トロピカル・フルーツ園の危機を救え!
鈴樹 瑞穂
 夏は暑い。北半球である限り、そして曲がりなりにも四季のある気候帯である限り、それはわかりきったことである。だからと言って素直に受け入れるには、今年の夏は暑すぎた。高層ビルに囲まれた都心の気温は軽々と体温を超え、その酷暑はベトナムから帰って早幾年のツワモノたちにもいささか堪えた。去年が冷夏だったからというせいもあるが、大部分は不摂生とクーラー浸けの賜物である。
 とは言え、クーラーさえ効いている状態であれば、さほどの支障はなかったのだが。生憎、2日前に移動してきたばかりの新しいアジトには、そんな気の利いたシロモノは完備していなかった。室内では扇風機が生温い空気を微妙に掻き混ぜているだけ。窓を開けても風は全く流れない。それどころか、トンテンカンテン、ガーンゴーン、と賑やかな金属音が聞こえてくる。珍しくコングが手配したアジトは、現在、彼が働いている自動車工場の2階なのだった。コングは住み込み、あとのメンバーは警備員の名目で置いてもらっているというわけだ。
「それにしてもさぁ、もう少しマシな場所はなかったわけ? こんなことなら双子ちゃんたちとスイスの山荘に行った方がマシだったよ。」
 団扇を使いつつ、フェイスマンがぶつぶつと言っている。因みに、彼は手にした大きな団扇で自分を扇ぎつつも、半分以上はハンニバルの方に風が行くように陣取っている。そんな隠蔽工作をするくらいなら、最初から素直に御大を扇いだ方がいいように思われる。しかし、気難しい御大は部下に「一見、扇がせているようには見えないよう扇ぐ」ことを要求していた。その理由は、「第三者に見られたら恥ずかしいから」。ハンニバル、どこまでも外面のいいリーダーである。
「双子ちゃんは親切に何度も誘ったでしょーが。それを山登りは好きじゃないなんて断ったのは誰でしたっけねえ。」
 にこやかに葉巻を燻らしながら、ハンニバルが答える。その顔は意外と涼しげである。扇がれている分だけ、少しは過ごしやすいらしい。
 因みに、双子ちゃんというのは、映画プロデューサーを名乗っているフェイスマンと、アクアドラゴンの主演男優であるハンニバルが、とあるパーティで知り合った、ボンキュッボンの美人姉妹である。フェイスマンをいたくお気に召した彼女たちは、別荘に避暑に行く際、随分熱心に誘ってくれたのだが、その時、フェイスマンの頭の中では山登りよりはビーチだよね、という計算が働いたらしい。ところが、その後、ビーチに誘ってくれる美女は現れず、ロス郊外自動車工場2階でホットな夏を過ごす現状に至る。白馬に乗った王女様を待ち続けた、夢見がちなフェイスマンの敗北であった。
 自業自得と言えば言えるのだが、フェイスマンは納得しきれないらしい。このアジトに移ってから溜息ばかりついている。
「はー、あっちぃ、あっちぃ。」
 ドアが開いて、青いツナギを着込んだマードックが入ってきた。腕捲りをし、胸ポケットに押し込んだ軍手にも、顔にも、黒く油がついている。自動車修理要員として、病院から連れ出されてきたのである。
「下は一段落したのか?」
「大体、今日の仕事はね。今、コングちゃんが後片づけしてるー。」
 ハンニバルの問いに答えながら、マードックは狭いリビングを横切った。目指すはダイニングの冷蔵庫。正確に言えば、その冷凍室。彼が今凝っているのは、カップのかき氷だ(別に貧血というわけではない)。オーソドックスなしらゆきを始めとして、苺ミルクに宇治金時、果てはコーヒーフロートまで、冷凍庫にびっしり並べてご満悦である。仕事の後の1杯が、ここのところのマードックの日課である。
「さーって、どれにしよーかな。」
「どれでもいいけど、せめて手洗ってからにしろよ。」
「わかってるって。」
 しぶしぶ手を洗ってから、マードックが宇治金時を掴み出した時。
 バン、とドアを開けてコングが顔を覗かせた。マードックと同じ青い長袖のツナギを着て、その上からじゃらじゃらとアクセサリーをつけた、今一つ微妙な格好(命名・自動車工? モドキ)である。
 しかし、彼の一言で室内の停滞した空気が一気に活気づいた。
「ハンニバル! 客だぜ。」



 狭いリビングには、ぎゅうぎゅうと男たちが犇いていた。
 1人がけのソファに座っているのが今回の依頼人、パパイヤ・佐藤氏である。もちろんアフロ。頬はぱっつんぱっつん。1人がけとは言え、ソファからはみ出しそうなボリューミーなオジサンだ。
 その正面で、やはり1人がけのソファに座って鷹揚に腕と足を組むハンニバル。周りには、キッチンから持ってきたスツールやら床やらに銘々に座るコング、マードック、フェイスマン。
「てめぇらがAチームかよ。」
 パパイヤ・佐藤氏、今までの依頼人と異なり、少々ガラ悪し。心なしか目つきも凶悪だ。
「その通りだ。話を聞こう。」
 シャクシャクシャク。
 威厳たっぷりに頷いたハンニバルのバックミュージックは、マードックが木のスプーンでかき氷を崩し混ぜる音だった。
「……ホントに信用できんのか?」
 かなり疑わしげな表情のパパイヤ・佐藤氏に、フェイスマンが、野郎には滅多に向けない営業スマイルで答える。
「もちろんですとも。仕事は迅速・確実、依頼人の秘密は厳守します。まずは依頼の内容をお話しいただいて、それから料金のご相談を……ぶっ。」
 流れるようにセールス・トークを繰り広げるフェイスマンを遮ったのは、コングだった。
「てめぇの目で見て、信じられると思ったら話しな。力を貸すぜ。男に二言はねえ。」
「まっ、またそんな安請け合いして〜っ。」
 バタバタと両手を振るフェイスマンを尻目に、パパイヤ・佐藤氏は熱い眼差しでコングを見上げた。
「そう言われちゃ信じねぇわけにゃいかねーよな。信じるぜ、ブラザー!」
 がしっ。
 拳を触れ合わせるパパイヤ・佐藤氏とコング。この漢気により、部屋の温度は2度ほど上昇した!
 ハンニバルが目線で促し、フェイスマンは慌てて自分を扇ぐ振りをしつつ、御大に風を送り始めた。
「で、肝心の依頼内容を話してもらおうか。」
 ハンニバルの言葉に、パパイヤ・佐藤氏は頷き、宇治金時を食べ終えたマードックも身を乗り出した。



 空は抜けるほどに青く、どこかでセミが鳴いている。陽炎が漂いそうな昼下がり。
 ほどよくクーラーの効いた車内から降り立ったAチームの面々は、とあるアーチを見上げていた。
「ここがその……。」
 小学校の運動会を思わせるアーチに貼りつけられている手書きの看板(1文字ずつ)を辿って繋げれば、
 ようこそ! 佐藤トロピカル・フルーツ園へ
 文字の下では、やはり手書きのアフロ男がパパイヤと思しき果実を手にニコニコしている絵がぶら下がっている。飛び出た吹き出しに「おいしいよ〜」と書かれている辺りが、怪しさ倍増である。
「大体、何で『トロピカル・フルーツ園』なわけ? 『トロピカル・フルーツランド』か、じゃなきゃ『南国果樹園』にするのが筋だろ!」
 かなりどうでもいい点に憤っているフェイスマン。暑さで頭が朦朧としているらしい。
「そこがこだわりなんだろ、パパイヤ・佐藤のよ。」
 さらっとかわすコング。
「では、目的地に到達したところで、今回の作戦内容を確認するぞ。」
 リーダーの号令一下、頷くAチーム。
 作戦名「南国の青い果実」こと、パパイヤ・佐藤氏の依頼してきた仕事とは。
 一言で言えば、彼の経営するトロピカル・フルーツ園を護ってほしい、というもの。
 相手は作物泥棒で、この付近の畑や果樹園は軒並み被害に遭っていると言う。収穫間近になった作物ばかりを次々と的確に狙い、その手口は大胆不敵。ひと月ほど前には、3軒先の畑で、トウモロコシの皮を全部剥き、中味だけを持ち去っている。畑には皮だけがうず高く残されていたという悪質さである。
「しかも、かなり目の肥えた奴だ。確実に高級なもんばかり狙いやがる。」
 というのが、パパイヤ・佐藤氏の談。そして、近隣の畑が一渡り荒らされた後、夏も盛りになって、トロピカル・フルーツ園の果樹が食べ頃になったというわけである。
 トロピカル・フルーツ園は普通の果樹園とは違い、果物を収穫して市場に出荷するのではなく、観光客にフルーツ狩りを楽しんでもらうための施設である。
 つまり、一般の観光客も大勢出入りする環境なので、あまりに景観を損ねたり、万が一にも客に危険が及ぶような手段は取れない。
「じゃ、落とし穴もフェンスに電流を流すのもダメかぁ。」
 さらっと残念そうにフェイスマンが言う。
「熊用の罠を畑の周りに仕掛けるのも危ねーな。」
 やれやれ、と肩を竦めるコング。
「悪い奴らが来たとこに上からヘリでマシンガンを乱射するってのもナシだね。」
 マードックは心底がっかりしたように呟く。
「却下だ。」
 御大の額に怒りマークが出現した。
「お前たち、もっとマシなプランはないのか?」
「えーっ。例えばどんな?」
 不満タラタラの部下たちに、ハンニバルは胸を張った。
「例えばだ!」
「例えば?」
 キラキラと期待に満ちた眼差しでリーダーを見上げる3人。実は何も考えていなかったハンニバルは咳払いなどして時間を稼ぎつつ、その間に思いついたことをさらりと言った。
「例えば、囮作戦だ!」
「おおっ。」
 どよめく部下たち。
「カッコイイ!」
「それなら、場所は向こうのアジトになるし、多少壊しても問題ねぇな。」
「でも、ねえ、ちょっと……大事な事を忘れてない?」
 ふと思い浮かんでしまったフェイスマンが、恐る恐る確かめる。
「囮って……何を囮にするんだよ? まさかフルーツに発信機つける、とか……?」
「いいや。」
 ハンニバルはにこやかに微笑んだ。
「それじゃ確実とは言えないだろう。少なくとも、囮は自分から奴らに参加して、アジトまでついて行ける才覚のある奴じゃないとな。」
 ぽんぽん、とフェイスマンの肩に温かく手を置くリーダー。その横でコングとマードックがやはり温かく頷いている。
「安心しろ、フェイス。お前は独りじゃない。ちゃんと高性能の発信機をつけてやる。」
 なーんだ、そうかぁ。それなら安心……って、やっぱり独りなんじゃないか!
 内心で独りノリツッコミを繰り広げるフェイスマンを尻目に、Aチームはきびきびと作戦を開始した。



〈Aチームのテーマ曲、始まる。〉
 トロピカル・フルーツ園の見取り図を広げるハンニバル。ドライバーを片手に高性能小型発信機を調整するコング。項垂れるフェイスマン。かき氷を食べるマードック。
 武器を手入れし、点検するハンニバル。発信機の信号をレーダーで確かめるコング。黄昏るフェイスマン。こめかみを押さえるマードック。
 マードックとコングがフェイスマンを抱え上げ、今しも食べ頃なマンゴーの温室内に放置する。そのまま距離を置いて見守るハンニバルたち。暗闇と共に忍び込んできた怪しい一団に囲まれるフェイスマン。オーバーアクションで何か訴えている。と思いきや、先頭に立ってマンゴーの収穫を手伝い始めた! 闇に紛れて抜け出す怪しい一団とフェイスマン。
 バンの中でレーダーを見つめていたコングが親指を立てる。ハンニバルが満足気に頷く。
〈Aチームのテーマ曲、終わる。〉



「で、ここが奴らのアジトか……?」
 バンから降り立ったハンニバルが、疑問符を一杯に浮かべた表情で、運転席から出てきたコングを振り返った。
「ああ、発信機の信号がこっから出てるのは間違いねぇ。フェイスの野郎がまだ発信機をつけたままなら、ここにいる。」
「それにしても、いい匂いさせてるじゃん。」
 今朝2個目のかき氷を食べ終わったマードックは、頭がツーンとする状態からも立ち直り、今や絶好調で敵の牙城を見上げた。
 そこは――。ムサい男3人が前に立って見上げているのも恥ずかしい、カントリー調のカフェであった。乙女チックなベルとリボンとドライフラワーで飾られ、白塗りのドアの隙間からは、クッキーを焼き上げる香ばしくも甘〜い香りが漂ってくる。
「と、とにかく、中に入ってみるぞ。」
 ごくりと唾を飲み込み、ハンニバルがきっぱりと言った。緊張した面持ちで続くコングとマードック。今この時ほど、フェイスマンか、もしくはエンジェルにいてほしかったことはない4人であった。



「いらっしゃいませ〜。」
 一歩カフェに入ったハンニバルたちの前に立ちはだかったのは、屈んだらパンツ見えちゃうじゃん! としか表現できない丈のストライプのフレアワンピースに、やっぱりフリフリのついた白いエプロンをつけたウェイトレスだった。
 彼女は葉巻を銜えたままのハンニバルに向かってニコニコと微笑みながら言った。
「3名様ですね。お煙草はお吸いになりますか?」
「吸うとも!」
 ハンニバルはそのマニュアル娘に向かって、必要以上に力強く宣言した。
「だが、我々はここにコーヒーを飲みに来たわけではない!」
「あ、お食事ですね。今の時間でしたら、まだモーニングサービスをやってます。」
「それも違ーうっ!」
 思わずカウンターを拳で叩いてしまったハンニバルに、金髪のウェイトレスはわざとらしく両手を口に当て、首を横に振った。
「きゃーっ、怖〜いっ。野蛮なお客様よーぅ。助けて、フェイスさんっ。」
「何だって!」
「何だって!」
 思わず叫んでしまったハンニバルと、奥から出てきたフェイスマンの声がハモった。
「フェイスさんっ。リリカ怖いわ〜。」
 フェイスマンに飛びついたウェイトレスはその背中から顔だけ出して、敵を威嚇することも忘れなかった。
「フェイスさんはうちの用心棒なのよ! 百戦錬磨で、とーっっっても強いんだからっ。」
 コングとマードックが顔を見合わせる。
「そりゃあ、まあ、百戦錬磨って言えないこともないけどさ。」
「『っ』が3つつくほど強いかどうかは疑問だぞ。」
 その前で仁王のような表情になったハンニバルがポキリと拳を鳴らす。
「フェイス。どういうことか、きっちり説明してもらおうか。」
「はっ、はいーっ。もちろん!」
 リリカとハンニバルに挟まれたフェイスマンが、直立不動の姿勢で答えた。



 数分後。
 『本日はお休みさせていただきます』の札がかかったカフェの店内で、Aチームの面々は果樹園荒らしの窃盗団と対面していた。
 泥棒団の首領は、白髪も上品なお婆ちゃん、アント・ステラ。このカフェのオーナーでクッキー作りの名人でもある。その部下たちは、ウェイトレスのリリカとミミカ、コックのショーン。計4名。
「んもー、使えないヒトねぇ。」
「あれだけ役に立つって大見得切ったくせに〜。」
 フェイスマンを見るリリカとミミカの視線は、ツンドラ並みに冷たい。
「囮になれとは言ったが、窃盗団の用心棒になれとは言ってませんよ。」
「しょーがねぇな。」
「どうせ若いおねーちゃんに釣られたんだろ。」
 フェイスマンを見るハンニバル、コング、マードックの視線も、マードック御用達のかき氷くらいには冷たい。
「だから、窃盗団の用心棒じゃなくて! カフェの用心棒だって!」
「どっちでも同じだ、このスットコドッコイ。」
 コングにジロリと睨まれ、フェイスマンはしゅんと俯いた。
「でも、囮の役目は果たしたじゃないか!」
「まーっ、やっぱりアンタ、スパイだったのねっ。」
「大体怪しいと思ったのよ、いくら詐欺師だからってブラジャーからミサイルまで何でも調達できるなんて、そんなわけないじゃない。」
「その辺にしておおき、リリカとミミカ。」
 それまで沈黙を守っていたアント・ステラが立ち上がった。
「さて。お前さんたち、佐藤のボンに雇われた用心棒だね。」
 パパイヤ・佐藤氏をボン扱いするアント・ステラ。さすがの貫禄である。
「お百姓さんが収穫間際まで大事に育ててきた作物を横取りしようなんざ、趣味のいい真似とは思えないからな。」
「確かにちっとばかり取りすぎたこともあったさ。だが、間違えないどくれ、アタシたちは作物がよく育つように、間引いてやってただけさ。その時の収穫をちょっとばかり店のメニューに出したって、それほど非難されるようなこっちゃないだろ。」
 あんぐりと口を開けたAチームに、普段は無口なコックのショーンが頷いた。
「フルーツ一杯のワッフル、この店の看板メニューね。」
「佐藤のボンのトロピカル・フルーツは若い娘にゃ評判がいいし、ヤマガタの佐藤錦も、ユウバリんとこのメロンも、品質は最高だからねぇ。」
 いけしゃあしゃあとうそぶくアント・ステラ。さすがオバサンと言うべきか、図々しい。電車の中に15cmの隙間があったら強引にお尻をねじ込みそうな迫力である。
「おい、どうするよ。」
 コングがリーダーの袖を引いて囁く。
「ううむ。さすがに拳で制裁するわけにはいかんし……オバサンを怒らせると、あとが恐いしな。」
 ハンニバルの苦悩は深い。
「ちょいと! 聞こえてるよ、誰がオバサンだい。」
 アント・ステラがステッキの先で、つんつんとハンニバルの背中を突ついた時だった。



「アント・ステラ!」
「ステラ小母さんっ。」
 本日休業の札も何のその。バン、とドアを開いて突入してきたのは、パパイヤ・佐藤氏を始めとする、近隣の畑のオーナー、全員オジサンばかり。
「ステラ小母さんが作物泥棒だったなんて……。」
 呆然と呟くパパイヤ・佐藤氏に、ハンニバルが声をかけた。
「ご覧の通りだ。だが、本人に反省の色が見られなくてね。どうしたものだか……。」
「いや、反省なんて必要ねぇ!」
 言い切ったパパイヤ・佐藤氏。その周りで他の畑のオーナーたちも、うんうんと頷いている。
「俺たちゃ、ガキの時分から随分ヤンチャしたもんだが、そのたんびにステラ小母さんには言い切れねぇくれえ世話になってんのよ。」
「俺らがこーしてそれぞれに親の果樹園を継ぐことができたのも、みんなステラ小母さんのおかげなんだ。」
 男泣きに涙するパパイヤ・佐藤氏とファーマーズ。
「夜中にこそこそ盗ってかなくたって、一声かけてくれりゃ、俺ら、いくらでも畑の作物を持ってきたのによ。」
「ステラ小母さんの頼みとあっちゃ断れないじゃねーか。」
「そうだよ、水臭いぜ、ステラ小母さん。」
 ……闇に紛れて作物泥棒をする行為のどこが水臭いのかは置いておくとして。
 ファーマーズにここまで言わせるアント・ステラ、恐るべし。その昔、彼らとアント・ステラの間にどんな経緯があったのかは、永遠の謎のままである。
「そうかい、それじゃ今度からは一声かけて世話になろうかねぇ。」
 上機嫌でアント・ステラは頷いた。



 こうして、Aチームの活躍(?)のおかげで、めでたく犯人もわかり、トロピカル・フルーツ園の危機は回避された。いや、本当の危機はこれから来るのかもしれないが、それはAチームの管轄外ということで。
「いや、ホント、サンキュな。」
 今一つ誠意の見えない礼を述べるパパイヤ・佐藤氏。
「アンタたちのおかげで、堂々と果物を貰いにいけるよーになったよ。」
 こちらはそれなりに満足げなアント・ステラ。と、リリカとミミカとコックのショーン。
「それじゃ、これ、約束の謝礼。」
 パパイヤ・佐藤氏がハンニバルに封筒を差し出した。
「これはアタシたちからの餞別だ。いいから取っときな。」
 アント・ステラの指図でリリカが差し出したのは、クッキーとフルーツとワッフルとカップ入りかき氷の入ったバスケット。さすがアント・ステラ、こういう場面では剛毅である。敵にゃ回したくねぇけどな、とはコング談。フェイスマンは謝礼を確かめるべく封筒を開け……そして見なかった振りをした。



「珍しく謝礼も出たことだし、帰って美味いもんでも食いましょうかね。」
 帰り道、バンの中でハンニバルが言うと。
「うーん、食い物は難しいかもしれない。」
 フェイスマンが封筒から取り出したものを差し出して見せた。
 その紙片は、今はなき「ビール券」だった。
「これは……微妙だな。とりあえず、冷たいビールにだけはありつけそうだが。」
 珍しく、眉をハの字に顰める御大。
「ま、いーんじゃないの。食い物ならホラ、ここにクッキーとフルーツとワッフルがあるしさ。」
 しゃくしゃくと氷を食べながら、マードックが言う。
「それでも足りなきゃ、アジトの冷蔵庫に入ってるオレっちの秘蔵のかき氷を供出してもいいぜ。」
「いや、それは遠慮しておこう。」
 ハンニバルがこめかみを押さえて言い切った。
「とにかく! さっさと帰ってビールを飲むぞ! 飛ばせ、コング。」
「おう。」
 リーダーの号令一下、まっしぐらにアジトへの帰途を辿るAチーム。
 暑い夏の日の昼下がりの出来事だった。
【おしまい】
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