テルミン方式のロボット、そして時々ペンギン
鈴樹 瑞穂
 横浜は、東京ではない。フェイスマンにとってそれは新鮮な発見だった。ほぼどうでもいいことに分類されてはいたが。
 ともあれ、Aチームは今、横浜に来ていた。今回の依頼人はギークな日本人で、ハンドルネームはキャサリンと言う。取材が縁でエンジェルとメル友づき合いをしており、折り入って頼みたいことがあると相談されたエンジェルがAチームを伴って来日したというわけだった。
「皆さん、よくいらして下さいました。キャサリンです。お会いできて光栄です。」
 差し出された手を前に、フェイスマンは固まっていた。目の前の依頼人は、恰幅がよく、眼鏡をかけて髪の毛は伸ばしっ放しの――男性であった。東洋人は全般に若く見えるが、それにもまして年齢は不詳である。
『キャサリンって女の子じゃなかったの?』
 目線でエンジェルに助けを求める。
『私だって会うのは初めてよ! でも珍しい話じゃないでしょ。』
 アイコンタクトであるにも関わらず、実に雄弁にエンジェルは言い放った。
『とにかく、"彼"がクライアントよ。』
 フェイスマンは気を取り直した。何と言っても今、円は強い。円建てで仕事料を払ってくれるという依頼は魅力的だったし、そもそも既にここに来るまでに経費を使ってしまっているのだから、受けないわけには行かない。
「どうも。Aチームのペックです。」
「いやぁ、皆さんが来てくれて心強い。よろしくお願いします!」
 営業スマイルを浮かべて差し出したフェイスマンの手を、キャサリンが両手で握ってぶんぶんと振る。その手は冬だというのにちょっと汗ばんでいたが、フェイスマンはぐっと堪えて握り返した。



「ただいまー。話聞いてきたよ。」
 ウィークリーマンションの一室にフェイスマンが帰ると、一人掛けのソファにどっかりと座ったハンニバルが葉巻を手に振り返った。
「ご苦労さん。」
 向かいのソファではマードックがうまい棒を手にそっくり同じポーズを取り、隣でコングが嫌そうに眉を顰めている。
 コングは右手と左手に1枚ずつカードを持っていた。キャッシュカード大で、左手の方はペンギンの絵がついた緑のカード、右はロボットの絵でピンクのカードだ。SUICAとPASMOである。日本に着いてからフェイスマンが調達し、ハンニバル、コング、マードックに1枚ずつ持たせたものだ。これがあれば電車に乗るのはもちろん、自販機もコンビニでの買い物も事足りる。ちょっと目を離すとすぐに何かを買ってしまう仲間たちの無駄使い防止策だった。これなら予めチャージした金額までしか使えない。
 だがそんなことで諦める彼らではない。コングの前にカードリーダとアナライザがあるのを見て、フェイスマンはニヤリと笑った。チャージ金額までしか使えないのであれば、金額を書き換えればいい。詐欺師の発想としては至極正しい。
「何とかなりそう?」
 覗き込むとコングもニヤリと笑う。
「まあな。この手の非接触式のカードは通信を横から覗ける分、楽だ。問題は通信内容の解析だがな。」
「え、非接触なの? カードリーダの上に置くのに?」
「ああ、置いてるだけで端子を接触させてるわけじゃねえからな。コイツは電波を飛ばしてるんだ。ちょっとばかし離したって通信できるぜ。」
 そう言って、コングはリーダの上、数センチほどの距離にカードを翳して見せる。チャリン、と反応音がして、フェイスマンは首を傾げたが、マードックはポンと手を――うまい棒で――打った。
「テルミン方式だね!」
「まあ、大雑把に言えばな。」
 コングの渋い表情からその大雑把度合いは何となく想像がついたが、フェイスマンはそれ以上の質問は控えた。どうせ聞いてもよくわからない。咳払いを一つして、みんなの顔を見回す。
「それは置いといて――今回の依頼内容を説明してもいいかな?」
 船を漕いでいたハンニバルが何事もなかったかのように姿勢を戻すのを待って、話し始める。
「依頼人のキャサリンは――あ、これはハンドルネームで、日本人で『男』なんだけど――その、それ、の愛好家なんだ。」
 フェイスマンが指差したのはコングが手にしているピンクのカードだった。
「カードの愛好家?」
 マードックがコングからカードを受け取ってしげしげと眺める。
「違う、そこにいるロボットの愛好家。でも日本ではそっちのペンギンの愛好家の方が多いんだってさ。」
 そう言ってフェイスマンが取り出したのは、依頼人から渡された参考資料で、所謂ファンブックというものだった。ハンニバルがパラパラとそれを捲り、残りのメンバーも覗き込む。中はマンガだったので、日本語の読めないAチームにも内容は理解できた。要約すると、悪い顔のペンギンにロボットが苛められている。
「ふむ。事情はわかった……ような気がする。で、依頼人は具体的に何をしてほしいんだ?」
 ハンニバルに核心を突かれて、フェイスマンはうろうろと視線を泳がせた挙句、へらっと開き直った。
「えーっと、それが難しくて。要するに『ロボットの地位向上』をしてほしいらしいんだけど、具体的な指示は一切なし。作戦からこっちに丸投げ。」
「……何でわざわざ俺たちに依頼してきたんだ?」
 コングの疑問ももっともだと言えよう。フェイスマンはまたもやうろうろと視線を泳がせた挙句、へらっと開き直った。
「依頼料が……その、お値段が手頃だったから、って。」
 いっそ大根のような選ばれ方に、ハンニバルがすくっと立ち上がる。
「わかった、やってやろうじゃないか!」
 その瞳にはメラメラと闘志が燃えていた。



 ハンニバルがまず指示したのは、状況把握のための情報収集だった。幸いなことに、キャサリンから渡された資料の中に、公式グッズの販売場所なるリストがあった。
 ペンギングッズは駅構内の売店やコーヒースタンドの他、鉄道博物館やコンビニエンスストアでも幅広く販売されているらしい。その展開も、定番のステーショナリーの他、駅弁や、どら焼き、大福といった土産物、果てはホテルメイドのケーキまである。
 一方、ロボットグッズはあまり売られていないらしい。鉄道フェスティバルでTシャツやストラップ、パスケースが出るくらいだ。
「まあ、こっちの方がデザイン的に使いやすいって言うか、好まれるって言うか。」
 フェイスマンは経費で買い集めてきたペンギングッズを見て、ぶっちゃけた感想を述べた。マードックはペンギンの顔を模したチョコレートケーキを前に、獲物を狙う猫の目つきになっている。
「おい、このロボット、バスや電車に変身できるみたいだぜ。」
 コングはグッズが手に入らなかったために、デジタルカメラに収めてきたポスターや吊り広告の画像を並べて生真面目に分析していた。
「結構イイ味出してると思うんだが、やっぱり押しが弱いのか?」
「不憫な。」
 ハンニバルはすっかりロボットに肩入れしていた。彼は基本的に弱いものの味方である。コングは基本的に子供とロボットの味方だ。マードックは面白い方につくし、フェイスマンは謝礼が出る方の味方だ。
 というわけで、最初はキャサリンを見返してやろうという目的が、今ではすっかり心からロボットの地位を向上させようという気になったAチームは、行動を開始した。



〈Aチームの音楽、始まる。〉
 アキバのパーツショップを巡るコングとフェイスマン。店頭に並ぶメカメカしい部品を物色し、見比べては値切っていく。
 スケッチブックにざかざかと絵コンテを描くハンニバル。その横でマードックがミニチュアのセットを作っていく。材料はダンボールと樹脂粘土だ。
 コングが買ってきたパーツでロボットを組み立てる。フェイスマンは何とか同じピンクの色を出そうと、試行錯誤しながら塗料を混ぜ合わせている。
 ハンニバルからコンテの説明を受けるマードック。腕を組んで頷いたり、首を横に振ったり。合間にペンギンのチョコレートケーキを齧る。
 マードックが梯子の上からセットに照明を当てる。絵コンテを見ながらコングがロボットを1コマ1コマ動かしていく。監督はハンニバルで、カメラはフェイスマンだ。
 取り溜めた画像をコングが編集する。周りに集まって覗き込む3人。そしてハンニバルが満足気に頷き、フェイスマンとマードックがハイタッチをする。
〈Aチームの音楽、終わる。〉



 その日、ペンギン公式サイトの片隅に、ピンクのロボットのアイコンが表示された。クリックすると、ピンクを基調としたロボット非公式サイトに飛ぶ。
 メインコンテンツはクレイアニメ(と言っても、ロボットだけは電子部品を組み合わせた金属製だ)で、悪いペンギンに苛められていた心優しいロボットが、ペンギンのピンチを電車やバスに変身して助けるというハートウォーミングなストーリーだ。粘土細工の背景やペンギンはどこかヘタウマな風情なのだが、ロボットは非常によくできていて、しかも変身が差し替えではなく本当に変型させていることから、素人技ではないと話題を集めた。
 しかも、全体的にはハートウォーミングなのに、最後の最後にロボットがペンギンに対して、とても穏やかかつ無機的に「これに懲りたら今後は態度を改めて下さい。でないと……」とキラーンと目を光らせるブラックテイストがギークな大人に大変好評を博した。
 リンクはすぐに切られ、非公式サイトも削除されたが、その時にはもうクレイアニメの動画は有志の手によってネット上のあちこちで公開されていた。



 キャサリンはAチームの仕事に非常に満足してくれた。クレイアニメのオリジナルデータとコング作のロボットに、おまけでマードック作のヘタウマ粘土ペンギンをつけて渡すと、約束の額より多めの謝礼を支払ってくれた。フェイスマンはその謝礼に、そして他の3人はキャサリンの心からの尊敬の眼差しに、いたく満足した。
 ウィークリーマンションを引き払う準備をしていると、そこへエンジェルが帰ってきた。今までどこに行っていたのか、いくつも袋を抱えている。
「これ、入りきらないから、あなたたちのトランクに入れてくれない?」
 渡された紙袋はずしりと重く、マードックが潰れたカエルのような声を上げた。
「何これ、本?」
 フェイスマンががさごそと袋を開けると、中から出てきたのは大判の雑誌だ。しかも微妙に厚く、箱のようになっている。
「ブランドムックよ。今、流行ってるの。これが買いたくて日本に来たのよね。」
 出るわ出るわ、ずらりとムックを並べて、エンジェルはご満悦だ。
「あ、これも買ったから、そっちの経費につけといてね。ついでに他のも。」
 そう言ってエンジェルが掲げて見せたのは、SUICAのペンギンブランドムックだ。オリジナルのトートバックとパスケースがついてくるらしい。
「こんなものまで……。」
 フェイスマンが呆然と呟き、マードックが箱を開けて付録を引っ張り出す。
「あ、可愛い。」
「付録にしちゃいいモノがついてくんだな。こいつが欲しくて買う奴がいそうだぜ。」
 感心するコングに、腰に両手を当ててエンジェルが説明する。
「それがブランドムックよ。買った人が付録を使えば他の人の目にもつくし、ブランドの認知度も上がって一石二鳥ね。」
「え、あっ。」
 ヤバイ、とフェイスマンが思った時にはもう遅かった。
 ハンニバルがすくっと立ち上がる。
「わかった、やってやろうじゃないか!」
 その瞳にはメラメラと闘志が燃えている。
「態度を改めないペンギンに対して、ロボットとしても徹底抗戦する必要があるな。」
 お金にならない仕事はやめようよ、という意見は聞いてもらえる雰囲気ではなく、フェイスマンはトホホ、と眉を下げたのだった。
【おしまい】
本日の課題;何も見ないでペンギンとロボットを描いてみましょう(制限時間3分)。
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