決闘! カバディvs.カポエイラ!
フル川 四万
 崖の上で2人の男が戦っている。北風の強い午後だ。1人は、黄色に黒の縦ラインが入ったブルース・リー型のツナギに黒縁眼鏡、もう1人は、長髪を後ろで1つに束ね、黒のチャイナ服に酒壜を1本提げている。金髪と茶髪に、目は2人ともグリーン。どこから見てもアングロサクソン種に属する青年だ。黄色の繰り出す切れのないハイキックが黒の側頭部を掠める。黒は、独特な足取りで黄色のキックを偶然避けたり避けなかったり、時折酒をラッパ飲みしたりしつつ、明らかにダメージを溜めていっている。黄色はと言えば、技を食らう以前に、足を振り上げすぎて既に腰を痛めていたが、本人夢中なので、まだ負傷には気づいていない。
 戦いは、さしたる進展のないまま2時間が経過。2人の体力は既に限界に達していた。
「そこまで!」
 審判の女性が叫んだ。途端に、ヘナヘナと座り込む2人。
「ブラッキンもカーソンもよく戦いました。でも、今年も引き分けね。」
 2人の男は立ち上がり、握手を交わし、肩を叩き合ってお互いの健闘を称えた後、審判に向き直った。
「フランチェスカ、今年も決着が着かなかったけど、来年こそは待っていてくれ! 必ずやこの僕がブラッキンを倒して君の婚約者の座を射止めてみせる。」
「それは俺の台詞だ。フラン、来年こそ、この俺が君と式を挙げるんだ。」
「何だとう!」
「何を!」
「やめて!」
 掴み合いを始める2人の間に、審判の女性――フランチェスカが割って入った。
「今年はもうこれでおしまいです。じゃ、また来年。」
 フランチェスカは、そう言って寂しげに笑った。



 浜辺のアイスクリーム・ショップ。温暖な気候で人気のロサンゼルスでも、さすがに真冬(ちょっとだけ寒い)のビーチのアイス屋に客が群れるわけもなく、店先は閑散としている。店番は、銜え葉巻で新聞を読んでいるサンタクロースが1人と、アロハ姿のトナカイ(被り物)が1頭。
 と、そこへ、若い男が足早に登場。ビーチに不釣り合いなフラノのスーツに黒縁眼鏡、足元はリーガルの革靴で、砂に半分以上埋もれながら、まるで遭難者のようにアイス屋を目指して直進してくると、息つく間もなくこう言った。
「大納言あずき!」
 サンタが、新聞から顔を上げて青年を見る。
「大納言あずきはないよ。」
「そうそう、なぜかと言うと、その……小豆ってビーチに合わない。」
 と、トナカイ。
「そこを何とか。僕は大納言あずきにリンゴのコンポートが乗ったパフェが大好物なんです。」
「イチジクのコンポートじゃダメ?」
「イチジクも時にはオツですが、本場はやっぱり青森リンゴでないと、大納言あずきのこってり感が生きません。」
「よし、じゃあ、間を取って、サンザシのコンポートにしよう。うちの目玉商品、津軽じょんがらパフェだ。」
 そう言うと、サンタは徐に新聞を置き、ヒゲを外すと右手を差し出した。
「やあ、カーソン・ワイズだね。あたしゃジョン・スミスだ。」



「カポエイラの試合に出ろって?」
 アイスクリーム屋の裏の掘っ立て小屋で、サンタとトナカイは衣装&被り物を脱ぎ、普段のハンニバルとフェイスマンに戻っている。彼らの前でスーツのボタンも外さぬままに緊張した面持ちで直立しているのが、今回の依頼人カーソン・ワイズである。
「1試合だけ?」
 と、フェイスマン。
「ええ、1試合だけ。」
「Aチームへの依頼が、そんな簡単なことでいいの? 結構高いよ、俺たち。」
「いいんです。1試合だけ。報酬は、きちんとお払いします。」
「乗った!」
 フェイスマンが叫んだ。
「やるよ、カポエイラ。オッケー、任しといて。」
 どうせ肉体労働ならコングに任せておけばいいし、楽な仕事じゃん? と、フェイスマンは思っている。
「ちょっと待て。」
 と、そこにハンニバル登場。
「試合をするのはいいが、フェイス、お前カポエイラって知ってるのか?」
「知らない。ハンニバルは知ってる?」
「知らん。知らないままに安請け合いするな、お前。」
「訊けばいいじゃん。で、カポエイラって何?」
「僕にもわかりません。」
 カーソンは、そうきっぱりと言った。
「わからないけど、多分、格闘技だと思います。来週の今日、僕の代わりに誰かがカポエイラの試合をして、ブラッキンが連れてくる奴に勝たなきゃいけないんです。勝たないと……僕はフランチェスカと結婚できない。」
「ふむ。何やら事情がありそうだな。よし、乗った。詳細は後でゆっくり聞くとして、格闘技ならコングに任せときゃ大抵の奴には勝てるだろう。」
 結局、フェイスマンと同じ思考のハンニバルである。
「カーソン、その依頼、俺たちがきっちりやり遂げてみせよう。」
 ハンニバルは、そう言ってニカッと笑った。



 ボクシング・ジムの一角。サンドバッグ相手に黙々と打ち込みを続けているのは、B.A.バラカスその人。額どころか後頭部まで玉の汗を光らせたまま、もう1時間近くそうやって練習を続けている。もう15分経ったところで、セットしてあったアラーム時計が鳴り、コングはやっと練習をやめた。タオルで額の汗を拭き、傍らに常備してある壜牛乳で喉を潤す。
「ブラボー。」
 さっきからコングの練習を眺めていた長髪の男が彼に声をかけた。
「あんた、やるじゃねえか。すごいパンチだったぜ。その勢いじゃ、週末の練習試合もあんたのもんだな。」
「ああ、次の相手はホーガンの野郎だが、また一発でノックアウトするぜ。あんたは確か、新入りのブラッキンだったな。どうだい、ちったあ強くなったかい。」
「俺は全然だ。基本、運動が向いてないんだろうな。しかし、あんたは本当にすげえな。そんだけ強けりゃ、怖いものなんてないんだろう。憧れるぜ。」
「もちろんだ。(飛行機以外は)何でも来い、だ。」
「てことは、ボクシングだけじゃなくて、他の競技もお手のもんかい?」
「まあな。レスリングだろうが柔道だろうが、負けたこたぁねえ。」
「じゃ、カバディもさぞかし強いんだろうな。」
「カバ……何だそりゃ? どこの格闘技だ?」
「モンゴル。」
「モンゴルか。聞いたことがあるぜ。モンゴル相撲のことだな。」
「ああ、そうだ。」
 ブラッキンは、きっぱりとそう言った。
「じゃあ問題ねえ。相撲は得意だ。」
「そうか。それは好都合だ。」
 優男の目がキラリと光った。



 その夜、アイスクリーム屋で、ハンニバルとフェイスマンが1冊の本を挟んで向かい合って座っている。2人とも、表情は深刻だ。
「フェイス、これがカポエイラの教習本か?」
「多分。」
「多分、て何だ。」
「だってそれ、日本語の本だろ? 俺、日本語読めないから。ハンニバルは読める?」
「読めん。」
 そう言ってハンニバルは本を取り上げた。表紙には、立派な書体でこう書いてあった。
『カポィリ人間』
 意図するところは、「カポエイラ入門」だと思われる。
「ええと、前半の4文字がカポエイラ、だと思う。後半の2文字は、直訳するとヒューマンだけど、この場合は選手とか、競技者の意味じゃないかな。意訳すると、カポエイラ選手の心構え、みたいなことだと思う。」
 いい線突いた推測である。でも外れ。
「心構えじゃいかんだろう。ルールとか技術とか、もっと具体的なことも書いてある本を買わないと。」
「仕方ないじゃん。本屋と古本屋を巡って、見つかったのそれ1冊なんだから。中は日本語とポルトガル語のチャンポンだけど、写真が多いからわかるんじゃないかな。」
「ふむ、そう言われてみれば結構写真も載ってるな。」
 ハンニバルが捲るページには、華麗な足技を披露するカポエイラ選手と、その伴奏の楽団の写真が。
「……伴奏?」
 ハンニバルは眉を顰めた。なぜ格闘技に伴奏?
「何か、BGMつけてやるらしいよ、カポエイラって。ま、後ろでどんな音が鳴ってたって、コングのことだから何とかしてくれるでしょ。結局、勝てばいいんだから。」
「待たせたな。」
 話題になり始めたところで、当のコング登場。
「珍しいな、お前さんが遅刻だなんて。」
「おう、済まねえ。カバディの本を探しに図書館寄ってたら、遅くなっちまったぜ。」
 コングは、そう言って1冊の本をテーブルに投げ出した。そこには、『ガバディ・ルールブック』とのタイトルが。
「カポィリ人間よりはマトモそうだな。」
「何だいそりゃ? そんなことより、来週、俺ぁカバディの試合に出ることになってな。ま、相撲だって言うから楽勝なんだが、反則取られて負けるのだけはゴメンだから、ルールを確認しておくために本を借りてきたんだ。」
「へえ、ちゃんと英語の本じゃん。」
「英語だとも。他に何語の本が読めるってんだ。」
 コングはそう言って、本を手に取ると、ソファにどっかと腰を下ろして読み始めた。
「まあいい。読みながら聞いてくれ。俺たちは、ある青年から依頼を受けて、今度の日曜日にカポエイラの試合に出ることになった。コング、やってくれるな?」
「日曜は無理だ。」
 即答するコング。
「なぜ?」
「ちょうどその日がカバディの試合なんだ。」
「何時からだ?」
「10時。」
「そりゃいかんな。こっちも10時だ。どうしても外せないのか?」
「ああ。ジム仲間に約束しちまってな。」
「ふむ、それじゃ仕方あるまい。」
 ハンニバルは、そう言うとフェイスマンに向き直った。
「じゃ、フェイス、お前、カポエイラな。」
「えっ!」
 驚愕するフェイスマン。
「ちょ、ちょっと待ってよ、ハンニバル。俺に格闘技なんかさせる気? この細腰の俺に!?」
「細腰も柳腰も関係なかろう。上官命令だ。」
「モンキーにやらせようよ! その方が絶対似合うって。奴さんだって、クリスマスが終わって病院で退屈してる頃だし!」



 翌朝、退役軍人精神病院では、朝の体操が行われていた。患者たちは中庭に出て、思い思いの姿でストレッチやランニングに励んでいる。
 と、そこに、上空から何やら飛来する物体あり。よく見れば、口を縛ったコンビニ袋。それは、1人組体操という高度な技に耽るH.M.マードック氏の目の前に着地し、大いに彼の興味を引いた。彼氏、励んでいた1人組体操がピラミッドの一番下の段であったため、激しく退屈していたのだ。
「何これ?」
 早速開けてみるマードック。中から出てきたのは、1通のメモ用紙と『カポィリ人間』。
『日曜までに、カポエイラを習得されたし。土曜に迎えを送る。スミス』
「仕事かあ。ちょうどいいや、退屈してたし。」
 そう言って飛び起きると、マードックは早速本を開いて、見よう見真似で動作を始めた。主な動作は、ラジオ体操の「上体を大きく回して」と、クックロビン音頭の「(だーれが)殺した、(クックロビ)ン!」の辺りのポーズに、ちょいと捻りが効いた感じ。時折、逆立ちつき。なかなかどうして、結構カポエイラっぽくなっているぞ。
「ふむふむ、次の技は……って、あれ? この本、譜面がついてるじゃん。」
『カポエイラに伴奏は欠かせないものです。ビリンバウを中心に、アタバキ、ヘコヘコ等の楽器と歌い手で構成された楽団の演奏は、演者の士気を奮い立たせ、観客の心を打ちます。次のページに掲載するのは、代表的な曲の一つです。』
 ……との説明は、もちろん日本語なので、マードックには読めなかった。



 同じ頃、コングは『ガバディ』の本を前に、困り切っていた。
「……相撲じゃねえじゃねえか!」
 そう、カバディは相撲ではない。言うなれば、ボールのないドッジボール、もしくは7対7でやる果てしない鬼ごっこのような集団競技である。
「てことは俺の他に6人の選手がいるってことか? しかし、ブラッキンの奴は、そんなこと一言も言ってなかったぜ。」
「何ぶつぶつ言ってるの。」
 朝の一仕事(マードックへの仕事依頼)を無事終えたフェイスマンが、上機嫌で朝食の準備をしている。
「相撲だと思ってたカバディなんだが、どうやら違うみたいでな。」
「どれ。」
 朝食を待っていたハンニバルが、コングから『ガバディ・ルールブック』を取り上げた。
「何々。カバディの最大の特徴は、試合の間中『カバディ! カバディ!』と叫び続けることです。……何だいそれ。」
「だろ? 謎の多い競技だぜ。」
「……下さーい。」
 その時、アイスクリーム屋の方から誰かの声が。
「大納言あずき! 下さーい!」
「大納言あずきか。ハンニバル、今日依頼人来るんだっけ?」
「ああ。さっきエンジェルから連絡があった件だ。何でも、2人の男に10年間も求婚され続けている女性だとか。」
「10年間も? そりゃ絶世の美女に違いないじゃん。」
 フェイスマンはそう言うと、イソイソと店へと去っていき、しばし後、ちょっと落胆した顔で戻ってきた。その後ろには、乱視の強い眼鏡をかけた地味な女性が。
「ジョン……スミスさんですか?」
「ああ。あんたはフランチェスカだね。」
「よろしくお願いします。もうAチームしか頼れる方はいないのです。」
 フランチェスカは、そう前置きをすると、自分の境遇を話し始めた。



「わたくしの父は、フェニックスでも有名な名家の当主です。わたくし一人娘なので、いずれは婿を取って家を継がねばなりません。10年前に高校を卒業する時、同じような名家の子息である2人の男性から求婚されました。正直、2人とも好みではなかったのですが、何せ狭い社交界の話ですので他に選択肢もなく、その2人のうちのどちらかを婿に選ぶことになりました。」
「婿を取って家を継ぐ? また随分古めかしい話だな。」
「そうでしょうか。母もそのように婿を取りましたので、そういうものだと思っていたのですが……おかしいでしょうか?」
「おかしくはないけど、まあ、続けて。」
「それで、どちらかを選ぼうと思ったのですが、どうしても決められず、つい、ボクシングの試合で勝った方と結婚する、と宣言してしまったのです。」
「腕力の強ぇ方を選ぼうってこったな。正しい選択だぜ。」
「……あまり深くは考えていなかったのですが。そうしたら、そのことを誰かが聞いていたらしく、地元の新聞に載ってしまったのです。フェルドマン家の令嬢を巡って男2人の争い、とか何とかセンセーショナルに。」
「で、引っ込みがつかなくなったわけか。」
「ええ。それで試合をしたのですが。」
 そこでフランチェスカは、ふう、と溜息をついた。
「62ラウンドまで打ち合って、決着が着きませんでした。」
「完全に実力が拮抗していたんだな。」
「はい。それで、決着は翌年に持ち越しということになりまして、翌年、また試合をしたんです。結果は、248ラウンド打ち合って、ドロー。2人とも過労と栄養失調で病院に運ばれました。」
「ふむ、そりゃまた難儀な。」
「ボクシングだから決着が着かないのかもと思い、翌年はレスリングにしました。しかし結果は引き分け。お互い寝技の体勢から起き上がれなくなって4時間。ある意味、壮絶な試合でした。そしてまた決着は翌年に持ち越し。次の年は剣道にしましたが、お互い掠りもせずに転倒して負傷。で、引き分け。それからマーシャルアーツ、サンボと続いたのですが決着が着かず、その翌年からは、異種格闘技戦となりました。試合時間も、2時間までということで。」
「異種格闘技?」
「ええ。技が違えば決着も着くだろうと。ムエタイと、もう1人が相撲です。その翌年が、柔道対合気道でした。そして去年が、酔拳とジークンドー。」
「引き分けだったのか。」
「はい。1人は腰をやって、1人は急性アルコール中毒で入院しました。そうこうしているうちに10年も経ってしまって。」
「長いな。」
「そして今年なんですが、またルールを改定いたしまして、まずわたくしが用意した7枚のカードの中から1枚を引いて種目を決める。そして、代理人同士の戦い、可。」
「代理人? 代理人って、本人が戦わなくていいってことか? それ、趣旨が違わないか?」
「今となってはそう思います。でも、10年間のあれやこれやを考えすぎて、わたくしもおかしくなっていたのでしょう。それが最善の方法に思えてしまって。で、これがその種目です。」
 と言って、フランチェスカは7枚のカードを取り出した。
「空手、茶道、弓道、木人拳、キックボクシング、カバディ、カポエイラ。」
 読み上げるフェイスマン。
「茶道は格闘技じゃないよね。」
「それ以前に、弓道はいかん、弓道は。ありゃ飛び道具だ。人死にが出るぞ。」
「ちょっと待て、カバディだと!?」
 コングが叫んだ。
「ええ、カバディ。って、格闘技じゃありませんでしたっけ?」
「お嬢さん、どっちかの奴が、カバディ選んでなかったか?」
「ええ。確かブラッキンがカバディで、そして……。」
「カーソンがカポエイラ、だな。」
 ハンニバルが引き継いだ。
「どうしてそれを?」
「どうしてもこうしても、2人とも、目下うちの依頼人だ。いかんな。このままじゃ、コングとモンキーが戦うことになる。」
「そこでお願いです。どうか、2人にこの不毛な戦いをやめさせてほしいのです。2人のうちどちらかを婿にするにせよしないにせよ、もう戦いで決めるのは無理がありすぎますわ。」
「ふむ。確かに、10年戦って決着が着かないとなれば、潜在的な強さは同じと考えた方がいい。賢明な選択だ。しかし、どうしますかねえ……。」
 ハンニバルは、腕組みをして遠くを見た。



 そして日曜日。郊外の市民公園にあるコロシアムで、決戦は行われようとしていた。
 きっぱりと晴れた青空の下、重ねて描かれたカバディ・コートとカポエイラのホーダ(輪)の周りをカポエイラの楽団(マードックの病院仲間有志による即興楽団)が取り囲み、その1段後ろのジャッジ席にはフランチェスカ、ハンニバル、フェイスマンの3人が戦いの行方を見守る。
 そしてファンファーレが鳴り響き、上手側からマードックを伴ったカーソンが、下手側からコングを伴ったブラッキンがそれぞれ入場。マードックは、白のTシャツに白のズボンという正統派カポエイラルック。コングは、ギリシャの拳闘士のようなスカートっぽいものに、上半身にはオイルを塗りたくっている。だから、その格好はモンゴル相撲だってば。
「見てて、フランチェスカ! 今年こそ僕が勝つから!」
 マードックの傍らでカーソンが叫んだ。
「それはこっちの台詞だぜ!」
 コングの後ろからブラッキンも叫んだ。



 ビリンバウが鳴り始めた。マードックと、お友達の皆様が静かにハミングし出す。(誰も歌詞が読めなかったので、楽曲はすべてハミングで構成される。)
「フンフン♪ フンフン♪ フンフンフンフン♪」
 マードックが鼻歌混じりの不思議な構えでコングに向き合った。
「カバディ!」
 コングが吼えた。(カバディの選手は、試合中ずっとカバディと叫び続けなければいけません。)
「ハンハンハン♪ フフンフン♪」
 単調なメロディを歌いながら、次々と自己流の技を繰り出すマードック。コングは、その技を避けながら、マードックに掴みかかる。しかし敏捷性に勝るマードックを捕まえることは容易ではない。
「カバディ! ええいカバディ! カバディ! カバディだってんだコンチクショウ!」
「ちょっとコング、マジになってない?」
 審判席で見ていたフェイスマンが、そっとハンニバルに告げた。
「仕方あるまい。戦ってるうちに理性が飛ぶこともあるだろう。俺たちは作戦通りやるだけだ。」
「ああ。」
 そんな2人を、フランチェスカは不安そうに見上げている。
「カバディ! カバディ!」
「チュッチュルっチュル〜♪」
 ルールもわからぬ2人の攻防は、果てしなく続いている。何せ、コングはカバディのルールに従ってマードックを捕えてコートから出そうとしているし、マードックはマードックでカポエイラの基本的な精神である「基本、決着は着けない」に則り、ただ演舞を決めながらコングの周りをぐるぐる回っているだけ。BGMは、いつしか伝統的なカポエイラの音楽から、ローリングストーンズのサティスファクションへと変わっている。
「アーイキャンゲッノーオウ、サーティースファークショオン。」
「だからこっちゃカバディだっつってんだろうがこのオタンコナス! じゃねえカバディ! カバディ!」
「これ、試合として成立……してるわけないよね。」
「してませんとも。」
「頑張れ、マードックさん!」
「行け! バラカス!」
 依頼人の2人は、すっかりエキサイト。しかし試合は妙なバランスを保ったまま、2時間が経過。



 ピーッ!
 試合場にホイッスルの音が響き渡った。動きを止めるコングとマードック。
 フランチェスカが、フェイスマンとハンニバルを伴ってコロシアムの中央へと下りてきた。
「カーソン、ブラッキン。お疲れさまでした。」
「そんなに疲れてないよ、フランチェスカ。」
「ああ、なぜだろう、俺もだ。」
 そりゃあそうだろう、あんたたち動いてないんだから。
「ご覧になっていておわかりになったかと思うけれど、今年も引き分けです。そして、2人の対決は今年が最後です。」
 フランチェスカは無表情にそう言い放った。その瞬間、男2人の顔色が変わる。
「何だって? 今年で最後? もう来年はこれやらないの?」
「じゃフラン、君は俺たちのどっちを選ぶって言うんだ?」
 困惑したカーソンとブラッキンがフランチェスカに詰め寄る。
「どちらとも結婚いたしません。けど、強いて言うなら……。」
「強いて、」
「言うなら?」
「この人。」
 と言ってフランチェスカは、横に立っていたフェイスマンの腕をそっと取った。
「何だって!?」
 カーソンが叫んだ。
「君は、僕らより、その品のない優男を選ぶって言うのか?」
 えらい言いようなブラッキン。そして、えらい言われようなフェイスマン。
「ああ。その顔は確かにハンサムだが女ったらしだぞ。」
 カーソンも呆れた声を出す。フランチェスカは、にっこり笑うと、フェイスマンの顔を見上げながらこう続けた。
「10年間、あなたたち2人の戦いを見てきたわ。けど決着は着かなかった。それでわたくし考えましたの。本当に腕力で夫を選んでいいのかしら。もっと他に大切な要素があるんじゃないかしら。そう思っていたところで、この人に会って……気がついたの。わたくしが夫に求めるものの本質が何なのか。それは……。」
「それは?」
「それって?」
 フランチェスカは、すう、と一息大きく吸い込むと、言い放った。
「顔です。」
「顔。」
 カーソンが呟いた。
「顔、か。」
 と、ブラッキン。2人は、そのまま黙り込んだ。
「いや、顔とはまいったね、はは。」
 しばしの沈黙の後、カーソンが呟いた。
「本当だ、ははははは。」
「わはははは、顔だって。」
「顔か、男は顔か! わははははは。」
 2人は、壊れた。
「ありがとうございます。これで来年から不毛な戦いを見なくて済みます。」
 壊れる2人を尻目に、フランチェスカがそっとそう告げた。



 1時間後。アイスクリーム屋の裏の小屋で、Aチームの4人と、カーソン、ブラッキンの計6名は、黙々と大納言あずきを食べていた。
「じゃんじゃん食べてよ。大納言あずき、仕入れる量、失敗しちゃって、あと250キロあるから。」
 ハンニバルにお代わりのアイスを渡しつつ、フェイスマンが言った。
「しかし君たち、どうしてそんな辛い戦いを10年間も続けてこられたんだ?」
 6個目のアイスを舐めながらハンニバルが訊いた。
「そりゃあフランのため……かな。なあ、ブラッキン。」
 カーソンがブラッキンに同意を求める。
「そうだ、と言いたいところだが、冷静になって考えてみると、本当にそうだったのかよくわからん。最初の年に新聞に載ってから、ずっとフランの婿選びに盛り上がる周囲のムードに流されていただけだったのかもしれねえ。」
「うん、僕も今そんな風に思っていたんだ。でも。」
 カーソンは言い淀んだ。
「でも? でも何だ?」
「この10年、君と戦えて楽しかった。これだけは本当だよ。」
「ああ、俺もだ。お前と戦えてよかったぜ。」
 ブラッキンは、そう言ってカーソンの肩を小突いた。
「かーっ、友情だねえ。コングちゃん、俺たちも来年また戦う?」
「冗談やめろ、このコンコンチキが。こっちはカバディカバディで喉がガラガラなんだ、おい、牛乳!」
 コングが、フェイスマンにそうオーダーした。が、やって来たのは大納言あずきであった。
【おしまい】
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