特攻野郎Aチーム 楽園からの脱出! の巻
フル川 四万
〜1〜

 土曜日の夜。ロデリック・デッカー大佐は、自宅の居間のソファに腰を下ろして、妻に作らせたギムレットを啜っていた。点けっ放しのテレビでは、6大学バスケットボールの試合をやっている。妻の作るギムレットは、アルコールが濃く、炭酸は弱く、ライムも生ではなくて人工シロップであり、到底"ギムレット"と呼べる代物ではなかったが、それでもよかった。今夜は、手っ取り早く酔っ払って寝てしまえれば、それでいい。
 デッカーは、そもそも酒が強い方ではないし、好きでもない。酒は、思考をぼんやりさせるし、判断力も奪う。部下に飲むなとは言わないが、軍人たるもの、危険因子は遠ざけておくに越したことはない。……しかし、そんなデッカーにも、時として飲みたい夜が来る。それは主に、仕事が行き詰まっている時。デッカーの任務、それは、あの憎きAチームの捕獲……。今週も、Aチームは捕獲できず。それどころか、ここ数ヶ月、居所の手がかりさえ得られない日々。上からはせっつかれるし、部下の士気は下がりっ放し。冷静沈着なデッカーも、相当ストレスが溜まっている自分を意識しており、ここはひとつ、アルコールの力を借りて早寝してしまおう、という算段であった。テレビでは、何たらいう大きい男が、何たらいう大きい男のブロックをすり抜けてシュートを決めたということで、大層盛り上がっている。が、バスケットボールを知らない彼には、何が面白いのかさっぱりわからなかった。取られたくない球(バスケットボール)なら、持ち歩かずに金庫にでもしまっておけ、とデッカーは思う。それにしても……。
「……畜生、どこに隠れてるんだ、スミスめ。」
 デッカーは、もう何百回呟いたかわからない台詞を、もう一度感情を込めてそう呟いて、首をゴキっと鳴らした。
「はいはい、ちょっとごめんね。」
 そう言ってソファとテレビの間に割り込んで来たのは、妻のパトリシア。まだ終わっていないバスケットの試合には気も留めず、勝手にチャンネルを変えると、デッカーの横にどっかりと腰を下ろした。
「おい、見てたのに。」
「見てるわけないでしょ。あなたバスケットボールとカボチャの区別もつかないんだから。それに、もう『世界ふしぎ発見』の時間だわ。あたしがこの番組毎週見てるの、あなた知ってるでしょ。」
「『世界ふしぎ発見』? ああ、あれか、毎週レポーターが外国の観光地だの何だのに行ってレポートして、変な名前の頭のでかい婆さんとかがクイズに答えるやつか。」
「そうそれ。変な名前のばあさん? ああ、テッサ・オニオンロールのことね。彼女、面白いわよね。」
「そうか? 派手で早口で騒がしいだけに思えるんだが。」
「そこがいいのよ。彼女、ああ見えてユニセフの親善大使で、バビルサの保護運動もやってるし。」
「バビルサって、あれか。自分の牙が額に突き刺さってるブタのことか。」(※イノシシです。)
「まあ、牙がおでこに? それは可哀相ね。テッサが保護したくなる気持ちもわかるわ。ほら、始まった。あなたも一緒にご覧なさい。」
 妻に促されてテレビに目をやるデッカー。テレビでは、お馴染みの音楽と共に、人気クイズ番組『世界ふしぎ発見』が始まった。仕方ない、見てやるか、と、テレビに視線をやりつつ、濃いギムレットを啜るデッカー。
 番組は、どうやらメキシコの遺跡がテーマのようだった。階段状のピラミッドのようなものの前、ベージュ1色の画面の中で、レポーターの若い女性が元気に遺跡の紹介をしている。番組の中でも人気があるレポーターなのか、それとも単にテレビ番組が珍しいのか、彼女の後ろには黒山の人だかり。観光客や現地人がごっちゃになった感じで。
「どいつもこいつも、ミーハーばかりだ。テレビなんていう不特定多数の目に留まるメディアで、用もないのに自分の顔を曝す奴らの気が知れん。」
「いいじゃない、テレビに出られる機会なんて滅多にあるものじゃないし、特に旅行中にテレビに映ったなんて、ビデオ録画しておけば記念になるわよ。」
「何が記念だ。軍人たるもの、極力自分の顔は曝さぬようにするものだ。」
「あの人たち、軍人じゃないでしょ。観光客よ。そうやってすぐお仕事の話にすり替えるんだから。土曜の夜くらい、仕事のことは忘れて寛いだらどうですか。せっかく面白いテレビをやっているんだから。」
 少々の棘を含んだパトリシアの指摘に、デッカーは溜息をつき、そして反省した。
「……いや、本当にそうだな、済まない。今夜は、仕事のことは忘れて、ゆっくり『世界ふしぎ発見』でも見ることにするよ。」
 デッカーは妻の手を握り、無理矢理な笑顔でテレビ画面に目をやった。そして。
「何だとー!?」
 突如としてそう叫び、ソファから跳び上がるデッカー。
「ど、どうしたの、あなた!」
 驚くパトリシア。しかし大佐は、そんな妻には目もくれず、上着を取り、ローキャビネットの上の小皿から車のキーを拾い上げて玄関に向かう。
「急な任務ができた。しばらく帰らない。」
 そして、うろたえる妻にそう言い残すと、足早に家を出ていったのだった。



〜2〜

 どこまでも遠く続く青い海、青い空。眼下に広がる真っ白い砂浜では、ビキニの美女たちが闊歩し、カリブ海の心地よい風が頬を撫でる……。
 ここは、メキシコが誇るリゾート地、カンクン。一流ホテルが建ち並ぶ浜辺の一角にある、規模は小さいが十分高級なリゾートホテルの10階のスイートルーム。ここインペリアル・ラグーン・ホテルは、ラスベガス仕込みの本格的なダンスショーの公演もある立派なアミューズメントホテルだ。Aチームの面々は、オーシャンビューのこの部屋で、束の間のバカンスを過ごしていた。このホテルがバハマのマフィアに乗っ取られそうになっていたのを阻止する仕事を請け負い、いつも通りの奇抜な作戦でまんまとマフィアを退治した結果、オーナーからの報酬の一部として、ここのスイートルームに"好きなだけ滞在する"権利を得たのであった。
 ハンニバルは、ベランダで朝食後の一服を楽しんでいた。既にプールで一泳ぎした後、ホテルのバフェで健康的な朝食を摂ったばかり。そして、今日は、もうこれと言ってやることもない。リゾート地の生活はいいもんだが、いつまでもここにいるわけには行かないな、と、手にした電話メモを見つつハンニバルは思った。そこには、「フロリダで新規ビジネス開拓成功。営業マン諸氏、至急本社に連絡されたし。美人秘書A」とある。今朝、フロントに入った電話の主からの伝言だそうだ。新規ビジネスとは新しい依頼のことで、営業マンとはAチームのこと。そして、至急連絡されたい本社の秘書というのは、エンジェルことAAA女史のことであろう。つまり、仕事だから戻ってこい、と、そういうこと。カンクン滞在も3週間になるし、ま、頃合であろう。
「ふぁあ〜、オハヨウ。」
 そこに起きてきたのはフェイスマン。バスローブ姿で、目は半分しか開いてなくて、頭には寝癖。ほとんどだらしなくて、少々可愛くもある姿だが、目の下の盛大な隈が、昨夜の遅いお帰りを物語っている。
「もうオハヨウって時間じゃないぞ、フェイス。今朝も朝帰りか。」
「まあね。またディスコ『ココ・バンゴ』で大ハッスルさ。夕べも、フロリダから来た女の子2人組に捕まっちゃって、シャンパン開けてパーティパーティ! 楽しかったー。ああでも、ちょっと疲れたなあ。今日はもう、何もしないで寝てようかなあ。」
「さんざん遊んだ挙句、疲れたなあ、たぁいいご身分だな。だが寝ている場合じゃないぞ。この暮らしもそろそろ終わりだ。」
「何? 仕事ぉ? 夏休みなのにぃ?」
「ご名答。エンジェルから連絡があった。今日明日中には帰ることになる。」
「了解。ま、ちょうどいいや。ちょっと面倒臭くなりそうな女の子もできちゃってたし、潮時かもね。ふぁあ、ところで、後の2人は?」
「コングは、ダウンタウンのボクシングジム。モンキーは……知らん。朝から姿が見えん。」
「また商売にでも行ってるのかな。」
「商売?」
「うん、何かさ、アステカの神のパワーを体に取り入れるとか、土産物の人形を売りに行くとか言ってたよ。」
「……前者と後者の温度差がひどいな。」
「人形100体売って、病院の茶話会の資金にするんだって。」
「ちょっと待て、人形って何だ?」
「何かね、神様の啓示を得たとか言って、先週から赤土捏ねて作ってた土器みたいなやつ。ほら、その辺にも1体転がってる。」
 フェイスマンが指差す先には、人間の頭部(表情は不満げなタコ口)からタコの足が8本生えていて、ナイフとフォークを持っている土器の人形。
「……マヤ文明とは何の関係もないな、ありゃ。」
「うん、でも、土産物って、どこもそんなもんじゃない? ほら、どこ行ってもあるでしょ、サンタクロースがご当地のモチーフと一緒に溺れてるキラキラした丸いやつとか。」
 フェイスマン、それはスノーボールのことだね。
「そうかもしれん。じゃ、とにかく、2人が戻ったら、ここを出るとしよう。」
「そうだね、じゃ、荷物まとめておくよ。」
 2人は、颯爽とバカンスモードを切り上げにかかった。



〜3〜

 ボクシングジムでのトレーニングを終えたコングことB.A.バラカス軍曹は、ホテルに戻るべく、リゾートエリア行きのバスを待っていた。ジムのあるダウンタウンから海辺のリゾートエリアへは、車で15分、バスならば30分程度かかる。道はククルカン通り1本しかないから、行きも帰りも同じ道を通ることになる。バスは、小さな乗り合いバス。コングは、やって来たバスに、現地人数名と共に乗り込んで、どっかと座席に腰を下ろした。
「やれやれ、ハードな練習だったぜ。帰ったら海でも行って、冷たいプロテイン・シェイクでも飲むとするか……。」
 小さなバスに揺られながら、ふと車内を見回すコング。車内には、ショッピングプラザの広告や、売ります・買いますの個人広告、政府の税金の申告の案内などが、壁にベタベタと貼ってある。コングは、その中の1枚に、ふと目を留めた。そして。
「何だと……?」
 苦虫を噛み潰したような顔でそう呻くと、車内の目も気にせず立ち上がり、1枚の貼り紙をベリッと引っぺがした。そこには、
『賞金首。Aチームのメンバー、テンプルトン・ペックがカンクンに潜伏中。見かけたら、この番号へ。***−****』
の文字と共に、ニッコリと笑うフェイスマンのアップ写真が掲載されていた……。
「あの野郎、どこでシッポ掴まれやがった。」
 コングは、怒りに任せて貼り紙をグシャグシャに丸めながら、ふとバスの外に目をやった。そこには、さっきまで気がつかなかったが、よく見れば、お馴染みの制服を着た兵隊が数名、人混みに紛れるように辺りを警戒している姿を発見。思わず座席に身を隠すコング。
「デッカーの野郎、とうとうメキシコにまで追ってきやがったのかよ。」



〜4〜

 ホテルの1室。1枚の貼り紙を前に考え込むハンニバル、フェイスマン、B.A.バラカスの3人。
「……この写真、どこで撮られたか心当たりは?」
 貼り紙に掲載されているフェイスマンの写真は、画質が悪く、まるで写真を写真に撮ったようなでき上がり。しかし、着ている服の柄は、確かにカンクンに来てから購入したオシャレアロハだし、こっちで写真を撮られたことは確実である。
「わかんないよ。全然心当たりない。確かに、メキシコくんだりまで当局の目は届かないだろうってことで多少油断はしてたかもしれないけど、俺だってさすがに写真撮られたら気がつくさ。余程のプロの仕業でなきゃ、ね。」
「てことは、カンクンにまでデッカーの内偵がいたってことか。」
「ふむ、偶然とは考えにくいから、そうなるだろうな。俺たちが思っている以上に、当局は広い範囲で網を張ってるのかもしれん。」
 ハンニバルが、難しい顔で考え込んだ。
「とにかく、包囲網が狭まる前に、すぐここを出よう。モンキーはまだか?」
「まだ戻ってない。昼過ぎには、ゴハン食べに戻ってくると思うけど。」
「あの野郎、どこで油売ってやがんだ。」
「モンキーが戻る前に、この写真の出所だけ確認できないか?」
「ホテルのオーナーなら何かわかるかもな。」
 そう言うと、コングはフロントに電話をかけた。
「オーナー、すぐ来るってよ。」



 数分後、忙しなく部屋をノックする音。フェイスマンがドアを開けると、小柄なメキシカンが心配そうな顔で立っていた。
「スミスさん、何かまずいことでも?」
 ホテルのオーナーであり、1個前の仕事の依頼者であったペヨトル・ネグロが、スペイン語訛りの英語で問いかける。
「ああ、俺たちを追っているアメリカの部隊が、ここまで来てるらしいんだ。」
「オー、それは大変です。早く逃げないと。」
「ということだから、随分世話になったけど、今日でお暇するよ。」
「わかりました。空港まで送らせましょう。」
「ちょっと待ってくれ。空港は困るぜ。帰りは船便って約束だろ?」
「それは助かる。是非そうしてくれ。それと、この写真だが……どこで撮られたのか、わかるか? 背景とか、その辺で。」
 この際どうでもいいコングの主張をあっさり無視してハンニバルが先を続ける。
「どれ。」
 と、写真を覗き込むペヨトル。
「ああ、これ、トゥルム遺跡よ。ほら、ここに神殿写ってる。」
「トゥルム遺跡? フェイス、そんなところ行ったのか?」
「トゥルム? ……あー。……あー、確かに、行った、行ったよ。ああ……。」
 フェイスマンが頭を抱えてしゃがみ込んだ。
「どうした、フェイス。」
「ごめん、ハンニバル。俺、写真撮られたわ。いや、写真ってか映像って言うか……。」
「映像だぁ?」
 コングの問いかけに、フェイスマンは、ぐったりと頷いた。
「……撮影が来てたんだよ、『世界ふしぎ発見』の。ほら、あの有名なレポーターいるじゃん? キャナリー・タケウチっていう可愛い子。あの子が来てたから、俺、見に行ったんだわ、ロケ……。」
「で、お前、ヤジウマさながらに映り込んだのか!」
「うん、多分。」
「てことは、テレビでアメリカ中に放送されたってことか!」
「ごめん。あの夜キャナリーと飲みに行って……ええと、1週間後の放送って言ってた、確か。『世界ふしぎ発見』って、ああ見えて撮って出しの自転車操業なんだって。アハハ、地上波テレビに出ちゃったのね、俺、ハハハ。」
「……笑いごとかよ。」
「フェイスさん。」
 ペヨトルが、フェイスマンの肩にそっと手を乗せ、悲しげな顔で問いかけた。
「何?」
「そういうことは早めに言って下さい。」
「……早めに言ったら何とかなった?」
「はい、早めに言ってくれたら、ワタシ、ビデオ録画しておいたのに。ダビングもしてあげたのに。テレビ出る、記念になるね。」
 ペヨトルの言葉に、がっくりと脱力する3人であった。



〜5〜

「さーぁ、寄ってらっしゃい買ってらっしゃい、安いよ安いよっ。」
 リゾートビーチの片隅で、怪しげな土産物屋が開店している。売っているのは、アロハに真っ赤な浮き輪姿の神経質そうな男。足元はコンバース。売られているのは、タコなのか何なのかよくわからない土人形である。
「マヤの神秘の全てがこの人形に! 持ってるだけで就職安泰、安産必至、千客万来とくらぁ、しかも1体3ペソの安さだ! さあ、買った買った!」
 怪しげな土産物売りは、威勢よく口上を続ける。もちろんそんな人形はインチキでしかないので、地元民や他の土産物屋からは胡散臭い目で見られているのだが、ちょっと他にないデザインと安さで、主に欧米方面からの観光客が買っていったりしている。
「3つちょうだい。」
 フランス人風のカップルがご購入。
「ほい来た。毎度あり〜……て、あれ?」
 手早く人形を紙袋に入れて手渡したマードックは、去っていくカップルの向こうに目をやって一瞬止まった。
「えーと、オイラの記憶が確かなら、あれ、当局の奴ら……だよね?」
 視線の先には、厳しい視線で周りをチェックしつつ徘徊する、数名のMP。
「て言うか、あいつ知ってる、何だっけ、誰だっけ……、あ、腰巾着のクレインか。」
 クレイン大尉。デッカーの腹心の部下(腰巾着)である。
「てことは、目的はオイラたちだよね、多分。やべぇじゃん、ハンニバルに知らせなきゃ。」
 と、店じまいに取りかかるマードック。しかし、作業中、ふと、あるアイデアを思いつき、ニヤリと笑うと、何やら手元でゴソゴソと作業を始めた。程なくしてクレインの方に向き直ったマードック、頭には、目だけ穴を開けた紙袋を被っている。紙袋には、マジックで人形と同じ顔が描いてある。マードック自身は顔を覚えられていないはずなのだが、今後とも覚えてほしくないので、軽く防御。
「さー、安いよ安いよっ! マヤに伝わる魔法の人形だ。これさえあれば就職安泰、安産必至、千客万来、んでもって失せ物発見! そう、こいつぁ失せ物発見にすごい効果がある人形なんだ! ちょっとそこの兵隊さん! 見てってよ!!」
 マードックは、声を張り上げ、飛び上がってクレインたちを呼び止めた。それに気づいて近寄って来るクレイン。
「何だこりゃ、土産物?」
「マヤに伝わる魔法の人形だよ。これ1体ありゃ、どんな失せ物もたちどころに探し出せるっていうイワクつきの人形さ。」
「失せ物? 探し物が見つかるのか?」
「もちろん、失せ物、失踪人、何でもござれよ。オイラここで10年商売してるけど、この人形を買ってから、なくした鍵とか盗難自転車とか見つかったっていうお礼の手紙を毎年沢山貰うよ。この、8本の手足が希望の物を引き寄せるんだな、きっと。」
「ふん、インチキ臭いな。」
「はは、確証はないけどね。お兄さん、何か探し物してるんだったら、1体2ペソでいいや、買っていきなよ。」
「……2ペソか。安いな。じゃあ、1体貰おうか。」
「そう来なくっちゃ。この人形に、沢山話しかけるといいぜ。きっと人形が、あんたの探し物のありかを教えてくれるよ。」
 マードックは、クレインに人形の入った紙袋を手渡して、怪しげな手つきでそう言った。
「ところお前、この男を見なかったか? ここ数週間の話なんだが。」
 と、クレインが差し出したのは、フェイスマンの顔写真入りのお尋ね者チラシ。マードックは、それを手に取って眺め回した後、知らないね、と軽く答えた。
「知らないけど、何かホモっぽい感じの男だから、海辺よりダウンタウンの繁華街の方にいそうな気がするね。」
「そうか。ふむ。……邪魔したな。おい、行くぞ。」
 クレインは、部下を引き連れて去っていった。
「へへん、仕掛け、大成功。」
 マードックは、紙袋を被ったまま、胸を張った。



〜6〜

 ククルカン通りを1台のミニバスが颯爽と走っていく。車のボディにはインペリアル・ラグーン・ホテルの波打つようなロゴ、そして『お客様送迎中』の札。運転手はホテルのボーイのカプリシャス君で、客はAチームの面々。空港に向かう、という性格上、コングちゃんは寝て(寝かされて)います。そして、目指すはカンクン空港。そこからホテルのチャーター機でフロリダに渡る計画だ。
「デッカーたちの目をすり抜けられればいいんだがな。」
 と、ハンニバル。
「空港まで着ければ、チャーター機専用の入口から入れますから、何とかなると思いますが。」
「モンキー、何か聞こえるか?」
 ハンニバルの言葉に、マードックは耳に当てていたヘッドホンを外した。
「うん、今日、デッカーの奴は、ダウンタウンの本部に詰めてるみたいだから、空港で鉢合わせはないだろうね。」
 そう言ってヘッドホンを被り直し、線が繋がっている先の、ラジオのような小箱のツマミをいくつか回した。
「しかし、クレイン大尉に盗聴器渡すなんざ、今回冴えてるじゃない、モンキー。」
「いんや、大したことない。前回の依頼ん時余った盗聴器が、なぜか俺っちの靴の踵に入ってたんで、人形の中に貼りつけて売ってみただけさ。儲かったよ、2ペソ。キャンディ0.5個分くらい。」
 盗聴器の部品代を差っ引くと、既に原価割れかと思うのだが、どうか。
「よくやった、モンキー。これで、少なくともクレインが人形を持ってる間は、向こうの動きは筒抜けだし、その間に俺たちはこうしてトンズラできる……おおっ。」
 キキーッ!
 車が急停止し、シートベルトなんざ着ける習慣のないAチームの4人は、それぞれの席でズッコケた。後部座席で熟睡していたコングは、前の座席に額を打ちつけて一瞬覚醒し……すぐにまた眠りの国に去っていった。
「カプリシャス、どうした!?」
 ハンニバルが運転席のカプリシャスに問うた。
「検問やってます。ちょっと下がりますね。」
 カプリシャスは、そう言うと、素早く車の向きを変え、植え込みの陰に停めた。
「ホントだ。結構な人数いるわ。MPの皆さんが、10人……20人ってとこか。」
 フェイスマンが、双眼鏡で200mほど先の道路を眺めてそう言った。
「突破できそうか?」
「……苦しそうだよ。車の下までミラーで見てるから、隠れるわけにも行かないし。無理矢理突破しても、この車じゃ向こうさんの車両を巻くのは無理かもね。」
 と、フェイスマンから受け取った双眼鏡で検問地点を確認しながらマードック。
「他の道は?」
「空港までは1本道なので、ここを通るより他ありません。どうしましょう?」
 カプリシャスは、そう言って溜息をついた。
「ふむ……仕方ない。とりあえず退散だ。一度ホテルに戻って、作戦を練り直そう。」



〜7〜

 ダウンタウンの雑居ビルの一室に仮の基地を構えたデッカー一行は、作戦会議の真っ最中であった。円形に並べられた机のお誕生日席にはデッカー大佐、その横にクレイン。クレインの机には、マードック作のタコ人形がどっかりと据えられている。クレインがバカで本当によかった。
「何かわかったか?」
「はい、ペックですが、目撃情報がかなりあります。主にディスコやバーですが、店員や観光客の女性から証言が取れています。そのうち数名は、食事等に誘われて、ついて行ったそうです。気前がよくて楽しかったけど、すぐベタベタ触ってくるのには閉口した、と言っていました。」
 1人の隊員が、いらんことまで報告する。
「他には?」
「スミスについては、確実な目撃者はありません。元々カンクンには中高年のアメリカ人観光客が多く、何名か体型がそれらしい奴の目撃証言はありましたが、写真だけで人物の特定はできませんでした。」
「バラカスについては、市街のミルクスタンドで目撃情報が出ています。」
「ふむ……。バラカスはともかく、ペックとスミスの目撃情報からして、リゾートエリアに滞在している可能性が高いな。リゾートエリアからこっちに来る道路と、空港へ向かう道路の2箇所を押さえれば、まず逃げられない。検問を強化して、ホテルの方も虱潰しに当たってくれ。次の報告会は午後9時。以上、解散。」
 デッカーは、そう言って椅子の背に凭れて天を仰いだ。
「スミスめ! 今度ばかりは覚悟しとけよ、必ず捕まえてやるからな。」



「……って言ってるよ、ハンニバル。」
「そりゃあ、大層なこってすな。」
 ホテルに戻り、盗聴器(受信機の方)を囲んで、デッカー一味の会議を聴いていたAチームの4名様である。飛行機に乗せられることなく覚醒したバラカスは、それでも不機嫌が抜けない表情で、どっかりと腕を組んで盗聴器を睨んでいる。
「フェイス、ところでお前さん、随分派手な遊びっぷりたっだようじゃないか。」
「……たまにはいいじゃない、女の子と遊ぶくらい。」
「お前さんの場合、たまに、じゃないからな。」
「そうだぜ、今回も、そっから足がついてんだからな。」
「だって『世界ふしぎ発見』のキャナリー・タケウチだよ? そりゃ見たいし、誘いたいでしょ、やっぱり。」
「その『世界ふしぎ発見』てのは、そんなに有名な番組なのか? MPが見てるほど。」
「うん、毎週土曜日にやってるクイズ番組で、視聴率は20%を超えてると思う。マッチョな司会者ヒリー・グラスフィールドには中年女性のファンも多いし、テッサ・オニオンロールの軽妙なお喋りとか、元アイドルのノーム・マクニールのバカっぷりとか、見るべきところはいろいろあるね。」
「そんなものをデッカーが見てたのか。」
 ハンニバルは、呆れ顔でそう言った。
「デッカーじゃねえな、きっと家族か誰かだぜ。クイズ番組なんてのは女子供が見るもんだ。」
 と、コング。と、そこに、ホテルの内線が鳴った。フェイスマンが電話を取った。
「……はい、1002号室。ああ、ペヨトル。え、ロビーにMP? これから全室聞き込みだって? 断れないの? ええ? もう上がってきてる? どうしよう、ハンニバル、MPが上がってくるって。」
「素早いな。別働隊がこっちで待機してたんだな。」
「ちょっと見てくるわ。」
 マードックが、そう言って部屋を飛び出した。
「とにかく、この部屋からは出た方がいいな。フェイス、貸せ。」
 と、フェイスマンから受話器を受け取るハンニバル。
「悪いが、俺たちは部屋を引き払う。とは言っても、隠れるところもないんだが、どこか客室以外で場所はないか?」
『地下にラスベガス・ダンスショーの控え室兼物置があります。ちょうど今、劇場が改装中で誰も使っていないので、そこを使って下さい。ゴチャゴチャしてますが、隠れるにはかえってちょうどいいでしょう。すぐ手配しますから、業務用エレベーターで降りて下さい。』
「わかった。」
 3人は、荷物を引っ掴むと、バタバタと部屋を出た。
「ヤバいよ、エレベーター、上がってくる。」
 廊下の向こうで様子を窺っていたマードックが、そう言いつつ駆け寄ってきた。
「業務用ってどっちだ?」
「こっちだぜ、ハンニバル。」
 4人は、メインエレベーターに背を向けて廊下を走ると、業務用エレベーターのボタンを押した。4人が乗り込んでドアが閉まる瞬間、メインエレベーターからMPが2人、降りてくるのが見えた。



〜8〜

 バカンスシーズン真っ最中のビーチは、人で溢れていた。水着もしくは薄着の老若男女が闊歩する中で、明らかに場違いな男たちが厳しい顔で歩いている。花柄のワンピースを着た大柄な老女は、パラソルの下でココナツドリンクを啜りながら、それを眺めていた。
「奥様、お代わりはいかがいたしましょう?」
 不自然なほど鼻が高く、日焼けした長髪のボーイが、老婆の元に跪いてそう問うた。
「そうね、じゃあ、テキーラのショットと、ゴロワースの葉巻を1本ちょうだい。」
 老婆がボーイに向かってそう告げた。
「……あんまり奥様っぽくないよ、ハンニバル。」
「仕方あるまい。この暑さの中、この格好は堪える。」
 つけっ鼻のボーイ=フェイスマンが、老婆=ハンニバルに囁きかけた。
「……それにしても、結構な人数だな。10人に1人はMPじゃないか。上を見上げりゃ、ヘリがブンブン飛んでるし。」
「だね。デッカーの奴、本気の本気だ。」
「こりゃ一戦交えるにしても分が悪い。一般人を巻き込むわけに行かんからな。」
「えー、うほんうほん、畏まりました奥様、それでは薄めのミントジュレップをお持ちします。」
 偶然横を通りかかったMPの2人組を横目で追いながら、フェイスマンはそう言うと、舌打ちするハンニバルにニヤリと笑いかけて、その場を離れた。



 その夜。インペリアル・ラグーン・ホテルのショー控え室、いわゆる楽屋で、Aチームの面々とペヨトルが作戦会議を行っていた。
「ビーチはもうMPで一杯だよ。上空にも軍用ヘリが5、6機巡回してるし、沖には巡視船が出てる。」
「ダウンタウンへ行く道と空港へ行く道は、大がかりな装置を使って検問やってたぜ。」
「装置?」
「ああ。トラックの荷台に隠れても、生体反応で人間が乗っているのがわかる、最新機器だって。」
「そいつは厄介だな。てことは陸路での脱出は無理か。空も海も厳しいとなると、事は厄介だぞ。ペヨトル、ヘリは調達できるか? あと、クルーザー級の船。」
「うちでは持っていませんが、近隣のホテルにお泊りの方に借りることはできるかもしれません。」
「ふむ。しかし、民間機だからって見逃してもらえるとは思えないし、かと言って、ここでドンパチやるわけにも行かないか。難しいな。」
「何とか、デッカーさんたちに、穏便にお引き取り願える方法はないかねえ。」
「無理だろ、俺たちがここにいる以上。じっと身を潜めて持久戦に持ち込んで、奴らの興味がカンクンから離れるのを待つか。」
「デッカーの視線を逸らす方法、か。フェイスがテレビに映ったような切っかけが、何かあればいいんだがな。」
 考え込む4人。
「あ、そう言えば。」
 と、フェイスマンが口を開いた。
「そのさ、俺が出ちゃった『世界ふしぎ発見』だけど、次のロケはグアテマラで2週分撮るってキャナリー言ってたよ。今月はマヤ文明の特集なんだって。確か今頃はティカル国立公園でロケやってるはずだって。こんな状況でなけりゃ、俺もグアテマラ行ってキャナリーと合流したかったんだけどね。」
「ふむ。『世界ふしぎ発見』か。」
 ハンニバルは、そう言うと、しばし考え込んだ。
「ペヨトル。」
「何でしょう?」
「『世界ふしぎ発見』は、こっちでも放送してるのか?」
「オー、あれね。してますよ。面白いって評判です。」
「オンタイムで?」
「それはどうかわからないけど、トゥルム遺跡の回は土曜日に見たよ。」
「オンタイムだな、ふむ。……デッカーは『世界ふしぎ発見』でフェイスを発見した、と。」
「それ、上手いこと言ってるつもり?」
「なわけあるか。あたしがそんな浅い笑いを取りに来るわけがない。だが、この際そんなことは置いておいて、デッカーには、もう一度フェイスを、いや、Aチームを“発見”してもらおうかと思う。」
「発見?」
「発見とな?」
「発見だって?」
「オー、発見ですか。」
 4人4様のリアクションに満足気に目を細めたハンニバルは、十分に間を取ってから、こう言った。
「フェイスだけじゃなく、あたしたちも出演しましょう。『世界ふしぎ発見』に。」



〈Aチームのテーマ曲、かかる。〉
 控え室のメイク台に並び、顔に白いものを塗りたくられるハンニバル、フェイスマン、コング。ホテルの従業員を整列させ、身長・体重を計測するペヨトルとマードック。顔から白いものをパカッと外され、椅子から転げ落ちて深呼吸をするハンニバル、フェイスマン、コング。その顔から剥がしたものに、念入りに化粧を施すハンニバル。ハンニバル、フェイスマン、コングによって、歩き方や仕草の指導をされる従業員たち。そして、テーブルに投げ出される、できあがった“顔”。
〈Aチームのテーマ曲、終わる。〉



〜9〜

 ククルカン通りをカンクン空港に向かってひた走る車。インペリアル・ラグーン・ホテルのミニバス。運転しているのは、カプリシャス。助手席には、筋肉質のアフリカ系男性(経理のグレン)。後部座席には、紙袋を被ったマードックと、初老でちょっとお腹の出たのアングロサクソン人男性(シェフのマーティン)。そして、予定通り、検問所でMPに制止される。
「おい、検問だ。どこへ行く?」
「はい、宿泊のお客様を、空港まで送迎です。」
 カプリシャス君が、にこやかにそう言った。MPは、手配写真と乗車メンバーを丁寧に見比べると、マードックの紙袋を無造作に引き抜いた。
「うわ、眩しいなあ、もう。何だよ、オイラ、明るいとこ苦手なんだよ、夜行性だから。」
 大袈裟に顔を顰めるマードックの頬を、MPが容赦なく抓った。他の3人の顔も、次々と摘んで引っ張る。
「いたたたた、何すんの。」
「うん、変装じゃないようだな、よし、行っていいぞ。」
「ったくもう、米兵さんは乱暴ですねえ。」
 そう言いつつ、車を発信させるカプリシャス。程なく空港に着き、4人はチャーター機に乗り込んだ。



 マードックおよびホテルの従業員3名がグアテマラから戻って数日。Aチームの面々は、思い思いの変装を施して、適当に隠れつつ、適当に外に出つつ、時間を潰していた。そして、土曜の夜。ホテルの1室で、テレビの前に並ぶ一同。時刻は夜の9時。
 ちゃらちゃちゃー、ちゃん♪
 お馴染みのテーマ曲がかかり、『世界ふしぎ発見』が始まる。レポーターのキャナリー・タケウチが、にこやかにカメラの前に立つ。
「今週は、グアテマラのティカル国立公園から、マヤ族の遺跡の謎! をお送りします。」
 キャナリーの開け口上に続いて、ティカル国立公園の全貌が画面に映し出される。青々と茂るジャングルの間に、石製の遺跡が点在している。もちろん観光地であるからして、観光客もそこここに……。
「お、いたぜ、ハンニバルだ。」
 コングが画面を指差した。
「どこどこ? あ、ホントだ。うわ、結構似てる〜。」
 フェイスマンも身を乗り出す。
「あたしだけじゃありませんよ、ほら、ピラミッドの上に1人仁王立ちしてる。」
 ハンニバルも画面を指差して笑った。
「フェイスの奴、ちゃんと女の子と肩組んでやがる(笑)。」
「当然。演技指導はばっちりだもの。」
「ワハハハ、あれ、ちょっと待て。モンキーまでいるぞ。」
「何?」
「ワハハ、何やってんだ、お前。出なくていいって言ったのに。」
「いいじゃん、俺っちにも夏休みの思い出作らせてよ。これペヨトルがビデオ録ってるんでしょ?」
 うん、録ってる。
「いやでも、面白いな、これ。ワハハハハ。」
 4人が注目する画面の中では、明るい笑顔でレポートするキャナリーの後ろで、思い思いに見切れるAチームの4人。フェイスマン(カプリシャス)は、現地で捕まえた女の子の肩を無理矢理組んで嫌がられているし、ハンニバル(マーティン)は、スパスパスパスパ葉巻を吹かしつつ、時折立ち止まってカメラ目線でニッと笑う変なおじさんだし、コング(グレン)は、神殿の天辺で仁王立ち(相当危ない)してヨロヨロしている。マードックに至っては、紙袋を被って真っ赤な浮き輪を腰に巻いた姿で、フラダンスを踊りながら画面を右へ左へ横切っていく……。既に、画面上の主役はキャナリー・タケウチではなかった。思い思いのアピールで、見切れよう、見切れようとし続けるAチームの皆さん(一部本物)。
「いやあ、いいもん見た(泣き笑い)。」
 フェイスマンが、目元の皺を気にしながらそう言った。
「デッカーの野郎、こんなもんに引っかかるかよ。」
「さあね、微妙なとこかな。こっちのテレビの画質が悪いのが、吉と出るか凶と出るか。モンキー。」
 ハンニバルがそう言うと、マードックは、頷いて盗聴器(受信機)のスイッチを入れた。



「大佐、大変です!」
 MPの指令本部に駆け込んでくる1人の部下。苦い顔で人員配置図を眺めていたデッカーは、血相変えた部下の登場に顔を上げた。
「どうした?」
「え、Aチームの居場所がわかりました!」
「何だと? どこだ、どこのホテルだ!」
「ホテルじゃなくて、グアテマラです、テレビ、テレビ点けて下さい。6チャンネル『世界ふしぎ発見』です。」
「何、『ふしぎ発見』だと!?」
 急いでテレビを点けるデッカー。そして、テレビの周りに群がるMPたち。
『ここ、ティカル国立公園の遺跡群は、メソ・アメリカにおけるマヤ文明の大いなる体現と言われ……。』
 キャナリー・タケウチのレポートも、デッカー、そしてその部下たちの目には入らなかった。彼らの目に今映っているのは、チョロチョロと画面に見切れ続ける、憎きハンニバル・スミスとその一党だけ……。
「おのれ、スミスめ!」
 ガン! とデッカーが机に拳を振り下ろした。その勢いで、机から落ちて粉々に砕けるタコ人形。そして、転がり落ちる盗聴器。
「……何だ、それは?」
 デッカーが盗聴器に目を留めた。クレインが急いでそれを拾い上げる。
「何でしょう……機械……みたいですけど……。」
 デッカーは、クレインから小さな機械を取り上げると、クソッ、と悪態をついて床に叩きつけた。
「盗聴器だ、見ればわかるだろう、それくらい。クレイン、これをどこで手に入れた?」
「……ビーチの土産物屋……今、テレビで踊ってる……そいつです……。」
 クレインが震える指を向けた先では、紙袋を被ったマードックが、イグアナの交尾と台風をイメージしたフラを踊っている。
「掴まされたな。そいつは、きっとスミスの一派だ。こいつのお蔭で、我々の動きはAチームに筒抜けだったってことだ。結果、隙を突かれてグアテマラに脱出された。」
 惜しい、デッカー。脱出されてない。
「す、済みません、大佐。そんなこととは思わず、ただの人形だと……。」
「御託はいい、大尉。この失態は、絶対に取り返すように。1時間以内に全軍撤収、グアテマラに向かうぞ!」
「はいっ!」
 そして、その夜のうちに、デッカー一味はカンクンから消えたのであった。



〜10〜

 どこまでも遠く続く青い海、青い空。眼下に広がる真っ白い砂浜では、ビキニの美女たちが闊歩し、カリブ海の心地よい風が頬を撫でる……。MP去り、すっかり平穏な日常を取り戻したラグーンのビーチに、ハンニバルとフェイスマンが佇んでいる。
「いやー、いいとこだったね、カンクン。天気はいいし、女の子は綺麗だし。」
「そうだな、仕事がなけりゃ、もう2、3週間いてもいいくらいだな。」
「……エンジェルに呼ばれてるんだっけ。」
「ああ。今朝も督促のFAXが来ていた。マイアミに計画されている珍獣動物園の件で、南アフリカの猛獣ブローカーが暗躍しているらしい。」
「猛獣退治、か。」
 フェイス、それ多分、趣旨が違う。と、そこに、つかつかと歩み寄ってきたのは、B.A.バラカス軍曹。
「何してるんでい、2人とも。もうフロリダへの定期船が出る時間だぜ。まだ荷物も運んでねえじゃねえか。」
「ああ〜、でももうちょっと時間あるよ。空港へはカプリシャス君が送ってくれるって言ってるし。」
「ははん、何言ってやがんだ、帰りは船便って決まってたじゃねえか。チケットだって、ほら、ここに。」
 と、ポケットから船便のチケットを取り出すコングちゃん。
「ああ、その券か。その券ね、ちょっと手違いあったみたいで、乗れないんだ、船。」
「何だと? んなわけねえ、ちゃんと、この通り、メキシコ運輸局発行の正式な……。」
 言いつつ、手にしたチケットに目をやったコングが、一瞬固まった。チケットに書かれていたのは、船の時間と、席番号、そして……踊るタコ人形。そう、マードック作、失せ物発見に利くという、あの人形……。見る見るコングの顔が真っ赤になり、眉間には怒り皺、首には血管が浮き上がり。
「あっの野郎! どこ行きやがった! モンキー!」
「へいここでやんす。」
「!」
 背後からマードックの声が聞こえたかと思うと、コングは、首筋に注射器がぶっ刺さったまま、砂浜に倒れ伏した。
 というわけで、Aチームの一行は、麗しのカンクンを後に、一路エンジェルの待つフロリダへと機上の人となったのであった。
【おしまい】
上へ
The A'-Team, all rights reserved