出してきて、玄関前に即席のコンロを作るが、ガスの残量を鑑みて、コンロからカマドに変更する。その後、薪ストーブを使えばよかったと後悔する。
 リビングのストーブで、貰ってきたパンをトーストするマードック。魚を触った後、手を洗っていないので、多分パンは魚臭い。
 降り出した雪に身を震わせながら、3枚に下ろしたサーモンと丸ごとのニジマス(内臓除去済み)に軽く塩コショウをして、塩とコショウだけは持ってきていたことを神に感謝しつつ、モーチ家から貰ってきた小麦粉をまぶし、これまた貰い物のバターでムニエルにするフェイスマン。
 やっとヤスリかけを終えたハンニバルとコングが、テーブルと椅子をリビングに運び込む。
 冷めないようにトーストを革ジャンで包み、クシャミをしながらも、ワカサギに特製の衣をまぶすマードック。しかし、それを揚げるための鍋的なものがないことに気づく。
 悪党どもの車を壊して鍋っぽいものを即行で作るハンニバルとコング。
 鍋モドキを手に入れ、貰ってきた油でフライを作るマードック。木製の手作りハシがブスブスと煙を上げている。
 魚焼きをコングに任せ、貰ってきたサラダを板に盛るフェイスマン。ドレッシングも貰ってきている。その辺だけは抜かりなし。
 できあがった料理をテーブルの上に並べるハンニバル。ワインとワインオープナーはあるがグラスがないことに気づく。でも、缶ビールがあるので、気にしないことにする。
〈音楽、終わる。〉
 疲れ切った顔の4人は、今、それなりの料理が乗ったテーブルの周りに着いていた。外は雪。
「シャンペン貰ってきたんだから、みんな1杯目はシャンペンね。……ってグラスないんだっけ。」
「回し飲みでいいさ、この際。」
 シャンペンのボトルを握り締めたフェイスマンに、缶ビールを飲むことに決めたハンニバルが軽々しく言う。
「俺ァこの牛乳、壜から直接飲ましてもらうぜ。」
「俺っちはショワショワしてない方がいいから、ワイン抱えていい?」
 ということは、必然的にフェイスマン、シャンペン飲み放題1本限り。珍しくも平和に折り合いがついた。
 ガタッとハンニバルが立ち上がった。
「えーそれじゃ、いろいろあった上にターキーとクリスマスプディングはないが、外も雪景色になりつつあっていい感じってことで、皆の者、メリークリスマス!」
 高々と缶ビールを掲げる。
「メリークリスマース!」
 と、残り3人も唱和して、各々の壜を掲げた。
 そして、ふと気づいたフェイスマンが口を開く。
「今日……まだイブなんだけど……。」
「……そうだったか?」
 それくらいのことでは、ハンニバルはめげない。どのくらいでも、彼はめげない。
「じゃ、乾杯やり直し。メリークリスマス、イーブ!」
 仕方なく、半ばヤケになって残り3人も再び唱和。
「メリークリスマス、イーブ!」
 この後で行わなければならないはずの作戦のことなど、誰一人として覚えてはいなかった。
 悪党どもは今も外で震えている。我慢だ! 男なら!
【おしまい】
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