アクア・ウィッチ・プロジェクト
フル川 四万
1.消えたハンニバル

「ハンニバルが消えたって?」
「消えただと!」
 昼下がりのカフェ、突然呼び出しを食らった「飛行機だけは勘弁な」と「奇人変人だから何?」の2人にフェイスマンがそう告げたのは、ロスといへども2万年振りと噂される強力紫外線飛び交う、とある金曜の暑い午後のことだった。オープンカフェの外の席(直射日光直射中)にて、白い拘束衣を着たままのマードック(しかも歩行不能バージョン)と、ビル清掃員の青い制服を着たコング、それに、夏はこれに限るとばかりに胸をはだけたド紫の麻シャツのフェイスマンの3人組は、浮き、かつ、ごっつ目立っていた。


 本日、コングはビル清掃員に身をやつして、とある企業の不正取引を調査中、マードックはおうち(=病院)にて一暴れしたかどで被拘束中、という厳しい日常を生きていた今日この頃、フェイスマンから「すぐ来て即来て30分以内に来て」という緊急呼び出しがかかり、それぞれに無理矢理都合をつけてやって来たのである。(どうやって?)


「大佐が消えたって、どういうことさ。ズビズビ……。」
 自分を抱き締める形でクロス&固定された腕の間にフローズン・マンゴー・ジュースのグラスを挟み、2本のストローで器用にシャーベット状の液体を啜りながら、マードックが問うた。
「そうだぜ、確か奴さん、新しい映画を撮影か何かじゃなかったのか?」
 額に光る汗を修善寺温泉ロゴ入りタオルで拭いつつコングも言った。
「……そう、撮影中のはずだったんだけどね。」
 心配そうにそう言うフェイスマンは、下がり眉がいつも以上に下がり、足は貧乏揺すりまでしちゃってる。心配なのね、ハンニバルのこと。
「またあのくっだらねえアクアドラゴン・シリーズか?」
「そのシリーズ20本記念作品だってさ。アクアドラゴンといえども20本と言ったら大した本数だからね。記念的超大作にする、ってハンニバル張り切ってたんだ……。」
「ズビズビズビズビ……あ、頭に来た。くー!」
 頭を後ろに反らせて「キ〜ン」に耐えるマードック。氷にやられても額に手をやることすらできない態勢で、フローズン・ドリンク、ズビ×4って、すげぇ勇気ある行動だぜ。
「で、ハンニバルが消えたってのは何事なんでえ。」
「1週間前に、ロケに行く、って言ったきり、音沙汰なし……映画会社に連絡しても誰も出ないし。」
「てことは、ロケに行ってんじゃねえのか? 1週間くらいかかるじゃねえか、超大作のロケならよ。」
 コングが超大作にアクセントを置いて忌々しげに言った。
「撮影ならさ、連絡くらいくれてもいいじゃない? 昨日から20万ドルの依頼が入ってたんだよ? こっちは、それキャンセルして大損害。更に、来週月曜までには50万ドルの依頼を片づけなきゃならなくって大忙しなのにさ。それに……これ見てよ。」
「何?」
「何だ?」
 フェイスマンが取り出したるは、ロスが誇らないゴシップ大好きタブロイド紙、スクープ・トリビューン。さすがフェイスマン、お飯のタネを探すための情報収集は怠らない。三面記事の末尾の辺りに、蛍光ペンで囲んだ小さな部分がある。
「何々……映画の撮影隊、消息を絶つ……?」
 以下、新聞記事。
 映画製作会社の撮影隊が、15日、ハバス湖に向けてロケに出発したまま消息を絶った。一行が最後に目撃されたのは、湖の東側のハバスレイクシティのドライブイン。撮影隊の隊長である映画監督のヴェスタ・パーカー(37)と最後に言葉を交わしたドライブインの店員によれば、一行は、これから湖のほとりの森林で撮影を行うと言っていた。(中略)当該の森林は、かねてから地元では魔物の住む森林として恐れられており、地元住民はほとんど近づくことがない場所だと言う。当局では遭難の他、何らかの事件に巻き込まれた可能性もあるとし、事故と事件両方の面から捜査を進めている。



2.白バイ野郎

 鬱蒼と繁る森の中を2台の白バイが疾走する。真夏の太陽は、木々の暗い陰影に隠れ、バイクの上にまだら模様の光を走らせるのみである。前を走る1台は、トリコロールのスカーフを風に靡かせて優雅に、後の1台は明らかに改造とわかる長いマフラーから爆音を轟かせ豪気に。2台はエンジンでそれぞれのリズムを刻みながら、前後にぴたりと並んで走っていた。
「バ〜ンチ、聞こえてる?」
 前のバイクが無線器に向かって叫んだ。
「ああ、聞こえてるぜ、ジャン。」
「300メートル先の、不審車みたいだ。」
「オーケーベイベェ。お仕事の時間だぜ!」
 2台のバイクは、道の端にタイヤを落として斜めに停まっている白いバンに向けて車線を変えていった。
「誰かいますか?」
 バイクから降り立った警官、ジャンが慎重に車に近づきながら言った。
「いるんなら両手を頭の後ろに回して出てきな!」
 もう1人の警官、バンチが44マグナムを構えてにじり寄っていく。
 返答はない。ジャンが開いた車のドアに半身を突っ込んだ。……車内は不在だった。荒らされた形跡はないが、キーが差さったままでバッテリーが上がっていることを考えると、この車の持ち主は、相当慌ててどこかへ行ってしまったようだ。
「これは変だね。何かあったみたい。……あ、これ何だろう?」
 ジャンが、運転席の上に放り出されている黒い物体を手にした。
「何だそりゃあ?」
「VTRみたい。」
 それは、1本のビデオテープ(VHS)だった。そして、ビデオのラベルにはこう記されていた。
『危険・絶対に見ないで下さい。絶対だよ? 約束だかんね。』



3.魔物の森

 翌日の早朝。コング、マードック、フェイスマンの3人は、Aチーム専用紺色のバンで山間のハイウェイを飛ばしていた。運転席にコング、助手席にマードック。そして後部座席で今日の新聞を読んでいるのがフェイスマンだ。山並みを抜けて開けた視界に、湖が近づいてくる。
「もうすぐハバス湖だぜ。」
 コングが言った。
「で、その森ってのはどっちなのよ。」
 脱ぎゃあいいものを、昨日の拘束衣を着たままのマードックは、クロスした腕の間にでかい十字架を差し込んで、頭にはベレー帽。囚人なのか牧師なのか、というギリギリのラインのお洒落だ。
「ちょっと待ってよ。ん〜そんなに慌てないで。今日のスクープ・トリビューンに続報が出てるから、まずはそいつを確認しようよ。……何々、ハバスレイク警察のパトロール警官が、森林沿いの国道脇に放置されていた撮影隊のバンを発見。事件に関係があると思われるビデオテープ1本を押収した。」
「ビデオテープ?」
「事件に関係があると思われる、てぇのが引っかかるな。映画の撮影フィルムじゃねえのか?」
「アクアドラゴン、カッコよく写ってるかなあ?」
「それはこの際どうでもいいだろ。」
「どうでもよかないんじゃない? 仮にもアクアドラゴンは最強の怪獣だぜ?」
「何すっとぼけたこと言ってやがんだ。このすっとこどっこい。」
「何をぉ。」
 言い争いを始める2人。ハンニバルがいないと、このチームはまとまりがないことこの上ない。フェイスマンは溜息をついた。
 ああハンニバル、どこ行っちゃったんだよ……。
 もしかしたら、ここはフェイスマンがまとめにかかるべき状況なのかもしれないが、彼氏にそんなことを期待してもそれは無理というもの。でも、ちょっと頑張ってみようか? フェイスよ。
「あ〜! もう、ちょっと待ってよ! まだ関連記事で地元住民の談話が載ってるのがあるから、それ聞いてよ! 聞いてったら! 聞け〜!」
 幼児のように手足をばたつかせながら主張するフェイスに、渋々従うコングとマードック。
「……読むよ。何々……『またもや神隠し! 魔物の仕業だ、と地元住民。』」
「神隠しだと?」
「『地元の雑貨店店主の談;あの森は昔から、一度入ったら出てこられない魔物の住む森だと言われていた。昨年からは、怪物の姿を見たという報告も増えており、地元の住民は近づかないようにしていたのに、興味本位で若者や旅行者が勝手に森に入って被害に遭うのは自業自得だ。』」
「魔物と、怪獣?」
 コングが不機嫌に言った。彼氏、こういうオカルト染みた話題は大嫌い。
「そうみたいだね。」
「じゃあ今度の映画って、アクアドラゴンvs.地元怪獣、てこと?」
 と、マードックは興味津々。
「そういう問題じゃないだろモンキー。……でもまあ、うん、そういう路線から行ってみるのが順当かもしれないね。……待っててハンニバル、すぐに助けに行くからね。」
 フェイスマンが呟いた。
 車は、ハバスレイクシティに入っていった。



4.ハバスレイク警察

 ハバスレイク警察署前に1台のフェアレディZが急停車した。
 勢いよくドアが開き、降り立ったのは3人の男。@ダークスーツに、グラデーションになってるナスビ型サングラス、そして葉巻。A牧師。Bそして迷彩のつなぎにゴールドのアクセサリーが大量に……って、1人そのまんまだな。
 一行は、ダークスーツを一番前に配した三角形のフォーメーションで、颯爽と警察署のドアを開けた。フェイスマンが、俺ってカッコいいでしょ? とばかりに、クルクルッと回ってピタッと止まった。
「エーフビイア〜イ(FBI)のペック捜査官だ。撮影隊失踪事件の責任者を呼んでもらおうか。」
 応対に出た婦警に、フェイスマンが大層偉そうな口調で言った。
「失踪事件? 何のこと?」
 婦警は、怪訝そうな顔でそう言った。
「映画の撮影隊の失踪事件だよ。新聞に出てただろ?」
「そんな事件は聞いていませんが……失礼ですが、バッヂを拝見できますか?」
 何か怪しいものを感じたのであろう、婦警は笑顔でそう切り返した。フェイスマンは、内ポケットから、さっと手帳を取り出し、一瞬開いて、ちょうど目に止まらない程度のスピードで婦警の目の前を通過させ、また内ポケットに戻した。そしておもむろにサングラスを外すと、にっかと笑顔を作り、ウィンクと共にこう言った。
「ごめんね、忙しいところ。僕も地元の警察の邪魔をするつもりはないんだけどさあ、しょうがないんだよね、仕事だし。……で、君、名前、何ての? 部署は? 電話番号は? 彼氏はいる? 今日何時に上がれるの?」
 さりげなく婦警の手を取り、真っ直ぐに目を見つめながら、ソフトな語り口で畳みかける。必殺必中の、フェイスの勝ちパターンである。
「え? 私? ええと、名前はシャスリーン。今日の上がり時間は5時よ。」
 婦警は、フェイスの笑顔に引きずられるように、そう答えた。
「じゃあシャス……シャスって呼んでもいいかな? 今夜、ディナーでもどう? 俺、急いで仕事終わらせちゃうからさ。」
「ええ、ええ、いいわ、いいわOKよ。」
 シャスリーンは、顔を赤らめて俯きながらそう言った。
「ラッキー! じゃあ、急いで仕事片づけちゃいたいから、えと、誰だっけ、捜査を担当してる……。」
「ノーマン? 捜査課の課長なら、万年警部補のノーマンよ。」
「そーう、ノーマンノーマン。ノーマン呼んでくれる?」
「待ってて、すぐ呼んでくるわ、ダーリン。」
「サンキュー、ハニー。」
 婦警が、飛ぶように走っていった。
「万年警部補?」
 マードックが言った。
「て、ナニ? 無能ってこと?」
「そうじゃねえか? 婦警にまでそう呼ばれてるんだからよ。」


「やあやあやあ、ノーマン警部補。」
「補」にアクセントを置きつつ、やって来たノーマン警部補に、フェイスマンが歩み寄る。ノーマン警部補は、一見したところ、50絡みの叩き上げ。でっぷりとしたお腹をベルトの上に乗っけた赤ら顔の親父だった。
「あんたらがロスから来たFBIの?」
 胡散臭そうに3人を見やるノーマン。
「ええ、はじめまして。僕はFBIのペック警部。こっちにいるのが正カトリック教会のフランシス牧師と、コロラド大学動物学部怪獣研究科のバラカス教授……。」
「こぉの町は呪われておーる!」
 突然マードックが叫んだ。大きな十字架を天に掲げつつの大芝居である。
「あああ、特にこの先の森からは、魔物の匂いがプンプンしますよ〜。早く手を打たないと……ぅもう大変なことになーる。すぐになーる!」
 マードックは、そう言いながらクンクンと辺りの匂いを嗅ぎまくる。
「うるせえ、黙りやがれこのコンコンチキ。この事件のメインはなあ、俺が追ってる未確認生物だって言ってんだろーが!」
 コングが拳を振り上げた。彼氏、最近プロポリス飲んでるせいで筋肉のキレがすこぶるいい。
「まあまあまあまあ、落ち着いてよ2人共……済みませんね、教授も神父も仕事熱心なもんで。」
 フェイスマンが、眉を下げて作り笑った。
「……FBIと、神父さんと、大学教授が……ハバスレイク警察に何のご用かな。」
 ノーマンが冷静に言った。確かに、真剣に開いてるのもバカらしい感じがする3人組ではある。
「実は、近くの森林で起きてるっていう映画撮影隊の行方不明事件が、僕らの追っている事件と繋がりがあるのではないかと思いましてね……君も知ってるよね? 去年からコロラドとアラスカで、ポルターガイストと得体の知れない怪物の仕業と思われる殺人事件および強盗事件が多発してるってこと。」
「……知りませんなあ。それに、行方不明事件なんて、報告は受けていませんが。……そう言えば、昨日、うちのパトロール警官が、変なビデオを見つけたと言っていたが、あれのことかな。」
「あっそう、君も大概勉強不足だね。これ、去年の正月の警察白書に載ってるよ?」
 フェイスマンが意地悪げに言った。
「そ、そうでしたか?」
 ノーマンは一瞬怯んだ。
「第4章の223ページ。ここだけの話だけどね。」
 フェイスマンは、ノーマンの肩を抱き、小声で囁いた。
「これ、今年の昇進試験出るから。」
 警部補の頬が、ぴくり、と動いた。


 その頃、パトロール課では、白バイ警官ジャン&バンチが、朝のパトロールから戻り、遅い朝食を摂っていた。
 ジャンはクロワッサンとカフェオレ。バンチはダブルワッパーとコーク。
 ジャンは金髪碧眼のフランス系で、心優しきハンサム・ボーイ。バイオレンスもホラーも大の苦手の優男。大柄なバンチは元テキサス州のアームレスリング・チャンピオン。モットーは、「力押しこそ捜査の基本」。
 コンビ警官の例に漏れず、見事に性格の違う2人であった。
「そう言えばさあ。」
 ジャンがクロワッサンを頬張りながら言った。
「さっきのビデオに映ってたアレ、本物かなあ?」
 ジャンが聞いた。
「ああ、本物だったら、すごいニュースだぜ。」
「マスコミに出すべきかな?」
「例のスクープ・トリビューンにか? 信用できるか?」
「だって、今回の失踪事件だって、うちがマスコミに発表する前に紙面に載っていたし、あの新聞、相当な情報源を持っているんじゃないかなあ。」
「捜査を始める前に『当局が捜査中』って書かれたんだぜ? 俺ぁハバスレイク警察の他に『当局』があるのかと思っちまったぜ。それに、覚えてるだろ? 昨日ビデオを押収した後にかかってきた電話。」
「ああ、新聞社からのね。何て言ってたの?」
「スクープ・トリビューンですが、今日、森で何か見つけませんでしたか? だとよ。」
「何で知ってるのかな、僕たちの行動……。」


 その時。
「ジャン、バンチ、例のビデオテープはどこだ!」
 捜査課にノーマン警部補が駆け込んできた。
「例のテープだ!」
「ここにありますよ?」
 ジャンがクロワッサンを持っていない方の手でビデオテープを持ち上げた。
「それだ、それを、こちらのFBIの皆様にお見せしろ。そして、見終わったら直ちに現場にご案内するんだ。いいか、くれぐれも失礼のないようにな!」
「FBI?」
 バンチが怪訝そうにコングを見やった。確かに、コングはFBIには見えない。コングも、すかさず睨み返す。2人の男の間に火花が散った。
「あ、ええと。」
 慌ててフェイスマンが割って入る。
「FBIは僕。この人は、コロラド大学の教授。」
「教授だと? にしちゃ腕っ節が強そうじゃねえか。」
 そしてFBIに見えない以上に、大学教授には見えねえなあ。
「おう、勝負するか?」
「あー、えー、まあまあ落ち着きなよ2人共。」
 マードックが間に割って入った。
「そうやってすぐ仲違いするのも、この土地に充満してるネガティブ・バイブレーションのせいなのだ。この土地には魔物が住んでおーる。そしてその魔物が、あらゆるネガティブな波動に呼応して、人々を暴力に走らせるのだ。」
「……え、神父様、魔物って……ホントに魔物の仕業なんでしょうか?」
 ジャンが不安げに問う。彼は信心深いフランス系。
「もっちろん!」
「そ、そうだね、FBIとしては、まだ、その可能性もある、って程度だけどね。さ、早くその、ビデオテープを見せてくれないかな? ノーマン、ありがとう、もういいよ。後はこっちで適当にやるから。」
 ノーマン警部補は、一礼して部屋を出ていった。
「やっぱりこの事件、FBIが関わっていたんですね。そうじゃないかと思ったんだ。じゃ、ビデオ、セットしますね。」
「ああ、結構来てるぜ、このビデオ。」
 バンチが言い、ジャンが素早く部屋の隅にあるビデオデッキつきテレビにカセットを突っ込んだ。
「多分、写っちゃいけないものが、写っちゃってると思うんです。」
 ジャンの不吉な言葉に、一同は固唾を飲んで画面に注目する。
 テープが始まった。それは、暗い森の風景だった。



5.ビデオテープ

 画質は悪く、全編通してガラスを引っ掻くような甲高いノイズが入っている。ハンディカメラで撮ったらしく、画面が揺れている。……そして……。
「ハァ、ハァ……た……すけて……助けて……。」
 男の声。どうやら、撮影者らしい。カメラがパンした。男の顔の上半分が映っている。彼は泣いていた。瞳孔が開いている。
「もう……駄目かもしれない……ヒック、お父さんお母さんごめんなさい……でも、もう奴から逃れることはできない……。」
「ギョエー!」
 奇声が聞こえた。いや、これは人間の声か? それとも獣の……。
「まずい、奴が来る……。」
 カメラが乱暴にパンし、また暗い森の景色に変わった。走っているのだろう。前後左右に激しく揺れながら道なき道を進んでいく。激しい息使いと草を分けて進む足音だけが緊迫感を持って画面に充満している。
「ギョエー!」
 また奇声だ。
「この声……どこかで聞いたことねえか?」
 コングが、そっとマードックに耳打ちした。
「ああ、おいらもちょっとそんな気がする……。」
 マードックが、画面を注視したまま呟いた。何だか嫌な予感がする。そしてその時……。
 ザザッ!
 画面の右奥の方を、何かが通り過ぎた。素早い、と言うほど素早くもないが、全体像を把握するにはちょっと速すぎるくらいのスピードだ。
「ちょっと待って。」
 フェイスマンが言った。
「今のところ、もう一度スローで再生してみてくれないかな。」
 ジャンが頷いてリモコンを操作した。キュルキュルキュル……再生。画面の右端から、何かがフェイドインしてくる。大きさは2メートルを超えている。画面が粗くてわかりづらいが、明らかに二足歩行で、そして……まるでトカゲのような背ビレが並んでいるのが、辛うじて見て取れる。
「ギャー!」
 撮影者の男が叫んだ。カメラが放り出される。画面がバウンドし、映像はそこで途切れた。
「すごいだろう。怪物だぜ。こんな怪物が本当に森に棲息してたなんて、大発見だよな。これ、マスコミに流したら大変な騒ぎになるぜ?」
 バンチが興奮した口調で言った。
「ああ……そうだね……でも……やめといた方がいいんじゃないかな……。」
 上の空でそう答えながら、フェイスマンは目眩を覚えた。これは、このシルエットは……。フェイスマンはショックを隠しきれなかった。
 このシルエットは……アクアドラゴンだ……どっから見ても、どう見ても。
 アクアドラゴンだぜ。
 アクアドラゴンだぁ。
 コングとマードックも、思いを同じくしていた。アクアドラゴンがそこにいるってことは、それは、どう見ても。やはり。
 ハンニバル〜、こーれ、どうしろっていうのよ?
 フェイスマンが溜息をついた。
 こりゃどっからどう見てもヤラセじゃないかぁ……。



6.仕方ないから森へ

 3人の憂鬱な思いを乗せて、フェアレディZは森へと走っていた。先導は白バイ野郎ジャン&バンチ。ジャンの赤いマフラーと、バンチの白いジャンプ・スーツ、そしてブルーのフェアレディZが、偶然にもトリコロールカラーをなしていた。(いや、意味のない記述なんだけどさ。)
「どーすんのさ。」
 マードックが言った。
「これ、明らかにヤラセだろ?」
「いや、まだわからないぞ、モンキー。あの撮影者の男に怪物が襲いかかった時に、偶然アクアドラゴンが通りかかったのかもしれないじゃないか。」
 言いながら、フェイスマンの目は宙を泳いでいた。
 偶然なんてあるもんか。これは、ハンニバルが君たちに何かの役割を押しつけようとしてるに決まってるじゃん。
「偶然通りかかんねえだろ、アクアドラゴンはよ。」
 その通りだコング。
「じゃあこうしよう。アクアドラゴンは通りかからない。だけど、寒さ対策にアクアドラゴンを着込んでたハンニバルが偶然通りかかった可能性は、ある……。」
 今は夏。フェイスマン、考えて発言してません。さっきから、目は宙に泳ぎっ放し。何とかして、ハンニバルの意図するところを汲み取ろうと脳味噌奮闘中である。
「とにかく、あの森にハンニバルがいるかもしれないことだけは確かなんだから、俺たちは行くしかないじゃない。」
 かもしれないことが確か、って、確率どれくらいだ?
 そうこう言っているうちに、先導のテールランプが点滅し、ジャンとバンチがバイクを停めた。コングも、その後ろに車を停める。降り立った森林道は、昼なお暗く、ビデオに出てきた森の風景そのままである。
「こっちだぜ、これが撮影隊の残したと思われる車だ。」
 バンチが手招きし、3人は車に近づいた。
「車、移動しなくていいの?」
「バッテリー上がってたもんでな。うちの署にはレッカー車ねえし。それに、どうせこの道は地元住民もそうそう入ってこないからな。」
「じゃあ、中を見て下さい。何もない思うけど。」
 ジャンの言葉に、3人は車のドアを開けた。
「え、何だこりゃ?」
 最初に車に顔を突っ込んだコングが言った。4人が一斉に覗き込む。
「……ビデオだ。」
「……だな。」
 運転席のシートの上には、1本のビデオテープが置かれていた。
「何々……『見るな! 見ると1週間以内に死ぬ(かも)!』だと? ハンニバルの野郎、ふざけやがって!」
 コングが唸った。



7.ビデオテープ2

 やはり画面は暗く、ガサついていた。先程のビデオより大分画質が悪い。しかもモノクロである。
 ただ、ちょっと違うところがあった。こっちのビデオは、かっちりと三脚を立てて撮ったようで、画面に揺れがない。そして、画面中央には、古ぼけた井戸が1つ。石を積んで作ったと思われるそれは、縁の部分が大きく欠けていた。
 一同は、じっと井戸を見つめた。何も起こらない。
「何だ? こりゃ。」
 コングが言った。
「あの森に、井戸なんてあるのかい?」
 フェイスマンが問うた。
「いや、知らないな。俺は生まれた時からここに住んでて、あの森にも相当入ったが、井戸なんてなかったぜ。」
 バンチが答えた。
 画面が、暗くなった。
「終わりかな?」
 ジャンがビデオを止めようと手を伸ばした。
「いや、時々何か映るぞ。」
 フェイスマンがそれを制した。黒い画面の真ん中に、何か記号のようなものが一瞬浮かんでは消える。アルファベットではないが、これは……。
「チャイニーズ・カンジじゃない?」
 マードックが言った。
「ほら、最近Tシャツとかキャップについてる、1文字でいろんな意味を表すっていう……。」
「そう言えばそんな感じだな。で、これ、何て字?」
 フェイスマンが、目を凝らした。
「わからないな。『竜』……って、何?」
 竜……それは、ドラゴン……。
 画面が切り替わった。一同、注目する。かなり粗い画質でわかりづらいが、またさっきの井戸のようだ。井戸の縁に、何か生き物の手が見える。まるで、井戸の中から這い上がろうとしているかのように。手は2本に増え、そして遂に、井戸の中から、「怪物」がゆっくりと姿を現した。
 それは奇怪な姿をした生き物だった。全身は鱗で覆われ、背中にはヒレ。ここまでは1本目のビデオに映っていた生物とほぼ一緒だ。しかし……今回の「奴」には、何と頭髪が生えていたのだ。長い黒髪……まるで日本画の幽霊のような長髪が、顔があると思しき場所の90%以上を覆っている。全身で言ったら50%くらいは、その長い黒髪に隠れていた。
「雌なのか?」
 コングが言った。そういう問題か?
 画面では、井戸を完全に上りきった怪物が、ゆっくりと画面手前に向かって歩いてくる。しかし、その姿が何だかぎごちない。足を引き擦るような、早回しのような……。
「これ、逆回しじゃん?」
 マードックが言った。
「逆回し?」
 バンチが聞き咎めた。
「あー、いやそのー、何か逆さっぽいなーと思ってさ。」
 何のフォローにもなってないぞ、マードック。
 そう言っているうちに、画面の中の怪物は、ぎごちない歩行で歩み寄ってくる。画面が暗いのでわかり難いが、髪の毛の間から何かが突き出しているのがわかった。ちょうど、怪物の喉の辺りの髪の毛の隙間から、1本の棒のようなものが……そしてその棒の先には煙のようなものが吸い込まれていく……。
「ハンニバル……こういう時くらい葉巻はやめようよ……。」
 フェイスマンが思わず呟いた。
「本当に逆回転だな。」
 バンチがぽつりと呟いた。
「バンチ?」
 と、心配そうにジャン。
「これ、ヤラセだろ、警部さん。」
 バンチがフェイスマンに向き直った。
「それに、あんたたち、何か知ってるんじゃないか? さっきから、何だか挙動が不審だぜ?」
「え? ……えーと、あの……。」
 しどろもどろになるフェイスマン。落ち着けよフェイス。
 その間にも、怪物は、不自然な場所から煙を噴出しながら歩いてくるというのに。
「あれ、見て。また何か文字が映ってるよ。」
 先程の「竜」が出た時と同じ画面に、アルファベットが散っている。
「何だ? こりゃ……。」
 大文字がいくつか。小文字も沢山。数字も見える。そして画面がまた切り替わった。先程の井戸の映像。怪物はいない。……消えた? ……と思ったら、画面下から唐突に怪物のどアップがフェイドインしてきたからびっくり。
「ぎゃー!」
 ジャンは、そう叫ぶと、失神した。
「ジャン!」
 バンチが駆け寄る。
「おいジャン、しっかりしろ! まずい、ショック症状起こしてる……ちょっと医務室行ってくるぜ!」
 バンチが、男らしくジャンを担ぎ上げると、駆け足で部屋を出ていった。
 画面には、怪物が、眼球が引っ繰り返った片目だけを髪の毛の隙間から覗かせつつ、アップで佇んでいた。
「コング、モンキー、今のうちにおいとましよう!」
 フェイスマンが言った。
「そうだな、バンチの野郎、このビデオがヤラセだって気づいてやがる。」
「ヤバいとこからはとっととオサラバね。」
「その通り。モンキー、ビデオを抜き取れ。」
「オッケー!」


 すんでのところでハバスレイク警察から逃げ出した3人は、町外れに停めてあったAチームの紺色のバンに戻ってきた。早速、小型のハンディビデオで、さっきのビデオを再生する。
「問題は、この最後に映ってる文字だよね。」
 キュルキュルと巻き戻しながらマードックが言った。
「画面に出てくる文字を全部書き出してみよう。」
 フェイスマンが、紙と鉛筆を取り出した。
「ええと……大文字が、T、A、S、L。」
 マードックが読み上げ、フェイスマンが書き留める。
「小文字が、eが3つ、tが3コ、hが1コ。数字が、ゴシック体の28。明朝体の302と1917。」
「ふむ。」
 3人は、しばし紙の上の文字を注視した。
 3分後、コングは車を発進させた。
「ハンニバルの野郎、七面倒臭えことしやがって!」
 3人の苛立つ思いを乗せて、車は一路ロサンゼルスを目指した。



8.プレミアム?

 その建物は、古びた映画館が立ち並ぶ28ストリートの、さらに相当奥まった場所(1917番地)にあった。廃屋までは行かないが、築50年は経っているであろうその建物は、SFマニアショップや、オタク向け声優グッズの店、日本のマンガ・アニメの古本屋や、中古ビデオ屋、といった、濃い内容の店舗がこぞって入居している、いわゆるマニア・ビルである。
 フェイスマンは、溜息をつきながらビルを見上げた。
「ハンニバル、本当にこんなところにいるのかなあ……。」
「ああ、いるんじゃない?」
 マードックが、ビルの壁の一点を見つめながら言った。
「くそ! 絶対いやがるぜ!」
 コングが吐き捨てるように言った。
「何で?」
 フェイスマンの問いに、黙って壁面を指差すマードック。そこには、1枚のポスターが貼られていた。
 最恐怪獣アクアドラゴン・シリーズ最新作! 『アクア・ウィッチ・プロジェクト』プレミアム試写会 当ビル3階にて開催!
「そーゆーことだったんだ。」
 フェイスマンは、深呼吸を1つした。そして、次の瞬間、彼は、ゴミの散らかる階段を目にも止まらぬスピードで駆け上がっていった。
 マードックとコングは、やれやれ、と顔を見合わすと、フェイスマンの後を追って建物の中へと進んでいった。


 フェイスマンは息を切らしながらも3階に到着した。この階には、オタク本屋とイベント・スペースがあるらしく、いわゆるオタク系小太り青年たちが数人たむろしていた。
 通路をしばらく行くと、突き当たりに、貼り紙の貼られたドアがあった。そこには、こう書かれていた。
 SFショップ・スターレジェンド主催/『アクア・ウィッチ・プロジェクト』プレミアム試写会会場
 ここにハンニバルはいるはずだ……。
 フェイスマンは、黙って扉に手をかけた。カギはかかっていない。ハンニバルの顔を思い出したら、急に怒りが込み上げてきた。
「ハンニバル、今度という今度は許さないからね。仕事を2つもすっぽかして、おまけにこんな茶番まで……。」
フェイスマンは、怒りと共に、勢いよくドアを開けた。


「ギャー!」
 耳をつんざく男の悲鳴。
 マードックとコングは、階段の途中で顔を見合わせた。
「おい、今の声は。」
「フェイスだ!」
 2人は階段を駆け登った。3階に到着し、貼り紙のあるドアを発見、勢いよくそこに飛び込ん……。
「ギャー!」
「うわっ! 何だこりゃ!」
 部屋に飛び込んだ2人の視界に入ったのは、天井から逆さに吊るされたアクアドラゴンの抜け殻(頭髪つき)と、床に失神して伸びているフェイスマン。そして……葉巻片手ににっかと笑う、我らがハンニバル・スミス大佐の姿だった。


「ひどいよ、ハンニバルゥ……。」
 フェイスマンが、頭にタオルを乗っけたまま身を起こした。
「いや済まん済まん。ハリボテごときに、お前があんなに反応するとは思わなかったよ。……いやはや、だらしないね、フェイス。」
 ハンニバルは、1人用ソファにどっかりと座っていた。向かいの長ソファには、フェイスマンが半身を起こしてぼーっと座っている。まだ目が覚めていないようだ。
「終わったぜ。」
 その時、コングとマードックが部屋に入ってきた。
「ご苦労ご苦労。試写会は盛況だったかい?」
 ハンニバルが問うた。
 彼らは、たった今『アクア・ウィッチ・プロジェクト』の試写を見終わって会場を出てきたところだった。ここは、同じビルの最上階にある物置部屋。
「ああ、なかなか盛況だったぜ。オタク野郎どもは大騒ぎさ。」
 コングが言った。
「いやぁ、なかなかクールな出来だったよ。特に、ほらアクアドラゴンの亡霊が、復讐のためにビデオ画面から這い出してくるところと、森の中で迷った主人公が、アクアドラゴンに襲われて、上映開始2分であっさり息絶えて主人公不在になっちゃう辺りが、既存の映画の手法を越えてて、実に斬新だった。」
 マードックは、気に入ったらしい。
「そうだろうそうだろう。」
 ハンニバルは、満足げに笑った。
「あの辺は全面的にあたしの意見が取り入れられてね。監督のパーカーは、主人公が死ぬのが早すぎる、って言ってたんだが、もう人間の主人公が怪獣を倒す時代じゃないだろう。そうは思わんかお前たち。」
 ハンニバルが得意げに言った。
「……あの……ハンニバル?」
 フェイスマンがおずおずと口を開いた。
「それで、この1週間、どうしてたの?」
「どうしてたって、プロモーションだよ、プロモーション。今回は20本記念だし、ドキュメンタリータッチのプロモーションはどうかと思ってね。お前たちもちょうど忙しそうにしてたから、たまには怖い思いでもして涼しくなってもらおうという親心のつもりだったんだが、お気に召しませんでしたかね?」
「怖い……思い?」
「そう。怖かっただろ、あのビデオ、リアルで。」
 リアル? リアルって何?
「……て言うか、どうして俺たち、ハバスレイクくんだりまで行ったのかな? どぉして50万ドルの仕事放っぽり出して、あのくっだらないC級映画のプロモーションにつき合わされたわけ?」
 下らないC級映画、の辺りに力を込めてフェイスマンが言った。
「まあまあ、エキサイトしなさんな。ハバスレイクはパーカーの地元でね。昔から魔物が出るってんで有名な森があるって言うから、ちょっと利用させてもらおうと思ってな。スクープ・トリビューンと組んで、今回試験的にああいう方式を取ってみた。50万ドルの仕事なんてちっちゃいこと言ってますけどね、お前さん、映画が当たれば、50万ドルどころか、1000万ドルの配給収入だって夢じゃありませんよ。それに、ほら、プロモーションも順調だし。」
 ハンニバルが取り出したるは、本日のスクープ・トリビューン。そこには、失踪事件の続報が……。
 以下、新聞記事。
 失踪事件はXファイルか? ハバス湖東の森林で起きた失踪事件が新たな展開を見せた。ハバスレイク署は、撮影隊のものと思われる車から、新たなビデオテープを押収。しかし、そのビデオテープは、FBIを名乗る謎の集団と共に忽然と姿を消した。当局では、これはFBIの超科学特捜チーム、Xファイルの取り扱い事件と見て、FBIに確認を取っているが、今のところFBIからの返答はないと言う。以下、担当の警察官、ジャン・ピエールの談。「ええ、確かに映っていたんです。あれは確かに、僕らの想像を遥かに超えた怪物でした……。」


 翌週。公開された『アクア・ウィッチ・プロジェクト』は、前19作を薄っすら上回る観客動員を見せたが、公開2週目であえなく敗退。Aチームは、制作費の赤字を埋めるため、今まで以上に仕事に精を出したのであった。
【おしまい】
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