奇人? 変人? だからよし! 面接必勝大作戦
フル川 四万
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 1980年代半ば、アメリカは未曾有の大不況に襲われていた。市場はジャパンマネーに席巻されてドルは下がる一方、物は売れないし、工場は次々に閉鎖だし、失業保険の受給額は過去最高で、それにも増して街に溢れるホームレス。まさに灰色の時代。
 そんな中、なぜかやたら忙しい職場がロサンゼルスの真ん中辺りに存在していた。
 Rrrrrrrrrrrr!
 殺風景なオフィスに鳴り響く電話の音。せわしなく動き回る数十名の制服の男たちのガタイはよい。
「はいっ、当局です! 何? Aチームがシアトルに出現した?」
 Rrrrrrrrrr!
「はい当局っ、ええっ? NYのレストランでハンニバル・スミスがシェフとロブスター料理対決?」
 Rrrrrrrrrr!
 Rrrrrrrrrrr!
 Rrrrrrrrrrrr!
「何だって? テンプルトン・ペックがビバリーヒルズの億ションで未亡人と暮らしてるって?」
「バラカスがミズーリ州の孤児院に?」
 というわけで、本日もカタブツのデッカー大佐率いる当局の皆様は、真贋入り混じるAチーム情報に踊らされまくる日々を過ごしています。
「大佐! シカゴのノースサイドで起きた麻薬商人壊滅事件、どうやらAチームの仕業のようです。それと、マリンランドの漁協の件も。」
 部下Aが2個の受話器を肩に挟んで叫んだ。
「何? それは確かな情報か?」
「確認中です。」
「よし! ノースサイドの件に5名、漁協に3名派遣して確認を取れ。」
「了解!」
 混み合った部屋から8人の部下が出動した。人口密度が減って、少し呼吸と移動が楽になる司令部。
「大佐! ええと、アトランタ日報の囲み記事に『謎の英雄』として載っている男がスミスに酷似しています。」
 と、部下B。
「よし! アトランタには3名行かせろ!」
「はいっ。」
 出動する3名の隊員。また少し空気が爽やかになる。
 Rrrrrr!
「はいっ、こちら当局……何だって? オハイオ州の農園でAチームが揃って乱闘中?」
「こっちはラスベガスです。昨日から30万ドル以上勝ち続けているギャンブラーが、ジョン・スミスを名乗っているそうです。」
「何だと? おのれAチーム、ええい、オハイオに5名、ベガスに5名派遣しろ!」
「はいっ。」
 出動する計10名の隊員たち(含む部下AとB)。司令部、だいぶ空いてきました。
 Rrrrr!
 Rrrrrrrrrrrr!
「ああもう! 大佐も手が空いてるなら電話取って下さいよ! もう! 行ってきます!」
 鳴り止まぬ電話に、半ば切れつつ受話器を取る部下C、世話好き心配性の35歳。テキパキと情報をメモし、数名の隊員を引き連れて出動していく。
「お、おう……。」
 部下Cの勢いに押されて、つい電話を取るデッカー。
「こちら当局。何? サンタモニカの煙草屋でスミスが店番を? わかった! すぐ部下を急行させる! スミスの奴、今度こそお縄にしてくれるわ、フンっ!」
 ガチャン! と受話器を叩きつけ、デッカーが鼻息荒く振り返った。
「おい部下C、隊員を3名サンタモニカへ……あれ?」
 しかしそこに部下Cの姿はない。部下Cどころか、AもBもD〜Zもいない。
 だって、この時点で当局、デッカーを除く全員、出動済み。
 Rrrrrrrrrrr!
 Rrrrrrrrrrrr!
 Rrrrrrrrrrrrr!
 鳴り止まぬコール音の中、1人立ち尽くすデッカー大佐であった。



          2


 所変わってここはロサンゼルス市外のとある農家。
 夏から怒涛のごとく続いた依頼ラッシュが一段落し、農園主のハマーさん(農場乗っ取り事件の依頼主)のご好意で、ちょっと一休みさせていただいているAチームである。
 ハンニバルと言えば、近所の川で釣り三昧、コングは牛の放牧や乳搾りのお手伝い、フェイスマンは一人娘のメリーちゃん19歳を連れて近所のバーでお喋りに興じているし、マードックに至ってはなぜかパラシュートのパックを背負って木からぶら下がっている。いや、別にパラシュートによる降下に失敗して引っかかっちゃったというわけではなく、木の天辺に見つけたコウノトリの巣(卵2個入り)をできるだけ自然な形で観察したいとの考えから、パラシュート降下に失敗したレンジャー部隊を装って親コウノトリさんたちのご機嫌を伺おうという算段。なので、朝、親鳥がエサ集めに飛び立った頃合を見計らって木によじ登って自ら引っかかり、帰ってきた親鳥に「いやあ、また失敗しちゃったよ。俺っち、パラシュート苦手でもう、やんなっちゃう、へへっ」と下手な言い訳をして1日ぷら〜んとぶら下りつつ巣を凝視、空腹やら便意やら眠気やら3時のおやつやら、差し迫った場合のみ木から下りてくるという生活を、もう1週間も続けていた。
「お、卵にヒビ入ってるじゃん、もうそろそろお生まれになるんじゃないの? ねえ、最初の子はさ、俺っちに名前つけさせてよ、ねえ。雄ならマドリガル、雌ならジブラルタルってどうよ。」
 あからさまに威嚇および不満の表情を見せるコウノトリ母にそう頼みつつブラブラ揺れるマードックの耳に、聞こえてきたのは切羽詰まった車の音。
 ブォォォォォ、キキーッ!
 急ブレーキで農場に横づけされたのは、エンジェルことエイミー・アマンダー・アレン女史の車(自慢の新車)。
 バタンと扉を閉めて降りてきたエンジェルの表情は、何だか真剣で。
「ハーイ、エンジェル、あのね、今コウノトリの卵が孵る……。」
「モンキー! そんなとこで何やってるの! それより(←全く話は聞いていない)大変よ! ハンニバルたちを集めて!」
 その瞬間、樹上の巣ではピキッと卵が割れ、小さなコウノトリが2羽誕生した。



 というわけで、ほのぼのした自然エピソードをこれ以上膨らますこともなく、場面は緊急召集がかけられたAチームの面々に移行。場所は、ハマーさんちの居間ね。
「揃ったわね。」
 と、エンジェル。
「何だい、エンジェル。せっかくの休暇中に髪振り乱して。美人が台なしだよ?」
 と、フェイスマン。
「ご心配なく。この程度じゃあたしの美人は台なしになりませんよーだ。それより、これを見なさいよ。」
 と、小憎らしいセリフも可愛く決めるエンジェルが取り出したのは、1枚の貼り紙。そこには、テンガロンハットを斜めに被り、葉巻銜えてウインクする御大のどアップが。
「何だこりゃ。ハンニバルじゃねえか。随分若い頃の写真だな、はっはっはっ。」
 最近、酪農作業で筋トレに事欠かず、更に牛乳飲み放題の生活により、すっかりハイ&ハイパー化しているコングちゃんである。
「ほほう、デッカーの奴、新しいお尋ね者ペーパーでも作ったのかね。しかし、もうちょっと写りのいい写真を使ってほしいものだなあ。」
「そんなこと言ってる場合じゃないわよ、ハンニバル。よく読んでよ。これ、お尋ね者の貼り紙じゃなくて、求人広告よ。」
「求人広告ぅ?」
「……だと?」
「……だって?」
「求人広告って、あの、働く人を世の中に広く求めるやつかい。」
「そう、その求人広告。いい? 読むから、よく聞いてね。」
『来たれ、猛者! 君も僕たちと一緒にAチームを捕まえてみないか? Aチーム捕獲特別部隊、隊員募集。週休2日・高給・福利厚生完備。寮あり。詳しくは、こちらの電話まで。***-****・当局。』
「……どうよ、これ。」
「ううむ。デッカーの奴、遂に人海戦術に出たか。」
「しかし、素人なんていくら集まっても、捕まる俺たちじゃないってことくらい、デッカーの石頭にもわかりそうなもんだけどね。」
「そうだぜ、ハンニバル。どんな猛者が何人集まったってよ、俺が十把一絡げに殴り飛ばしてやるぜ。」
「それにさ、今時、街角の貼り紙なんて、真剣に見る奴ぁ少ないと思うね、俺様はね。気にしなくていいんじゃないの?」
 と、口々に意見を述べる部下3名。
「ところがどっこい、見過ごせない事態なのよ。これも見て。今日のLAタイムズ。こっちにも求人が出てるから。」
 エンジェルが指し示す紙面には、紙面の4分の1サイズで貼り紙と全く同じ文面が掲載されている。
「ううむ、新聞に載ったとなると、この就職難の昨今、結構な人数が志願してくるんじゃないか? 質はともかくとして、人目が増えると動き難くはなるからなあ。」
 ハンニバルが腕組みして考える。
「寮つきかあ。寮って、オイラんち(退役軍人精神病院)よりゴハン美味しいかなあ。志願してみようかなあ。」
 背中に萎れたパラシュートを引き摺ったままのマードックが、しみじみと言った。
「てめえが志願してどうする。」
 と、コングのごく常識的なツッコミを経て、一瞬沈黙が流れるハマーさんちの居間。
「…………いや、いいかもしれんぞ、それ。」
 ハンニバルが口を開いた。
「何がいいんだ、ハンニバル。こんなスットコドッコイが当局に志願して……ああ、そうか。」
「そうだね、わかった。」
 フェイスマンが膝を打った。
「要するに、志願してくる奴がみんなモンキーみたいな奴なら、どんなに隊員が増えても怖くないって、そういうことだろ、ハンニバル。」
「まあ、そういうことだ。」
「ある意味、怖いけどね。」
「ある意味ではね。」
「なんか俺、バカにされてるような気がするんだけど、どうよ、マドリガルにジブラルタル。」
 と、両肩の上に留まっている雛鳥(もちろん偽。本物は親鳥が貸してくれませんでした)に呼びかけるマードック。
「まあ、その点は深く考えるな。ちょうど暇な時期でもあるし、デッカーの奴と遊んでやるのも一興だろう。どうよ、皆の者。」
「賛成。牛乳もたっぷり飲んだし、そろそろ俺も暴れ頃だぜ。」
「それって何? 変人を集めてデッカーんところに送り込もうってこと? やだ、すっごい面白そう!」
「まあね、コウノトリの卵も孵ったし、ゴッドファーザーとしてのオイラの役割も終了したしね。」
「この農場も潮時かもね、メリーには悪いけど。」
「じゃ、決定だな。名づけて『日頃の感謝を込めて、たまにはデッカーのお手伝い、奇人・変人リクルート大作戦』だ!」



          3


〈Aチームのテーマ曲、かかる。〉
 電話局の制服に身を包み、制服の肩に偽雛を2羽乗せたマードックが当局のビルに入っていく。てんやわんやの廊下を通り、ついでにデッカーのいる司令室を覗き(デッカーは激怒中)、電話の配線盤をチェックする振りをして盗聴器を仕掛け、うふりと笑うマードック。
 紙の束を持って夜の街を歩く(決して走らない)ハンニバル。その後ろを、バケツを持って続くコング。街角に貼られている当局の求人広告に、ハケで糊を塗りたくるコング。その上に新しい紙をペッタリと貼りつけるハンニバル。新しい貼り紙の顔写真は、なぜかハンニバルからジョン・ウェインに変更されている。
 忙しく電話応対をするエンジェルとフェイスマン。
〈Aチームのテーマ曲、終わる。〉



「もしもし、当局の者ですけれども、ええ、先ほど応募のお電話下さったケリーさんですよね。申し訳ありません、今回は不採用ということにさせていただきます。ええ、書類もいりません。じゃ。」
 エンジェルは、そう言うと受話器を置いた。ここはシビックセンターにある雑居ビルの一室。不遜にも、当局に程近いこの部屋が、新しいAチームの隠れ家であった。
「ふう、これで一応、応募者全員に不採用の電話をかけたわ。これで今日の面接に来る正規の応募者は随分減ったはずよ。」
「結局、何人断った?」
 裕次郎風に窓のブラインドをシャッと開けて当局の方を見遣りつつ、ハンニバルが問うた。
「ええと、当局に電話してきた人だけで50人を超えてる。当局に直接履歴書を持ち込んだ人は阻止できなかったけど。」
「50人か。結構いるな。フェイス、新しい応募者は何人になった?」
「30人ってとこ。あとでモンキーのお仲間を連れに行くから、何とか50人分の替え玉は用意できそうだよ。」
「ふむ、上等上等。」
 と、ハンニバル。
「しっかしひどいよね、この貼り紙。こんなんで人、集まるのかね。」
「どれどれ(と、読み上げるマードック)。」
『来たれ、奇人・変人! 神出鬼没のAチームに対抗できるのは、エキセントリックな君しかいない! 一芸ある人、優遇! わけあり匿名希望者、何でも優遇! 料理自慢! 美肌自慢! 喉自慢なんかは特に優遇! Aチーム捕獲特別部隊、隊員募集。週休5日・高給・福利厚生はないけどゴミ袋完備。寮あり食後にジェリーつき! ただし、応募は70歳以上の者に限る。詳しくは、こちらの電話まで。@@@-@@@@・当局採用担当。』
「すっごい好条件じゃん! やっぱ俺、応募しようかなあ。あ、俺、まだ70行ってないからダメか。」
「ダメも何も、文面考えたのお前じゃん。」
「あ、そうだっけ。」
「そうだよ。で、エンジェル、面接は何時からだったっけ?」
「午後3時から。あと2時間ね。」
「もう時間がないな。フェイス、モンキーのお仲間を迎えに行ってくれ。」
「へいへい、行ってまいりますよ。本当にもう、人使い荒いんだから。」
 モソモソと白衣を着込み、黒縁眼鏡をかけ、出かけていくフェイスマンであった。



          4


 さて、所変わって、ここはAチーム捕獲特別チームの隊員面接会場。デッカー以下、面接官の部下A・Bが正面の長テーブルに陣取り、部下Cが入口付近で進行表を見ている。
「部下C、今日の面接は何人だ?」
「50名弱ですね。」
「ふむ。ある程度ガタイがよくて運動経験のある奴なら、脱落者を想定して全員仮採用でもいいな。あとは合宿特訓で鍛えればいい。」
 デッカー、毎度のことながらいけすかない奴だなあ。
「しかし、あまりキツイ訓練やっちゃうと、逃げますよ? 今日びの若いモンは。」
 と、部下A。
「そうそう、ここは一つ、大佐にもソフトな感じで面接していただいて、休みもちゃんと取れるし、訓練もあんまりキツくないよ、て感じでお願いしますよ。嘘でも。」
 部下Bが追い討ちをかける。デッカー、部下にもそんな感じで思われてるのね。
「フン、MP稼業がそんな甘い考えで務まるか。」
「務まるも務まらないも、いないんじゃあ務まる以前の問題ですし、増えてくれないことには、僕らだって、もう1カ月以上休みなしなんですよ? もう、毎週誰かが過労で倒れてるんですから、もちょっと考えて下さらないと、大佐の体にも悪いんですよ? 血圧上がったら奥様に叱られるんでしょ?」
 見れば部下Cの目の下、でっかい隈。そんな顔で睨まれると、さすがのデッカーも少々怯む。
「ううむ、そうまで言うなら……善処しないこともない。」
 しかし部下Cとデッカーの関係、ちょっと誰かと誰かに似てる気が。



 その頃、当局ビルの裏手にある月極駐車場に設置された仮設テントの下、Aチームの募集したAチーム捕獲部隊(ちょっと複雑)の応募者が一堂に会していた。
 総勢30名。全員、70歳以上のご老人。よく見れば、老婦人もいたりして、ちょっとした合コンムード。老いらくの恋も楽し、てか。
 10人3列に並べられたパイプ椅子で、初対面の挨拶や、膝に溜まった水だの白内障によいお茶だのといった楽しげな話題でお喋りに興じる老人たちの前に、凛々しい制服姿のエンジェルが靴音高く歩み出た。
「ハーイ、皆さん。」
「うほん、おほん。」
 MPらしからぬ語り口に、横で見ていたハンニバルが軽く咳払いで非難。そのハンニバルに、わかってるって、と、エンジェルが目配せして応募者に向き直る。
「ええと、皆さんにはこれから、当局の面接を受けていただきます。その前に、いくつか注意事項があるので、よく聞いておいて下さい。スミス大佐、どうぞ。」
 呼び込まれて、ずずいと進み出るハンニバル。
「うほん、ええと、立たんでいい、立たんで、楽にして聞いてくれ。えー、皆さんにこれから受けてもらう面接は、ちょっと変わっている。変わってはいるが、君たちのMPとしての特性を見るものなので、理解して面接に臨んでくれ。まずは心構えだ。MPたるもの、確固たる自分を持っていなければならない。従って、この面接では、君たちの意思の固さと自己アピール力のみを審査する。これから面接官が君たちにいろいろな質問を行うが、君たちは、それらの質問すべてを無視してくれ。試験官が、君たちを間違った名前で呼んだりするが、それも君たちの忍耐を試すためにわざと間違えているので、いきり立ってはいけない。些細なことは無視! そして自分がアピールしたいことだけをひたすら話し続けるんだ。持ち時間は1人10分。では、1番から面接室に行ってくれ。健闘を祈る!」
 さすが老人たち。ハンニバルの奇妙な説明に疑問を挟むでもなく、うっすらと拍手まですると、どっこいしょ、と席を立ち、手荷物を纏め、お互い忘れ物のないように声をかけ合いながら、ぞろぞろとテントを出ていく。制服に変装メイクのコングが老人たちをエスコートして、当局ビルの方向へと消えていった。



 入れ代わりにテントに横づけされる1台のバス。
「おーい、連れてきたよー。」
 と、バス運転手の格好のフェイスマン。そして、びよんと開いた折り畳みドアからぞろぞろと降りてくるのは、マードックのお友達、退役軍人精神病院の面々ではないですか。まあステキ。
「おー、ジェイクにドナルド、ピーターまで。うっひょーフェイス、いいメンバー連れてきたじゃん。まさにスターティング・メンバーだよ! おーい、元気だったー?」
 友達に向かって手を振るマードック。手を振り返す友人たち。先頭の男は頭に大鍋を被り、次の1人は拘束衣姿で頭に赤い風船をつけている。そしてその後ろの1人は、目隠し+木の棒で、前の男の頭の風船を狙っている。その後ろの男は、一心不乱に半割りのスイカを貪っていらっしゃる。アンタたち、何のスターティング・メンバーよ。30人31脚か何か?
「……こちらの面々に説明は不要なようだな。モンキー、彼らを面接会場へお連れしろ。」
「アイアイサー。」
 得意げに狂人一行をエスコートするマードック(もまた狂人)。
「完璧だね。」
 ハンニバルは、そう言うと葉巻を銜えた。
「まあね。あとはみんなの働き次第ってことだね。」
 と、葉巻に火を差し出しつつフェイスマンが言った。



          5


「時間だな。C、志願者は揃っているか?」
「はっ。」
 デッカーの言葉に、部下Cが待合室へと続くドアをそっと開けた。その瞬間、聞こえてきた阿鼻叫喚に、バタンとドアを閉める部下C。
「どうした?」
「いえ、何でも。」
 もう一度心を落ち着けて、そっとドアを開ける部下C。以下、待合室の情景をば。
「(ゴミ袋を胴に巻いて転げ回りながら)ぶもー、ぶもー、羽毛布団をくれー。羽毛ー、うー、もうー。」
「最近腰が痛くって、車の運転が辛いのですわ。」
「おお、わかりますわかります。うちなんか、孫も全然会いに来てくれんのですわ。」
「スイカのお代わりある? ない? え? ない? ある? ないの? ないの? あるの?」
「それもこれも全部、あの鬼嫁の差し金で。」
「はいこれ、あたしの手編みの帽子。きっとお似合いよ。」
「ブン! ブン! ガゴーン! バターン!(2回素振りの後、自分の頭の大鍋をバットで殴りつけ、倒れる。)」
 部下Cは目を閉じた。今、目の前に繰り広げられている光景は、きっと夢に違いない……。
「何をしている、部下C、とっとと始めんか。」
「は、はいっ。」
 ふと我に返る部下C。手元の面接者リストに目を落とす。最初の応募者は、ジョン・ケリー。
「で、では、面接を始めるっ。ジョン・ケリー君、中へ!」
 胸を張ってそう告げた部下Cに、待合室の視線が集まる。
「おや、始まるみたいですよ。」
「そうですなあ、いや、お先にどうぞ。」
「いやいや、何を仰いますか。ここは一つ、先輩からお先に。」
「いやいや、トップバッターは務まりませんよ、わしみたいなモンには。」
「ご謙遜を。」
「いやいや。」
「わは。」
「わは。」
「わはははは。」
 面接室の扉の前で、なぜか譲り合い、笑い合う老人2人。
『名前、呼んでるのに……。何言ってるんだろう、この爺さんたち……。』
 部下Cは、遠くなる意識を現実に引き戻すように頭を振り、もう一度声を上げた。
「譲り合いはいい! とにかくジョン・ケリー! 入れ!」
 また一頻りの譲り合いの後、1人の老人が周りに両手を振って何かをアピールしながら面接室へと入っていった。拍手で送り出す老人たち。狂人たちは意に介さない。
「あれがジョン・ケリーか。随分なお年のようだが、大丈夫なのか?」
 部下Aに耳打ちするデッカー。
「さあ。資料には、37歳となっていますが。」
「わしは73歳じゃ!」
 と、老人が叫んだ。
「……こっちの資料に間違いがあったようだな。じゃあ、ジョン・ケリー君、まずは志望動機を。」
「老人にバスの無料パスを!」
 老人は叫んだ。
「何だって?」
 耳を疑い、聞き直す部下A。
「わしが言いたいのは、老人福祉の充実じゃ! この不景気の下、市長の奴は、どんどん福祉を切り捨てる政策に出とる! 市の財政が厳しいのはわかるが、この街の礎を築いてきたわしら老人に、もう少し敬意の払い方ってもんがあるだろう! 第一、近頃の市営バスときたら、段差が高すぎて、わしら年寄りには乗り込めん、もう、もうちょっと、こう、ステップの低いバスを、げほっ、ごほっ、ぐほっ……。」
 声を張り上げすぎて痰を絡めた老人が咽る。思わず立ち上がり、背中を摩る部下B。
「……お引き取り願え。」
 デッカーが、頭を抱えてそう命じた。素早く歩み寄り、老人を連行する部下C。
「ちょっと待て、わしは、まだ、言いたいことが、げほっごほっ……。」
「次!」
 デッカーが叫んだ。
「次、メレディス・コバーン。コバーン!」
 部下Cが叫ぶ。
「ええ? じゃあ、私、行っちゃおうかしら。」
 と、1人の上品な老婦人が席を立った。
「おお、頑張って下され。」
「期待していますぞ、ジェーン、あんたならできる!」
「……ジェーン? 僕が呼んだのはメレディス・コバーンだぞ?」
「そうとも言うわね。おほん、じゃ、失礼いたしまあす。」
 部下Cの疑念を諸ともせず、優雅な足取りで面接室へと進むジェーン。
「済みませんがマダム、場所をお間違えではないですか?」
 デッカーが、開口一番そう告げた。
『これね、これを無視すればいいのね!』
 お転婆な老婦人の脳裏に、先ほどのステキな大佐殿(ハンニバル)の言葉が過ぎる。
「私がダンスを始めたのは。」
 と、ジェーンは語り始めた。
「14歳の春だったわ。初めて踊った相手はダグウッド。クイックステップが上手な、仕立て屋の息子よ。」
「何言ってるんだ? この婆さん。」
 部下Aが呟いた。
「それから50年。私はずっと踊り続けてきたわ。最初の夫が戦死した時も、2番目の夫が従姉と浮気してた時も、娘が東部の大学に行くって出ていって妊娠して帰ってきて孫を置いてまた出ていった時も。そう、ダンスだけが私を支えてくれたの。」
「……それは、よかった。」
 思わずそう漏らす部下B。
「だから、私は踊り続けるわ。これからも、ずっと。……聞いてくれてありがとう。」
 ジェーンは、そう言うと、優雅にお辞儀をし、ゆっくりと踊り始めた。……部下Cの手を取って。スローなワルツを。
「次!」
 ヨタヨタとジェーンのダンスにつき合う部下Cに、デッカーが低く言い捨てた。
 くるくると踊りながら待合室に出てきた部下C。優雅に会釈するジェーン。拍手する老人たち。部下Cも思わず拍手。
「C、もう、何人かずつまとめて入れろ。その方が手っ取り早い。」
 ドア越しのデッカーの声にハッと我に返ると、慌てて応募者リストを捲る。
「ええと、G.H.サラザン、ハロルド・コバヤシ、フレディ・マクマホン。入れ!」
「フォー! オレは風船男だぜ! 空だって飛べるんだぜ!」
 頭に風船をつけた拘束衣の男が、ビョンビョンと跳ねて面接室に躍り込む。そしてその後ろから、男の頭の風船を執拗に狙って棒を振り下ろす目隠しの男。
「ほーほほ、若い人はぁ、お元気ですのぅ。」
 そして、その後に続くのは、完璧な紳士の服装の、しかし、ちっ……ちゃい老人推定年齢85歳。
「サラザン、コバヤシ、マクマホンだな。順番に志望動機を。」
「そりゃ、ドーバー海峡横断さ! この風船で海を渡るんだ!」
「シュッ! シュッ!」
 無言で棒を振り下ろす棒男。巧みに避ける風船男。
「ほっほっほ、志望動機と言われましてものう、まあ、何と言うか、冥土の土産と言うか、最後の一花と言うか……。」
「フォーー!」
「シュッ! シュッ!」
「痛っ!」
 棒男の振り下ろした棒に当たり、頭を抱える部下B。何で避けられないのかな。
「ええい、もういいっ! 次だ次っ! マトモな応募者はいないのかっ!」
 デッカーが叫んだ。
「ええと、じゃ、もう順番いいです! 誰が先でも後でも一緒っ! 適当に来て下さいっ!」
 半ばヤケを起こした部下Cが3名を待合室に押し戻しながら叫んだ。
 それからの布陣と言ったら。
 野良猫の不妊手術推進を訴える老婦人。肝臓にはウコンよりホウレンソウのスープが効くと力説する中華料理人。食べ終わったスイカの皮で作ったビキニ装着の青年。隣の旦那さんアタシに気があるようだけど、どうしたらいいかしら、ああん困っちゃう、と身をくねらせる58歳のオカマ。「ノーモア・パールハーバー!」と叫んで恵方巻きを丸齧りする大顔の中年。ホッピングで部屋中をばいんばいんと跳び回る子供(なぜ?)等々、次から次へとフリーキーなムードの応募者が50人……。
「ええい、全員落選!」
 すっかりやさぐれたデッカーがそう叫んでファイルをデスクに叩きつけた。
「もう終了だ! もういい、帰る! 俺は帰るぞ、畜生! 何でこんなことになるんだ。A、B、C、お前たち、この責任は取ってもらうからな!」
「え、何で僕らが?」
「募集の文面考えたの、大佐じゃないですか。」
「何ででもいい、とにかく責任取れ、責任。お前らみんなクビだっ!」
 デッカー、あんた、そんな人だったっけ?
「大佐、落ち着いて。」
 慰めるようにそっとデッカーの背に手を添える部下C。
「C、応募者はもういないのか、まともな応募者は!」
「ええ、もう誰も……あれ、ちょっと待って下さい、誰か来ます。」
 部下Cの視線の先には、1人の白髪の老人。
 古めかしい、しかし階級の高そうな軍服を着込み、左目にはメタルの眼帯、右腕の先は鉤爪だ。老人は、ゆっくり階段を登り、待合室を通過し、今、面接室へと歩を進めた。踵の音がカツカツと響く。
「ええー、エー、チームのー、捕獲ー、部隊のー面接はー、こちら、かの?」
 震えた声で老人は言った。
「ああ、ここだ。あんたも応募者か。」
「えええ?」
 老人は、ゆっくりの耳に手(鉤爪)を当て、聞こえ辛さをアピール。デッカーは溜息をついた。どいつもこいつも……。
「あーんーたーもー、エーチーム捕獲部隊のー。お・う・ぼ・しゃ、かー?」
 声を張り上げるデッカー。
「おおう、おう。そう、そうじゃわい。そのー、エー、チームー、とやらを捕まえるーお手伝いをーしようと思いましてな。」
「それはそれはありがたいことで。しかし、もう面接は終わったんだ。時間遵守と言ってあったはずだがね。」
「そーれは済まんかったー。つい、コンバットの再放送に見とれてしまいましてな。いや、懐かしかったなあ、ルソン島。」
「第二次大戦に行ったって? 嘘をつけ。あんた、そんな年じゃないだろう。その軍服だって、ミリタリーショップの値札がついたままじゃないか。」
「ふぉっふぉっふぉっ、バレましたか。」
 老人は、笑いながら、服の裾についていた7ドルの値札を引き千切った。
「バレるとも。俺の眼力を見くびってもらっちゃ困る。」
 デッカーは、机の上に両足を投げ出してニヤリと笑った。
「ほう、さすがデッカー大佐。当局きっての切れ者って噂は本当だったようだね。しかし、そんな優秀なアンタをしても捕まえられんハンニバル・スミスって奴は、あんたに輪をかけて優秀なお方なんだろうねえ。」
 老人は、ニヤリと笑うと鉤爪で器用に葉巻を取り出し、口に銜え、「火」と一言。思わずライターを差し出す部下C。
「馬鹿言っちゃいけない。奴が捕まらないのは、運がよかっただけさ。元々それほど頭が切れるわけじゃない。」
「ほう?」
 老人の目の奥がキラリと光る。
「ああ。自己顕示欲の強い、愚かな奴だよ。そう、時々、出すぎた真似をしたりする。それが奴の、いや、お前の弱点だ。なあ、スミス?」
「おやおやおや、聞き捨てならんことを。あたしが、お尋ね者のAチームのリーダーだと仰る。」
 老人は、葉巻をデッカーの前のデスクで揉み消すと、ゆっくりと眼帯を外した。
「A、B、C、こいつを引っ捕らえろ。こいつはハンニバル・スミスだ!」
 デッカーの号令と共に、老人――ハンニバルの両手に取りつく部下AとB。
 その時。
 どかーん! バババババババ!
 ドアを蹴破って部屋に躍り込み、マシンガンを乱射するコングとフェイスマン。思わず身を伏せる部下A・B・Cおよびデッカー大佐。
 フェイスマンが、手榴弾のピンを抜いて床に転がした。数秒後、爆音と共に部屋は白い煙に包まれた。
 白い煙が引いた後には、既にハンニバル・スミスとAチームの姿はどこにもなかった。ただ、鉤爪と眼帯だけを残して。
「ケホッケホッケホッ、オイ、大丈夫カ? アレ?」
 妙に甲高い声でデッカーが呼びかけた。
「大丈夫デアリマス。」
「自分モ、生キテオリマス。アレ? アレ?」
「シカシ大佐、コノ甲高イ声ハ一体……?」
「ケホッケホッ、スミスノ奴、手榴弾ニヘリウムガスヲ込メヤガッタンダ。畜生、小癪ナマネヲ……。」
 バラバラバラバラ……。
 窓の外を通り過ぎる一機のヘリ。その中から、グー! と親指を突き出すにっくきハンニバル・スミスの姿が、失意のデッカーの目に映った。
「畜生、イツカ必ズ捕マエテヤルカラナ!」
 ボーイソプラノの甲高い叫びが、空しく響いていた。
【おしまい】
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