ヘビ!
鈴樹 瑞穂
 20世紀も暮れゆくある日のこと、フェイスマンは途方に(以下略)。
 横ではマードックがタンス中の靴下を引っ張り出しては組み替える作業に勤しみ、コングは紙パックから牛乳を一気飲み中。
 完膚なきまでに、いつも通りのAチーム。
 因みにハンニバルは不在。久々にアクアドラゴンの撮影が始まって、結構忙しいのだ。
 そして、フェイスマンの悩みと言えば、この時期恒例、年越し費用の捻出方法。
 なぜなら、ハンニバルは付き合いと称して、わずかな出演料をパアーッと使ってきてしまうのだ。どっちかと言うと、持ち出しだったりする。
 こんな調子で20世紀を終わってもいいのか、Aチーム。
 多分、21世紀もこんなんだし。
 もしかしたら、22世紀もこんなんかもしれない。サザエさん現象が起きかけているAチームである。
〔編者註記・Aチームが西暦2000年に活動しているとは到底思えないが、この話に限り、それは考えないことにする。少なくとも伊達は、常に1985年から数年間をAチーム小説の舞台として設定している。〕



「あ、これ穴開いてる。」
 マードックがやけに嬉しそうに、1足の靴下を高く掲げた時。
 バン!
 勢いよくドアを開け放って、ハンニバル登場。
「みんな、揃ってるな?」
 一同を見回すハンニバルの服装……それは、クリーニング屋のオヤジに化けて、依頼人を引っかける時のソレ。つまり、黒いアームカバーを片方取り忘れているという、ちょっと情けないアレであった(天然)。
「いるけど……アクアドラゴンの撮影じゃなかったの?」
「昨日まではな。」
 フェイスマンの問いに、胸を張るハンニバル。
「言っただろう、今日はクリーニング屋のアルバイト! 兼、依頼人のご用聞き!」
 ……聞いてないけど。
 フェイスマンは心の中で呟いたが、賢明にも、それを口に出すことはしなかった。彼にも学習機能はついているのだ、一応。
 代わりに、にっこり笑って話の先を促す。
「そうだったね。で、依頼人には会えたわけ?」
「会えたとも。ついでに連れてきた。」
「何ナニ?」
 マードックが身を乗り出す。……もとい、乗り出していたのは、穴開き靴下を履いた左手。
「何でえ。」
 仕事と聞いて、暇を持て余していたコングも寄ってくる。
「何だって? まさか、依頼人を外で待たせっ放し!?」
 それらの障害物を押し退けて、フェイスマンがドアにダッシュする。
 本日の天気は冷たい雨、雪の一歩手前。
 どうか、帰っちゃったりしてませんように……。



 フェイスマンの祈りが天に届いたのか、依頼人はまだそこにいた。降り始めた雪を肩に積もらせながらも、じっと立っている。
 ……あちゃー。
 フェイスマンは思わず額に手を当てたが、相手が中年の日系人であることに気を取り直した。
 よし、これなら抗議される心配ナシ!
 だが、あまり裕福には見えない。フェイスマンの脳裏に、一瞬「報酬額」の文字が過ったが、この際、贅沢は言っていられない。
 気を取り直して、営業用のスマイルを貼りつけ、フェイスマンは依頼人に対峙した。



 フェイスマンによって、ようやく部屋に入れてもらえた依頼人は、クロサワと名乗った。名前は非常にカッコいいが、くたびれた感じの日系3世である。
 祖父さんは東北出身の張り子職人、親父はそんな祖父さんに反発してスシバーで一山当てようとしたが、夢破れて(セットメニューに納豆巻を入れたのが原因らしい)家業を継ぐ羽目に。
 そして、3代目の彼は、何の疑問もなく家業を継いだのだと言う。
「で、家業って?」
 人の話をよく聞いていなかったのかマードックが尋ねると、クロサワ中年の目がいきなりキュピーンと輝いた。
「これです!」
 彼が懐から取り出して見せたのは、張り子の、頭がゆらゆらする黒べこ……ではなくヘビ。
「どうです、この色、艶。」
 いつも持ち歩いているのか?
「ほほう、縁起物だな。」
 張りぼての類が大好きなハンニバルがそれを受け取って眺める。マードックが横から覗き込もうと、その場でぴょんぴょん飛び上がる。
「何でヘビ?」
 何気なく聞いたフェイスマンは、まさしく地雷を踏んでしまった。
「来年の干支ですから! 古来日本では、十二支と言って、12の動物を順に年に当てはめる風習があって、その年の動物は、置き物やカレンダーに好んで使われるんです。もちろん、張り子の注文もね。そもそも12の干支は、昔は時刻の表現にも……。」
 日本万歳!
 フェイスマンは秘かに溜息をついた。
 冴えない中年男だが、日本を語らせると熱いぞ、クロサワ。このタイプは、話し始めたら1時間は止まらないのだ。
 おまけにマードックが熱心に相槌を打って聞いているものだから、もう収拾がつかない。
 フェイスマンは心の中で地団駄を踏みながら、押しても引いても逸れかける軌道を修正し、3時間後、ようやく依頼内容を聞き出すことに成功したのだった。



 依頼内容とは、「出荷日まで、張り子のヘビたちを守ってほしい」というものだった。
 クロサワの話によると、この時期、沢山の依頼を受けて作る張り子の干支は、一旦工房内の倉庫に集められた後、まとめて、国内の日系人や親日家、あとのほとんどは日本に向けて発送される。しかし、今年は、こつこつと作った張り子のヘビを、何者かがごっそり盗み出してしまった。仕方なく、引退した祖父さんまでも駆り出して、一家総出で作り直しているが、今度盗まれてしまったら、もう間に合わなくなってしまう。
「年末のこの時期に出荷しなければ、来年の干支張り子には意味がありません。」
「もしかして、12月26日のクリスマスケーキみたいなもの?」
 フェイスマンの言葉に、クロサワは大きく頷いた。
「ええ、その通りです。ですから、何としても無事出荷しないと。」
「警察には届けたのか?」
 コングの至極真っ当な疑問には、「それはAチームの仕事じゃねえな」という主張が含まれている。
 この財政危機の折、仕事の内容は問わない心構えのフェイスマンが、後ろ手にコングの腕をぎゅうっとつねり上げた。
「何しやがる!」
 睨むコングの足を踏んで、フェイスマンはにこやかに依頼人に向き直った。
「ハハッ、いやその……盗難届けとかは出したんでしょ?」
「無駄です。」
 悲哀を滲ませた表情のクロサワ。
「町の警察署長は、奴の親友ですから。」
「ということは、犯人に心当たりがあるんだな?」
 ハンニバルの言葉に、クロサワは大きく頷いた。
「証拠はありませんが……ヤツハシに違いありません。」
 ヤツハシ氏はやはり日系3世。だが、クロサワ氏と異なり、すっかりアメリカナイズ(これ、死語?)された、日本嫌いの銀行家だと言う。つまり、町の名士というやつである。
「何で日本嫌いのそいつが張り子のヘビを取ったりするんだ?」
「奴は日本嫌いですが、ヘビ好きなんです。コレクターと言うんでしょうか。きっとヘビ年だからに違いありません!」
 力説するクロサワ氏。因みに彼も年男(48)だったりする。
「もしかして、仲悪いの?」
 ズバリと核心を突くマードックに、フェイスマンが額を押さえる。
「そういうわけではありませんが、ヤツハシとは学生時代ずっと同級生でした。私はとにかく、向こうは何かとライバル視してきましてね。張り子のヘビだって、言えば売ってやらんこともないのに、こんな汚い手を使ってくるなんて、全く許せません。」
 十中八九、向こうもそう思っているに違いない。
 フェイスマンは慌ててマードックの口を塞いで、余計な一言を阻止したのだった。



 さて、クロサワ氏とヤツハシ氏のライバル関係は置いておいて、とにかく年越し費用のために……と、マードックが殊の外張り子のヘビを気に入ったために、クロサワ氏の依頼を受けることになったAチーム。
 早速、クロサワ氏の住居兼工房までやってきた。
 張り子のヘビの作り直し作業は着々と進んで、工房の裏にある倉庫の中は、棚に整然と並んだヘビで一杯だった。
「今夜には注文分が全て仕上がります。明日の朝、トラックで運び出すまでの間、これを見張っていてほしいんです。」
「そりゃ構わねえけどよ、ヤツハシとか言う野郎は、もう張り子のヘビを手に入れてんだろ? また盗りに来たりするか?」
 コングがそう言うと、マードックがちちち、と指を横に振った。
「ったく、コレクターってもんをぜーんぜんわかってねえなあ、コングちゃん。」
「どういう意味でい。」
「持っててもね、そこにあればほしいの! 全部! どうしても! それがコレクター。」
 胸を張って言い切るマードック。
「……?」
 マードックを指差しながら、振り返ってくるフェイスマンに、ハンニバルがあっさり言った。
「モンキーの近くには一杯いるからな、そういう御仁が。」
「私も奴はまた来ると思います。そう思ったからこそ、皆さんにお願いしたんじゃないですか。」
 と、クロサワ氏。
「では、作戦会議と行きますか。」



 夜も更けて、しんしんと冷え込んできた頃。
 クロサワ工房裏口の明かりに、1つの人影が近づいてきた。
 そして、静かにドアが開き……細く開いた隙間から、誰かが身を滑り込ませる。
 怪しい人影はきょろきょろと左右を見回し、足音を忍ばせて倉庫のドアへと向かう。
 そして、倉庫の中へと踏み込んだ。
 沈黙が辺りを支配している。
 侵入者は、床の真ん中にでんと鎮座ましましているものを見つけて、驚きのあまり飛び上がった。
「!」
 思わず声を出しそうになったのか、慌てて両手で口を押さえている。
 それは、大きな大きな張り子のヘビ(コング&マードック作、指導はクロサワ爺)である。
 引き寄せられるように侵入者がその前に立つと……。
 いきなり明かりが点いて、侵入者は眩しげに手で目を覆った。
 バリバリッ。
 張り子を破って出てきたのはコングである。
 侵入者の意気を挫こうと、不敵な笑みを浮かべ、マッスルポーズを決めながら。
「キャーッ!」
 響き渡ったのは、若い女性の声だった。



「キャーッ、何これ何これ、可愛いーっ?」
 予想外の侵入者と、そのリアクションに、部屋のあちこちに隠れていたAチームの面々は、意気を削がれながら出てきた。
「何なんだ、一体……。」
 フェイスマンが、張りぼてごとコングに抱きついて喜んでいるどう見てもティーンエイジャーの女の子を指差して呆然と呟く。
 しかし、もっと困っていたのは、抱きつかれているコングの方だった。
「おい、離せ、こらっ。」
 相手が女の子では無下に引き剥がすこともできない。
「いやーん、このヘビさん、可愛いーっ。」
 何が「いやーん」だかよくわからないが、どうやら彼女が愛でているのは、コングではなく、ヘビの張りぼての方らしかった。
「もしかして、ヘビコレクター?」
 マードックが指差し、フェイスマンとハンニバルは認めたくなさそうに天井を見上げた。



「リエ!」
 騒ぎを聞いて駆け込んできたクロサワ氏の六男が叫ぶ。
「ロクオ!」
 2人は見つめ合い、ひしっと抱き合う。
 見ようによってはドラマチックだが、その後ろではようやく解放されたコングが、ようようといった風情でヘビの張りぼてからの脱出を図っていた。
 息子の後から駆け込んできたクロサワ氏が、抱き合う若いカップルを見て叫ぶ。
「ロクオ! お前、まさかヤツハシの娘と……。」
「あっ、お父さんですか? リエでーす。よろしくお願いしまーす。」
 にこにこと手を振る女の子に、あとはもう言葉にならない。
「父さん、黙ってたのは悪かったよ! うちと彼女のうちが仲が悪いことも知ってる!」
「あらあ、そーんなの時代錯誤だわ。私たちには関係ないわよお。」
 リエはひらひらと手を振って、のほほんと言い切った。
「あたしはただ、ロクオとヘビが大好きなだけ。悪いことなんかしてないわ。」
「ヘビが好き!?」
 その場の空気がぴきーんと緊張する。
「もしかして、張り子のヘビを盗ったのも君か?」
「盗った?」
 厳しい表情で詰め寄るハンニバルを、リエがきょとんと見上げる。
「ごめん、父さん! 実は張り子のヘビは、僕が彼女の気を惹きたくてプレゼントしたんだ!」
 ロクオが、がばっと土下座した。
「プレゼントって……全部?」
 女にプレゼントをすることでは人後に落ちないフェイスマンも、これには呆れ顔。
「あ……半分は彼女のお父さんに……。」
 ロクオがぽりぽりと頭を掻く。
「やるじゃねえか。」
 くーっと感動しているマードック。
「お前という奴は……!」
 クロサワ氏は怒りのあまりふるふると震えている。
「あの……クロサワさん? 若い時は誰でもこういう時期があるもので……そんなに頭ごなしに怒らなくても……。」
 思わず取りなしてしまうフェイスマン。
 さすがのAチームも、この手のホームドラマな展開には慣れていないのだ。
「ところで、どうしてこんなとこに忍び込んだりしたわけ?」
 マードックが尋ねると、リエはあっけらかんと答えた。
「野暮なこと聞かないでよ、オジサン。ロクオに会うために決まってるでしょ。」
「あ、そ。」
「こうでもしないと会えないしい、あたしたち。」
 不満げに言うリエに、ハンニバルがクロサワ氏の前に進み出る。
「アンタが悪い!」
 びしりと指で指されて、思わず口をぱっかり開けてしまうクロサワ氏。
「は……?」
「大人げなくいがみ合ってるアンタとヤツハシが悪い! 子供たちを見なさい。」
「いや……私は別に……張り子さえ無事出荷できれば、それで……。」
「それじゃ、2人の交際を認めるんだな?」
「認めるも認めないも……。」
「認めるんだな!?」
 いつの間にか、ハンニバルの後ろにはコングが、マードックが、そしてフェイスマンが、ずらりと並んで無言の圧力をかけている。
 その後ろでは、リエとロクオが縋るような眼差しで見ている。
「ええい、認める、認めますっ。その代わり、ロクオとそのお嬢さんには、前の損失分、張り子作りを手伝ってもらうからな!」
「ええっ、張り子作りをやらせてもらえるの?」
 どうやら、リエには交際の許可より、そちらの方が嬉しいらしい。
「あたし張り切ってヘビを作るわ!」
「バカだなあ、リエ。ヘビは今年で終わり。今度作るのは馬だよ。」
「えー毎年ヘビ年ってわけにはいかないのお?」



 成り行き上、ヤツハシ氏の家まで行って、同様にこのバカップルのために交際の許可を取りつける羽目になったAチームだった。
 せめてもの救いは、無事張り子の出荷ができたクロサワ氏が、約束通りの謝礼を払ってくれたことだろうか。
 雀の涙ほどではあったが、これで何とか年越しができそうだ。
「何だか疲れたなあ……。」
 ぼやくフェイスマンの肩を、ハンニバルがやけに陽気に叩く。
「まあ、そう言いなさんな。今回は一応人助けもできたじゃないか。」
「人助けって言えんのか?」
 珍しくコングまでもが納得の行かない様子で呟いている。
「俺は満足だよ。こいつも貰ったし。」
 マードックが帽子を取ると、そこには張り子のヘビが。
「それによ、あいつら、これから毎年、干支の張り子を送ってくれるって言ってたぜ。」
「あいつら?」
「ロクオとリエ。」
 マードックの言葉に、ハンニバルが鷹揚に頷く。
「ほほう。なかなか義理堅いとこがあるじゃないか。」
 しかし、フェイスマンとコングは思わず顔を見合わせた。
「まさか……。」
「まさかな。」
 ハハハ、と2人が乾いた笑いを交わす。
 その予感通り、毎年ヘビの張り子が送られてくることは、まだ誰も知らなかった。
【おしまい】
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