ヘビの郷を守れ!
伊達 梶乃


 一昨日、彼は水泳選手だった。昨日、彼はダイバーだった。ダイバダッタだったのは先週。
 そして今日、彼は扉に張りついて叫んでいた。
「卵おおおー! 卵をくれー! たーまーごー!」
 今日の彼はヘビである。油性マジックで緑に塗ったダイビングスーツ、足ヒレはなし、ダイビング用ではなく競泳用の水中眼鏡と、競泳用水泳帽(もちろん緑)、そして、緑色のコンバース。割とヘビに見える。
 別に、かの(一部で)有名なちょっと古いC級怪奇映画を見たからというわけではない。ただ何となく、今日はヘビって感じ。
「卵くれってばよ、卵、たーまーごー!」
 しかし、米国陸軍退役軍人病院精神科は、そんな彼に構っていられるほど暇ではなかった。なぜなら、今朝は、@着替えようとして首が絞まってしまった患者、A外を眺めようとして鉄格子に顔が挟まり抜けなくなった患者、B耳の中を掻こうとして小指が抜けなくなった患者、C歯を磨いていて窒息しそうになった患者、D顔を洗っていて溺れた患者、等々、日常に起こり得る数々の失態を、偶然にも皆さんで繰り広げてしまっているからなのである。そんな中、マードックの奇行も叫びも、医者や看護婦にとっては非常に些細で、どーってことなかった。
 そして、昼下がり。
「卵……卵じゃなくてもいいから……何か食うもんちょーだいよー。」
 午前6時から延々6時間、卵を欲し続けていた彼も、今や腹ペコで、何でもいいから口にしたかった。廊下を行き来する医師たちは、依然として忙しそうで、マードックには見向きもしない。
「食うもんじゃなくてもいいからさ……水だけでも……。」
 扉の鉄格子つき小窓から手を伸ばすマードック。その掌の上に、何かがちょこんと乗った。
「水じゃないけど、それでいい?」
 鉄格子の向こうに、フェイスマンの顔が見えた。無論、白衣姿の。
「フェイス! 助けて〜、俺、死にそ〜。」
 握った手を格子から抜き、マードックはその手を開いて、中の物を見た。それはカリカリ小梅であった。



「グッド・タイミングだね。」
 と言ったのは、フェイスマン。慌てふためきまくっている病院から彼らは難なく抜け出し、現在Aチームのアジトに向かっている最中。
「何が?」
 途中で買ってもらった卵1パックに、心弾んでいるマードック。
「その格好さ。ヘビだろ?」
「そう、今日のオイラはグリーン・マウンテン・ラット・スネーク。……グリーン・ジャングル・ストレンジ・ボアの方がいい?」
「どっちでもいいよ。今回の依頼人、ランニングスネークって名前だって。ヘビ同士、話が合うんじゃない?」
「それだったら、卵2パック買っときゃよかったなあ。」
 マードックの呟きを、フェイスマンは無視した。



 コングによって身元調査も完了し、今や依頼人ランニングスネーク氏はAチームのアジトにいた。
 今回のアジトは、畜肉解体工場の事務所。工場では屈強な男たちが血みどろの肉片を巨大冷凍庫に運んでいる。
「血生臭え。」
 言っても仕方のないことを、ここに居ついてから3分に1回言っているコング。
 因みにここの工場、現在の工場長はフェイスマン。知り合いに頼まれて管理しているのだ。どうやって管理すればいいのかわからないなりに、何とかやっている……らしい。
 コンコン、とノックの音。
「どうぞ。」
 そう答えたのはハンニバル。今、工場長が外出中なので、秘書が工場長の代わりをしている。
 ドアが開いて入ってきたのは、血みどろエプロンのアニキ。
「牛、終わりましたぜ。」
「ご苦労さん。えー、それじゃ、19番ハンガー以降2ダースの豚をCコースで。今日の仕事は以上だ。」
 フェイスマンが残していった作業予定表を読み上げるハンニバル。
「了解。で、ボスはデートですかい?」
 ボス=フェイスマン。彼氏、この工場ですこぶる受けがいい。俺たち自慢の工場長、って感じか。そして、ハンニバルはボスのパパ、コングはボスのボディガード。あながち間違ってない。
 ハンニバルは鼻眼鏡をつっと押し上げて、スチールブルーの瞳をキラリと光らせてみたりなんかして。
「ノーコメント。」
 アニキは肩を竦めて事務所を出ていった。
「……あの、本当にAチームなんでしょうか?」
 事務所のソファにおとなしく座っていた依頼人は、工場長デスクに向かって郵便物のチェックをしているハンニバルとパソコンに向かって伝票処理をしているコングとを交互に見た。
 Aチームはほとんど毎回「本当にAチームなのか」と依頼人に聞かれるが、今回は特にAチームに見えない。でも、有能そうではある。
「正真正銘のAチームだが?」
 鼻眼鏡のオジサンにそう言われたら、そう思うしかない。カーネル・サンダースに「これはチキンだよ」と言われたら、そう思うしかないでしょう、例えそれがチキン的繊維を備えていなかったとしても。
「ただいまー。」
 工場長様、お帰り。
「遅かったな。豚の件、伝えといたぞ。」
「うん、さっき豚さばいてるの見てきた。こちらが依頼人さん? よろしくー、Aチームのフェイスマンですぅ。」
 親しげに握手する。戸惑っちゃっている依頼人。
「こっちはポイゾナス・キング・グリーン・バイパー。」
「違う違う、そんなに偉くないって。グリーン・マウンテン・ラット・スネーク。」
「だそうです。」
 戸惑いが困惑になっているのが、端から見ていてもよくわかる。可哀相に、と良識人コングは思った。



 さて、Aチームのメンバーも揃ったことだし、今回の依頼は?
 サンフランシスコとロサンゼルスとラスベガスのちょうど真ん中、キングスキャニオン国立公園のちょっと東。そこに依頼人ランニングスネーク氏の町……いや、村、コパーヘッドはあった。もとい、まだある。何とか。
 コパーヘッドは、場所が場所だけに何もない所で、昨今は過疎化も激しい。そこで、ランニングスネーク氏は村長としてAチームに村おこしの企画を依頼しに来たのである。
 これ、Aチームの仕事じゃないよ?
「誰かに村を乗っ取られそうだとか?」
 更なる何かを期待して、ハンニバルが尋ねる。そういう話なら、Aチームの割と得意分野だ。乗っ取り犯人(?)をコテンパンに叩きのめすのは、非常にスカッとする。
「いえ、村を乗っ取っても一文にもなりませんし。」
「じゃあ、差別問題があるとか?」
 そう、ランニングスネーク氏はどう見てもネイティブ・アメリカン。浅黒い肌に、ストレートな漆黒の髪を後ろで束ねている。年の頃は40代ぐらいか。今はスーツ姿だが、村ではみんなが期待するような服装に違いない。村長と言ってはいるが、本当は“酋長”なのかもしれない。
「さあ、どうでしょうか……。自分ではこれといった差別を受けた覚えはありませんが。」
「何か特産品とかはねえのか?」
 コングはやはり前向き。今ある仕事を確実にこなすタイプ。
「特産品ですか? ……多少は村で野菜なども作ってはいますが、自分たちの食べる分だけが精一杯でして。」
「どうやって暮らしてんの?」
 ヘビ男がそう聞く。卵さえあれば、ヘビ男は至ってマトモである。
「街に働きに出ている者からの仕送りで近隣の町から食べ物を買って、それで何とか凌いでおりますが。」
 ……何とも冴えない村ですこと。
「あの村にいても仕方がないとも思えるんですが、何せ我々の祖先が命懸けで獲得した土地だそうなので、手放すのも気が引けて……。」
 ああ、今回、収入ないんだろうな。それどころか、赤字だろうな。誰か、この依頼、断ろうって言ってくんないかな?
 フェイスマンがそう思っている時に限って、どういうわけか他3人は乗り気なのである。こんなシケた依頼であっても。
 確かに、今回の依頼は、Aチームの誰も食指を動かされなかった。しかし、他に依頼はない。ここのところ、Aチームとしてのお仕事も全くなかった。
 てなことで、何となくAチームはこの依頼を受けることとなった。
「お代の方は払ってもらえるのかなあ?」
 厭味ったらしくフェイスマンは言った。今更ながらも。
「お察しの通り、現金はございませんが……。」
 フェイスマン、うえ〜って顔。
「地金でよろしければ。」
 うえ〜が瞬時にしてキラキラに変わる。
「金?! 金なんか持ってんの?」
「ええ、祖先がゴールドラッシュの前から価値も知らずに集めていたものが、村の宝となっておりまして。」
 何族だか知らないけど、祖先、先見の明ありです。
「コパーヘッドって金取れんの?」
「取れるはずがありません。祖先はゴールドラッシュの時に彼の地を追われ、放浪の旅を続けた挙句、何とかコパーヘッドを獲得したんです。」
 残念だけど、ランニングスネーク氏が金を持っていることには変わりない。
「金っていろいろあるけど、まさか金鉱石じゃないよね?」
「バーと申しましょうか、インゴットにしてあります。」
「純度は?」
「99.99パーセントです。」
「刻印つき?」
「ええ、もちろん。」
「何本あるの?」
「2本ございますが、村で協議の結果、全て差し上げてしまっては、今後、村に何かあった時に困りますので、1本を差し上げるということになりましたが、それでよろしいでしょうか?」
 フェイスマンの頭はフル回転した。
 400トロイオンスの金塊1本となると、金価格は1オンス300ドル前後、つまり、1本12万ドル。Aチームの報酬として、経費を含めたって十分じゃないか。いや、むしろ余りある?
「よろしい、この私めにお任せ下さい!」
 フェイスマンはそう言い切った。
 その周囲では、3名の仲間たちが何か言いたそうな顔をフェイスマンに向けていたが、12万ドルに目の眩んだフェイスマンがそんなことに気づくはずはなかった。



 それから数日、フェイスマンは村おこしの準備のために走り回っていた。雑誌編集部に顔を出したり、テレビ局に話をつけたり、広告代理店を脅しに行ったり。
 その間、ハンニバルとコングとヘビ男は、真っ当に畜肉解体工場で働いていた。血生臭いけど、ハンニバルとコングはこの仕事が結構気に入っている様子。デスクワークに飽きたら、ふらりと現場に出て、野郎どもと一緒に肉塊をぶった切る。なかなか爽快。ヘビ男も、リフトやら何やらの機械を操作しながら、ウィ〜〜〜ン、ブルルルルルル、ドゴォーン、ガコッガコッガコッ、ビシュビシュビシューン、ダダダッ、グィーン、ううっ、ヨタヨタ……ドタッ、と“言って”いる。
 肉塊に興味のないフェイスマンは、金塊のことで頭が一杯。行く先々でこれから貰えるであろう金塊の自慢話ばかりをしていた。
「いや〜、今回の仕事、コパーヘッドってとこでやるんだけど、これがうまく行ったらさ、俺、金塊貰うんだ。12万ドルの金塊だよ? 俺も一気に金持ちの仲間かな。ハハッ。」
 12万ドルのバー1本では、まだまだ金持ちとは言えないんじゃないかと思いますがね。恐らく、Aチームの預金額は、その何倍も何十倍もあるんじゃないでしょうか。どうでしょう、フェイスマン?
 ところで、雑誌編集部勤務であれテレビ局勤務であれ広告代理店勤務であれ、フェイスマンの知り合いは皆、何かしら後ろ暗い部分のある人々である。でなけりゃフェイスマンの知り合いなんかやっていない。
 そして、たちまち業界内にコパーヘッドの金塊の噂が広まった。「コパーヘッドには12万本の金の延べ棒が隠されている」……ちょっと情報が正確でない。でも、それが噂の醍醐味。12万ドルの金塊が12万本だったら……144億ドルだ。計算合ってる? あり得ねえだろ、それ。重さにして……約1800トン? 位取り合ってる?
【編集註記・ものすごく計算を間違えていたので、直しました。】
 しかしながら、誰も彼も目が眩んでおり、その噂が何だか変だとは気がつかなかった。そして思った……コパーヘッドってどこだ?



 Aチームのバンが山道を一所懸命走っている。目的地はコパーヘッド。市販の地図には載っていない小さな村。ダッシュボードに、ランニングスネーク氏が描いてくれた地図が貼りつけてある。
「もうすぐだぜ、この地図によりゃあな。」
 運転席のコングが振り返らずに言った。
「本当にそんな村あるのかねえ?」
 ハンニバルが周りの景色を見渡す。木、木、木、木、ヘビ。木、木、ヘビ、木、木。
「なーんとなくなんだけど、ヘビ多い気がしない?」
 ヘビ男が後部座席から言う。未だにヘビの装い。
「ああ、やたら多いな。」
 ハンニバルは葉巻を窓の外に投げ捨てて答えた。



 Aチーム一同は、とりあえず村かな? 違うんじゃない? という場所に辿り着き、車を降りた。納屋に近い家のようなものがポツンポツンと建っている。
「この荒野を興せってのか?」
 コングがふるふると首を振った。
「ちょっとどころか、かなり難しそうだな。」
 ハンニバルの見積もりは確かである。伊達に年食っちゃいない。
「大丈夫、何とかなるって。」
 自信満々のフェイスマン。現実が見えていない。
「……ヘビ、一杯いるなあ……。」
 そこかしこにカッコいいヘビが沢山いる……グリーン・マウンテン・ラット・スネークよりもカッコいいやつらが。
「ようこそいらっしゃいました。」
 ランニングスネーク氏の声がして、4人はそっちの方を向いた。チャリに乗った村長は、Aチームの期待に外れ、ジーンズにネルシャツ、トレッキングシューズという、まるでどこかの誰かのような出で立ちだった。しかし、腰にはサバイバルナイフ、肩にはライフル。
 熊でも出るのかな? とAチームは思った。
「遠い所をご苦労さまです。早速、私の家へどうぞ。」
 掌を上にして、こちらへ、のポーズ。
「それにしても、何でここはこんなにヘビが多いんだ?」
 別にヘビが苦手というわけではないが、こう周りで舌をチロチロされていては落ち着かないハンニバル。
「ヘビは、この村の、我が一族の守り神なのです。」
 そう言った尻から、ランニングスネーク氏は数ヤード先をのたくっていたヘビをライフルで撃ち殺した。
「毒ヘビです。」
 守り神を殺していいのか、という言葉を、Aチーム一同は飲み込んだ。そして、村の方を見つめて思った。守り神を殺すから、こんななんだ……。



 村長の家も、やはり掘っ建て小屋だった。ホタテの……。
「えー、これがコパーヘッド村おこし計画の概略ね。」
 フェイスマンが書類をどさっと机の上に置いた。
「テーマパークを作ろうと思ったけど、資材運搬に結構かかるんで、お流れ。で、手っ取り早くマスコミを使うことにいたしました。コンセプトは、ずばり、ヘビ!」
 ズビシ! とマードックを指差す。フェイスマン以外は、眉間に皺を寄せた。
「あ、ちょい待ち。」
 フェイスマンは四方からの冷たい視線もものともせず、書類を捲って、目当ての箇所に「守り神=ヘビ」と書き込んだ。
「まず、ヘビを若者の間に流行させる。これはもう始めてあるから。雑誌とTVショーとで、これからの流行はヘビ、って主張して、若者にそう思わせるわけさ。ヘビグッズも販売を開始してる。これ見て。」
 カラーコピーの資料を繰る。
「まずは、ヘビ鉛筆。尻尾の方を削って使う。頭は消しゴム。もっと簡単なのがヘビペン。それとヘビカッター。2匹のヘビが絡み合ったヘビ鋏。嵩張らなくて使いやすいヘビキーホルダー。ヘビが耳に噛みついてるみたいなヘビヘッドホン。ヘビS字フック。ヘビベルト。ヘビクリップ。ヘビアクセサリー各種。ヘビコード、ヘビシールド、ヘビケーブル。その他、ヘビのキャラクターをプリントした付箋、レターセット、Tシャツ、手帳等々。これで、間もなくアメリカ西海岸はヘビグッズで溢れ返ること間違いなし!」
 少なくとも、店頭にはね。問屋に押しつけられて。
「一方、ここの村では、ヘビの村として、あたかも伝統工芸的なヘビグッズを売る。ちょっとした甘いものもね。その資料はこちら。」
 別の書類をパンと叩き、大きな紙袋からサンプル商品を取り出す。
「これは草を編んで作ったヘビ。指に嵌めると、引っ張っても抜けないってとこがミソ。それと、これは竹細工のヘビ。持ってるだけでニョロニョロ動く。ここにはないけど、木彫りのヘビなんかもあってもいいかもね。カエルを咥えてるような。こっちは、ネイティブ・スピリッツとヘビとの融合、ヘビの絡んだトーテムポール。だるま落としとしても遊べる。それから、これ、俺としては自信作なんだけど。」
 と、フェイスマンはツチノコのようなものをマードックに手渡した。
「それ、片手で胴のとこ持って、尻尾引っ張ってみ。」
「こう?」
 パン!
 ツチノコは爆発し、無数の小さなヘビ(ゴム製)を飛び散らせた。
「びっくりツチノコ。クラッカーの応用さ。でも、危険だってんで、許可が下りなかった。」
「俺は面白いと思うよ。片づけが大変そうだってのは置いといて。」
「だろ? で、次に、これが甘味のサンプル。」
 紙袋とタッパーを机の上にドンと置く。
「ヘビキャンディは当然ね。1本で10種類のフレーバーが楽しめる。それとヘビグミキャンディ。この質感、なかなかだから。ヘビチョコとヘビクラッカーは割れちゃうんで、なし。これはヘビガム。ヘビパスタも考えたんだけど、作るの難しいって。持ってきてないけど、ヘビアイスキャンディもある。それで、この村オンリーのものが、これ。ヘビちまき。こっちはウイロウのやつ、こっちはもち米入り中華風。で、この村で毎朝食べているのが、このヘビパン。昼に食べているのが、手打ちヘビうどん。夜に食べているのが、ジャガイモと豆の入ったヘビパイとヘビソーセージ。」
「食べてませんが、そんなもの。」
 相変わらず困った顔のランニングスネーク氏が主張した。
「食べてることにするの! 村での受け入れ準備が整ったら、テレビでカリフォルニア、ネバダ、アリゾナ、オレゴンの4州に向けて、この村の紹介番組を流す。1時間半のスペシャル特番。明日から撮影に入ります。主演はお前、グリーン・バイパー。」
 フェイスマンはマードックの方に真剣な顔を向けた。
「え、俺? グリーン・マウンテン・ラット・スネークなんだけど?」
「改名しろ。」



 その頃、ロサンゼルスでは、一攫千金を夢見る邪な老若男女が、コパーヘッドの場所を躍起になって探していた。



 およそ1週間後、4州のケーブルテレビに流れたコパーヘッドを紹介する番組は、ひどいと言えばひどいが、面白いと言えば面白かった。
 タイトルは『爬虫類湯けむり旅情ぶらり旅・俺とお前と誰かがいる!』……俺とお前、そう、主役はグリーン(中略)スネーク改めグリーン・バイパーだけではなかったのだ。ここのところ影の薄かったハンニバルが、案の定、撮影間際に切れた。
「主役はこの俺、アクアドラゴンだ!」
 そして、マードックとハンニバルがヘリコプターでハリウッドからアクアドラゴンの着ぐるみを持ってきて(盗んできて、とも言う)、最初からないに等しかったシナリオは、もうないも同然だった。
 アクアドラゴンとグリーン・バイパーがロサンゼルスから旅を始める。ヘビのエルドラド、コパーヘッドを目指して。そこまでは、いい。……あまりよくないかもしれないが。
 それから2匹はヒッチハイクする。爬虫類2匹が「コパーヘッドまで」と書いたボードを掲げて、しばらく道端で奮闘している姿が欲しかったのだ。しかし、物好きで親切な通り掛かりのドライバーが、2匹を車に乗せてしまったから、フェイスマンとしてはさあ大変。このまま直接コパーヘッドに行かれてしまっては話にならない。
 そこで、コングの発案により、先回りして地雷を仕掛け、2匹を乗せた車を爆破。横転した車から這いずり出てきた2匹と1人。怒ったアクアドラゴンが見境をなくして、ドライバーに噛みつく。しかし、ドライバーも負けてはいない、アクアドラゴンに必死のブレインバスター。咄嗟にカウントを取るグリーン・バイパー。たっぷり5分はプロレスの試合が続いた。
 そして画面が不自然に切り替わり、さっぱりとした様子のアクアドラゴンとズタボロになったグリーン・バイパーとが、再度ヒッチハイクに挑戦……しつつ、目的地に向かって歩いている。そこへ現れた美女が2匹を誘惑、情緒溢れる温泉宿へご案内。落ち着いた一室で美女とアクアドラゴンが海の幸山の幸を前に注しつ注されつ、あらいやん気が早いわねウロコが痛いわ、もったいぶるんじゃないですよ謎のお嬢さん、といい雰囲気になっている一方、寂しく1人卓球をしていたグリーン・バイパーが何者かに襲われる。グリーン・バイパーを締め上げ、暗闇の中へ引きずっていく、黒くぶっとい腕。一体何者の仕業だ?!
 場面変わって。襲われたグリーン・バイパーは地下牢に囚われ、そこでヘビの大群と出会った。
 1匹のヘビが前に進み出て言う。
「我こそはこの一帯のヘビの王、ランニングスネーク。」
 因みにこのヘビの声をアテているのは、ランニングスネーク氏。なので、台詞、棒読み。そして、ヘビはSFXでも何でもないただのヘビなので、台詞の間に勝手に動いてしまってる。
「俺はロス出身のグリーン・バイパー。夢の地、コパーヘッドに行く途中だったんだけど、何者かに襲われて、気がついたらここにいてさ。ここ、どこなのよ?」
 ただのヘビに向かって、マードックが本気で語りかける。視聴者は演技だと思うだろうが、演技ではなく本気なのだ、彼。
「ここは両生類界の暗黒大魔王、グレート・サラマンダーの館の地下牢だ。」
 ランニングスネークはグレート・サラマンダーとの戦いのこと、互いのテリトリーのこと、両生類の生態、生物の進化の過程、アメリカ合衆国独立秘話などをグリーン・バイパーに語り、最後に息絶えるのかと思いきや、脱皮した。話を聞いたからには黙ってはいられない。グリーン・バイパーとヘビ軍団は結託し、にっくき大魔王を打ち倒すべく、まずグリーン・バイパーはヘビたちの力を借りて地下牢を脱出した。
 大魔王の部屋を目指すグリーン・バイパー。折しも大魔王様は入浴中。立ち篭もる湯気の中、大魔王の褐色の肌が怪しくも美しく映える。周囲では、プリティなアマガエルたちが素敵なコーラスを聞かせている。グリーン・バイパーは浴室にババーン!と飛び込んだ。
「貴殿のお命頂戴!」
 しかし、お約束通り、石鹸を踏んで転倒し、後頭部を強かに打った。グリーン・バイパーの後に続いたヘビたちも、浴室の床の上では、思うようにくねれない。ヘビたちが歯噛みしているその時、ザバアッと音がして、大量のぬるま湯が流れてきた。湯に流され、排水孔の上の格子のところで絡まるヘビたち。
 グリーン・バイパーが目を覚ましたのは、天蓋つきのベッドの上であった。枕元に1通の手紙が。大魔王からのものだ。グリーン・バイパーはそれを手にし、封を開けた。
「カエルを食うんじゃねえ、コンチキショウめが。」
 それだけ書いてあった。
「俺はカエルは食わねえよ。ヘビの女神ナーギニに誓って、食わねえ。俺が食うのは、鶏と卵、その他諸々カエル含まず。」
 グリーン・バイパーが言い放つ。すると、扉がゴゴゴゴゴと重々しく開き、大魔王が姿を現した。
「その言葉に偽りはねえな?」
「おうともよ。」
「ならば赦そう。それから、1つ助言しとくぜ……毎日牛乳を飲め。」
 すべてがフッと消え、グリーン・バイパーは元の宿屋にいる自分に気がついた。隣でアクアドラゴンが眠っている。煎餅布団が重い。全部、夢だったんだ、と彼は思った。そして、アクアドラゴンの「おい、どこ行くんだ?」とか「女なんかに俺様の魅力はわからんのさ、フフフ」とかいう寝言はうるさかったが、グリーン・バイパーは今はとりあえず眠ることにした。
 翌朝、2匹はまたもやヒッチハイク。ただし、グリーン・バイパーの「夢のお告げ」に従って、掲げているボードには「キングスキャニオン国立公園」と書いてある。運よく2匹はキングスキャニオン国立公園に遊びに行く家族連れの車に便乗させてもらい、公園から、さ迷うこと5時間、坂を転げ落ちること30分、途方に暮れること1時間、再度さ迷うこと2時間(これらを放送では15分にカット)、何とかコパーヘッドに到着した。
「ようこそ、コパーヘッドへ。」
 彼らを歓迎する村長、ランニングスネーク氏。グリーン・バイパーが「あ!」という表情をしたのに、ウインクで応える。この村は、人間に姿を変えたヘビたちの村だったのだ!
 それから2匹は、村の名物料理(フェイスマン考案)でもてなされ、舌鼓を打ち、温泉に入って、視聴者に村の紹介をして、番組は終わった。



 村でただ1台しかないTVの前で、村人一同とAチーム一同は、番組終了後、誰かが何か言い出すのを待っていた。
「……面白かったよね?」
 沈黙に耐え切れず、フェイスマンが聞いた。
「ええ、まあ、面白……かったと思います。」
 ランニングスネーク氏が、そう答えてくれた。
「2日で撮ったにしちゃ、よくできてると思うぜ。」
 フェイスマンにわずかばかり同情心を見せるコング。裏方兼準主役のコングも、いろいろと大変だったのだ。しかし、監督兼脚本兼カメラマン兼ヘビ使い兼謎の美女役のフェイスマンの苦労は、その比ではなかった。そしてまた、主役の2人も疲れ切っている。
 だのに、村人たちの表情は浮かない。当然だけど。
「あの、もし万が一、この村に今の番組を見た方がいらっしゃったとしますね。そして、温泉に入りたいとおっしゃられた場合、どうしたらいいんでしょう?」
 ランニングスネーク氏の妻が、おずおずと手を挙げて尋ねた。
「撮影に使ったアレでいいんじゃないかな?」
 アレとは、木の樽に沸かした湯を入れ、塩と硫黄の粉を入れて掻き回しただけの風呂。
「水質検査官が来ない限り、バレやしないって。」
「でも……。」
 心配そうなランニングスネーク妻。ファーストネームは、ネイティブ・アメリカンなので、ない。
「だーいじょーぶ。アメリカ国民全員が、ネイティブ・アメリカン嘘つかない、って信じてるから。」
 フェイスマンのその遠回しの偏見に満ちた言葉を聞いて、村の衆はちょっと嫌な思いをしたが、あの番組に比べれば大したことはない、と、全員黙っていた。
「じゃ、温泉の件はこれでOKね。硫黄のストックはたっぷりあるから、どんどんサービスすること。」
 硫黄30パーセント増量、本日限り、とか?
「さあて、明日からは観光客がどっと押し寄せてくる。」
「かもしれないね。」
「とは限らん。」
「わけねえ。」
 口を挟む3人を無視して、フェイスマンは飽くまでも話を続ける。
「なので、念入りに初日の準備をしておくこと。特にホテル係と調理係、やるべきことはわかってるよね?」
 約半数の村人が頷く。と言っても10人弱。村人総勢で20人に満たないのだから。そのうちの1人がランニングスネーク氏で、1人がランニングスネーク妻で、1人がランニングスネークの子。十分に働ける村民が街に働きに出てしまっているのだから仕方ないが、言い換えれば、ここには老人と子供しかいないのだ。村長家族以外は。これで観光客が万が一押し寄せてきたとしたら、絶対に人手不足に陥る。「絶対」だけど「万が一」なので、現状はよしとする。
「それじゃ、解散!」
 やれやれといった様子で、村民+Aチーム(除フェイスマン)は腰を上げた。



 翌朝、特に何も起こらなかった。当然ながら。
 フェイスマンはいそいそと観光客受け入れ態勢を整えていたが、村のマスコット、グリーン・バイパーは、コングやハンニバルと共に、ランニングスネーク氏から毒ヘビの見分け方を教わっていた。



 そして昼下がり。双眼鏡で山道を監視していたコングが叫んだ。
「来たぞ! 車だ!」
 明らかに自動車がこちらを目指してやってくる。国立公園に、ではなく。驚きだ! ビバ!
 それも、何台もの車が連なっており、かなりのスピードを出している。まるで、我先に、といった感じで。もし道幅が広かったら、カーチェイスが繰り広げられていたかもしれない。しかし、道幅は車幅1台分、両脇は樹木とヘビ。後続車は先頭の車と同じ速度(あるいはそれ以下)で走るしかない……フロント部分が特に強化されていない限りは。
 数珠つなぎの車は、今や先頭車が村の入口の直前まで来ており……今『ようこそ、コパーヘッドへ』と書かれた門(文化祭によくあるアレ)を通過した。そして車は次々とその門をくぐり抜け、次々と広場に急停車した。見る見るうちに、広場が車で埋まっていく。だが、後続車は後を絶たず、村に入り切れなかった車は山道でつかえ、クラクションを鳴らしまくっている。一方、村の中に入れた車から、次々と人が降りてくる。
 ほくほく顔のフェイスマンが揉み手をしながら、村のマスコットを従えて一群の前に進み出た。
「皆様、ようこそいらっしゃいました、ヘビの郷、コパ……」
 パキュウン!
 軽い銃声がして、フェイスマンの足下の土がかすかに土煙を上げた。
「え……?」
 フェイスマンとグリーン・バイパーが顔を見合わせる。こんな事態、予測外。観光客が発砲するなんて。
「金塊を出してもらおうか!」
 誰かが叫んだ。
「そうだ、金塊を寄越せ!」
「12万本の金塊を持ってこい!」
 口々に叫ぶ観光客。……いや、観光客にしては人相が悪い。フェイスマンは、この群衆の中の15パーセントほどが知った顔であることに気づいた。
「金塊はどこだ?」
「建物の中だ!」
「あっちだ!」
 人々はフェイスマンとマードックの向こう、建物(納屋的家屋)の方を指差し、一斉にそちらに向かって駆け出した。
「何? 何なのこれは? ひょえ〜。」
 突進中のバイソンの群れの中の逃げ遅れた牛使いのように、マードックは揉みくちゃになって、バレリーナのようなポーズでぐるぐる回っている。フェイスマンはと言えば、要領よく端の方へ避けて、危害が加えられないようにじっと固まっている。
 と、その時。
 ダダダダダダダ!
 オートライフルの音が響き、群衆は足を止めた。
 村のメインストリート(メインも何も、道はこれ1本)の突き当たりにある櫓の上で、コングが銃を構えている。その横には、拡声器を持ったハンニバル。そして、櫓の梯子にへばりついているのはランニングスネーク氏。
 ハンニバルはおもむろに拡声器を口元に持っていき、群衆に向かって言った。
「いらっしゃいませ、コパーヘッドへ!」
 それから声のトーンを変える。
「皆さんはあの番組を見ていらした観光客ではないように見受けられますがね?」
「観光客なわけないだろう!」
 すぐさま誰かがきっぱり返答した。ハンニバルはニッカリと笑い、コングは真面目な顔でうんうんと頷いた。梯子に絡みついたまま、ランニングスネーク氏が溜息をつく。
「金塊だ!」
「金塊を出せ!」
「1パーセントだけでも俺に寄越せ!」
「全部俺に寄越せ!」
 ざわつき始める群衆に向かって、コングが再びトリガーを引く。もちろん、人には当てないように。
「お静かに願いますよ。」
 ハンニバルはまだ何とか温和な口調を保っている。それは、一体どうしてこんなことになったのか、薄々感づいているから。
「あー、村長さん?」
 拡声器をオフにして、ハンニバルはランニングスネーク氏を見下ろして尋ねた。
「皆さん、ここに大量の金塊があるようなことをおっしゃってますが、本当のところ、どうなんでしょう?」
 氏は眉間に皺を寄せた。
「大量の金塊? ……多分、2パウンズは大量とは言いませんよね?」
「2パウンズってことは、24オンスか。」
 コングが銃を構えたまま言う。お願いだから、アメリカよ、12進法廃止にしてくれ。
「ええ、12オンスの塊2つ。」
「……なるほど。」
 ハンニバルは実に愉快そうに笑い、葉巻に火を点けた。それから拡声器をオンにし、民衆に告げる。
「ここにある金塊は24オンスだけだそうだ。そして、そのうちの半分は、そこに隠れている情けなーい顔をした男が近々貰うことになっている。残りの半分をどーしても奪ってやろうって人は、ここにおわしますバラカス軍曹とお手合わせ願いましょう。」
 群衆は黙ってコングとフェイスマンとを見比べた。明らかにフェイスマンの方が弱っちく見える。同じ量の金塊を奪うなら、弱っちい方から奪った方が楽だ。……しかし待て。合計でも24オンスだと? 換金したって高々7200ドルだ。命懸けで奪い取るほどの額じゃない。誰だ、12万本の金塊だなんて嘘言いやがったのは? ……テンプルトン・ペックだ。
(いや、フェイスマンは嘘ついてないんだけどね、その件に関しては。)
 結局、群衆はターゲットをフェイスマンの方に変えた。無数のギラリとした視線がフェイスマンに突き刺さる。
「え……俺……? 俺、まだ金塊貰ってないし、今、スッカラカンなんだけど……?」
 言い訳をしても無駄。人々は殺気を漂わせながら、ジリジリとフェイスマンににじり寄っていく。
 と、その時。
 バラバラバラバラ……。
 縄梯子を引きずったヘリコプターが、家屋の裏から現れた。無論、マードック操縦の、である。アクアドラゴンを運んでくる時に、ハリウッドのヘリポートからかっぱらってきて、そのまま忘れていたやつだ。
「フェーイス、掴まって!」
 マードック(未だにグリーン・バイパーでもある)が上から叫ぶ。フェイスマンは縄梯子にがしっと掴まった。
 50ヤードほどフェイスマンを引きずった後、ヘリは上昇し、ロサンゼルスの方へ一目散に飛んでいった。
「追いかけろ!」
 人々はバタバタと車に飛び乗り、村の入口兼出口に向かった。
 が、しかし。
 車の列は依然としてつかえたまま。最後尾がバックしてくれないことには、身動きが取れない。
 そこで人々が取った手は、伝言ゲーム。「12万本の金塊、というのはガセだった。そんなガセネタを流した諸悪の根源は、12オンスの金塊を貰うことになっており、そいつは今、ヘリでロスの方へ向かった。追いかけるので後退してほしい」と、最後尾まで伝えていくのである。
 さて数時間後、最後尾に伝わったのは……「12万本の金塊と嘘つき野郎はヘリでロスに向かった。追いかけたくば追いかけるがいい。おのれ、スミス」であった。どうやら途中のどこかにデッカーがいる模様。
 伝言内容はかなり変化したものの、結果は良好。最後尾にいた人物は「お先に! 金塊は俺がいただくぜ」と言い残して車に乗り込み、慎重にバックで車を走らせていった。狭い山道ではUターンできないので。
 彼の言葉は、律義にも先頭に向かって伝言されていった。
 更に数時間後、広場の人々に伝えられた内容は……「お刺身! 心配な折はイカだけで。ティファニー自体をスイスへ!」……なぜこんなことが伝えられてきたのか、見当がつかない。
 山道が通行可能になるまで、広場にいる群衆は、ハンニバルの薦めにより、ヘビちまきその他を買い求め、それらを食していた。意外なことに、なかなかの売れ行き。ついでに、この興奮を鎮めるために温泉に入る者も続出。村人たちの素朴ながらも心の篭もったもてなしも好評。これはリピート客が望めるかも……?
 そして、ゆったりとくつろぐ彼らの話題は、謎の暗号文「お刺身! 心配な折はイカだけで。ティファニー自体をスイスへ!」……一体、元のメッセージは何であったのか。
 何か引っかかるものを感じて、ハンニバルも考え込んでいた。
「ティファニー自体をスイスへ……ティファニー自体をスイスへ……。」
「何ブツブツ言ってんだ、ハンニバル。」
 既にヘビうどんを平らげ、ヘビパイとヘビソーセージを食べていたコングが、テーブルの向かいでヘビパイを爆裂ヘビパイにしているハンニバルに問いかけた。
「スイスへ……スミスめ? ……今に見ていろ、スミスめ、か!」
 やっとのことで正解に至った。後半部分だけだが。
「デッカーの野郎が来てんのか。」
 コングが忌々しそうに言う。
「しかし、ま、車は動けないし、動けたところでヘリを追っていくでしょ。」
 問題が解決したので、晴れ晴れとした顔でハンニバルはヘビパイを口に運び始めた。
 彼らのいる家の隣では、山道を歩いてやってきたグラント大尉&他1名が、村の長老に手厚くもてなされていたが、ハンニバルたちの知ったこっちゃない。



 それから数週間が過ぎ、ロサンゼルスでは驚いたことにヘビが流行していた。そして、その流行は全米に広がりつつある。
 加えて、もっと驚きなことに、コパーヘッドは「ゆったりとくつろげる、心温まるネイティブ・アメリカンの村」として雑誌やTVショーで真っ当に取り上げられ、今や都会で仕事に疲れた人々の憧れの地となっていた。嘘温泉も「ネイティブ・アメリカン式ヒーリング・バス」と名を変え、とある有名女優が通い詰めているとか。
 また、フェイスマンは見落としていたが、ランニングスネーク氏も敢えて言及するほどのことではないと思っていたが、コパーヘッドで代々作られているヘビ酒が強精に劇的な効果を示すと医学的に証明され、全米からヘビ酒の予約が殺到。しかしヘビの数に限りがあるため、限定生産にするしかなく、幻の特効薬として裏取引までなされている。



 畜肉解体工場の事務所で、工場長席のハンニバルは、新聞を広げて、文化面の『時の人に聞け・第5381回/コパーヘッド村長ランニングスネーク氏』を読んでいた。
「これはフェイスの手柄じゃないよな?」
 字面を追いながら、横のコングに尋ねる。
「知るか。」
 現在、彼、大忙しである。何せ、コパーヘッドへ出張していた間の仕事は溜まっているし、もちろん日々の仕事もあるし、更にこの工場のシステムを改善している最中なのだから……そこまですることはないのに。
「あの仕事で、我々は赤字だったんだろう?」
 あれ以来雲隠れしているフェイスマンからの手紙をずいっとハンニバルに差し出すコング。もちろんリターンアドレスはなし。
「何々……。」
 封筒から便箋を抜き出し、それを開く。
「収入3600ドル(金塊12オンス分)、支出6万ドル、5万6400ドルの赤字、だと?」
 ハンニバルは便箋を取り落とした。口から葉巻が落ち、リノリウムの床が焼ける。
「誰か、12オンスの金塊、村長から受け取ったのか?」
「知るか。」
 ということは、6万ドル、丸々赤字?
 金のことは気にしないハンニバルも、6万ドルの赤字はAチームのリーダーとしてちと痛い。6万ドルと言えば、600万ドルの男の1/100だし。
「……どうしましょうねえ……。」
 遠い目のハンニバル。
「働きゃいいだろ、6万ドル分。」
 コングがコンピュータに目を向けたまま言った。指はカタカタとキーを叩き続けている。
「俺とあんたとで、ここでこうやって働いてりゃ、半年かかんねえで6万ドル貯められらあ。」
「そんなに貰えてるのか? こんな正規の仕事で?」
「貰えるように細工した。それに、ここに残ってる仕事さえ終わりゃ、俺たちがAチームの仕事で1週間ぐらい留守したって、工場の作業にゃ何の影響もなくなるぜ。」
 大したシステムである。
 ハンニバルは半年も先のことを気にするタイプではないが、それを聞いて安心した。
「じゃ、働きますか。」
 新聞とフェイスマンからの手紙を片づけて、ハンニバルは書類に「テンプルトン・ペック」とサインする作業を再開した……流行のヘビペンで。



 その頃、米国陸軍退役軍人病院精神科の一室では。
「ハチミツー! ハチミツをくれー! それからイーヨのアザミもー!」
 今日のマードックは、くまのプーさん。でも、プーさんは鉄格子つきの扉に張りついて叫んだりはしないだろう、普通。
 病室のベッドの下では、イーヨこと拘束服姿のフェイスマンが、プーさんから無理矢理与えられたアザミに囲まれて、自分を狙う刺客に本気で怯えていた。
「殺されるぅ……。助けてぇ、コング、ハンニバルゥ……。俺は金塊なんか持ってないって……5万6400ドルの赤字なんだから。ぐすん、見逃してよお……。」
 頑張れ、イーヨ! 今、君を助けてやれるのはプーさんだけだ! それが嫌だったら、正気に戻れ!
【おしまい】
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