菌類繁栄!
鈴樹 瑞穂
 真っ直ぐに続く廊下、左右に並ぶ扉。白衣に眼鏡という出で立ちで医者に成り済ましたフェイスマンは足音高く廊下を進み、一つの扉を開けた。
 中にいたのは――病院着のマードック、ではなく。段ボールで模られたきのこだった。よく見れば、2枚の段ボールの間に緑色の病院着が挟まっている。
 フェイスマンは開いた扉に肘をつき、にんまりと笑った。
「モンキー。今度は何?」
「んふんふ。」
「何だって?」
 首を傾げるフェイスマンに今度は人間の言葉で返事が来る。
「おいらは段ボールなめこ。中の人などいない!」
 緑色の病院着で両手を腰に当てて、胸を張られてもねえ。フェイスマンはやれやれと首を横に振り、段ボールなめこの隙間に腕を突っ込んで襟首を掴んだ。
「わかったわかった。じゃ、行くよ、段ボールきのこ。」
「段ボールなめこだってば。」
「どっちでもいいから。」
「よくない、よくないよ!」
 びちびちと暴れる段ボールなめこに、振り返ったフェイスが口の前に人差し指を立てて「しーっ」とする。あまり騒いでは見咎められてしまう。
 さすがに段ボールなめこ、もといマードックも病院着の腕を出して人差し指を立てて「しーっ」と返す。顔を見合わせて頷いた偽医者と段ボールなめこは素早く左右を見回し、一列になって病院を抜け出したのだった。



 病院の裏口から抜け出したフェイスマンとマードックが、路肩に何気なく停まっていた紺色のバンへと乗り込む。
 バンが滑らかに発進した。
「ご苦労さん。」
 さっさと白衣を脱ぐフェイスマンに、中で待っていたハンニバルが声をかける。それから器用に段ボールの隙間で病院着を脱いで革ジャンを着込むマードックを見て言った。
「フェイス。気のせいか奴さん、既に準備万端に見えるんだが……今回の依頼、もうモンキーに説明したのか?」
「いや、まだ。だからあれは依頼に関係ない、ただの趣味。」
「そりゃ偶然だな。」
「ただのミーハーだろうが。」
 運転席のコングがばっさりと斬り捨てる。ハンニバルはスマートフォンを使わないので流行りのゲームなど知る由もない。しかしコングは子供たちと交流があったので、彼らが鞄や携帯電話につけているマスコットやストラップを見て、おおよその流行は把握していた。情報元は子供の説明でしかないので内容はほとんど理解していないのだが。
「んふんふ。」
 相変わらず謎のなめこ語を話しているマードックだが、彼の奇行はあまりにもいつものことなので、今更突っ込む者はいない。
 フェイスマンが至極事務的に説明した。
「今回の依頼主はきのこ農家のオサワさん。依頼内容はきのこの繁殖。……前から思ってたんだけど、この依頼ってAチームの守備範囲じゃないよね、ね?」
 首を傾げて同意を求めるフェイスマンに、ハンニバルが重々しく頷く。
「うむ。まあ困っているなら頼られた以上断るわけにはいかんだろう。何か我々でも役に立てることがあるはずだ。設備の修理とか、設備の見直しとか、設備の増強とか。」
 ハンニバルの傍らに『きのこの育て方』なる本を見つけて、フェイスマンはそれ以上の追及を控えた。マードックが両手を握り締めて叫んだ。
「繁殖上等!」



 車に揺られること2時間、オサワきのこ農場へと到着したAチームを出迎えたのは、ひどく顔色が悪く、いかめしい白髭を蓄えた姿勢のいい老人だった。特に体調が悪いなどというわけでもなく、元からこういう肌色らしい。
「いらっしゃいませ、皆様方。」
「あ、じい……!」
 指差して叫ぶ不躾な段ボールなめこにも、アクセサリーをじゃらじゃらつけたモヒカン男にも全く動じず、オサワ老人は一同を中へと招き入れる。
 きのこ栽培小屋の中にあったのは、原木、照明器、加湿器、保温器。そして原木の上ににょきにょきと生えるきのこたち。
「立派なもんじゃねえか。」
 コングが感嘆の声を漏らし、フェイスマンはオサワ老人を振り返った。
「あのーこれ、わざわざ依頼する必要なんてないんじゃない?」
 何と言っても相手はきのこのプロ。そして悲しいかなAチームはもはや傭兵集団という枠を突き抜けて何でも屋か便利屋のように思われているらしいが、所詮はきのこについては素人だ。どう考えてもプロに対してコンサルを行うだけのノウハウなどない。それとも、経営とか資金繰りとか、はたまた設備の点検的なメカニック関係の依頼なのだろうか。
「残念ながらまだまだでございます。この辺りはきのこ農場も多く、なかなかに競争も激しゅうございまして。特に隣のマサル農場のきのこは種類も豊富で味もよいとか。……そこで皆様にお願いがございます。」
 ずずいとフェイスマンに詰め寄るじい、もといオサワ老人。
「どうかマサル農場へ見学に行き、当農場との違いを調べてきてほしいのです。特にうちにはないきのこなどを一つ詳しく。」
「それってスパ……。」
 のほほんと呟きかけた段ボールなめこの口を、フェイスマンがすかさず塞ぐ。
「諜報活動って言え。」
 どっちも同じことだなとか、段ボールに描いてある顔の口を塞いだって意味ねえだろうが、とかハンニバルとコングは思っても口にしない。とりあえず段ボールに鼻を直撃されて、段ボールなめこの中の人はおとなしくなった。



 都市部から車で2時間とは言っても、この辺りはもう立派な農村地帯であり、隣といえども車で15分という距離感である。
 オサワ老人に描いてもらった地図を頼りにAチームはマサル農場に辿り着いた。バンからフェイスマン、コング、ハンニバルの順に降り、最後に頭がつかえていた段ボールなめこが四苦八苦しながら何とか抜け出す。
「あれ、どしたの、みんな?」
 なぜか固まっている仲間にマードックが首を傾げる。が、段ボールの中でそんなことをしても、外からはもちろん見えない。
「白い……きのこ……?」
 恐る恐る呟くフェイスマンの視線を辿ると、そこに立っていたのは白いパーカーのフードをすっぽり被った小柄な人物だった。性別も定かではないが、フェイスマンのセンサーが女性であることを認めたくないと言っているので、男性ということにしておこう。フードの陰から目だけが覗いていて、突然の訪問者たちをじっとりと値踏みしている。
――何か上手いこと言って、栽培小屋の中を見せてもらわないと……!
 慌てるフェイスマンを尻目に、段ボールなめこ姿のマードックが進み出て、革ジャンの右腕を上げた。
「んふんふ。」
 すると、白パーカーの人物も右腕を上げて、こう返した。
「んふんふ。」
「んふんふ?」
「んふんふ!」
 一頻りんふんふ言い合っていたかと思うと、マードックがくるりと体の向きを変え――段ボールに挟まれているので、上半身だけ振り向くということができない――説明する。
「紹介するぜ、ここのボスのマサルっちだ。今日はおいらたち、町から来たきのこ愛好家に農場を案内してくれるそうだぜ。アポなしで来たってのに、太っ腹〜。」
「んふ〜。」
 段ボールなめこのどこだかわからない肩をばんばんと叩くマサル。そしてついて来いという身振りをして、先に立って歩き出す。さも当然というように段ボールなめこがそれに続き、残された3人は顔を見合わせた。
「ねえ、俺たちいつからきのこ愛好家になったんだっけ?」
 フェイスマンはハンニバルの袖を引っ張ったが、取り合ってもらえなかった。
「まあいいじゃないか。せっかく見せてくれるって言うんだ。他人様のご厚意はありがたく受け取るもんですよ。」
「えええっ?!」
 フェイスマンはコングの顔を見たが、無言で首を横に振られてしまった。そうこうしているうちに置いて行かれそうになって、慌てて仲間の後を追いかけるフェイスマンであった。



 原木、照明器、加湿器、保温器。そして原木の上ににょきにょきと生えるきのこたち。
 マサル農場のきのこ小屋には、やっぱり似たような光景が広がっていた。ただ1つ違ったのは、きのこの中に白い物体が混じっていたことだ。
「これは……ブ○ピー……?」
 フェイスマンが呟くと、マードックがとんでもないと手を振った。
「何てこったい、その辺の白いブナシメジなんかと一緒にするなんてよ! いいかい、こいつがマサル。今人気の白いなめこじゃねえか。」
「え、なめこ、なの?」
「当然!」
 農場主のマサルと段ボールなめこが胸を張って主張する。フェイスマンは恐る恐る近づいてその白い物体を見た。確かにブナシメジよりはずんぐりとしていて、よく見ると傘の部分にある黒い斑点がムンクの絵の顔に似ている。
 果たして、なめこの木に生えたこと以外にこれをなめこだと言える根拠があるのだろうか。
 いや、ない。断じてなめこだと認めたくないフェイスマンだったが、では何かと言われると、答えに困る。
「うーん、やっぱりなめこ的なアレなのか……?」
 顔を近づけてフェイスマンがしげしげとマサルを見ていると、いきなり傍らで盛大なくしゃみが炸裂した。この自己主張の激しいくしゃみは、ハンニバルだ。
「あー、またぁ。いつも言ってるでしょ、くしゃみする時は他人のいない方を向いてって。」
「済まん、間に合わなかった。」
 ちっとも済まなそうではないハンニバルは、葉巻を手にしたまま、頭を掻く。因みに小屋の中は火気厳禁のため、火は点いていない。
「全くもうっ。何度言っても直らないんだから。」
 フェイスマンはぶつくさ言いながらきのこ小屋を出た。



 マードックがマサルにんふんふと礼を言い、マサル農場を和やかに後にしたAチームはオサワきのこ農場へと戻った。
 待ち構えていたオサワ老人に出迎えられる。
「お帰りなさいませ。それで、何かわかりましたか?」
「いや〜マサルっちのきのこはほんっとすごいわ。もう鳥肌もの!」
 腕をばたつかせて熱弁する段ボールなめこを他所に、ハンニバルはようやく火を点けられた葉巻を銜えて、にかりと笑う。
「コング。」
 リーダーの合図を受けて、進み出たコングが生真面目な顔で、オサワ老人に説明する。
「まずは照明。照度が全然違う。加湿器もナノイオンミスト仕様だ。保温器も遠赤の輻射熱がいい感じだったぜ。」
「なるほど。やはり設備が違うのでございますね。原木はいかがでしたか?」
「原木……は生憎わからねえが、ここで使ってるのより全体にゴツゴツしてたな。」
 すらすらと答えるコングに、フェイスマンはひそひそとハンニバルに訴える。
「バッチリ観察できただろ、俺とモンキーが上手いことマサルの注意を引きつけてたから!」
「まあそういうことだ。よくやったな……モンキーだけでも行けたような気もするが。」
 褒められてフェイスマンはにんまりと唇の両端を上げる。後半は聞かなかったことにした。



〈Aチームのテーマ曲、始まる。〉
 どこかから調達してきた電球が山盛りになった箱を抱えて、フェイスマンがきのこ小屋に入ってくる。電球を一つ一つ電源に繋ぎ、照度を確かめるハンニバル。
 コングの指示の下、加湿器を改造する段ボールなめこに熱いスチームが吹きかかる。フェイスマンが慌てて割って入り、段ボールなめこからスパナを取り上げる。そのフェイスマンの背中を再びスチームが襲う。
 アルミホイルの箱を片手に、辺りを物色するコング。ふとマードックの段ボールに気づき、徐に手を伸ばす。逃げ惑いながらフレームアウトする段ボールなめこ。次に映った時には素の格好に戻ったマードックが悄然と段ボールにアルミホイルを貼っている。
 フェイスマンが保温器のスイッチを入れ、両側の壁に設置されたなめこ型のアルミホイル貼り段ボールがほんわりと熱を反射する。温度計を覗き込んで親指を立てるコング。橙色の照明の下、マードックが加湿器のスイッチを入れるとほどよいミストが立ち上り、原木の横に設置された湿度計を見たハンニバルが満足気に頷いた。
〈Aチームのテーマ曲、終わる。〉



 Aチームの手によってすっかり模様替えされたきのこ小屋を見て、オサワ老人は感心したように言った。
「ほう、これは素晴らしい。これならきっと前より珍しいきのこが育つに違いありませんな。……おや、早速。」
 オサワ老人の視線が、原木ではなくなぜか自分の方へと向いていることに気づいて、フェイスマンは首を傾げた。
「あ、マサル!」
 マードックにまで指差され、肩に手をやると、何やらぬるりとした感触。フェイスマンは慌てて鏡を探した。幸いなことに、小屋の一方の壁に、段ボールが足りなかったために調達してきたアルミ板が張ってあった。鏡代わりにそれを覗くと、何と肩から白いなめこ(?)が生えているではないか。顔のような黒い斑点、間違いなくマサルだ。
「うっひょ〜、おされ!」
 マードックは大はしゃぎだが、もちろん当事者であるフェイスマンはそれどころではない。
「ええーっ、何これ、どうして俺に生えるの!」
「まあ落ち着け。さっき、マサル農場で胞子がついたんだろう。」
 のんびりと言うハンニバルを、フェイスマンはキッと睨みつけた。
「それって大佐がくしゃみした時だよね!? どうしてくれんの、これ、責任取ってよ!」
「いえいえ、お手柄でございますよ。胞子を原木につけるために、あともう何本か、マサルを生やしていただけませんか。その分の報酬は上乗せいたしますので。」
 依頼人の鶴の一声で、フェイスマンの運命は決まった。すなわち、マサルが生え続ける限り原木の横に座ってじっとしているという、簡単かつストレス過多なお仕事である。



「こんなに暑くてじめじめしたとこできのこ生やしてるなんて……俺、腐っちゃうかも。」
 独りスツールに座って眉を下げているフェイスマンはまだ知らなかった。
 さっさと姿を消した仲間たちが今度は反対側の隣のきのこ農場――その名もなめこのコシカケ農場――に行って、更なるレアなめこの胞子集めに勤しんでいることを。
【おしまい】
おまけ

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