北欧に進路を取れ!
伊達 梶乃
 ロサンゼルス・ウッズ対南カリフォルニア大学スモウ部の練習試合、らしかった。少なくとも、スコアボードにはそう書いてある。現在のところ、ウッズ0点、スモウ部5点と、スモウ部がリード。
 ハンニバルは、ロサンゼルス市民グラウンド第8コートのロサンゼルス・ウッズ側ベンチに座って、この試合を見ていた。
「何かもう1枚、いや2枚着てくるんだった」という言葉が、頭の中をぐるぐる回っている。ロサンゼルスといえども、寒い時は寒い。ニューヨーク並に寒くなる日もたまにはあるのだ。そして、今日はたまたまそんな寒い日だった。風除けになるものなど何もなく、吹きつける北風のせいで、鼻と耳が痛い。
 ベンチ、と言っても、ただグラウンドにベンチが置いてあるだけ。文字通り、ベンチ。公園から無断で持ってきたのだろうか。他の呼び名も思いつかないほどの、ベンチ。座面の板がささくれ立ってはいるが、金属板に座るよりはマシだ、とハンニバルは思い込むことにした。
 昨夜、フェイスマンに「明日の夕方、俺とコング、試合に出るから、暇なら見に来て」と言われた。暇だったので、見に来た。でも、何の試合なのかがわからない。今なお、わからない。少なくとも、スモウではない。
 隣にマードックが座っている。拘束服の上にネルシャツと革ジャンを引っかけた姿で、これまた寒そうにしている。帽子は、北風に飛ばされないように、畳んで、拘束服の胸と両腕の間に挟み込まれている。誰がそうしたのかは知らないけれど、気が利いている。しかし、余計に頭が寒々しい。と言うか、寒い。
 マードックまで来ているとは思わなかった。フェイスマンとコングが連れてきたのだろうか。ふとマードックの足元を見ると、引き千切られたような鎖が足枷につながっていた。その装い(?)からして、とてもマードックが自力で病院を脱出してきたとは思えない。



 ハンニバルは、眼前のグラウンドに目をやった。
 短パンの男たちが、走ったり体当たりしたりしている。その忙しない中から、ハンニバルはコングの姿を見つけ出した。黒く逞しい太股と、ちらりと見える真紅のスパッツ、それに続く薄汚れた白い短パンに包まれたむっちりとした尻が、一部の人々には堪らない魅力だろうが、ハンニバルの知ったことではない。コングは、紡錘形のボールを持って走っていた。しかし、コングの足はそれほど速くはない。横からタックルが入る。それでもコングは走り続ける。男たちをずるずると引き摺りながら。
「コングちゃん、やるねえ。」
 マードックが無感情に言った。
「あ、フェイスだ。」
「どれ?」
「コングちゃんの後ろ。ほら、今走り出てきた。」
 マードックの言う通り、コングの後ろにフェイスマンが走り込んできた。コングがフェイスマンにボールをパスする。それをキャッチして、バウンドさせてゴールポストらしき柵の方に蹴る。ホイッスルが鳴った。どうやら得点したようだ。スコアボードに数字が書き加えられる。
 ハンニバルには、「このゲームが何なのか」はもちろん、「どうすれば得点になるのか」も、よくわかっていなかった。それは、マードックも同様。



 しばらくすると、レフェリーが再度ホイッスルを吹き、グラウンド内の男たちが左右に分かれた。ハーフタイムらしい。
 コングとフェイスマンが、ハンニバルとマードックの所に小走りでやって来た。
「今の見ててくれた?」
 得意げにフェイスマンが言う。
「ああ、見てたよ。あれで点になったのか?」
 両手を擦り合わせつつハンニバルが尋ねた。
「3点取った。」
 得意げなフェイスマンに、不服そうな面持ちでコングが口を開く。
「たった3点だぜ。あのまんまトライすりゃ5点、それにゴールキックで2点、合わせて7点取れるとこだったのによ。」
「よくわかんないけど、3点よりゃ7点の方がよさそだね。」
 マードックのオツムでも、3より7の方が大きいことぐらいはわかる。マードック的にどのくらい大きいかは、常人には見当もつかないが。
「おうよ。当然だぜ。」
「だってね、コング、俺あんまし足速くないんだよ? 相手のバックスが迫ってきてたから、ああするしかなかったの。わかる? 0点より3点の方がいいじゃん?」
 と、フェイスマンがいつもの如く訴える。いつもと違うのは、訴える相手がハンニバルではなくてコングだというだけ。
「そんでも、行けるとこまで行きゃよかったんだ、男ならな。」
「あー、ところで、これは何てゲームだ?」
 言い返そうとしたフェイスマンを遮って、ハンニバルが問う。
「アメフトとはちょっち違うよね?」
 マードックも首を傾げる。
 コングとフェイスマンは、声を揃えて言った。
「ラグビーだよ。知らない?」
「ラグビーさ。知んねえのか?」
 ハンニバルとマードックは首を横に振った。
 ラグビーのことを知らなくて当然、ここはアメリカなのだから。アメリカでボールゲームと言えば、アメリカン・フットボールかバスケットボール。あるいは、ピンボールかビリヤード。



 事の始まりは、1カ月とちょっと前。
 些細な事故で前の職場の上司を病院送りにしてしまったコングが新しく勤め始めたホームセンターのDIY工房、即ち、客のオーダーに従って木材をカットしたり金属をカットしたりする部署では、ラグビーがブームだった。ブームも何も、その部署のメンバーの大半(しかし3人)がラグビーチームに属しており、即刻コングは声をかけられた。「ラグビーやってみねえか?」と。ラガーメンは、何をするにも直球だ。
 そうしてコングは、仕事に就いたその当日に、ラグビーチームに参加することとなった。仕事を終えてからラグビーの練習に参加し、帰宅してそのことをフェイスマンに語った。ハンニバルにも語ったのだが、御大は聞いちゃいなかった。
 コングは毎日ラグビーの練習に出て、毎晩ラグビーのことをフェイスマンに語り、毎晩ハンニバルは聞いちゃいなかった。なぜならば、彼は今、毎晩ゴールデンタイムに放送している『ハニーは出任せ・第2部・キングゴモラ対トカゲ女編』に夢中だからだ。
 フェイスマンは、コングの話を聞いているうちに、次第に洗脳されていき、「ラグビーはアメフトよりも安上がりだ」というコングの言葉が、彼の運命を決めた。
「安上がり」、それはフェイスマンの大好きな言葉。「タダ」も好きだけど、これにはいつも何かしら裏があって胡散臭い。しかし、「安上がり」は合法的で、かつ無理がない。そして、「安い」よりも達成感がある。
 次の日、フェイスマンはスポーツ用品専門店へ赴き、「アメフト備品1チーム分の費用」と「ラグビー備品1チーム分の費用」をそれぞれ計算してみた。違いは、あまりにも明らかだった。何せ、プロテクターもヘルメットも使わないのだから。人員数も違うし。
 その晩、ラグビーの練習場に、フェイスマンの姿があったのだった。



 話を現在に戻そう。
 ラグビーとは何ぞや、をコングとフェイスマンはハンニバルとマードックに説明していた。コングがラグビーのルールを説明し始めかけた時、彼らAチームに1人の男が近づいてきた。このラグビーチームの監督兼フルバック、マイク・ウィルキンス、職業・材木卸。
 フェイスマンとコングの肩に、ポム、と手を置く。
「後半戦も、君たちの活躍に期待してるよ。」
 それからハンニバルの方に右手を差し出した。
「はじめまして、ウィルキンスです。」
「ジョン・スミスだ。」
 握手を交わすと、すぐにウィルキンスはマードックに目をやり、コングとフェイスマンの方を振り返った。
「彼が噂の?」
 神妙な顔で頷く2人。
「俺? 何?」
 ドギマギしちゃっているマードック。
「パワーはねえが、足は俺たちよりゃ速え。それに、タッパがある。」
「難点は、頭の調子が平常とは言い難いことだけかな。」
「それは問題ない。頭はみんな悪い。」
 コング、フェイスマン、ウィルキンスの3人が、こそこそと話を進めている。
「何? 俺っち、何か悪いことした? 夕べウェブスターさんのおかずまで食っちまったから? それとも、コリンズさんの薬まで飲んじまったから? もしかして、マクミランさんのスリッパーを隠したから?」
「そんなことはどうでもいいんだよ、マードック君。」
 明るく、ウィルキンスは言った。満面の笑顔で。
「君、ラグビーをやりたくはないかい? 君ならすぐにレギュラーになれる。今からでもどうかな?」
 今から試合に? そりゃ無茶だ。
「俺がラグビーを? んー、寒そうだし、痛そうだし、俺っち短パン似合わないし……。」
 マードックは、全然やりたくなさそうに見えた。
「ラグビーをやれば、女の子にモテモテだ。」
 そう言ったウィルキンスに、コングが耳打ちし、ウィルキンスは言い足した。
「動物にもモテモテだ。特に齧歯類は、ラグビーの選手に目がない。」
「やる!」
 マードックは即答し、3人は陰で「よし!」という身振りをした。
 実は、彼らのチーム、ロサンゼルス・ウッズには、選手が14人しかいなかった。因みに、ラグビー1チームに必要な人数は、最低15名。マードックの参加により、ウッズはやっとまともな試合ができるようになったのだ! ビバ!
 メンバーが足りないということもあって、ウッズは練習試合しかしたことがなかった。それも相手は、大学のスモウ部とか水上スキー部とかダンス部とか、社会人縦笛愛好会とか男性シンクロナイズドスイミングクラブとか……。



 ここで、ロサンゼルス・ウッズのメンバーを紹介しておこう。全員の名前を覚える必要はないので、ご安心あれ。
 1番、左プロップ、トム・ホプキンス。2番、フッカー、コング。3番、右プロップ、サム・ホプキンス。4番、左ロック、バスキンス。5番、右ロック、マードック。6番、左フランカー、エイキンス。7番、右フランカー、ブルッキンス。8番、ナンバーエイト、ジェンキンス。9番、スクラムハーフ、パーキンス。10番、スタンドオフ、フェイスマン。11番、左ウイング、アトキンス。12番、左センター、バーキンス。13番、右センター、ホーキンス。14番、右ウイング、ワトキンス。15番、フルバック兼監督、ウィルキンス。
 1番のホプキンスと3番のホプキンスは双子。はっきり言って、15人中12人、名前では個別識別しにくいチームだ。顔も、比較的個別識別しにくい。その上、ほとんどが木工関係者。なので、ウッズ。



 早くもマードックはウォーミングアップに引っ張り出されていた。用意されていた5番のユニフォームを着て、単に頭数合わせのために誘われたとは知らないマードックはゴキゲンだ。チーム仲間にいろいろと教えてもらいながら、跳んだり撥ねたりしている。足枷と鎖をつけたまま。
 ベンチでは、仲間外れになって不機嫌なハンニバルが、ぶすっとした表情でグラウンドを見つめていた。隣にはウィルキンスが座っている。
「さっきコングから、ラグビーは1チーム15人だと聞いたが。」
 紙コップに入っているコーヒーは、すっかり冷め切っていた。
「ええ、そうです、15人。マードック君のおかげで15人揃いましたよ。」
「それじゃあ、試合だというのに、ウッズのユニフォームを着ているのが、あんたを含めて8人しかいないのはなぜだ?」
「それぞれ仕事がありますからね。今日は多い方です。」
 それでもスモウ部に練習試合を持ちかけるなんて、無謀と言うか迷惑と言うか。
 ウィルキンスは時計塔を見上げた。
「5時半……そろそろ仕事を終えた何人かが来るでしょう。」
 いいタイミングで、ちょろちょろと走ってくる人影が見えた。
「ほら、スクラムハーフのパーキンスが来ました。……おや? ジェンキンスは?」
「ジェンキンス?」
「ええ、ナンバーエイトのジェンキンス。パーキンスと同じ木工所で働いているので、いつも一緒に来るんですが……どうしたんでしょうね?」
 そう言っている間にも、パーキンスがこちらに走ってくる。そして、走ってきつつ、大声で叫んだ。
「大変だ! ジェンキンスがパクられた!」
「何だと?」
 勢いよく立ち上がるウィルキンス。
 ハンニバルはウッズのメンバーとスモウ部の皆さんとを見回し、「コングは比較的華奢なんだな」と冷静に思った。



 5分のはずのハーフタイムが、陣地交代をすることもなく、20分経過。相手チームの方も、スニッカーズを食べつつシコを踏んだり、チャンコ・ポットの準備を始めているから、よしとする。
「ジェンキンスが何かやったのか?」
 ウィルキンスはラガーメン一同に聞いた。
「わかんねえ。」
 パーキンス+何人かがそう答える。
「でも、現にうちの木工所に警官が来て、奴をしょっ引いていったんだ。」
「何か奴から聞いてねえのか?」
 とパーキンスに聞いたのは、何とかキンス。誰でもいいや。
「何も。俺も作業中だったんで、奴が警官に連れてかれるとこしか見てなかったし。」
「そいつは必要な奴なのか?」
 ハンニバルがウィルキンスに尋ねた。
「もちろんだとも。ジェンキンスはチームの要だ。」
 そう言い切った後、ウィルキンスは「せっかく15人揃ったのに」と呟いた。
「こうしてても仕方ないから、警察行ってみたらどうかな?」
「おう、なるほど!」
 フェイスマンの提案に、ラガーメンが頷く。流石、フェイスマン、スタンドオフを任されているだけある。



 心ここにあらずといった落ち着かない状態で、それでも何となく後半戦をやって、ウッズがスモウ部に大敗した後、ラガーメン9名+ハンニバルが警察署に押しかけても鬱陶しいだけなので、代表してウィルキンスとパーキンスとフェイスマンが警察署に向かった。残りは近くのダイナーで夕飯を食べつつ待機。
 もっさりとした男たちが鬱陶しいダイナーで、コングはマードックにルールを教え込んでいた。他のラガーメンは作戦を練ったり、ダベったりしている。ハンニバルは食後のコーヒーをハイペースで飲んではトイレに立っていた。
 数時間して、困った顔で3人がダイナーに入ってきた。
「随分時間かかったな。どうだった?」
 ハンニバルがフェイスマンに聞く。
「それがさ、警察にいなかったんだよね、ジェンキンス。連行された記録もなし。家にもいなかったし、木工所にもいなかったし、行きつけの店にもいなかった。奴さんと交際中って噂のクラーク先生の所にも行ってきたけど、手掛かり全然なし。」
「ううむ。」
 いきなり行き詰まってしまい、ハンニバルは葉巻の吸い口をギリリと噛んだ。



 ダイナーには、今やウィルキンスとパーキンスとAチーム(マードック含む)だけが残っていた。4人掛けブースの1つでは、ウィルキンスとパーキンスとハンニバルが話し合っている。隣のブースでは、フェイスマンとコングがマードックにルールを教え込んでいる。マードックも、齧歯類にモテたいために一所懸命である。
「あの警官、偽だったってわけか、畜生。」
 今頃になって理解できたパーキンス。
「一体誰が何のためにジェンキンスを誘拐したんでしょうかね?」
「それは俺が聞きたい。」
 ウィルキンスにハンニバルが言う。
「ジェンキンスとやらは、何か後ろ暗いことでもやってたのか?」
「さあ。」
 と、ウィルキンスとパーキンスが頭をふるふると振る。
「仕事上のいざこざは?」
「ない、と思う。俺たち、結構真面目に働いてるつもりだし。」
 と、パーキンス。
「ジェンキンスが姿をくらますと有利になるのは?」
「うちのチーム全員が不利にはなりますが、有利になるっていうのは……。」
 ウィルキンスが考え込んだ。
「もしや……。」
「もしや、何だ?」
「今月末からRUC大会があるんですよ。うちのチームも参加の申し込みをしたんで、それでどうしてもメンバーを15人揃えたかったんです。」
 RUC大会、即ち、ラグビー・アンノウン・カントリーズ大会。一応、世界大会。各地で予選がないこともない。
「その大会に参加するライバルチームの仕業ってこともあり得るな……。」
 ハンニバルは、葉巻の煙を吐き出して呟いた。
「初戦の対戦相手は、どこの何てチームだ?」
「同じロスの、セメンツです。」
 ウィルキンスの答えを聞いて、ハンニバルは隣のブースに言った。
「フェイス、ロサンゼルス・セメンツのデータ、それとジェンキンスの写真。」
「OK、とりあえずこれがジェンキンスの写真ね。」
 フェイスマンが、ジャケットの内ポケットから1枚の写真を出して、それを肩越しにハンニバルに渡した。
「早いな。」
「クラーク先生んとこ行った時に貰ってきた。セメンツのデータは3時間待って。しばらくここにいるよね?」
 ハンニバルが頷くと、フェイスマンはするりとブースから立ち上がって、調査に向かった。
「コング、お前は、今日の昼から夕方にかけてロス市警の制服が盗まれなかったか調べてみてくれ。」
「わかった。」
 コングも、どすどすと店の外に出ていく。
「俺っちは?」
「モンキー、お前は……あー、そうだな、ウィルキンスにラグビーのことを教えてもらえ。」
「了解!」
 元気に返答するマードック。ウィルキンスは渋々とマードックの前の席に移動した。
「パーキンス、君は、もう一度ジェンキンスの交友関係を当たってみてくれ。」
「……は、はい、俺が1人で、ですか?」
 当たってみてくれ、と言われても、ハイスクールを中退した後、木工所で働いているだけの一般市民パーキンス(23)には、ちと荷が重い。
「ああ、俺も一緒に行こう。……よっこらせっと。」
 パーキンスが自分の部下ではないことに気づいたハンニバルは、ジェンキンスの写真を手に、のそのそと腰を上げた。



 3時間後、ハンニバルがダイナーに戻ってくると、既にフェイスマンとコングが資料を前に待機していた。
「この界隈の警察に、市警の制服が盗まれたって報告はなし。出入りのクリーニング屋にも、怪しい動きはなし。念のため、クリーニング屋のリスト作っといたぜ。」
 コングが報告し、次にフェイスマンが紙束を指して説明を始める。
「これがセメンツのメンバーのリスト。名前、住所、年齢、電話番号、職業、家族構成、過去の逮捕歴もね。うち2人は服役中。かなり荒っぽい連中みたいだけど、ほとんどに監察官がついてるから、逆に何も悪いことできないんじゃないかな? ジェンキンスとつながりがありそうなのが、こいつ、フレッド・ゴットマン。」
 リストの中の1行を、指でなぞる。
「どういうつながりなんだ?」
 その1行にさっと目を通し、ハンニバルが尋ねる。
「先月、クラーク先生の勤めているハイスクールの外壁を修理した。」
「それだけか?」
「それだけ。でも、それ以上にジェンキンスに関係がありそうなのってないし……。」
 フェイスマンは肩を竦め、言葉を続けた。
「で、ハンニバルは何してたの?」
「パーキンスと、ジェンキンスの交友関係をちらっと当たってみた。」
「収穫は?」
「なし。ジェンキンスのご友人たちは、皆、真面目で真っ当ないい人たちだってわかっただけだ。」
「パーキンスは?」
 フェイスマンが辺りを見回す。パーキンスは、仲間内ではごく小柄で「レッサーパンダちゃん」などと呼ばれてはいるが、見えないほど小さいわけではない。
「クラーク先生が取り乱してたんで、慰め要員として先生のとこに置いてきた。」
 ハンニバルとフェイスマンは敢えて口には出さなかったが、「大丈夫かな?」「大丈夫だろう?」と目で語り合った。パーキンスが同僚(それも先輩)の恋人をどうこうするはずはない、恐らく……。
「そんで、どうすんだ、ハンニバル?」
 一向に進展を見せないこの状況に業を煮やしてコングが聞く。マードックはいつまで経っても何が反則なのか理解できないでいるし。
 ハンニバルは店の柱時計に目をやった。既に0時を回っている。
「よし、今日はもう遅いので、これにて解散。朝になったら、フレッド・ゴットマンの線から洗ってみる。以上。」
 ウィルキンスは、「やっと解放された」とでも言うかのように、大きな溜息をついた。やはり、慣れていない人にとってマードックの相手は難しい。



 アジトとしている古アパートに戻ったAチームは、それぞれのベッドに入った。ハンニバルとフェイスマンは、アパートに備えつけのパイプベッド(×2)に。コングは寝袋に入ってソファの上。不意のお客様=マードックは、バスタブの中で新聞紙を被って。
(……一体何で俺たちはジェンキンスのことを真剣に探してるんだ?)
 冷たいベッドの中で、ふとハンニバルは思った。
(コングが仲間のために力を尽くすのはよくあることにせよ、謝礼も報酬もなしでフェイスが文句を言わずに動くのは変だ。ジェンキンスには何か裏があるのか?)
 と、その時、電話が鳴った。
 しかし、寒いので、ハンニバルは布団から出たくなかった。部下3人のうちの誰かが電話に出てくれることを期待したが、期待とは往々にして裏切られるものである。むしろ、期待すればするほど、期待に反した結果となるものだ。つまり、誰一人として電話に出ようとはしなかった。それでもなお、コールは続いている。
 仕方なくハンニバルは毛布に包まったまま電話に向かった。
 鳴り響いている電話のすぐそばでは、コングが耳栓をして眠っている。マードックの奇声対策だろうが、マードックが奇声を発していない今、ハンニバルにはその耳栓が、コングの備えあれば憂いなしの態度が、ただ憎らしい。グーになっている右手を何とか堪え、受話器を取る。
「ハロー?」
「アリョー、ハンニワウはん? ウィ〜ルキンフれふ。」
 ウィルキンスの呂律は、十分に回っているとは言い難かった。換言すれば、全然回っていない。
「おひょくにふんまへん。ごえんっす。ちょおっつ飲んれ帰っらら、うひにハックシュや来れまいれ。ほりら何らっららわらりやふ? こや何と、脅迫りょーなんれふわ。」
「脅迫状だと?」
「ええ、へえ、げーふ、脅迫りょーれふ。ヒェンキンスを返ひてほひくヴァ、例にょもにょもにょをよこしぇって。」
「もにょもにょ?」
「イエー、もにょもにょ。ヒェンヒンヒュにょもにょもにょれふげー。」
 泥酔一歩手前?
「わかった(わかってないけど)、ウィルキンス。今からそっちに行く。シャワー浴びて熱いコーヒー飲んで、酔いを覚ましておけ。」
 ハンニバルは叩きつけるように受話器を置き、手始めにコングの耳栓を取り、耳元で叫んだ。
「軍曹、起床!」



 30分後。
 眠くて寒くて不機嫌なハンニバル、眠くて牛乳飲んでなくて不機嫌なコング、眠くて髪が乱れてて不機嫌なフェイスマン、眠くて濡れてて(ハンニバルにシャワーの栓を捻られた)無茶苦茶寒い足枷つきマードックは、ウィルキンスのアパートのドアの前にいた。
 フェイスマンが、近所迷惑にならないように、そっとドアチャイムのボタンを押した。そっと押しても、鳴る音は変わらないと思うけど。
「はい……?」
 ドアの隙間から顔を覗かせたのが、流れるようなストレート・プラチナブロンドの髪に緑の瞳をした北欧系美女だったので、フェイスマンは慌てて乱れた髪を撫でつけた。
「夜分畏れ入ります、ここ、ウィルキンス監督のお宅ですよね?」
「ええ、そうです。あなた方、ラグビーチームの?」
「スタンドオフのテンプルトン・ペック、通称フェイスマンです。ごく簡単に、フェイス、とお呼び下さい。」
「マイクから聞いておりましたわ。どうぞ、お入り下さい。」
 と、賢明にもフェイスマンの台詞を8割方無視した美女は、ドアチェーンを外して4人を部屋の中に通した。
「あーなーた! 一体いつまでシャワー浴びてる気? あなたの先祖はタコ? 皆さんいらっしゃったわよ。早くしなさい、この腐れスットコドッコイが!」
 4人は耳を疑ったが、聞かなかった振りをした。こんな美人でゴージャスボディの女性の口から、そんな言葉が発されるなんて……。
 ウィルキンスがバスルームからのっそりと姿を現すまで、かなりの時間を要した。その間に、深夜の訪問者に興味津々な子供たち(母親似)がコングに懐き、子供たちが可愛がっているハムスターにマードックが懐き、ブランデー入りコーヒーやホットミルクや実に謎めいたスープが振る舞われ、ハンニバルは暖炉風ヒーターの前のロッキングチェアに座ってゆったりと葉巻を吹かし始め、フェイスマンは当然ウィルキンスの奥方、フィオナと……北欧3国のパイン材輸出状況について話し合い始めた。



「これが脅迫状です。」
 のぼせかけているウィルキンスは、ふやけた指で丸まったFAX用紙を摘んでハンニバルに渡した。
 ハンニバルは、それをビッと伸ばし、コングとフェイスマンとマードックは、それを覗き込んだ。
「何々……ジェンキンスを返してほしくば、例の物々を寄越せ。オズワルド・エリクソン。……って誰?」
 フェイスマンがウィルキンスを見上げて問う。
「スウェーデンの材木商、うちの奴の前夫。」
 うちの奴=フィオナは、子供たちとハムスターを連れて寝室に引っ込んでしまっている。
「例の物々というのは?」
 ハンニバルが尋ねる。
「彼女と子供たちとハムスターと、それから彼女の実家で伐採されたパイン材、およびそれをアメリカ国内で捌く権利、だと思います。」
 ウィルキンスからそれらを取り上げたら、本人とラグビーしか残らないではないか。
「材木の方は合法的にやってんだろ?」
 コングも尋ねる。順番だから。
「もちろんです。彼女も、奴とは正式に離婚して、俺と正式に結婚してるんですよ? 長男は奴と彼女との間の子ですが、養育権は彼女にあります。長女は、間違いなく俺と彼女の子だし、ハムスターだってこっちで買ったものだ。奴に渡す謂れなんかありませんよ、特に長女とハムスターは。」
 結構苦労しているのだ、この男。
「ほんじゃ、話は簡単だね。監督は何も悪いことしてないんだから、そのエリクソンとかいう奴んとこ行って、ジェンキンスを取り返す。だしょ?」
 マードックがまともなことを言った。あまりにもまともすぎ。足枷から垂れている鎖がアースの役目をしているからかもしれない。
「取り返すって、スウェーデンまで行って?」
 驚くウィルキンス。彼は、この4人(厳密には3人)が世界を股にかけるAチームだということを知らない。
 スウェーデンと聞いてコングがヴェリィ嫌な顔をしたが、いつものことなので放置。
「大丈夫、監督。」
 フェイスマンが優しく微笑んだ。
「飛行機の燃料代だけに負けといてあげましょう。……ところで、そのエリクソンっていうの、金持ち?」
(それでこそフェイスだ。)
 ハンニバルは、ほっと息をついた。



〈Aチームの作業テーマ曲、かかる。〉
 ちょろまかした軍服を着て、軍の飛行場から長距離用輸送機をかっぱらうマードック(足枷つき)とフェイスマン。
 薄暗い部屋の中、涙で頬を濡らしたクラーク先生と、不器用に慰めるパーキンス。
 ハムスターにエサをやり、指を噛まれるウィルキンス。
 ラグビーの練習をしている横で、大がかりな機械を組み立てるハンニバルとコング。
 黙々と教会の外壁の修理をしているフレッド・ゴットマン。
 シコを踏み踏みキットカットを食べるスモウ部の皆さん。
 大がかりな機械を使って、かっぱらってきた輸送機に色を塗るAチーム。場所は、ロス郊外の材木倉庫。
 コングに、魔法瓶に入ったホットミルクとクッキーを勧めるフィオナ。そのクッキーを一口食べて、ばったり倒れるコング。ニンマリと笑うハンニバルとフィオナ。
〈Aチームの作業テーマ曲、終わる。〉



 さて、ここは、スウェーデンの首都ストックホルムからそう遠くはないけれど近いとは言えないヴェステルオース。この町にエリクソンの事務所と自宅がある、とフィオナから聞いて、Aチームはここにやって来たのだ。
 既にコングは覚醒済み。片手にパック入り牛乳を持ち、機嫌も悪くはない。マードックの足に依然として足枷がついている以外は、ただの旅行者の一団に見える。旅行者はあまりヴェステルオースを訪れたりしないかもしれないが。
「ここ、ここ。このビルだ。」
 フィオナから貰った住所のメモと、建物に掲げられた番地表示を照らし合わせて、フェイスマンが言った。間違いなく、「エリクソン何とかかんとか」と建物に書いてある。「何とかかんとか」は、スウェーデン語なのでわからないけれども、「材木商」か「ビルディング」かのどちらかではないかと推測される。もしかしたら、その両方かもしれない。
 ビルを見上げるAチーム一同。5階建ての真新しいビルは、窓のミラーガラスに冬の北欧の弱い太陽光が反射してキラキラと輝き、入口はこれまたキラキラピカピカの自動ドア。
 エリクソン氏、ウィルキンスとは比較にならないほど金持ちなようだ。さらに、フィオナを取り戻すために、ウィルキンスの趣味を調べ上げ、ロサンゼルス・ウッズの中で一番実力のあるジェンキンスを拉致したところから察するに、金があるだけではなく、頭も回り、行動力もありそうだ。頭が回って行動力のある部下がいるという可能性も大。
「どうする、ハンニバル?」
 今回はいつものように「突撃あるのみ」では済まない、と悟ったコングが、ハンニバルに聞く。
「ふむ、正攻法で行くには、ちと寒いかな。」
 またわけのわからないことを、と、コングは眉間に皺を寄せた。



 10分後。
 ハンニバルとコングが、エリクソン何とかかんとかの自動ドアの前に立った。ドアがスッと開く。歩を進め、受付嬢の前で足を止める。
「こんにちは。ミスター・オズワルド・エリクソンに、ミセス・フィオナ・ウィルキンスの件で来た、と伝えてくれ。」
「専務に、ですか? アポイントメントは?」
 それを聞いて、ふっ、と鼻で笑う。社長かと思えば、専務。
「アポは取ってない。ともかく、俺たちがアメリカから来たってことを伝えてくれ。」
「かしこまりました。失礼ですが、そちら様のお名前は?」
「Aチーム。」
 受付嬢が訪問者リストに英語で「株式会社Aチーム(アメリカ)」と書いたのを見て、ハンニバルはちょっとがっかりしたが、訂正はしなかった。
 応接室に通された2人の前に、オズワルド・エリクソンはすぐに現れた。高そうな、しかしセンスの悪いスーツに身を包んだ、中肉中背の、どーってことない男だ。金髪碧眼だけど、そんなものは、ここスウェーデンではどーってことない。
「お待たせいたしました。」
 と、腰を低くして応接室に入ってきたが、ドアを閉めるなり、彼の顔つきが変わる。
「ウィルキンスに雇われて来たのか?」
「雇われてはいない。」
 きっぱりと言い切るハンニバルの横で、コングも首を横に振っている。
「……頼まれてもいないな? ウィルキンスに。」
 思い出したようにハンニバルが言う。
「おう、そう言われりゃそうだな。」
 コングも、不思議そうな顔をした。
「お前たちとウィルキンスの関係は、別に何だって構わない。少なくとも、お前たちは警察や弁護士じゃなさそうだしな。で、フィオナは? こっちに連れてきてるんだろうな?」
「家にいるんじゃないか、ロスの。」
「今頃ぁ寝てるだろ。向こうじゃ真夜中だ。」
 のほほんとしている二人に、エリクソンがいらついて言う。
「じゃあ、お前たちがここに来た目的は一体何なんだ?」
「目的はただ1つ――ジェンキンスを返してもらおうか。」
 すちゃっ、とハンニバルが銃口をエリクソンに向ける。
「ジェンキンス? ああ、あのクマ男か。あいつがここにいるとでも思ってるのか?」
「いんや、思ってませんよ。」
 ハンニバルは余裕の微笑みを見せた。



 一方、エリクソンの自宅では。
「フェイス〜、寒いよ〜。」
「静かにしろ、モンキー。俺だって寒いんだからな。」
 フェイスマンとマードックが、凍えながら小声で言い合っている。ここはエリクソン家の地下室。フィオナの「オズワルドは見つけられたくないものを地下室に隠す癖がある」という言葉に従って、懐中電灯を片手にジェンキンスを探しているのだ。地上階には家政婦がいるようだったので、大声も出せない。
「それにしても広いよなあ、この地下室。」
 そう言う間にも、フェイスマンの歯はガチガチと鳴っている。
「その上、俺様の頭ん中みたいに散らかってる。」
 マードックの歯もガチガチ。
「おーい、ジェーンキーンス。どこにいるんだー?」
 小声で呼んでみる。何の期待もせずに。しかし!
「ここだー。ここにいるぞー。誰だー?」
 小声で返事があった。
「俺、フェイスマーン。スタンドオフのー。助けにきたよー。」
「サーンキュー。」
 それから5分以上かけてジェンキンスを探し出し、さらに5分ほどかけて彼を縛めていたロープを解き、マードックがレンタカーの所までジェンキンスを連れていっている間に、フェイスマンは地上階をこっそりと家探しして、金目の物を頭陀袋一杯ゲットした。これで謝礼やら報酬やらを気にする必要もない。
 ジェンキンスは丸1日以上、氷点下の地下室にいたために手足が凍傷にかかり、空腹でもあるために衰弱していた。だから、先刻、小声だったのだ。わざと小声にしていたのではなく、小声しか出なかったのだ。「手巻きウインチのブラウンベア」の異名を持つジェンキンスともあろう男が。
 とりあえずジェンキンスに食物を与え、凍傷の方は市販の塗り薬でしばらく我慢してもらうことにして、3人は輸送機に戻った。



 話を戻して、応接室では。
 ドバウンッ!
 応接室の扉を勢いよく開いて、中肉中背白髪碧眼の老人登場。オズワルドの父、そしてエリクソン社社長、グスタフ・エリクソン。
「親父!」
 オズワルドの顔に怯えが浮かび上がる。
「アメリカからの客人がお前を訪ねてやって来たと聞いて、もしやと思って来てみれば、お前って奴は、まだフィオナにこだわっとんのか! 確かに彼女は、美しく、気立てもよく、さっぱりと豪快で、いい嫁じゃった。わしも彼女を失って悲しい。だが、お前を捨てた彼女の気持ちもわからんでもない。いや、むしろ、わかりすぎてヘドが出る。お前のせいで義理の娘と孫を失ったわしの気持ちもわかれ! このバカもんが! 早く自分の仕事に戻るんじゃ!」
 流石、社長。ハンニバルやコングが口を挟む隙も見せない。かなり私情が混じってるけど。
 オズワルドは頭を下げたまま、すごすごと姿を消した。
「お客人。」
 きっ、とハンニバルに向き直るグスタフ老。
「遠い所をお出でいただいて、大変申し訳ない。愚息には重々言い聞かせておくので、数々のご無礼、お許し願いたい。」
「こちらとしちゃ、彼が今後、ウィルキンス一家に一切手出し口出ししないってんなら、それでいいんだ。それと、彼が攫ったジェンキンスをこっちに返してくれさえすれば。」
 真摯に謝るグスタフ老に、ハンニバルもそれなりに答える。
「まあ、ジェンキンスは、今頃うちの奴らが救出してるでしょうがね。」
 ハンニバルはコングを振り返って頷いた。コングも頷き返す。
 そんな2人を羨望の眼差しで見つめるグスタフ老。
「ああ、何とお羨ましい。逞しく力強く、そして寡黙に父親につき従う……。わしも、そんな息子が欲しかった……。」
 この老人の言葉の意味を理解するのに、たっぷり30秒はかかった。いくら何でも、ハンニバル=父親、コング=息子、というのは無理がある。スウェーデンには、こういう親子もいるのだろうか? いないよなあ、多分。



 翌日。
 グラウンドに集まったウッズのメンバーは、満身創痍と言うほどではないにせよ、主力メンバーは尽く負傷していた。
 ジェンキンスは、凍傷のため、手指に包帯を巻き、鼻にガーゼを貼っている。
 パーキンスも鼻にガーゼを貼っているが、これはジェンキンスに殴られて鼻骨が折れたからである。どうやら、パーキンスとクラーク先生との間に、やはり何かあっちゃったらしい。そして、それがジェンキンスにバレちゃったらしい。クラーク先生、ごまかすのが下手な人だから。
 ウィルキンスは、前歯が折れて鼻の下一帯を腫らせている。度を越して酔っ払ったことと、子供がいるのに深夜に仲間を家に呼んだことと、最終的に彼自身は問題解決に向けて動かず他人任せにしたこととで、フィオナに怒りの鉄拳を食らったとか。加えて、これは今日に限ったことではないが、彼の指先は、ハムスターに噛まれているせいで絆創膏だらけ。
 コングは、頭に包帯を巻いていた。コングを帰りの飛行機に乗せるために気絶させる際、殴りつける手段としてマードックが選んだ石が心持ち大きく、言ってみれば岩だったからだ。モヒカンがなければ死んでいたと思われる。
 マードックは、右足首に包帯を巻いていた。未だ足枷はついているが、鎖はなくなっている。帰途、輸送機が燃料切れで砂漠に胴体着陸した時に、足枷の鎖がシートの金具に引っかかり、危うく足首がもげるところだったのだ。
 幸いにも、ハンニバルとフェイスマンは無傷。フェイスマンが盗ってきた金目の物も無傷。



 ベンチウォーマーを着込んでベンチに座っているハンニバルの隣に、フィオナと子供たちとハムスター。因みに、このハムスター、ウィルキンス(父)以外は噛まない。
 グラウンドでは、負傷しているにも関わらず、ラガーメンがRUC大会に向けて練習をしている。
「おう、フェイス、お前、足どうしたんでい?」
 コングがフェイスマンの腕を引いて聞いた。
「足? どうもしてないけど。」
「どうもしてねえはずぁねえだろ。ビッコ引いてるぞ。」
「ウソ、ちゃんと歩けてるし走れてるよ? 痛くも何ともないし。」
「いんや、左足が変だ。おーい、監督! ちょっと来てくれ!」
 呼ばれたウィルキンスが、コングから話を聞いて、フェイスマンを地面に座らせると、スパイクとストッキングを脱がせた。そして、その足首を診る。
「医者じゃないから断言はできないけど、十中八九、折れてるね。」
「骨折ぅ?」
 フェイスマンが素っ頓狂な声を上げた。
「俺の足首、折れてんの? 痛くもないのに? いつ折れたのさ?」
「足首の疲労骨折は気がつきにくいって聞いたことがある。痛くないからって放っておくと、変な形で固まってしまうぞ。早いうちに病院に行くんだな。」
 ウィルキンスは、さらりと言って、立ち上がった。
「俺、大会に出られる?」
 ウィルキンスを見上げて、心配そうにフェイスマンが問う。
「RUC大会に? あと半月しかないから、どうかな?」
「お前、そんなに大会に出たいのか?」
 コングがフェイスマンの脇に跪き、意外そうに尋ねた。
「そりゃあ出たいさ! 出ると、勝たなくても、ラグビーが栄えてる国から参加賞が貰えるんだろ? オーストラリアとニュージーランドから牛肉・羊肉の詰め合わせが、イギリスから紅茶と乳製品の詰め合わせが、日本から最新電気製品とスシの詰め合わせが、参加者全員に漏れなく贈られるって聞いたよ?」
「何だって?」
 ウィルキンスとコングが声を揃えた。
「え、パーキンスがそう言ってたけど、違うの?」
「ははは、あいつも言うようになったなあ。」
 笑いながら練習に戻っていくウィルキンス。
「あのなあ、フェイス。」
 コングがフェイスマンの頭をポンポンと叩いた。
「残念ながら、ラグビーの試合には、賞金も賞品も一切出ねえんだ。アマチュアはもちろん、プロでもな。」
 フェイスマンの顔から、さーっと血の気が引いていく。
「……じゃあ何で俺、ラグビーなんかやってんの……?」
「さあな。ま、乗りかかった船だ、最後までつき合いな。」
「病院行ってからね……。」
 泣きそうなまでにトホホな表情のフェイスマンの肩を、コングががっしりと抱いて揺さ振った。



「素敵なお子さんたちですよね。仲よくって。」
 フェイスマンとコング、それから向こうの方でタックルの練習をしているマードックを見つめながら、フィオナがハンニバルに言った。
「ええ、いい子たちですよ。」
 最早、弁明する気も、誤解された理由を詮索する気もないハンニバル。「お子さんたち」の「たち」がどこまで含むのかは気になったが、答えを聞くのが恐くて、彼女に確認することはできなかった。
【おしまい】
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