世界の中心を探せ
鈴樹 瑞穂
 ハンニバルを中心に世界は回っている。
 それは、もうAチームの常識と言うか、世間の常識と言うか、ごく普通の状態だったのだが。
 その常識が突然音を立てて崩れる日がやって来ようとは。お釈迦様でもご存知あるめえ。



 さて、新しい常識が派手な車でAチームのねぐらに乗りつけたのは、夏真っ盛りの昼下がりのことだった。
 因みに、現在のAチームのねぐらは、フェイスマンが詐欺師的手腕を発揮して借りたゴージャスなマンション……ではなく、なぜかコングが働いている自動車整備町工場の2階、だったりする。おかげでそこはかとなく油臭い。
 それでもそれなりに、遅いブランチを済ませたAチームの面々がくつろいでいた時、いきなり扉が蹴り開けられた。
「おっはーっ。」
 入ってきたのは、1人の白人。頭も白髪。小柄ながらも、「只者ではありません」オーラを放っている。
 この脳天気な挨拶と、怪しいオヤジに、一同は見覚えがあった。嫌って言うほど。
 それもベトナム時代の。できればあんまり、いや、絶対に思い出したくない。
 あえてその記憶を呼び戻すなら、オヤジの名前はC.C.レモン。ジョン・スミス大佐率いるチームの、隣の部隊の隊長であった。性格はまあ、ハンニバルと似たり寄ったりと言ったところ。それだけならまあいいのだが、彼の悪い癖は、よその部隊にまでいちいち口を出したがるところだった。その結果、当然のように、この御仁とハンニバルは大変仲が悪い。
 一瞬のうちに臨戦態勢に入ったハンニバル、現実逃避モードに入ったフェイスマン、硬直したコング、膨らましかけていたビーチボールの空気が漏れるに任せるマードック。
「やあ、諸君、久し振りだねい。」
 意味もなく胸を張るレモン氏。手は後ろで組んだりしている。
「お前も元気そうだな。」
 負けじと胸を張るハンニバル。
 オヤジ2人はやたら大声で笑ったが、あまり楽しくはなさそうだった。明日はどっちだ。
「あの〜レモン大佐、何でここがわかったんですか?」
 恐る恐る尋ねるフェイスマン。口を挟みたくはなかったが、MPの差し金だったりしたら、逃走ルートは確保せにゃなるまい。
「この私にわからぬことなどない!」
 答えになっていないのは、いつものことだ。そして、ハンニバルに慣れているフェイスマンたちは、このタイプの取り扱いにもそこそこ慣れていた。
「そうは言ってもねぇ、大佐。予め来るってことがわかってたら、歓迎パーティの一つも準備しといたのに。」
 マードックの言葉を額面通りに受け取ったレモン氏の機嫌は上昇気味。
「で、何用だ。」
 部下たちの苦労を蹴散らすかのように、いきなり核心を突くハンニバル。
「用がなけりゃ来ちゃいかんのか。」
「いかんとも。」
 やめなさいって、大人げない。
 しかし、レモン氏は勝ち誇ったように言い放った。
「用ならある!」
「何だと?」
「私はAチームに仕事を頼みに出向いたのだ。もちろん受けてくれるだろうねい?」
 それはもう、問いかけと言うより、確認。そこはかとなく強制の匂いがする。
「むむっ。」
 ぐっとここで堪えたハンニバル。ちょっとオトナ? ま、部下たちの手前、それくらいはね。
「それは仕事の内容を聞いてからだ。」
 受けるか否かの選択権はこちらにある、と言外に漂わせるハンニバル。しかし、そんなことで怯む相手ではない。
「よし、では出かけるぞ。」
 こうしてAチームの一行は、わけもわからないままにレモン氏のナビで車をひた走らせる羽目になったのだった。



「おお、見えてきたな。」
「何ぃ、あれは空港じゃねえか。俺は飛行機だけは乗んねえぞ。」
「はっはっはっ、相変わらずバラカス君は飛行機が嫌いだねい。」
 軽〜く受け流しながらも、コングの鳩尾に一撃を入れるレモン氏。
 運転中なのに!
 青くなる一同を後目に、レモン氏は助手席から悠然とハンドルに手を伸ばす。
「ノープロブレム、OKOK。さてと、セスナをチャーターしてあるんじゃ。マードック大尉、操縦頼んだぞ。」
 あくまでにこやかに言い切られ、ふるふると肩を震わせるハンニバルを、フェイスマンとマードックが左右から必死に押さえた。



 セスナに揺られて、連れて行かれた先は、とある離れ小島。場所はフロリダの近く。確かに飛行機以外のアクセスは難しい。
「で、ここで俺たちに何をさせようというのかな?」
 青筋浮きっ放しのハンニバルが問うと、レモン氏は事もなげに言い放った。
「いや、何、どうしても妻がAチームに頼みたいと言うんでな。」
 妙に立派なログハウスから走り出してきた若い女性を指差し、フェイスマンが叫ぶ。
「妻?」
「妻!」
 どう見てもハタチそこそこのグラマラスなブロンド美女を指して、きっぱりと頷くレモン氏。一体どうやって騙くらかしたのか。
「本当に来て下さったのね、Aチーム! 嬉しいわ!」
「あなたのような方が人妻とは……。」
 本領を発揮する前に足を引っかけられて転ぶフェイスマン。世界はレモン氏のために回っているのだ!
「彼らは私の頼みなら断らないと言っただろう、ブリジット。」
 訂正。レモン氏も年下の妻には弱いらしい。
「で、どういったご用件でしょう、マダム。」
 相手の弱点を見つけるや、急に優位に立つハンニバル。
「ええ、実はお願いしたいことというのは、私の妹のことなんですの。」
「妹さんがいらっしゃるとは! 当然似てたりするんですよね?」
 復活したフェイスマンに、ブリジットはきっぱりと言った。
「私たちは双生児です。」
 ここでフェイスマンの口角、きゅきゅっと30度上がる。
「なるほど。因みに妹さん、ご結婚は……?」
「いえ、まだですの。頼みというのは、他でもありませんわ。妹に目をつけた悪い男から、彼女を守ってほしいんです。」
「そういうことなら、お任せ下さい! もう、どーんと大船に乗ったつもりで。ハハ、ハハハハッ。」
 急に乗り気になるフェイスマンを、ううぬという表情で睨むハンニバル。
 うむうむと頷いているレモン氏に「自分でやれ!」と叫んでやりたい。
 しかし、コングは失神中、フェイスマンは取り込まれ、マードックまでもが結構乗り気だ。
 再びセスナを操縦できると思ったのか、マードックは身を乗り出して訊いている。
「で、妹さんはどこに?」
「隣の島です。」
「じゃ、セスナで。」
「いいえ、ボートがありますわ。」
 ちょっとがっかりするマードック。だが、「お友達」のビーチボールのためにはその方がいいのだと、すぐに前向きに気を取り直したようだ。
 一行は、手漕ぎボート要員コングの目覚めを待って、隣の島に向かった。



 ボートの中でのブリジットの説明によると、彼女の生家はニューヨークでは名門で、父は某銀行の頭取、兄たちもバイオリニストにデザイナーに実業家とそれぞれに各界で成功を収めていた。
 その一家が別荘として所有しているのが、これから向かう島の館である。島には他に漁師たちの町があり、血気盛んな若者も多い。中でも網元の息子のオロナミン・Cは粗暴な青年で、その辺りの若者たちを集めては悪さばかりしている。
 そんなオロナミンに目をつけられたブリジットと妹だが、町で危ない目に遭ったところを、隣島から買い物に来ていたレモン氏に助けられた。
「私は主人と結婚して安全なこの島に移りましたが、体の弱い妹はまだ別荘で療養生活をしているんです。そんな妹が心配で……。お願いです、Aチームの皆さん、どうか妹が安心して暮らせるようにして下さい。お礼の方も、できる限りのことはさせて戴きますわ。」
 そんな乱暴な奴は許せねえ!
 病弱な美女を助ける!
 資産家のお礼!
 ……レモン氏の依頼?
 様々な思惑がAチームの胸中を過る。しかし、ここまで来ればどちらにしても乗りかかった船。もう後には退くに退けないと言う方が正しい。
「とりあえず、行くだけ行ってみようじゃないか。」
 何とかリーダーの威厳を取り繕うハンニバルに、レモン氏がうむうむと頷いた。



 ブリジットの妹は、感謝に瞳を潤ませながらAチームを迎えた。
 が、顔もスタイルも、あまり姉には似ていなかった。
「あの……あなたがブリジットの双生児の妹?」
 フェイスマンのわずかな期待をも裏切るかのごとく、その女性ははっきりと頷いた。
「はい、オードリーです。」
「私たち、そっくりでしょう? よく両親にも間違えられますの。」
 にっこりと微笑むブリジット。
 それはちょっと無理がないか?
 悪くはない。でも、10人並み以上ではない。
 おまけに、グラマラスなブリジットと違って、オードリーは胸も腰もとってもスリムだった。双生児でも、似ているとは限らないのだ。
 衝撃を受けるフェイスマンに、ハンニバルが急速浮上の笑みを見せた。それ見たことかと言いたげである。
 しかし、そのハンニバルを突き飛ばし、舞台中央に立ったのは、やはりレモン氏だった。
「オードリー、私がAチームを連れて来たからね。彼らは私の軍人時代の部下なんだ。こう見えてもなかなか頼りになるから、もう心配はいらないよ。」
「俺たちレモン大佐の部下だったっけ?」
「いや、俺たちゃともかく、ハンニバルは絶対に違うな。」
 こそこそと囁き交わすマードックとコングに、ハンニバルの怒りも倍増だ。
 だが、その怒りを宿敵レモン氏に向けても、事態の打開にはならないことを悟ったハンニバルは、一刻も早く愛すべきロサンゼルスへ帰るべく、前向きに立ち上がった。
「それじゃ、後は我々に任せてもらおうか。そのオロナミンとやらのいる場所を教えてくれ。」
「あ、ついでに車も貸してね。」
 フェイスマンは必死ににこやかに言い添えるのを忘れなかった。



 両脇にブリジットとオードリーを従え、ハンカチを振って送り出すレモン氏の姿が見えなくなると、ハンニバルは葉巻を取り出して火を点けた。スパスパとすごい勢いで吹かすものだから、狭い車の中に瞬時にして煙が充満する。
 ハンドルを握るコングが顔を顰め、ビーチボールを膨らましかけていたマードックはゴホゴホと咳込んだ。
「ちょっとハンニバル、落ち着いてよ。」
 取りなすように声をかけるのは、フェイスマンの役目だ。
「落ち着いているとも!」
「おう、窓を開けるぜ。」
 耐えきれなくなったコングが窓を全開にする。
「と、とにかくさ、オロナミンとの交渉が成立すればすぐに帰れるんだし、それまでの辛抱だよ。」
「……なぜこちらが辛抱しなけりゃならんのだ!」
「だってあっちはお客様だから、一応。」
 フェイスマン、ビジネスが絡むと結構シビアである。殊に今回はキッチリ報酬が貰えそうな雰囲気なのだ。
「あれじゃねえか? ちゃっちゃと済ませちまおーぜ。」
 マードックが窓の外に見えてきた大きな屋敷を指差した。



 この町一帯を取り仕切る網元だけあって、屋敷は相当広くて豪華な3階建てだった。漁師というのも、結構儲かるものらしい。
 屋敷の総領息子、オロナミン・Cの部屋は最上階にあった。彼は仲間の青年たちを集めて、宴会の真っ最中である。
「オロナミンさん、これが今日の上がりです。」
 ニキビ面の青年が恭しく差し出した皿には、サキイカとジャコが盛られている。漁師町のゴロツキの上納、それは現物(注・フロリダ地方にサキイカが本当にあるかは不明)。
「それはお前たちで分けろ。」
 割と太っ腹のオロナミン青年。
「ありがとうございますっ。」
「いつも済みません。」
 口々に言い、サキイカを押し戴く手下たち。
「何、いいってことよ。それはそうと、例の女、どうなった。」
「オードリーのことですか。」
 一瞬青年たちの間に動揺が走る。
「おう、早く連れてこいや。」
「それが……いろいろやってみてはいるんですが、どうもいけませんや。」
「どうもこうもねえよ。俺は気が短けえんだ。早えとこ連れてこい。」
 オロナミンがドスの効いた声で凄んだその時。



「わーはっはっはっはっ!」
 高らかに笑い声が響いた。そう、まるで時代劇の悪代官または黄金バットのように。
「だ、誰だ。」
「どこにいやがる。」
 きょろきょろとするオロナミンと手下たち。
「ここだ、ここだぁっ!」
 いきなり天窓が蹴破られ、縄梯子から飛び降りたのはハンニバルだった。いつの間にやら屋敷の上にはヘリコプターがホバリングしており、梯子はそのヘリから下げられている。
「ヒャーッホー。やっぱセスナよりヘリだよな、ヘリ!」
 操縦席で奇声を上げているマードック。
「ぶつけるなよ、モンキー。絶っっっ対に! こんな離れ島でそのヘリ借りるのどんなに苦労したことか……。」
 梯子にぶら下がったまま、フェイスマンが叫んでいる。
 次いで、風圧でサキイカの舞い上がる中、コングが、そしてフェイスマンが、オロナミンの部屋に飛び降りた。
「な、何だ、お前たちはっ。」
「わーはっはっはっ!」
 ハンニバル、今日はレモン氏への鬱憤をここで晴らすつもりか、相当しつこい。
 さて、いよいよ決め台詞!
 ハンニバルが大きく息を吸い込んだ時、ドアがカチャリと開いて、入ってきたC.C.レモンが叫んだ。
「Aチームだ! 痛い目に遭いたくなかったら、オードリーに手を出すのはやめてもらおう!」
 何で? 何で? そんなこと知るか! 思わず目で囁き交わすフェイスマン、マードック、コング。
 ハンニバルの肩はふるふると震えている。
「エ、Aチームだって……?」
 動揺を隠さないオロナミン・Cとその手下たち。そりゃ、百戦錬磨・天下無敵のAチームと田舎町のゴロツキじゃ、格が違う。
 こんな離れ小島のゴロツキたちにも、Aチームの名は轟いているのかと、ちょっとハンニバルの機嫌が上昇したのも一瞬のことだった。
「うわあ、もうおしまいだぁっ!」
「あの、残虐非道な!」
「冷酷無比な!」
「通った後にはペンペン草1本残らないって評判の!」
 ピキピキと音を立てて、ハンニバルの額に青筋が浮かび上がる。
「約束します、オードリーには二度と手を出しません。」
「だからお願いです、命ばかりはお助けを。」
 懇願するオロナミン・Cと手下たちが、あっさり降参したにもかかわらず、丁寧に伸されたことは言うまでもない。



「いやぁ、助かったのー。」
 扇子など使いながらのんびりとゴロツキ連中が片づけられていくのを見守っていたC.C.レモンに、パンパン、と服の埃を払いながら、ハンニバルがずずいっと詰め寄った。
「こんな奴ら、わざわざ俺たちを呼ぶほどのこともなかろう。自分で片づけろ、自分でっ。」
「そうは言ってもねい、私も今じゃ引退軍人。部下もいないことだし、ブリジットという妻もいるしで、スミス君のような荒事はとてもとても。」
「じゃあ、わざわざこんなとこまで来なくても、すっ込んでればよかっただろう。」
「そうは言ってもねい、気になるじゃないか。」
 ハンニバルの抗議をさらさらとかわすC.C.レモン、やはり只者ではない。
「もういい、失礼するっ。行くぞ、お前たち!」
 マードックの操縦するヘリで脱出しようと、さっさと梯子を掴むハンニバル。
 はらはらしながら成り行きを見守っていたコングとフェイスマンも、ヘリの操縦席から必死で様子を窺っていたマードックも、異存はない。
 ただ、フェイスマンは最後にレモン氏に恐る恐る請求するのを忘れなかった。
「あの〜報酬の方は。」
「おお、そうだ、忘れるところだった。これを持っていけ。小切手が入っている。」
「どーも。」
 レモン氏に封筒を手渡され、フェイスマンは安堵の表情を隠せない。
 そして、心置きなくヘリに乗り込んで、この離れ島を脱出したAチームだった。



 さて、何とかコングを説得して飛行機に乗せ込み、機内でやっぱり嫌だと暴れ出したのを眠らせ、ようやくロサンゼルスに帰ってきたAチーム。
 相変わらず町工場の2階は油の匂いがするが、レモン氏がいなくなっただけ平穏である。
「全く、いつ会っても尊大で、いけ好かん奴だ。」
 自分のことは棚に上げて、ハンニバルは憤慨している。
「その上、人使いも荒いよなあ(大佐以上に)。」
 とマードック。
「奥さん、もったいないくらいに若くて美人だし。」
 とフェイスマン。
「冷蔵庫が空っぽだぜ。買い出しに行かないとな。」
 キッチンから顔を出したコングの言葉に、フェイスマンが溜息をつく。
「買い出しに行こうにも、財布は空っぽだよ。」
「あれ? レモン大佐から報酬貰ったんじゃなかった?」
 マードックの質問に、フェイスマンは懐から小切手と明細を取り出し、無言で渡した。
「何これ? 時給8ドル×2時間×4人で64ドル……ホントに実働だけなの? 往復の時間と交通費はなし?」
「時給8ドルって、ハンバーガー屋のバイトじゃねぇんだぜ。」
 さすがに呆れた表情のマードックとコング。
「それどころか、交通費分赤字だよ。だから今月の生活費、残金12ドルになっちゃったってわけ。」
 フェイスマンの悩みは深い。
「うぬう、許せん、C.C.レモン!」
 ハンニバルの額にピキピキと青筋が浮かぶ。
 世界はC.C.レモンを中心に回っていた。
【おしまい】
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