父親に間違えられるハンニバルに妙なところで鈍感なフェイスは気づかなかった。その時、フェイスとコングの熱い(笑)友情が……?
鈴樹 瑞穂
 白い、部屋だった。壁紙もカーテンも、艶のあるタイルを敷いた床も。完璧なまでに白く、よそよそしい雰囲気の漂う部屋の中で、フェイスマンは居心地の悪い思いで白いソファの上に座り直した。
「……それで、どこまでお話しましたかしら?」
 彼の前に座り、ハンカチを握り締めていた女性が呟く。白いニットのワンピースに白いタイツ、ウサギの毛で縁取られた白いブーツ。もちろん、手にしているのも白いレースのハンケチである。
 フェイスマンは咳払いをし、相手の瞳を覗き込んだ。
「お父様が孤児院に5000万ドル……の寄付をしたところまで、です。」
「そうでしたわね。父は本当に素晴らしい男性でした……。」
 弱々しく呟いて、遠い目をする。見るからに神経質な彼女、ミス・ホワイトが今回の依頼人。そして、大手服飾メーカー、ホワイト・カンパニーの会長でもある。エンジェルと学生時代の同級生だと言う彼女は、つてを辿ってAチームに仕事を依頼したいと連絡してきた。
 彼女の父親というのは、世界的に有名なデザイナー、ビル・ホワイトのことであった。ホワイト・カンパニーを1代でトップブランドにした天才デザイナーである。
 彼のデザインした服は、政財界の大物やハリウッドスターなどにも根強いファンが多いと言う。しかし、彼自身は数年前から一切世間には姿を出しておらず、ホワイト・カンパニーからの正式な発表がないにも関わらず、既に死亡しているという説が広まっている。
 代わりに会長の座に就いているのが、彼の1人娘、ミス・キャサリン・ホワイト。
 と言っても、父の代から会社の経営は雇った社長に任せ切り、と。だが、相当な資産家であることは間違いない。フェイスマンは調べてきたデータを頭の中で反芻しながら、辛抱強く話の先を促す。
「本当に心の広い方だという噂を耳にしていますよ。それで?」
「ええ、それに好奇心が旺盛で、何事にも興味を示し、とても勉強熱心でしたの。そうそう、あれは数年前の冬でしたけれど、ほら、あの大雪の年のことですわ。」
 つうこんのいちげき! 話が戻ってしまった。
 だが、フェイスマンは持ち堪えた。これくらいで挫けるわけにはいかない。何しろ、ここのところロクな仕事もなく、明日のパンにも事欠きそうな台所事情なのである。それに、ホワイト家はこれまでのどの依頼人よりもリッチだ。
 フェイスマンは顔だけはにこやかに、だがテーブルの下では足をいらいらと揺すりつつ、頭の中でホワイト・カンパニーの株価、昨日の終値を暗唱し続けた。



 6時間後。行きつ戻りつする長い長い話を聞かされた挙句、ようやく依頼内容を把握したフェイスマンは、疲労の滲み出た笑顔で確認した。
「つまり、ご依頼の内容は、行方不明のお父様を探すこと。で、よろしいでしょうか?」
「……ええ、一言で言うと、そういうことになりますわね。もちろんそれが第一の目的ですわ。でも、私としては、できれば……ああ、続けてもよろしいかしら、ペックさん?」
 一瞬、げんなりとした表情を出してしまうフェイスマン。プロにあるまじき失態である。しかし、ホワイト嬢は確認という形式を取りつつ、有無を言わせぬ口調で言い切った。
「……どうぞ。」
 必死に口角を持ち上げるフェイスマン。このそこはかとない威圧感は何だろう。やはり、会長の肩書きは伊達ではないということか。
 ミス・ホワイトはぴんと背筋を伸ばして、厳かに言葉を継いだ。
「要するに、Aチームの皆さんには、我が社の模造品を作って市場に流している黒幕を突き止めてほしいんですのよ。」
 要するにも何も、それはこれまでの話には全くなかった展開である。
 模造商品。そんなものが作って売られること自体、一流ブランドの証であると言えよう。そして、いくら世界的なファッション・デザイナーとは言え、家出老人1人を探すより、悪徳業者の黒幕を探し出し、叩き潰す方が、遙かにAチームに相応しい仕事だ(当社比byフェイスマン)。



 さてさて、そのまた6時間後。場所はニューヨーク、ダウンタウンのとあるウィークリーマンションの一室である。
「遅い!」
 フェイスマンがドアを開けるなり、不機嫌なハンニバルの声が飛んだ。
「ったく、たかが依頼人の話聞くだけで、何だって12時間もかかってんでい。」
 珍しく、コングまでもがいらいらしているようだ。
「どーせ、依頼人が若い女性だったとかいう理由で、話延ばしてたんじゃねえの? 手でもこう、ぎゅぎゅ〜っと握りながらさ。」
 マードックの声は玄関脇の個室から聞こえてくる。ユニットバスの隣に設けられた、せせこましいトイレではあったが、それでもマードックにとっては魅惑の小部屋であることに相違はないらしい。
 フェイスマンは慌てて両手を胸の前に上げて、降参のポーズを取る。
「ごめんごめん。これでも精一杯努力はしたんだ。まだまだ延々と続きそうな話を切り上げてきたんだよ?」
「まあいいだろう。」
 コロリと騙されて(?)、鷹揚に頷くハンニバル。
「で、どういう依頼だったんだ?」
「それが……。」
 フェイスマンは掻い摘んで内容を話した。ミス・ホワイトから聞き出すのに12時間もかかった話だが、悲しいことに枝葉を取っ払うと12秒もかからなかった。失踪した父親を探すため、自社ブランドの模造品業者の黒幕を見つけてほしい、以上。
「模造品ってえと、アレか。アディオスとかハンドテンとか。」
 スポーツブランドで攻めてくる辺り、コングらしい。だが、ミス・ホワイトが聞いたら苦情を言うに違いない、と、フェイスマンは仰々しく肩を竦める。
「まあ、そんなとこだね。どっちかって言うと、ルイ・ピトンやプラタって言った方が近いと思うけど。」
「どちらにせよ信用問題だ。模造される方は神経質にもなるだろう。それで、その海賊業者探しが、ビル・ホワイト探しとどういう関係があるんだ?」
 冷静に指摘するハンニバル。つまり、依頼案件が2件あるのではないかと言いたいのだ。大抵は丼勘定を通す御大だが、時々、気が向くとシビアである。
「ああ、それはね。その模造品に失踪した父親が何らかの形で関わってるんじゃないかって、ミス・ホワイトが言ってるんだ。海賊業者にしちゃ出来がよすぎるらしい。」
「出来がよすぎる? 本物に似てるっていうのか?」
「それもあるんだけど……。」
 フェイスマンは記憶を辿るように首を傾げる。恐ろしいことに、記憶はところどころ曖昧だ。
「あ、そうそう、デザインだ。デザインがさ、本家以上に豊富らしいよ。しかもそのバリエーション、デザイン的なクオリティが落ちてないんだってさ。」
「ほほう。」
 ハンニバルの機嫌が目に見えて上昇する。
「失踪したデザイナー、そして、その作品と同レベルの新作デザインを作る海賊業者。何やら面白そうなことになってきましたな。本人がデザインしたものでも、模造品と言うのかねえ。」
 御大は基本的にこういう事件が好きなのだ。
「なるほどな。流石、リーダー。」
 本気で感心しているらしいコングの横で、フェイスマンは乾いた笑いを漏らした。
「ハハッ。まあそういうこと。だから彼女も、海賊業者を辿れば、父親の手掛かりが掴めるんじゃないかって思ってるようなんだ。」
「だけどよ、俺たちにとっちゃ、悪い奴らをぶっ潰す方が向いてるんだがな。」
「わかってるよ、コング〔註1の1〕。ちゃんと契約内容は確認してきた。」
 フェイスマンが得意げに胸を張る。
「とりあえず、海賊業者を探し出して壊滅させれば、契約完了。そのついでに、ミスター・ホワイトの所在に関する情報を入手できれば、ボーナスアップ。」
「よしよし、よくやったぞ。」
 ハンニバルが満足げにフェイスマンの肩を叩く。
「そうと決まれば、その海賊業者とやらを探しに行くぞ。模造品が出回ってる店は依頼人から聞いてきたんだろうな、フェイス。」
「もちろん。」
 フェイスマンは上着の内ポケットからメモを取り出した。
「えーと、ここから一番近いのは……これかな。キヨモトマツシ。若い女の子に人気のディスカウント・ストアだよ。」
「確か、あちこちにチェーン展開してる店だな。」
 コングでも知っているキヨモトマツシ。「キヨマツ」の略称で若人に親しまれている大手ディスカウント・チェーンである。
「ほう。」
 しかし、もっともらしく頷いて見せるところを見ると、ハンニバルは知らなかったらしい。まあ、仕方ないことだろう。紳士の買い物はデパートと相場が決まっているしね。
 重々しく咳払いをして、ハンニバルは話を進める。
「で、ホワイト・カンパニーとやらの服は、見ればすぐわかるようなものなのか? そもそも、どういう服なんだ?」
 ごもっとも。しかし、ご心配なく。
 それまで奇妙な沈黙を保っていたマードックが、満を持してトイレの中から叫んだ。
「はいはいはーい! よくぞ聞いてくれました。俺っち最近ホワイト・カンパニーの服にハマってるんだもんね。因みに、今日もばっちりそれ。」
 バーンと扉を開けて進み出るマードック。ホルダーから外したトイレットペーパーを、首の周りにマフラーのように巻きつけている。それもぐるぐると。どうやら、しばらく静かだったのは、その作業に忙しかったかららしい。
 その、お1人様1点限りの特売でゲットしたトイレットペーパーを惜しげもなく使った光景に、フェイスマンの眉毛が情けなく下がってしまう。変装してまで、五度も並んだのに!
 そんなフェイスマンの苦悩に気づこうともしないマードックは、ファッションモデルのようにポーズを取る。肩に乗せたロールを首を傾げるように挟んで支えているのはご愛敬。
 そして、問題の服と言えば。
「……。」
「……。」
「……それが、その、ホワイト・カンパニーの服か……?」
 ハンニバルが力の抜けた表情で尋ねる。
 マードックが着ているのは、白いTシャツとチノパンツ。チノパンは少々くたびれていることを除けば、ごくあり触れた品だが、そのTシャツときたら。
 胸に大きく、こう書かれていたのだ。


 


 もちろん、漢字1文字。しかも、よく見ると、くさかんむりの縦棒は3本だわ、皿の中に横棒が入ってるわ、どう見ても間違えてるだろ、それ! と突っ込まずにはいられないシロモノなのである。画数オマケすりゃいいってもんじゃない。
 コレが噂の海賊版?
 しかし、マードックは得意満面だった。
「どう、これ、クールだろ? ジャパニーズ・カンジだぜ。」
「ああ……まあ、何て言うかね。」
 遠い目をしたフェイスマンは、何かを吹っ切るように首を振った。
「もしかして、ホワイト・カンパニーのデザインって……。」
 株価は調べても、服のデザインは調べなかったのか、フェイスマン。しかも、何となく、模様も何もない白い服を想像していたのは、ミス・ホワイトとの12時間会談の後遺症だろうか。
「そっ。ホワイト・カンパニーのデザインは、このクールなカンジが入ってるのが特徴なんだぜ。ワビとサビとゼンの世界さ。」
 言いながらも歩き回るマードック。Tシャツの背中には、何とブタの絵が。それは、クールと言うより別の意味で寒いかもしれない。だが、カンジの読みも意味もわからぬ人々は、妙に納得した。
 とにかく、店に並んだ服の中から、ホワイト・カンパニーの服またはその模造品を見つけるのは、難しいことではなさそうだった。



 というわけで、キヨマツにぞろぞろとやって来たAチーム様ご一行。
 今回の拠点から一番近いところにあったここは、23号店らしい。店内は工場のように広く、妙に明るい。一面に棚が並び、コーナーごとにブランドを示す表示板が天井から下がっている。
「えーと、ホワイト・カンパニーは、と……。」
 入口で貰った店内案内図をフェイスマンが広げる。その横で、ハンニバルは呆れたように表示板を見上げている。
「こう広くちゃわけがわからんな。」
「上ばかり見てると危ねえぜ。」
 と、フェイスマンの腕を掴み、他の買い物客を避けながら、コングが言う〔註1の2〕。
 こんなに広いのに、客が多いせいで、結構人口密度は高いのだ。キヨマツ、侮り難し。しかも、ハンニバルのように、目的地を探して上を見ながら歩いている者も多く、危険地帯と化している。そして、なぜ人は上を見上げる時、口を開けてしまうのだろう。



 ちょうどその頃。キヨモトマツシ23号店の若き店長は、鼻息も荒く、店内を巡回していた。
 因みに、キヨモトマツシは血族経営のディスカウント・チェーン。彼は創業者キヨモトマツシのはとこの息子に当たるキヨモトアツシである。
 大学を出立ての彼が一足飛びにこんな大きな店の店長になれたのも、偉大なマツシ伯父さんのおかげ。忙しい人なので、会ったことは数えるほどしかないが、やはり大物は違う。会うたびにその一挙一動に感服させられ、この若い店長は、マツシ伯父さんにすっかり心酔していた。
 そのマツシ伯父さんが、本日、彼の店に視察に来ると言う。おまけに、何やら大物のゲストが一緒だとか。それが誰なのかまでは教えてはもらえなかったが、これが張り切らずにいられようか。
 昨夜は、閉店後に棚卸しを兼ねて店内の大掃除をした。おかげで、床には塵一つなく、鏡もピカピカ、棚には整然と売れ筋商品が色、サイズごとに並んでいる。客の入りも上々で、店内は活気に溢れているし。
(うん、うん。)
 満足げに頷いたキヨモトアツシ店長。
 その時、彼は気がついた。この店の通常の客層とはちょっと毛色の異なる4人組――すなわち、ちょっと情けない色男、やたら貫禄のある白髪の男性、服装自体はこの店のターゲット内だが、なぜかトイレットペーパーをマフラーのように首に巻きつけた男、そして、ジャラジャラとアクセサリーをつけたモヒカンの黒人男――が、何かを探すように辺りを見回しているのに。
(何なんだ、あの集団はっ!)
 内心動揺するキヨモトアツシ店長。このキヨマツは様々なブランドを扱っているが、基本的にヤング・カジュアルの店なのである。もちろん、主力ブランドであるホワイト・カンパニーのように、カジュアルでありながら十二分に大人も着られる品揃えも自慢ではある。
 それでも、あの集団は違うだろう。いくら何でも、揃いも揃って、想定客層からかけ離れすぎている。
 はっきり言って、浮いているのだ。それでいて妙に威圧感があったりして、周りの客が引いているのがわかる。こんな時に限って、アルバイト店員も付近には見当たらない。
(よりにもよって、マツシ伯父さんの視察があるって日に!)
 だが、彼らの様子は、明らかに目的を持って何かを探している。客は客だ。無下に追い返すわけにもいかない。
 かくなる上は、早いところ目的のものを売って、立ち去ってもらうしかない。
 キヨモトアツシ店長は、その集団に対応すべく、敢然と歩み寄っていった。



「あっちじゃないか?」
「案内図によると、こっちだよ。」
「いや、俺様の勘じゃそっちだね。」
 ちっとも意見がまとまらず、進むべき方向を見失っているAチーム。その時、救いの手が差し伸べられた。
「何かお探しですか?」
 小さな眼鏡に、高低差の少ない顔立ち、ぺったりと撫でつけた黒髪。絵に描いたような東洋人だった。胸につけた名札には「店長 キヨモト」と書かれている。言わずもがな、キヨモトアツシ店長である。
 その名札を見て、コングがニッと白い歯を見せる。
「おぅ、店長なら話が早え。ホワイト・ブランドのコーナーに案内してくれねえか。」
「それでしたら、こちらです。」
 先に立って案内していくキヨモトアツシ店長。因みにその方向は、ハンニバルの言うあっちでも、フェイスの言うこっちでも、マードックの勘のそっちでもなかった。
 流石、店長。彼は棚の間の迷路のような通路を、迷うことなく進んでいく。Aチームの4人はぞろぞろとその後に続いた。



 ほどなく、彼らは「ホワイト・ブランド」と書かれた表示板の下に辿り着いた。
 すると、そこにいた男が、集団でやって来た客をにこにこしながら迎える。
「いらっしゃいませ。ホワイト・ブランドの服をお探しですか?」
 小さな眼鏡に、高低差の少ない顔立ち、ぺったりと撫でつけた黒髪にはところどころ白いものが混じっている。絵に描いたような東洋人だった。キヨモトアツシ店長とそっくりなこの初老の男が、キヨマツの創始者、キヨモトマツシ会長である。
「マツシ伯父さ……いえ、会長! いらしてたんですか。」
 店長がしゃきーんと背筋を伸ばす。
 キヨモトマツシ会長は、そんな店長を全く無視して、マードックの方に向き直った。
「おや、お客様がお召しになっているのも、ホワイト・ブランドのシャツでございますね。」
 その背中が「お客様が優先だろうが、この未熟者!」と熱く語っている。
(ああ、やっぱりマツシ伯父さんは経営者の鑑だ。)
 感涙に咽ぶキヨモトアツシ店長。
 その間にも、会長の滑らかなセールス・トークは続く。
「さすが、お客様、お目が高い。そのブタTは当店でも一番人気のデザインですよ。」
 首に巻かれたトイレットペーパーは、きっぱり無視。
「ところで、今日はどんなものをお探しで? いろいろと新作も取り揃えてございますよ。そうそう、ちょうどデザイナー本人が来ておりますから、直接見立てていただくのもよろしいかと……ミスター・ホワイト?」
 キヨモトマツシ会長が視線を向けたのは、横にいたハンニバル。
「おや、ミスター・ホワイト。一瞬にして太りましたな。おまけにいつの間に着替えたんです? 服の趣味も悪くなったようで……。」
 デブの上、悪趣味呼ばわりされて、一気にご機嫌が下降する御大。
「何を言っているのか、さっぱりわからんが。」
 トゲトゲとハンニバルが言い放つ。しかし、キヨモトマツシ会長は動じることもなく、のほほんと首を傾げる。
「あなたこそどうしちゃったんです? ミスター・ホワイト〔註2の1〕。まあ、そんなことはいいでしょう。お客様に服を見立ててもらえませんか。」
 どうやら天然らしい。
 そこへ脇の棚の陰から、フェイスマンが誰かの腕を引っ張って出てきた。
「もうっ、困るよ、ハンニバル。物珍しいからって、勝手にうろうろしちゃ〔註2の2〕。」
「俺はここにいるぞ。」
 さらに憮然として呟く御大。
「へ?」
 目の前のリーダーと、自分が腕を引いている相手を見比べるフェイスマン。
「あ、あれ?」
 棚の陰から現れたその人物は! まさしく、ちょっとスリムになったハンニバル。ただし、その服装は、白いとっくりセーター、白いウールのパンツに、白い革靴。上から下まで白づくめ。何だか、誰かを思い起こさせる。
「……ミスター・ホワイト……?」
 恐る恐る尋ねるフェイスマン。
「うむ。いかにもわしがホワイトじゃ。」
 重々しく頷くミスター・ホワイト。
 彼はつかつかとマードックに歩み寄ると、おもむろにトイレットペーパーを引き千切って、ロールを奪った。
「何すんだよ、俺っちのファッションを。」
 抗議するマードックをものともせず、そのまま、彼の腰にぐるぐるとトイレットペーパーを巻きつける。そして、取り出した白い毛糸でロールをベルトに括りつけた。
「うむ、これでよい。君のセンスもなかなかのもんじゃが、この方が、わしのブタTがより引き立つ。」
(絶対嘘だ!)
 内心で叫ぶ、ハンニバル、フェイスマン、コング、おまけに、キヨモトアツシ店長。
 だが、キヨモトマツシ会長はやんやと手を叩く。
「素晴らしい! 流石、ミスター・ホワイト! よくお似合いですよ、お客様。」
「え、そう?」
 思わずその気になるマードック。
「じゃが、君のセンス、なかなかに捨て難い。このブタTをそこまで着こなすとは。君になら、専属モデル……いや、わしのネームでデザインを任せたいくらいじゃ。」
「ちょおおっと待って下さい、ミスター・ホワイト!」
 慌ててマードックをホワイト氏からもぎ取るフェイスマン。
「彼はうちのメンバーですから、話はこの私を通してもらわないと。ええ、私は彼のマネージャー、テンプルトン・ペックです。」
「んなこと言ってる場合じゃねえだろう。」
 比較的冷静なコングの台詞に、フェイスマンはようやく当初の目的を思い出す。
「そうそう、我々はあなたのお嬢さんから頼まれて来たんです。」
「何、キャサリンから? そう言えば最近、連絡を入れてなかったかのう。」
「最近って……キャサリンさんは、あなたがもう3年も行方不明だって言ってましたよ。」
「おや、そうじゃったか。年を取ると物忘れが激しくてのう。ごほごほ。」
 わざとらしく咳込むミスター・ホワイト。
 その横では、余程ショックを受けたらしいハンニバルが「スリム……白づくめ……」と呟いている。
「あのう、それでお嬢さんの依頼というのはですね。ホワイト・カンパニーの海賊業者を殲滅……いえ、何とかしてほしいっていうことだったんですが……。」
 恐る恐る言葉を継ぐフェイスマン。
 すると、キヨモトマツシ会長がとんでもないというように、手を振った。
「ここにある服は確かに我が社が製造・販売しておりますが、ちゃんとミスター・ホワイトと契約は結んでいますよ。」
「じゃ、模造品じゃねえじゃねえか。」
「もちろんです。」
「デザイナーと契約しているなら、デザインを使うのは問題ありません。でも、ホワイト・カンパニーの商標を使うのはどうでしょうね。商標そのものは、ホワイト氏ではなく、キャサリンさんの継いだ会社のものですからね。」
「そ、そこまでは気づかなかった……商標も、ミスター・ホワイトが所有しているものと思っていました。」
 フェイスマンの指摘に、項垂れるキヨモトマツシ会長。その様子を、キヨモトアツシ店長がハラハラと見ている。
 一同がミスター・ホワイトの方を振り返ると、彼はひょうひょうと言ってのけた。
「そうかそうか。キャサリンが探してるなら、わしは一旦家に帰るかのう。ひょひょひょ。」
「そんな……ホワイト・カンパニーの服はこのキヨマツの看板商品なのに。」
 がっくりと肩を落とすキヨモトマツシ会長。
「マツシ伯父さん!」
 それを助け起こすキヨモトアツシ店長。その肩に、フェイスマンががしりと手を置く。
「何、気落ちすることはない。キャサリンさんと商標を含めた使用契約を結び直せばいいんです。微力ながら、私もお手伝いしますよ。その代わり……。」
「お、お金ですか……?」
 困惑したような眼差しを向けるキヨモトアツシ店長。何しろ、相手は4人だし、体格のいい強面の黒人男もいる。ここで断ったら、どんな目に遭わされるかわからない。
「まさか。ぜひ、我が社の商品も、この店に置いてもらえないかっていうご相談ですよ。」
「我が社の商品って……あなたたちもアパレルメーカーの方だったんですか。」
「ハウリング・マッド・カンパニーと言いましてね。ご存知ありませんか?」
 そう言って、フェイスマンはにんまりと笑った。その言葉に、マードックは目を輝かせ、コングは肩を竦め、ハンニバルはと言えば、面白そうに葉巻の煙を吐き出した。



 数日後。ニューヨーク、ダウンタウンのとあるウィークリーマンションの一室。
「また追加注文入ったぞー。ゾウT100枚。納期は明後日。」
 受話器を置いたフェイスマンが、奥の部屋へと叫ぶ。
「わかった。」
 コングが返事をする。
 奥の部屋はすっかり工房と化していた。



〈Aチームのテーマ音楽流れる。〉
 キャサリン嬢から貰った報酬で、フェイスマンが買い込んだ旧式のミシンが動いている。ミシンで白いTシャツを縫っているのは、手先が器用なコングだ。縫い上がったTシャツに、マードックが次々とアイロンプリントしていく。ハンニバルがそれを受け取って、ハンガーにかけて冷ます。
 壁に設えられたバーにずらりと並ぶTシャツは、胸にこんなプリントがされていた。


 


 これもまたよく見てみれば、あしへんの口は田になっているし、つくりの木は本になっているし、とどめに品の一番上の□に斜め棒が入っていて、すっかり怪しげな字と化している。
 そして、背中にはゾウの絵が。
 とってもクール……いや、寒い。
 だが、このハウリング・マッド・カンパニーのヒット商品ゾウTのおかげで、当面の生活費には困らないで済みそうなAチームであった。
〈Aチームのテーマ音楽終わる。〉



「どう、調子は?」
 フェイスマンが入っていくと、工房長のコングが答える。
「80枚は上がってる。残り20枚、2日あれば余裕だぜ。」
「頼むよ。今晩、奮発してご馳走にするからさ。あ、ちょっと高い牛乳も買ってきたからね。」
 と、お願いポーズのフェイスマン〔註1の3〕。
「なあ、新しいデザイン思いついたんだけど。」
 とマードック。
「それより、俺の飯は軽めにしてくれ。」
 とハンニバル。
「え、何で? 今日のおかずは大佐の好きなミラノ風カツレツとチーズフォンデュだよ?」
「何でもだ。あ、それから、これ。新しい服買ったから。請求、お前の名前でつけといたぞ。」
「ええっ、また? 最近よく服買うね、ハンニバル。」
 ハンニバルが秘かにダイエットを始め、ワードローブの中味を見直していることに、フェイスマンは気づいていなかった〔註3〕。



註1・フェイスマンとコングの熱い(笑)友情
註2・父親に間違えられるハンニバル。逆もあり?
註3・妙なところで鈍感なフェイスマン
【おしまい】
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