冬のワルツ
鈴樹 瑞穂
 12月に入り、街はクリスマス一色に染まっていた。街路樹はイルミネーションで飾り立てられ、ショッピングセンターの広場にはクリスマスツリー、ショウウィンドウの中ではマネキンたちがギフトボックスに囲まれている。
 そして、人混みの中には何人ものサンタクロース。ある者は宅配ピザのバイクを運転し、ある者はスーパーの入口で子供たちに風船を配り、またある者は店の前に並べられた台でターキーやチキンを販売し、と彼らも掻き入れ時らしい。
 そんなサンタの群れの中に、Aチームは紛れ込んでいた。
 商店街の一角にあるケーキ屋の店頭で、白いボアの縁取りがついた赤い上着に赤いズボン、黒の長靴に身を包んだハンニバルと、トナカイの着ぐるみを着込んだフェイスマンが、寒風吹きすさぶ中、ケーキの販売に勤しんでいる。と言っても、主にてきぱきと販売をしているのはフェイスマンで、ハンニバルは鷹揚に横で笑っているだけだ。
 巷に溢れるひょろりとした若者サンタの中にあって、ハンニバルのサンタクロース姿は絵本の中から出てきたように堂に入っていた。親の手を離して駆け寄ってきた女の子がまじまじと見上げて尋ねる。
「ねえ、サンタクロースのお爺ちゃん。どこから来たの?」
「わしか? わしゃあこう見えてベトナム帰り――
 ボコッ。
 トナカイに後ろからメガホンで叩かれて、サンタクロースは咳払いをした。
「ゴホン。いや、フィンランドの森の奥からやって来たのじゃよ。」
「わあ。じゃあ、サンタクロースの町があるって本当? ジュディの書いたお手紙、届いてる?」
「はっはっはっ。もちろんじゃよ。よい子の書いた手紙はちゃーんと届いとるぞ。」
 ハンニバルが女の子の頭を撫でている横で、トナカイのフェイスマンがちゃっかりと親にケーキを売りつける。店の奥からは、コングとマードックが次々とケーキの箱を運んでくる。
 その様子を店のカウンターの中で見ながら、オーナーとエンジェルが話している。この店のオーナー、カレンは、エンジェルの学生時代の友人なのだ。
「本当に助かったわ、エイミー。頼んでたバイトさんがインフルエンザで倒れちゃって、あなたに泣きついたけど、この人たちの方がよかったみたい。」
「まあね。お役に立ててよかったわよ。彼らもバイトを探してたみたいだったから、ちょうどよかったんじゃない? あら、何かしら、店の前が騒がしいわね。」
 様子を見に出たカレンとエンジェルは、そこでやはり学生時代の同級生で、共通の友人であるパトリシアを見つけた。
 彼女は昔から思い込みの激しい性格だったが、その個性的なセンスは高く評価されているらしく、今では演出家としてそこそこ名前が売れている。
 そのパトリシアがサンタクロース姿のハンニバルを見て、きらきらと目を輝かせ、両手をお祈りのポーズに組み合わせて叫んでいた。
「見つけた! ようやく見つけたわ、今度の劇の主役を……!」



 すっかり日も暮れた頃、ようやく本日分のケーキをすべて販売し終えたAチームは、ケーキ屋の事務所の片隅にある応接セットで、パトリシアとカレンとエンジェルに向き合っていた。3人はと言えば、ケーキ販売をバイトのAチームに任せ切って、自分たちの前にはコーヒーとケーキを並べ、すっかりお喋りに花を咲かせていたのだ。
「あのー、それで、劇の主役って何?」
 恐る恐るフェイスマンが切り出すと、パトリシアが思い出したかのように手を叩いた。
「そうだわ! 私、今日は別にケーキを食べにここに来たわけじゃないの。って言うか、別にここに来るつもりでもなかったのよね。」
 遠慮のない女友達の発言に、ケーキ屋のオーナー、カレンが「ああ、そう」と乾いた笑みを漏らす。と言うのも、パトリシアの前には既に空になったケーキの皿が5枚も積み上がっていたからだ。これで目的が旧友の自分を訪ねてきたわけではないとしたら、彼女でなくてもちょっと虚しい。因みに友情に篤いカレンの方は、パトリシアの演出する舞台は一応すべて自腹で見に行っている。
「じゃあ何でここにいるのよ?」
 3皿目のケーキの最後の一口をコーヒーで流し込んだエンジェルがずばりと切り込んだ。彼女の方は毎回パトリシアにチケットを要求し、都合のつく限りは見に行っている。
「実は次の劇の主役を探しに町を歩いていたら、イメージにぴったりの人が見つかったから。」
 のほほんと言い放つパトリシア。その視線はぴたりとハンニバル(まだサンタクロース服)に向けられている。口調はのんびりとしているが、その目は獲物を狙う猛禽類のソレである。
「ほほう。なかなか見る目がありますな。」
「えええー?」
 そこはかとなく嬉しそうなハンニバルと、思い切り引いた口調のフェイスマン。そして、さくっとエンジェルが言い切った。
「あら、だって劇の主役って、素人でもいいわけじゃないんでしょ?」
「素人……っていうわけじゃないんだが。」
 相手がエンジェルなので、ハンニバルの抗議の勢いも今一つ弱い。一応、アクアドラゴンシリーズの主演男優なのだが、エンジェルの中ではそれはカウントされていないようだ。
「いいのよ。今回の劇は、クリスマスのチャリティ・イベントで1日だけ上演されるの。サンタクロースとトナカイの仕事ぶりを綴るハートウォーミング・ストーリーよ。だから主役なんて、素人でも大根でもいいの。演技が上手いかどうかより、見た目がそれらしければ。」
「見た目?」
 マードックとコングは顔を見合わせ、それからハンニバルの姿を見た。つやつやとした頬、ふっくらとした腹、全く違和感のない白いつけ髭。確かに見た目はそれらしい。絵に描いたようなサンタクロースぶりだ。
「チャリティ・イベントってことは、ノーギャラ?」
 フェイスマンとしてはその点の方が引っかかっているらしい。
「出すわよ。寸志だけど。」
 フェイスマンが取り出した電卓をパトリシアがぴぴっと弾く。
「どう?」
「うーん、せめてこれくらいは。」
 ぴぴっ。
「と言われてもねえ。寄付に回す分もあるし、衣装や道具もあるから結構苦しくて。じゃ、あなたがトナカイ役ってことで、これならどう?」
 ぴぴっ。
「悪くないね。で、これだけ上乗せしてくれたら、後ろの2人もまとめて大道具、小道具まで請け負うよ。衣装はカレンがこれを貸してくれるし。」
「「「ええっ?」」」
 寝耳に水のコング、マードック、カレンの叫びを無視して、商談は成立した。その間、ハンニバルは「大根……大根」と呆然と呟いていたのだった。



『サンタクロースとトナカイ〜冬のワルツ〜』はシンプルかつハートウォーミングな話だった。クリスマスの夜、サンタクロースがトナカイと一緒に子供たちにプレゼントを配って歩く。ところが1つだけ届け先のわからないプレゼントがあり、トナカイと助け合ってあちこちと訪ね歩いた末、無事届けることができる。簡単に言えばそれだけの物語だ。なぜワルツかと言えば、コメディ要素を取り入れたかったのか、トナカイの言動がすべて3拍子なのだった。
 脚本を手にして、ハンニバルはソファに沈み込んでいた。主役と言えば聞こえはいいが、20分ほどの劇の中で、サンタクロースのセリフはたった3つ。あとはにこにこと笑っていればいいのだ。役者としての演じどころはなきに等しい。
 その前ではフェイスマンがトホホな表情で脚本と睨めっこしていた。
「何だよ、これ。トナカイって滅茶苦茶セリフ多いじゃないかー。」
 フェイスマンがぼやくのも道理。『サンタクロースとトナカイ』はそのほとんどのシーンがトナカイのモノローグで構成される劇であった。
「大佐ぁ、今からでも役交換しない?」
「そういうわけにも行きませんよ。何せあたしゃ見た目だけでサンタクロース役に抜擢された大根役者ですし。」
「そうよ! この劇の成功はスミスさんのサンタクロースっぷりにかかってるんですからね!」
 部屋に入ってきたパトリシアが胸を張る。
 今日は『サンタクロースとトナカイ』の出演者顔合わせ→脚本読み→通し稽古だ。何しろ本番まで日がない上に、練習場を借りるお金もないので、本番前の稽古は今日1回きりという思い切りのよさである。
 そして出演者は、サンタクロース役のハンニバルと、トナカイ役のフェイスマンの2人だけ。後は演出家のパトリシア、大道具兼小道具のコングとマードック、裏方という名で手伝い(ノーギャラ)に借り出されたエンジェルとカレン。何ともアットホームな即席劇団だ。
 かと言って、パトリシアがチャリティ劇だから手を抜いているかというと、これがそうでもないらしい。
 チャリティ・イベントでは、パトリシアともう1人の演出家が1本ずつ劇を演出する予定になっている。その相手というのが演出界においてパトリシアのライバルと称されるカールという男だ。パトリシアのセールスポイントが個性的なセンスであるとするならば、彼の売りは緻密な計算に基づくマーケティングだ。流行や大衆の好みを分析し尽し、上手く取り入れて常にヒットさせる仕掛人だと言う。
「たとえ20分の小品といえども、カールにだけは負けられないわっ。」
 両の拳を握り締め、鼻息も荒く意気込むパトリシアに、女友達2人が遠慮なく突っ込みを入れる。
「チャリティなんだし、勝ち負けってものじゃないでしょ?」
「そうよ、クリスマスなんてケーキ屋にとって一番の掻き入れ時なのに……。」
 ケーキ屋のカレンは、主戦力のバイトおよび商売道具の衣装を持っていかれたことをまだ根に持っている。因みに店の方は今日も当日もフェイスマンの伝手で新たに雇ったバイトに任せてきているのだが、彼女たちが妙に短いメイド服で販売するケーキの売れ行きが例年の倍に届こうとは、この時まだ想像もしていなかった。それでも呼ばれて手伝いに来てしまう辺り、彼女たちの友情は意外に篤い。
「何言ってるの、これはれっきとした勝負よ! 入場料とは別に、劇を見た人が面白いと思ったら募金をしてくれることになっているの。つまり、集めた募金額が劇の評価になるわけ。」
 その勢いにたじたじとなりつつ、フェイスマンは言ってみた。
「それじゃ、プロの役者を呼んでくるとか、セットや道具類を豪華にするとかした方がよかったんじゃ。」
「カールはきっと予算に糸目をつけずに来るわ。それが彼のいつものやり方だもの。同じ方向で頑張ったって仕方ないでしょ!」
 こんな時だけは一致団結し、エンジェルとカレンもパトリシアに加勢する。
「そうよ、あなたたちなら豪華じゃなくても奇抜なセットや道具を作れるでしょ!」
「演技はともかく、見た目はハマってるものねぇ。」
「とにかく、死ぬ気で頑張るのよ。さあ、お稽古しましょ。ビシバシ鍛えますからね。」
 パトリシアの瞳には星一徹もかくやとばかりの闘魂が燃えていた。フェイスマンの背中にたらりと冷たい汗が流れる。彼は救いを求めるようにもう1人の出演者、ハンニバルの方を見たが、あろうことか、サンタクロースはソファに座ったまま居眠りしていた。ほぼそこにいるだけでいい役なのだから、暢気なものである。
 その横では、エンジェルがコングとマードックを集めて「じゃこっちはセットの準備にかかりましょ」となぜか腕捲りし、カレンがテーブルに模造紙を広げ始めた。



<Aチームの音楽、始まる。>
 発声練習をするハンニバルとフェイスマン。指導するパトリシア。舞台の見取図を前に議論するエンジェルとコング。大きさを示すつもりか腕を開いてそっくり返るマードック。ケーキとコーヒーを運んでくるカレン。
 腕立て伏せをするフェイスマン。ハンニバルは腹筋をしているがそのペースは遅い。脚本に赤ペンで書き込みを入れ、付箋を貼りまくるパトリシア。どこからか調達してきた小さなクリスマスツリーを飾り立てるマードック。ロブスターを飾ろうとしてコングに引っ手繰られる。折り紙の輪っかを繋げるエンジェルと、大小の空箱を包装紙で包みリボンをかけるカレン。鋸を手にベニヤ板を切るコング。
 衣装を身につけ、立ったまま居眠りするハンニバル。3拍子でその周りを回り、必死に何か喋っているフェイスマン。脚本を突きつけてセリフの間違いを指摘するパトリシア。繰り返すフェイスマン。その口の両端をむんずと摘み上げて「スマイル!」を強調される。にこやかに笑顔を作りつつ、3拍子で動きつつ、フェイスマンの目が疲れてきている。ベニヤ板製にしてはなかなかグッドルッキングなソリを引いてみせるコング。ぱちぱちと手を叩くカレン。ソリにプレゼントの箱を積み上げるマードックを止めて、白い大きな布袋を渡すエンジェル。マードックは渡された袋に自分の靴下を脱いで入れようとし、コングに叩かれる。
<Aチームの音楽、終わる。>



 クリスマス当日。チャリティ・イベントの会場には沢山の客が入っていた。その多くは子供を連れた家族である。
「うわー、思ってたよりずっと盛況だよ。」
 舞台の袖から客席を覗いて、フェイスマンが乾いた笑みを漏らす。トナカイの着ぐるみを着て、ご丁寧に赤鼻メイクまで施され、既にいつもの面影はない。
「おや、フェイス。お前さん緊張してるのか。無理もないねえ。そういう時は人の字を掌に書いて……。」
 サンタクロース姿のハンニバルが白々しいアドバイスをするのを、フェイスマンはキッと睨みつける。
「話しかけられるとセリフを忘れる。」
「そういう時はアドリブだ!」
 胸を張って言い切るハンニバルに、フェイスマンは目を見開いた。
「へ?」
 元々、サンタクロース役のハンニバルのセリフはとても少ない。ただにこにこと笑っているだけの役をAチームのリーダーが無難にこなすとは考え難い。
――アドリブする気満々だ、この人! フォローするこっちの身にもなってよ〜。
 幕が上がる前から波乱の予感がする舞台に、フェイスマンは既に燃え尽きた気分に陥った。
「2人でコレ全部動かしたりすんのってキツくない!?」
「やりゃできるだろ。モタモタすんじゃねえぞ。」
 スタッフ風のツナギ(これもなぜかカレンが用意した)を着込んだコングとマードックは脚本と配置図を見比べつつ、最終打ち合わせをしている。
「そろそろ時間よ、位置についてちょうだい。」
 パトリシアの指示で、サンタクロースが意気揚々と、悄然としているトナカイを引き摺って舞台へと出ていった。



「じゃあ、今度はあっちに行こうよ、サンタクロースのお爺さん。きっと届け先の手掛かりが見つかるよ♪」
「わしはこっちだと思うんじゃがのう。」
「僕の鼻はあっちだって告げてる♪」
「わしの勘はこっちじゃ。」
「あっちだよ♪」
「何じゃと? あー、わしも最近すっっっっかり耳が遠くなってのう。」
「……わかった。じゃあ、こっちに行ってみよう♪」
 トナカイがサンタクロースを案内するハートウォーミング・ストーリーは、いつの間にかサンタクロースがトナカイを引っ張り回すコメディに変わっていたが、それでも客席、特に子供たちにはウケていた。
『あ、方向変わっちゃった。』
『おい、あのセットこっちに回せるか?』
『やってみるー。』
 ハンニバルのアドリブに、フェイスマンと裏方のコングとマードックが何とか合わせつつも劇を進めていると。
 突然、派手派手しい音楽と共に、グラサンをかけ、赤いスパンコールの服を着たサンタクロースがムキムキなトナカイを3頭も引き連れて、舞台に乱入してきた。もちろん、脚本にはない展開である。
「やい、てめえら。ここは俺の縄張りだ。勝手に荒らすんじゃねえ。」
「そうだそうだ。」
「誰の許しを得てこの界隈に顔を出してるんだ。」
「とっとと尻尾を巻いて帰りやがれ。」
 口々に言うグラサン・サンタとマッチョなトナカイたち。
「はっはっはっ。何を仰いますかな。」
 そこはかとなく楽しげに切り返すハンニバル・サンタ。いつの間にやらしゃっきりと姿勢まで伸びている。
「ぼ、暴力反対〜♪」
 一応、訴えてみるフェイスマン・トナカイ。何しろ向こうのトナカイは帽子にタイツという軽装だが、こちらは全身着ぐるみなのだから、あまり派手なアクションは避けたいところだ。
 反対側の袖で見ていたパトリシアが、ぎょっとしたようにエンジェルたちに告げた。
「あの声! あのサンタ、カールだわ! まさか、こんな手を使ってまで舞台を荒しに来るなんて……!」
 しかし客席はこれも演出と思っているのか、どっと笑い声が湧いている。
「まずいな、向こうは4人、こっちが2人じゃ分が悪い。」
 このままでは、主役のサンタとトナカイが、やられはしないまでも多少のダメージは食うというしょっぱい展開になってしまう。
「大丈夫、これであなたたちも参戦できるわ。」
 衣装提供のカレンがきっぱりと言い切り、取り出した紙に太マジックでさらさらと『トナカイ』と書いて、マードックとコングの背中にテープで貼りつけた。
 こんなのでいいのか? と思わず顔を見合わせるコングとマードック。
「さあ、行ってらっしゃい。」
 にっこりと微笑むカレン。
「もーヤケよ、行っちゃってちょうだい。」
 パトリシアのGOサインが出て、俄トナカイの2人は慌てて舞台に出ていった。



 サンタクロースとトナカイは、合流した俄トナカイ2頭の助けを得て、絡んできたグラサン・サンタとマッチョなトナカイたちを豪快にぶちのめし、その屍を乗り越えて、無事、プレゼントを届けることができた。
 終わってみれば、パトリシア演出の『サンタクロースとトナカイ〜冬のワルツ〜』は大好評で、その後に上演されたカールの『聖母マリアとキリストと、時々ヨセフ』を大幅に上回る募金を集めたのだった。
「さー、今日は打ち上げよ! どんどん食べて飲んでね。」
 即席劇団のメンバはパトリシアが取ったピザと、マードックとコングが買い出してきたビールと牛乳で打ち上げを行っていた。
「今日の舞台は成功って言えるのかな?」
 フェイスマンが一番気になっていた点を尋ねてみると、エンジェルがきっぱりと即答する。
「言えるわよ、ウケてたでしょ。募金だって一杯集まってたし。」
「ええ、予定外のハプニングはあったけど、結局それも演出になっちゃったから。ふふふ、ぶちのめされたカールの悔しそうな顔ったら。」
 パトリシアは機嫌よくビールを飲み干した。
「ピザ♪ ピザ♪ マヨネーズ〜♪」
 マードックが取り分けたピザにトッピングを追加しつつ歌っている。トナカイ役のフェイスマンの3拍子口調がすっかり気に入ってしまい、劇が終わってからずっとこの調子だ。しかも、マッチョ・トナカイから奪った帽子を頭に乗せている。聞いているフェイスマンの方は、役とはいえ自分が舞台で披露したのはこんな口調だったのかと脱力を禁じ得ない。
「ああいう演出はやったことなかったけど、あんなにウケるとは思わなかったわ。今度、採り入れてみようかしら。」
 パトリシア、転んでもタダでは起きない女。やはりエンジェルの友達である。類は友を呼ぶのだ。
「あら、でもそれだけじゃダメよ。やっぱりスミスさんのサンタクロースがよかったのね。」
 カレンがさらりとまともなことを言う。素直な賛辞に、大根と言われたことも忘れ、ハンニバルは満足気だ。
――えー、それだけ? 俺、頑張ったのに……。
 密かに呆然とするフェイスマンの肩に誰かががしっと手を置いた。振り向くと、コングがニッと歯を見せて親指を立てる。グッジョブ、と言ってくれているらしい。
 フェイスマンは缶ビールのプルタブを開け、コングの牛乳ビンと乾杯したのだった。
【おしまい】
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