詩人? 変人? だから何?
伊達 梶乃
 ロサンゼルスはホーソンのオープンカフェで、Aチーム一同は今回の依頼人、シャーロット・ヘラーさん(フロム・サンフランシスコ)のお話を伺おうとしているところだった。カプチーノとエスプレッソと単なるコーヒーとピーチネクターと牛乳(氷なし)をオーダーしたところで、依頼人が紙の手提げ袋から包みを取り出した。
「あの、これ、つまらないものなんですけど、よろしかったら……。」
 サンフランシスコの名産品か? と誰もが思った。ゴールデンゲート煎餅とか、ケーブルカー最中とか、アルカトラズ饅頭とか。
「どうもありがとう。開けてもいいかな?」
 フェイスマンがそれを受け取り、ジェントルに尋ねた。嫌な予感を抱きつつ。だって、その包み紙は新聞紙なのだもの。そして、その大きさは、幅がフェイスマンの肩幅ぐらい、奥行はその3分の1ぐらい、厚みは2インチ程度。そして、両端が何だか先細りしてやがる。
 こくりと頷くシャーロット。儚げで幸薄そうな女性である。いかにもAチームの助けが必要な感じ。小柄で眼鏡をかけていて、身なりはごく質素。20代半ばなのに10代半ばにしか見えず、メイド服がやたらと似合いそう。
『こんなしとやかで真面目そうな女性が、初対面の俺たちに、そうそう妙なものをくれるはずがない。』
 百戦錬磨のフェイスマンはそう信じた。この物体の形には記憶があるんだが、まさかそれであるはずがないし。それだとしたら、まず匂いが違う。湿っぽさも。手に刺さりそうなゴツゴツ具合は「それ」なんだけど……。
 ええい、と彼は新聞紙を開いた。
「おお〜っ!」
 マードックの目がキラリ〜ンと輝いた。コングも身を乗り出す。ハンニバルも葉巻を銜えたまま笑顔になる。
 新聞紙の中から現れたのは、カニ。しかも、メカ。メタリックボディのカニ型ロボットである。
「……これは……?」
 一応、聞いてみる。サンフランシスコ名物カニメカなんて聞いたことない。フィッシャーマンズ・ワーフの新製品か?
「空港からここに来る途中で見つけたんです。綺麗でしょう?」
 シャーロットはにっこりと笑って言った。小首を傾げる仕草が愛らしい。
「これ、ここんとこに電池入れると歩くんだ!」
 早速カニメカに手を伸ばしてボディ(カニ甲)を開けてみるマードック。
「歩くのか! そりゃすげェな! 一っ走り電池買ってくるぜ!」
 店を飛び出していくコング。
「本物のカニの甲羅を被せてみたら、さぞかし面白いでしょうなあ。」
 やる気満々なハンニバル。
「お気に召していただけたようで、何よりです。」
 なぜメカが新聞紙で包んであったのか、なぜ初対面の依頼人が我々にカニメカを贈るのか、これを「綺麗」と言う女性も珍しいんではないか、3歩譲って、綺麗だったからって普通これ買うか、等々、言いたいことは山々あれど、それらすべてを心の内にしまって、フェイスマンはこのちょっと変わった依頼人から話を聞き出すことにした。このままではカニメカを眺めつつエスプレッソを飲んで終わりになってしまいそうなことだし。
「さて、ミス・ヘラー。君のこと、シャーロットと呼んでもいいかな?」
「どうぞ、いかようにでも。お好きなようにお呼び下さい。ですが、シャーロットのトはtだけでなくtteですので、その辺りお忘れなく。」
「シャルロッテ?」
 マードックがフランス語風に発音する。セルジュ・ゲンスブールのように。生温かい鼻息と共に、囁くように、セクスィ〜に。
「そう、それが正しい発音です。よくご存知ですね。」
「フランス語はベトナムで鍛えたからね。ばっちりよ!」
 と、マードックがウィンク+サムズ・アップ。
「それじゃあ、シャーロッッテェ(発音失敗)、依頼内容を教えてくれないかな。何でも君は人を捜しているとか。」
「人捜しなら警察に任せておけばいいだろ。」
 カニメカの脚を興味深げに引っ張りながら、ハンニバルが口出しする。
「州警察にも行ってはみました。ですが、血縁者の申告でなければ受けつけられないと言われまして……。」
「誰捜してんの? 母を訪ねて三千里?」
「フィアンセです。名前をジェローム・ブランドと言います。ブランドのドは最後にtがつきます。」
 また余計な情報を。しかしフェイスマンは律義にそれもメモ。
「ジェローム・ブランドゥトさんね。いつから行方がわからないの?」
「最後に会ったのが、ほぼ1年前。それから半年はしばしば手紙が届いていたんですが、この半年は全く音沙汰がありません。」
「結婚したくなくて逃げちゃったんじゃないの?」
 言ってはいけないことをさらりと言ってしまうハンニバル。フェイスマンは「あちゃ〜」という表情。
「それはないと思います。婚約解消したければ、私にそう告げてくれればいいだけですから。前々から言っていたんですよ、どちらかが結婚の意志をなくしたら、はっきりそう言って別れようって。その際には、2人で貯めた結婚資金も半分に分けようって。そして、その資金はここに5万ドル。」
 シャーロットがハンドバッグから取り出したのは、1冊の通帳。
「せっかく貯めた2万5000ドルを諦めてまで、私に黙って失踪するはずがないんです。」
 彼女は静かに、しかし力強く言い切った。次第に煌き始めるフェイスマンの瞳。
「私も、仕事の合間を縫って、ジェロームの行方を掴もうとはしてみたのですが、私1人の力ではどうにもならず、あなた方Aチームにお力をお借りしようと……。彼を見つけて下さった暁には、この資金の半分を差し上げようかと思っております。」
「半分?」
 全額を期待していたフェイスマンが、微妙に不満げに問う。
「ええ、半分。残り半分は彼のお金ですから。彼を見つけ出して、彼に許可を取れば、全額お支払いするのも可能です。もし万が一、彼が何らかの事件に巻き込まれていて、皆さん方が彼を危機から救ったとなれば、彼は喜んで皆さん方にお礼として残りの半額を差し上げることでしょう。」
「わかりました。この依頼、引き受けましょう! やってやりましょうじゃないですかっ!」
 拳を握り締めてそう言ったのは、ハンニバルでもコングでもなく、フェイスマンだった。彼の「全額ゲット」魂に火が点いたのだ。Aチームの報酬レベルからすれば「すごい大金」ではないのだが、半額しか貰えないかもしれないところを、頑張れば全額貰えるのなら、是非とも全額貰ってやりましょう、という心意気。「お断りする」という選択肢は、フェイスマンの脳味噌の片隅に追いやられていて、既に意識の表層に浮かび上がることすら許されていなかった。
「ありがとうございます! よろしくお願いしますね。」
 胸の前で両手を握り、安心したように微笑むシャーロット。一部の殿方ならば萌え萌え。
 と、そこへ。
「遅くなっちまった。」
 乾電池を握り締めて、コングが戻ってきた。テーブルの上には、気温とほぼ同じ温度の牛乳が置きっ放し。
「早く、早く入れてっ!」(曲解せずに読むこと。)
 マードックがカニメカをコングに差し出す。
「んな急かすんじゃねェ。」
 コングが乾電池の包装をひん剥く。そしてカニ甲をオープン。
「畜生、入んねえ!」
 無理矢理押し込もうとするコング。電池を。カニメカに。
「ストップストップ! コングちゃん、それ、でっかすぎ! 壊れちまうよ〜!」
 乾電池のサイズを間違えたのである。サイズの大きい乾電池を無理に押し込むと、カニメカが壊れます。マードックが壊れるわけではありません。
 そこでコングとマードックは、ハンニバルに許可を得て、カニメカを携えて再度電気屋へ向かうことにした。本編とは関係ありませんが。
「だいぶお気に召していただけたようで、嬉しい限りです。」
 静かにシャーロットが言い、ハンニバルが満面の笑みで頷いた。
「では、詳しい話をお伺いしましょうか。」
 1人、話を進めようとするフェイスマン。ありがたい存在です。



 一頻り説明をした後、シャーロットは仕事があるから、とサンフランシスコに帰っていった。彼女、雑誌の編集をしているとか。カントリー調家具の雑誌、祖母から学ぶ手料理の雑誌、お金をかけないガーデニングの雑誌、そんなイメージだ。
 そして現在、Aチームはアジト(何てことないツインのウィークリーマンション)にいる。ベッドの上に、フェイスマンが1枚の写真を投げた。
「これがジェローム・ブランドの写真。」
 床をジャキンジャキンと歩いているカニメカに気を取られながらも、写真に目を向ける残り3名。
「どうってことねェ男だな。」
 コングの言う通り、ジェロームは何の特徴もない男だった。中肉中背、髪の色は茶。顔の造作に際立った点もない。よくもなければ悪くもない。薄くもなければ濃くもない。スパイにするには打ってつけの存在だ。
「こりゃあ捜すのが難しいですなあ。」
 不可能を可能にするAチームのリーダーでもそう判断するぐらい、ジェロームはどうってことない容姿の男だった。
「1年前までの職業は、図書館で本の仕分けと整理のアルバイト。以前にはシャーロットの勤める会社でアルバイトをしていたこともあった。」
 フェイスマンが手帖に書かれたメモを読み上げる。
「事件に巻き込まれたり、失踪したりするタイプじゃねェな。」
 床に座り込んでいるコングがハンニバルを見上げた。
「むしろ自殺しそうなタイプ?」
 ベッドにうつ伏せに寝転がったマードックが、カニメカに手を伸ばす。
「手紙は見せてもらったか?」
 話を聞いていないようでいて、実はちゃんと聞いて覚えているハンニバルが尋ねた。
「うん、手紙ね。コピー持ってきてくれてたから、貰っておいた。」
 さすが編集者、その辺は抜かりがない。会社のコピー機でコピーしたんだろう。封筒の裏表と便箋のコピーが、茶封筒にみっしりと入っていた。
「大したことは書いてなかったよ。」
 とフェイスマンは言ったが、コピーをざっと見たハンニバルは早速手掛かりを発見した。
「消印を見てみろ。」
 言われて見てみれは、消印はいずれもフィラデルフィア。しかし、最後の手紙だけはニューヨークの消印になっている。そして、この最後の手紙は、便箋も封筒も、前のものとは異なっている。
「半年間フィラデルフィアにいて、ニューヨークに移った直後に何かあったって感じだね。」
 今まで手紙の文面しか気にしていなかったフェイスマンが、改めてコピーを見て納得する。
「行きますかね、ニューヨーク。」
 ハンニバルがのんびりと言い放ったその時。
「ニューヨークだと? 行くんなら俺ァ車で行くぜ!」
 当然ながら、コングが不機嫌丸出しで怒鳴り始めた。
「俺っち、カニに乗ってく!」
 今日び小学生でも言わないようなことを提案するマードック。
「たわけたこと抜かすんじゃねェ、薄らトンチキが! このカニに乗ってニューヨークまで行けるわきゃねェだろ!」
「じゃ、でかいカニメカ作って、それでニューヨークまで行くってのは?」
「横歩きでか!」
「いや、さ、カニだから、海ん中をザザーッと。」
「そんなん乗ったら、溺れちまうぜ!」
「ほらほら、コング。モンキーと本気で言い合いするなんて、大人げない。牛乳でも飲んで、落ち着いて。」
 フェイスマンが冷蔵庫からパック牛乳を取ってコングに渡した。
「……これに睡眠薬でも仕込んであるんじゃねェだろうな?」
「グラスならともかく、パックの未開封の牛乳にどうやって睡眠薬仕込むってのさ?」
「言われてみりゃ、そうだな。睡眠薬なんざ入ってるわきゃねェか。」
 コングはフッと鼻で笑うと、パック牛乳にストローを挿して、チューッと吸った。
「な? 睡眠薬なんか入ってなかっただろ?」
「おう、疑って済まなかったな。」
「俺っちも何か飲もーっと。」
 マードックが冷蔵庫に向かう。冷蔵庫の脇には、ガスコンロ1脚と小さな流しがついている。下の開きには、ちょっとした調理器具と、流しの上の開きには、ちょっとした食器が。なかなか暮らしやすそうなウィークリーマンションである。
「ん? ありゃ何だ?」
 突然、ハンニバルが窓の外に目をやった。
「何? どこだ?」
 釣られてコングが窓の方に顔を向ける。
「あそこだよ、あそこ。」
 ハンニバルは指差したが、指差されてわかるものではない。
「あそこってどこだ? どれのこと言ってんだ?」
 必死で窓の外を見るコング。そして……。
 ゴワワワワ〜〜〜〜〜ン!
 コングの後頭部にフライパン(側面)の一撃。バ〜イ、マードック。畳みかけるように、コングの二の腕に睡眠薬を注射。バ〜イ、フェイスマン。ニッカリ笑って葉巻を銜えるハンニバル。
 どうやらAチーム、とりあえずニューヨークへ飛ぶようです。



 ラ・ガーディア空港に降り立った3人と1箱は、レンタカーでマンハッタンに向かった。
「何で今回はケネディ空港着じゃなかったんだ?」
 後部シートで、ハンニバルが隣のフェイスマンに尋ねる。
「こっちの方が安かったから。今回は前金貰ってないしね。」
「そうだ、カニ! カニどうしたっけ?」
 マードックが思い出して後部座席を振り返った。因みに、運転しているのはマードックなんですが。コングはまだ寝てるから。
「モンキー、前見て、前! カニはコングの箱に入ってるから大丈夫。」
「よかった〜。置いてきちまったかと思った。」
「それはそれ、フェイス、他の手掛かりはないのか?」
 その質問はロサンゼルスにいる時点で問うべきだったのではないかと思います。
「ジェロームについて、わかっていることって言えば……。」
 フェイスマンは懐から手帖を取り出した。今回、手帖が大活躍だ。
「親兄弟なし。親戚は多分フランスにいる。好きな食べ物は山羊のチーズ。好きなカニはズワイガニ。雨上がりの公園を散歩するのが好き。乗馬は下手。口笛を吹くのも下手。趣味は詩作。」
「それだ!」
 ハンニバルがパンと腿を打つ。
「どれ?」
 すかさずフェイスマンとマードックが声を揃えた。



 ハンニバルのインスピレーションにより、今回の捜索キーワードは「詩」。
 適当な場所に宿を取った後、Aチーム一同は図書館と本屋に散らばった。それと共に、情報屋に話を聞きに行ったり、コングに言い逃れをしたり、女の子を口説いてみたり、カニメカで遊んでみたりも。
「大収穫!」
 意気揚々と安ホテルに戻ってきたフェイスマンが抱えているのは、牛乳とスルメとビールと、詩の雑誌。
「こっちも大収穫! 見て、この殻。」
 と、本物のカニの殻(殻のみ、中身なし)を掲げるマードック。
「この殻さあ、ラザフォードにぴったしだと思わね?」
 カニメカに殻を当てがう。あたかもペットショップで犬に服を当てがうように。いつの間にか、カニメカに名前がついているし。
「あとの2人は?」
「まだ。」
 せっかくの収穫を報告したかったのに。フェイスマンは牛乳とビールを冷蔵庫に入れて、雑誌とスルメをローテーブルの上に置くと、再度調査に赴いた。



 フェイスマンが再び安ホテルに戻ってきた時、そこには全員(+殻つきラザフォード)が集合していた。ハンニバルはビールを飲んでるし、コングは牛乳を飲んでるし、マードックはスルメを噛みながらラザフォードで遊んでるし、各々がゆったりと寛いでいる。
「やっとフェイスも戻ってきたことだし、報告でもしましょうか。」
 そのビール、誰が買ってきたと思ってるんだよ、という言葉を飲み込んで、フェイスマンはベッドに腰を下ろした。
「セントラルパークで自作の詩を朗読しているジェロームを見かけたことがあるって奴がいたぜ。そいつも詩を朗読してたんだけどな。」
 と、コングが報告。
「それは最近のことか?」
 ハンニバルが問う。
「おう、この半年だって話だ。消印の時期と一致するだろ。こないだの日曜にもジェロームを見かけたって、別の奴も言ってたぜ。」
「セントラルパークって、恐ろしく広いよね?」
 公園の中を駆けずり回る己の姿を想像し、フェイスマンが身震いした。
「広い広い。ジャンボジェットが停まれるぐらい広い。」
 そう、マードックのオデコ以上に広い。
「いつも同じ場所に出没してるってわけじゃねえようだから、セントラルパークん中捜し回るってのもなあ……。」
 コングも言葉を濁した。
「ともかく、ジェロームがニューヨークにいるってことが確かになってきたじゃないか。ナイス・インフォだぞ、コング。」
 ナイス・インフォー、と褒められてもな。
「俺っちの情報、聞いて! この雑誌、たまたまこの部屋にあったんだけど、何と、これにジェロームの詩が載ってるんだ!」
「モンキー、その雑誌、俺が買ってきたんだぜ!」
 フェイスマン、手柄を横取りされたようで、いい気分ではない。
「へー、偶然じゃん。それにジェロームの詩が載ってんだよ。」
「載ってるから買ってきたんだってば! お前がカニで遊んでる間に!」
「じゃ、ジェロームの詩、読みまーす。」
 苦情を右耳から左耳に通過させ、マードックは雑誌を開いた。



   『鶏のチーズ挟み揚げ』 by Jerome Brandt
 僕の前に後ろに
    踏み潰されたファラフェル
    噛み千切られたベーグル
 腐っていく
 淀んでいく
 僕の上も下も
       マジョリティは善なのか?
       脳味噌と排水溝の区別は?
       信仰の対象は犬か神か?
    飛び散る骨と石と音
    壁に囲まれた弔鐘
 水色に洗脳された群衆が馬鹿げた言葉に剣を取る



「……微妙な詩だね。変な韻の踏み方してる。」
 読み終えた後、マードックは言った。彼に言われてはおしまいなような。
「悪くはないな、タイトル以外は。実に卑屈で攻撃的だが。それも、攻撃対象が明確だ。」
 ハンニバルの解釈が正しいかどうかは、ジェロームに聞け。
「俺ァ詩ってやつァ、どうもわからねェなァ。」
「なーんか、イメージ違うよなあ……。」
 と、コングおよびフェイスマン。現代国語・評定「3」というところか。
「さて、報告の続きと行きましょうか。早くしないと、このニューヨークで、奴さん、だいぶ参っちまってるみたいですからねえ。」
 意気消沈してしまった一同を促すリーダー。
「え? 何でそんなことわかんの、ハンニバル?」
「だって、今の詩でそう言ってたでしょうが。」
 首を捻る評定「3」ども。マードックは、ああ、と理解した模様。
「あたしの得た情報によりますと、詩人の人身売買が秘密裏に行われているようですよ。」
「人身売買だと?」
「そう、人身売買。と言っても、奴隷や臓器移植みたいなハードなやつじゃなくて、もっとソフトなやつですがね。」
「ソフトな人身売買って何よ?」
 フェイスマンの質問に、ハンニバルはこう語った。
 情報屋の話によると――東部の一部の金持ちの間で、家に詩人を置くのが密かな流行になっているらしい。詩人を家に住まわせて、家族と同様に扱い、詩を創作してもらい、朗読してもらい、リッチで優雅な雰囲気を味わう対価として、詩人には給料を支払う。この住み込みの詩人を雇うためには、年に2〜4回、不定期に行われている、とあるサロン(詩の朗読会)に出席し、そこでオークションによって詩人を落札する。その落札額が詩人の給料(月額)になるのだ。落札した詩人に飽きた場合には、次回のオークションに出品することになる。このサロンには会員しか出席できず、会員になるためには次の条件のどちらかを満たしていなければならない。即ち、@運営委員によってスカウトされた詩人であること、A既に会員である者によって紹介された者であること。
「どうだ、臭いだろう? あたしはジェロームがこの住み込み詩人としてフィラデルフィアやニューヨークに住んでるんじゃないかと思うんだが。」
「ニューヨークやフィラデルフィアには金持ちが多いからね。」
「しっかし、このニューヨークのどの金持ちの家に奴がいるか、わかんねェんだろ?」
「そんな時こそ、ラザフォードの嗅覚にお任せあれ!」
「そこまではわかりませんねえ。1軒1軒、お宅にジェローム・ブランドという詩人モドキはおりませんか、と聞いて回るわけにも行かんし……。」
「かと言って、セントラルパークを捜し回るわけにも行かない……となると……。」
「潜入捜査、か?」
 刑事物じみてまいりました。
「だな。……よし、フェイス、モンキー、お前たち2人は詩人になれ。そして、その胡散臭い会の運営委員にスカウトされなさい。」
「さ、されなさい、って……どうすれば……?」
「そうねえ、セントラルパークやマジソンスクエアやタイムズスクエアで詩を朗読してみたら?」
「そんな……軽々しく詩なんて……。」
「で、あたしとコングは、金持ちの振りして朗読会巡り。その雑誌に詩の朗読会の情報も出てましたよね、確か。」
 さすが、リーダー。ハンニバルは詩の雑誌までチェック済みでした。
「あ、そうだ。俺、もう1つ情報掴んだんだった。そのオークションとは関係ないかもしれないけど、『魂の迸りの会』っていうのがクリスマス前々夜に何か特別なサロンをクイーンズで開くって噂だったよ。詩と写真とイラストのギャラリーで。」
「ふむ、特別なサロンか。それっぽいな。『魂の迸りの会』っていう名前からして怪しい。タイムリミットは12月23日と考えておくのが妥当かもしらん。今回は長期戦になりそうですよ。」
 頷く部下たち。
「フェイス、エンジェルにも力を貸してもらってくれ。」
「エンジェルに? 本気なの、ハンニバル。」
「ああ、本気だ。『マンハッタンにいるから、5番街で何か買っておこうか』とか何とか言えば、山ほど情報をくれるだろう。」
「……もしかして、『買っておこうか』って言うだけ?」
「無論だ。俺たちに5番街でのらくら買い物している暇なんざない!」
「5番街で買い物できるような金もないしね。」
 フェイスマンは寂しげに口角を上げ、アドレス帳のAの欄を開いた。



〈Aチームの作業テーマ曲、かかる。〉
 本や辞書が山と積まれた安ホテルの部屋で、必死の様相で詩を書きまくるマードック。エンジェルに電話をかけるフェイスマン、手帖にぐりぐりと丸を書いたり波線を書いたり。電話を受けて非常に嬉しそうなエンジェル、受話器を肩に挟んで早速コンピュータのキーを叩く。いかにも成金オヤジの服装のハンニバル、手近な詩の朗読会に出席してみている。テーブルマナーの本を見ながら、食事をするパントマイムをしているコング。
 背中にラザフォードを背負って、タイムズスクエアで詩を朗読するマードック。タイムズスクエアは詩を朗読するには適さない場所だと薄々感づきながらも。通行人がラザフォードに恐る恐る触れる。
 マードックの書いた詩を、セントラルパークの貯水池の辺りで朗読するフェイスマン。多少照れが入っている。
 何やら機械を組み立てているコング。ゴミ捨て場から拾ってきたようなプリンタに接続。ボタンを押すと、ランプは点くがプリンタは動かず、首を捻る。
 分厚い本を片手に、ベッドに広げた模造紙にあれこれ書き込みをしているハンニバル。ううむ、と腕組みして悩み込んだ後、シュッと1本の矢印を引き、満足したように頷く。
 本に書いてある詩をカードに書き写し、そのカードにパンチ穴を開けるマードック。セントラルパークの歩道を歩き、溜息をついて空を見上げるフェイスマン。上等なタキシードを自分で作るコング(現在の彼らの財政状況では、布を買うのが精一杯。ミシンはゴミ捨て場から拾ってきたもの)。サロンで、詩作はしないが詩の鑑賞を好む輩と、熱く議論を戦わせているハンニバル。
〈Aチームの作業テーマ曲、終わる。〉



「俺に詩人なんて無理だよ!」
 大きく両手を広げ、今更ながら駄々を捏ね出すフェイスマン。次々と詩(のようなもの)を書き殴るマードックと自分とを比べてしまったようだ。加えて、彼氏、ちょっと疲れている。それに比例して、髪も乱れている。
「そりゃ口は回るかもしれないけど、詩人なんて柄じゃないんだって!」
 手に持っていた紙をバサッとベッドの方へと投げる。劇的に。
「まあまあ。」
 と、ハンニバルはフェイスマンの肩に手を置いた。
「上手いこと金持ちの家に住み込めるとなったら、お前さんだって楽しいだろう? 床にはふかふかの高級カーペット、ベッドは天蓋つき、カーテンはレースとシルクの二重、奥方の手にはピンポン玉のような宝石がついた指輪、旦那の手には高級葉巻、食事は料理人が作ってくれて、朝からジャージー牛乳が飲み放題だ。それにな、フェイス。」
 ハンニバルは手を伸ばして、テーブルの上の冷めたコーヒーを取った。
「このコーヒーは何色だと思う?」
「色? これは……持ち主のいない古時計の色かな。」
「ほら、ね。お前さんは詩人の素質たっぷりだ。俺が言うんだから間違いない。」
「……そっか……そうなんだ。俺って詩の才能があるのか!」
「そう、才能はあるのさ。ただモンキーと違って量産タイプじゃないってだけだ。」
 ハンニバルに上手いこと言いくるめられて、フェイスマン浮上。
 機械にカードを詰め込んでいたマードックが、コーヒーを覗き込んだ。
「ああ、これは、あれだね。踏みしだいたアリの行列の色。」
「黒とか焦げ茶とか、誰か言えってんだ……。」
 機械の蓋を閉じて、コングが溜息混じりに呟いた。
「コングちゃん、これオッケ?」
「多分な。」
「さてさて、お立ち会い!」
 マードックがハンニバルとフェイスマンに声をかけた。
「詩作に行き詰まった我々のために、コング大先生が額に汗して手に塩かけて作って下さいましたこの機械、オートマチック・ポエムライター、通称、詩作くん!」
 ジャジャーン、と機械をご紹介。機械の上にラザフォードが乗っているが、それは「詩作くん」に含まない。
「世界中の有名どころの詩を大雑把に網羅!」
 いや、それ、網羅してないし。
「それっぽい詩をそれっぽく捏造してくれるマシーンがこれ! そのパターンたるや……いくつぐらいかな? 20ぐらい?」
「意味をなしてなくてもいいんなら、1億超えるんじゃねェか。」
「1億以上? すげェじゃん!」
 自分でプロデュースしておいて、自分でびっくりするマードック。
「……ホントにこんな機械で詩が書けんの?」
 疑心暗鬼なフェイスマン。彼でなくても疑心暗鬼になるでしょうて。
「そいじゃ早速試してみよっか。」
 マードックのリードに、コングが頷く。
「どんな詩がお好み?」
「好みじゃないが、ボルヘス風に一丁頼む。」
 ハンニバルが偉そうに言った。ここのところ彼は、詩人の作風と分類について研究していたのだ。その成果もあって、今や詩の朗読サロンでのあだ名は「テキサス教授」。テキサスの石油成金という設定だからだ。
「ボルヘス風ね。南米系はちょっち弱いんだけど、やってみましょう。」
 マードックが「詩作くん」のレバーをカチカチと操作する。地域・南米、時期・20世紀、韻律・高、長さ・短、その他諸々。
「よっしゃ、ゴー!」
 スタートボタンをポチッとな。
 ウイイイイイ〜ン、バラバラバラバラ(中でカードを分類する音)、ゴガガガガ(何か引っかかったらしい)、ブウン……(自動修復されたらしい)、ズガーッズガーッズガーッ(ドットプリンタの作動音)、ズベベベベベベベ(紙が排出される音)、ビリッ。
 出てきた紙をハンニバルが破り取った。そして、そこに打ち出された詩をしげしげと見つめる。
「……これは……よく書けている! いかにもボルヘスの晩年の作品のようだ。未発表のボルヘスの作品と言っても通じるかもしれん!」
「やった!」
 ハンニバル(テキサス教授)のお墨つきを得て、マードックとコングは拳を突き合わせて喜んだ。ビバ、順列組み合わせ!
「ってわけで、フェイス、これ使っていーよ。」
「俺、使っていいの? モンキー、お前は?」
「俺っちは自力で書くもんね。ラザフォードをこうやって頭に乗せると、いいイメージが湧くんだ。ほーら、来た来た。暗い海底、歪んだ月、降り積もるプランクトンの死骸、青、蒼、藍、限りなく黒、銀の腹……。」
 頭に浮かんだ言葉を、かなりの勢いで紙に殴り書いていく。その字の乱れようと言ったら……他の人にはまず読めない。もしかしたら既にそれらは字でさえないのかもしれない。



 12月も半ばをとっくに過ぎ、Aチーム一同の必死の努力の甲斐あって、特攻野郎たちはすっかり詩人モドキと金持ちモドキになっていた。ただし、どうしても「売れない詩人」、「成り上がりの金持ち」という線は拭いきれずにいる。仕方ないか、特攻野郎なんだから。
 運よく、フェイスマンもマードックも『魂の迸りの会』にスカウトされた。それは厳密に言えば彼らの運の力ではなく、エンジェルの力であった。エンジェルが東部の新聞社の知り合いに無理を言って、フェイスマンやマードック(や詩作くん)の作った詩を新聞に載せてもらっていたのだ。更に、ついでだからってんで西部の新聞(ただし他紙)にまで載せさせたのである。当然、偽名で。その偽名を掲げて、2人がセントラルパークの目立つ場所で詩を日夜朗読しているのだから、人だかりもできようて。そんな新進気鋭の詩人たちを『魂の迸りの会』が放っておくはずもあるまい。
 また、エンジェルの調べによると、人身売買に近いオークションを主催しているのは、『魂の迸りの会』で間違いなかった。警察も気にはなっているようだが、相手が金持ちの実業家たちで、詩人サイドから何の苦情も出されていない上、いつどこでこのオークションが開かれるか会員にしかわからないため、捜査に乗り出せないでいる、とのこと。
 しかし、Aチームには次回のオークションがいつなのか、どこで行われるのか、確実にわかっていた。オークションに出品される予定のフェイスマンとマードック、そして参加権(入札権)を得たテキサス教授とガーナのカカオ大王(コングのサロンでのあだ名)には。



 安ホテルでのAチームの面々、ここのところ、かなり狂っている。偽名を使い合っているし、ことあるごとに詩の話になっているし。2人の詩人(偽)に至っては、日常会話からして詩っぽい。古典演劇めいている、とも言える。
「ヒース・クラフト君、その君の傍らの静かな存在を我に手向けてはくれまいか。」
「ドニー・ディクソン君、君も大概にしないか。命なきこの一塊、立ち上る臭いたるや、僕の心のアルファからオメガまでを涙のベールで包んでやまない。」
 説明しよう。マードックが「ラザフォード取ってちょ」と言い、フェイスマンが「これ臭いから、いい加減にしろよ」と言ったのだ。率直に言って、この2人、まともな会話ができてません。でも、意思の疎通はある。
「イマジズムについて、どう思うかね、ハンバ・ピガピガ・イシヴンジ君。」
「俳句のリズムを取り入れたことによって定型性が確固たるものとなったが、その短さゆえに韻律が疎かになった嫌いもある。何にせよ、言葉の選び方で全てが決まっちまってる。語彙の勝負と言ったところだ。あんたはどう思う、ミスター・ノーマッド・ルイスビル。」
「確かに君の言う通り、形の強制力がイマジズムにはあるが、定型を踏まえた上での計画的逸脱、つまりはシンコペーションや変拍子と同等の性質をそこにどう加味していくか、それによって力量を測られるのではないか、と思うんだが、もちろん語彙の力は大きいな。」
 朝っぱらからそんな話をするのもどうかと。それもシリアルをザクザク食いながら。
 彼らが待つのは、12月23日。噂通りの日に『魂の迸りの会』の特別サロン、別名「詩人オークション」は開かれるのであった! それまでに付け焼刃が剥がれないようにしなければならない。頑張れ、Aチーム!



 そして、遂に当日。世の中はクリスマスムードにどっぷり浸っている。が、Aチームの皆さんは、それどころではない。明日がクリスマスイヴだってことにも気がついていないかもしれない。それほどに今回の彼ら、頭脳労働ばかり。コングなんぞはバイロンの詩集を読みつつ腹筋運動をしたり、シェイクスピアの詩の朗読をカセットテープで聞きながらダンベルを上げ下げしたりしているのだが、それは肉体労働とは言わないね。
 特別サロン(詩人オークション)は、よくある詩の朗読会と同じく、夕方から。クイーンズはロングアイランドシティにある、某実業家の私宅で行われる。と、招待状(手渡し)に書いてあった。
 ヒース・クラフトことフェイスマンと、ドニー・ディクソンことマードックは、招待状に同封されていたオークションの説明書を熟読していた。
 説明書曰く――自作の詩を1篇朗読すること。落札された場合は、落札された瞬間から落札者に従い、落札者と共に住まい、落札者の要求に応じて詩作およびその朗読を行うこと。報酬は月払い(後払い)。生活上必要なものは、落札者に相談すること。
 ノーマッド・ルイスビルことハンニバルと、ハンバ・ピガピガ・イシヴンジことコングも、同じく招待状に同封されていたオークションの説明書を熟読していた。ただし、こちらの説明書は入札者&落札者向け。
 説明書曰く――落札した詩人に暴力を振るってはならない。落札した詩人に肉体関係を強要してはならない。落札した詩人の人権は尊重されなければならない。落札した詩人には1日に3食以上与えなければならない。落札した詩人を幽閉してはならない。落札した詩人には個人の部屋を与えなければならない。落札した詩人にはオークションで決定した報酬を毎月支払わなければならない(後払い)。落札した詩人を手放したい場合は、次のオークションを待たなければならない。すぐにでも手放したい場合には、落札した詩人および当会と相談の上、全員の同意を得て手放すこともできる(報酬は日割り計算で即日支払うこと)。落札した詩人に詩作およびその朗読以外のことをさせたい場合には、必ず詩人の同意を得ること。以上に反した場合は、罰金10万ドルを当会に支払うこと。また、その場合に会員権は剥奪される。
 入札者と言うか落札者の方が大変だ。どうやらこれは、売れない詩人にパトロンをつける制度のようである。まあ、落札者も一種のステータスが得られるわけだから、これでいいのかも。
「そろそろ行きますか。」
 リーダーの号令に、部下たちはそれぞれの衣装(?)で立ち上がった。



 オークション会場、兼、詩の朗読会会場まで、2人の成金はレンタルのリムジンで乗りつけた。白髪に白いスーツのノーマッド・ルイスビル氏は、トレードマークのループタイ&白いカウボーイハットで、相変わらず葉巻を銜えての登場。ハンバ・ピガピガ・イシヴンジ氏はノースリーブの黒いタキシードに、故郷では高い地位にあるものしか被ることが許されていないとされる黒い頭巾を頭に乗せている。単にモヒカンを隠しているだけなんだけどね。
 グランドピアノの演奏が流れる中、2人はグラスを片手に、仲間たちと飽きもせずに詩について討論していた。誰も、彼らのことを疑ってはいなかった。本当に詩が好きな成金野郎だなあ、としか思っていなかった。「成金野郎」ってところが、ちょっと失礼。
「長らくお待たせいたしました。それではただ今より、『魂の迸りの会』主催、詩の朗読会を開催いたします。」
 ピアノの音が鳴り止み、地味なダークスーツ姿の男がマイクを握って、ステージらしきスペースの横の方でアナウンスした。
 その声に、大広間のあちこちにいた人々がグラスをウェイターに渡し、ステージの前に並べられた椅子に着いた。30人を超えるだろうか、いずれも金持ちオーラを纏っており、新聞やテレビで見かける顔もちらほら。
 ハンニバルとコングも、彼らに倣って、空いている席に着いた。
「では、第1部、新人による詩作発表を始めたいと思います。」
 そして司会の男は、ドアの方に目をやった。
「エントリーナンバー1番、ボビー・クルス君。どうぞ!」
 冴えない小男がステージの中央にちょこちょこと歩み出てきて、一礼をすると、手にしていた原稿用紙を開いて、自作の詩を朗読し始めた。
 中略。実につまらない詩であった。
「ボビー・クルス君でした。それではオークションを。新人ですので、月額100ドルから開始いたします。」
 司会者はそう言ったが、全く入札の声が上がらない。
「入札、ございませんか?」
 ふるふると横に首を振る参加者一同。結構厳しい。
「ありがとうございました、クルス君。」
 ビシリとドアの方を示され、彼はすごすごと引き下がっていった。
 そんな調子で、詩人オークションは続いていったのであった。
「エントリーナンバー13番、ヒース・クラフト君。どうぞ!」
 やっとフェイスマンの出番だ。実は既にハンニバルもコングも、詩の朗読を聞くのに飽きていた。今までどれもこれもが駄作だったので。
 フェイスマンがステージに歩み出てくるなり、ご婦人方の目の輝きが変わった。それはそうだろう、わざと貧乏詩人を装ってレンタルのスーツ(自前のスーツは高級すぎるという理由でハンニバルにより却下された)に身を包んではいるが、土台が違う。歩き方からして、ただの詩人ではない。ちょっと磨けばファッションモデルにさえなり得るルックスである。そんなヒース・クラフト君は、詩を披露する前からオバサマ方の心をがっちりと掴んでしまった。
 更に、彼の詩は「詩作くん」によって入念に作られたもの。それも、愛と自然の美とを詠った抒情詩。定型できちんと韻を踏んでいて、耳に心地好い。加えて、彼ならではの、語りかける瞳。女性参加者の目がハート型になっているのが、ハンニバルとコングにもわかった。
 朗読が終わった後、会場は割れんばかりの拍手に包まれた。
「ヒース・クラフト君でした。それでは、オークション――。」
「1000ドル!」
 司会者の言葉が終わらないうちから、開始価格の10倍の入札が。
「2000ドル!」
 一気に2倍に撥ね上がる。
 入札されるたびにクラフト君が極上の笑みを入札者に向けるものだから、入札側にも力が入る。しかし、女性陣に人気が出たとて、一家の大黒柱ではないのだから、入札額にも限度がある。
 それでも入札額は更に上がり、ピンクのハートが飛び交う熱烈(?)な競り合いの結果、クラフト君は月額4800ドルで落札された。家賃光熱費食費を含まず月に4800ドル貰えるのだから、かなり美味しい。
「ヒース・クラフト君はフレッチャー夫人により4800ドルにて落札されました。おめでとうございます、フレッチャー夫人、クラフト君。」
 司会者はフェイスマンに、ドアの方を示すのではなく、落札者であるフレッチャー夫人の方を示した。「落札された瞬間から落札者に従い」という説明書の通りだ。フェイスマンはフレッチャー夫人の脇に進み、「よろしくお願いいたします」とフレッチャー氏に頭を下げると、夫人の手を取ってキスをし、彼女の傍らに跪いた。もうフレッチャー夫人、クラフト君にメロメロである。それでもフレッチャー氏が安心していられるのは、規定に「落札した詩人に肉体関係を強要してはならない」とあるからである。
 フェイスマンとしても、すぐにトンズラする予定だからこそ、今こうやってサービスしてやれるのである。それに、高値で落札してもらえたのは、やはり嬉しいし(詩は自分で作ったものじゃないにせよ)。
「エントリーナンバー14番、ドニー・ディクソン君。どうぞ!」
 そうこうするうちに、マードックの出番となった。ステージの中央に、こちらもレンタルスーツ姿のマードックが立つ。スーツの丈が短く、帽子なしで、髪の寂しさも伴って、ばっちり貧乏そうだ。落札してもらえなかったら、明日にでも餓死してしまいそうな雰囲気を漂わせている。それなのに、目だけが活き活きとしており(さっき目薬差したから)、異様な印象を与えている。言ってみれば、狂気。脇に抱えたラザフォードが、それを増長している。
 フェイスマンは女性陣の心を掴んだが、マードックはこの場にいる全ての人々の心を掴んだ。Aチームの3名は除外するとして。人々が固唾を飲んで見守る中、ディクソン君は何も見ずに詩の朗読を始めた。朗読と言うより暗誦である。
 彼が読んだのは、いや、演じたのは、長めの叙事詩だった。戦いと友情、汗と血と涙と硝煙。高まっていくテンション、それが引いた後の切なさ。過去の偉大な詩人たちの作品を上回る出来と言っても過言ではなかろう。詩の韻律や形式美もさることながら、間の取り方と言い、抑揚と言い、語りも見事なものだった。
 朗読中、観衆の、特に男たちの目は、ディクソン君に釘づけになっていた。前のめりになり、両の拳を握り締め、息をも止めて。ディクソン君が朗読を終え、ぺこりと頭を下げた後も、観衆はしばらく呆然としており、その後、誰からともなくスタンディング・オベーションが起こった。その拍手は、なかなか鳴りやまず、中には感涙に咽ぶ者さえいた。
「ドニー・ディクソン君でした! それではオークションを!」
 涙を拭いながら、司会者が興奮冷めやらぬ顔で告げた。
「5000ドル!」
 第一声から、クラフト君の落札額を超えた。とんでもない新人の登場だ。そして白熱した競り合いが続き、収束がついた額は、何と1万1000ドル。クラフト君の落札額の2倍以上。ハンニバルもコングも、これには驚きだ。
「ドニー・ディクソン君はウォーカー氏により1万1000ドルにて落札されました。おめでとうございます、ウォーカー氏、ディクソン君。」
 マードックも司会者にウォーカー氏の方を示され、落札者にクールに目礼すると、ラザフォードと共にその脇に着いた。
「今回のサロンには、素晴らしい新人が登場しました。今一度、新人の皆さんに、特にクラフト君とディクソン君に拍手を。」
 惜しみない拍手の中、フェイスマンとマードックが起立して恭しく頭を下げる。
「続いて第2部に移らせていただきます。第2部はご不用になりました詩人たちの詩作発表です。」
 次々と、飽きられた詩人が詩を朗読する。今度は元落札者(元パトロン)のコメントつきである。詩はいいんだが生活態度がよろしくないとか、手はかからないが詩が冴えないとか。
 恐らくジェロームは今回再出品される。そうハンニバルは踏んでいた。1年前にフィラデルフィアの誰かによって落札され、半年前に再出品されてニューヨークの誰かによって落札され、そして今に至っていると思われる。あの雑誌に載っていた彼の作品を見る限り、彼の作品は現代詩である。あんなものが金持ちの趣味に合うとは思えないし、現代詩なんて毎日朗読されて嬉しいものではない。よほどの現代詩マニアでない限りは。ここにいる金持ちどもがギンズバーグやケルアックを鑑賞して楽しめるとも思えない。過去には共感できる時期があったかもしれないが。
 辛抱強く待っていると、案の定、ジェロームが姿を現した。現在のパトロンはフルトン氏。ロマンスグレーの渋い細身のオジサンだ。ジェロームが発表したのは、やはり現代詩であった。勢いがあり悪くはないが、幾分オカルトが入っている。
「意に即して臨機応変に詩を語ってくれるし、生活態度も模範的だが、現代詩には飽きた。」
 そうフルトン氏は語った。確かに、仕事に疲れた日にジェロームの朗読を聞かされるのは辛いだろう。
 それでも入札がないわけではなく、フルトン氏の希望で200ドルが開始価格となったが、300ドルまでは上がった。月300ドルか……。
 ここで、じっと耐え忍んで待っていたハンニバルとコングの登場である。
「他にお声はありませんか?」
 司会者が尋ねたところへ、ビシッとハンニバルの一声。
「500ドル!」
 コングも負けてはいない。
「600ドル!」
 それでもチマチマとしたもの。クラフト君とディクソン君の時のような、魂の迸りは見られない。
 だが、そんな折、この2人に触発された御仁がいた。
「1000ドル!」
『何だと?』
 ハンニバルとコングは心の中で叫んだ。ここはどうしてもジェロームを落札し、シャーロットの元に連れて帰らねばならないのだ。月々の支払いなどするつもりもないのだから、入札額はリミットなしだ! ジェロームに月1000ドル以上つけたくない気持ちも、なくはないが。
「1200ドル!」
 コングが負けじと言った。指輪をごっそりつけた拳をブンブンと振って。
「1500ドル!」
 と、ハンニバルも。コングかハンニバルか、どちらかが落札すればいいのだから、2人で張り合うことなんてないのに。
 そうこうするうちに、入札額は5000ドルに達した。この辺りで、元のパトロンであるフルトン氏も、手放すのが惜しくなったのか、入札に参加し始めた。「そんなのアリか?」とフルトン氏を除く全員が思ったが、司会が何も言わないところを見ると、それもアリらしい。
 それなりに白熱したオークションの末、何とかハンニバルが7862ドルで落札した。細かいのう。
「ジェローム・ブランド君はルイスビル氏によって7862ドルにて落札されました。おめでとうございます、ルイスビル氏、ブランド君。テキサス州からお出でのルイスビル氏は、今回が初参加です。」
 ハンニバルが立ち上がって、周囲からの拍手を受ける。彼の方に歩み寄ってくるジェローム・ブランド。
 この半月、昼夜問わず見つめ続けてきた写真に映っているジェローム。この半月、捜し続けてきたジェローム。しかし、目の前にいる彼、これが本当にあのジェロームなのか、あまりに特徴がなくて、一抹の不安が過る。
 予定では、この後、ジェロームと共にハンニバルはシャーロットの待つサンフランシスコに飛び、コングは車でロサンゼルスに戻り、フェイスマンとマードックは適当なところでパトロン宅を抜け出してロサンゼルスに帰る、という寸法であったのだが――
「もしかして君は……ジョン・ハンニバル・スミスか?」
 観衆の中から、そう声が上がった。大きな声ではなかったが、拍手の鳴りやんだ広間に響き渡るのに十分な声量であった。どうやら観衆の中に軍関係者がいたようだ。もしくは、退役して事業に成功した金持ちか。ハンニバルぐらいの年回りの人々が多いのだから、ハンニバルを知っている人がいてもおかしくない。
 ルイスビル氏ことハンニバルは、その声の方に反射的に顔を向けたが、その声の主が誰なのか、判別はつかなかった。
 部下3名は、この由々しき事態に硬直しているしかなかった。下手にハンニバルの方を見るわけにも行かない。
 「は? 何ですと?」とかと言って、ハンニバルがしらばっくれてくれれば、それで事は済む。事は済んで、みんな穏やかにロサンゼルスに帰ることができる。詩のことなんか忘れて、いつものように暮らすことができる。
『だけど、ハンニバルのことだからなあ……。』
 そうフェイスマンは思った。コングも、そう思った。マードックも然り。
 ほんの数秒のことなのだが、3人にはやけに長く感じた。それはまるで、ベトコンの先制攻撃を待ち受けている時のような……。
 遂にハンニバルの手が動いた! 葉巻の煙を深く吸い込み、ゆっくりと吐く息遣いが聞こえる。もう一度、大きく息を吸い――
「そうとも! よくも見破ってくれたな! ノーマッド・ルイスビルとは今回限りの仮の名。この俺こそが、泣く子も黙る神出鬼没のAチームのリーダー、ジョン・ハンニバル・スミスだ!」
『……やっぱり……。』
 部下3名は諦めたように椅子から腰を上げ、ハンニバルの方を見た。彼らのリーダーは、背筋をしゃんと伸ばし、楽しそうな笑顔を浮かべていた。
『全く、ハンニバルらしいや。』
 そんなハンニバルを見て、何だか3人も嬉しくなった。
 一方、サロンの皆さんはと言うと、逃げ惑っていらっしゃった。
「Aチームだと! 危険だ、早く逃げないと!」
「ハンニバル・スミスと言ったら、あのお尋ね者じゃないか!」
「そんな奴がなぜこの場に?」
 同伴の夫人がパニックを起こして、叫び、腰を抜かしているのを、落ち着かせようとしながらも、口々に言い合っている。
「皆様、どうか慌てずに、順番にお逃げ下さい!」
「お預けになりましたお荷物は、番号札をご提示の上、お間違えないようお受け取り下さい!」
「お車は今すぐに玄関の方に回しますので、ポーチでお待ちになっていて下さい!」
 主催者側も、慌てているのか落ち着いているのか、よくわからない状況。
「どうしました? 大丈夫ですか、旦那様! 奥様!」
 それぞれのボディガードが駆け込んできて、それでなくても混乱している大広間に更なる混乱が加わる。この催しのために雇われた警備員まで大広間に雪崩れ込み、ただただ人でごった返している。中には、踏み潰される老人も。興奮のあまり卒倒するご夫人も。滑って転んでピアノに頭を打ちつける大富豪も。
 この騒ぎを面白そうに眺めていたAチームであったが、外からサイレンの音が聞こえてきて、ギクリとした。Aチームであることがバレてすぐに通報されたとしても、MPがこんなに早く現れるはずがない。MPでなく州警察だとしても、とにかく捕まるとまずい。
「どうする、ハンニバル?」
 逃げようとするジェロームを拳一発で静かにさせ、肩に担いだコングが尋ねる。
 その隙を狙ってか、警備員が発砲してきた。それを余裕で避ける4人。
「キャーッ、銃よーっ!」
「誰か撃たれたのか?」
「ダルエーカーさんが撃たれたのか?」
 輪をかけて騒がしくなる大広間。誰も撃たれてませんって。そういう番組なんだから。
「ハンニバル・スミスとその一味が銃を乱射してるぞ! 気をつけろ!」
 誰かが叫んだ。濡れ衣です。
「装備は?」
 ハンニバルが聞いた。
「特には何も。」
「丸腰だ。」
「ラザフォードだけ。」
 まさかこんな事態になるとは思わなかったので、ラザフォード以外何一つ持ってきていないAチームであった。
「よし。じゃ、逃げるとしますか。」
 リーダーの提案に、ジェロームを担いだコング、ラザフォードを抱えたマードック、いつの間にか宝石・貴金属類を抱え込んでいたフェイスマンは、混み合った玄関は避けて、窓から中庭に出ていった。



 塀を乗り越え、道行く車を奪い、帰途に就いたAチームとジェローム。
「何でハンニバル、あそこで名乗っちゃったのさ?」
 後部シートのフェイスマンが、ハンニバルをたしなめる。
「そうだぜ。あんたさえ黙っててくれりゃ、俺だってこいつ殴ることもなかったのによ。」
 運転席のコングも、フロントミラーに映るジェローム(ハンニバルとフェイスマンの間で未だ気絶中)を顎で指し示して文句を言う。
「ウォーカーさんとこで美味しいものご馳走になってから帰ろうかと思ってたのになー。」
 助手席のマードックも口を尖らせている。
「いや、つい、な。」
 ハンニバル自身も、少し反省しているようだ。飽くまでも、少し、だが。
「それに、あれだ。」
「あれって、どれ?」
 怒ったような口調で、フェイスマンが問う。
「雉も鳴かずば虎児を得ず、ってやつだ。」
「違ーう!」
 声を揃える部下3名。マードックにまで言われてしまっては立つ瀬がなくてやる瀬ない。
「う、う〜ん……雉も鳴かずば鳴かせてみせようホトトギス……。」
 ジェロームが、わけわからんことを呟きつつ意識を取り戻した。
「ここは……? ……ひぃぃぃぃっ、命ばかりはお助けを〜っ!」
 そういう反応をするのも無理はない。
「ジェローム、僕たちはシャーロットに頼まれて君を捜しに来たんだ。」
 フェイスマンが優しく説明する。口調は優しいが、顔は真剣そのもの。
「シャルロッテに?」
「何も俺たちゃ、お前を取って食おうってんじゃねェんだ。そんな怯えんな。」
 振り返りもせずにコングが言う。
「怯えたくなるのもわかるけどねー。恐い顔したのいるし。」
「うるせェ!」
 コングの右拳が助手席に飛んだ。が、咄嗟に身を庇おうとしたマードックの手には、ラザフォードが……。カニ甲にめり込む黒い拳。
「ラザフォ〜ド!」
 赤と白のめでたげな茹でカニ甲が、ぐっしゃりと潰れてしまった。その下のメカもひしゃげている。
「動かねー! 頼む、動いてくれよ、ラザフォード! 死ぬんじゃねーよ、お前は俺の相棒だろ! お願いだ、何とか言ってくれよぉ〜!」
 スイッチをカチカチ動かしても、ラザフォードは微動だにしない。そして、もちろん、何も言わない。カニだし。メカだし。
「ってェな……。後で直してやっから、喚くんじゃねェ。」
 右拳をフーフーして、コングは後半を小声で言った。
「直せる? これ、直る? ラザフォード、元通りになる?」
「そんぐらいなら、ものの10分で直せるぜ。」
「じゃさ、どうせならちっと改造してくんね? 鋏振んの。パワーアップして、超ラザフォードの誕生だ! あ、それからリモコンにして。あとね、甲羅ん中にキャノン砲隠して。俺たちがピンチの時には、甲羅がゴゴゴゴって開いて、ドゴーンってさ。」
「そりゃ無理だ。」
 コングとマードックが戯れている間にも、フェイスマンはジェロームに事態を説明していた。
「……でも、おかしいですね……。」
 全てを聞いた後、ジェロームはそう呟いた。
「何が?」
「腑に落ちない点があるんです。まあ、シャルロッテに会って、直接聞いてみることにしましょう。」
「……雉も鳴かずば……学成り難し、でもないよな……。」
 黙りこくっていたハンニバル、何を不貞腐れているのかと思えば、「雉も鳴かずば」の続きを思い出そうとしていたらしい。
 そんな愉快なAチーム、一行はサンフランシスコへと向かいます。



 クイーンズ南端から船を見つけるとか何とかコングには言っておいて、倉庫街の辺りでコングに睡眠薬を注射。ヘリポートに向かい、ヘリを1台拝借したAチームは、マードックの操縦により、どこだかわからない場所に到着(燃料切れのため)。そこでまた道行く車を奪って、手近な飛行場まで陸路を行く。飛行場で今度は飛行機を拝借して、ひたすら西へ。しかし、間違ってロングビーチの飛行場に着陸。長年の癖で。降りた飛行場で燃料満タンのヘリを借りて(返す予定なし)、サンフランシスコへ。この間、丸2日。アメリカ横断は大変だ。
 サンフランシスコのモーテルで仮眠を取り、シャワーを浴び、服を着替え、テイクアウトの中華料理を腹に入れ、人心地ついた一行は、シャーロットと会うべくフォート・メイソンのファンストン運動場に来ていた。彼女の勤め先が、この近くらしい。
「ジェローム!」
 通りの向こうから、シャーロットが駆けてくるのが見えた。
「シャルロッテ!」
 両腕を広げて彼女を待つジェローム。駆け寄ってきたシャーロットは、助走を利かせてジェロームの手前でジャンプすると、ガラ空きの喉元に痛烈なラリアットをお見舞いした。鮮やかに決まる一撃。一瞬、呼吸が止まり、屈み込んで咳き込むジェローム。
「1年会わないうちに鈍ったわね。」
「君は相変わらずだ……ゲホッ。」
「Aチームの皆さん、どうもありがとうございました。」
 シャーロットは何事もなかったかのような笑顔で、1人1人、4人の手を取った。あと、超ラザフォードの鋏にも握手。
「ニューヨーク州警察のマクニールも喜んでおりました。カリフォルニア州警察のマクロードも。」
「何だと? 州警察?」
 それを聞いて、ハンニバルの目が険しくなる。
「誤解なさらないで下さい。決してあなた方のことを警察に売ったというわけではありません。……秘密にしていたのは申し訳ありませんでしたけど、マクニールもマクロードも私の個人的な知人で、あなた方には手出しをしないという約束でしたから、あなた方の行動を掻い摘んで報告していたんです。お金があるからと言って人権を侵害していいわけではない、権力があるからと言って刑法から逃れられるわけではない、是非オークションの現場に乗り込んで人身売買と軟禁の事実を明るみに出してやりたい、というのが彼らの言い分でしたので……。」
 シャーロットの話を聞いて、「なら、よし」という顔のハンニバル。
「君、詩人のオークションのこと、知ってたの?」
 はっ、と気づいて、フェイスマンが声を引っ繰り返す。
「ジェロームが1年前に教えてくれました。ですから私、ジェロームがそのオークションに出品されて、東部のどこかのお宅にいる、ということまでは知っていたんですが……。」
「それならそうと、最初に言ってくれればよかったのに!」
 費やした時間と費用のことを考えると、涙が出そうになる。
「あなた方なら絶対すぐに調べられると信じてましたから。」
 にっこりとそう言われてしまっては、二の句も継げないし、グウの音も出ない。
「それに、あなた方なら、間違いなくオークションの現場に乗り込んで、騒ぎを起こしてくれるものと確信しておりました。そうなれば、待機していた州警察も『市民の安全を守るため』という名目で現場に踏み込めますからね。」
「ああ、だから待ち構えてたようにサイレンが鳴り出したんだな。」
 コングが当時のことを思い出して呟く。
「ごめんね、シャルロッテ。僕がどこの誰の家にいたのか教えてあげられなくて。住所は伏せておいてほしいって落札者に言われてたんで、詳しい居所は教えられなかったんだ。うっかり口を滑らす可能性もあるから、電話もしちゃいけないって。でも僕、君に手紙を書き続けただろ?」
「ええ、半年前までは。だけど、それからぱったりと手紙が来なくなってしまって、ずっと心配してたのよ。あなたに何かあったんじゃないかと思って。」
「半年前まで? じゃあ、その後の手紙は届いてないのかい? 毎週、必ず君に手紙を出したのに!」
「届いてないわ! ……あ、ひょっとして……。」
 シャーロットは思い当たることがあったらしく、俯いて口に手をやった。
「あのね……半年前に私、引っ越したのよ。いい物件を見つけて。それで……郵便局に住所変更通知を出し忘れていたみたい……。」
 ハハッ、それじゃ届かないよね、とフェイスマンは言いたいところだったが、ジェロームの愕然とした顔を目にし、開きかけた口を閉じた。
「……そう……そうなんだ。リターンアドレス書かなかったから、こっちにも戻ってこないし……。」
「……でも、もういいじゃない! あなたが戻ってきたんだから!」
 自分の失敗をスムーズに「なかったこと」にしてしまったシャーロット、見た目に反して、相当に強か女性である。加えて、少し変。
「……そうだね。パトロンのおかげで、だいぶお金も貯まったよ。これで、すぐにでも式を挙げられるんじゃないかな。」
 ジェロームの表情が和らいだ。……前からあった5万ドルで、十分に豪勢な式が挙げられると思うがどうか。
「それが、ジェローム、この方たちにあなたを捜し出してもらった費用をお支払いしなければならないの。」
「君たちの幸せを祝福したいのは山々だけど、そういう契約なもんで。」
 話の流れを読んで、フェイスマンが2人の間に割って入り、懐から契約書を出して2人の前に開いた。
「えー、先日サインしていただいた契約書、こちらに従いまして、報酬2万5000ドル、それとできましたら謝礼を更に2万5000ドル。お支払い方法は、現金もしくは小切手あるいは銀行振込となっておりまして――。」
 そこまでフェイスマンが話したその時!
「どーこだー! スーミスー!」
 サイレンの音と聞き慣れた怒声が。
「やばっ、リンチ大佐だ!」
「何でまたリンチがこんなサンフランシスコくんだりまで?」
「誰か、俺たちがここにいるって垂れ込んだんじゃねェか?」
「私じゃありません! 発注を受けて軍のPR誌の編集はしていますけど、あなた方のことは一言も……。」
「何だと? 軍のPR誌だと?」
「聞いてないよ!」
「言いませんでしたっけ?」
「それよか、ハンニバル。逃げるにしても足がねェぜ!」
 そう、盗難車はモーテルの近くで乗り捨てて、ここまで地下鉄やバスを乗り継いで来たため、MPから自由自在に逃走する手段がないのである。
「皆の者、バスに乗れ!」
 ちょうど横の通りのバス停に市バスが停まったところで、Aチーム一同はそちらに向かって駆け出した。
「あの! お支払いはどうすれば?」
 シャーロットが彼らの一目散な後ろ姿に向かって聞いたが、答えは得られなかった。



 その頃、ロサンゼルスでは。
「今頃、みんな大慌てでしょうね。フフン。……私にタダ働きさせようなんて思うからいけないのよ。」
 新聞社のデスクに着いたエンジェルが、悪どい笑みを浮かべていた。
「5番街だなんて、いい気にさせてくれちゃって、全く。あー、それにしても悔しい! あいつらにいいように使われるなんて!」
 そう叫ぶと、彼女の方に一斉に目を向けた同僚たちを無視し、フェイスマンから電話で逐一聞き出した「Aチームの本日の予定」のメモをぐしゃぐしゃっと丸めたエンジェルは、憎しみと怒りを込めてそれをゴミ箱に投げ捨てた。
【おしまい】
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