20号記念(これがタイトル?)
The A'-Team
【編集註記・そこここで数字や計算が間違っていますが、敢えて直さずに掲載します。】
 癖になってしまった。
 ちょっとヤバいかも、とフェイスマンは思ったが、思った時にはもう遅いもの。それが癖。
 左手に電卓、右手にペンを持ったまま、彼は呆然と家計簿を眺めていた。たっぷり3分は。今月の収入は20万ドル。残高は20ドル。4人分の家計費としては、明かに使い過ぎだ。それも、家計簿に出てくる出費の明細には、同じ言葉が繰り返し出てきている。即ち、「プロポリス購入費」。いくら健康のためとは言え、4人で20万ドル弱のプロポリスは飲みすぎなのではなかろうか。
 プロポリスのアンプル、1本50ドル×4=200ドル。普通は1日1回なものであろう。しかし、それを牛乳水代わりに飲む奴がいたら。朝昼晩の食事の度に飲む奴がいたら。入浴剤代わりに、一度に10本風呂に入れる奴がいたとしたら。
 ……そう、なるよなぁ。
 フェイスマンだって、女の子へのプレゼントにしたことも一度や二度じゃない。恐らく、ハンニバルもコングも、マードックさえも、彼女(やそのようなもの)にこのプロポリスのアンプルを贈っているに違いない。
 道理で最近体調がいいと思った。コングの筋肉のキレもいい。ハンニバルの贅肉も次第に筋肉に取って代わられつつあるように見えなくもない。マードックの奇行も、ここのところ冴えている。フェイスマン本人だって、もう、あっちの方だって、こっちの方だって、自分でも驚くほど。さすがはプロポリス、高いだけある。だから、やめられないのだ。
 しかし、来月はまだ、仕事らしい仕事入ってないし、いくら身体にいいものでも、それなしでは生活できない、という状態はいかにもまずいかもしれない。それは、癖を通り越し、中毒、と言うのだ。
 よし、とフェイスマンは思った。今月は、プロポリスを買うのをやめよう。それに、買わなくてもまだ冷蔵庫に入っているし、1人1日1本なら、さ来月くらいまで賄える量がストックされている。
 フェイスマンは、心に悲壮な決意を込めて、スーパーのチラシの裏にこうしたためた。
『プロポリス購入禁止! そして使用は1日1人1本まで!』
 これを、全員の目につきやすい所に貼っておこう、そうだ玄関がいい。フェイスマンは席を立ち、玄関へと急いだ。
 しかし、玄関の壁にチラシを貼りつけようとして、ふとフェイスマンは不安になった。果たして誰が玄関の壁を見てくれるだろう。目に入ったとして、立ち止まって読むような連中だろうか? ここじゃ駄目だ。フェイスマンはチラシを手に、うろうろとアパートの中を歩き回った。トイレの壁? バスルーム? 寝室の天井? いやいや、どこももう一つ。確実にみんなが見てくれる所でなければ意味がない。そうだ、量産して思いつく限りの所に貼ろう。もちろん、冷蔵庫の扉にも。そうすれば、目に入らなかったなんて言い訳、誰もできないだろう。
 それから2時間、ありったけのチラシの裏に『プロポリス購入禁止! そして使用は1日1人1本まで!』と書きまくり、それをあちらこちらに貼りまくったフェイスマンは、ぐったりと疲れた右手を無意識に冷蔵庫に伸ばし、プロポリスを1本取って、慣れた手つきでアンプルを割り、細いストローを差してチュウウウウウウウウウっと吸った。
「はあ……。」
 そして、手に残る空のアンプルに、やっと気がつく。
「飲んじゃったよ、俺!」
 もう今日の分はおしまい、ということだ。
「俺ったら、バカバカバカバカバカバカバカバカバカ!」
 その時、ハンニバルが比較的軽やかな足取りで台所に入ってきた。浮かれている、に近い。
「何バカバカ言ってんだ、フェイス。」
 顔をフェイスマンの方に向けたまま、ハンニバルは無意識に冷蔵庫を開け、プロポリスを1本取って、以下略。
「ハンニバルゥ。」
 フェイスマンが泣き声を上げた。
「何だ?」
 ハンニバルは、飲みきったプロポリスのビンを無造作に屑篭に投げ入れると、おもむろに冷蔵庫を開け、プロポリスを1本取って、以下略。
「貼り紙! 読んでよね、俺の貼り紙!」
「貼り紙?」
 ハンニバルは、2本目の空ビンを屑篭に投げ込むと、冷蔵庫の扉に目をやった。そこには、『プロポリス購入禁止! そして使用は1日1人1本まで!』の文字が。
「1本まで? そりゃ、どうしたわけだ?」
 フェイスマンは、家計簿を突きつけた。
「見てよ、これ! どう見たってプロポリス買いすぎだろ!」
「ふうむ。多少その傾向はあるかもしれんがな。ま、気にするな。金はあるんだろう?」
「赤字!」
 フェイスマンとハンニバルがこのやり取りをしている間に、マードックが入ってきた。
「どしたの、こんなとこに溜まっちゃってさ。いやあ、今日は暑いねぇ。ちょっとそこ、どいてくんない。」
 呆然と見守るフェイスマンとハンニバルの前で、マードックは無意識に冷蔵庫を開け、プロポリスを1本取って、以下略。そこへコングもやって来て、以下略。
「貼り紙読めったら! 苦労して作ったのに!」
 フェイスマンは既に半泣きだった。それでもなお、ハンニバルもコングもマードックも、以下略。まるでプロポリス大食い競争か早飲み競争。見る見るうちに、屑篭が空アンプルで埋まっていく。パキン、チュウウウウウウウウ、パキン、チュウウウウウウウウウ(エンドレス)。
 考えてみれば、Aチームにとって貼り紙なんて、本人たちが意識しようとしていなければ、何の役にも立たないのだ。書いただけ無駄だったようだ、フェイスマン。
 紙とインクを無駄にしただけ? トホホ。俺って、こんなんばっかり……。
 やるせない思いに、怒りも鎮まらずを得ないフェイスマンであった。
 ……ちょっと待て。
 フェイスマンは冷静になって、プロポリス業者に対して今月支払った代金と、カタログに載っていた代金を比較してみた。あまりにも何度も注文しすぎて、何本買ったかまでは定かではないが。1人当たりにして、18万÷200=900、即ち、彼ら4人は1人当たり900本のプロポリスを飲んでいることになるのだ。そんなことってあり得ない。誰かにあげたとしても、風呂に入れたとしても、900本は無理な数字だ。4人で3600本。そんなにアンプルを捨てた覚えはない。360本のアンプルは捨てているにしても。【ごめん、計算間違えてた。by梶乃】
 俺、ぼられてる……。それも、盛大に……。
 プラジルの業者と直接取引しているのだから、泣けるほど高額なプロポリスを安価で買えていると思っていたのに。プロポリスだからこそこんなに高いのだと信じていたのに、ぼったくられていたなんて。
 普段ぼったくる側のフェイスマンには非常にショックだった。彼にとって、恥にも近い。
 フェイスマンは冷蔵庫をバッと開けると、チルドルームに入れてあったアンプルを取り、コングに差し出した。
「これ、最っ高のスペシャル・プロポリス。ローヤルゼリー入り。」
「おう、そりゃあいい。早速いただくぜ。」
 パキン、チュウウウウウウウ。空アンプルを屑篭に捨てたコングは、満足そうな顔をフェイスマンに向けた。
「薬っ臭えけど、そこがまた効きそうで……。」
 ドタン!
 マードックが一歩退き、コングが床に倒れた。
「じゃ、行こうか。」
 倒れたコングからハンニバルやマードックの方に目を移し、フェイスマンが言う。
「行こうって、どこへ?」
 とマードック。
「ブラジル。」
「何でまた?」
 とハンニバル。
「プロポリス代、ぼったくられた。」
「ぼったくられた?」
 マードックの表情は、鳩が豆鉄砲を食らった時のソレ。そりゃそうだろう。フェイスマンがぼったくることはあっても、ぼったくられるなんて! しかも、モノはプロポリス。
 ということは、プロポリスをこの先飲めなくなるかもしれない……?
 驚きが怒りに変わるまで、数秒もかからなかった。それはハンニバルも同じだったらしい。
「うぬう、善良なプロポリス愛好家からぼったくるとは、ブラジル野郎、捨ておけん! 行くぞ、モンキー、フェイス、コーング!」
 元気よく返事をしたマードックとフェイスマン、そして無言のコングを連れて、Aチームは一路ブラジルへ。【展開急ね。by四万】



 ここはブラジル。見渡す限りのコーヒー農園、その片隅に置かれた養蜂箱。でかでかと立てられた看板には、『ようこそプロポリスの里ブラジルへ』と大書されている。
 しかし、慣れていない者にとって、ブラジルの夏の日差しは容赦なかった。
「うう……暑いよぉ。」
 小学生のように駄々を捏ねているのはマードック。
「プロポリス……プロポリスおくれよう。」
 ほとんど禁断症状だ。仕方なくフェイスマンはバンに積んだクーラーボックスを開いた。中はぎっちりとプロポリスのアンプル。家を空けるのに冷蔵庫の電源を切りたかったというまことしやかな理由で積み込まれたのである。フェイスマンがマードックにアンプルを手渡してやると、間髪入れずに他の2人も手を差し出している。
「はいはい……しょうがないな、1本ずつだぞ。」
 ついでに自分用にも1本取り出すことを忘れないフェイスマン。
 パキン、チュウウウウウウウ。
「くーっ我慢できねえ。もう1本!」
「ケチケチするな、目の前は既に養蜂場。心行くまでプロポリスを納得行く値段で買い叩くことができるのだ。」
 太っ腹を擦りつつ、ハンニバルは宣言し、クーラーボックスに群がった4人は、しばし無言で心行くまでプロポリスを啜った。



「で、ここが俺たちからぼったくった養蜂場に間違いないんだな。」
「ああ、ヤマダ(日系移民)養蜂場だ。住所も合ってる。」
 ハンニバルの確認に、領収書と養蜂場の看板とを見比べて、頷くフェイスマン。
「よし、では行くぞ。頼もーっ。」
 ハンニバルの合図で、マードックがドアチャイム(ひもで引っ張って鳴らすヤツだ。これならラスカルでも鳴らせるね)をガラガラと鳴らし、コングがドアをガンガン叩いた。
「はーい、どちら様?」
 ドアが開いて、出てきたのは12、3の女の子だった。これはちょっとやり難い。うっと詰まったAチームであったが、年齢を問わず女性担当のフェイスマンが進み出て、話しかけた。
「えーっと、アメリカから来たペックだけど、お父さんかお母さんはいるかい、お嬢ちゃん?」
「いない。この養蜂場は、私1人で切り盛りしてるから。」
 妙に大人びた口調で切り返した彼女に、フェイマンは思わず聞き返してしまう。
「え、お嬢ちゃんが?」
「お嬢ちゃんじゃないわ、私にはハナコ・ヤマダっていうエレガントな名前があるの。で、オジサンたち、わざわざアメリカから何の用?」
「オジサン……。」
 ショックを受けるフェイスマンを押し退けて、ハンニバルが口を開く。
「実は我々はおたくの養蜂場からプロポリスを買いつけているんだがね、ちょっとその取引に不明な点があって、確認に来たんだ。」
「うちと?」
 ハナコは首を傾げた。
「確かにうちはアメリカにも結構お客さんがいるけど、何てったってプロポリスの品質がいいからね、でもペックってお客との取引はないわよ。」
「そんな。この領収書、見てくれよ。ちゃんと住所も名前もここになってるだろ。」
 フェイスマンが差し出した領収書を見て、ハナコはクスリと鼻で笑った。
「ああ、これ。確かに住所も名前もうちと一緒だけれど、ヤマダ養蜂場って、この辺一帯に2、3軒あるのよ。因みに全部1区画扱いで住所も同じ。」
 ハナコは、顎をしゃくり上げて得意満面でそう言った。
「それ、個体識別し難いんじゃないか?」
 とハンニバル。ただでさえ東洋人は区別し難いのに、同じ住所同じ名前じゃ区別のしようがないではないか。
「ねぇ、君。じゃあ聞くけどさ、ここいら辺で一番高いプロポリスを売ってる農場ってどこだか知ってる?」
 いいぞフェイス。その調子だ。1本500ドルのプロポリス【計算合ってる?】は、ここいら辺どころか、世界一高いに違いない。
「知ってるわ。ヤマダさんちよ。」
「どこのヤマダさん?」
「あっちの方の。」
 ハナコが指差す先は、遥か彼方……果てしなく広がる水平線の先。ああ、ブラジルって広いなあ……。



 30分後、Aチームご一行は、「あっちのヤマダさんち」に向けて車を走らせていた。いくらオンボロのレンタカーとは言え、30分走って隣家に着かぬとは、やはりブラジル恐るべし。
 パキン、チュウウウウウウウ。暑さに耐えかねたハンニバルが、プロポリスのアンプルを空けた。
「俺も1本いただくぜ。」
 コングがクーラーボックスに手を伸ばした。
「オイラも。」
「しょうがないなぁ。1本ずつだぞ。」
 またしても4人はクーラーボックスに群がり、しばしの幸福に浸った。
 そして、家を出る時にはあんなに大量にあったはずのプロポリスが、いつの間にかクーラーボックスの中をカラカラ移動するほどの量になっていたことに4人は気づき、そして、気づかないフリをした。まあ、そこいら辺中プロポリスな土地柄だ。イザとなったらいくらでも手に入る。



 そして到着したヤマダ養蜂場。看板の作りと言い、農場の雰囲気と言い、先程のヤマダ養蜂場と寸分違わない。
「で、こここそが、俺たちからぼったくった養蜂場に間違いないんだな。」
「ああ、ヤマダ(日系移民)養蜂場だ。住所も合ってる。そして、さっきのお嬢ちゃんが言ってた場所だ。」
 ハンニバルの確認に、領収書と養蜂場の看板を見比べて、頷くフェイスマン。
「よし、では行くぞ。頼もーっ。」
 ハンニバルの合図で、マードックがドアチャイム(ひもに下げられたハンマーでガンガン叩くヤツだ。これはラスカルにはちょっと無理)をガンガンと鳴らし、コングがドアをガンガン叩いた。
「はーい、どちら様?」
 ドアが開いて出てきたのは、またもや平べったいシンプルな顔の女の子。でも、ハナコちゃんよりは年が行ってて、20くらいか。東洋人の年齢は、外見からは判別できません。しかし、これくらいなら何とかフェイスマンの守備範囲。一応、出っ張るべき所はかすかに出っ張っているし、引っ込むべき所も心持ち引っ込んでいる。
「アメリカから来たペックだけど、おたく、プロポリスのアンプル、1本いくら?」
 単刀直入にフェイスマンは尋ねた。
「お客さんなの? ちょっと待ってね、価格表持ってくるから。」
 にっこりと微笑んで、彼女は部屋の中に引っ込み、1枚のカタログを持って戻ってきた。
「はい、これ。そこに書いてある値段は送料込みだから。テイクアウトは2割引。」
「2割引?」
「そう。計算機いる?」
「ある。」
 フェイスマンは考えていた。今現在、思い切り赤字だけど、カードで支払えば引き落としは来月、それまでに仕事をすればいい。ここに来るまでの飛行機代をチャラにするには、この2割引のプロポリスをどれだけ買えばいいのか。とにかく、今買わない手はない。何てったって2割引だ。2割引って言ったら、50ドルのところが40ドルになるのだ。その差10ドル。500ドルのところが400ドル、その差100ドル。5万ドル買えば、1万ドルも安上がりなのだ!
 そしてフェイスマンはカタログをじっと見つめた。確かにこのカタログには見覚えがある。しかし、1本500ドルのプロポリスなんてない。……いや、あった、500ドルが。1本50ドルのアンプルを10本セットで500ドル。それだけ。他には500ドルなんてなし。
 ここのはずなんだけど、ここじゃないかも? それとも本当にこのお嬢さんがぼったくってる? でも2割引だ。
 フェイスマンの頭はオーバーフロー気味。黙ったままカタログを凝視するフェイスマンと、そんなフェイスマンを見つめるヤマダA、残りの3人はクーラーボックスの周りにしゃがみ込んでいる。
 静かなブラジルの昼下がり。蜂の羽音とプロポリスを啜る音だけが聞こえていた。
「あ、思い出したわ。アメリカのペックさんね。大量に注文してくれて、どうもありがとう。あれでもまだ必要なの?」
 静寂を破ったのはヤマダAだった。
「……もしかして、品物が届いてないんで、苦情を言いにわざわざ来てくれたとか?」
 ゆっくりとカタログから目を離すフェイスマン。
「届いてないって? そんなことあり?」
「あるわよ、それはもうしょっちゅう。だって、ここブラジルだもの。南米の郵便事情をご存知ない?」
 プルプルと首を振るフェイスマン、を遠くから眺める残り3人、の足元には、既に空になったクーラーボックス。
「はっきり言って届かないのよ。あなた方アメリカ人からすれば想像もつかないことだと思うけど。ちゃんと住所が書いてあるのにロシアに送られちゃったり、かと思えばパプアニューギニアに行っちゃったり。フランスに送るはずのプロポリスがモーリタニアに送られて消息を絶ったとか。うちは他と比べて送料がちょっと高いけど、宅配便を使っているから、そうやって追跡もできるし、届く確率も高いの。向こうのハナコちゃんとこなんて、ひどいものよ。」
 何となく事情は飲み込めた。代金を支払ったものの、まだ全部は届いていなかったのだ。だから、どんどん追加注文してしまった。ぼったくられたわけではなく。……でも、ここで買えば2割引。これから注文済みのプロポリスが山ほど届くかもしれないけれど、いや、恐らくいつかは届くのだろうけれど、2割引の誘惑は大きい。
 どうする? 視線で仲間たちに問いかけるフェイスマン。
 買っちまえ! と事情を半分だけ飲み込めてるコング。
 買って! とあんまりワケがわかっていないマードック。
 買え! 買わないと末代まで祟る! とすっかり事情を飲み込んで、更に畳みかけるハンニバル。
 そうだよね、せっかくブラジルくんだりまで来たんだし。何てったって2割引。何より魅力的なのは、すぐに確実に受け取れることだ。そう、南米の郵便事情にも、トンチンカンな宅配便会社にも左右されることなく! よし、4人で持てるだけ持って……そうだ、その前に飲めるだけ飲んでいこう。
「追加注文、お願いできるかな?」
 フェイスマンはにこやかにヤマダAにそう言った。
「もちろん、お好きなだけどうぞ。」
「ちょっと量が多いんだけど。」
「ここは養蜂場だもの、プロポリスはいくらでもあるわ。」
 ヤマダAが指し示したのは、まさにプロポリス倉庫。発送に宅配便を使うだけあって、倉庫もバッチリ空調完備だ。
「それじゃお言葉に甘えて。」
 ハンニバルの合図でAチームはわらわらとプロポリス倉庫に駆け込み、作戦を開始した。
〈Aチームの作業曲、かかる。〉
 プロポリス倉庫は、まさにプロポリスの山だった。マードックがフォークリフトに飛び乗り、プロポリスの箱を運び出し始めた。コングは、両腕に抱えられるだけ抱えて、ハンニバルは、服のポケットに詰め込めるだけ詰め込んで、それぞれが車に向かう。フェイスマンは、3人が積み込んだ量を伝票に記入し、電卓を弾いた。
〈曲、終わる。〉
「ええと、100本入りケースが70個。バラで245本。締めて、36万2250ドル。2割引で、28万9800ドル。7万2450ドルの得。往復の飛行機代が4000ドルだから、これだけで6万8450ドルのお得……?」
 俺の計算、合ってるんだろうか。【計算は合ってる。】
 健康食品産業って、こんなに儲かるものなのか……。
 フェイスマンは、満足げに溜息をついた。この時、フェイスマンの頭の中で、ちーとばかし位相がズレたことに、読者はお気づきだろうか。
「すごいぞ! すごい儲けだ!」
 フェイスマンは叫んだ。
「ヤマダ養蜂場、何て素晴らしい所なんだ……。」
 儲かる……わけじゃないんだよフェイスマン。2割引かれても、まだ28万9800ドルの支払いは回ってくるんだよ? それに、今まで注文した分の代金だって……。筆者の心の叫びはもっちろん舞い上がっているフェイスマンには届かず、そして、残りの3人にも届かなかった。
「さあみんな、うちに帰るぞ!」
 荷を積み終わったハンニバルが言った。
「お買い上げありがとうございました。じゃ、ここにサインしてね。」
 ヤマダAに言われるままに伝票にサインした一同は、大いなる満足感を胸に、帰路に就いたのであった。



 経費節約ということで飛行機1台と燃料をかっぱらったAチームは、プロポリスと自ら気絶の道を選んだコングとを積み込み、無事ロスに戻った。
 7245本購入したプロポリスも、今や7000本を切ってはいたが、それでもなお7000本弱はあった。とても人力のみで運べる量ではない。だから、トラックをかっぱらって、Aチームはアジトとしているマンションの前に乗りつけた。今度はこれを部屋まで運ぶのだ。重労働ね。
「俺、先に行って冷蔵庫の電源入れてくる。」
 と、1人先にフェイスマンはエレベーターに乗っていった。1回でも肉体労働をサボらんがために。
 が。数分後、顔面蒼白のフェイスマンがポーチを駆け下りてきた。いつにもまして慌てている感じ。
「こっちが先! 早く!」
 片手でハンニバルの袖を引っ張り、もう片手ではマンションの中を指差している。
 賢明な読者ならもうお気づきのことと思う。そう、届いてしまっていたのだ、残りのプロポリスが。たかだか3000本強ではあるが、それがマンションの廊下の、それもドアの真ん前に積んであると思いねえ。ドアが開かないから部屋の中には入れないし、もちろん廊下は通行止め。
 フェイスマンとハンニバルは手ぶらのまま、(多少慌てて)部屋の前に急行した。「クール宅急便」のシールを貼った段ボール箱が山をなし、すっかり外気温と同じ温度になってしまっている。中身、危ないかもしれない。プロポリスって、ナマ物だよね? アンプルの中に入ってたって腐るよね? それにここは常春のロサンゼルスだ。イラクやアリゾナやブラジルやトーキョーよりは涼しいにしても。
「ああ、もう、隣のカーティスさん、中途半端に親切なんだから……。」
 段ボール箱に貼りつけられていた送り状を剥ぎ取って、フェイスマンが言う。送り状曰く、「お留守でしたので、お隣のカーティスさんに受け取りのサインを戴きました。荷物は置いていきます。要冷蔵品なので、すぐに冷蔵庫に入れて下さい。」配達時刻から察するに、Aチームがブラジルに向かった直後に配達された模様。
「こりゃ、一旦脇にどけるしかないな。」
 ハンニバルが眉を顰めて言う。それしか道がないのは、誰にだってわかるのでは? 小学生以上なら。
「おい、ハンニバル! これ、ここに積んどくぜ!」
 後ろでコングの声がした。「これ」、即ち、先刻ブラジルから買ってきたばかりのプロポリス。コングとマードックは事態を把握していません。
 プロポリスを飲んでいるコングの早いこと早いこと。フォークリフトより早いかも。マードックも奇行なしで黙々とプロポリスを運んでいる。見る見るうちにプロポリスの箱がハンニバルの後ろに山になっていく。
 ハンニバルとフェイスマンは呆然としていた。前門のプロポリス、後門もプロポリス。横は壁。四面楚歌。
「ふう、これで全部か。」
 コングが最後の箱を積み上げ、額の汗をぐいっと拭うと、マードックが持ってきたクーラーボックスからプロポリスのアンプルを取り出した。パキン、チュウウウウウウウ。
「一仕事終わった後のプロポリスは、やっぱうめえな。」
 そしてもう1本、パキン、チュウウウウウウ、ズビ。
 マードックももちろんプロポリスを啜っていた。ストローを咥えたまま、辺りをキョロキョロと見回す。
「あれ? 大佐とフェイスは?」
「部屋ん中にプロポリス運び入れてんだろ?」
「じゃ、この山の向こうか。こいじゃ手伝いに行こーったって行けねーもんなあ。」
 マードックとコングはプロポリスを啜りながら、廊下をびっちりと塞いでいる段ボール箱の山(約1万本のプロポリス)を笑顔で見上げた。
 防音効果抜群の段ボール箱の隙間で身動き取れない残り2名は、「コーング!(×∞)」、「助けて〜!(×∞)」と叫び続けているのだが。
【おしまい】
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