特攻野郎Aチーム『ロンミョとズンリエッチャ』の巻
フル川 四万
〜1〜

 暮れも押し迫った、とある日曜日。退役軍人精神病院では、あるイベントが開催されていた。
 集会室の奥に簡単に設えられた舞台の奥には、ブルーのペンキで『Therapy Wind(癒しの風)』と殴り書かれたパネルが、ちょっと右下がりの状態でかかっている。パネルの下では、思い思いの扮装の患者さんたちが、楽しげに、もしくは物憂げに、もしくは放心して、あるいは興奮してと、これまた思い思いの表情で並んでいた。
『心の傷治療劇 Therapy Wind』と題されたその出し物は、有名精神科医がごく適当に開発した治療プログラム。自分自身がそれによって癒されたと感じる人、もしくは物になりきることで、自分の中の癒し体験を普遍的なものとし、さらに皆で共有しあうことで集団としての治癒効果を高めることができる……とまあ、そんな趣旨のイベントです。



 部屋の明かりが消え、舞台にスポットライトが当たる。センターマイク前に、1人の医師が歩み出た。まばらな拍手が治まるのを待って、語り始める。バックに流れるのは、カノン。
「……ようこそ、セラピー・ウィンドへ。戦場で心に傷を負った兵士たちが、いかにして心の平安を取り戻したかの物語を、恩人になりきって語ります。それでは皆様、患者さんたちの心の叫びを、心行くまでお楽しみ下さい。」
 お楽しみ下さいったって、舞台上にいるのは患者さんだし、客も患者さんだし、誰がどんな風に楽しめるのかは不明だが、怖いナースの一睨みに促され、場内からは再度まばらな拍手が起きる。
 にこやかに退場した医師と入れ代わりに、怖いナースに背中をどつかれて、1人の修道女がマイクに歩み寄る。尼さんと言っても、中身は男です。患者だから。
「俺、いや、あたし、ベトナムの教会の尼さんです。アメリカの兵隊さんが機関銃持って躍り込んできて、ババババーって一斉射撃。あたし死んじゃったんだけど、それで兵隊さん、殺ったベトコン野郎の数が小隊ナンバーワンになって、すっごい癒されたんですって。よかったわ、役に立って。因みに、女子供は0.5人カウントでした。」
 癒えないー。これ〜は癒えない。
 しかし、会場からは拍手が起きる。多分、怖いナースのおかげ。
 尼さんが退場した後、次の患者さん、ボロボロの毛布を引き摺って登場。
「ぼ、僕ぁ、毛布です……。アレックス(本人)が4歳の時に買われました。そして、アレックスが40歳になった今も、一緒に寝てます。僕と一緒に寝ると、すっごい癒されるんだって。でもって、出会ってから今まで、1回も洗ってないことが僕の自慢です。洗濯に出されっと、その間、アレックスが寂しくなっちゃうからです。……以上です。」
 またもやまばらな拍手と共に患者退場。
 続いて、バーガーキングの店員、犬、バドガール、お婆ちゃん、コンタクトレンズ洗浄液など、多分、他人にはわかり得ない癒しの元に扮した患者さんが、いかにして癒しを与えてきたかを語り続ける、シュールな舞台。
 見てる方も、本当は途中で退場したいんだけど、出入口は怖いナースが固めていて勝手に抜けらんないし、仕方なく席についてる感じ。
 そんな劇が続くこと2時間、計20名の癒しの精が思い思いのパフォーを繰り広げ、いい加減、観客がウンザリしてきたところで、とうとう本日のトリ登場。
「やあやあ皆さんお待たせ〜っ、アルォエベッッルァ!!」(←アロエベラ、と言っています。)
 そう叫んで舞台へと駆け上がったマードックは、センターマイクをガッと掴むと、絶妙な巻き舌で捲くし立てた。
「我こそは、癒しの妖精、アルォエベッッルァ!! どんな怪我も湿疹シモヤケも、究極の癒し植物、アロエの手にかかれば一瞬で完治!」
 全身真緑で、上半身にアロエの葉のハリボテを大量に取りつけ、片足を植木鉢に突っ込んだマードック、右腕のハリボテをスッポリ抜き、客席最前列の客に差し出した。ハリボテの右腕の先からは、何やら半透明の液体がダラダラと流れていて嫌な感じ。
「さあ、君に僕の右腕を差し出そう。その心の傷に、アロエの汁を思う存分擦りつけるといい。たまーに、かぶれる可能性もあるけど、それ、俺っちのせいじゃないかんね。君の体質のせいだから。(中略。約10分。)というわけで、みんなも何かあったらアロエに頼ってくれよなっ! あっ、それから最後に、俺っち時々ナタデココと間違われるけど、ナタデココには癒しの能力ないからね、間違えないように、そこんとこよろしくね。それじゃ、アルォエベッッルァ!!」
 そう言うと、風のように舞台から飛び降り、部屋の外へ駆け出していこうとしたマードックだったが、出口で怖いナースに捕獲され、大人しく部屋の隅の、ゴムの植木の辺りに佇むのであった。
 その後、出演者総勢20名が舞台に整列、『Therapy Wind(癒しの風)』テーマ曲『千の風になってない』を熱唱。
「♪わたしのぉー、お墓じゃーなーいでーす。泣かないで下さいー。そこにー私はーいませんー。死んでなんか、おりません〜♪」
 確かにね、戦場で死なずに帰ってきちゃって病んでる人には、ふさわしい歌であろう。



 さて、催し物も終了し、患者さんたちも晩ご飯を終えて各々のお部屋に帰った頃、ひっそりと退役軍人精神病院に現れる業者さん1名。
「ちわー、レンタル植木のグリーンサービスです。」
 グレーの作業服にキャップ姿の業者さんは、ちょっと下がり眉毛の人懐っこい笑顔で、夜間の出入口を守っている当直の守衛さんに声をかける。
「グリーンサービス? 聞いてないぞ。」
 守衛さんは怪訝な顔。
「済いません、うちが貸し出してるゴムの鉢植えから、変な虫湧いてブンブン飛び回ってるって連絡あったもんで。すぐ取り替えますから。」
「虫か……確かに植木に湧く虫は鬱陶しいからな。よし、入れ。だが10分だぞ。10分で戻ってこい。」
「へーい。」
 そう言って、大サイズの鉢植え(ゴムの木とかパキラとか)を5、6個乗せた台車を押して中に入る業者の人=フェイスマン。10分後、戻ってきた業者の人の台車には、不自然なまでに大きいアロエの鉢植えが1鉢、鎮座ましましていた。



〜2〜

 数日後、コロラド州デンバー市街のとある花屋を訪れる1人の中年男。古びたフロックコートに、プラチナブロンドの長髪が印象的だが、少々額は後退気味。
 男は、手に1枚のメモを握り締め、花屋の店内に足を踏み入れた。花屋の店先は、ポインセチアだの南天だの、クリスマス&お正月っぽい植物で赤と緑に飾られている。男は、店先に犇くそんな鉢植えや切花を掻き分け、店内へと足を進める。
「こんにちは。」
 控えめに呼びかけても返答はなし。男はさらに奥へと歩を進めるが、奥に行けば行くほど密度濃いジャングルのような店の中。観葉植物の枝に顔を撫でられ、南国の大きな花から頭やコートに花粉を落とされて、男は顰めっ面で体中についた花粉を払いつつ店の奥へ。
「誰かいませんか? おーい、客ですー。おーい……うわっ!」
 男が何かに足を取られ、急にもんどり打って倒れた。その瞬間、男の横に立っていた大きなアロエの木が、足(足?)を引っ込めた。どうやら、こいつが足を引っかけて転ばせたらしい。アロエは、植木鉢を両足に履いたままピョンピョンと男の前に跳ねてくると、自分の腕(葉っぱ)をもいで、男に差し出した。腕の先からは、変な液が垂れてる。
「我こそはアロエの妖精、アロエベッラ。君の尻の打ち身には、アロエの汁が最高に効くよ。ぜひこれを塗りなさい。」
 アロエの妖精の言葉に、男はハッとした顔で半身を起こし、ゆっくりとこう言った。
「いいえ。私はアロエではなく、アロエではなく……そうだ、オロナイン! 私は、アロエではなく、オロナインを塗ります!」
 その言葉を合図に、観葉植物の陰から現れる、優男、モヒカン、葉巻の男3人。と、アロエの妖精もね。
「やあ、トーラスだね。ハンニバル・スミスだ。」
「……Aチームの皆さんですね、はじめまして。」
 男は、そう言ってハンニバルが差し出した手を握り、立ち上がった。



 各自、自己紹介が済んだので、場所を移して、奥の事務室へ。
「私は、町外れで小さな市民劇団をやっています。小さな劇団ですが、市民の評判は上々で、公演の際には、出演希望の市民がオーディションに殺到します。出演者のほとんどが他の仕事を持った一般市民ですが、公演の時期は稽古だの何だので忙しくなるので、私だけは専属で演出・俳優兼職員をやっています。収入源は、チケット収入と、街の有志のカンパです。」
「年2回の公演で、食ってけるのかい。」
「はい。何せ、劇場と事務所のある建物が市の持ち物だったので、家賃が安かったんです。……今年一杯は。」
「今年?」
「ってことは、来年からは、どうなるんでい?」
 コングの問いかけに、トーラスが溜息をついた。
 トーラスが語り始めた事の顛末は、こうだ。20年あまり市民劇団の劇場兼事務所として使っていた建物が、州の財政再建計画のため、民間の建築業者に払い下げられた。市民劇団の活動を継続させることは破格の払い下げ値の付属条件となっていたので、劇団は継続できるものと安心していたが、今月になって業者が、家賃の大幅値上げを要求してきた。確かに、払い下げ条件には家賃の定めはなく、市役所にかけ合っても、民間同士の話なので介入できないと言われてしまった。
「で、いくらになったん? 家賃。」
「500人入る劇場を年2回2カ月利用+40平米の事務所で、年間15万ドル。」
「15万!?」
「はい。15万ドル、年内に払わないと、来年の施設利用は罷りならぬ、と。」
「ニューヨークの一等地並みの家賃だぞ? ここはデンバーだ。相場で言ったら1/10だろう。」
「それ、完全に劇団がそんな金額払えないこと見込んで吹っかけてるね。追い出したいだけなんじゃない?」
 フェイスマンの言葉に、トーラスは、そうだと思います、と頷いた。
「で、俺たちは何すりゃいいの? その土建屋をぶっ飛ばして、家賃、元に戻す?」
「元に、とは言いません。建築会社社長のメルクヴァルとの交渉に立ち会ってもらって、せめて相場程度の額にするよう説得してくれたら嬉しいです。」



〜3〜

 16番街の裏手にある近代的なビルの玄関先に、1台のバンが停車し、降り立つAチームとトーラス。マードックは、服装は普通になったものの、片足は鉢に突っ込んだままであり、両袖にはハリボテのアロエつきである。
 目指す会社は、この20階建てのビルの最上階にあった。エレベーターで素早く最上階に上がり、『メルクヴァル開発』を見つけた。
 バーン!(ドアを蹴破る音。)
「頼もう!」
 威勢よく部屋に雪崩れ込む5人。その衝撃に、受付の向こうで爪を塗っていたブロンド眼鏡の秘書が椅子ごと引っ繰り返った。
「あ、あぁ、ごめんねベイビー。埋め合わせは、また後で。」
 眼鏡がズリ落ちたまま何とか這い上がった秘書嬢の、電話に伸ばされた手をやんわりと押さえてフェイスマンが微笑む。
「メルクヴァルさんは、どこかな?」
 手を握ったまま畳みかけるフェイスマンの笑顔にやられてしまった秘書嬢は、頬を赤らめて、視線を奥の社長室に。
「オッケー、サンキュ。」
「奥だ、行くぞ。」
「おう!」
 ぞろぞろと社長室に向かう5人。



「頼もう!」
 再度ドアを蹴破って部屋に躍り込む。社長室と言うにはこぢんまりした部屋の中央、3人掛けのソファに腹這いになって新聞を読んでいた男が驚いて飛び起きた。年齢は50代くらいか。小太り、チョッキ、チョビヒゲ、スダレハゲと、4拍子揃った田舎の社長風。
「な、何だねキミたつわ、ん? ノックもしねで入ってくんなや。甘栗剥いてたんだ甘栗。零れっだろーが。」
 新聞を読んでいたのではなく、広げた新聞の上で甘栗を剥いていたのだった。
「メルクヴァルさんだね。市民劇場の家賃の件で話をしに来た。」
「家賃? ああ、おめ、市民劇場のトーラスでねえか。」
 何だか非常に訛っているメルクヴァル社長は、剥きかけの甘栗を新聞ごとテーブルに載せると、5人に向き直る。
「メルクヴァルさん、前にもお願いしましたが、家賃の15万ドル、今まで通りとは言いません。せめて1万ドル程度になら……。」
「いんや、なんね。」
 メルクヴァルは即答。トーラスが、助けて下さい、とハンニバルを見た。ハンニバルは、一歩前に進み出ると、剥いた甘栗をポリポリし出したメルクヴァルの前へ。
「何だおめさ。」
「なあに、名乗るほどでもない、ただの市民劇場ファンだ。大体、劇場の存続が、払い下げの条件だったはずだろう。存続できない金額を吹っかけるのは契約違反に当たると思うがね。」
「たすかに(確かに)な、市民劇場つきっちゅう物件だったども、家賃取っちゃいげねなんてどこにも書いてねのよ。ま、役所の手落ちかもしんねえけど、契約は契約だっちゃ、な? むぐ、栗食うべ?」
「契約はそりゃあ大事だが。」
 そう言って差し出された甘栗に手を伸ばすハンニバル。その横で、栗が案外高カロリーであることを思い出したフェイスマンは苦い顔である。
「見たところ、この会社、儲かってそうじゃないか。このビルも持ちビルだろ? 何もあんな古びた劇場から、大金毟り取らなくても。」
「んだ。わしもな、何も庶民の楽しみを奪おうってわけじゃねんだべ。」
「じゃあ何で、出て行かざるを得ねえような家賃を吹っかけるんでい。」
「そこだべ、お若ぇの。そこはほら、何が市民劇場かって話で。市民が、みんなで楽しむから市民劇場でねえのけ? 芸術だか何だかわがんねが、お高くとまってんじゃねっぞっちゅうことよ。」
 そう言う社長は、デスクの上の電話に手を伸ばす。通報か、と身構えるAチームに聞こえてきたのは、「マリリンちゃん、お茶6つ」。
“秘書の名前はマリリン”と、すかざず脳にインプットするフェイスマンである。
「まあ座れや。」
 社長の言葉に、思い思いの場所に腰かけるAチームとトーラス。何せ、応接セットの長ソファの方に社長がいるので、残ってるのは1人掛けソファ2つのみ。ソファーにハンニバルとトーラスが座り、後ろにコングとフェイスマンが立つ。そしてアロエベッラは、部屋の隅のパキラの横に並んでみた。
「そもそもあれだべ、市民劇場っちゅうからには、誰でも参加できるのが前提だべ。」
「ええ、できるだけ皆さんに参加していただきたいと思っていますが、それが何か……?」
「なぁにが皆様にだっちゃ。綺麗ごとばかり抜かしよって。じゃあ、何でオーディッションなんてのがあるのかい。ありゃあ、見た目やら何やらで市民を差別してるんと違うんかい。」
「そりゃオーディションはやりますよ。出演希望者全員に出てもらったら、舞台上が大混雑になりますし、そもそも芝居なんですから、主役級の役はほんの何人かしかいませんし、当然。」
「だったら! あれだべ、オーディッションなんちゅう姑息な手を使わねえで、あみだくじにすっぺな。あみだくじ!」
「あみだくじ……一応、セリフ覚えられるかとか、その役の雰囲気に合ってるかとか、そういうのも加味させていただいて……。」
「そげなことすっから、公平性とか平等性が失われるっぺ! 美人さんしか主役できねえんじゃ、そりゃ娘も悲しがるわな。親としちゃそれ、納得できね。」
「娘? 娘さん、芝居やってるんですか?」
「いや、やってね。やったこともねがった。だがな、あの、去年のあんたんとこの出し物、何だったか、あったろ、ロンミョとズンリエッチャとかいう。」
「シェイクスピアですね。去年の演目でした。」
「んだ、シェークソペア。そのロンミョとズンリエッチャの、何やらいうお姫様役に応募したんだわ。何ちゃらハッシとかいう女優に憧れとって。」
 ロミオとジュリエットなら、ジュリエットであろう、何やらいうお姫様ではなく。そして、何ちゃらハッシは、オリビア・ハッセーに違いない。
「ああ、思い出した。あの、大柄な……。」
「おう、うちの娘は健康優良児じゃ。今年30歳じゃが、もうあんたよりデカイぞ。」
 あんた、と言って社長が指差したのは、何とコング。どんだけでかいんだ、娘。そして30歳は、もう児ではない、多分。
「確かに、お嬢さんはオーディションで落としました。主役には、儚げな雰囲気が必要だったので。でも、ちゃんと出演のオファーはしましたよ。屈強な門番の役で。」
 トーラスの言葉に、社長は、あ〜、と溜息をついた。
「それがいけんかったんよ……門番役っちゅうのが。あの子のプライドをいたく傷つけてな。しばらくは食事も喉を通らない状態で、1日9食っとったのが、6食に減っちまったくらいじゃ。だからな、わし決めたのよ。おめえらがオーディッションっちゅう姑息な手段を使うんなら、商業劇団になって稼げばいい。あれはプロの仕事だから、わしら一般人にゃできねえって、娘もそう思えば諦めもつくじゃろ。そんで人気が出りゃ、年15万ドルくらい軽いもんじゃ。」
「うちは、市民の皆さんにレクリエーションとして演劇を楽しんでもらう団体です。商業劇団になるつもりはないし、そもそもそんな力量もない。」
「ほいじゃ、出てってもらうしかなかろ。家賃払えないんじゃから。」
「ちょっと待った。」
 社長とトーラスの会話に、割って入るハンニバル。
「あんたの不満は、あれか。娘が主役に抜擢されなかったことが原因か。」
「……まあ、そうだべ。何せあれから娘は、絶対、市民劇団の主演女優になるんだっつって聞かねんだ。現場も辞めちまって、今、ほら、あれだわ、エステティーク? 顔に泥んこさ塗ったり、脇腹の肉捻ったりするあれ行ったり、ダンス習ったり、そんなことばっかりしちょる。もう、ええ年だで、落ち着いて孫でも産んでくれんかと思ってんのによう。そんなことで娘の人生、棒に振られんなら、いっそ市民劇団自体が、この街から出てってくれねがと思ってよう。」
 社長は、そう言って溜息をついた。ハンニバルは、現場って何だ? と思いつつ。
「なら、娘さんを主役にすれば文句はないんだな?」
 ハンニバルの言葉に、社長は、待ってましたとばかりに食いついた。
「そう! そうなんよ。うちのグレースが主役を務めんなら、そりゃあ家賃だって下げるし、チケットだって買い占めるわな。」
「本当にそれだけでいいんだね? それで、家賃の値上げはチャラに?」
「……当面はな。だがよ、あれだべ? 演目は、『ロンミョとズンリエッチャ』だべ? 他の芝居はダメだかんな。役はズンリエッチャで。ズンリエッチャさえやらしてやれば、あいつも芝居を諦めて現場と婿取りに精出してくれっぺな。」
「了解した。それでは、年2回の本公演は終わっているが、特別に来月、あんたの娘を主役に公演を打とう。」
「なぁんだべ、あんた話わかるなや。」
「で、でもそれじゃシェイクスピアの名作がっ。」
「まあまあ、いいじゃないかトーラス。」
 抗議しかけたトーラスをハンニバルが制した。
「それじゃ、あんたの娘には後で連絡する。ちゃんと主役を用意しとくから。その代わり、来年の家賃は、なしだ。」
「ふんむ。よかろ。だが、あれだべ? 娘のためにチャチな学芸会みてえな芝居1回やってもダメだべ? ちゃあんと新聞の……そだな、全国紙のに載るくれえの作品にしてくんねえと。うちも田舎の親戚全員呼ぶからよ?」
「ちょ、それってハードル高すぎじゃない? いくら何でも素人劇団の劇評なんて、新聞載るわけないじゃない。」
「ああ、しかもその、俺よりゴツいっていう娘が主役なんだろ?」
 社長の虫のよい要求に難色を示すフェイスマンとコング。そうだそうだと、同意を示すトーラス。
「フェイス、コング、いいからいいから。わかった。劇評も何とかしよう。それじゃ家賃の件、頼んだぞ。後で誓約書送るから。」
 焦るトーラスを引き摺って、退出するAチーム。



「無茶苦茶だ、そんなのっ!」
 帰りのバンの中で、トーラスが頭を抱えた。
「グレース・メルクヴァルを主役にロミオとジュリエットなんて、シェイクスピアに対する冒涜です。しかも、劇評を取れなんて……。20年間活動してきて、州の広報誌以外載ったことないのに……。」
「確かにハードル高いぜ、ハンニバル。衣装やセットは去年のがあるだろうけど、俳優をどうすんだ。せめて有名どころを1人でも入れておかないと、評論家なんて見に来やしねえぜ。」
「そうそう、そうなるとギャラも発生するし。」
 ハンニバルの案に、皆が口々に難色を示す。
「むふふふふ、みんな何か勘違いしてないか?」
 何か策があるらしいハンニバルが、楽しげに言った。
「勘違いだ?」
「勘違いだって?」
「ってか?」
「……勘違い……です、か?」
「あたしゃシェイクスピアをやるなんて一言も言ってないし、劇評で新聞に載るとも言ってない。」
「だがよ、ハンニバル。ロミオとジュリエットと言えば、シェイクスピアの名作だろ? 他に聞いたことないぜ?」
「メルクヴァルは、一言も『ロミオとジュリエット』なんて言っちゃあいない。」
「え? 言ってたと思うけど?」
「お前たちの耳は節穴か。奴はロミオもジュリエットも一言も言ってない。奴が言ってたのは、『ロンミョとズンリエッチャ』だ!」
「ロンミョと?」
「ズンリエッチャ?」
「そう。モンキー、綴りは?」
「ええと、ロンミョだから、Ronmyoと、ズ……Zだね。Zunriettya。ロシアの話?」
「よし! じゃ、そういうことで。演目は、ロシアの新作劇『ロンミョとズンリエッチャ』だ。台本は、不祥ながらあたしが作る。こう見えても映画界には長いんでね。売れる本の作り方くらい心得てる。」
「えーと、それ、アクアドラゴンのことだよね?」
「売れたことなんてあったのかい、ハンニバル。全く記憶にねえんだが。」
「いや、偉いもんよ。売れもしないのに何本も何本も……。」
「それ本当にすごいですよ、2本も失敗したら、私なら、いや普通の人間なら心が折れます。」
「とにかく! 今日から俺たちは劇場に泊まり込んで、台本と舞台セットの作成だ。コングは主演女優の鍛錬! メルクヴァルの希望通りに、新聞に載るような舞台を作るぞ。」
 何気に失礼なトーラスを含む4人の会話に、かなり気分を害しつつも、やる気迸るハンニバルであった。



〜4〜

 数日後、デンバー近郊の山の中。
 森林の獣道を、すごい速度で走り抜けていく迷彩の影2つ。コングと、メルクヴァル建設の令嬢、グレースである。
「いいか! 山頂まで走ったら、次はスクワット1000回だからな! 遅れんじゃねえぞ! 主演女優の厳しさを、俺が叩っ込んでやるぜ!」
 息を切らして走りながらコングが叫ぶ。言ってる意味はよくわからぬけれど。大体、何でコングが女優の教官役なのだ? という疑問は、多分コングにも解けないであろう。ハンニバルに「やれ」と言われたら、やる。バラカス軍曹としては当然のこと。たとえそれが、成金土建屋のワガママ娘の教育であろうとも。
「はあっ、はあっ、じ、上等じゃねえか! 土建屋の娘、じゃねえ、主演女優を舐めんな!」
 と、威勢よく返すグレース嬢はと言えば、コングより横幅は若干細いものの、上背はコングをちょっと抜く感じの剛健な女性である。束ねた黒髪とキリリと太い眉は、ジェームス・キャメロンに興行収入とか考えずに趣味だけでキャスティングさせたら絶対入るであろう感じのガテン・マッチョ。それが、コングにぴったり遅れずに林の中を疾走していくもんだから、傍から見ればやはりこれは演劇の訓練ではなく、レンジャー部隊の演習だ。
 山頂まで辿り着くと、間髪入れずにスクワット1000回、しかも古タイヤ各自2本乗せ。さすがのコングも息が上がる。しかし、全くめげないグレース嬢。
「……999、1000!(タイヤを投げ捨てて)終わったよ、軍曹。次の訓練は何だ?」
 額の汗を拭い、グレースが問う。遅れること4回で1000回に達し、タイヤを下ろしたコングは、そんなグレースに呆れながら、次のメニューに使うザイルを渡す。
「そこの崖から、このザイルで下りるんだ。200mはあるからな。下見ると足が竦むぜ、気をつけろ。」
「何、ケツの穴の小せえこと言ってやがる。高いとこなんざ、朝飯前だっつの。こちとら幼稚園の頃から作りかけのビルの足場を遊園地代わりに育ったんだぜ。」
 そう言うと、ザイルも装着せずに、するするとガケを下り始めるグレース。コングも、あわてて後を追う(ちゃんとザイルはつけた)。瞬く間に地上に下り立ち、下から手を振るグレースに、コングが苦笑する。
「グレース・メルクヴァル。大した男だぜ。女優にしとくなんざもったいねえや……。」



「いくつか伺いたい点があるのですが。」
 ハンニバルが1晩で書き上げた台本に目を通していたトーラスが顔を上げた。ここは、市民劇場の事務室。
「いい台本(ホン)だろう。自信作だ。」
「いい、かどうかは私にはよくわからないのですが、これ、かなりのアクションありますよね。重いもの運んだり、高いところから落ちたり、吊るされたり、最後はこれ、爆破、ですか?」
「爆破だとも。」
「大丈夫ですか、いくらガッチリ系とは言え、グレースは普通の女性ですよ。ついて来れますかね、こんな台本。そして、これ、消防署の許可は下りるんでしょうか。」
「まあ、セットについては任せなさい。武器と火薬に関しちゃ、こちとらモノホン扱って十ン年だ。それから、土建屋のお嬢さんについては、あの社長の意向を汲んで、女優の大変さを身に沁みてご理解いただくことが大事と思ってね、今日はコングと山で特訓中。」
「山で特訓!?」
 確かに、山で特訓はしている。既に、コングとグレース、どっちが訓練されてるのかわからぬ状態ではあるが。
 と、その時、事務所に、フェイスマンとマードックが帰ってきた。
「どうだモンキー、出演交渉は上手く行ったか?」
「オッケー。治療の一環てことで、ノーギャラでの出演、了解してもらえたよ。」
「ふむ、それじゃキャスト20名は確保だな。フェイス、新聞の件は?」
「エンジェルに頼んどいた。取材には来るって。文化面に載せるかどうかはわからないけど。」
「上等上等。面なんてどこでもいい。あとはこっちの芝居の出来次第、ってことだな。じゃ、配役を発表する。」



市民劇場特別公演『ロンミョとズンリエッチャ』
CAST:
ズンリエッチャ=グレース・メルクヴァル
ロンミョ=テンプルトン・ペック
ロレンス修道士=フランシスコ・トーラス
アクアドラゴン=ジョン・スミス
アロエベッラ=H・M・マードック
その他、市民の皆さん20名(と、つき添いのナース1名)



あらすじ:
 キャピレ組とモンタギ組は、モスクワの同じ地域で土建業を営むライバル会社。ある日、道を挟んで現場が隣り合ってしまった2社、道路と水道と公衆トイレの使用権を巡って小競り合いになる。そんな最中、モンタギ組の若頭ロンミョは、システムキッチンを丸ごと両肩に乗せて軽々と運ぶキャピレ組の棟梁ズンリエッチャに一目惚れ。ズンリエッチャも、軽やかにショベルカーを操るロンミョに好意を抱くが、お互いの親は敵同士。思いを断ち切れないロンミョは、その夜、キャピレ組の飯場に潜入、仮設トイレの裏から、ズンリエッチャの独り言を聞く。(なぜか)相思相愛であることを確信したロンミョは、ズンリエッチャを攫って2人で逃げることを決めるが、2人の前には両家の刺客が次々と立ちはだかる。果たして、ロンミョとズンリエッチャの運命やいかに!?



<Aチームのテーマ、かかる。>
 舞台上でセットを組み立てるコング。照明の当て具合に指示を出すフェイスマン。舞台袖で、バスーカ砲的なものを組み立てるマードック。ひたすら160kgのバーベルを上げ続けるグレース。舞台セットは早回しで完成し、街でビラを配るフェイスマンとアロエ姿のマードック。そして公演当日、地方からバス6台で会場に乗りつけるメルクヴァル一族。
<Aチームのテーマ、終わる。>



〜5〜

 市民劇場特別公演『ロンミョとズンリエッチャ』開幕。客席を埋め尽くすメルクヴァル一族により、盛大な拍手。



(第1場)
 重機と鉄骨が乱雑に配置された舞台上で、2手に分かれた男たちが睨み合っている。
「ここはモンタギ組の現場だ。入ってくるな!(棒読み)」
「これはキャピレ組のトイレだ。使わせないぞ!(棒読み)」
「何をー!(棒読み)」
「何をー!(棒読み)」



「……予想はしていましたが、酷い演技ですね。」
 舞台袖で、修道士姿のトーラスがハンニバルに言う。
「仕方ないだろう。奴ら全員、退役軍人精神病院の患者なんだから。セリフを間違えずに言ってるだけで御の字だ。」
「まあ、そうですけど。」
 トーラスがチラリと振り返る先には、病院からお目つけ役で派遣されている怖いナース。
「あ、グレース登場ですよ。」



 上手より、システムキッチン一式を背負ったドレス姿のズンリエッチャ登場。
「みんなお待たせ! システムキッチン持ってきたわよ、これでこの家も完成……何ーっ! (システムキッチンを投げ捨てて)まだ骨組みもできてないですって!」
「棟梁、済んません。モンタギ組の奴らのせいで、うちの作業車が停められなくって!」
「それに、トイレも水も使えない状態なんです!」
「何ですって! そんな車、あたしが破壊してやるわ!」
 ズンリエッチャ、セットに置いてあったでかい鉄球(鎖つき)をむんずと掴み上げると、「ハーッ!」と気合を入れて振り回し、モンタギ組の車両を破壊し始める。
 現場、パニック状態に。(杖を振り回すカンペーちゃんin新喜劇を想像されよ。)
 そこに、小さなCATに乗ったロンミョ登場。
「やー、いい天気だなー、こんな日はユンボが楽しいなー。ハッ、うちの現場がえらいことに! 誰だ、あんな破壊行為をしているのは、誰なんだ!」
 華麗にCATを操るロンミョ。鉄球を振り回すズンリエッチャと目が合う。
「な、何て美しい人なんだ! ……あんな美しい人に会ったのは、生まれて初めてだ!」
 大袈裟にズンリエッチャを讃え、両手を広げて彼女の反応を待つロンミョ(フェイスマン)。
「てめ、何突っ立って見てやがんだ。ここはあたしらのシマだ。退かねえとお前もぶっ壊すぞ! オラァァ!」
 ズンリエッチャが叫んだ。フェイスマンと、袖にいるハンニバルとトーラスは自分の耳を疑ったが、確かに、そう叫んでいる。セリフではない。のっけからそんなファンキーな展開の芝居ではない。どうやら、あまりに日常に近い設定と、客席を埋め尽くす(身内の)観客にハイになってしまったグレース、叫びつつ、なおも鉄球を振り回す。当然、芝居はストップ。ロンミョがうろたえ始めた。ズンリエッチャは、引き続き元気に鉄球を振り回し、モンタギ組の車両は大破。ついでに、後ろの書割も一部大破。



「……違う、グレース、セリフ違う……。」
 大破した車の屋根に駆け上がり、鉄球を振り回しながら雄叫びを上げるズンリエッチャに、会場から拍手が起こる。
「ええど、グレースちゃん!」
「商売の邪魔する奴ぁ、遠慮なくやっちまうだ!」
 客席からの歓声に、両手を振って応えるグレース。しかし、それでは話が進むはずもなく、思い余ったロンミョ役のフェイスマン、ユンボを降りると、飛んでくる鉄球を体当たりして無理矢理止め、もんどり打って倒れた。その姿に、ハッと我に返ったズンリエッチャが、殊更に大きな声でこう叫んだ。
「何てユンボの操作が上手なお方なんでしょう! どうしましょう。あたし、この小さな胸のドキドキが止まらなくてよ!」
 いや、既にユンボ操作してないし。フェイスマン、マジで鉄球食らって倒れてるし。



「暗転だ、暗転。」
 トーラスが指示を出すが、照明係のマードックは、照明スイッチの位置がよくわからず、とりあえずいろいろ押してみる。舞台上に、赤や青のピンスポットが無意味に舞う。
 と、その時、倒れたフェイスマンに、1人の作業員が近づいた。手にはボロボロの毛布。
「……やあ、僕は毛布……。君を、癒してあげる……。」
 そう言って、倒れるロンミョに、そっと覆い被さる作業員。もう、何だかわからない。そんなこんなで、やっと暗転。



(第2場 夜の飯場)
 袖で怖いナースに応急処置を受けたフェイスマン。多分、小1時間で顔は腫れ始めると思うけど、今のところまだ大丈夫なので、芝居続行。
 倒れた時に捻った足を引き摺りつつ、飯場のプレハブの、ズンリエッチャの部屋の下に。壊れた重機の陰に隠れて窓(?)を見守るロンミョ。
 そして、ズンリエッチャの登場。
「ああ、ロンミョ。あなたはどうしてロンミョなの? 私の父とあなたのお父様が敵同士でさえなかったら、あなたのユンボは私のものなのに。」
「……ユンボかい!」
 小さな声で突っ込みつつ、ロンミョ、ズンリエッチャの前に。
「ズンリエッチャ! 結婚しよう!」
「ロンミョ様!」
「さあ、僕の胸に飛び込んでおいで!」
 言いながら、痛めていない左足を引き、ぐっと地面を踏み締める。これから、ズンリエッチャがバルコニーの手摺を乗り越え、ロンミョの腕にフワリと飛び込んで……。
「ロンミョ様ぁ!」
 バルコニーも手摺もない飯場のプレハブにの窓枠を直で乗り越えて、ロンミョに向かってダイブするズンリエッチャ。両手を胸の前で組み、頭から相手のボディに突っ込んでいく。技の名前で言ったら、トペ・スイシーダです。全盛期のドラゴン藤波並みに綺麗なフォームでした。
「ぐおうっ!」
 明らかに自分より体重が重く体脂肪率が低いグレースのトペをまともに食らったフェイスマン、は、もちろん吹っ飛ぶ。強か頭を打って朦朧とするフェイスマンだが、芝居は続行されており。
「曲者だ!」
「モンタギ組の若頭か! ズンリエッチャ様をお守りしろ!」
 キャピレ組の若い衆が騒ぎ出す。ズンリエッチャは、意識朦朧とするロンミョの襟首を掴んで引き摺り上げ、そして決めゼリフ。
「おお、愛しいロンミョ様。私を連れて逃げてちょうだい。」
 会場に向かって仁王立ちでそう歌い上げると、舞台に、ペッ、と唾を吐き捨て、意識を失ったロンミョを軽々と担ぎ上げ、悠々と下手に去った。



(第3場 教会)
 手に手を取り合って、夜の教会に駆け込んでくるロンミョとズンリエッチャ。教会では、1人の神父が、許されぬ愛に走った2人を待っていた。
「どうしても一緒になりたいと?」
「はい! 神父様。この人こそ、私の理想のショベルローダー運転技能者です。」
「ふむ。資格免許は就職に必須だからな。ロンミョ、そなたもいいのだな?」
「ええ、むぁあ。」
 フェイスマン、ええ、まあ、と言っていますが、口の中が切れているので滑舌悪くなっています。
「モンタギ組とキャピレ組は敵同士。しかし、君たちの結婚により、その確執が氷解するかもしれない。私は、喜んで2人の結婚の立会人になろう。」
「神父様!」
 神父役のトーラスの前に跪く2人。と、その時……。
 ヒュルヒュルヒュルヒュル……どっかーん!
 舞台上に打ち込まれるバズーカ砲(危険のないものを、客席後方からコングが撃っています)。大破する十字架。散り散りに逃げ惑う3人に、天の声が響く。
「その結婚は許さん! わしの娘を返してもらおうか!」
 雷鳴をバックに低く響くその声は、キャピレ組の会長、ズンリエッチャの父である。その声を合図に、教会に雪崩れ込んでくるキャピレ組の刺客たち。囲まれ、間合いを詰められるロンミョとズンリエッチャ。(神父さんは、さっさと退場。)
「こうなったらしょうがない。いくら父ちゃんでも、あたしの邪魔をする奴は許さないっぺ!」
 ズンリエッチャが、そう叫んで自らのドレスを毟り取った。下から出てきたのは、完全武装の迷彩服。背中のマシンガンを抜き取り、横っ飛びに転がってバリバリ撃ち始めるズンリエッチャ。
 ロンミョ役のフェイスマンは、一緒に戦うべきシーンだが、顔は腫れてるわ、グネった足首パンパンだわで、戦意なしで逃げ惑う。
 なぎ倒され、下手に掃けるキャピレ組の戦闘員たち。掴みかかる戦闘員を、千切っては投げ千切っては投げするズンリエッチャは、まさに女コング。客席で見守るコングも、それでいい、と頷きつつグレースのアクションに満足気。客席の親戚の皆様も、本家のお嬢の大立ち回りにやんややんやの大歓声。
 倒しても倒しても、次から次へと湧いてくる戦闘員(下手に掃けて、後ろをぐるっと回って上手から再登場してもらってます)に、孤軍奮闘のズンリエッチャは、段々疲弊してくる。
 何かの拍子にスリップして倒れたズンリエッチャに、戦闘員の手が伸びる。
「くそっ、あたしの命運もここまでか!」
 倒れ伏してそう叫んだズンリエッチャの耳に、何やら耳新しい音楽が。これは、知る人しか知らない、あの怪獣のテーマ曲。
「ギャオーーン!」
 高らかな雄叫びと共に、舞台各所で爆発が起きる。後ろの書割の中心を蹴破り、煙の中から咽せながらアクアドラゴン登場。
「ここは任せなさい! 君たちは2人で逃げるんだ! 親の意向なんて関係ない! ズンリエッチャ! 君は、君の道を行け!」
「ありがとう、アクアドラゴン! あたし、行くわ!」
 そう言うと、ズンリエッチャは横で倒れていたロンミョの足首を掴んだ。その瞬間、天井から下りてきたワイヤーが、ズンリエッチャのウエストのベルトにガッチリと固定される。
「さようなら! アクアドラゴン!」
 ズンリエッチャと、彼女に右足首(挫いてる方)を握られただけのロンミョは、高く吊り上げられ、ピーターパンのようなポーズのまま、会場内上空をぐーるぐる。
 その間、アクアドラゴンはキャピレ組の戦闘員との格闘シーン。群がる戦闘員をチョップでなぎ倒し、短い足で後ろ回し蹴りを繰り出してみるが、最後には数台のユンボに取り囲まれ、絶体絶命のピンチ!
 と、そこへ、空中のズンリエッチャが飛来、回し蹴りで次々とユンボを破壊。(ロンミョは、途中で落っことされて、客席後ろでコングと怖いナースの介護を受けてます。)
 そして、お膳立てが整ったところで、アクアドラゴンの新必殺技、アクアフレッシュ、炸裂!(あぶくが出ます。効果は知りません。)全滅する戦闘員。
「さよーならー♪」
 1人になって身軽になったズンリエッチャが、ワイヤーに吊られたまま去っていった。アクアドラゴンも決めポーズや演舞をムダに数分繰り出した後、退場。
 そして舞台には、倒れた戦闘員が山と積まれている。正確には20人。そこに、上手から現れる緑色の男。そして流れてくる聞き覚えのあるメロディ。
「♪わたしのーお墓じゃーなーいでーす。吐かないで下さいー♪」
 歌に合わせて、倒れた戦闘員たちに腕の先から出る変な汁をかけて回る男。そう、彼は、癒しの妖精、アロエベッラ。
「♪千のかーぜになあってーませんー、千のかーぜになぁてなーいー♪ 迷惑かもしれないけれど〜、生き続けていますー♪」
 アロエベッラに汁をかけられ、次々と蘇る戦闘員。そして、起き上がった者から歌い出す。歌は、舞台から客席へと広がり、最後は、退役軍人精神病院の患者からなるキャストとメルクヴァル一族全員との大合唱となり、市民劇団特別公演『ロンミョとズンリエッチャ』は大成功のうちに幕を閉じたのであった。



〜6〜

 数日後、市民劇団と、メルクヴァル財団のポストに、普段は取っていない全国紙が投げ込まれた。そこの文化面に、小さく囲まれたこんな記事が。
「何々、“市民劇団からニュースター誕生か。デンバー市民劇団の新作『ロンミョとズンリエッチャ』の主演女優が話題になっている。グレース・メルクヴァルの、建築現場で鍛え上げた肉体と捨て身のアクションは、女優の概念を覆すニュースターの誕生との呼び声も高く、早くもハリウッドの有名監督から声がかかっている。なお、この作品は、同劇団と精神科医の発明した医療劇セラピー・ウィンドとのコラボレーションでもあり……(以下略)”いやっほう、エンジェル、やってくれたね。」
 新聞を読み上げていたマードックが、そう叫んだ。
「確かに、グレース、格好よかったもんね。俺はちょっとタイプじゃなかったけど。」
 フェイスマンは、足と頭に包帯ぐるぐる巻き。
「ああ、あいつぁイカした男だったぜ。劇団の家賃もタダにするって親父さん言ってたって、さっき電話があったしな。」
 と、コング。しかし、ハンニバルだけ、なぜか不満顔。ちょっと貸しなさい、と、マードックの手から新聞を引っ手繰り、目を皿のようにして記事を読み、信じられない、という感じに首を振った。
「どうしたんだい? ハンニバル。」
「……ない。」
「ない?」
「ない、だと? 何がねえんだ?」
「お金? 確かに今回は報酬少なかったけど、年越し準備くらいは何とか……。」
「そうじゃない! 1行もないんだ! 何でアクアドラゴンの勇姿について、エンジェルんとこの新聞は記事を書かない! 寝ないで考えた新しい必殺技も披露したのに! 大体あの芝居は、市民劇団と精神病院のコラボじゃない。アクアドラゴンと市民劇団と病院との斬新かつ深遠な……。」
「はいはい、じゃ、うち戻るわ。また公演あるみたいだし。」
「おう、じゃ俺も、孤児院の年末イベントの準備に行くぜ。」
 ハンニバルの発言を最後まで聞かず、マードックとコングは部屋を出ていく。ハンニバルは、一瞬視線を泳がせた後、残ったフェイスマンにターゲットを絞り、続きを話そうと口を開くが。
「あっ、俺もマリリンとデート……は無理だよね、この足じゃ。はいはい、存分に語って下さい、つき合いますよ、最後まで。」
 一瞬腰を浮かせたフェイスマンが座り直し、ハンニバルは嬉しそうにアクアドラゴンの新必殺技について語り続けたのであった。
【おしまい】
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