クリスマス・サーモン
鈴樹 瑞穂
 アメリカにおいて、クリスマスは1年で最大のショッピング・シーズンである。しかし、秋から急速に転がり落ちるように後退した景気のおかげで、今年は皆、財布の紐も固く、中には紐を締めようにも財布自体が空っぽの家庭も多かった。
 不景気の波はアメリカの片隅で悠々自適の潜伏生活を送っていたAチームにも訪れ、仕事がない、もしくは1日働いても雀の涙ほどの稼ぎにしかならない日々が続いていた。家計を預かるフェイスマンは、ハンニバルのビールを発泡酒に替え、コングの牛乳を薄め、マードックを病院に送り返すなど、日々、地道な努力を重ねていた。しかし、少し目を離した隙に、ハンニバルは買い物のカートの中にビールの缶を巧妙に紛れ込ませ、コングは物足りないと言って2倍以上の牛乳を飲み、朝になるとマードックが帰ってきているといった塩梅で、今のところ、フェイスマンの努力はさっぱり実っていなかった。
「いやー楽しみだなー。」
 キッチンのスツールに座って、エンドウマメの皮剥きをしていたマードックがいやに弾んだ声で言う。
「何が?」
 フェイスマンがタマネギを刻む手を止めて、聞き返した。マードックが楽しみにしているのが、鋭意製作中の今晩のゴハンでないことだけは確かだ。
 本日の夕食はオムライスである。中のライスはケチャップで味つけするが、チキンライスならぬエンドウマメライス。スプーンで掬おうものなら、豆が割れて緑色の物体が現れ、「ねえ、しってる? おしどりのふうふって、なかがいいのは、すをつくるまでなんだよ」とか語り出しそうなメニューである。しかし、このところのAチームの食卓ではすっかり定番となっていた。
 フェイスマンだって、どうせ手間隙かけて作るなら、チキンライス入りのオムライスにしたい。しかし、それは財布事情が許さなかった。何しろ肉は高いのだ。豆は重要な蛋白源である。
――こんなことなら、夏に入った仕事の報酬、株や外貨預金にするんじゃなかった。
 半分を国内自動車銘柄の株に、残り半分をウォン建ての預金にしてしまったことは、他のメンバーにはとても話せない。
――もう随分、肉食べてないなー。
 自業自得とは言え、結構辛い。しかし、「美容と健康のため」ベジタリアン・メニューにしていると他のメンバーを丸め込んでいる都合上、顔には出せない。
 フェイスマンはいかにもタマネギが目に沁みたという風情で涙を拭い、気を取り直してマードックに向き直った。
「で、何が楽しみだって?」
「決まってるだろ、クリスマス料理だよ、ク・リ・ス・マ・ス、うーっ!」
 エンドウマメを1つずつ左右の手に持ち、振り振りするマードック。
「え?」
 フェイスマンは慌てて壁のカレンダーを見た。本日の日付は12月17日。クリスマス1週間前である。
――わ、忘れてた!
 フェイスマンは心の中でムンクの叫びの表情になった。
「ベジタリアンのクリスマスって言やあ、やっぱ、トーファーキーにトーフッティだよな! あ、飲み物はシャンメリーでいいからさ。」
 説明しよう。トーファーキーとは、ターキーの代用食で、大豆でできている……らしい。トーフッティは、豆乳アイス……らしい。美味しいかどうかは不明である。
 フェイスマンは素早く頭の中で電卓を叩いた。彼は別にベジタリアンを主義として掲げているわけではないので、これまでトーファーキーを実際に購入したことはない。だが、トーファーキーもトーフッティも原料は大豆といえども、生産量が多くないせいか、はたまた需要と供給の問題か、決してコストパフォーマンスがよいとは言えない。オムライスのライスに、チキンの細切れの代わりに、エンドウマメを多めに入れるのとは、わけが違う。下手をすると、肉より割高につくかもしれない。
「クリスマス用の買い出しなら、前の日で十分だよ。あんまり早く行ってもアレだしね。」
 もっともらしい返事をしてから、フェイスマンはタマネギのみじん切り作業に戻った。その脳内では、買い出し前にできる金策がぐるぐると回っており、考え事に没頭しながらフェイスマンは黙々と手を動かし続けた。
 その日の夕食は、チキン抜き、エンドウマメ多量、エンドウマメ以上にタマネギ多量のオムライスとなった。
 なお、蛇足ながら、チキンの細切れの代わりにエンドウマメを多めに入れようとも、オムライスはヘルシーとはほど遠い高カロリー食であることも、つけ加えておかねばなるまい。



 翌日、12月18日。
 フェイスマンはマードックとコングを連れて、とある工場に来ていた。
 鮭の水煮缶を作る小さな町工場なのだが、この不景気の中、順調に稼動している。短期アルバイト募集の新聞広告を出していたのを見て、フェイスマンは手っ取り早い金策として、労働力を連れて来たというわけだった。本当はハンニバルも連れて来たいところではあったが、敵は昨夜、発泡酒を1缶空けた後、ビールを3缶、スコッチを1本空けて爆睡していた。朝7時半の朝食時間に姿を現さなかったため、仕方なく、置き手紙をして出てきたのだ。
 アルバイトにしては破格の日当が提示されていたため、内心、他の応募者も詰めかけているだろうとフェイスマンは心配していたのだが、それは杞憂だったようだ。
――まさか予想以上の3K職場……?
 ゴムのエプロンと長靴、肘まですっぽりと入る手袋を与えられて着替えながら、フェイスマンはちょっと鬱になりかけた。彼の考える3Kとは、「キツネ顔の上司」や「キャミソールのお局さま」に「キツツキのように働かされる」職場である。(一応、ベトナムで鳴らしたAチームであるので、「きつい」「汚い」「危険」はあまり気にしない。)
 だが、フェイスマンの心配に反して、作業長(兼工場長兼経営者)のウォールナッツはキツネ顔ではなかった。どちらかと言うと齧歯類系の顔をしている。そしてもちろんキャミソールのお局さまもいなかった。12月だからね。
「いやー、助かりますです。ウチは見ての通り零細工場だけんど、この時期だけは忙しいです。世の中不景気だ何だって言うけど、短期のアルバイトはなかなか来てもらえないですよ。」
 ウォールナッツ作業長はつぶらな瞳をくりくりさせて、新入りに工場を案内し、仕事を説明する。仕事はAチームの面々にとっては簡単で、どちらかと言うと向いているものだった。冷凍倉庫から鮭を運び出す係、鮭をチェックして1匹ずつ加工の機械に入れる係、出てきた缶詰をチェックして段ボール箱に詰める係。
「俺っち、そいつを動かしたい!」
 冷凍倉庫と生産ラインの間を移動するためのフォークリフトを見て、マードックが目を輝かせる。その襟首をコングが摘み上げて、猫の仔のようにぽいっと押しやった。
「お前は黙って鮭を機械に突っ込んでな、このスットコドッコイ。」
 マードックは飛行機はともかく、地上を走る乗り物の運転にはあまり向かない。車体感覚がとても希薄なので、ぶつける、擦るのオンパレードなのだ。それを一向に気にしない辺りも彼らしいと言えば言えるが、狭く複雑な工場内をフォークリフトに山ほど箱を積んで走ってほしくはない。バイト代が器物破損の弁償で消えてしまう。
「それがいいと思うよ。じゃ、俺は缶詰の箱詰めをするかな。」
 フェイスマンはちゃっかりと一番楽と思われる仕事を取り、3人は展開してミッションを開始した。



 工場というものは実に規則的に時間が流れる。10時のラジオ体操を挟んで、12時になると、昼休みを告げるチャイムが鳴った。
「そいじゃ、食堂にランチが用意してあるんで、好きなだけ食べて下さいです。」
 ウォールナッツ作業長に声をかけられて、3人はどやどやと食堂に移動する。食堂と言っても、工場に隣接したウォールナッツ家の庭先に、テーブルセットが並べられただけの簡易なものである。
 メニューは鮭のムニエル、マッシュポテト、鮭入りオムレツ、マッシュポテト、鮭のフライ、マッシュポテト。列挙すると、うんざり感が漂うメニューではあったが、半日の肉体労働をして腹ペコの3人は、欠食児童のようにがつがつと料理を平らげた。何と言っても、久方振りの動物性蛋白質(卵以外)である。
「こりゃ美味い。」
「ふがふぐふぐぐっ。」
「お代わり!」
 気持ちよく皿を空にしていく労働者たちを見て、ウォールナッツ作業長と賄いのおばちゃん(兼工場長夫人兼経営者夫人)は満足気に頷いている。
「まぁ、よく食うですねー。」
「缶詰にならない鮭の端っこだけど、これだけ食べてもらったら鮭も喜ぶですねー。」
 長年連れ添っているうちに似てきたものか、この夫妻の雰囲気は実によく似ていた。何と言うか、齧歯類系で妙にぽわわわ〜んとして、人のよさそうな辺りが、である。
 昼食を腹一杯に詰め込んだコング、マードック、フェイスマンは、午後も頑張って働き、5時で仕事を上がって、日給を受け取って帰った。
 仕事は単調だが、決して難しくも辛くもなく、賄いの飯は鮭尽くしだが心の篭もった家庭料理だし、雇い主はやや頼りないが人がよくて善良そうだ。何と言っても給料がイイ。
――いい仕事じゃん。
 フェイスマンは3K呼ばわりしていたことも忘れ、すっかり感激していた。
 だがしかし、アルバイトのなかなか来ない、そして居着かない職場には、それなりの理由があったのである。



 一夜明けて、12月19日。
 本日はハンニバルも朝食の席に顔を出していた。
「お、今朝は早えじゃねえか。」
 リビングに入ってくるなり、コングがニヤリと白い歯を見せる。コングよりも先にダイニングテーブルに着き、新聞を広げていたハンニバルは苦虫を噛み潰したような顔を上げた。
「そりゃ昨日の夕食がアレだけじゃ、腹が減って寝てられないってもんですよ。」
 昨日の夕食は、豆増量ですらなく、卵の皮も被っていないピラフだった。ハンニバルを除く3人は、昼食と、おやつまでもたっぷり食べたので、夕食はあっさりさっぱりちょっぴりで問題なかったのだ。
「おはよー。今日も絶好の鮭缶日和だね!」
 朝からハイテンションなマードックが入ってきて、リビングはたちまち賑やかになる。
「曇ってるだろうが。」
 律儀に窓の外を見上げるコング。聞きようによっては厭味にも取れるが、特に悪意はないらしい。そしてマードックも全くテンションを変えることなく言い切った。
「おいら、張り切って可愛い鮭ちゃんたちを突っ込むぜ。」
「頼むよ、モンキー。あと4日もバイトすりゃ、クリスマスにトーファーキーどころか、イチゴケーキだって夢じゃない。」
 そう言ってフェイスマンが運んできたのは、大皿に山盛りのマッシュポテトだった。昨日、ミセス・ウォールナッツに秘伝のマッシュポテトのレシピを伝授されたらしい。
「何で鮭なんだ?」
 すっかり話に乗り遅れているハンニバルが面白くなさそうに首を捻っていると、フェイスマンがにこやかに微笑みかけた。
「大佐、起きたんだったら、今日は俺たちとバイトに行こう。嫌って言うほど鮭を食べられるから。」
「あたしゃ鮭より肉が食いたいねえ。できたら肉汁滴るステーキをレアで。分厚いのを。」
 うっとりとどこか異次元を見つめるハンニバル。その肩に手を置き、コングが無言で首を横に振った。
「いいから! さっさとゴハン食べて!」
 リーダーをリーダーとも思わぬぞんざいさでマッシュポテトを口に突っ込み、フェイスマンはハンニバルをアルバイトに連れ出すことに成功したのだった。



 乗り気でなかったとは言え、ハンニバルも工場に着き、仕事を始めて1時間もすると要領を掴んだ。
 Aチームの一同がテキパキと仕事を進めていると、工場内に『天国と地獄』が響き渡った。
「何なんだ、これは?」
 部下たちを見渡すハンニバルと、肩を竦めるフェイスマン。昨日はこんなメロディは流れなかったのだから、わかるわけがない。
「こりゃいかん。」
 ウォールナッツ作業長が、抱えて運んでいた組み立て前の段ボール箱の束を放置し、飛び出していく。
「ほっはっふっ。お前さんたちも来るですねー。」
 足踏みしたまま振り返って叫ぶと、ウォールナッツ作業長はそのまま外へと出ていった。
 来いと言われた以上は従うしかなく、事情はわからないままに、Aチームの4人も作業長に続く。
 工場前の道に、1台のトラックが横づけされていた。冷凍コンテナを備えたタイプの大型トラックである。運転席の上には街宣車よろしくスピーカーが取りつけられており、音の割れた『天国と地獄』は、まさにそのスピーカーから流れてきているのだった。
 トラックの周囲はオレンジと黒のツナギを着込んだ男たちが取り囲んでおり、開きかけた運転席の扉からは、ウォールナッツ作業長によく似た齧歯類系の男が引き摺り出されようとしているところだった。男たちはコンテナの扉も開け、中から何かを出そうとしている。
「作業長! あいつら何なんでい?」
 コングが尋ねると、ウォールナッツ作業長は眉間に皺を寄せた「齧歯類・威嚇の表情」で叫んだ。
「町内にある鮭フレーク工場の人たちなのです。そして、今日は3カ月に一度の冷凍鮭の競りの日。彼らとは毎回、一番いい冷凍鮭を巡って悶着が絶えませんのです。」
「悶着って、だって競りなんでしょ? 落とした方が勝ちなんじゃないの?」
「普通はそうですねー。」
「うるせえ、今回ばかりは引き下がれねえんだよ!」
 トラックの運転手を引っ張り出した男が叫んだ。オレンジと黒のツナギは熱帯魚カラーで、そこはかとなく魚類系の顔をしている。
「鮭フレーク工場経営の、スプラウトです。エレメンタリースクールからずっと一緒の同級生ですねー。」
 ウォールナッツ作業長が魚類系の男を指差して説明する。
「そんな説明はどうでもいーい!」
 スプラウトは蛸のように顔を赤くして、ウォールナッツ作業長を指差す。
「おい、ウォールナッツ。金は払ってやる、おとなしく荷を渡せ!」
「うっわー感じ悪っ。」
 思わず呟いてしまうフェイスマン。コングはあからさまに嫌〜な顔をして見せているが、マードックとハンニバルはわくわくした表情を隠し切れていない。
「それはできませんねー。鮭がなければ、ウチの工場も鮭缶を作れませんです。」
「ウチだってそうなんだよ! 毎回毎回お前んとこが一番いい鮭を買ってっちまうから、こっちは商売上がったりだ。このままじゃ年が越せねえ。大人しく荷を渡さねえと、こいつが痛い目見ることになるぜ。」
 運転手の耳を引っ張るスプラウト。
「イタイイタイ痛い、兄さん助けてー!」
 悲痛な声を上げる運転手に、ウォールナッツ作業長がおろおろする。
「カシュー! 弟に乱暴なマネはしないでくださいです。」
 一目見た時から何となく見当はついていたのだが、仕入れ担当兼運転手はどうやらウォールナッツ作業長の弟であるらしい。やはり齧歯類系の彼が、実は競りにかけては相当のスゴ腕であることをAチームは知らなかった。
 しかし、人質を取られてはAチームといえども身動きが取れない。
 そうしているうちに、荷を検めたスプラウトと彼の手下たちは、トラックごと乗っ取ってしまった。
「ほらよ、大事な弟は返してやるぜ!」
 カシューを突き飛ばすと、スプラウトはトラックに乗り込み、そのまま走り去っていった。



「いつもながら強引な人ですねー。」
 弟を助け起こしたウォールナッツが溜息をつく。
 仕事は単調だが、決して難しくも辛くもなく、賄いの飯は鮭尽くしだが心の篭もった家庭料理、雇い主はやや頼りないが人がよくて善良、そして、何と言っても給料がイイ。
 だがしかし、アルバイトがなかなか来ない、そして居着かない理由とは、スプラウトに荷を強奪されるたびに、バイト代が払えない状況に陥るからだった。
 とは言え、Aチームとしてはタダ働きをする気は毛頭ない。
「で、どうするんだ。奪われた荷を取り返しに行くのか?」
 腕を組んで問いかけるハンニバル。
「そうしたいところですけれども、スプラウトが簡単に鮭を返すとは思えませんです。」
「じゃ、あの鮭は泣き寝入りすんの?」
 フェイスマンが呆れたように言う。彼の心配は、自分たちのバイト代に及んでいる。
「鮭はともかく、トラックは取り返したいです。もちろん、できれば、鮭もです。」
「OK。じゃ、あたしたちが交渉に行ってきましょう。あくまで温和にね。」
 ハンニバルが重々しく請け負った。
「そりゃー助かるです。でも、その前に、今日の分の仕事は終わらせて行って下さいです。でないと、明日の出荷が滞ってしまいますからのう。」
 ウォールナッツ作業長の心配は目先のこと優先らしかった。



〈Aチームのテーマ曲、始まる。〉
 フォークリフトで倉庫から箱を運ぶコング。倉庫内に山積みだった箱が見る見る減り、遂には空になる。
 開けた箱から、カチンコチンの鮭を掴み出すマードック。尻尾の方をがしっと掴んでは、機械にセットしていく。
 唸りを上げて回るベルトコンベアー。次々と運ばれる缶詰に、鮭をプリントしたラベルが貼られていく。
 鮭缶を1つ1つチェックし、箱詰めするフェイスマン。
 一杯になった箱を持ち上げて運ぶハンニバル。
 昼食をがつがつと掻き込むAチーム。次々とお代わりを運んでくる賄いのおばちゃん。
 フォークリフトから箱を下ろすコング。
 鮭をチェックするマードック。鮭相を見るつもりか、真剣に顔を突き合わせ、そしてカパリと開いた鮭の口の中に何気なく手を突っ込んで取れなくなる。後ずさるマードック、ついていく鮭。さらに後ずさるマードック、あくまでついていく鮭。鮭を振り回して叫ぶマードック。鮭の腹を掴んで引っ張るコング。マードックが尻餅を搗き、鮭が宙を舞い、放物線を描いて機械へとすとんと落下する。
 ラジオ体操をするAチーム。
 鮭缶を並べて見比べるフェイスマン。箱を一旦、下に置き、腰を摩るハンニバル。次のコマでは、フェイスマンとハンニバルの役目が入れ代わっている。
〈Aチームのテーマ曲、終わる。〉



「よし、これで今日の分は終わりっと。」
 最後の箱を出荷用の倉庫に積み上げて、フェイスマンは満足そうに額の汗を拭った。
「それじゃ、スプラウトのところに鮭とトラックを取り返しに行くぞ。」
 心なしか物憂げにハンニバルが言う。
「さっさと終わらせて帰ろうぜ。」
 マードックの心は、早、夕飯に飛んでいる。
「で、スプラウトの工場ってのはどこなんでい。」
 バンの運転席に座ったコングが尋ねると、フェイスマンが千切ったメモ用紙を差し出した。
「それなら聞いといたよ。ここから車で10分くらいだってさ。」
 というわけで、夕飯の買い物に行くかの気軽さで、Aチームの一同はスプラウトの工場に向かったのだった。



 Aチームが乗り込んだ時、スプラウトの工場では、鮭フレーク作りのラインがフル稼働していた。
 飛び出してきたスプラウトと手下たちをAチームの4人が千切っては投げ、千切っては投げ、あっさり片づいたものの、踏み込んでみれば、既に鮭はその幾分かがフレークにされた後だったのである。
 コングとマードックは倉庫に残っていた鮭を箱ごと回収し、フェイスマンは加工されてしまった鮭の数をチェックして、その分の代金を、スプラウトに小切手で切らせたのだった。



 トラックと残りの鮭をウォールナッツの工場に送り届けた後、フェイスマンは今日の日当を無事ウォールナッツ作業長から受け取った。
 だが、やはり荷が減ってしまった分、年内の生産は減らすとのことで、Aチームのアルバイトは、翌12月20日で打ち切りとなった、
 それでも、ウォールナッツ作業長は最終日の日当を弾んでくれ、それでクリスマスとニューイヤーの食費は十分賄える額となったので、フェイスマンは上機嫌だった。
「よーし、これでトーファーキーを買って帰るぞー。」
「トーフッティとシャンメリーもつけてくれってば。俺っち今回頑張ったっしょ。」
「トーファーキーより本物のターキーを所望したいんだが。」
「俺は牛乳でいい。」
 賑やかに帰途に着くAチームの頭上に、ちらちらと白いものが舞い始める。
「あ、ホワイトクリスマスになりそうだね。」
 しんしんと冷え込む中、珍しく懐の暖かいAチームだった。



 年が明けてしばらくした頃、フェイスマンの元に、ウォールナッツ作業長から小包が届いた。早速開けてみると、それは鮭缶と鮭フレーク壜詰めのセットだった。
「あ、手紙がついてる。何々――。」
 フェイスマンが読み上げる。
『お互いに経営が苦しいので統合したです。共同で仕入れができて助かってますです。皆さんもまた繁忙期にはアルバイトに来て下さいです。ウォールナッツ。』
「へー仲よくなったんだ。」
 マードックが感心したように言う。
「おい、裏にも何か書いてあるぜ。」
 コングの指摘に、フェイスマンが手紙を裏返す。
『もう来なくていい。スプラウト。』
「そう言われると行きたくなるのが人情ってもんなんですけどねえ。」
 ハンニバルはにっかりと葉巻を燻らせながら言い放ったのだった。
【おしまい】
上へ
The A'-Team, all rights reserved