洗濯ばさみ降る街
フル川 四万
          1


 NY。冬の夜。
 色取り取りのイルミネーションが大通りの並木を飾り、ビルの窓にはツリーの灯りが映っている。行き交う人々は、クリスマスプレゼントを求めて高級デパートのウィンドウに貼りつき、思い思いの洗濯ばさみがその姿に彩りを添える。
 …………洗濯ばさみ?



「ありゃ何だい、フェイス。」
 両腕に一杯の紙袋を抱えたハンニバルが言った。今日の彼氏、紺ツイードのスーツ姿。結構いかしてる(フェイスマン談)。
「え? 知らないの、ハンニバル。」
 と、フェイスマン。こちらは、可愛い白のダッフルなんか着込んで、ブティックの箱(GFへのクリスマス・プレゼント)を山盛り抱えていた。今日の2人は、買い物帰り。有名宝石店の婿取り問題と高校バスケのスター選手の移籍問題を解決し、割と多めの謝礼を手にした彼ら、滞在は高級アパートだし、今年の冬は、珍しくリッチに越せそうな予感のAチームなのである。あともう1つ依頼をこなしたら、今年の仕事は終了だし。
「あれは、この冬、大流行のグッズ、『ハッピーピン』。」
 と、胸を張るフェイスマン。胸を張った理由は定かでなし。(別に流行はフェイスマンのせいじゃないし。)
「洗濯ばさみじゃないのか?」
 通り過ぎるご婦人の帽子にびっしりつけられた白の洗濯ばさみを眺めつつハンニバルが言う。
「違う違う。シビル・シェパードが愛用してるってんで一躍有名になったおまじないグッズさ。今朝のニューストピックスでやってたよ。つけた数だけ幸せが増えるんだって。」
「幸せって、数えられるもんだったのか。んで、シビル・シェパードって誰?」
「それ知らないなんて、ヤバいよハンニバル。時代に置いてかれて、化石になっちゃうよ?」
「(ちょっとスネながら)どうせあたしゃ前時代の遺物ですよ。……で、シビルなんとかっちゅうのは?」
「シビル・シェパード! 今売り出し中の新進女優! ……ほら、あれ。」
 と、指差す先はブティックのウィンドウ。一面に貼られたポスターには、髪に黒の洗濯ばさみをつけたブロンド美人がにっこり微笑んでいる。
「ほう、なかなかの美人じゃないですか。髪の色と鼻の座り具合があたし好みだね。」
 鼻の下を伸ばすハンニバルに、少々ムッとしたフェイスマンであったが、すぐに気を取り直した。
「じゃ、僕たちも買って帰ろうよ、ハンニバル。」
「洗濯ばさみなら家にもあるだろう。別にNYで買わなくとも……。」
「違うよ、洗濯ばさみじゃなくて、幸せを買うんだってば!今やNY中がつけてるんだよ? 僕たちだけつけてないなんて、お登りさんみたいで格好悪いじゃない。」
「モンキーじゃあるまいし、洗濯ばさみつけて歩くくらいなら、あたしゃお登りさんで結構ですよ。どうせ前時代の遺物だし……。」
 言いかけたハンニバルの腕は、しかし素早くフェイスマンに捕らえられ、2人は目指すブティックへとずんずん進んでいくのであった。



「いらっしゃいませ!」
 ガラスのドアを開けた瞬間、店員の威勢のいい声が飛んだ。店内は混んでいる。
「こんばんは。ハッピーピン、ある?」
「ありますとも!」
 黒いワンピースの前身頃の全面に緑色の洗濯ばさみをびっしりとつけた女店員が、にこやかに言った。
「えっと、欲しいんだけど……何色があるのかな?」
 フェイスマンの言葉に、店員は、ちっちっちっと2本指を振って否定の意を表す。
「色ではありません。ハッピーピンには、各人の煩悩の特性に合わせた108のモティーフがあるのです。」
「108?」
 と、フェイスマン。
「煩悩?」
 と、ハンニバル。NYの流行りものにしては、随分とオリエンタルな匂い漂う分類である。
「そうです。例えば、ハッピーピンのイメージガール、シビル・シェパード嬢のハッピーモティーフはスイートタランチュラ。これです。」
 と、店員が差し出したのは、黒のファーがついた洗濯ばさみ。
「洗濯ばさみですな、やっぱり。」
 ハンニバルがボソリと呟いた。その呟きは、当たり前のように無視されたのだが。
「そして私のハッピーモティーフは、フレッシュアスパラガス。これです。」
 店員は、自分の胸についた緑色の洗濯ばさみを外して見せた。誇らしげに。緑なだけの洗濯ばさみを、誇らしげに。
「その他にも、各人の煩悩に応じて、アメリカザリガニ、レイジードンキー、キガシラペンギン、憂いのシロサイ等のハッピーモティーフが用意されています。まずは、このハッピーチャートに記入していただいて、結果が出たらレジまでお持ち下さい。」
 店員は、そう言うと、2人にA4の冊子を1冊ずつ渡し、くるりと踵を返して他の客の対応に去っていった。



 取り残された2人。とりあえず、店の片隅に移動する。
 なぜかやる気満々のフェイスマン、早速、渡された冊子のページを捲る。
「フローチャートだな。」
「だね。じゃあ、いくよ、イエス、ノーで答えてね。」
「ああ。」
「今朝の朝食はジンギスカンだった。……ノー。」
「ノー。……それ、イエスの奴にお目にかかりたいね。」
「洋服は、セオリーよりインスピレイションで選ぶ。イエス。」
「イエス。」
「酔っ払って記憶をなくしたことがある。……イエス。」
「ノー。」
「ここから枝分かれだね。じゃあ僕の方から。生まれ変わるならどっち? a.ツキノワグマ、b.赤唐辛子。……クマかなあ。」
「あたしの方の問題は……どれどれ、好きなソックスの長さはどっち? a.膝まで、b.足首まで。膝までだ、もちろん。紳士たるもの、靴下は膝までに決まってる。……こんな問題が、どこまで続くんだ?」
「あと40ページくらいみたいだよ。」
 と、冊子をペラペラ捲るフェイスマン。渋っていたハンニバルも、ついやる気になってしまい、2人は延々と続くハッピーチャートに取り組んだのであった。



 小1時間経過。
「やっと最後のページだあ。ルーズベルトが大統領に就任した年は何年でしょう? a.1932年、b.1977年。……1932年だな。」
「それ、フローチャートって言うよりクイズに思えるのは気のせいですかね?」
「(無視して)えっと、あなたのハッピーモティーフは……ブルース・リー。」
「何で個人名なの、煩悩のあり方が。」
「知らないよ。で、ハンニバルは?」
「あたしの方はもうちょっとマシだと思いますよ(と、ページを捲る)……フライドオニオン、ケチャップ添え。」
「……調理済みじゃん、ハンニバルの幸せ。」



 そんなこんなで、ハンニバルのは薄茶色と赤、フェイスマンのは黄色と黒、それぞれのハッピーピンを受け取った2人。それぞれ50個セットで35ドル。高いのか安いのか、微妙な値段ではある。
 流行のアイテムを入手してご満悦のフェイスマンと、何だか釈然としないハンニバルは、それでも服の襟や袖口にピンをつけて、アジトへのご帰還と相成ったのだった。



          2


「今朝の乳脂肪分は?」
「ちょっと多めの4.8%。」
「よし!」
 合言葉も鮮やかに決まり、アジトである高級アパートメントのドアが開いた。
「遅かったじゃねえか、って、何でい、ハンニバルとフェイスまで洗濯ばさみつけてんのか。」
 ドアを開けたコングが、忌々しそうに唸った。
「ただいま。まで、てことは、もしかしてモンキーもつけてんの? ハッピーピン。」
 部屋に入ってダッフルを脱ぎながらフェイスマンが言った。
「ラッキーだかトリッキーだか知らねえが、モンキーもつけてるし、さっきから待ってる依頼人もつけてるぜ、洗濯ばさみ。一体この街はどうなっちまったんでい。」
 いつもの出で立ち(not with洗濯ばさみ)のコングが、大袈裟に嘆きながら顎をしゃくって居間を指差した。
「ああ、首尾よく連れてきましたね、ご苦労さん。」
「おう。」
 今日のコングは、依頼人との接触係。依頼人を本屋で拾って、目隠しをして、無闇に市内を走り回った後でこのアジトに連れてきたのだ。



「お待たせしました。」
 ハンニバルがよそ行きの顔を作って、ソファでマードックの耳たぶに洗濯ばさみをつけている男に声をかけた。
「スミスさん……ですか?」
 男は立ち上がった。年の頃は30過ぎだろうか。鳶色の長髪を後ろで束ね、タイダイのTシャツにジーンズの上下という姿は、一時期流行ったヒッピー風。だが、ジーンズの襟には、白の洗濯ばさみが止めてある。そこだけ今風?
「白……てことは、君のハッピーモティーフは何だい? ホワイトアスパラガスか何かか?」
 今日仕入れたばかりの知識を披露してみるハンニバル。
「ちっがーう!」
 と、マードックが叫んだ。
「これはハッピーピンじゃないんだぜ、ハンニバル。」
 マードックが得意気に言い放った。今日の彼は、白の拘束衣姿に、無数の白洗濯ばさみ。退役軍人病院の反省室から攫ってきて以来、1週間この格好なのである。
「ほう、ハッピーピンじゃないとな。」
「ええ、ハッピーピンじゃありません。」
 と、依頼人。
「これは、ラッキーペグ。私の兄、ロン・ハリスが発明した、お守りです。」
「ロン・ハリス……どこかで聞いたことがある名前だな。」
「ええ。兄から、皆さんのことはよく聞いていました。」
 しばし考えるハンニバル。
「……ハリス! ……洗濯屋のハリスか!」
「はい、洗濯屋のハリスです。僕は、弟のケン・ハリス。その節は、兄がお世話になりました。」
 青年は、そう言って微笑んだ。
「誰?」
 と、フェイスマン。
「ベトナム時代の戦友だ。ハリスは、兵士としてはいいとこなしだったが、洗濯だけは妙に上手くてな。最後の方は、前線には出ないで、キャンプで皆の洗濯物を一手に引き受けてたんだよ。で、どうしてるんだ、ハリスは。」
「洗濯屋をやってました。」
「やっぱりか! いやあ、天職ってのはあるもんだね。」
「去年までは。」
「去年までは?」
 オウム返すフェイスマン。
「ええ、去年までは。今はもう、洗濯屋ではありません。その……洗濯ばさみのせいで。」
 ケン・ハリスは、そう言って溜息をついた。



 以下、ケン・ハリスのモノローグ。
「……ベトナムから帰還した兄は、心身の疲弊が激しく、しばらく退役軍人病院に入院していたんですが、1年ほどで退院し、下町に小さなクリーニング屋を構えました。ちょうど僕も、コミューンの暮らしに疲れて帰省したところだったので、商売を手伝うことにしたんです。何年か地道に商売するうちに、お得意さんも増えて、店の経営は軌道に乗りました。蓄えもできて、2号店を出す話まで出ていた、その時……。」
 ケンは、もう1つ溜息をついた。
「兄に、神の啓示が降りちゃったんです。」
「神の啓示が……降りちゃったって?」
「……とな。」
「……だって?」
「……だと?」
 それぞれに反応するAチームの皆さん。降りた、ならまだしも、降り“ちゃった”、てどういうこと?
「ええ、困ったことに。……その結果が、これです。」
 ケン・ハリスは、そう言ってテーブルの上に洗濯ばさみを放り投げた。



 以下、ケンの回想シーン。
「あれは、去年の冬の出来事でした。ある朝、僕が出勤してみたら……兄が、洗濯ばさみに埋もれて笑っていたんです。」
 NYの下町。雪の積もった道路。ゆっくりズームアップした先は、小さな洗濯屋。
 そこに駆け込んでくるケン・ハリス――
ケン「兄さん、何やってるんだい? 店を開ける時間だろ?」
ロン「わははは、ケン、聞いてくれ。今朝、夢にマリア様が現れて、俺に啓示をくれたんだ。」
ケン「啓示?」
ロン「そうだ。俺は、あのベトナムの泥沼の戦場を生き延びてきた。この、何の取り得もない俺がだ。あは、あははは。有能な奴がどんどん死んでいくのに、何でこの俺が生き延びられたのか……。」
ケン「そりゃ、運がよかったんじゃない?」
ロン「ああそうだ。俺は運がよかった。そして俺の運は、マリア様のご加護と、この洗濯ばさみがあったお蔭だったんだ! はーっはっはっはっ!」
 一本の壊れた洗濯ばさみを高く掲げて高笑うロン・ハリス。
ケン「何それ。」
ロン「よくぞ聞いてくれた、ケン。これはな、俺が最初にベトコンに銃撃された時に、胸ポケットに入っていた洗濯ばさみだ。この洗濯ばさみのお蔭で、胸に銃弾を受けた俺は、死なずに済んだのさ。」
ケン「ああ。弾丸が、金具に当たって逸れたんだね。」
ロン「(ケンの言うことは全く聞いていない)だが俺は、命の恩人である洗濯ばさみのことを忘れて、今まで邪険に扱ってきた。シーツを留めたり、シャツを干したりと、大切な洗濯ばさみたちを、風雪に曝してきちまったんだ……。」
ケン「いや、それが洗濯ばさみだから。」
ロン「ケン! 俺は決めたぜ。これからは、洗濯ばさみとマリア様のご加護の素晴らしさを人々に伝えるための運動に生涯を捧げる……捧げるんだ、はーっはっはっ。」
 拳を握り締め力強く高笑いするロン・ハリスであった。カメラ、パンし、NYの冬の空へ。小雪が舞い降りてくるまま、画面ホワイトアウト。
 ――回想終わる。



「というわけで。」
 ケンは、またもや深い溜息をついた。
「その時、兄が開発したのが、このラッキーペグです。」
 全員注目to洗濯ばさみ。
「ハッピーピンみたいに見えるけど?」
 洗濯ばさみを1つ摘み上げてフェイスマンが言った。
「ラッキーペグ! ハッピーピンは、ラッキーペグのアイデアを盗用して作られた偽物です!」
 語気を荒げ立ち上がるケン。まあ落ち着いて、と拘束衣の男。何の説得力もありゃしない。
「……興奮して済みませんでした。でも、本当なんです。兄に啓示が降りてから、僕らは洗濯屋を畳み、ラッキーペグを中心としたおまじないグッズの専門店を作りました。」
「おまじないグッズ専門店……それ、商売として成り立つのか?」
 と、コング。ケンは、力なく頭を振った。
「いえ、商売は上がったりで。そのうち、洗剤とかハンガーも扱うようになって、少し収入は安定したんですけど……。」
「結局、洗濯からは離れられなかったわけね。」
 ハンニバルは頷いた。
「ええ。でも、そんなある日、店に1人の日本人がやって来たんです。」
「日本人?」
「はい。ビジネスマンのようでした。彼は、ラッキーペグのアイデアを絶賛してくれて、店の在庫を全部買っていってくれました。」
「いいお客じゃないか。あれか、日本の景気が上向いてるってのは本当なんだな。」
「僕も最初は、いいお客さんだと思ったんです。」
 ケンは涙を拭いた。
「でも、それから1カ月……テレビを点けたら、シビル・シェパードが微笑んでいたんです。……ラッキーペグをつけて。」
「模倣されたわけか。」
「はい。びっくりして、発売元の日本商社に抗議の電話をかけたのですが、まともに取り合ってもらえませんでした。洗濯ばさみの販売権は確保してある、って言われて。確かに、兄のアイデアでは、特許も何も取れたものじゃありませんが、無断で真似をするなんて酷いじゃないですか。」
「それで、俺たちに依頼ってのは何でい。その日本企業をぶっ飛ばせばいいのか?」
 と、コングらしい発想を披露するコングちゃんであった。
「いえ。暴力はいけません、暴力は。僕の願いはただ、ラッキーペグを売りたいんです。兄のラッキーペグを。ハッピーピンより沢山、一杯一杯売りたいんです!」
 ダンッ!
 興奮したケンが、テーブルを両手で殴った。飛び散る洗濯ばさみ。
「あ、済みません。」
 あたふたと床に跪き、散らばった洗濯ばさみを拾い集めるケン・ハリス。
 思わず手伝うフェイスマン。手伝いながら自分の体についたハッピーピンを見下ろす。そう言われて見れば、35ドル出して買ったハッピーピンが、紛い物のように見えてくるから不思議なもんである。



 それから、依頼人ケン・ハリスは、またもや目隠しをされ、市内をグルグルと走り回った挙句、路地裏で下ろされた。
「じゃあ……お願いします。」
 去り際にケンはそう言って、深々と頭を下げた。
「ああ。何とか考えてみるよ、ラッキーペグの販売促進方法。」
 と、ハンニバル。
「ところで、ロン・ハリスはどうしてるんでい。顔も見せねえでよ。」
「兄は、先週入院しました。」
「入院? ハリス、どっか悪いの?」
「悪いっちゃ悪い……んでしょうか。先週、また神の啓示を受けちゃいまして。」
「洗濯ばさみか?」
「いいえ、今度は洗濯ロープみたいです。自由の女神の松明の先端でチリコンカルネと洗濯ロープに関する演説をぶったら、警察に捕まっちゃって、今はロスの退役軍人精神病院に。」
「先週かあ。じゃ、オイラと入れ替わりだったんだね。」
 と、拘束衣の男、ハウリング・マッド・マードック。
(モンキーと同類かあ……。)
 何となく、いろんなことに合点が行ったAチームであった。



          3


 その夜、アジトでは、作戦会議が開かれていた。
 題して、『ハッピーピンをぶっ飛ばせ! ラッキーペグで億万長者大作戦!』
 アジトの居間に黒板が運び込まれ、先生よろしくチョーク片手に何やら書き込むフェイスマン。テーブルの上には、ハッピーピンとラッキーペグ。そして、ケン・ハリスが置いていったラッキーペグのパンフレットが拡げられている。
「えーと、まず2つの商品を比べてみようじゃないか。」
 ハンニバルが言った。
「構造は一緒だな。2つのパーツを、金具で留めてクリップ状にしてある。」
「そりゃ、洗濯ばさみだかんな。」
「カラーバリエーションは、ハッピーピンが108種類。ラッキーペグはどうなんだ?」
「ええと……。」
 と、パンフレットに手を伸ばすマードック。いい加減疲れたらしく、腕の拘束は解かれていた。
「4色。」
「4色? そりゃ随分少ないな。」
「……ベトコンの砂色、手榴弾の光った黒、乾いた血の赤茶。それから、マリア様のご加護を意味する白だって。」
 場に重い沈黙が訪れた。フェイスマンを除く3人の脳裏に、あの頃の光景が通り過ぎた。砂埃と、硝煙と、風にはためく洗濯物――
「そりゃあ売れないよね。戦場じゃあるまいし。」
 3人の妄想を打ち消すようにフェイスマンが言い放った。戦場でも、売れるかどうか定かではない。
「で、選び方だけど。」
 黒板に対比表を書きながら、フェイスマンが続ける。
「ハッピーピンは分厚いチャートブックで選ぶんだけど、ラッキーペグは?」
「ええと。」
 と、パンフレットに目を落とすマードック。
「色の選び方。『色は、前触れを察知して。茂みにベトコンが潜んでいないか、タコツボに爆弾が隠されていないか。風の色、傍受した無線、上官の命令……その他諸々のエレメントを前触れとし、その日の気分で選びます。』」
「気分かよ!」
 思わず突っ込みを入れるコングちゃん。
「値段は?」
 精神力を振り絞って気を取り直したハンニバルが話を進める。
「ハッピーピン、50個35ドル。ラッキーペグ、10個で5ドル。」
「安さでは勝ってるのか。だが、総合的には、どっからどう見ても、ハッピーピンの勝ちじゃありませんか。これを盛り返すのは大変なことですよ。」
「何か、ハッピーピンにはない売りがあればいいんだけどね。」
「ああ、食えるとかな。」
 洗濯ばさみを前に、腕組みをしてしばし悩むAチーム。



「あ、そうだ。」
 しばしの沈黙の後、マードックが声を上げた。
「健康にはいいかもしんないよ、これ。」
 そう言ってラッキーペグを摘み上げる。
「健康に?」
 訝しがる3人。
「だってほら、今日の昼からずっと肩とか耳につけてたけど、肩凝り治ったもん。」
 と、首をコキコキ回してみせる。
「何で洗濯ばさみで肩凝りが治りやがるんだ。」
「なぜって……これについてる磁石のせいじゃない?」
「磁石だって?」
「……だと?」
「……ですと?」
「うん、ほら、ここの挟むとこに。」
 そう言ってラッキーペグを開いてみせるマードック。確かに、挟む部分に、黒い石のようなものが埋め込まれている。
 ハンニバルは、パンフレットを取った。
「何々……ラッキーペグには、マリア様の力を封じ込めた銃弾の欠片が埋め込んであります。」
「銃弾の欠片?」
「いや、磁石だぜ、こいつは。」
 コングが、手近にあったクリップをくっつけてみる。クリップは、吸い寄せられるようにラッキーペグに貼りついた。
「健康グッズか。」
 ハンニバルはニヤリと笑った。
「行けるかもしれませんよ、ラッキーペグ。あとは宣伝次第。むふふふふ。」



          4


 翌日、NY郊外の沼地。
 突如、水面から姿を現す見慣れた怪獣。水飛沫を上げながら沼地を暴れ回り、所々でステキなポーズを決める。体には無数のラッキーペグを装着しながら……。
「ガオーッ!」
 アクアドラゴンが吼えた。フラッシュが光る。
「肩が凝ったぞ、ガオーッ!」
「いいね、最高!」
 パシャッ!
「腰も痛いぞ、ガオー!」
「よっ! 千両役者!」
 パシャッ!
「いい加減にしねえか、もう十分だろが!」
 照明係のコングが叫んだ。
「はいオッケー!」
 と、カメラマンのマードック。
 ふう、と息をついたハンニバルは、アクアドラゴンの首を脱ぎ、葉巻を咥えた。
「どう? いいカット撮れた?」
「ああ、ばっちりよ!」
 マードックがグッ! と親指を立てた。



「……何ですか、これ。」
 ケン・ハリスが呆然と言った。店の前で拉致されて、また車でぐるぐる走り回った後、目隠しを取ったら目の前はアクアドラゴン。そりゃ呆然ともする。
「宣伝スチールだよ。」
 と、フェイスマン。
「宣伝?」
「そ、ハッピーピンに対抗して、こっちも宣伝を打つのさ。テレビってわけにはいかないけど、雑誌の裏表紙くらいなら載せられるでしょ?」
「ええ、それくらいの予算はあります。けど……。」
「シビル・シェパードごときに負けるアクアドラゴンじゃない……らしいし。」
 言ってるフェイスマン、本気かどうかは定かでない。
「アクアドラゴン……って、西海岸では有名なキャラなんですか?」
 ケンの素朴かつ的確な質問にフェイスマンが答えあぐねている時、ハンニバルたちが沼から上がってきて、その質問の答えは有耶無耶になってしまった。



 1時間後、アジト。
 撮ってきたスチールを組み合わせて、宣伝のデザインを考えるAチームとケン・ハリス。
「というわけで、俺たちはラッキーペグの健康効果に注目したんだ。」
 作業をしながらフェイスマンが言った。
「何で洗濯ばさみに磁石なんか埋めたのさ?」
「兄が銃弾の破片をつけたいって言い出しまして、でも銃弾の破片より磁石の方が安かったんで、僕が勝手に磁石にしたんです。」
「グッジョブ!」
 マードックが拍手した。
「ありがとうございます。健康にいいだなんて、全然気がつきませんでした。」
 ペコリと頭を下げるケン。そうこうしているうちに、宣伝のデザインができ上がる。
『あなたの健康を守るラッキーペグ! 肩凝り、倦怠感、肉体疲労に! アクアドラゴンも愛用のラッキーペグ!』
 紙面には、アクアドラゴンの勇姿がどアップで。その横で、「ラッキーペグを知らない不幸なアナタ!」の代表として、Aチームの4人(目線入り)が、それぞれ辛そう(腰が痛い、肩が痛い、お腹が空いた、金がない、彼女がいない、おやめになってご無体な、等々)なポーズを取っている。
「さ、これを雑誌に載せてくれ。チラシにして配ってもいいぞ。」
 ハンニバルが、胸を張って原稿をケンに手渡した。
「ありがとうございます。」
 受け取ったケンは、深い息をついてしばらくデザインを見つめてから、ふと何かに気がついたように顔を上げた。
「あの、印刷所で何かミスがあるといけないので……元の写真、お預かりしておいてよろしいでしょうか?」
「いいとも。」
 写真の束を手渡すハンニバル。
「ありがとうございます!」
 その瞬間、ケン・ハリスが浮かべた笑顔の意味を、この時点のAチームはと言えば知る由もないのであった。



          5


 1週間後。
 Aチームの面々は、「ハリスのおまじないショップ」の前でバンを停めた。
 店は、大賑わいの大繁盛。あろうことか、長い長い行列までできている。
『ラッキーペグお求めの方、最後尾こちらです。』
 そう書かれたプラカードが、道の遥か遠くで揺れている。ケンはと言えば、レジに張りついているらしく、姿が見えない。
「すごい人気だね。」
 フェイスマンが言った。
「ああ、すげえや。これならハッピーピンを越えるかもしれねえぜ。」
「アクアドラゴンって……東海岸向きのキャラだったんだ。俺、初めて知ったよ。」
「ああ。これで次回作は決まったな。『アクアドラゴン、NYに行く!』だ。」
 と、その時。風に乗って、1枚の紙が飛んできた。
「おっ、ラッキーペグのチラシじゃん。」
 そう言って窓から手を伸ばし、ハッシと捕まえるマードック。覗き込む3人。
「どれどれ、アクアドラゴンの勇姿を……って、え?」
「はあ?」
「何だこりゃ?」
 チラシを見つめたまま、固まるAチーム。
『あなたの健康を守るラッキーペグ! 肩凝り、倦怠感、肉体疲労に!』
 そんな文句で始まるラッキーペグの宣伝用チラシ、しかしそこには、アクアドラゴンの姿はなかった。その代わりに紙面を飾っていたのは……。
『ダイエットに! 僕はラッキーペグでこんなにスリムになりました!』
 そんなキャッチコピーの下には、お決まりの使用前・使用後写真。そして、あろうことか、使用前はハンニバル、使用後にはフェイスマンの全身写真がそれぞれ使われているのであった。
「あたしが何で使用前なんですかね(怒)!」
 ハンニバルが怒りを露わにする。
「酷いよ! 俺だって!」
 マードックも、チラシを指差して叫んだ。
『薄毛対策に! 僕はラッキーペグでこんなに毛が生えてきました!』
 使用前=マードックのオデコのアップ写真、使用後は、またもやフェイスマンである。
「ケンの奴、勝手にデサイン変えやがったな。」
 コングが唸った。
「まあ、いいんじゃない? ラッキーペグ、売れてるみたいだし。」
 「使用後」に選ばれたフェイスマンは余裕である。と、その時、コングがフェイスマンの肩を叩いた。
「フェイス、俺たちも載ってるぜ。」
「え? どこどこ?」
「ほら。」
 コングが指差すのは、チラシの裏面。
『虚弱体質に! 僕はラッキーペグでこんなに逞しくなりました!』
 使用後の写真はコング、そして使用前の虚弱男に選ばれていたのは、ごく当然のようにフェイスマンなのであった。
「ケ、ケンの奴〜(怒)!」
 怒りを噛み締めるフェイスマン。
「まあいいじゃねえか、売れてるみたいだし。確か、今回の報酬は、最初の1カ月の売上げの10%だっだよな。」
 1人だけ使用前にならなかったコングは余裕である。
「そうだな。だが、目線が入っているとは言え、こんなに大々的に顔をばら撒かれたんじゃ、この街に長居するわけにもいかなくなりましたね。」
 そう言いつつ、立ち直りが早いハンニバルは、葉巻に火を点け、ついでにチラシにも火を点けて窓の外に投げた。太りすぎのハンニバルと薄毛のマードックと虚弱なフェイスマンが、NYの街を灰になって飛んでいく。
「じゃ、ロスに戻ってロン・ハリスに挨拶でもしますかね。」
 ハンニバルの言葉に、コングはアクセルを踏んだ。
 そしてAチームを乗せた紺色のバンは、NYの街角から去っていったのだった。
【おしまい】
上へ
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