晴れときどき白菜
鈴樹 瑞穂
 ハクサイ(白菜、学名Brassica rapa var. pekinensis)はアブラナ科アブラナ属の二年生植物。日本では冬の野菜として好まれ、多く栽培・利用されている。
 Wiki先生が教えてくれた情報を反芻しながら、フェイスマンは目の前に広がる畑を眺めた。日本では鍋料理や漬物に使用されるらしいが、ここアメリカでハクサイと言えばサラダの材料である。水分を多く含み柔らかな葉はハンニバルが好んで食べるし、クリーム煮は牛乳好きのコングにも好評で、豚肉と炒めればマードックが大喜びする。要するに安くて大きくてどうにでも使えて家計にも優しいお助け食材なのである。
 だが、ここのところ行きつけのスーパーマーケットでは品薄であり、値段もじりじりと上がっていて、フェイスマンは気を揉んでいた。そこへエンジェル経由でやって来た依頼。農家のドミノさんからハクサイ畑を救ってほしいという。謝礼はハクサイ10kg。普段は仕事を選ぶフェイスマンだが、この依頼には一も二もなく飛びついた。そして、今に至る。
「なかなか立派なハクサイ畑じゃないか」
 葉巻をくゆらすハンニバル。その横にはなぜか縦縞の着物(日本に行った時にアサクサで購入)を革ジャンの上から羽織り、片肌脱いで見得を切るポーズのマードック。『ハクサイ畑で北斎を』という趣旨らしいが、いろいろ間違っている。まだ富士山のパネルでも掲げてくれた方がよかった。
「で、俺たちは何をすりゃいいんだ?」
 腕組みしたまま仁王立ちになってコングが言う。睡眠薬入りのミルクで飛行機搬送された後なので、わずかばかり機嫌が悪い。
「うん、とりあえず畑に水やって、それから食べ頃のやつを選んで収穫して……あ、石灰欠乏症にならないように石灰も撒いてほしいってさ。」
 ドミノさんから渡されたメモを見ながらフェイスマンが言うと、コングの眉間に皺が寄った。
「そりゃ構わねえけどよ、どう見ても普通にハクサイ畑の世話だよな。Aチームを飛行機で呼び寄せてまで頼む仕事か?」
「俺だってそう思ったさ! けど、この農場の人はもちろん、ここら辺の人たちがみんな今すっごく忙しいって言うから。」
 逆ギレ寸前のフェイスマンにやれやれといった風情でゆったりとハンニバルが問う。
「何でそんなに忙しいんだ?」
「ゴボウだよ。」
「ゴボウって、あのゴボウ? 木の根っこみたいなアレ?」
 マードックが片肌脱ぎの着物を全部脱いで畳みながら訊く。北斎ごっこが一段落したので満足したようだ。
「そのゴボウ以外にどのゴボウがあるんだよ。ゴボウ茶のブームでこの辺一帯の農家は揃ってゴボウの収穫と出荷に追われてるんだってさ。」
 投げやりにお手上げのポーズをして見せたフェイスマンに、今度はハンニバルが身を乗り出す。
「ゴボウ茶だと? あの、腹は凹み血圧が下がり若さと美容と健康をキープできるというアレか!」
 最近ハンニバルは健康というキーワードに弱いのである。フェイスマンはのけぞりつつ両手を前に立ててガードする。
「そこまでの効能は誰も謳ってないと思うんだけど……まあそんな感じで流行ってるアレだね。」
「うむ。アレはかなり気になっていたのだ。フェイス、この仕事の謝礼はハクサイだったな。」
「そ、そうだけど……。」
 嫌な予感がして、フェイスマンは慌ててコングとマードックを見た。が、2人はなぜか既にハクサイ畑の畝に踏み込んでおり、ハクサイ談義に花を咲かせていた。
「ハクサイは半分にして後はゴボウ茶にしてもらうよう交渉してくれ。」
「えーっ、嫌だよ。ゴボウ茶は腹の足しにならないし。」
「むしろ腹を凹ませるんだぞ? なんて素晴らしい。」
 だからそんな効能ないって、とフェイスマンは言いたかった。あったとしても一日何十杯飲めばいいのか。むしろ、ゴボウ茶で腹が膨れて他のものを食べないゆえの効能なんじゃないだろうか。
 というようなことを今言っても、きっと効果はない。
「わかったよ。後で交渉するから、とりあえず今は頼まれた仕事をこなさない? ねっ。」
 フェイスマンはハンニバルの後ろに回り、その背を押すようにして畑に足を踏み入れた。



 何であっても頼まれた仕事はきっちりとこなす。それがAチームの流儀である。その流儀に従って、4人がハクサイ畑の世話をしつつ進み、広大な畑の隅の方までやって来た。一応、簡素なフェンスで仕切られている向こう側は隣家、ピザーラ家の畑である。そしてまた向こう側もハクサイ畑だった。折しも、向こうでも何やら作業をしている。
 その時、依頼主のドミノさんの奥さんがAチームの元へとやって来た。
「皆さん、お疲れ様ですー。お昼ですよー。」
 ランチの詰まった重そうなバスケットを両手で提げている小柄な夫人に、コングが駆け寄って荷物を受け取る。手の空いた夫人は汗を拭いながら隣の畑に視線をやり、それからあっと叫んでフェンス際まで駆け寄った。
「ピザーラさん! 何をなさってるんですのー。」
「やあ、奥さん。何、ちょっと植え替えをね。」
「植え替えって、それはゴボウですわよねー。ハクサイは交雑しやすいから、ここはハクサイ畑にして下さいって主人がお願いしましたのにー。」
「そりゃそうなんだが、やっぱり今はハクサイよりゴボウのが金になるんだわ。それに俺ぁハクサイよりゴボウのが好きなんだわ。勘弁して下さいのう。」
 ピザーラさんはなかなかのやり手のようだ。
「そんなー。主人が丹精込めて作ったウチのハクサイがー。」
 そのハクサイの世話を他人に任せておいて、という事実はさて置き、ドミノ夫人のあまりの嘆きようにフェイスマンとマードックは顔を見合わせた。依頼人を助けるのがAチームである。コングとマードックも頷いたので、ハンニバルが進み出て声をかけた。
「はい、ちょっと待った! ハクサイとゴボウどっちがいいか、これが争点で間違いないかな?」
「何だ、あんたら?」
「ウチでお願いしたヘルパーさんたちですのー。」
「そういうこと。で、両家が争ってるようだから、平和的解決を提案しようと思ってね。」
 取り出した葉巻を咥えながら、ハンニバルはピザーラさんとドミノ夫人の顔を順番に見回した。
「平和的解決?」
「どうするんですのー?」
 高まる緊張。引っ張るだけ引っ張ってから、ハンニバルがにこやかに告げる。
「料理対決だ。」
「「料理対決?」ですのー?」
「そう、料理対決。ゴボウを推すピザーラさんがゴボウ料理、ハクサイを守りたいドミノさんがハクサイ料理を作って食べ比べる。美味しい方の材料をここら一帯の畑に植えつける。それで公平だ。もちろん自信がなければやめてもいい。その場合、相手の主張に従うことになるがね。」
「や、やりますわー!」
「わかった。」
 ドミノ夫人とピザーラさんの同意の下、決戦の火蓋が落とされた。



「思わず引き受けちゃいましたけど、私、料理が苦手でー。ハクサイもサラダしか作ったことありませんのー。」
 ドミノ夫人が手を挙げて申告する。ランチバスケットの中を見て、フェイスマンとコングは納得した。何と言うか、素材の風味を活かした料理ばかりだ。
「大丈夫。そのために我々が雇われたんですから。」
 ハンニバルが胸を叩いて言い切る。手にしているのは採り立てのハクサイだ。
 料理の試食は2時間後。Aチームはリーダーの号令の下、作業を開始した。



〈Aチームのテーマ曲、始まる。〉
 畑のハクサイを選んで収穫するマードック。それをコングが運ぶ。ドミノ家の勝手口に積み上げられるハクサイ。フェイスマンがどこからかコックコートを4人分調達してくる。コートに袖を通すハンニバル。エプロンの紐がギリギリだ。前に回して結ぶことを断念し、後ろで結ぶことにする。
 ハクサイを刻むマードック。大鍋を火にかけるコング。ぐらぐらと沸いた湯にハンニバルが刻んだハクサイを投入する。さっと湯がいたら、フェイスマンが網で掬い、ザルに上げる。粗熱が取れたところでコングが水気を絞り、ボウルに入れる。マードックが合わせた調味料をボウルに振り入れ、手で揉み混ぜる。
 その後ろではドミノ夫人がパタパタと右往左往しながらオーブンを開けたり閉めたりしている。
 最後にもう一度絞ったハクサイにハンニバルがマヨネーズと擂りごまを混ぜ、フェイスマンが美しく器に盛って鰹節をかける。
〈Aチームのテーマ曲、終わる。〉



 2時間後。両家の敷地の境界に設けられた試食テーブルには皿が並んでいた。
「ゴボウときのこのアンチョビ炒めだ! ゴボウ茶も添えたぞ。」
 両手を腰に当てたピザーラさん。
「え〜と、何でしたかしらー。」
 振り返ったドミノ夫人にフェイスマンが慌てて耳打ちする。
「そうそう、ハクサイが丸ごと食べたくなる簡単サラダ、ですのー。あと、ハクサイ茶も作ってみましたわー。」
 にこにこしながらドミノ夫人はポットから黄金色の液体をカップに注ぐ。
 こ、これを作っていたのか、と無言のアイコンタクトを交わすAチーム。製造過程の端々は目にしていたが、あまり飲みたい感じではない。因みに、サラダの方はフェイスマン愛用のレシピサイトで一番人気の自信作だ。
 判定は全員で試食して行うことになっている。ピザーラさんが1票、ドミノ夫人とAチームで1票、そしてゲスト審査員はドミノ家の反対側の隣人、ピザハット家のお婆ちゃん。
「あらあら、どちらも美味しそうだこと。それじゃいただいてみましょうかね。」
 ピザハットお婆ちゃんの合図でみんなで食前のお祈りをしてから、試食を始める。
 まずはゴボウときのこのアンチョビ炒め。
「あ、ピリ辛だ!」
 マードックが目を輝かせる。
「アンチョビの塩気とガーリックの風味。ビールが欲しくなるな。」
「ワインにも合いそう。」
「歯ごたえもいいな。」
 ハンニバルとフェイスマンも思わず褒めた。コングも頷いている。
「ガーリックは抜きの方が好きかもしれませんのー。」
「そうねえ、食物繊維が取れるのはいいわね。」
 ピザハットお婆ちゃんはにこにこと言う。
 次にゴボウ茶。
「……ゴボウだ。」
「ゴボウだな。」
「何と言うか、不味くはないが、美味くもない。」
「良薬は口に苦しですよ。」
 Aチームの反応は微妙だった。
「あー美味しいですのー。」
「体にいいからねえ。」
 女性陣の受けはなかなかよろしいようで。好感触に、ピザーラさんがいい笑顔でVサインを出す。
 そして、ドミノさん側の試食。
「こ、これは美味い……。」
 くわっと目を見開くピザーラさん。
「あっさりしていて食べやすいし、これならハクサイをたっぷり食べられるわね。」
 ピザハットお婆ちゃんも大満足のご様子。だが、そんな2人の反応も、ドミノ夫人が煎れたハクサイ茶を口にするまでだった。
「何だこれはぁ!」
 ピザーラさんは勢いよく茶を吹き出し、ピザハットお婆ちゃんは一体いつの間に出したのか、お上品にハンケチで口を拭いている。
「え、そんなにすごいの?」
 マードックがカップを取り上げて口に運び、そして真っ青になった。
「えぐい! どうしたらハクサイがこんなになんの?」
 フェイスマンは慌ててドミノ夫人に確認する。
「何アレどうしたんですか?」
「ハクサイに柿渋を塗ってオーブンで乾燥させてみたんですのー。体にいいかと思ってー。」
 柿渋余計だろ、とその場にいた全員が思った。Aチームの力をもってしてもどうにもならないことが、この世にはある。自分たちの無力さを痛感したAチームだった。



 勝負の結果、ドミノ家のハクサイ畑はゴボウ畑に植え替えられた。だが、夫人から話を聞いたドミノさんは、その手前のゴボウ畑だった一角をハクサイ畑に植え替えた。ドミノさん曰く、ハクサイが交雑性が強いのは事実だが、それはアブラナ科の近縁他種が近くにあった場合で、ゴボウはキク科なので問題ない。
「結局、俺たちのやったことって丸々無駄だったってわけ?」
 しょんぼりと背中を丸めるフェイスマンの肩を、ハンニバルが叩く。
「そうでもないぞ。ドミノ家とピザーラ家の関係は円満に保てたし、謝礼のハクサイも貰ったじゃないか。」
「こんだけハクサイがあったら、毎日簡単サラダが腹一杯食えるよねー。」
 ご機嫌なマードックの横で、コングがぽつりと呟く。
「でもハクサイ茶だけは勘弁な。」
 ふと思い出してフェイスマンは首を傾げた。
「お茶と言えば、大佐、結局ゴボウ茶もらってこなかったけど、よかったの?」
「ああ、あれはもういい。何と言うか、続けて飲める気がしない。」
 良薬は口に苦しとか言ってたじゃないか、とは思っても口にしない。なぜなら、Aチームの家計と台所を預かるフェイスマンとしても、ゴボウ茶よりハクサイの方がありがたかったからだ。
 こうして、ハクサイ茶のおかげでAチーム内の関係も円満に保たれたのであった。 
【おしまい】
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