謎の円盤うそぉ〜んの巻
フル川 四万
〜1〜

 ニューメキシコ州の荒涼たる大地を貫く1本の道。を、ひた走る1台のピックアップトラック。開け放たれた窓からは、大音量でブルース・ブラザーズの"Everybody Needs Somebody to Love"が響いている。運転席の大男(長身サングラス)は、ウィスキーの小壜を片手にヘッドバンキング。助手席の小男(小太りサングラス)はウェスタンブーツの足をダッシュボードの上に投げ出して、プレイボーイ誌のボー・デレクに夢中だ。
 2人にとっては、退屈な仕事だった。ボスの女房を寝取った“優男”を引っ捕えて、ボスのところに連れていく。それだけで、今月の給料に50ドルのエクストラボーナスがつくという美味しい話。元々は、ボス=ジャック・アルフレド(61)、ピスタチオ農家経営、の農場作業員兼用心棒である2人にとっては、ケチなボスが出す50ドルのボーナスは貴重だ。そして、首尾よく男を捕まえた。1人多いという問題もあるが、どっちが正解か、今いち不明だったので、両方持ってきてみたのだ。ま、許容範囲内であろう。あとは帰るだけ。この退屈な道を、ボスの待つ農園まで2時間、荒野を走り続けるだけなのだ。


「タイヤが多すぎる。」
 マードックが空を見上げ、哲学的な面持ちで呟いた。しかしその頭には、なぜかピンクのリボンがついたナイトキャップを被っている。
「……何だって?」
 フェイスマンが、マードックの方に首だけ向けて尋ねる。こちらは至って普通の首から上。
「多すぎんだよ、タイヤが。普通ピックアップってタイヤ何本だか知ってる?」
「4本。」
「そう、4本。で、この車にあるタイヤの数は?」
「……4、足す5足す5で、14本?」
「ブブー、外れ。正解は15本でした。」
「何で? 車についてる4本と、俺に嵌められてる5本と、お前に嵌められてる5本で、計14本じゃん。」
「後ろにスペアタイヤが1本ついてるから。」
「ああ、そうね……スペアタイヤは大事だね、もしもの時のために必要だもんね。」
「道の途中でパンクしたりするかもしれないし。」
「その点、この車は安心だね。11回パンクしてもスペアがあるからね。」
「そうだねえ。」
 2人は納得して、空を見た。晴れ渡った青い空に、千切れ雲が流れていく。
「ハンニバルたちとの約束の時間、遅刻だな。」
「それどころじゃないでしょ。俺はただのとばっちりだけど、フェイス、マリイだっけ? あんたの彼女。」
「マリ。マリオネールの略。」
「おや、随分古めかしい名前だね。で、お仕置きされんじゃないの? 彼女の旦那に。」
「親が古風だったんだろうさ。まあ、旦那いるって知らなかった……ってえのは嘘だけど、ナイスバデイのいい女だし、別居中だって聞いてたからさ。まさか、彼女の行動が旦那に筒抜けで、さらにその旦那が実力行使タイプだったとはね。あーあ、俺としたことが抜かったよ。」
 情けない下がり眉をさらに5度ほど下げつつ、フェイスマンは溜息をついた。抜かるのはいつも女性関係ばかり、なテンプルトン・ペックである。


 ピックアップトラックの荷台で、後ろ手に縛られ、タイヤ嵌められて転がされてる2人。悪路を爆走する車の振動で、さっきからタイヤが弾みまくり、腰と首が痛くて仕方ない。しかも、2人とも半裸っちゅうかパンツ一丁なので、ゴムの感触が素肌に擦れて気持ち悪いことこの上ない。何かオイルみたいなのも垂れてるし。なぜ2人がパンイチでタイヤ嵌められてトラックの荷台に転がされているのかと言うと……。
 話は1時間前に遡る。
 本日は、午後からニューメキシコ州ロズウェルで依頼人に会う予定だったAチームの面々。前の仕事の現場からほど近いアラモゴードのモーテルで朝を迎え、ハンニバルが前の仕事の依頼人から報酬を受け取りに出かけ、コングが車の整備に出かけ、集合は午後2時。
 というわけで、朝帰りしたフェイスマンが、じゃあ俺は先週知り合って昨夜も熱い夜を一緒に過ごしたガールフレンドのマリと、出発前の最後のランチでも行こうかな、モンキーはどうすんの? とか言いつつシャワーを浴び、マリからプレゼントされたレーシィなブリーフを穿いて出てきたところに、マリの旦那の“身内”を名乗る男どもに踏み込まれ、どうすんのもこうすんのも、その時点でまだ寝ていた(だからナイトキャップを被っている)マードック諸共、あっさり拉致されてしまったのだ。ズボンの一つも穿いてりゃ、もうちょっと対処の方法もあったのかもしれないが、パンツ一丁じゃ判断力も鈍っていたらしい。
 話は戻って、ピックアップトラックの荷台。
「約束、何時だっけ?」
「大佐との? 2時。」
「まだ時間あるなあ、早く気づいてくれるといいけど。……ところでモンキー、その、3番目のタイヤと4番目のタイヤの間からヒラヒラしてる白いのは何?」
 フェイスマンが、マードックのタイヤの間から出ている白い布切れに目を止めて問うた。
「これ? ああ、ふんどし。ジャパニーズ・アンダーウェア。1枚の細長い綿の布で出来てるサムライのパンツ。いかしてるだろ?」
 いかしてるも何も、フェイスマンに見えているのは、タイヤの間から出ているヒラヒラだけである。ただの白い布がいかしていると言うのなら、大抵の布製品はいかしていることになる。眼鏡拭きとか涎かけとかも。
「……へぇ〜。日本の下着って長いんだな。」
 フェイスマンが、至ってどうでもいい感想を述べた。
「長くない。しっかり締め込めばグッと男らしさ強調のナイスパンツよ。今ちょっと解け気味なだけで。おっと!」
 車は太い道を逸れて、舗装のない岩だらけの道へと進んだ。大小の岩や石に乗り上げるたび、車体が大きく弾む。ただでさえ揺れるところに来て、各自タイヤ5本に嵌まっている2人、まるでバスケットボールのようにバインバイン弾んで荷台を転がる。ひらりひらりと舞う、ふんどしの端っこ。
「うわっ、痛っ、これどっか掴まってないと振り落とされんじゃない?」
「うほーい、何だかピンボールにでもなった気分よ。これ、落っこちてそのまま逃げられるかもよ。ちょっと弾んでみる?」
「やめろよモンキー、こんな荒野の真ん中で落っことされても、車通るかどうか怪しいもんだし、痛っ! 夜になったら気温も下がるから、パンツ1枚でこんなとこにいたら、それこそ野垂れ死……。」
 ガタンっ! トラックが大きな岩に乗り上げ、車体が弾んだ。と同時に、一際大きく跳ね上がるタイヤマン2名。そして、フェイスマンを内包した5本のミシュランタイヤの塊は、荷台の縁に2回、3回ぶつかって跳ね上がった後、縁を乗り越え、車道へと転がり落ちていった。
「あっ、おい、フェイス! フェイス〜っ! ……おーい、荷物落ちたよ! 止めて、止めてよ! 落ちたって!」
 マードックが運転席に向かって叫ぶ。しかし、トラックはスピードを緩める素振りも見せず、走り続けていく。
 そしてフェイスマンは、タイヤに嵌まったイモムシのような状態で、道の横の坂道を転がり落ちて……マードックの視界から消えていった。


 運転席では、大音響で"Soul Man"がかかっている。簡単な仕事だ。“優男”をボスのところに連れていくだけ……。


 30分後、ピックアップトラックはロズウェル市街へと到着。荷台で様子を窺っていたマードックは、信号で停まったところを見計らって、わざとタイヤを弾ませ、隣に停まった牛乳の配達トラックの荷台へと飛び移った。
「へへ、フェイスのとばっちり誘拐、脱出成功!」
 信号が変わり、荷台が空になったことに気づかぬまま、ピックアップトラックは間男の到着を今か今かと待っているボスの元へと走り去っていったのだった。そして牛乳の配達トラックは、直後の信号を左折し、ピックアップトラックとは別方向に走っていく。
「どうしよう。」
 と、依然タイヤ5本に嵌まったままのマードックは考えた。
「フェイスを助けなきゃ。」



〜2〜

 お昼すぎ、めでたく前の仕事の依頼人から報酬をいただき、モーテルへと戻ったハンニバル。駐車場で整備作業中のコングに軽く片手を挙げて帰宅を知らせ、2階の自分の部屋へと階段を登る。鍵を開けようとして、ふと、隣の部屋の入口に目をやった。隣は、フェイスマンとマードックが泊まっている部屋だ。ドアが薄く開いている。なぜだか、嫌な予感がする……。
「おい、いるのか?」
 ハンニバルがドアに向かって呼びかけた。しかし返事はない。
「入るぞ。」
 そう言って部屋の中に足を踏み入れたハンニバルの眉間に皺。誰もいない部屋だ。
「おいフェイス、モンキー。」
 呼びかけながら室内を見渡す。何か違う……いつものフェイスマンの部屋じゃない。まずベッドメイクがされていない。ベッドサイドのランプが点けっ放し。バスルームのドアも開けっ放し。そして、椅子にかけられたままのマードックのジャンパーとチノパン。ベッドの上には、クリーニングから戻ったばかりのドレスシャツと、青い麻のジャケットに、グレーのパンツ。そして、ベッドの下には靴が2足。1足は、マードックのコンバース。もう1足は、フェイスマンのデザートブーツだ。
「出かけた? 靴も履かないでか? ……まさかな。てことは、だ。」
 ハンニバルは、ポケットから葉巻を取り出し、ゆっくりと咥えた。
「事件ですぞ、これは。」


「フェイスとモンキーが攫われただと?」
 駐車場のバンの横に簡易テントを張り、その中で熔接作業をしていたコングが、手を止めて立ち上がった。【編注・テントの中での熔接作業は危険ですので真似しないで下さい。】
「ああ、どうやら、そのようだ。荷物も服も靴も残して、本人たちだけ消えちまってる。2人ともだ。」
「モンキーの野郎ならやりかねねえが、フェイスも一緒に靴を置いて消えたとなると妙だな。」
「コング、今朝、何か見なかったか? 不審人物とか車両とか。」
「車は何台か出入りがあったけどよ、俺ァ作業テントの中にいたからな。」
「そうか……。問題は、どこの悪党が犯人か、だが、心当たりがありすぎて、逆に見当がつかないねえ。」
「悪党どもには相当な恨みを買ってるからな。前回の依頼の奴らは、全員ムショ送りにしたから違うだろうが。」
「わからんぞ、コング。本人じゃなくても、身内が逆恨みしてやった、という線もある。……しかし、なぜあの2人なんだ?」
「フェイスだけなら、女絡みで恨みは重々買ってそうだが、モンキーの野郎まで、となると、その線じゃあねえ気がするぜ。」
 惜しいコング、その線です。
「ふむ。当局に拘束されたなら、何か情報が入りそうなものだし……。」
 2人は考え込んだ。



〜3〜

 マードックを乗せた牛乳配達トラックは、ロズウェル市街のカフェの前で停まった。青い制服の配達員が運転席から降り立ち、カフェに配達する牛乳のガロン壜を下ろすべく足早に荷台に回る。そして、ゴロリと横になったタイヤ5本の物体の頭部と目が合った。
「ハァーイ、ご機嫌いかが?」
 マードックがにこやかに呼びかける。
「うわっ、タイヤが喋った! もしかして、俺の荷台にタイヤマン!?」
 驚いて飛び退く配達員。タイヤマンって何だ。
「ごめんごめん、驚かすつもりはなかったんだ。ただ、ちょっと誘拐されちゃって。」
「誘拐? 誘拐って、攫われたってこと? そりゃ大変じゃないか。で、えーと、大丈夫?」
「大丈夫じゃないさ、もちろん。だから、ちょっと上がってきて、おいらに嵌まってるこの5本のタイヤを外すの手伝ってくんない?」
「いいとも!」
 人のよい配達員が、荷台に駆け上がった。まず横倒しのマードックを助け起こして直立させると、上から1本ずつタイヤを抜いていく。1本目を抜いて、まず肩から胸が露わになる。2本目でお腹まで。そして、3本目を抜きかけて、配達員が、ふと手を止めた。
「下に、何にも着てないの?」
「うんにゃ、ふんどし着用。」
「ふんどし?」
「ジャパニーズ・サムラァアイ・パンツ!」
 マードックが得意げにそう宣言し、両腕を挙げて配達員を待つ。
「あ、そう。」
 配達員は、勢いよく3本目を抜き取った。
「穿いてないじゃん!」
「あ、解けてた。ごめん、先にこっち(後ろ手に縛られた両手)、解いてくれる? 隠すから。」
「OK。」
 配達員がマードックの後ろに回り、縛られていた両手を解く。
「ひぇ〜、助かった、あんがと。」
 マードックは、解けてタイヤに絡まっていたふんどしを手早く引き抜くと、後ろを向いてそそくさとふんどしを締め込んだ。
「よし、完璧!」
「……それで、警察呼ぶ? その格好だと、あんたの方が捕まりそうだけど。」
「うんにゃ、警察はノー。国家権力とはウマが合わなくてね。ただ、友達に電話かけたいから、小銭貸して。」
「電話なら、このカフェで電話借りるといいよ。タダで貸してくれるし、何なら着る物も借りられるかもよ、ここの女将のナタリア、いい人だから。」
「そりゃ助かる。」
 2人は、そう言って、牛乳の配達先であるカフェ・ド・ピスタチオへと入っていった。


 所変わって、アラモゴードのモーテルの部屋。
 ジリリリリ……。
 ハンニバルが、何か痕跡はないかと、フェイスマンとマードックの部屋を捜索していた。乱雑なベッドの上に投げ出されていた、『ステキなテンプルトンへ。愛を込めて。マリ』と、妙に達筆な筆記体で書かれたカードと、一目で高級とわかる腕時計の箱にイラっしたところに、鳴り響いた電話の音。
「はい。」
 警戒しつつ受話器を取るハンニバル。管理人が、外から電話が入っている旨を告げ、電話が転送された。
『あ、大佐? 俺。』
「モンキーか! 今どこにいる? フェイスも一緒か?」
『今、ロズウェルのカフェ。』
「ロズウェル? 何で次の依頼先に先乗りしてるんだ?」
『知らない。寝てたら、フェイスの彼女の旦那のなんちゃらいう奴らに拉致されて、タイヤ嵌められてトラックで運ばれたんだわ。』
「やっぱり拉致されていたのか。しかも、フェイスの女関係が原因とな。で、奴は?」
『道の途中で車から落ちて、ゴロゴロ転がって消えた。』
「ちょっと待て。転がって消えた? 何だそりゃ?」
『車の荷台から落ちたんだけど、落ちたとこが坂って言うか崖っぽかったから、転がっていなくなっちゃったわけ。タイヤで全身覆われてるから大怪我はしないだろうけど、早く助けないと、そこそこにヤバいと思う。お腹も空くし。』
「わかった。とりあえずそっちに行くから待ってろ。」
『サンキュ。今、サウスエルム・アベニューのカフェ・ド・ピスタチオって店にいるから。あ、おいらの靴持ってきて。』
 服はいいのか、マードック。
「カフェ・ド・ピスタチオだと?」
『うん。メニューも何も、ピスタチオばっかりの変な店。場所は……。』
「大丈夫だ、場所はわかる。」
『へ? 何で? 前に来たことあったっけ?』
「何の偶然かはわからんが、そこが、次の仕事の依頼人と会う約束の場所だ。ナタリアっていう女主人がいるだろ? 彼女が依頼人だ。」



〜4〜

「えいっ、えい、くそっ! 何で取れないんだ、畜生!」
 フェイスマンは、ロズウェル郊外の荒れ地で、ゴロゴロ転がっていた。荷台から落ちて、そのまま急な坂を20メートルほど滑り落ち、最終的に崖から転落して、今、谷底。タイヤに守られていたので奇跡的に大怪我はなかったものの、全身打撲で、あっちこっち痛い。
 両側は切り立った15メートルほどの崖。彼のいる平地の幅は2メートル程度。完全に“嵌まり込んだ”状態である。落下の衝撃で破損したタイヤ4本を何とか抜いて、残り1本を浮き輪のように胴体に巻きつけた状態で、目下、手首をきつく締めているロープと格闘中。
「はぁ、取れない……。もう最悪だよ。全身痛いし、喉渇いたし。」
 フェイスマンは、溜息をついて壁面に凭れた。本当は座りたかったが、タイヤが嵌まっているため、下手に座ると立ち上がれなくなる恐れがある。
「とりあえず、ここから脱出しなきゃ。夜になったら冷えそうだし。……モンキー、上手く逃げられてるといいけど。」
 自分のとばっちりで捕まった仲間のことを案じつつ、フェイスマンは、よたよたと直立し、痛む体を引きずるように谷底の細い道を歩き始めた。


「ぶはははは、モンキー、何だその格好!」
「てめえ、馬鹿にしてんのか!」
 2時間後、カフェ・ド・ピスタチオに到着したハンニバルとコング、カウンターに腰かけるマードックの姿に、思わず上記のセリフで突っ込みを入れる。
 カフェのカウンターに腰かけてコーラを飲むマードックの格好はと言えば、ふんどしとナイトキャップの基本装備に、女物の花柄ブラウス(臍上まで)をぴっちり着込んだ姿。
「やあ、コングちゃん、大佐、待ってたぜ。」
「怪我はねえようだな、心配かけやがって。」
 コングが、マードックの姿にほっとしたように悪態をつく。
「それで、フェイスが落ちたっていうのは、どの辺なんだ?」
「前にいた町から、ここに来る道のどっか。こっからだと30分くらいかなあ。ヘリで探せばすぐだと思うけど。」
「とにかく、日が暮れる前に探さないと、夜は冷え込むからな。」
 それからハンニバルは、カウンターの奥からそんな一行を心配そうに見ていた女主人に声をかけた。
「ナタリア・グレゴリーさんだね。私がジョン・スミスだ。部下が世話になった、済まない。」
「ええっ、それじゃあなたがスミスさん、そして……Aチームの皆さん? 本当に? その……私のブラウス着てる、変なキャップ被ったその人も?」
 ナタリアの言葉に、会釈を返すコングとマードック。ナタリアの眉間に皺が寄った。明らかに、不安かつ不審を感じているようだ。そんなナタリアの表情にいち早く気づいたハンニバルが、彼女に向き直った。
「不安に思うのは仕方がない、こんな格好の奴を信頼しろって方が無理なのは承知している。しかし、聞いたと思うが、今、俺たちの大事な仲間が拉致されて、行方がわからないんだ。取り急ぎ、そっちの方を先に済ませてくるんで、話を聞くのは、その後でいいかな?」
「……わかったわ。では、お待ちしています。農園の作業が終わったら、夫のジョージも来るはずですし……。お友達、見つかるといいですね(棒読み)。」
「ありがとう。」


〈Aチームの音楽、かかる。〉
 ニューメキシコ州の荒野の上を飛ぶヘリ。操縦席にはマードック、隣にハンニバル。そして、ヘリの下の道では、お馴染み紺色のバンが疾走している。
〈Aチームの音楽、フェイドアウト。〉


「モンキー、そろそろ30分だぜ。この辺りか?」
 ハンドルを握るコングが、無線でマードックに呼びかける。
「ああ、右の方が坂になってる辺りだから、この辺だったはず。こっからちょっと道逸れてみるから、コングちゃんは道沿いを探してくれろ。」
「わかったぜ!」
 ヘリは高度を下げて左旋回、バンはそのまま直進と、二手に分かれるAチーム。


 フェイスマンは歩き疲れていた。歩き始めて小一時間。進めば進むほど道は狭くなり、壁は切り立ってくる。よじ登ろうにも手が使えないし、見上げても登れそうな手がかりはない。
「モンキー、早く助けに来てくれないかなあ……。」
 額に流れた汗を拭おうにも、袖もないので無理だった。
「こんな場所で死ぬのは嫌だなあ……しかもパンイチ、タイヤ着用で……。ハンニバルゥ、いつも女性関係では気をつけろって言われてたのに、真剣に受け止めてなくて、マジごめん。謝るから助けて……。あ、何か気が遠くなる……。ヤバい、脱水かも……。」
 フェイスマンは、ガクンと膝をついた。本当にヤバいかも、だんだん目も霞んでくる……。
 とその時。
「おい、そこで何してんだ!」
 上空から人の声が。
「ふぇっ、人!?」
 フェイスマンが見上げると、崖の上で、光を背にした男のシルエットが。
「た、助けてくれ、上がれないんだ!」
 フェイスマンの叫びに、男は頷いたように見えた。
 次の瞬間、男が傘のようなものを開き、そしてひょいっと崖から飛んだ。落ちる、と、フェイスマンは身を乗り出した。だが、男の体は落下せず、体が宙に浮いて一旦停止。よく見ると、手に持った傘のような物が、ブン、と低い音を立てている。傘を差した男は、まるでメリー・ポピンズのように空中をゆっくりと下降してきた。
「あ、危ない、落ち……ないの!?」
 男は、直立不動のまま、ゆっくりと地面に降り立った。
「大丈夫か、あんた。」
 男は、傘を畳むと、フェイスマンに駆け寄った。
「大丈夫。て言うか、あんた何者だ? 空中を飛んでたように見えたけど、あれは一体……?」
 フェイスマンの問いに、男は不敵な笑みを浮かべた。
「俺は、ジョージ・グレゴリー。ピスタチオ農家兼UFO研究家ってところかな。そして、これは、俺の発明品、墜落したUFOの部品から作った自家製UFOだ。俺は、立体起動装置と呼んでいる。」
「UFO研究家? 立体起動装置?」
 何だかヤバそうな人に助けられたのかも、と、フェイスマンが微妙な表情になっているうちに、ジョージは素早くフェイスの後ろに回り、手首を縛っているロープを解いた。
「ふう、助かった、ありがとう。」
 感覚のなくなった手首を振って血行を戻しながらフェイスマンが言った。
「いいってこった。この谷、たまに落ちる奴がいるんだ。大抵は動物だけど。俺は、農場がこの近くだから、気が向いた時に見て回ってるんだよ。あんたは何だかわけありみたいだけど。ま、とりあえず上がろうか。さ、これに掴まって。」
 男は、再度、傘=立体起動装置を広げると、フェイスマンを手招きした。
「2人も運べるの?」
「それ外せばね。」
「ああ、これ。」
 フェイスマンは、自由になった両手で、胴体に嵌まっていたタイヤを引き下ろした。
 かくして、ジョージと、完全なるパンイチの優男は、寄り添うように“立体起動装置”に掴まり、崖の上へと生還したのだった。


 2人が崖の上に着地してほどなく、パラパラパラ……と、遠くからヘリの音が聞こえてきた。空を見上げるフェイスマン。
「あ、モンキーだ。おーい、こっち!」
 近づいてくるシルバーの機体に向かって、フェイスマンが手を振った。


「いたぜ! 見つけた!」
 手を振るフェイスマンを発見したマードックが叫んだ。
「無事だったか。やれやれ、人騒がせな奴だ。戻ったらトレーニングのやり直しだな。」
「コングちゃん、フェイスいたよ! さっきの地点から、3キロ下った辺り! 急いで行って拾ったげて!」
『おう、わかった、すぐ行くぜ!』
 無線を受けたコングが、アクセルを踏み込んだ。



〜5〜

 やっと勢揃いしたAチームの面々は、カフェ・ド・ピスタチオで依頼人たちと相対していた。
「しかし、俺を助けてくれた人が、今回の依頼人だったとは驚いたよ。」
 と、フェイスマン。今は既にパンイチではなく、すっきりしたジャケット姿だ。因みにマードックも、ズボンだけは穿きました。
「こっちも驚きだ。ナタリアが、助っ人を頼んだって言うから、どんな猛者が現れるのかと思ったら、裸で谷底に落ちていた奴がそうだとは。」
「その点については、誠にかたじけない。お礼はさせてもらうよ。」
「いやいや、いいってことよ、あの谷では、コヨーテやらペッカリーやら、よく助けてるから、人一人くらい何てことないし、そもそのあの谷は成り立ちから言って……。」
「それよりAチームさん、うちの話を聞いて下さい。」
 ナタリアが、身を乗り出して旦那の話を遮った。さんざん待たされてイライラしているっぽい。もしくは、普段から話が長い旦那か。
「ああ、それじゃ話を聞こうか。」
 ハンニバルが、ナタリアを促した。


 以下、ナタリアの語り。
「うちは、ちょうど10年目になるピスタチオ農園です。この10年、特に困ったこともなく農園を営んできました。収穫も売り上げも順調に伸ばしてきたし、子供を大学に行かせてやることもできました。5年前に、ピスタチオの美味しさをもっと知ってもらおうと始めたこのカフェも盛況です。」
「それは、女将が美人ってのもあるよね。だってナタリアは、高校の頃からクラスのマドンナ的存在で……。」
「あなたは、ちょっと黙ってて。」
 口を挟んできた夫を、ナタリアがピシッと制した。
「順調に商売してきたんだな。それがどうして、俺たちに頼みごとをするほど困ってるんだ?」
「それが……UFOのせいなんです。」
「UFOだって?」
「……だと?」
「……とな?」
「そうよね、それが、何も知らない一般人の反応だわ。」
 ナタリアは溜息をついた。
「3年前、うちの農園の近くに、1機のUFOが墜落しました。」
「え、それって、宇宙から来たやつ? ホンモノ? モノホン?」
 と、マードック。
「そりゃそうだよ、他にどこから来るんだい。そもそもUFOというのは、遠い天体に住む知的生命体が……。」
「(夫を遮るように)夜中に裏で轟音がして、主人と見に行ったら、墜落した銀色のUFOが炎上していました。それで、慌てて警察を呼んだんですが、その後がおかしくて。」
「おかしいって、どういうこと?」
「警察に電話したはずなのに、来たのは軍人でした。それも数十人。私たちは、すぐに現場から締め出されて、『このことは、誰にも口外しないように。もし何か話したら、身の安全は保障できない』みたいなことを。」
「軍に脅されたっていうのか。」
「脅しを意図していたかどうかはわかりませんが、少なくとも私たちにはそう感じました。それで渋々引き下がって、翌日現場に行ってみたら……もうUFOの残骸は跡形もありませんでした。もちろん、ニュースにはならず、新聞にも載らず。」
「しかし、1つだけ部品が残っていたんだ!」
 ジョージは、嬉しそうにそう言った後、妻の顔色を窺ったが、ナタリアが“続けなさい”という顔をしたので、嬉しそうに身を乗り出した。
「軍が掃除しきれなかった場所があったんだ。少し離れた納屋の軒下で、冬用の薪が積んであったところでね。そこに、UFOの部品が1つ落ちていた。拾ってみたら、妙に重くてね、家に持ち帰っていろいろ調べてみた結果、それが、空を飛ぶための浮力を発生させる部品だってことに気がついたんだ。そして俺は、研究を始めた。その結果、出来上がったのが……。」
「立体起動装置。」
 フェイスマンが、後を引き取った。
「立体起動装置? 何だいそりゃ?」
「うん、垂直に上がったり下がったりできる、メリー・ポピンズの傘みたいなやつ。」
 フェイスマンの説明に、ジョーシは少し嫌な顔をした。
「ああ……まあ簡単に言うと、そうだ。大発明なんで、どこか然るべき学会で発表したいんだが、発表したら俺がUFOの部品を持ってるって軍にバレるだろ。だから、こっそりと使うしかなかったんだ。で、去年から、ふと思いついて、農園での作業に使ってみたら、まあ仕事が捗ること捗ること。」
「本当にもう、農薬撒くにして何にしても、上空からできると作業効率上がりまくりです。農作業用のジャイロより小回りが利くし、おかげで従業員を1人クビにできて、人件費が削れました。なのに収穫倍増。」
「利益も倍増!」
 農家の夫婦は、嬉しそうに声を揃えた。ここまでだと、単にUFOのおかげで新しい道具が手に入ってハッピー、というだけの話だな。
「それで、金を払ってまで俺たちに依頼したい困り事ってのは何なんだ?」
 ハンニバルが2人に尋ねる。途端に顔が曇るジョージとナタリア。
「そうやって浮かれ気分で大っぴらに立体起動装置を使っていたら……とうとう来てしまったんです。」
「来たって、何が? 税務署? 労基署?」
「MIB(メン・イン・ブラック)です。」
「MIBって何? NBAとかMITみたいなもの?」
 プロ・バスケットボール・リーグとマサチューセッツ工科大学とを“とか”で括る感覚は珍しいと思う。
「MIB。それは、黒いスーツの訪問者たち。UFO関係の事件があると、目撃者や関係者のところに現れて、証言を取り消すよう強要したり、証拠品を盗み出したりする謎の男たちです。真っ黒のスーツにソフト帽を被って、通常、2人組で行動します。一説には、宇宙人の手先、いや、彼らこそが宇宙人そのものという説すらあります。彼らの肌は黄色で、目は切れ長、まるで地上の空気が合わないかのように、シューシューという呼吸音を立てます。」
「彼らの要求を拒否した目撃者の中には、突然行方不明になったり、記憶喪失になったりした人もいる……恐ろしい奴らです。実際、このロズウェルでは、1947年のUFO墜落事件以降、MIBによる多数の被害者が出ている……という話です。」
「……へー。」
 4人は、ぽかんとした表情で、UFOかぶれのピスタチオ夫婦の熱演を聞いていた。
「何でえ、SFの話かよ。」
 吐き捨てるようにコングが言った。ナタリアが、キッ! とコングを睨んだ。
「まあまあ、それでその、メン・イン・ブラックがどうしたの?」
 フェイスマンが、コングと依頼人を宥めつつ、極力優しく問うた。
「現れたんです、私たちの農場に。ジョージが立体起動装置で作業をしていると、いつの間にか黒スーツの男が2人、ピスタチオの根本に立っていて。ね、そうだったわよね。」
「ああ、知らないうちにうちの農園に入り込んでいた黒いスーツのそいつらは、立体起動装置を指差した後、Fxxk you! のポーズでこちらを挑発しながら、1人がこう言ったんだ。『そんなもの使ってズルしやがって、タダで済むと思うなよ!』と。」
「もう1人は、恐ろしいことに、落ちていたピスタチオを投げつけてきたそうです。」
「悪口言って、物投げて? 随分俗な宇宙人だな。」
「それ以降、たびたびうちの農園の周りで黒服の2人組を見かけるようになりました。時にはUFO墜落現場の納屋付近、時には隣のフェンス越しに、彼らの視線を感じるんです。家に帰ったら、室内の様子が何だかおかしい……という時もあったし、納屋が荒らされている時もありました。きっと立体起動装置を奪おうとしたのでしょう。……怖いわ、あなた。」
 その時のことを思い出したのか、ナタリアがジョージの腕を掴んだ。ジョージは、そんな妻の手を優しく包むと、決意に満ちた表情でAチームに向き直る。
「UFOの存在を国民からひた隠そうという影の力には、私たちはUFO事件の当事者として、堂々と対峙しなければなりません。でも、実際、自分たちが被害に遭ってみると、それがどれほど難しい、素人の手に負えないことなのか、実感しているんです。奴らは、あまりにも恐ろしい……。だから、お願いです、Aチームの皆さんのお力で、MIBを私たちの農園から追い払っていただきたい! そして、政府に対してUFO情報の開示を求めましょう!」
「……ジョージ、ナタリア。」
 一瞬の嫌な間の後、ハンニバルが口を開いた。
「UFOの話はわかった。早速、そのMIB? ってのが何者なのか調べてみよう。ところで……君ら、他に問題は抱えちゃあいませんか。仕事の関係や、地域の人間関係とかで。」
「問題……と言えば、町内会の爺さんにはゴミ出しでたびたび注意されるし、古参ピスタチオ農家のアルフレドさんは、うちをライバル視しているようですが、どちらにしても、うちの方は別に。それに、彼らはUFO問題に理解もありませんし。」
「ジョージ、あのさ、立体起動装置っての、今持ってるよね? ちょっと俺っちにも見せてくんない?」
「ああ、いいよ。これだ。」
 ジョージが、マードックに傘型の機械を手渡した。マードックは、いろいろな角度からその機会を眺め、数秒いじり回した後、ほい、とジョージに返した。
「じゃあ、明日から早速、調査に入ることにしよう。安心してくれ。UFOだろうが宇宙人だろうが、俺たちにかかれば赤子も同然だ。」
 ハンニバルが、そう言ってニカっと笑った。


 その夜。夫婦が農園に帰った後、宿として提供されたカフェの2階で作戦会議をする4人。
「どうするよ、ハンニバル。言っちゃ悪いが、あの夫婦、相当イカレてるぜ。」
 と、コング。
「確かに、UFOだの宇宙人だの、本気で信じてる人を初めて見たよ。あれ、ホントにホントにマジで言ってるんだよね? 確かに、立体起動装置はすごい発明だと思うけど、宇宙人のテクノロジーってほどのもんでもないような気がするよ? モーター音みたいのしてたし。」
「モンキー、お前の見立てだと、あれは何だ? まさか、地球に存在しない技術とか言わないよな?」
「うんにゃ、確かに見たことのないデザインではあったけど、基本はヘリに使うモーター。それの、すごい小さいやつだったよ。差し詰め、軍の試作品の小型ヘリが墜落して、その部品を拾ったんだろ。」
「ごく普通の軍事機密、ってやつか。」
「そ、だから軍人が出てきて、口止めされた、と。今は何でも小型化の時代だし、こんな田舎町でも、ソ連のスパイがいないとも限らないからね。」
「だとすると、UFO云々は、あの夫婦の思い違いか。」
「思い違いって言うか思い込みだろうね。少なくとも、技術的には、宇宙人の出る幕じゃない。」
「それじゃ、メン・イン・ブラックってのは?」
「わからんが、まあ、黒いスーツを来た普通の人間だろうな。」
「もしくは、あの夫婦がUFOかぶれってのを知ってて、MIBの真似をして嫌がらせをしている誰か、だね。」
「いずれにせよ、今ある手がかりで当たるしかあるまい。明日からはまず、囮を仕掛けて、グレゴリーのピスタチオ農園の張り込みだ。今夜は、解散!」
 席を立ち、思い思いの方向にバラけるハンニバル、コング、マードック。
“アルフレド? ピスタチオ農園? ……どっかで聞いたことあるような……何だっけな?”
 フェイスマンは、1人席に着いたまま、薄い記憶を手繰り寄せつつ、痛い手首を摩るのであった。



〜6〜

〈Aチームの音楽、かかる。〉
 車座に座った4人の前に投げ出される大量の破れ傘。その破れ傘の布を剥ぎ取っていくコング。傘の骨に糊を塗り、プロペラを模した段ボールを貼るフェイスマン。傘の骨に発泡スチロール製のモーター(偽)をカパッと嵌めるハンニバル。
 出来上がった立体起動装置(偽)を、農園のそこここに設置するマードック。そして、その周りに張り巡らされる鉄線。
〈Aチームの音楽、終わる。〉


 仕掛けが終わり、農園の中央に位置するグレゴリー家の母屋のリビングで首尾を待つ4人。ジョージとナタリアは、メン・イン・ブラックと鉢合わせしたくないと言うので、カフェの方に避難してもらっている。
「こんなんでかかるのかよ、MIBって奴らは。」
 と、コングが疑問を呈する。
「ジョージとナタリアの話によると、奴らの狙いは、この立体起動装置だ。取りやすい場所に囮を置いておけば、きっと盗みに来るさ。」
「結構ショボい出来だけどね、塗りムラあるし。」
 フェイスマンが、偽立体起動装置をくるくる回しながらそう言った。確かに、見た目はただの銀の傘である。
「まあその辺はご愛嬌だ。モンキー、センサーは正常に作動してるか?」
「オッケー。全部ちゃんと動いてるよ。5ヶ所つくった罠のどこかに奴らが踏み込んできて鉄線に触れた途端、電流が流れ、かつ、このモニターのブザーが鳴るって寸法よ。」
 マードックの手元には、トランジスタラジオのような機械が5台。それぞれの仕掛けに呼応しているらしい。
「うむ。ま、こっちは持久戦だ。ピスタチオでも食いながら、ゆっくり待つとしよう。」
 と、ハンニバルがピスタチオを口に放り込んだ瞬間。
 ブブゥゥゥ〜!
 突然鳴り出すブザー。
「いや、いくら何でも早すぎるだろ。」
 ボリボリと豆を噛みながらハンニバル。
「だよね、誤作動かな。」
 と、言いつつ、マードックが機械をバンバン叩く。
「誤作動かもしれねえが、座って待ってるだけじゃ体がなまっちまう。とにかく行ってみようぜ、ハンニバル。」
「ああ、そうするか。モンキー、どこの仕掛けが反応してるんだ?」
「えーと、裏庭だね、納屋のところ。」


 そして、裏庭に駆けつけた4人が見たものは、鉄線を踏んで感電し、見事に伸びている、長身と小太りの2人の男。黒スーツにサングラス姿は、まさにグレゴリー夫妻言うところのメン・イン・ブラックだった。
「あれ? ねえフェイス、何かこいつら見たことある気しない?」
 マードックの言葉に、フェイスマンが男の顔を覗き込んだ。
「……あ、あれだわ、俺たちを拉致した奴ら。」
 フェイスマンが、さらりとそう述べた。
「何だと?」
「何だって!? じゃ、こいつらが、お前の彼女の旦那の手下(長い!)か!」
「ああ〜、うん、そういうことになるね……って、思い出した、アルフレドってマリの苗字だ。ホント、世間って狭いね。」
 フェイスマンが、そう言ってポンと膝を打った。


 5分後。縛り上げられ、リビングの床に座らされたたMIBの2人組の頬を、ハンニバルがペチペチと叩く。目を覚まし、ゆっくりと顔を上げる2人の男。囲まれていることに気がついた瞬間、ひぇえ、と声を上げて震え上がった。
「済みません、済みません。ほんの出来心なんです、許して下さい。」
 長身の男が、足をジタバタさせながら謝り始める。
「ごめんなさい、ただ、最新型の農業機械が羨ましかっただけなんです。うちのボス、うちの農園にそんな金はない! とか言って、機械全然買ってくれないから。」
 小太りが、そう続けた。
「うちのボス、ってのは、アルフレド農園の、農園主のジャック・アルフレドのことだね? マリの旦那の。」
 と、フェイスマン。その顔を見て、2度目のびっくりを食らうメン・イン・ブラック。
「げ、お前は、間男!」
「本当だ、間男と、間男サブ(フェイスマンの顔をうろ覚えだったので、念のため一緒に拉致った)じゃないか! 畜生、どこに逃げてやがったんだ! あの後、俺たち、ボスにたっぷり怒られたんだからな!」
「そうだそうだ、今月の給料、1割引きになったんだぞ!」
「……そいつは悪かったね。で、何で俺たちを拉致したの?」
「決まってるじゃないか、奥様と別れさせるためさ。」
「そうさ。うちの農園の経済が厳しいのは、元はと言えば、お前みたいなプレイボーイたちのせいなんだぞ!」
 と、不思議なことを言い出す小太り。
「アルフレド農園の経営が苦しいのが、俺のせい? 何それ、どういうこと?」
 フェイスマンの質問に、2人は溜息をつき、そしてアルフレド農園のことを話し始めた。
「うちの農園は、100年前にアルフレド家の先々代が始めたんだ。で、マリオネール・アルフレド、つまり奥様が、直系の3代目。うちのボスは、その奥様の婿養子なんだ。」
「そう、だから、うちの農園の経済は奥様が握ってて、ボスには全然権限がないんだ。」
「へえ、マリってそんなお金持ちだったのか。道理で、高いレストランとか奢ってくれるし、プレゼントも一杯くれたわけだ。」
「そこなんだよ、問題は! 奥様は、普段はお優しい方なのに、惚れっぽいと言うか、ハンサムには滅法弱いんだ。それで、好きになると、どっぷりのめり込み、農園の金を間男のためにじゃんじゃん使ってしまうんだ。」
「ああ、だから、奥様が浮気を始めると、うちの農園の家計は火の車に……。でも、ボスや使用人が何を言っても聞く方じゃない。『あたしは若い頃、恋愛もさせてもらえずに家の都合で結婚した。それは家のために仕方ないと思ってたけど、もう時代が変わった。私にも恋をする権利はある!』って仰って、そりゃあもう派手に貢いで、その額は1人あたり10万ドルは優に超えてる。」
「だから、ここ数年は、奥様が浮気を始めるたびに、ボスは、奥様には内緒で間男を連れてきて、話をつけることにした。別れさせるんだ。もう、この5、6年だけで8人……あんたで9人目だ。」
「別れさせるって、どうやって? 中には本気の男もいたんじゃない? 彼女、あんなに綺麗だし、好きでもない爺さんと政略結婚させられたって聞いて、可愛そうな彼女を連れて逃げようとした奴はいなかったの?」
「まあね、本気出してきた奴も、そりゃ中にはいたけどね、奥様の年齢を聞いた途端、みんな踵を返して去っていったよ。」
 年齢? フェイスマンの中に、嫌な予感が頭をもたげる。年齢って、何のこと?
「えーと、念のため聞いておきたいんだけど……彼女、本当はいくつなの? もしかして40越えてるとか?」
「40か!」
「40だと、はははっ。」
 フェイスマンの言葉に、MIBは顔を見合わせて笑った。嫌な予感がさらに倍増。
「色男さんよ、あんたの目も結構な節穴だね。」
「てことは、つまり40歳……より上?」
「もちろん。奥様は、ボスと同い年。去年、還暦のお祝いをやったばっかりの61歳だ。因みに、孫も5人いるよ。」
「あの美貌は、現代医学のなせる業。つまり、整形と豊胸とボトックスの賜物ってこと。」
「去年……かん、れき……孫、ご、にん……。」
 フェイスマンが、右手を5、左手を3にして、グラリと揺れた。因みに、5と3の意味は不明である。そんなフェイスマンを、マードックが優しく抱き留め、ソファに座らせ、どうどう、と背中を叩く。
 そんな部下たちの様子を見て、場を纏めるべく、ハンニバルが一歩前に歩み出た。
「話が別の展開になっているが、大筋はわかった! 一応、最後に確認しておこう。今まで、グレゴリー農園に侵入していたのは、お前たちだな?」
 ハンニバルの問いに、2人は、間違いありません、そして、もうしません、と口を揃えた。
「で、あれか、その黒い格好はよ、グレゴリー夫妻がUFOマニアだって知って、メン・イン・ブラックの格好をしたんだな?」
「メン・イン・ブラック? 何だい、それ?」
 コングの問いに、長身が首を傾げた。一応、丁寧にMIBの説明をしてあげるマードック。説明を一通り聞いた2人の男は、何だそれ、SFか! グレゴリーんちはテレビの見すぎか! と、常識的な反応をした後、得意げに言った。
「そんなヘンテコな奴らと一緒にしないでくれ。俺たちはな……MIBじゃなくて、ブルース・ブラザーズさ!」
「そうさ、ソ〜ウル・メーン!」



〜7〜

 ニューメキシコの荒野を、Aチームの4人を乗せたバンが走っていく。
「結局、今回、報酬は貰ったんだっけ?」
 と、マードック。お土産に貰ったピスタチオ(美味い)を、ぼりぼりと噛みつつ。
「いや、今回はフェイスを助けてもらった恩と行って来いってことで、貰わないことにしたよ。」
「相済みませんね、俺のせいで。」
「ああ、心配かけやがって、反省してるのかよ、フェイス。」
「……反省してるって言うか、うーん、まあね……熟女、いや、超・熟女か……将来的には、そういう方向も、ありかもね……。」
 フェイスマンが、窓の遠くを見つめながらそう呟いた。ショックのあまり、彼は新しい境地を開拓しつつあるのかもしれない。
「ダメだコイツ、全然反省してねえ。」
 コングが乱暴にハンドルを切った。椅子からずり落ちる他3人。もちろん、シートベルトなんかしてません。
「あ、UFO。」
 マードックが、ズッコケたままの姿勢で荒野の先を指差し、そう言った。
「またまたぁ、だからUFOなんているわけないって……うん? あれは?」
 フェイスマンが指差す先を見つめる残りの2人。
 その視線の先では、金属的な光を放つ、直径70センチ程度の薄い円盤型の飛行物体が、飛行機ではあり得ない軌道のジグザグ飛行を続け……いきなり墜落した。ドーン! という爆発音が響き、辺りに黒い煙が立ち上る。呆気に取られる4人。
「何か変なもん落ちたけど。」
「そうだねえ、随分派手に。」
「どうするハンニバル、行ってみるか?」
 コングの問いに、ハンニバルは少々固まり、そして、やめとこう、と一言。
「何でだよ。大発見かもしれないよ?」
「武器とかに使える部品、拾えるかもよ?」
「やっぱり、やめときましょう。……何でかって? 下手に手を出すと、あれだ。来ちまうだろう。ブルース・ブラザーズが。」
 それはMIBでは……と誰もが思った。そして誰もが、あえて突っ込まぬことを選択した。次の瞬間、コングが勢いよくアクセルを踏み込み、そしてAチームを乗せた紺色のバンはロズウェルを後にしたのであった。
【おしまい】
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