大都会で遭難!? の巻
フル川 四万
*1*

 ニューヨークは記録的な寒波に見舞われていた。昼間でも最高気温は5℃、最低気温はマイナス15℃。どこのスキー場かという寒さである。おまけに雪。この数日間降り続いた雪は、街中でも積雪50cmを記録し、ここセントラルパークに至っては、ほぼ胸まで雪、無闇に分け入れば遭難必至な状態である。おまけに吹雪。クリスマスを先週終えて、はしゃぎ期間が終了したニューヨークっ子たちは、ぬくぬくと家に篭っているらしく、公園には人っ子一人いない。
 さて、その見渡す限りの雪景色。猛吹雪のため、視力1.0未満なら、ほぼ白一色にしか見えない広場の中心に、何やら不思議な物体が4つ並んでいる。右から、雪だるま(中)、雪だるま(大)、優男、看板、雪だるま(大)。左からだと、雪だるま(葉巻つき)、看板「ペックのスノーマンショップ。雪だるまが超お買い得!」、優男(凍死寸前)、雪だるま(モヒカン)、雪だるま(なぜか頭に鮭が噛みついている)。――雪だるま屋、らしい。それが商いに値するかどうかという問題はあれど、今この状況下で、半分雪に埋もれながら商売を続けるその根性は評価に値する。
 そんなド根性の雪だるま屋を目指して、1人の人影が、吹雪の中、やって来る。真っすぐに、こちらに向かってやって来る人影は、腰まで雪に埋まっているせいで、非常にのろい。のろいが、必死である。真っすぐに、ただ真っすぐに。そんなに真剣に雪だるまを買いに来る暇があったら、作ったらどうか。そこら辺中に材料は一杯あるんだし、技術だって、そんなに要らないし。てなことを思っているうちに、人影は、雪だるま屋に辿り着く。客は、女のようだった。真っ赤な髪に、革のジャンパー、鼻ピアスの姿は、普通に見ればパンクロッカー。だが、顔も体も雪まみれなので、雪山で遭難しかけたパンクロッカー、という、不思議な風体になっている。
「す、スノーマン屋しゃん、スノーマン、い、匹、ぴき、ちゃうだひ。」
 客の女は、かじかんで、普通に喋ることすらできない。
「……いらっしゃい、うちは……、いい雪、だるま、しょろへて……ましゅよ……。」
 店側とて、状況は同じであった。
「とくだ、いの、雪だるま……ミルクかき氷でできてる、やつ……。」
 女が、息も絶え絶えにそう告げた瞬間、雪だるま(大・葉巻つき)が立ち上がった。真ん丸い胴体の横から、腕が2本、にょきっと伸び、自分の頭を外しにかかる。意外にも発泡スチロール製であった頭部をすっぽりと外すと、現れたのは、これまた葉巻を咥えたゴキゲンな銀髪紳士の姿。
「モナだね、あたしがハンニバル・スミスだ。話を聞こうか。」
 女は、黒い唇で、よかった、と呟いた。



*2*

 やって来た以上、帰りも同じだけの行程があります。モナとAチームの4人は、今来た道を引き返すべく、雪の中を進んでいた。セントラルパークを出るのに小1時間、街中に入って、目的地である建物まで、さらに1時間。薄い革ジャンにジーパン姿のモナと、お洒落だが防寒性に疑問を感じるトレンチコートのフェイスマンは、一瞬後にも倒れそうな真っ青な顔で雪を漕いでいる。通常、雪かきがされているはずの道路も、降り続く雪の勢いに負けて膝までの積雪があり、道路が見えているのは、地下から暖房の蒸気が噴出しているほんの数箇所だけ。しかし、死にかけの人間2人に対して、雪だるま隊(雪だるまから足がにょっきり生えた形態で歩いています)は比較的元気。雪だるまを形成している素材、発泡スチロールは、案外寒さに強いらしい。
「モナ、まだ着かないの? 俺もう、凍りそうだよ。」
 フェイスマンの顔色は、既に白を通り越して青緑色になっている。
「もう着いた。」
 モナはそう言って立ち止まった。彼女が見上げる5階建ての古い建物は、何て言うか、ほぼ廃墟の佇まい。ガラスは所々割れ、観音開きの大きなドアも心なしか歪んでいる。
「ここか? このビル、まだ使ってるのか?」
 雪だるまヘッドを脱いでコングが言った。丸いホワイトボディとモヒカンヘッドのコントラストが鮮やかだ。
「使ってんだ、残念なことに。行こうぜ、依頼人たちが待ってる。」
「依頼人って、あんたじゃないのか?」
「あたし? あたしは、ほら、何つうの、代理人?」
 モナは、そう言うと、歪んだドアのノブをぐいっと上に持ち上げて開け、どうぞ、と4人を通した。



*3*

 重い扉を押して中に入ると、室内は異様に寒かった。入ってすぐの玄関ホールには、アールデコの手すりがついた大きな廻り階段が上に向かって伸びており、左右には廊下。なぜか右から左へ風が流れている。一行は、モナに促されて右側の廊下を曲がってすぐの広い部屋に通された。入り口には、「第1教室」のプレートがかかっている。名前通りそこは教室で、前方には黒板と教壇、学校のように3人机が4列×5行並んでいる。Aチームは、これから授業を受ける学生のように、最前列の席に横一列に並んで座った。
 ほどなくして一度退席していたモナが、教室に入ってきた。その後に続く、3人の若者たち。見たところ人種も性別も違う。
「よく来てくれたな、Aチーム。あたしは、スマイル英語学校の専任講師、モナ・バレル。そしてこいつらが、この学校の生徒たち。手前から、マコト・イチヤナギ。ハイダル・ダーシュ、ソフィー・バーノン。」
「はじめまして、一柳誠です。スマイル英語学校の、生徒の1人です。日本の、東京から来ました。趣味は、多くの種類のプリンを食べるために町を歩くことです。理由は、プリンは美味しいからです。将来の夢はビジネスマンです。」
 小柄な東洋人の一柳誠君は、そう自己紹介すると、深々とお辞儀をした。釣られて微妙なお辞儀をするAチームの4人。なぜか合掌つき。
「はじめまして、おいらマードック。趣味は鮭に食われること。理由は……何々?」
 そう言って、自分の頭に噛みついている干からびた鮭の頭部(さっき雪だるまの頭に噛みついてた奴)のご意見を伺う。
「理由は……美味しいからです、だってさ。参っちゃうね、どうも。」
 てへ、と照れた素振りのマードックに、コングの怒声が飛ぶ。
「何が鮭に食われるだ。そいつぁ前回の仕事の報酬に貰ったアラスカサーモンの食い残しだろ。いい加減にしろ、魚臭くて堪んねえぜ。」
 マードックとコングのいつもの掛け合いを、スマイル英語学校の生徒たちは無表情に見つめている。そんな光景に、モナが溜息をついた。
「ごめんな。こいつら、先週アメリカに来たばかりで、英語があまりわからないんだ。ゆっくり話せば大丈夫だけど、スラングが混じるとダメ。」
「語学留学の学生さんか。」
「そう。だからあたしが通訳してんだ。」
「それはいいとして、ねえ、このビル、何でこんなに寒いの? 仮にもニューヨークのアパートなら、冬場は20℃以上をキープするって法律で決まってなかったっけ?」
 さっきから血の気を失ったままのフェイスマンが、ガタガタ震えながら聞いた。
「それが私たちのトラブルですの。私たち、悪い先生に騙されて、寒い家に閉じ込められてしまっているのよ。」
 ソフィーがフランス語訛りの英語で言った。
 横で聞いていた髭の男が、怒った口調で何やらまくし立てた。すかさずモナが通訳する。
「俺の国なら、鞭打ち1000回の刑に値します、と言ってる。あ、因みに彼の出身はサウジアラビア。一応、英語喋ってはいるけど、発音ひどすぎてわかんねえと思うから、あたしが通訳する。」
「ふむ、鞭打ち1000回の刑に処される可能性がある校長先生、とはいかなる人物かな?」
 ハンニバルが、できるだけわかりやすい発音でゆっくりと問うた。
「理由を知るために、あなたの人生にとってこの冊子を見るのは、よいことでしょう。」
 一柳は、ハンニバルの言葉に頷くと、1冊の豪華なパンフレットを差し出した。人生がどう関係するのかは不明。
『大学入学への最短距離! スマイル英語学院――優秀な講師と豪華な施設で、優雅に英語ペラペラになりましょう。』
 フルカラー8ページのそのパンフレットは、上質のツルツル紙に、文字がもっこり盛り上がる加工の金銀インクで馬鹿でかく学校名が印刷してある。バックは、自由の女神の写真。
「随分立派なパンフレットだな。」
 ハンニバルがそう言って、パンフレットのページを開いた。最初の見開きには、「え? ネイティブじゃないの!? 1年後には、あなたもそう言われます。」、「不可能を可能にするスマイル学院の授業!」等といった煽り文句が並んでいる。その下に、小さく並んでいる文字は、多分、日本語訳だろう。そして右ページの下に、「私が校長です!」の文字と共に、鳶色の髪の美丈夫が黒板を背に笑顔で立っている。写真の下に、「代表取締役校長ジャド・ステイタム」のキャプション。
「何だかよ、この段階で嘘臭くねえか?」
 コングが、そう言ってパンフレットを捲った。次のページには、「充実の教育設備と居心地のよい学生寮」の文字。なぜかエンパイヤ・ステートビル周辺の航空写真が中心を飾り、その周りに、どこかの大学のキャンパスの芝生の上で寛ぐ学生たちのスナップや、最新のLL設備で楽しげに学ぶ美男美女の写真。そして、どこのスイートか、というような豪華なホテルの部屋の写真が散りばめられている。
「このキャンパスはコロンビア大学で、ホテルはジュメイラ・エセックス・ハウス・ホテルのスイートだね。適当な写真を持ってくるのは詐欺の常套手段だけど、有名すぎるでしょ、これじゃ。」
 フェイスマンが、そう言った。
「詐欺ですよね、やっぱり。」
「教室が、ここであって、こっちじゃない以上、やっぱりこれ、詐欺だと思うねえ。勉強の内容はどうだかわかんないけどさ。」
 マードックが、自分たちのいる部屋とパンフレットの写真を交互に指差して言う。
 一柳誠が肩を落とした。詐欺とわかってAチームに依頼してはいるが、やはり第三者に客観的に判断されると凹む。
 コングが、さらにページを捲る。「経験豊富な講師陣が、わかるまで徹底的に指導します。」そこには、揃いの赤いブレザーをきっちり着込み、カットモデルのように決まった髪形のアングロサクソン系男女が、白い歯を見せた爽やかな笑顔で並んでいる。Aチームの4人は、思わずモナを見た。真っ赤に染めた髪に、鼻ピアス、目の周りを黒く囲んだアイラインと、黒い口紅の、スマイル学院・講師。
「何見てんだよ。」
 モナは、そう言うと、くちゃくちゃと噛んでいたガムを、床にペッと吐き出す。
「詐欺だな、確実に。」
 ハンニバルの言葉に、モナ以外の6人が、深く頷いた。
「こいつら、このパンフに釣られて、1人5万ドルの授業料払ってんだ。寮費は込みだけど、寮ったって、このビルの空き部屋にベッド入れただけだし、飯はついてないし。教師は、あたしだけだし。」
 モナが、多少の厭味を込めてそう言った。
「5万ドル? そりゃ暴利だな。でもたった3人じゃ、その詐欺師は、手間の割には大した儲けにゃなっとらんと思うが。」
「3人? ああ、こいつらは英語が少しできるから連れてきただけで、騙された留学生は、このビルにあと27人いる。計で30人。被害総額は150万ドル。」
「ちょっと待って。」
 パンフレットを眺めていたフェイスマンが口を挟んだ。
「これ見て。こいつ、結構やり手だよ。」
 そう言ってフェイスマンが指差したのは、パンフレットの一番最後のページ。5ポイントの小さい文字で、こう書いてある。
『なお、このパンフレットに載っている写真は、飽くまで資料映像であり、実際の施設とは異なります。』
「ちゃんと断わってあったわけだから、詐欺罪には問えないかもしれないよ。」
「ううむ。知能犯だな。」
「とにかく、校長から、こいつらの学費を取り返してやってほしいってのが当初の依頼。帰ってきた金額の、各々1割を報酬として出すそうだよ。だから、最高15万ドル。そのうち5万ドルは、あたしの代理人報酬。」
 なかなかどうして、抜け目ない教師である。
「てことは、10万ドル。」
 10万ドル、という金額に、ヒュウ、とフェイスマンが口笛を吹く。
「当初の、ってことは、今は違うのか?」
「うん、それ以前のお願いが今日できた。このビル、そもそも暖房が壊れててね、先週までは何とか着込んだりして凌いでたんだけど、急に雪が降って気温が下がっただろ。このままじゃ、あたしも生徒も、明日の朝まで命持たないぜ。そんで多分、あんたたちも。」
「壊れてるって、地下からスチーム取れないの?」
「ここ、スチームシステムの地域から微妙に外れてるんだよ。この一角は、それぞれのビルで暖房装置を備えるしかない。」
 見なよ、もう帰れないよ、と言って、モナが窓の外に視線を送る。窓の下半分は、雪に埋まって真っ白だった。上半分も、猛吹雪でほとんど視界がない。まだ夕方のはずだが、外はまるで夜のように真っ暗。



*4*

「うおっ。」
 玄関ドアを開いた瞬間、どっと崩れ込んできた雪に、コングの膝から下が埋まる。
「ひどいね、これじゃ表には出られない。車も出せないし。」
 吹き込んで顔に当たる雪を手で防ぎながらフェイスマンが言った。
「でもシャーキーは喜んでるけどね。何てったって、彼氏、アラスカ生まれだから。」
 シャーキーとは、食べ残しの鮭の名前です。干からびています。
「俺たちだけなら隣のビルに避難することもできるが、30人をどこかに避難させるのは難しいな。やはり、暖房設備を直すしかあるまい。モナ、ボイラー室はどこだ?」
「地下。階段の裏から下りて。」
「行こう。」



 階段下のボイラー室は、ボイラー室らしからぬ寒さだった。縦横無尽に走る太いパイプは冷え切り、何の温度も伝えていない。天井付近に開いている、路地に面した空気取りの窓は、積もった雪がはみ出して完全に塞がっている。時代物の大きなボイラー本体も、埃を被ったまま冷たく黙り込んでいる。壁に取りつけてある温度計は、摂氏換算でマイナス2℃を差している。うっかり寝たら十二分に死ねる気温である。
 コングが、どこからか持ち出した工具を手に、配管の間に潜り込んでいく。しばらくして、ガンガンと作業の音が聞こえてきたが、すぐに止まり、コングが這い出してきた。
「ハンニバル、こりゃあダメだぜ。パイプやポンプの問題じゃねえ、本体がイカレちまってる。部品を丸ごと取り替えるにしても、型が古すぎてすぐには見つかんねえよ。」
「ふむ。しかしこの建物にある暖房は、このボイラーだけだ。どうにかならんか。このままじゃ生徒さんもあたしたちも凍死しますよ。」
「プロのボイラー技師なら部品を持ってるかもしれねえが、この天気じゃあ、呼んでも来るかどうか。」
「よし、とにかくやってみよう。フェイス、電話帳でこの近所にボイラー技師はいないか探してみてくれ。モンキーは、他に暖が取れそうなものはないか各部屋を当たってみてくれ。」
「了解。」
「アイサー。」
 フェイスマンとマードックは、機敏な動きで任務へと乗り出していった。キビキビ動かないと、寒すぎて眠くなるので、いつも以上に働き者感あり。ハンニバルとコングは、第1教室へと戻った。人数がいる分だけ、ボイラー室より多少は暖かいからである。



*5*

 20分後、フェイスマンとマードックが第1教室に戻ってきた。フェイスマンは、溜息と共に、机に電話帳を投げ出す。
「ダメだった。ここから徒歩30分以内には、ボイラー技師が2人いたんだけど、1人は、クリスマスに食べたトーファーキーに当たって入院中、もう1人は、何だかわからないけど、モナコの皮が喉に詰まって昨日亡くなったそうだ。」
「わかんねえ単語が2つあるな。何でい、その、トーファーキーと、モナコってえ食いもんは。」
「コングちゃん。トーファーキー知らないの?」
「何でい、モンキー。お前知ってるのか、トーファーキー。」
「うん、知ってる。クリスマスに病院で出たよ。何でも、ターキーより体にいいんだって。何か、ぶちゃっとして味がない外側に、パサパサのスタッフィングが詰まってて、どろっとしたモンがかかって全体的にはへちゃっとしてた。」
「何だそりゃ。ちっとも美味そうじゃねえぞ。で、モナコってのは? 国か?」
「それ、モナコじゃなくて、モナカだと思います。」
 一柳誠が口を挟んだ。
「それは日本の伝統的なケーキです。米を薄く伸ばして焼いた表面に、ビーンペーストが入っています。表面は、とても乾燥して硬く、必ず喉に貼りつきます。人はしばしばそのために死ぬかと思いますが、実際に死んでしまったサンプルを知ったのは私の人生でこれが最初です。そのアメリカ人は可哀相で珍しいです。」
「……恐ろしい菓子なんだね。可哀相に、ボイラー技師。」
「恐ろしいというより、むしろ美味しいです。」
「それじゃボイラー修理は諦めるとして、モンキー、他の暖房器具に何か収穫はあったか?」
 通じているような、そうでもないようなフェイスマンと一柳誠のやり取りを尻目に、ハンニバルがマードックに問うた。
「ぜーんぜんなかった。ストーブもないし、生徒の個室にも声かけたけど、毛布くらいしかないみたいで、みんなガタガタ震えてた。向こう側の部屋の窓から、隣のビルの明かり見えるじゃん? ああ、暖房効いてるんだろうなあ、と思うと、羨ましくなっちゃったぜ。ボイラー直んないなら、もう本棚でも机でも燃やすしかないかもね。」
「ふむ。」
 と、考え込むハンニバル。しばらく後、ふと顔を上げた。
「モナ、両隣のビルは何だ?」
「両隣? 片方は倉庫で、もう1つはアパートだよ。」
「アパートの入居率は?」
「うーん、夜に明かりが点いてる部屋を数えると、3分の2くらいかな。」
「セントラルヒーティングか?」
「もちろん、ここと同じような作りだから、そうだと思う。スチームを配管で全階に回して、各部屋がメインのパイプからそれぞれスチームを引き込むタイプ。」
「てことは、3分の1は、暖房が余ってるってことだな?」
「まあ、そういう言い方もできるかな。」
 ハンニバルは、そう言うと、ニカッと笑って、続けた。
「その温度、いただきましょう。」



*6*

〈Aチームの音楽、かかる。〉
 様々な国の若者たちが、工具を手に、2階以上の各部屋の暖房のパイプを外している。丁寧に壁を掘って取り外す者あり、ハンマーでぶん殴って落とす者あり、座禅を組んで呪文を唱え、手も触れずに落とす者あり、いきなり奇声と共に飛び蹴りで折る者あり。ハンニバルの指示により、玄関ホールに外された配管が積み上げられてゆく。その本数、数百本。
 黒装束のフェイスマン、マードック、コングが、吹雪の中へ出て行く。雪を掻き分けて隣のビルの非常口に取りつき、フェイスマンが慣れた手つきで鍵を開けてビルに侵入。入った瞬間、あまりの暖かさにへたり込む3人。
「チクショウ、生き返るぜ。」
「これが人間の暮らす温度だよね。」
「シャーキーにはちょっと暑すぎるかもだけどね。」
 しばし寛ぎ、震える手足を温めた後、3人は気を取り直して二手に分かれた。コングはボイラー室に、フェイスマンとマードックは階段を駆け上っていく。
 ボイラー室に入ったコング、配熱バルブを閉め、ボイラーのスイッチを切る。そして、おもむろに電ノコを取り出し、配管に穴を開け始めた。
 階段を上がったフェイスマンとマードックは、無人の部屋に入り、暖房の配管を外す。パイプを抜いたために壁に開いた穴に、鉄板を打ちつけて蓋をする。2人、空き部屋を探し、次々と配管外し→蓋、を繰り返す。
 生徒たち、パイプを抱えて、コングの元へ。コング、ボイラーのパイプに開けた穴に、生徒たちが外して持ってきたパイプを差し込んで溶接する。そこから何本もパイプを繋げ、空気取りの窓からビルの間の路地へとパイプを通す。窓の外では、別の学生たちが雪掻きをしている。道路が綺麗になったところで、窓から差し出されたパイプにパイプを繋ぎ、スマイル学院ビルのボイラー室の小窓へと伸ばしていく。
 小窓から通されたパイプは、ハンニバルとモナたちの手で、壊れたボイラーの配管に繋げられる。完全に繋がったのを確認した外の学生たち、道を横切るパイプの上に、板で作ったカバーを掛け、その上を雪で埋める。
 一柳誠とハイダル、ソフィーの3人は、2階に上がる配管と、2階から1階に戻る配管の両方を外し、パイプを継ぎ足して両端を繋げる。
「コング、こっちはOKだ!」
 ボイラー室の小窓からハンニバルが叫んだ。
 コングは、「おう!」と返事を返すと、ボイラーのスイッチを入れ、バルブを開けた。ブゥン、と低い振動音がし、ボイラーが動き始める。コングは、機械がちゃんと作動したことを確認し、グッ! と親指を立てた。
〈Aチームのテーマ、終わる。〉



*7*

 第1教室に集まる、30名の留学生とモナ、そしてAチーム。隣のビルから盗んだスチームのおかげで、もうかなり暖かくなっており、各人の顔にも血の気が戻っている。
「ほんとにありがとうな。これで凍死せずに済んだ。」
 モナが、ハンニバルの手を握ってそう言った。
「お安い御用だ、あたしたちも寒いの苦手なもんでね。」
「じゃ、あとは校長な。何とか、こいつらの授業料を取り返してやってくれ。」
「ああ。こいつら、英語はできなくても、仕事の腕はなかなかのもんだ、気に入ったぜ。」
「ありがとうございます。私たちの喜びです。」
 生徒代表、一柳誠が笑顔でそう答える。
「ついでに、明日、もうちょっと手伝っちゃくれないか。君らを騙した校長を、ぎゃふんと言わせてやりたいんでね。」
 何か企みがあるらしいハンニバルの言葉を、モナが通訳する。生徒たちから、拍手が巻き起こった。後ろの方でサウジ出身のハイダルが円月刀を振り上げているが、それについては見なかったことにしよう。



 翌朝。雪は止み、すっかり晴れ上がった空の下、Aチームのテーマ、再度かかる。
 アパートの裏庭で、せっせと雪球を作る生徒たち。できあがった雪球を猫車に積み込み、コングのところに運ぶ生徒たち。そのコングとAチームの面々は、ピックアップトラックの荷台に、何やら大砲のような物を取りつける作業中。その大砲は、もちろん余った配管パイプである。いつしか生徒たちが作る雪球は裏庭に山をつくり、ピックアップトラック上の大砲は、4本の砲身をあっちこっちに向けたゴツイ仕上がり。生徒たちに拍手で送られてピックアップトラックに乗り込むAチームの面々。曲、終わる。



 その日の昼。昼食を摂ろうと事務所を出たスマイル学院校長ジャド・ステイタム、本名チャーリー・ステイタムは、事務所の前に1台のピックアップトラックを見つけて立ち止まった。トラックの横には、葉巻を咥えた中年男が突っ立っている。荷台には、アクセサリーをじゃらじゃらさせた逞しいモヒカン男と、なぜか頭に魚の骨を被っている男。どう見てもまともじゃない。
「な、何だね、君たちは?」
 一瞬、後ずさるステイタムに、にっこりと笑いかけると、葉巻男は、運転席に合図を出した。運転席の優男が、何かしらのスイッチを入れる。
 次の瞬間。トラックの荷台の大きな大砲の、継ぎ接ぎだらけの4本の砲身からから打ち出された無数の雪球により、ジャド・ステイタムは、あっと言う間に巨大な雪だるまとなった。その後、雪だるまの中で凍死しかけたステイタムは、ニューヨーク州への暖房法違反の告発を見逃してもらう代わりに、授業料の80%の返還(残り2割は飛行機代・就学ビザ代等の実費)と、モナへの未払い給与の支給を約束し、Aチームは今回珍しく10万ドルの報酬を得たのであった。
【おしまい】
上へ
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