特攻野郎Aチーム 究極兵器を奪還せよ!
フル川 四万
〜1〜

 ロサンゼルスが冬の低気圧に見舞われた寒い夜。
 街路に人影はなく、吹きすさぶ雪混じりの風と、時折空の低いところで輝く稲光だけが、街を通り過ぎてゆく。ここは郊外の廃車置き場。山積みにされたスクラップの陰に、1人の男がうずくまっている。身長は2メートル近く、体重は300ポンドをゆうに超えるだろう。フットボールの選手かレスラーかという筋骨隆々のコーカソイド。髪は黒、目の色は、黒いサングラスに隠れて見えない。服装は、服装は……全裸。こんな天気の中、靴下すら履いていない、完全なる、まっぱ。さぞかし寒かろうと思うのだが、全裸男は、そんなことを気にするでもなく、ゆっくり立ち上がり、そして歩き始めた。



 所変わって、ここはパブロフ楽器店。ロサンゼルス市街の外れにある小さな楽器屋だ。楽器屋と言っても、ギターやピアノやバイオリンを売っているわけではない。珍しいことに、ロシアの電子楽器、テルミンの専門店なのだ。
「あー、暇だな。クリスマスも終わったし、こんな夜にテルミン見に来る客なんかいないよな。もう閉めちゃおう。」
 店番中のバイト店員ボブは、そう言うと、1台しかないテルミンに埃よけの布をかけ、シャッターを下ろすために店の入口に向かいかけた。と、その時、ドアをゆっくりと開き、1人の男が店に足を踏み入れた――全裸で。
「うわ、何、何、お客さん、どうしたんすか、そんな格好で!」
「ターミネンを渡せ。」
 男は抑揚のない声でボブにそう告げた。
「ターミネン? ……何すかそれ。いや、それより服着て下さいよ。てか、マジでどうしたの!? 追い剥ぎにでもやられたの?」
「ターミネンを渡せ。」
「お客さん、ターミネンじゃないよ、テルミン。うちはテルミン屋! 他のもんは扱ってないから。」
「……テルミン?」
「そう、これ。」
 そう言って、ボブは展示用のテルミンにかけた布を取り去った。全裸男はテルミンに近づくと、それを一瞥し、視線をボブに戻した。
「これじゃない。ターミネン。どこだ。ここはイワン・ボリソヴィチ・パブロフの研究所ではないのか。」
「確かにうちはパブロフ博士の店で、博士がテルミンを開発してたけど、その博士は先月亡くなったんだよ。今は孫のノンナ・パブロフが店を継いでる。で、何の用? 今、テルミンは在庫ないし。こないだ博士の最後の作品10台を売り切ったから、後は受注生産だって。」
「誰が買った。」
「何?」
「その10台。誰が買った。パブロフの作品であるならば、その中にターミネンがあるはずだ。」
「……あんた、楽器マニアか何か? 博士のテルミンにプレミアでもついてんの? ちょっと待って、ええとね。」
 と、ボブは納品リストを取り出した。途端に、全裸男がその紙を引っ手繰る。
「あっ、何すんの、返して。」
 ボブの言葉を完全に無視して、男は踵を返した。
「ちょっと待って、うちのリスト、勝手に持ってかないで……。うぐっ!」
 追いすがるボブの鳩尾に全裸男の拳が刺さった。全裸男は倒れたボブを(全裸で)踏み越え、店を出ていった。
「ターミネン……手に入れる……絶対に……。」



〜2〜

 スクリーンでは、怪獣アクアドラゴンが勝利の雄叫びを上げていた。遂に勝ったのだ、あのにっくきライバル、ファイヤーバードに。永遠に続くかと思われた水と炎の戦闘シーン(火、点けては消され、消しては点けられ、所要時間45分。映画全体の長さ、1時間2分)は、最終的には殴り合いとなり、倒れたファイヤーバードのマウントを取ったアクアドラゴンが、ファイヤーバードをボコリ続けて、ぐったりした相手に跨ったまま、勝利の雄叫び、からの、すぐエンドロール。何て言うかこう、いつにもまして雑な作り。単館上映とは言え、何でお金取ってお客さん呼んでるのかよくわからない。
 C級映画が終了し、場内が明るくなった。呆れながらも最後まで映画を見切ったノンナ・パブロフは、自分の隣の席にアクアドラゴン本人(人?)が座っていることに気がつき、きゃっ、と声を上げた。因みに、映画館にお客はノンナ1人だけ。アクアドラゴンとの完全なツーショットである。
「驚かせてしまって済まんね、お嬢さん。で、あたしの雄姿はどうだったかな?」
 その言葉に、ノンナは慌ただしくバッグから取り出した手帳のページを捲り、読み上げる。
「ハラショー! 素晴らしかったわ! まさに世紀の傑作と言うべきでしょうね。他の怪獣映画にはない品格とゴージャス感。……ゴージャス感?(しばしの沈黙の後、気を取り直して)……こんな傑作を買いに来ないなんて、パラマウントも20世紀FOXも、見る目がないとしか言いようがないわ。」
 そこまで一気に喋ってアクアドラゴンの方を見れば、アクアなドラゴンなのに、なぜか口から煙を吐いている怪獣の姿。
「いや、素ん晴らしい。お嬢さん、あなたは見る目がある。」
「……それは、どうもありがと。」
「あたしたちは上手くやって行けそうだね。よろしく。」
 そう言うと、アクアドラゴンの頭部をすっぽり抜いたハンニバルが、葉巻を銜えた姿でニカッと笑い、そしてこう続けた。
「ノンナ・パブロフだね。あたしがジョン・スミスだ。」
 差し出された握手の手を引きつった笑顔で握り返すノンナであった。



〜3〜

 パブロフ楽器店の2階。イワン・ボリソヴィチ・パブロフ博士の住居の居間では、Aチームと依頼人のノンナがテーブルを囲み、一昨日の新聞を広げている。(うみょーん。)
「……パブテスト教会、謎の全裸男に襲撃される。僧服を剥ぎ取られた牧師、風邪で寝込む。……何でえ、こりゃ変な事件だな。」
 コングが、赤ペンで丸をつけられた事件の記事を読み上げた。(うみょーん、みょいーん。)
「犯人、パーティか何かで牧師の格好したかったんじゃない? あれ、男前に見えるし。」
 フェイスマン、だからちょくちょく牧師姿なのか?
「それにしても、全裸で行くか?」(にゅうるるる……にょーん。)
「こっちも見て下さい。」
 ノンナが、昨日の新聞を差し出した。
「何々、撮影中のフランケンシュタイン映画の特殊効果班、牧師姿の男に襲撃される。被害は、フランケンシュタインの被り物1枚。それから、殴られたスタッフが肋骨にヒビ入れて入院、とな。」
「何かクールな強盗じゃん。裸で教会行って牧師服奪って着て、次の日にその格好で映画の撮影所に行って、フランケンの被り物奪うって。そいつぁきっと、芸術がわかる男だね。音に譬えるなら、こんな感じ?」(うみょーん、にゅいぃぃぃん、ひゅるん、もわぁぁーん。)
「うるせえ、このスットコドッコイ。話してる時くらい、その変な箱で音出すのやめやがれ。」
 コングに怒鳴られたマードックが、テルミンの演奏をやめた。5分前に演奏方法を知った割には、恐怖映画の効果音的な音は出せているので、才能あるかもしれない。因みに、さっき病院から脱走してきたばかりなので、拘束衣着用中。問;両手を縛られて、どうやってテルミン操ってた? 答え;全身をくねらせて、です。
「次は、牧師服にフランケンシュタインの被り物で、どっか襲うんじゃねえか。」
 と、コング。その言葉に、ノンナが大きな溜息をついた。
「それが問題なんです。実は、襲われる可能性が高い場所が2ヶ所あります。」
「何だって? もう犯人の目星はついてるの? もしかして知り合いか何か?」
「……知り合いではないけれど、大方は。でもその前に、私の祖父、イワン・ボリソヴィチ・パブロフについてお話させてください。今回の件は全て、お祖父ちゃんが作った、ある楽器が原因なんだと思うんです。」
 ノンナは、そう前置きして、祖父イワン・ボリソヴィチ・パブロフの波乱の人生について語り始めた。
「……お祖父ちゃんは、ソビエト科学アカデミーの優秀な工学者でした。でも20年前、軍事主導のソビエトの体制に疑問を抱き、アメリカに亡命しました。その時5歳だった私も、お祖父ちゃんと一緒に逃げてきました。」
「孫連れて亡命か。ノンナのご両親はどうして来なかったんだ?」
「パパとママは死にました。私たちが亡命する前の年に。亡くなった直接の原因はわかりませんが、粛清された、と聞いているので、きっと殺されたんでしょう。」
「……そうか。悪いことを聞いて済まなかった。」
 ハンニバルの謝罪に、ノンナは、いいんです、と頷いた。
「お祖父ちゃんは、モスクワの軍事研究所で、レーザー兵器の開発に携わっていました。50キロ先の人間まで正確に狙い撃ちできる究極のレーザー兵器だったそうです。その開発の途中で、突然、アメリカに亡命したんです。開発中だった兵器の資料は全部破棄してきたと言います。亡命を受け入れたアメリカ政府は、当然、その兵器の技術を求めてお祖父ちゃんを軍事研究所に招聘しようとしましたが、お祖父ちゃんは拒否。息子である私の父が死んで、もう人殺しの機械を作るのは嫌になったんですって。それで、ワシントンからロスに引っ越してきて、テルミンを作る仕事を始めました。」
「究極のレーザー兵器から楽器か。180度以上の転換だ。立派な爺さんだな。」
 ハンニバルが、感心したようにそう言った。
「ありがとうございます。自由の国アメリカの方にそう言っていただけると、お祖父ちゃんもきっと喜びます。」
「それで、テルミン屋と今回の事件に何の関係が?」
「お祖父ちゃん、元々凝り性なので、ここ数年、『究極のテルミン』を開発すると言って、工場に籠りっきりでした。何でも、レーザー光線と音楽の平和的融合、とか言って。でも、無理が祟ったのか、先月、心臓発作で倒れて入院。危篤状態の時に、お祖父ちゃん、私を枕元に呼んで、こう言ったんです。『究極のテルミンは、もう完成して、倉庫に置いてある。名前は、ターミネン。お前の誕生日プレゼントにしようと思って、でき上がったことを黙っていて済まない』って。それからすぐ、お祖父ちゃんは息を引き取りました。96歳でした。」
「……いい爺さんだな。それで、ターミネンってやつは、どれなんだい?」
「もうここにはありません。私がお祖父ちゃんの葬儀を終えて1週間振りに店に出勤した時には、もう売られてしまった後でした。アルバイトの店員が、普通のテルミンと間違えて売ってしまったみたいなんです。完全受注生産だから数は合っているはずなのに、発注品を全部発送した後の倉庫に、普通のテルミンが1台残っていたから。」
「そりゃ残念だな。取り返すことはできないのか?」
「できます。顧客リストがあります。それで、その時倉庫にあった10台のテルミンをお求めいただいたお客様に、事情を説明してターミネンと普通のテルミンを交換していただこうとしていた矢先に、来たんです、その人が。」
「……その人?」
「だから、その、牧師の服を剥いで、フランケンシュタインの被り物奪った犯人です。私が所用で出かけている間はアルバイトのボブに店を任せてるんですが、教会の事件があった夜、サングラスをかけた大男が店にやって来て、『ターミネンを出せ』と迫ったそうです。それで、ボブから顧客リストを奪って、ボブを殴って逃げました。」
「裸で?」
「はい……服は着ていなかったようです。それで、うちの被害はリスト1枚だし、ボブも打撲程度だったんで、警察には届けなかったんですが……。」
「ちょっと待って、着てなかったって、その、下の方も?」
 下らない興味で話の腰を折るフェイスマンである。
「……はい……穿いてなかったと、ボブが言っていました。」
 ノンナは、顔を赤らめながらも律義にそう答えた。
「ということは、襲われた教会と映画の特殊効果班というのは?」
「テルミンを納品した客先です。顧客リストの上から2つ。教会に3台、撮影所に2台納品しています。」
「顧客リストには、あと何人載っているんだ?」
「2人、と言うか1人と1ヶ所です。」
「それがどこか覚えてるか?」
「はい。カーボン複写の控えが残っていますし、元々そんなに数が出る製品ではないので覚えています。大学生のリック・コヨーテさんに1台。もう1ヶ所は、退役軍人病院精神科、福祉部。」
「何だって!?」
「退役軍人病院ですと?」
「しかも精神科かよ!」
「俺んち!? 俺んち、テルミン買ったんだ。うわ、楽しみ。」
 マードック1人、はしゃいでぴょんぴょん跳び上がり、テーブルの足に引っかかって倒れた。
「はい。テルミンの音程が不安すぎて、逆に精神の安定にいいのでは、という学説があるようで、精神療法の道具に購入されたみたいです。」
「ま……ったく同意できん学説だな。」
「私も、違うんじゃないかな、とは思うんですけど、何でも、最近、大学の偉い先生の説が新聞に載ったとかで。」
 ノンナの言葉に、フェイスマンがバツが悪そうに口を挟んだ。
「あの、えーと、ごめん、それ俺だわ。」
「何が、お前なんだ?」
「うん? だから、テルミンが精神障害にいい、って説を唱えてる心理学者。」
「はあ? お前が心理学者だと?」
「うん。ほら、俺、最近さ、ウクライナ出身のモデルのアリョーシャって娘を口説いてたでしょ?」
「知るかよ、てめえが誰口説いてたかなんて。」
 コングが、そう吐き捨てた。でね、と、フェイスマンがコングを全く無視して先を続ける。
「彼女、インテリジェンスのある男が好き、とか言うもんだからさ、つい、職業をね、大学教授だよ、なんてね。そんな感じでデートに漕ぎつけてさ。彼女をエスコートして行ったメゾンのパーティで、何の流れかテルミンの話が出てさ。俺、テルミンって何だか知らなかったから、ああそれ、脳波に効くんですよ、って出任せ言ってたら、たまたま来てた記者の人に聞かれて、インタビューされちゃったんだよね。」
「それで、お前のデタラメな説が新聞に載ったわけか。」
「うん、そゆこと。俺のデタラメ信じて、モンキーんとこの病院がテルミン買ったのか。へー。」
 他人事のように感心するフェイスマンである。君の大嘘で国費が無駄遣いされたというのに。
「それで、誰なんだ、その、ターミネンを探してる犯人っていうのは。」
 気を取り直して、ハンニバルがノンナに問うた。
「私の想像ですが、多分、ソビエトの諜報部、KGBのエージェントじゃないかと思います。」
「KGBか〜。赤の広場で演奏会、とか?」
「何でKGBが楽器を狙うんだ?」
「お祖父ちゃん、亡命はしましたが、まだソビエト国内に友人がいて、時々電話をしていたようなんです。だから、きっと知り合いに、ターミネンが完成した、と言ってしまったのでしょう。」
「それが、ソビエト当局の耳に入った。」
「そうか、KGBの奴らは、パブロフ博士が作った『ターミネン』ということで、究極の楽器じゃなくて、究極のレーザー兵器が完成したと思い違いをしてるんだ。」
「だろうな。それで、アメリカに軍事利用される前に、パブロフ博士の研究成果を奪い返しに来たってことだろう。」
「KGBが絡んでるとなると、話は単なる楽器強盗では済まなくなるよね。まだターミネンが奴の手に渡ってないなら、顧客リストの残りんとこにも行く可能性が高いんじゃない?」
「間違いないな。次のターゲットは、きっと1台買った大学生のところだ。」
「ああ、急がねえと危ないぜ。」
「よし、俺とコングは、その大学生のところへ行こう。フェイスとモンキーは、ノンナと一緒に病院に戻って、病院にターミネンがあるかどうか確認してくれ。」
「了解。記録的な早帰りだけど、ま、いっか。」
 結局、外出時間2時間弱くらいで病院に戻っていったマードックであった。



〜4〜

 リック・コヨーテは、学生寮の自室で1人、音楽を聴いてゴロゴロしていた。ルームメイトのケニーはクリスマス休暇を家族と過ごすために田舎に帰っているから、現在は広めのワンルームに1人暮らし状態である。両隣の部屋も同様の理由で不在だし、心置きなく大きな音でラジカセを鳴らして、大好きなテクノポップを聴きながら、買ったばかりのテルミンの説明書を読んでいる。
「やっぱ時代はテクノじゃん? 僕が、このテルミンを使った新しいテクノミュージックを創造して、音楽業界に旋風を巻き起こしたりして、んふふふ。」
 鼻歌交じりで説明書を読み終え、さて、じゃあテルミンを鳴らしてみるか、と起き上がってテルミンの箱に手をかけたその瞬間……ドッカーン!
 轟音と共に、部屋のドアが吹っ飛んだ。
「うわあっ!」
 ドアと共に本人も吹っ飛び、壁に背を打ちつけて固まるリック。土埃を上げて吹っ飛んだドアと崩れた壁が舞い上げる噴煙の中から、今までの人生で一度も見たことがないような巨大なシルエットが浮かび上がった。牧師服のその男の顔面にはグロテスクな縫い目が走り、口の端からは血が流れ、頭には杭が刺さっていて……サングラスをかけている。
「ひっ、フ、フランケンシュタイン……?」
 リックは腰を抜かしてへたり込んだまま、自分に相対する怪物の名を呼んだ。
「ターミネンはどこだ。」
「ひゃあっ、助けてくれっ。殺さないでくれ、頼む! 何でも、何でも持ってっていいから!」
 リックは、そう言いながら、手元にあった本やらオモチャやらを、次々にフランケンに投げつける。
 フランケンシュタインは、そんなリックを気にも留めず、テルミンの箱を手に取り、乱暴に中の楽器を引き抜いた。そして、「これも違う……」と、一言。踵を返して部屋を去ろう……として、唐突に止まり、リックに振り返った。
「な、何だよ、何か用かよ。」
 リックが震える声でそう言った。
「今流れている音楽は、何だ。」
「あ、これ? これ、最先端のテクノポップだけど……。」
「テクノか。ふむ。いただいていく。」
 牧師姿のフランケンは、リックのでかいラジカセ(ソニーの初代ドデカホーン)を、ひょいと肩に担ぎ上げ、悠々と部屋を出ていった。



〜5〜

 毎度お馴染み紺色のバンをすっ飛ばして、顧客リストにあったリックの住所――大学の学生寮――に急行するハンニバルとコング。
「間に合えばいいがな。」
「ああ、人死にさえ出ちゃいねえが、ノンナんとこの従業員は殴られてるし、撮影所では骨にヒビ入れた奴もいる。KGBたあ、どんな人種だかわかんねえが、喧嘩っ早いことだけは事実みてえだからな。」
「ああ、あのKGBの諜報部員なら、恐ろしい奴と考えていて間違いはない。牧師さんも風邪を引いたことだしな。」
「それは関係ねえだろ。」
 と、コングがハンニバルに突っ込みを入れた直後、車は急ブレーキで学生寮の入口へと乗りつけた。手に手に武器を取り、建物へと駆け込むと、2階のリックの部屋まで階段を駆け上がっていく2人。
「ハンニバル、奥の部屋だ。……畜生、間に合わなかったか!」
 崩れた入口の壁とドアを見て取ったコングが、そう叫んだ。
「リック、リック! 無事か?」
 ハンニバルは、銃を構えたままリックの部屋に躍り込んだ。
「ひゃあっ! また変なの来た! 今度は、今度は何だよぅ、ターミネンなんて僕知らないよう……。」
 地道に部屋の片づけを執り行っていたリックが、銃を構えて躍り込んできた2人に驚いてへたり込んだ。ハンニバルは銃を下ろすと、できるだけ優しい口調で、暴力的な事態の連続にすっかり心が折れている大学生に話しかけた。
「驚かせて済まない。怪しいもんじゃないんだ。ターミネンってことは、奴が来たんだな。どんな奴だった? 顔を覚えているか?」
「お宅たち、もしかして刑事さん? ……あの、牧師の格好をして、グラサンかけた、フランケンシュタイン……だったような。」
「そうか。何か盗られなかったか?」
「ラジカセ……。」
「ラジカセ?」
「ああ、僕のラジカセと、お気に入りのテクノを編集したカセットを持ってかれた。ねえ、刑事さん、あいつ捕まえて、僕のラジカセ取り返して!」
「ハンニバル、テルミンは無事だ。これはターミネンじゃなかったようだぜ。」
 部屋の片隅に投げ出されたテルミンを確認してコングが言った。
「ここでもなかったか。」
 リックのお願いをさらっと無視して、ハンニバルがコングに向き直った。
「てことは、ターミネンのありかは……。」
「モンキーんとこの病院だ!」
「行くぞ。奴はもう、そっちに向かってるはずだ。」
「おう。」
 2人は、来た時と同じくらいの勢いで部屋を出ていった。残されたリックは、ただ茫然と、その後ろ姿を見送ったのであった。



〜6〜

 所変わって、ここは退役軍人病院精神科福祉部。パブロフ楽器店のノンナ・パブロフと、同店の従業員フェイスマン、そしてお散歩帰りの患者さんが、退役軍人病院精神科福祉部長のマーテル女史を訪ねたのは、ちょうどKGBのフランケンがリックの学生寮を出たタイミングであった。
「済みません、マーテルさん、お納めしたテルミンに不具合があったので修理に来ました。」
「ああ、パブロフ楽器店の方ね。不具合? まだ梱包を開けていないから気がつかなかったわ。今持ってくるんで、ちょっと待っててね。」
 マーテル女史は、倉庫に片づけてあったテルミン4台の入った箱を台車に乗せて、ゴロゴロと玄関ホールに運び出した。
「済みません、修理が終わりましたらお呼びしますので。」
「そう。じゃ、私は部長室にいるから声かけてね。あ、マードックさん、何してるの。業者さんの邪魔しないように、とっとと談話室に戻りなさい。」
 マーテル女子は、そう言うと、部長室に戻っていった。ここは患者が出てこられない区域のはずであるが、脱走癖も板についたマードックは、既に『そこにいることもある』患者として認識されているようだ。
「この中にターミネンがあるのね。」
 マーテルの背中が見えなくなるのを確認したノンナが、そう呟いた。
「さ、とっとと開けちまおう。」
 フェイスマンは、そう言うと、段ボール箱のガムテを毟り取り、蓋を開けた。
「まあ。」
「わお。」
「……これがターミネン?」
 箱を覗き込んだ3人が一斉に声を上げた。ターミネンと思われる物は、確かにそこにあった。そしてそれは、全力で自己主張するタイプの物体であった。何がって、見た目が。他の3台は、ボディが黒、2本のアンテナと脚部分は銀。実にクールな色合いだ。だが、ターミネンは……。
「派手だね。」
 フェイスマンが、ターミネンをゆっくりと箱から取り出しながら、そう言った。
「ええ、私も、まさかこんな派手なものとは思わなかったわ……。」
「ピースフルでいいじゃん、これ。」
 ターミネン、形は、ほぼテルミン。色は、ボディには7色の虹がペイントされ、その上にはラメが散りばめられている。アンテナの色は、金色。ボディの中心から、3本目のアンテナが上に向かって1メ−トルほど伸びている。そして、側面には堂々と『terminenn』の文字が、これまた金の浮き彫りで施されている。
「サイケデリックって言うのかしら……うちのお祖父ちゃん、センスないわね。残念だけど。」
 ノンナが、ターミネンをまじまじと見つめながら、そう言った。
「ノンナ、これ、ホントに楽器だよね? レーザー兵器じゃないよね?」
「……多分。私も初めて見るからわからないけど。ちょっと演奏してみるわね。」
 ノンナは、そう言ってターミネンのスイッチを入れた。
(うみゅーん、しゅぴーん、みょいみょいーん、おろろろきゅるーん。)
「……普通に音が出るわ。あら、この真ん中のスイッチ、何かしら?」
 ノンナは、真ん中の棒の根本についていたスイッチを押した。その途端、ボシュッ! と鋭い音を立てて、ターミネンの真ん中の棒からレーザー光線が真上に向かって発射された。
「うわっ。」
 驚いて天井を見上げる3人。しかし、レーザー光線は天井に当たり、突き抜けることも天井を砕くこともなく、光の粒になって砕け散った。
(うみゅーん、みゅよーん、ひゅるるるる……。)
 そして、ノンナが演奏する音に合わせて、散った光が踊り始める。きらきら、ゆらゆらと揺れながら、光の粒たちは、まるでオーロラのような襞を作り、ゆっくりと下降し、そして消えた。
「すげえなあ。オーロラができてたよ。俺、ちょっと弾いてみたい。」
「これがターミネン……。楽器に視覚の要素を加味したんだね。なかなかステキじゃん。」
「ホントに……ホントに綺麗。センスないって言ってゴメン、お祖父ちゃん、ありがとう……。」
 ノンナは、両手で顔を覆い、泣き始めた。その肩を、そっと抱くフェイスマン。
 そしてマードックが、隣で繰り広げられている割と感動的なシーンを全く無視して、ターミネンのデタラメ演奏と、レーザーの乱れ撃ちを始めた。と、ちょうどそんなタイミングで、微かに聞こえてくる電子音。ピコピコと、何だか未来的な響き。
 泣いていたノンナが、その音に気がついて顔を上げた。
「何の音かしら?」
「音楽……みたいだね。」
「この感じ、テクノか何か?」
 きょろきょろと周りを見回す3人。
「……来ちゃったよ。」
 フェイスマンが、玄関の方を見てそう言った。
「来ちゃった?」
 マードックの問いに、フェイスマンが視線で目的物を示した。注目するマードックとノンナ。3人が見つめる先には、大きな牧師姿のフランケンシュタインが、どでかいラジカセを肩に担ぎ、ノリノリでこちらに向かって歩いてくる姿。かかっている音楽は、今流行のテクノポップである。
「えーと、KGBって、あんなんでいいんだっけ?」
 時々ブレイクダンス風になりながら、こちらに近づいてくるフランケンに、マードックがそう呟いた。
「いや、KGBがテクノでノリノリって方が、かえって不気味。」
 フェイスマンの言葉には、一理ある。
 3人がぽかんとフランケンシュタインのダンスを眺めているうちに、当のフランケンは、病棟入口に辿り着き、軽やかにガラス戸を開けると、玄関ホールの中へと進んだ。



「あ、あなたね、うちの顧客を次々に襲っているのは!」
 ノンナが、フランケンの前に1歩、歩み出た。フランケンは、サングラスを外すと、被り物の目に開いた小さな穴からノンナを眺めた。
「お前が、ノンナ・パブロフか。」
「そうよ。」
「ターミネンを渡してもらおう。」
「嫌よ。あれは、お祖父ちゃんが私のために作ってくれた楽器なの。たとえ1億ドル積まれても渡せないわ。」
「楽器? そんなものはどうでもいい。ターミネンはどこだ。」
(うみょーん、みょーん、びょいーーん。)
 緊張したやり取りの横で、ターミネンを弾き続けるマードック。時折、ボスっとレーザーを打ち上げ、オーロラを出現させている。ノンナが、キッ! とマードックを睨んだ。
「あれがターミネンよ。」
 ノンナが、マードックが弾いているレーザー光線つきのテルミンをビシッと指差した。
「あれ? あれは、単なる派手なテルミンだ。私の言うターミネンは、小型の、銃の形をしたレーザー兵器のことだ。」
(ひゅいっ、ひゅいっ、みょろん、みょろん。)
 だいぶ扱いに慣れてきたマードックは、フランケンのラジカセ(正確にはリックのドデカホーン)から流れるテクノに合わせて、ターミネンの即興演奏を始めた。ついでに、もう1台テルミンを立ち上げて、1人二重奏のような状態になっている。
「……残念だけど、お祖父ちゃん、もう兵器は作ってなかったの。」
「作っていないだと? 我々は、究極兵器ターミネンが完成したという、確かな情報を得たのだ。嘘をつくな。渡さないなら、こちらにも考えが……それにしても、そこのお前。」
 話の途中で、唐突にマードックに目をやるフランケン。
「俺?」
 と、自分を指差すマードック。
「お前だ。お前は、テクノの演奏が上手いな。ノレる。」
 そう言うと、軽くステップを踏み出すフランケン。
「そう? あんがと。」
「しかし、その話は後だ。まずはターミネン。さあ、ターミネンはどこにある。あれは、我々、科学アカデミーの今世紀最大の成果だ! 返してもらおうか。」
「科学アカデミー? あんた、KGBじゃないの?」
「あんな野蛮な連中と一緒にするな! 返せ! ターミネンを返せ!」
 その言葉を聞いた途端、フランケンの顔色が(何となく)変わった(ような気がした)。
「我々は、日々祖国の発展のために知力を振り絞っているのだ。それを、あんな脳味噌と筋肉の区別もつかない奴らと間違えるとは……。」
 そう言って、激昂したフランケンがノンナに詰め寄った、その時――



「そこまでだ。」
 フランケンの背後から、聴き慣れた声がした。
「ハンニバル! 遅かったじゃん。」
「いや、済まんね、道が混んでてね。」
 そう言いながら、フランケンの背中に銃を突きつけるハンニバル。その間に、コングがフランケンの身体を検査する。
「ハンニバル、こいつ丸腰だぜ。武器は持ってねえ。」
「武器を持っていないだと? KGBのくせにか。」
「だから、あいつらと一緒にするなと言っただろう!」
 フランケンが振り返り、コングに殴りかかった。コングは、スウェイでフランケンのアッパーを簡単に避けると、彼の鳩尾に1発お見舞いした。
「うっ!」
 情けない声を出して、フランケンは倒れ、そのまま気を失った。
「おや、気絶ですかね。」
「うわ、弱っちい……。」
「ホント、みっともないわね……。」
「KGBだと思って気合い入れてたのによ、歯応えのねえ奴だったぜ。」
 倒れるフランケンを見下ろし、あんまりな感想を述べる皆の衆であった。
(みょいーん、ふぉいーん、ひゅううううう。)←マードック、引き続き演奏中です。



〜7〜

 パブロフ楽器店の2階のテーブルの上に、牧師姿の男が縛られて正座している。彼の傍らには、フランケンシュタインの被り物とドデカホーン。被り物を脱いだ生の頭部は、端正な顔立ちの青年であった。それを囲む、Aチームの面々に、ノンナ、そしてボブ。
「話してもらおうか、お前が誰なのか。そして、どうしてテルミンの購入者を次々と襲ったのか。ま、大筋はわかっているが。」
 ハンニバルが、項垂れる青年に穏やかに問うた。青年は、大きな溜息を1つつくと、観念したように話し始めた。
「……私は科学アカデミーのメンバーで、名前はニコライ・アバエフ。パブロフ博士の下で、究極のレーザー兵器ターミネンの開発に携わっていた。」
「……お祖父ちゃんの部下だったの。」
「そう。私はパブロフ博士に心酔していた。……しかし、博士は、ある日突然、亡命してしまった。研究所のメンバーに何も告げず、ターミネンの資料を全部持ったままで。」
「それは誤解よ。お祖父ちゃん、資料は全部捨ててきたもの。」
「そんなこと、信じられるわけがない。……我々は、博士がアメリカでターミネンを完成させ、その技術をアメリカに売ることを恐れた。そして、博士と親しかった人間の家の電話を盗聴し、ターミネンの情報を探っていた。」
「で、遂に完成した、と早とちりしたんだな。」
「早とちりだったのか……あるいは、本当にそうだったのかもしれない。捕まってしまった今となっては、確かめようがないが。」
「細かいこと訊いていい?」
 と、フェイスマン。
「何でも訊け。」
「何で裸だったの?」
 フェイスマンの質問に、フランケンだった男は、がっくりと項垂れた。
「ロサンゼルスに着いた夜に、3人組の男にカツアゲされた。武器も、金も、パスポートも服も、全部取られた上に、ボコボコにされて廃車置き場に投げ捨てられた。命があるのが奇跡なくらいだ。一般人があんなに凶暴だなんて……アメリカというのは本当に恐い国だ。」
「……何て言うか……済まねえな。」
 コングの謝罪に、アバエフは力なく笑った。
「いいさ、私はもう祖国の土を踏むことは叶わぬのだろう。」
「は、何で? 別に俺っちたちはさ、あんたがノンナの大事なお祖父ちゃんの形見に手を出さないでいてくれるんなら、あんた捕まえようとか(捕まえてるけど)、当局に突き出そうとか、思ってないぜ?」
「……何だと? お前たち、私を見逃してくれるのか?」
「見逃すも何も……。あんたを当局に突き出したら、俺たちのことも当局に探られることになる。こっちはこっちで、わけありの身なんでね。アバエフ、あんたさえ納得してこのまま帰ってくれるなら、今回のことは特別に目を瞑ろう。」
「……わかった。ターミネンは諦めよう。やはり、他人の研究成果に頼ろうと思う気持ちが、研究者として負けていたんだろう。……国に帰って、私は私の研究に戻るよ。」
「よかったわ、わかってくれて。ありがとう、アバエフさん。」
 ノンナがアバエフの手を取った。
「ただ一つ、頼みを聞いてくれるか。」
 ノンナに手を握られたまま、アバエフが言った。
「何? 俺たちでできること?」
「ああ。これだけ……せめて、これだけは貰っていってもいいだろうか。」
 そう言って、アバエフはドデカホーン(リックの)を持ち上げた。
「ラジカセ、かい?」
「ああ。テクノポップというのを、国でも研究してみるよ。あれはいい。あれは心が躍るんだ。」



 1週間後、科学者ニコライ・アバエフ(37)は、大使館でパスポートを再発行してもらい、ついでにお金も借りて、アエロフロート機上の人となったのであった。その膝には、しっかりと、ソニーのドデカホーン(リックの)が大事そうに抱えられていた。
 そして、報酬としてテルミンを10台貰ったAチームはと言えば、貰ったテルミンをデタラメに弾きまくるマードックにコングが切れる! というミニコントを、マードックがテルミンに飽きるまでの約2週間、延々と繰り広げたのであった。
【おしまい】
上へ
The A'-Team, all rights reserved