特攻野郎Aチーム トップを狙え!
鈴樹 瑞穂
 ロス郊外、12月、朝――と言っても限りなく昼に近い時刻。
 目下、Aチームのアジトであるマンションの一室は朝から賑やかだった。
「ねえー、かってかってかってー。」
「ダメったらダメ! ダメダメダメっ。」
「……一体、何の騒ぎだ?」
 リビングに入ってきたハンニバルが不機嫌な声を出した。ヨレヨレのパジャマに寝癖のついた髪、どこから見ても起き抜けなのは一目瞭然の格好で、ずり落ちかけたパジャマ(下)から覗く腹を掻きつつのご登場である。Aチームのリーダーにしてアクアドラゴンの中身でもある彼は、昨夜、アクアドラゴン最新作のクランクアップ・パーティで少しばかり飲み過ごしたらしい。
 そんなわけで二日酔い気味のハンニバルだったが、一応、頭は働いていた。だから、目の前で繰り広げられる騒動を少しばかり疑問に思ったのである。
 リビング中央には、洗濯籠を抱えて、まさにベランダへ向かおうとするフェイスマン、と、その細腰にタックルの姿勢で縋りつくマードック。そして、冒頭のやり取りに戻る。
 そもそも、マードックが何かをねだるということはあまりない。その前に自力で見つけてくるなり、作るなり、代用品で満足するなり、折り合いをつけるからだ。
 また、フェイスマンがここまで突っ撥ねるのも珍しい。確かに一家(?)の財布を預かるフェイスマンは遣り繰りには厳しいが、ブラジャーからミサイルまで揃えてみせる詐欺師なのだから、マードックの欲しがっているものを調達することなど、それこそ朝飯前だろう。
 その2人が、ここまでの攻防を繰り広げているものとは一体何か?
 大岡裁きならぬハンニバルのブレークに、マードックは説明した。



 その日は朝からの快晴で、早起きしたマードックは散歩に出かけた。途中、道端で具合の悪そうな老婦人に出会ったので、彼女を助けて家まで送り届けた。そして、お礼にと、お茶に招かれたのだと言う。
 彼女は資産家だったらしく、豪奢な邸宅に使用人と共に暮らしていた。唯一の家族は3匹の猫。1匹は純白の毛並が美しいチンチラ、1匹は銀に黒縞も鮮やかなアメリカン・ショートヘア、そして最後の1匹は豹のような模様が美しいオシキャット。3匹揃って気難しく、滅多に他人に懐かないそうだが、なぜかマードックとは意気投合。
 そして、愛猫たちがすっかりマードックに懐いたのを見た老婦人は大いに喜び、マードックにお礼として、この子たちの血縁の猫を1匹差し上げるわ、と申し出てくれたのである。因みにどの猫も、もちろん血統書つき、チャンピオンの家系である。業界でもトップクラスのブリーダーの下に、ミセスの愛猫の兄弟や子供たちが揃っていると言う。
 小さな親切――プライスレス。
 そこで、すっかりその気になったマードックは、飛んで帰ってくるなり、フェイスマンに交渉を始めた。



 つまり、「かって」は「飼って」であり「買って」ではなかったのだ。
「なるほど。」
 納得して腕を組むハンニバル。
「じゃ飼ってもいい?」
 目を輝かせ、身を乗り出すマードック。
「とんでもない!」
 断固言い張るフェイスマン。因みに、コングは仕事に行っていて、いない。
「誰が世話するのさ? 大体、俺たちあちこち移動するだろ。毎回猫なんて連れてけやしないぞ。」
「オイラ、ちゃんと世話するよー。コングちゃんだっているしよ。連れてけない時はエンジェルが預かってくれるって言ってるし。」
 既にそこまで根回し済みか、マードック。
「すっごく可愛いんだぜ、見に行ったらきっと大佐もフェイスも気に入るからさ。」
「ううむ。じゃ、見に行くだけ行ってみるか。」
 既に懐柔されかかっているハンニバル。
「み、見に行くだけだからなっ。」
 水際の攻防は、コングが帰ってきて、揃って出かけたバンの中まで続いた。



 ミセスに教わった通りの住所に辿り着いてみれば、そこには不思議な建物がどーんと建っていた。円形の建物を中心に、全く趣の違う棟が3つ繋がっているのだ。玄関のある中心部分は、オーソドックスなレンガ造り。隣接する1つは白く塗られたクラシカルな少女趣味で、出窓にレースのカーテンがかかっている。もう1つはモダンなモノトーンで、外壁がグレーに黒のストライプ。残る1つはオリエンタル風でモスクのような屋根がついている。
「恐ろしく統一性がねえな。」
 建物を見上げ、コングが短くも適切な感想を述べた。
「ホントにここ?」
 フェイスマンがマードックの手から住所のメモを引っ手繰った。その顔には、できればこの建物には入りたくない、と、ありありと書かれている。
「……確かにここだな。」
 残念そうなフェイスマン。
「間違いないって。そいじゃ、チャイム押すぜ。」
 全く躊躇うことなく、マードックは呼び鈴を押した。



 エプロン姿の家政婦らしき女性に案内されたのは、中心部にあると思しき広いサロンだった。中庭に面している広大なサンルームで、家具はロータイプのソファとテーブルのみ。そこでAチームを出迎えたのは、3人の女性と大量の猫。30から40代と思しき3人の女性は姉妹なのだろう。基本的によく似ている。長女らしきブロンドの女性が最初に口を開いた。
「ようこそ、キャット・リビンへ。私はレイラ、チンチラのブリーダーをしております。」
 大きなリボンタイブラウスにマーメイドラインの黒いベルベットのロングスカート。足元に纏わりつくのはチンチラ。大きいのも小さいのもチンチラ。
 亜麻色の髪をショートカットにした次女は、ジーンズにトレーナーというさっぱりした格好で、アメリカン・ショートヘアを肩に乗せていた。
「私はサマンサ、アメショーのブリーダーだよ。」
 サマンサの後ろに半ば隠れるようにして顔を覗かせていた三女は、姉に促されておずおずと挨拶をした。
「キャサリンです。あの……オシキャットの……ブリーダーです。」
 確かに彼女の周囲にはオシキャットが集まってきている。
 レイラはマードックが家政婦に渡した紹介状に目をやり、エレガントに微笑んだ。
「お客様はミセス・マコーミックのご紹介ですわね。お好きな猫を1匹お譲りするようにと、ここに書かれておりますわ。うちの猫たちはどの子もルックスはもちろん、健康状態も躾も問題なく、お勧めできる粒揃い。それで。」
 彼女が一旦言葉を切ると、三姉妹の間に緊張が走った。そのものものしい雰囲気に思わず腰が引けてしまうAチーム。
「どの猫種をご希望ですの?
         なの?
         ですか?」
 3人の声が見事にハモった。
「やっぱり、ルックスで選ぶならチンチラですわよね?」
「アメショーが丈夫で飼いやすいよ。」
「……オシキャット……可愛いでしょう?」
 それぞれにAチームににじり寄るブリーダーたち。確かに、自慢するだけあって、どの猫も可愛い。チンチラも、アメリカン・ショートヘアも、オシキャットも、ルックスもスタイルも完璧で、毛並みときたら絹糸のようにツヤツヤだ。
「何でしたら、1匹ずつお選びになったら?」
「あ、それがいいよね。ミセス・マコーミックもそうだったし。」
「……追加で2匹分、払っていただければ……ミセスから1匹分のお代はいただいていますから……。」
 詰め寄られたフェイスマン、コング、マードックの額にたらりと冷や汗が流れる。
 と、その時。
「ちょっと待った!」
 ハンニバルの大岡裁き、またもや発動。一同の注目を集め、ハンニバルは胸を張った。
「我々はトップブリーダーの猫を譲り受ける。」
「「「トップブリーダー?」」」
 またもや三姉妹の声がハモる。女の争いに火を点けておきながら、ハンニバルは呑気に葉巻を取り出した。が、壁にでかでかと貼られた『禁煙』の文字を見て、仕方なく懐に戻した。家族の一員になってからならいざ知らず、売り物の大事な猫たちに煙草の煙は禁物である。
「で、どうやってトップブリーダーを決めるのかしら?」
「キャットショーにでも出場する?」
 サマンサが親指で肩越しに指したキャビネットには、これまでショーで取ったのであろうトロフィーがずらりと並んでいる。
「でも……ショーは猫種別です……。」
 それでは、三姉妹の誰がトップブリーダーなのかは比較できないだろう。
「その点については考えがある。」
 一体どうするつもりなのかと、フェイスマン、コング、マードックまでもがリーダーの発言を待った。
「あれだ!」
 ハンニバルが指差した先を見て、一同はどよめいた。



 ハンニバルが示したもの。それは、いつの間にか庭に迷い込んできた野良猫の親子だった。点々と配置されている猫の置物にすっかり溶け込んでいたのに、見つけ出したハンニバルは、さすがベトナムで鍛えた動体視力と言うべきか。
 親子は早速サロンの中へと連れてこられた。
 いかにも雑種という白サバの母猫に、離乳前後と思われる3匹の子猫たち。3匹とも母親譲りの白サバだったが、ぶちの入り方がいずれも微妙だ。1匹は頭だけがサバで体は真っ白。1匹は背中だけがサバで亀の甲羅状態。もう1匹は腰から下だけに模様が入って、トレパンを穿いた猫、といった風情である。
 しかし、薄汚れていようが、模様が個性的であろうが、子猫は可愛い。それは普遍の法則である。
「まあ、可愛いこと!」
「それにしても、痩せてるなぁ。」
「……元気だから、大丈夫……。」
 途端に鼻息が荒くなった三姉妹に向けて、ハンニバルは言った。
「1カ月だ。」
「「「1カ月?」」」
「そう、1カ月。それぞれが1匹ずつ、この子猫を世話する。1カ月後にその成長振りを比較すれば、誰がトップブリーダーか判断がつくって寸法だ。」
「なるほど。それは一理ありますわね。」
「条件は同じってわけだね。」
「……私……頑張ります……。」
 三姉妹はハンニバルが提案した判定方法に納得したようだった。さらに、ハンニバルは部下たちを示して言った。
「勝負期間の1カ月はアシスタント兼不正防止の見張り役として1人ずつこいつらをつけるから、使ってやってくれ。」
 驚きのあまり、ムンクの絵のようになっているフェイスマン。やれやれ、といった表情のコング。乗り気のあまり腕捲りを始めるマードック。
 こうして、戦いの火蓋は切って落とされた!



〈Aチームのテーマ曲、かかる。〉
 レイラの厳しい指導の下、子猫の離乳食を作るフェイスマン。高価そうな皿に美しく盛って差し出すが、ヘルメット模様の子猫は、おもむろに匂いを嗅いだ後、砂をかける仕草を始める。ショックを隠せないフェイスマンの後ろで、レイラが肩を竦め、首を横に振る。
 サマンサと相談しながら、何やら機械を組み立てるコング。スイッチを入れるとアームに吊るされた羽つきのおもちゃがふわりふわりと動き、亀模様の子猫が夢中でそれを追いかける。親指を立て合うサマンサとコング。
 腕捲りをしたマードックはバスルームで子猫を洗っている。引っ掻かれつつも何とか洗い終え、タオルに包んでキャサリンに渡す。トレパンを穿いた子猫はキャサリンにドライヤーをかけてもらい、意外に気持ちよさそうだ。
 その間、ハンニバルはサンルームにハンモックなど設置し、猫たちと一緒に伸び伸びと昼寝などしている。
〈Aチームのテーマ曲、終わる。〉



 1カ月後。ブリーダー三姉妹とAチーム一同は、サロンに集まっていた。
 彼らの前には3匹の子猫。ヘルメットに亀にトレパン、どの猫も1カ月前の痩せこけた姿が嘘のように丸々と太って毛艶もよく、何より、目つきから野良特有の厳しさが消えている。
「これは甲乙つけ難いな。」
 審査員役のハンニバルが1匹ずつ見回し、難しい表情で腕を組む。体重や体長に多少の差はあるものの、平均すればどの猫も同じような成長振りだ。
「確かに見た目では差がありませんけれど、うちのハチは常にエレガントに振る舞うように躾けてありますわ。さ、ハチちゃん、この台に乗ってごらんなさい。」
 レイラの指示に従って、ヘルメット猫が台に飛び乗る。確かにその動作は非常に美しく洗練されている。
「うちのカメはすごく運動神経がいいよ。」
 サマンサが投げたボールを、亀猫が空中に飛び上がって見事にキャッチする。
「トレパンは……とっても器用で賢いです……。」
 キャサリンがトレパン猫をドアの前まで連れていくと、トレパンはレバーに飛びついて、難なくドアを開けてみせた。
「うーむ。」
 ハンニバルは子猫とそのブリーダーを順番に見渡し、考え込んだ。確かにどの猫も、何だかすごい。が、ベトナムで鳴らしたツワモノも、所詮、猫には素人。そのすごさのレベルがハンニバルにはよくわからなかったし、したがって比較のしようもなかったのである。なまじ、部下たちをブリーダー側につけてしまったので、意見を聞くこともできない。
 判断は、ハンニバルのみに委ねられるのだが――



 その時。
 トレパンが開けてそのままになっていたドアから、1匹の猫がサロンに入ってきた。
「こ、これは……!」
 ハンニバルは瞠目し、一同も思わずざわめく。
 その猫は、子猫たちの母親である白サバだった。
 が、彼女もまた、1カ月前の姿が思い出せないほどに、劇的に変わっていた。単に丸々としているだけでなく、しなやかで無駄のないスタイル。白い部分は眩いほどに白く、サバ模様も鮮やかな毛並み。きらきらと輝く瞳に、しっとりと湿った鼻。そして、髭の1本1本から爪の先まで、一分の隙もなく整えられている。
「そ、そう言えば、この母猫の世話を忘れていたわ。」
「私も。」
「一体誰が……?」
「私だよ。」
 母猫の後から、ゆっくりとサロンに入ってきたエプロン姿の女性が言った。最初にAチームをサロンに案内した女性である。
「「「ママ!」」」
 三姉妹が声を揃えてそう叫んだ。
「家政婦じゃなかったのか。」
「知らなかったぜ。」
「へえ〜。」
「そう言えば似てるか。」
 顔を見合わせるAチーム。
 ブリーダー・シスターズのママは、てきぱきとヘルメット猫、亀猫、トレパン猫の全身をチェックし、両手を腰に当て、大袈裟な溜息をついた。
「太らせすぎ! 肉球がひび割れてる! 爪が長い! 全く、あんたたちもまだまだだねえ。」
「うっ……。」
「それは……。」
「……キャリアが違いますぅ……。」
 返す言葉もない三姉妹。
 おもむろに咳払いを1つして、ハンニバルが口を開いた。
「あ〜、それじゃ、トップブリーダーはこちらのママさんということで。」
「おや、困ったねえ。あんたたち、トップブリーダーから猫を譲り受けるんだろ。私ゃ、もう現役ブリーダーは引退したんだよ。今世話してるのはこの子だけだけど、この子は売り物じゃないしねえ。」
 ママは母猫を抱き上げて、鼻の頭にキスしながら言った。
「かと言って、娘たちの猫じゃ、お客さんの要望には合わないだろ。」
「あの〜そのことなんだけど。」
 マードックが手を挙げて発言する。
「俺、この1カ月で猫の世話は十分堪能したから、自分で飼うのはやめとくよ。猫だってここにいた方が幸せだろうしさ。」
「よく言った、モンキー!」
 フェイスマンがガッツポーズを決める。
「ま、確かに連れていくのは大変だな。可愛いけどよ。」
 コングは少しばかり残念そうだ。
「ふむ。じゃ、また猫と遊びたくなったら、お邪魔させてもらうとしますかね。」
 ハンニバルがそう言うと、一同は力強く頷いたのだった。 
【おしまい】
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