特攻野郎Aチーム 夏なのに全身タイツ! の巻
フル川 四万
 TVショーの天気予報が、下記の情報をお茶の間に伝えている。
“アメリカ大陸は、先週から記録的な猛暑に見舞われています。ここツーソンでも、最高気温が37度を超える日が20日連続の新記録となり、今日の午後、遂に42.5度を越えました。これは、1945年の最高気温記録を更新するもので……。”
 フェイスマンが、無言で立ち上がり、テレビのスイッチを切った。そのまま、ハンニバルの隣には戻らず、無言でエアコンの前に立つ。
「効いてない。」
 そう呟くと、エアコンの横で首を振り続けている扇風機の前に立ち、首振りを止めてシャツの裾を持ち上げる。だがしかし、生腹を直撃するのは、ぬるいっつかむしろ暖かい風で、フェイスマンはひどく気落ちしてハンニバルの座るソファに戻り、少し離れて腰を下ろした。先ほどまで彼が座っていたハンニバルの真横には、黒い革の座面に、くっきりわかるくらいの汗染みができている。
「暑い。」
「はい50セント。」
 ハンニバルが、そう言って右手を差し出した。
“暑いって言うの禁止な! 言ったら罰金な!”
 人はなぜ、そんな馬鹿な勝負を言い出したり、それを呑んだりしてしまうのか。
 フェイスマンが、差し出された“おちょうだい”の手の窪みに硬貨を1枚を叩きつける。ハンニバルは、満足げに硬貨を親指で弾き上げた。硬貨は、放物線を描いてサイドテーブルの上のキャンディポットに落ちていく。ポットには、既に数十枚の硬貨が入っている。しかし、フェイスマンが支払った硬貨も、元はと言えばこのポットからくすねた物なので、本日の暑い罰金ゲームの収支はプラマイゼロ。しかし、すっかり暑さにやられてしまっているハンニバル、そんな事情には気づくはずもない。
 ここは、アリゾナ州ツーソンのとある町。本来ならこの季節、暑い場所は避けて、もしくは暑いなりに楽しめる海辺とかで過ごしたいAチームだが、悪事の発生率に暑さとか関係ねえらしく、先週はラスベガス、今週はツーソン、と、うだるような場所の悪党を、腹いせ交じりに叩きのめしつつの今日である。
 どこにでもある雑居ビルの最上階南東角部屋には、古いクーラーが1台だけついていたが、それも度を越した暑さに不調もいいところ、空気中から集めてきたお水ばっかりを室内に垂れ流してちっとも冷えない。かと言って南東の窓を開けても吹き込むのは熱風。



「戻ったぜ。」
 開け放ったままのドアを、更にバン! と押し開けて登場したのはB.A.バラカス氏。素肌にオーバーオールとブーツという、暑いんだか寒いんだかな服装で、肩には大きな板を担いでいる。
「遅かったな。もう依頼人が来る時間だぞ。」
「ああ、木工所の奴が熱射病で倒れててな、介抱してたら遅くなった。結局、この看板も俺が書いたんだぜ。」
 と、コングが掲げて見せる50cm×1.5mの看板には、豪快な文字で、『マードック法律相談所』の文字。赤ペンキで盛大に書き殴ってあるため、法律相談所というよりオバケ屋敷の看板のような風情である。
「……もうちょっと何かこう……。」
「何でい、俺様の習字に何か文句あんのか。」
「いや、何でモンキー? 弁護士役っつったらやっぱ俺でしょ、この場合。じゃなくて、ツーソンでの仕事は『スミス法律相談所』ってのが今回のお約束なんだから、そう書いとかないと依頼人が困るじゃない。」
「知るか。俺だって最初はスミスにしたんだが、気がついたら白で塗り潰されてマードックになってたんだ。ったく、油断も隙もあったもんじゃねえぜ。」
 言いつつ、玄関のドアの上に器用に板を固定しにかかるバラカスである。
「で、そのマードックは?」
「あいつまた変なスイッチ入ったみたいで、弁護士らしい格好になってくる、って言ってどっか行きやがった。」
 と、言いつつ借り物のビルのコンクリ部分に容赦なく5寸釘を打ち込むというご無体な方法で看板が取りつけられ、雑居ビルの一室は、マードック法律事務所へと一時的な変貌を遂げた。
「で、依頼人はまだ来ねえのかい。」
「2時の約束だからね、もう来るんじゃないか?」
 コングの問いにフェイスマンが壁の時計に目をやったその時。
「ただいま……。」
 力ないお戻りの挨拶と共にマードックのご帰還。
 弁護士らしくなってくる! とコングちゃんに宣言した通り、紺地に白ストライプの三つ揃え(サマーウール)を着込み、インナーには襟の高い白シャツと、黄色のネクタイ。同系色のチーフが胸ポッケに刺さっており、そして手にはリモアのアタッシェケース。非の打ちどころのないビジネスマンスタイルである。
「おう、遅かったじゃねえか。ってか何でえ、この暑いのに堅苦しい格好しやがって。」
「……堅苦し……くて当然じゃん。お、俺っち、こう見えても経済訴訟専門の敏腕、びんわん、弁護……。」
 ドザッ!
 最後まで言い終わる前に床に倒れ伏すマードック。
「おい!」
「モンキー!?」
「どうした、しっかりしろ!」
 駆け寄って周りを取り囲む3人。ハンニバルが、マードックを抱き起こす。
「あっつい……水、水ちょうだい……。」
 マードックが息も絶え絶えに言う。顔は真っ赤で、体温も非常に熱い。ウールのスーツは、汗でびしゃびしょである。
「熱中症だな。」
 ハンニバルが冷静に言い放った。
「まあね、この炎天下、三つ揃え着込んでちゃね。」
「しかも歩いて来たんだろ? ったく、バカヤローが!」
 言いつつ、マードックの上着を脱がし、ベストを剥ぎ取り、シャツを開けて風を入れるコング。開いた胸には、汗が滝のように流れて肌を濡らしている。フェイスマンが手早く用意したアイスノンを頚動脈に当て、これまたフェイスマン特製のハニーレモン水(重曹と塩も入ってます)のコップをマードックに持たせる。マードックは、うぐ、うぐと喉を鳴らしてハニーレモン水を飲み切り、ぷはあ、と息をついた。
「あんがと、生き返ったよコングちゃん。て言うか、弁護士ってのは命懸けなんだな、こんな暑い日にもばっちりスーツ着込んじゃって。俺、弁護士向いてないかも。」
 のろのろと起き上がったマードックは、汗を拭き拭きそう言った。
「だから、奴ら徒歩移動しないし、基本、室内だし。それに真夏はもうちょっとラフな格好してんじゃないの? 例えば、そう俺みたいに。」
 と言うフェイスマンは、水色のカッターシャツに白の短パン。シャツはいいとして、短パンはねえって。しかも、そのシャツもよく見ればパタゴニアだし。足ビーサンだし。
「そうなのかねえ、結局伊達男も太陽には勝てないってこと? もう、こんなもん、いらないや。」
 そう言って爪先の尖った革靴を脱いだマードックが、ポイポイと靴を投げ捨てる。片方の靴は、ソファーの向こうに飛んでいき、もう片方は開けっ放したままのドアから外へと転がっていった。



 と、ドアの向こうに、転がった革靴を拾い上げる人影が。
「あの、済みません。」
 その人影は、長身を屈めるようにして室内を覗き込んだ。見たところ年は25歳前後。先ほどまでマードックが着込んでいたようなプレッピースーツを着込み、手にはお決まりのアタッシェケースを抱えている。
「ここ、スミス法律事務所ではなかったでしょうか?」
「スミス法律事務所だ。」
 ハンニバルが即答する。
「あ、そうですか。ここにマードックってあるから、てっきり部屋を間違えたのかと。」
「そいつぁ5分前に廃業した。ここは、正真正銘、スミス法律事務所だ。」
 コングが、忌々しげに補足する。
「そうですか! じゃあ。」
 そう言って青年は、ポケットから何やら紙切れを取り出し、ブツブツ言いながら目を通した後、その紙を再度ポケットにしまい、室内の4人に向かって直立した。
「嫁さんが男作って出て行きまして、子供も連れて出て行きまして、しかもその男っていうのがジンバブエの象使いで、息子4人はジンバブエで象使いの修行をさせられることになったという一方的な通達が来まして、法的に何とかならないかと。」
「ほう、してその象は何象だね?」
「インド象です。」
 青年の言葉に、ハンニバルが笑顔で右手を差し出した。
「ジェンス・マーカムだね。スミスだ。」
「お世話になります!」
 合言葉をキチンと話せたことに安堵したように一つ呼吸をすると、青年は、差し出された右手を両手で掴んだ。七三分けの黒髪に眼鏡の、どこにでもいそうな青年だが、よく見ると結構男前である。しかしながら、あまりにあり触れた服装に眼鏡なので、よ……っく見ないとハンサム度には気づかないであろう。
「まあ座ってくれたまえ、ちょっとエアコンが壊れていて暑いが、上着脱いで構わないから。」
 ハンニバルは、自分もシャツを脱いでタンクトップ1枚になりながら青年に言った。青年は、それじゃあ、と言って暑苦しい黒革のソファに腰かける。上着もベストも脱ぐ素振りさえ見えず、爽やかな笑顔のままで。
「ジェンス、じゃあ話を聞こうか。」
「はい。ちょっと友人と揉めてしまいまして。商売に関わることだから、放っておくわけには行かないし、かと言って友人を訴えるのも気が引けて、どうしようかと思っていたところに、友人の彼女の友人のエイミー・アマンダー・アレンさんからこちらを紹介していただきました。揉め事にはAチームよって。あ、済みません。」
 フェイスマンが、ジェンスの前にさり気なく置いたハニーレモン水にお辞儀をするジェンス。なかなかに真面目で律儀な好青年と見た。それにしても、何とラフにAチームを紹介してくれるエンジェルであることよ。
「エンジェルから話は聞いている。何でも、友達の会社に製品を真似されたとか。」
「はい。僕の会社は、親の代からの繊維工場なのですが、最新の化学繊維を使った画期的な肌着を開発したんです。スキンアーマーって言いまして、第2の皮膚のように自然で涼しく、サポート力も抜群。てことで、発売して数カ月は、結構な売れ行きだったんです。でも、3カ月くらいで、ふと売り上げが落ちてきまして。何でだろーなー、って調べてみたら、大学の先輩で親友のティグレさんとこの工場に、安いパクり商品出されてました。」
 ジェンスは、笑顔でそう言い放った。
 壁の室温計は、今日も38度を示し、窓の外では蝉の大合唱が始まっている。マードックは、既にワイシャツもズボンも脱ぎ捨てて、短パンと黄色いネクタイという軽装になっているものの、体温より高い気温は脱いで何とかなるものでもなく、ジェンスの向かいの一人掛けソファにぐったりと凭れたまま動かない。
「君のアイデアをパクってる時点で、そもそも向こうから見たら友達じゃなかったという可能性は?」
大きなピッチャーでハニーレモン水を運びつつ、フェイスマンが痛い質問をする。
「いやいやいや、僕たち仲よしですし! ティグレさん大好きだし! とにかくいい人なんですよ。女の子紹介してくれるし! 合コンもセッティングしてくれるし! 浮気のアリバイも作ってくれるし! 商品の紛い品を売り出したこと以外、彼に悪いとこ全然ないです。だから、ティグレさんに何とか商品売るのやめてほしくって。あ、因みに、エイミーとも、ティグレさんの仕切りのパーティで知り合いました。」
 きびきびと返答するジェンス。
「何だエンジェル、そんなとこに顔出してんのか。呼んでくれればいいのに。」
「あ、じゃ来週の合コンには是非! ちょうどメンズの数足りてなかったし、歓迎です。」
「オッケー、来週ね。」
 フェイスマンはそう言うと、ハニーレモン水をぐぐっと飲んだ。額からは、汗が流れている。コングも、先ほどから5杯目をうぐうぐ飲みながら、ネックレスの間にタオルを突っ込んで汗を拭いている。
「大学の先輩なら、自分で頼むわけには行かないのか? 第三者が入って尚更揉めるってこともあるだろう。」
 ハンニバルの問いかけに、合コン話で楽しくなりかけていたジェンスは、現実に立ち戻って肩を落とした。
「言えればいいんですけど……僕たちの所属していた落下研究会、通称落研は、上級生には絶対服従で、ちょっと言える雰囲気じゃないんです。……ティグレさん、怒ると怖いし。」
 ジェンスは、そう言うと、ハンカチで額の汗を拭う。
「君も飲んでよ、この暑さで水分取らなきゃ倒れちゃうよ。」
 フェイスマンが、そんな彼にレモン水を勧める。ジェンスは、結構です、とにこやかに応えた。
「済みません。レモン水、嫌いじゃないんですけど、今日はスキンアーマー着てるんで、暑くないんです。」
「スキン……何?」
「スキンアーマー。ティグレさんに真似されたうちの商品、これです。」
 ジェンスは、そう言うと、リモアのアタッシェケースをローテーブルの上にバン、っと乗せ、何やら、すべすべした生地の服を取り出した。首から足首まで繋がった人型の布、いわゆる全身タイツである。
「何だそりゃ。随分暑苦しい服だな。」
「いえいえ、これが実は、僕の開発商品、スキンアーマーなんです。これを素肌に直に着ていただけば、皮膚の表面の温度は、外の空気より約10度低くなります。」
「10度! そいつぁすげえな。じゃ、お前さん、さっきから着込んるのに涼しそうな顔してやがるのは……。」
「ええ。スキンアーマーのおかげです。体感は、まさに28度ってところですね。」
 ジェンスは、そう言ってにっこり笑った。
「じゃ、それ着たら、俺っちもまた弁護士の格好とかできるわけ?」
「弁護士どころか、サンタクロースでも白熊の着ぐるみでも。どうですか? 皆さん、試着してみて下さいよ。ティグレさんに話をしていただく前に、スキンアーマーの威力を知っていただきたい。スキンアーマーの能力を知った上で、皆さんには、ティグレさんに会ってもらって、うちのパクり商品を売るのをやめるよう言ってもらえれば助かります。さあ、どうぞ!」
 と言ってジェンスは、スキンアーマーを並べ始めた。テーブルの上は、カラフルな人型で一杯になる。
「いろんな色があるんだな。」
「ええ、基本が白。上に着る服を選びません。胸についてるワンポイントは、スキンアーマーのSです。それから、フューシャピンク、これは僕の彼女のレイチェルが好きな色なので作ってみました。ゼブラ柄は元カノのソフィアのお気に入りで、このペイズリーは行きつけのカフェのウェイトレスのワンダのリクエスト、それから青と、黒と、豹柄もあります。これは、ええと、誰だっけ、いずれにせよ、どっかの女の子のリクエストです。やっぱりアパレルのセンスは女の子ですよね。さ、どれでもお好きなのを。」
 話を聞けば聞くほどナンパな依頼人、ジェンス・アーカムに促され、4人はスキンアーマーに手を伸ばす。ハンニバルは黒(細く見えるから)、フェイスマンはピンク(似合うと思い込んでいるから)、コングが豹柄で、モンキーは基本の白である。



「えー、着用の際に、いくつか注意点があります。これ、肌にぴったり密着させる必要がありますので、全裸に着てください。」
「全裸!?」
「全裸って?」
「全裸だと!?」
 ハンニバル、コング、マードックが口を揃える。
「ええと、それって、素っ裸、一糸纏わずってこと?」
「その通りです。」
 フェイスマンの確認に、ジェンスは、深く頷いた。
「全裸推奨。これは、皮膚の表面に噴出した汗を瞬時に吸引・かつ吸収して気化し、気化熱を逃がすことで一気に体表温度を下げるものです。だから、出た汗が溜まる要因、下着だとか、体毛だとかは、排除して着ていただきたい。」
 ジェンスは、『スキンアーマー着用に際し』という小冊子を4人に配りつつ言った。Aチームは、体毛? 毛も? 剃毛ってこと? などと心に引っかかった言葉をもそもそと口にしつつ、配られた小冊子を捲る。
「何々、まずは体のチェックから行います。濃い胸毛・腹毛・背毛などは、着用感の妨げになりますので、処理をお勧めいたします。その他の毛については、文意を汲んだ上でご判断ください。……やっぱり剃毛しろってか。」
「嫌だぜ俺は。腕の毛も脛毛も剃る気はねえぜ。」
「その程度なら問題ないと思います。それから、スミスさんも大丈夫。ペックさん、ちょっと脱いでみてくれますか?」
「え? あ、ああ、うん。」
 フェイスマンは、思わずシャツを脱ぎ捨てる。本当は人前に裸身など曝したくはないのだが、ここはなぜか剃毛無用をアピールする必要性に駆り立てられたのだ。
 シャツを脱ぎ捨てて露になったフェイスマンの上半身を、まじまじと見つめるジェンス。見られるフェイスマンも、なぜか体を硬くして、品定めされる風。
「……合格。」
「やったっ! 剃毛免除っ!」
 はしゃぐフェイスマン。自然、残り3人の視線は、“免除じゃない”唯一の人物であるマードックに注がれる。
「モンキー、お前、剃ってこい。」
 ハンニバルが言い放つ。
「オッケー。じゃ俺、剃ってくるわ。♪もう、どこもかしこもツルッツルになっちゃうもんね。」
 何でか意外とノリノリなマードックである。
「それでは、マードックさんにはお風呂に行っていただくことにして、皆様は、先にスキンアーマーをご着用ください。ちょっとコツが要りますけど、大丈夫、慣れれば30分で着用できます。」
「慣れれば30分?」
「ええ、スキンアーマーは、究極の着心地を追求していますので、継ぎ目やボタン、ジッパーなどは全くありません。ただ、すごーく伸縮性があるんで、まず首のところから両手を入れて、足の部分をたくし上げ、爪先から片足ずつ入れて下さい。両足の膝まで入ったら、あとはミリ単位で少しずつ引き上げてくれれば、最終的には首まですっぽりという寸法です。さ、どうぞ!」
 ジェンスの掛け声と共に、マードックは風呂場へ、残る3名は、着替えの場所を探してウロウロした結果、小さなパーテーションを探し出して設置し、その後ろに回り込んだ。3人一緒に隠れたって、お互いについては丸見えなのに、一応、客のジェンスにみっともないものはお見せできないという、紳士な心遣いのできる集団、それがAチーム。
「うわ、きっつ! これホントに着れんの?」
「チクショウ、足首までしか入らねえぜ!」
「うお、何だかわからんが足の親指が攣る、攣る!」
 それぞれに驚嘆や苦悶の声を上げながら、全身タイツと格闘する3名。ジェンスは、パーテーションの反対側でそんな3人の声を聞きつつ、ニコニコ顔でハニーレモン水を啜っている。



 20分後。
「入った! あとは両腕だ!」
「腹が、腹が千切れる!」
「ちょっと待て、俺ぁまだ肩が……うわっ!」
 ドスンガタン、と大きな音がした。コングが転倒したらしい。
 と、そこへ駆け寄ってきたのは、マードック。風呂上がりの濡れた体(と、頭)のままバスローブだけ羽織り、シュタタタタタ! と一直線にハンニバルたちの元へ。
「見て! ツルッツルに剃ったぜ!」
 言うなり、3人に向かってバスローブを開くマードック。変質者か。
「うわ、お前、そんな、下まで……えぇぇ……。」(どん引き&下がり眉毛。)
「わはははは、剃りましたな、見事に。」(なぜか嬉。)
「……(吐き捨てるように)子供か!」(なぜか怒。)
「じゃ、オイラも着るね、スキンアーマー。」
 3人3様のリアクションを堪能したマードックは、さっき選んでおいた白のスキンアーマーを手に取ると、バスローブを脱ぎ捨て、ぷるん、びょいん、しゅぽんっ、と、簡単に装着してしまった。
「え、何で簡単に着れんの?」
「わかんない。……あ、俺、体洗った後、背中とかちゃんと流してなかったかも。」
「石鹸で滑ったのか。それは流しとけ。背中ニキビになるぞ。」
 その後、約20分の格闘の末、何とか全員スキンアーマーを着込んだAチーム、思い思いの色柄の全身タイツ1枚で、ジェンスの前に整列する。皆、さっきまでの暑さにバテまくった表情とは打って変わって晴れ晴れとした顔をしている。
「すごいよ、ジェンス。着込んでる時は汗が出て仕方なかったけど、首まで着用した途端、急に涼しくなって快適だよ。これなら上からタキシードでも着られそう。」
 と言うフェイスマンは、青みがかった淡いピンクの全身タイツ。もちろん体のシェイプもばっちり丸見えなので、細さが際立って少々頼りない感じ。そして、どこもかしこもあまりにぴったりと体に密着しているため、人前に出るなら隠した方がいい場所も。
「うむ、涼しいのみならず、腰も楽だ。自然に腹もシェイプされるし、これはいい。」
 ハンニバルは、黒スキンアーマーが筋肉に沿って体を引き締めているせいで、若干逆三角形風の体形に見える。
「ああ、汗は、かいた瞬間に消えてくな。蒸発する瞬間は冷たいくらいだし、この柄は迷彩にも見えて使い勝手がいいぜ。」
 絵に描いたようなマッチョと化したコングが、マッスルポーズを決めながら言った。
「うん、マジ涼しい。涼しいて言うか、寒いよオイラ。」
 マードックは、チョイスが白だった上に濡れた体で着たもんだから、あっちもこっちもスケスケで、とてもじゃないけど人前には出せません。しかも、急激に蒸発した水分が体温を奪って、1人カタカタと震えている。
「気に入ってもらえて嬉しいです。ありがとうございます。」
 ジェンスが、ニコニコ顔で礼を言った。まだ服着ただけで何もしていないAチームなのだが。
「うん、こりゃあいい商品だ。で、これいくらだい?」
「ちょっと高いんですが、1着300ドルです。」
「ちょっとじゃなく高いな。」
「化学原料もニッティングも特殊で大量生産できないから、今その値づけなんですけど、もうちょっとロットが増えたら、200ドル程度には抑えられるかと。」
「で、先輩が作ってるパチもんってのは?」
「19ドル40セント。でもこんな値段で作れるわけないんです。」
「ふむ、どうにもこうにも偽物臭いな。じゃ、ジェンス、暑さも解消されたことだし、その、ティグレって奴のところに行ってみるか。」



〈Aチームの音楽、一応かけとけ一応な。〉
 黒アーマーの上に、チェックのシャツとチノパンを着込み、葉巻を銜えてニッカリ笑うハンニバル。
 豹アーマーの上に、オーバーオールを穿いてネッカチーフを巻いただけだが、妙にカッコイイコング。
 ピンクのアーマーを白シャツの胸元チラ見せしつつ、水筒にハニーレモン水を詰めるフェイスマン。水分は重要ね。
 そして、そのままの格好で出かけるとダダを捏ねた結果、股間にヤツデの葉だけ貼られたマードック。
 ジェンスも引き連れ、いつものバンに乗り込み、発進。



 30分ほどで到着したのは、1軒の小さな工場兼住宅。正面に車を停め、堂々と降り立ったAチームとジェンスである。建物は2階建てで、1階が工場、2階が住居になっているらしい。開け放たれたドアから見える1階の工場内部は薄暗く、暑い。
「機械、動いてませんね。休みかな。でもって、ここも冷房ないみたいですね。」
 中を覗き込んでジェンスが言った。
「冷房がないことなど、最早俺たちの敵じゃない。行こうジェンス。さっさと話をつけよう。」
 ハンニバルの言葉に促されて、ジェンスは工場へと足を踏み入れた。
「ティグレせんぱ〜い?」
 呼びかけてみるが、返事はない。
「ティグレ先輩、お留守ですかー? ジェンスですー。ちょっとお話があって来ましたー、あ。」
 ジェンスが急に立ち止まった。
「どうした?」
「あれ、商品です。」
 と言って指差す工場の片隅には、積み上げられた段ボール箱。ごそごそと梱包を解いてみると、中にはスキンアーマーと似たようなスーツが大量に入っている。
「どれどれ……スーパーアーマー。何か、こっちの方が効きそうな名前だねぇ、って、あれ?」
 マードックが、箱の横の文字を見て声を上げた。
「ハンニバル、これ、返品って書いてある。」
「何?」
「こっちの箱もだぜ。」
 と、コング。
「返品の山か。よっぽど粗悪品だったんだろうな。」
「でも、着るのが簡単そうだぜ、ジッパーで前開きになってやがる。しかも、上下別だ。」
「ホントだ。これで性能が同じなら、ジッパーつきで上下別の方が確実に売れるよね。」
「これは……。」
 スーパーアーマーを手に取って、ジェンスが眉を顰めた。
「この繊維じゃ、汗を発散しません。どっちかと言うと、汗を温度に変えて暖める効果の方が高いかもしれない。こんなもの、真夏に売ったら、下手すりゃ傷害罪ですよ。行きましょう。先輩を見つけなきゃ。」
「よし、手分けしてティグレを探そう。」
 4人は、四方に散っていった。



 5分後。
「いたぞ、こっちだ!」
 2階に上がっていたコングが叫んだ。慌てて2階に上がる4人が見たものは、台所の床に倒れる1人の男の姿だった。
「先輩っ!」
 ジェンスが駆け寄り抱き起こすが、意識はない。多分スーパーアーマーだと思われる黒の全身タイツに身を包んだ体は、驚くほど熱い。
「ジェンス、こりゃ熱中症だぜ。」
 コングが、そう言いつつティグレを抱き起こし、頬を叩く。
「とにかく、そのスーツを脱がせるんだ。」
「おう。」
 コングが、ティグレの前ジッパーを下ろした。スーツの中は、たぷたぷするほどの汗で湿っている。
「ちゃんと素材を考えないから!」
 涙目で怒るジェンスの横から、フェイスマンが手を出し、自分たち用に水筒で持ってきたご自慢のハニーレモン水をティグレに飲ませる。ごくり、とティグレの喉が動き、ほっと息をつく音が聞こえた。



「ごめんな、ジェンス。」
 ティグレの寝室のベッドの上。フェイスマンのハニーレモン水で生気を取り戻したティグレは、ベッドの上で半身を起こし、そっと頭を下げた。
「……先輩が無事でよかったです。ダメですよ、あんな機密性の高い繊維で体にピッタリした服作ったら。下手したら死んじゃいます。」
 絞ったタオルをティグレの頭に乗せながら、ジェンスが言った。
「ティグレ、どうしてジェンスの作ったスキンアーマーの偽物を売ろうなんて考えたんだ?」
「そうですよ、先輩んちの工場、工事用のシート作る工場じゃないですか。」
「……暮れの合コンで。」
 ティグレが、言い難そうに頭を掻いた。
「合コンで?」
「あの、キャビンアテンダントとの合コン?」
 フェイスマンとジェンスが食いつく。
「そう。その合コンで、女の子たちがジェンスを掴まえて、社長さんなんてすごい、アパレルメーカーなんてカッコイイ! って騒いで、結局、一番人気のレイチェル、お前がお持ち帰りしたじゃないか。俺だって社長なのに。」
「あー、うん、お持ち帰りだけじゃなく、今もつき合ってますし。」
「レイチェルだけじゃない、夏のプールサイド・パーティの時のソフィアも、スキー旅行でのクラウディアも、オレが可愛いと思った女の子は、ことごとくお前が持ってっちまう。」
「そりゃ、合コンは弱肉強食ですから。女の子の趣味が一緒なのは前からのことだし。」
「たかだか下着屋のくせに、アパレルとか名乗りやがって。」
「それはテクニックってやつです。先輩だって、町工場のオヤジなのに、会社社長とか名乗るじゃないですか。」
 お気楽な独身男たちの、何だか醜い争いが繰り広げられているのを目の当たりにして、Aチームの面々は困惑気味だ。合コンの人気者争いの末の犯行って、Aチームの職責の範囲外な気がするし。
「オヤジたあ何だ、俺はまだ20代だぞ! だいぶ老け顔だけどな! 大体お前の先輩を先輩とも思わない言動に、前から俺は腹を立てていたんだ!」
「まあまあまあ……。」
 ジェンスに掴みかかろうとするティグレを、ハンニバルが割って入って止めた。
「女の子の気を引こうとするのはいいけど、何でジェンスの商品の紛い物なんて売ったんだ?」
「……女にモテて、その上、事業で成功だなんて、許せなかったんです。先輩のオレを差し置いて。」
 ティグレは、そう言って悔しげに唇を噛んだ。
「その結果が、下にあった返品の山と、熱中症か。」
「……ジェンスんとこの肌着が、そんな高性能だなんて思いもしなくて。大体、学生時代から、勉強なんてできたことない奴だったから。適当に、伸縮性のある化繊で作りゃ、同じようなモンができるとばかり。」
「先輩、あれ、父の開発した特殊繊維なんです。僕、何も考えてません。僕に考えつくわけないじゃないですか。デザインだって女の子任せなのに。僕が、先輩に勝ってるとこなんて、顔くらいしかないですよ。だから、僕のことなんて羨ましがらないで、今まで通り優しいティグレ先輩でいてください。」
「……ごめん。マジでごめん。」
 ティグレは、がっくりと項垂れた。



 後日。アメリカ大陸の異常気象は未だ継続中。連日40度越えの記録更新中である。しかし、フリーウェイを東に向かってひた走る紺色のバンの中は、快適そのものである。
「ハンニバル、次の仕事は?」
 助手席のフェイスマンが後ろを振り返って問うた。今日もピンクがよく似合っている。
「ラスベガスだ。カジノで大規模なイカサマが横行してるらしい。」
 後部座席で寛ぐハンニバルの腹は、今日は心なしか引っ込んで見える。
「ベガスか。次も暑いな。」
 と、コング。ハンドルを握る逞しい腕は、豹柄に輝いている。
「ま、オイラたちはどこ行ってもクールクールだけどね♪」
 マードックがそう言って座席にふんぞり返った。窓枠に投げ出された足は、ツヤツヤと白い。
「ま、そうだな、わはははは。」
「ホントに、あはははは。」
「ったくだぜ、はっはっは。」
 車内に笑い声が響いた。
 紺色のバンは真夏の炎天下を走ってゆく。思い思いの全身タイツで、股間にヤツデの葉を貼ったAチームを乗せて。
【おしまい】
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