Virtual A-Team 〜でも飛行機だけは勘弁な〜
鈴樹 瑞穂
 ニューヨーク、8月14日。
 とあるアパートの一室で、フェイスマンとハンニバルはポーカーに興じていた。
「ツーペア。」
 フェイスマンがテーブルに開いたカードは、宣言通り7とJのツーペアである。葉巻を咥えたハンニバルが小さく首を左右に振った。探り合うように視線が交差し、フェイスマンの口角が上がる。ハンニバルがゆっくりとカードを開いた。
「フルハウスだ。」
「えええ、何ソレ。」
「勝負は勝負ですよ。というわけで、今日の風呂掃除はお前さんに決定。」
 仮にも詐欺師を自称しながら、フェイスマンはカードゲームに弱い。そのくせ勝負好きなので、仲間以外との勝負はリーダーにより禁じられていた。
 仲間うちで賭けるのは、専ら労働である。本日の風呂掃除当番は本来ならばハンニバルなのだが、毎回この調子でフェイスマンがやる羽目になる。カードの腕はともかく、フェイスマンの家事スキルは上がっていく一方だった。
「わかったよ。」
 フェイスマンが口を尖らせながら掃除のためにバスルームに向かおうとした時、コングとマードックが帰ってきた。
「たっだいまー。あっちいねえ。」
 帽子を取ったマードックの髪は汗でぺたんこになっていた。真夏のニューヨークの暑さは半端ではない。殊に今年は猛暑で、熱波がニュースになるほどだ。コングもさすがにいつものジャラジャラとしたアクセサリーを外して、タオルを首にかけている。
「ご苦労さん。首尾は?」
 リーダーの問いに、コングがニヤリと白い歯を見せ、親指を立てる。
「バッチリ。」
 マードックが首から下げていたバッグを開けると、中から小型カメラが出てきた。



 ここ3ヶ月ほど、特に大きな事件も依頼もなく、Aチームの面々はよく言えば平和、ぶっちゃければ退屈かつ実入りのない生活を送っていた。その結果、生活費の困窮に耐えかねたフェイスマンと退屈に耐えかねたマードックが考えついたのが、ネットで仕事を受けつけるという方法だった。これまでのように依頼人と直接顔を合わせて話を聞くわけではないし、それこそ世界中どこから依頼が来るかわからないのだが、仕事も刺激もないよりマシだ。
 マードック監修の下、コングが立ち上げた裏サイト“Virtual A-Team 〜でも飛行機だけは勘弁な〜”には山ほどのスパムとほんの一握りの依頼が寄せられた。浮気調査からストーカー対応、犬の散歩代行に昆虫採集――子供の夏休みの宿題らしい――まで。完全に探偵社か便利屋と間違えられている(まあ、似たようなものだが)。
 その中からハンニバルが選んだ記念すべき初仕事は、台湾のとある警備会社に勤める男性からの依頼だった。依頼人の名前は並慕明。「ヘイ・ムーミン」と読む。読み上げた時のインパクトでがっつりマードックの興味を掴んだ彼は、その依頼内容でハンニバルとコングの、そして提示した謝礼でフェイスマンの関心をバッチリ掴んだ。
 ある日、何気なくテレビで日本のクイズ番組『世界ふしぎ発見』を見たムーミン氏は、そこで紹介されていたダンシング・ポリスにカルチャーショックを受けたのだと言う。ダンシング・ポリスとは、踊りながら交通整備をするという警察官で、アメリカには何人か名物ポリスがいる。仕事柄、交通整理をすることもあるムーミン氏は、そのパフォーマンス性に惹かれ、自分もやってみたいと思いついたらしい。だが、番組で紹介されたのはほんのわずかな時間で、手本とするには情報が足りない。そこで、本場アメリカの便利屋(?)に、更なる情報を求めてダンシング・ポリスの徹底調査を依頼してきた、というわけである。



 番組で紹介されていたニューヨークのダンシング・ポリス、トニーは既に現役を引退している。どうせなら現役のポリスを調査しよう、とハンニバルが言い出し、部下たちもそれに賛同した。
 こんな時、新聞記者であるエンジェルがいれば、人気ダンシング・ポリスを探すのは容易だっただろうが、生憎、彼女はできたばかりの恋人とサマーバカンスに出かけてしまっている。青年実業家だというその男にエンジェルはすっかり夢中で、このバカンスの間に婚約まで話を進める気満々だ。そんな戦闘モードの肉食系女子には連絡を入れるだけでも怒られそうで、地道に他の調査対象を探すことにしたAチームだった。
 とは言え、ここニューヨークでダンシング・ポリスを探すのはそう難しいことではない。ネットで情報を収集し、交通量の多い交差点で張っていれば、大抵、簡単に見つかる。しかし、調査対象などというものは、やたらに多くても困るものなのである。そこで4人はリビングの大型テレビの前に集まり、作戦会議という名のビデオ鑑賞会を開いていた。画面に次々と映されているのは、マードックとコングが隠し撮りしてきた数名のダンシング・ポリスのパフォーマンスである。
「やっぱりこいつだね。」
 フェイスマンが1人の警官がアップになった画面を軽く握った手の甲でこつこつと打つと、マードックがにんまりとチェシャ猫じみた笑みを浮かべる。
「やっぱそう思う? オイラもそいつが一押しなんだよねー。」
「彼のプロフィールは?」
 ハンニバルが傍らのコングに尋ねる。コングは取り出したノートをぱらぱらと捲り、目当てのページを見つけて読み上げた。
「ケイト・アライニ・アクロン。年齢は23歳。警官になって2年目の新人だ。」
 名前だけ聞くと女の子のようだが、画面のケイトはそこそこ鍛えた体格の爽やかな青年である。警察官が天職です、と言わんばかりのキラキラした眼差しが何となく大型犬を思い起こさせる。
「へえ。男でケイトなんて珍しい。」
 思わずフェイスマンが漏らすと、コングが重々しく頷いた。
「7人兄弟の末っ子なんだってよ。両親は今度こそ女の子が生まれると思って、女の名前を用意してたそうだ。」
「そうなんだ……って、そんなことまで調べたんだ。」
 フェイスマンが振り返ると、コングは所在なく頭を掻いた。
「いや、特に調べる気はなかったんだがよ。交差点でこいつのパフォーマンスを見てたら、ハイスクールの同級生だったって奴に話しかけられて、まぁ、その、何だ……いろいろと聞かされたってわけだ。」
「ほう。」
 ハンニバルが葉巻を持ち替えながら頷く。
「そこまで情報があるなら、なおのこと、今回の調査対象はこのケイト君で決まりだ。」



 本人に何の断りもなくターゲットを定めたAチームは、ケイトの持ち場である交差点に来ていた。
 もちろん本来は正式に取材を申し込んで許可を得るのが筋なのだろうが、何しろAチーム自体がお尋ね者である以上、警察官に面会を申し入れるのは得策ではない。依頼を請け負っている裏サイトの存在を明かすわけにも行かない。
 そもそも相手は警官、つまりは公務員である。そのパフォーマンスも仕事の光景も、公共物と言ってよい。公開するわけでもないし、個人的に依頼してきた台湾のムーミン氏に調査レポートと幾許かの画像を送るくらいなら許されるだろう。
「あ、いたいた。」
 フェイスマンが目を凝らすと、ちょうど交代の時間になったのか、ケイトが交通整理をするために交差点に立ったところだった。
 信号が変わると合図を出し、また、老人や子供が覚束ない足取りで横断歩道を渡っている間は、踊りながら右折の車に停止の指示をしている。
 マードックが撮ってきたビデオ通りの動きだ。
「ふむふむ。」
「なるほどねー。」
 ハンニバルとフェイスマンは改めて生で見たケイトのパフォーマンスに微妙にぬるい表情をした。
 そう、新人警官ケイト・アライニ・アクロンのダンシング・ポリスぶりはどこか初々しく、ぎこちない。有体に言えば、下手クソだった。一生懸命やっているのは伝わってくるのだが、何分ダンスが残念すぎる。唯一の救いは、誘導の指示がわかりやすいことだろうか。
 この発展途上なダンシング・ポリスが立派な一人前のパフォーマーになっていく様子をレポートできれば、依頼主であるムーミン氏の希望に副えるに違いない。
 それがAチームがケイトを選んだ唯一にして最大の理由だった。



「しかし、これはどうしたものか。」
「うーん、ただ見守るだけじゃちょっと……いや相当時間がかかりそうだね。」
 ハンニバルとフェイスマンが考え込んでいると、交差点の向こうからこちらにぞろぞろと渡ってきた集団があった。7、8人の若い男性で、少しばかり派手な格好をしている。黒を基調としたファッションに、それぞれ青い帽子を被ったり、白いフリンジのついたストールを巻いたり、赤いベストを羽織ったりしている。そして皆、一様に細身で女の子のように綺麗な顔立ちをしている。1人で歩いていても十分に目立つだろうに、集団となっているからなおのこと、人目を引いていた。
「わー、目立つ集団。」
 フェイスマンが感心したように言い、ハンニバルがコングに尋ねる。
「あいつらは?」
 するとコングは徐にノートを取り出し、ページを捲って読み上げた。
「ありゃあ、最近この辺りで話題を集めてるストリート・パフォーマー、通称H2O5だ。その先の韓国人学校に通ってる学生だって話だぜ。」
「うーん、被写体としてはいいかもー。」
 首から下げた鞄の隠しカメラでケイトのパフォーマンスを撮っていたはずのマードックも、H2O5の方にカメラを向けている。
「いやいや、肝心なのはルックスではなくダンス、パフォーマンスですよ。」
 そんなことを言ったハンニバルだが、数メートル先の広場を見て、葉巻に火を点けようとしていた手を止めた。恐らく学校の前と思われる広場に、韓国イケメン集団はテキパキとiPodとスピーカーをセットし、音楽を流してパフォーマンスを開始したのだ。
「ひょーカッコいい!」
 たちまちできた人垣にちゃっかり切り込んでいったマードックの叫びが聞こえる。この分ならさぞいい画が撮れるだろう。ノリノリでマードックまで揺れてブレていなければ。
「……肝心なのはパフォーマンスだよね。」
「全くだ。」
 ぽつんとフェイスマンが呟き、コングはぼそりと同意しつつ、取り出したボールペンでノートに何やら書き込む。
 だが、この圧倒的に不利な状況は、我らがリーダーの闘争心に火を点けてしまったようだ。
「相手にとって不足なし。」
 拳を握って言い放つハンニバルに、フェイスマンが半眼になって告げた。
「えー無理なんじゃないの、だってこっちの方がダンス上手いし、見た目も涼しげだし。」
 確かにケイトは爽やかなハンサムだが、ブロンドに彫りの深い顔に青い目と典型的なアメリカンボーイで、筋肉のついた体は、中性的なアジア系男子と比べられれば暑苦しい。
 仕方ないじゃないか、体育会系なんだから、肉食って育ってんだから、そういう人種なんだから。と自分たちのことをすっかり棚に上げてフェイスマンは思った。
「肝心なのはパフォーマンスだ。」
 きっぱりと言い切るハンニバルに、フェイスマンは困ったように眉を下げた。
「そこが一番負けてるんだって……言わなくてもわかってる、よね……。」



〈Aチームのテーマ曲、始まる。〉
 ケイトのパフォーマンスビデオを見ながら喧々囂々と論議を交わすAチーム。
 フェイスマンが差し出した交通整理パフォーマンスの振りつけ絵コンテにハンニバルが首を横に振る。ツーステップの後にくるりと振り向いて方向指示。下からグラインドして方向指示。体を2つに折って股の間から方向指示。自ら踊りながら振りつけに改良を加えていくフェイスマン。
 コングは両手を腰に当ててスクワットをした後、すばやく横に2回跳んで伏せる。彼が考案した、動きにキレを出すためのトレーニングメニューである。朝晩2セットずつ、と書いたメモに向かい、徐に取り消し線を引いて書き直す。朝2セット、夜は5セット。余力があれば昼食後に1セット。
 マードックはテーブル一杯にバナナとパイナップルと小松菜とゴマと食べるラー油を並べ、次々とジューサーに入れて攪拌する。パフォーマンスに大切なスタミナアップのためのスペシャルドリンクを作っているのだ。一口味見をして、レシピに書き足す。『あれば塩辛少々を加える(なければイチゴジャムで代用)。』
〈Aチームのテーマ曲、終わる。〉



 台北、9月14日。
 警備会社勤務の並慕明氏は、裏サイト“Virtual A-Team”を通じてかねてより依頼していた『ニューヨークのダンシング・ポリスに関する調査結果』がようやく届いたので、わくわくしながらDVDをPCにセットした。
 DVDに入っていたのは報告書と数種類の動画ファイルだ。その大半は今ニューヨークで注目されている若手のダンシング・ポリス、ケイト・アライニ・アクロンのパフォーマンスを撮ったもの。
「さすがニューヨーク、クールだなあ! それなのに、ちゃんと車や自転車や通行人を誘導してて、本当にすごい。」
 ムーミン青年は感心しながら、次々と動画をチェックしていった。
 最後の1つはパフォーマンスではなく、インタビュー映像のようだ。『世界ふしぎ発見』ではなかったけれど、地元のリポーターがインタビューを行った際のものらしい。
――ここ数週間で急にパフォーマンスのクオリティが上がったという評判ですが、有能なトレーナーと契約でも?
――いや、そういうわけではありませんが……実は一月ほど前、自宅のポストにこんなものが入っていましてね。
 ケイトがカメラの前に広げて見せたのは1冊のスクラップブックだった。中を開くと何やらびっちりと記されている。
――まあすごい! 振りつけからトレーニング、食事はもちろんスペシャルドリンクのレシピまで……これ全部、手書きですね。まさに世界に1冊、ケイトさんのためのテキストといったところでしょうか。一体どなたがこれを作られたんでしょう?
――それがわからないんですよ。半信半疑でしたが、このテキストに沿って毎日練習していたら、なぜか日に日にギャラリーが増えて。そう、これが有能なトレーナーといったところでしょうか。誰からのプレゼントかはわかりませんが、これを作ってくれた方のためにも、これからも頑張って最高のパフォーマンスを続けますよ!
 爽やかに笑って親指を立てるケイト・アライニ・アクロン。キラーンという擬音がしそうだ。
「へえ、すごいなあ。あのテキストがあれば、僕もダンシング・警備員になれるかも。あ、もう1つpdfファイルが入ってる。もしかして、これは……っ!」
 ムーミン青年はパソコンデスクの前のチェアから立ち上がり、ガッツポーズをした。予想通り、それはケイト・アライニ・アクロンの持つ“テキスト”の内容だった。



 ロサンゼルス、10月14日。
 とあるアパートの一室で、フェイスマンとハンニバルはポーカーに興じていた。
「スリーカード。」
 フェイスマンがテーブルに開いたカードは、宣言通りの9のスリーカードである。葉巻を咥えたハンニバルが小さく首を左右に振った。探り合うように視線が交差し、フェイスマンの口角が上がる。ハンニバルがゆっくりとカードを開いた。
「ロイヤルストレートフラッシュ。」
「えええ、何ソレ。」
「勝負は勝負ですよ。というわけで、今日の風呂掃除もお前さんに決定。」
 フェイスマンのカードの腕は一向に上達していない。
 その横で、PCに向かっていたコングと横から覗き込んでいたマードックが顔を見合わせた。
「サイトの掲示板に新しい書き込みがあったぜ。」
「どうせまたアダルトサイトの勧誘でしょ。」
 コングの報告に、フェイスマンがつまらなそうに答える。
「いんや、この前やった仕事のヘイ・ムーミンちゃんから。」
「ああ、あの仕事はよかったなぁ。」
 風呂掃除から逃避し、フェイスマンがうっとりと呟く。ムーミン氏が謝礼として、約束通り、金の延べ棒1本を送ってきてくれたことはまだ記憶に新しい。
「ほう、なんて言ってきたんだ?」
 興味を示したハンニバルが立ち上がって、コングたちの方に歩いてくる。
「何々、『その節はありがとうございました。大変有意義な報告書のおかげで、僕も台北でダンシング・警備員として交通整理をするようになりました。つきましては――』。」
 ムーミン氏のメッセージを読み上げていたコングがしょっぱい表情になって、口を噤んだ。
「つきましては?」
 ハンニバルににこやかに促され、マードックが続きを読み上げる。
「『芸風を広げたく、最近ニューヨークで話題になっているらしいストリート・パフォーマンスユニットH2O5についての調査もお願いできませんでしょうか』。」
「……ああ、あいつらね。」
 フェイスマンは乾いた笑みを頬に貼りつけた。マードックが肩を竦めて言う。
「難しいんじゃねぇの、あれだけ完成されちゃってるとさぁ。」
 誰も指導書を作れとは言っていないのだが。そしてコングの心配は全く違うところにある。
「俺ぁニューヨークなんて行かねえぞ。アレに乗るなんて真っ平だ。」
 3人の視線を集めたリーダーは、にこやかに笑って葉巻を咥え、芝居がかった仕草で両手を広げた。
「肝心なのはパフォーマンスだ。」
 きっぱりと言い切るハンニバルに、フェイスマンは困ったように眉を下げた。
「そこに手を入れる隙がないんだって……言わなくてもわかってる、よね……。」
【おしまい】
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