彼らの異常な執着/または彼は如何にして心配
するのを止めず作業を分担するようになったか
伊達 梶乃
〜1〜

「どうよ、これ。」
 顎を振って斜め後ろを示し、得意そうにフェイスマンが尋ねる。
「ああ、よく描けてる。」
 双眼鏡で道の先を凝視したまま、ハンニバルが答えた。
「でしょ。画家志望のジャンヌに頭下げて描いてもらったんだ。」
 フェイスマンがそう自慢する品、それは、バカでかい板に描かれた道の絵。T字路の道が交わった箇所、何て言えばいいんだ? 交差点? Tの上んとこ。そこに既に設置してあり、Tの縦の道の下から上に向かって見れば、一見、T字路が十字路に見える。不注意な人や目が悪い人には。
「お願いだからさ、ね? って言ったら、一晩で描いてくれて、ホント、助かっちゃったよ。」
「見返りは?」
「ん? 見返り? ああ、その話はまた後で。」
 何か後ろめたい取引があったようだ。何せ板の大きさと言ったら、視界を覆うほどもあるのだから。ジャンヌ、頑張ったねえ。
「そろそろ時間だぞ。」
 腕時計をチラリと見て、ハンニバルはT字路の角にある岩(ハリボテ)の陰に身を隠した。しかし、依然として双眼鏡で道の先を見つめている。フェイスマンもリーダーの横にしゃがんだ。
 さて、今回のAチームのお仕事は、この界隈のファーマーさんたちの作物を荒らしている一団を何とかしてほしい、というもの。そいつらは、アフター5になるとやって来ては作物を荒らしていくのだと言う。主にセロリを。と言うか、セロリだけを。とは言え、この界隈のファーマーさんたちはセロリを中心に育てているので、そのメイン作物を荒らされてしまっては、生活が成り立たない。
 こんな地味な仕事、普通だったらフェイスマンが何か理由をつけて断るはずなんだが、依頼をしてきた人物というのが、ハンニバルの士官学校時代の親友の小学校時代の親友の親戚なのだから、断れるはずもない。いや、「無関係じゃん!」と断ってもいいのだが、ハンニバルが言うには「人と人との繋がりは大事にしないとな」――本当のところは退屈だったのでひと暴れしたかっただけだろう。しかしまあ、ハンニバルがそう言うのなら、依頼を受けないわけには行かない。たとえ報酬がセロリであったとて。
 そんなわけで、Aチーム、作戦の真っ最中。ではあるが、コングは自動車修理のアルバイトに出ているため、遅れての合流予定。何でも、今日の午後5時までに納入しなければならない車が複数あるのだとか。終わり次第、駆けつける、とのこと。
 マードックは何をしているのかと言えば、例の病院からいつもの如く連れ出され、そこいら辺の飛行場でちょろまかしたヘリコプターでくだんの板を運んできた後、T字路のTの横棒の右側にヘリを停めて、通行止め係を実施中。Tの横棒の左側では、道に垂直に停められたフェイスマンのコルベット(無人)が通行止めをしている。無論、「道に垂直」と言っても、「地面に対して垂直」ではない。
 賢明な読者諸君にはご推測いただけたと思うが、セロリに恨みを持つ(仮定)一団は、T字路のTの縦線を下から上にやって来るのだ。そして、このT字路を曲がってセロリ畑へ向かう。因みに、右に曲がっても左に曲がってもセロリ畑に到達する。ただし、このT字路の近辺はセロリ畑ではない。なぜなら、セロリ畑を営むファーマーさんたちの土地ではないからだ。T字路のTの字の上は、深い谷になっており、ガードレールもついていない。そんな危なっかしい道に面した土地を持ちたいというのは、よほどの物好きだけだろう。まあ、その危なっかしい道に面していない土地を持つファーマーさんたちも、結局、その道を通らないと町には出られないんだがね。
 現在時刻、午後5時35分。地元住民から「例の一団は5時半頃にこの道を通る」という情報を得てはいたが、「5時半頃」は一般的には5時15分から5時45分の間だ。また、例の一団は毎日来るわけではないらしいが、もしかしたら今日は来ないかもしれない、という可能性を、Aチームは却下した。今日来てくれなかったら話にならないので。徹夜して絵を描いてくれたジャンヌにも申し訳ないし。
「来たぞ。」
 道の先に車が見えて、ハンニバルが少し嬉しそうに言った。ずっとしゃがんでいて、足も腰も限界に近づいていたのだ。
 双眼鏡を使わなくても車が見えるようになった。かなり速度を出している。
「奴さんたち、コングのバンと似たようなのに乗ってるんだな。」
 例の一団の車種までは聞いていなかったもんで。
「コング、来られるのは6時頃だって言ってたからなあ。」
 そう、到着した時には全部終わってしまっているのではないかと、コングは心配していたのだ。そしてフェイスマンは、コングなしで肉弾戦になってしまうのではないかと心配していたのだ。今もなお、その心配は継続している。
 車はどんどんとハンニバルたちに近づいてきて、そしてハンニバルとフェイスマンは気がついた。コングのバンそのものだ、と。運転席にいるのが、金のジャラジャラをつけたモヒカンだし。あんな人物、コング以外にはそうそういない。
「停まれっ!」×2
 バンの前に飛び出そうとした2人だったが、ずっとしゃがんでいたため、2人とも足が痺れていた。あつつつつ、と足を押さえてその場にへたり込む。
 2人の前をバンが減速せずに走り過ぎた。次の瞬間、案の定、コングを乗せたバンは、ジャンヌの力作に突っ込んでいった。
「コーング!」×2
 スローモーションで宙を飛ぶバン。
「何だこりゃあああああ!」
 コングの叫びが谷間に響いた。
 と、その時。

〈Aチームのテーマ曲、始まる。〉
 急降下してきたヘリが、バンの右側から両方のスキッドを窓に突っ込み、ルーフに引っかけた。スモークフィルムのおかげでガラスが飛散することはなかったが、コングの側頭部には多少損傷があったかもしれない。
 バンの重さでバランスを崩して前のめりになったヘリ。普通なら墜落する姿勢だが、そこはヘリの申し子マードック、ローターを無理矢理後ろに倒して持ち堪える。
 ゆっくりと高度を下げ、遂には狭い河原にバンが着地した。ヘリも、その横に着陸。
〈Aチームのテーマ曲、終わる。〉

 崖っ縁で腹這いになって、ハンニバルとフェイスマン(足の痺れは治った)は崖下の様子を窺っていた。しかし、後方に人の気配がして、2人は同時に振り返った。
「どうしたんだ? 事故か?」
「こんな書き割り置いといたら、この辺知らねえ奴なら突っ込むだろ。」
 そう言いながらハンニバルたちに近づいてきた青年2名も、崖っ縁に四つん這いになって崖下を覗き込む。
「あの車が落ちたのか。」
「で、ヘリで助けた、と。上手いことやったねえ。これ、映画の撮影か何か?」
「何だ、事故か?」
 もう1人、男がやって来た。先に来た2人よりもいくらか年上のようで、落ち着きもある。この男がリーダーに違いない。道の先を見ると、セダンが1台停まっており、その中にまだ1人いる。
 ハンニバルは何と切り出そうか、一瞬迷った。この青年たちがセロリ荒らしだと思うけど、違うかもしれない。人間、見た目だけではセロリ嫌いかどうかわからないものだし。
「まあ、ちょっとした事故だが、事なきを得たよ。」
 正直に事態を告げて、ゆっくりと立ち上がりながら次のセリフを考える。
「ところで君たち、何だ、その、セロリはお嫌いかな?」
「セロリだって?」
 青年たちの表情が変わった。この青年たちがセロリ荒らしに違いない。そうでなければ、セロリが嫌いかどうか訊かれただけで敵意をあらわにするはずがなかろう。
「何だ、てめえら、セロリ農家の用心棒か何かか?」
「それともセロリ販促係か? セロリお試しキャンペーンだったら、お断りだぜ。」
「どっちかって言ったら、前者かな。」
 既に立ち上がって服についた土を払い終えたフェイスマンが答える。
「それで、用心棒が俺たちにどんな用事なんだ?」
 リーダーらしき男が一歩進み出た。
「セロリ畑を荒らすのをやめてもらいたい。」
 至極当然のことを偉そうに言うハンニバル。
「やめなかったら、どうする気だ?」
「それ相応の仕打ちをさせてもらう。」
 と、ここでハンニバルは青年たちの攻撃力をざっと判断してみた。若さゆえの持久力はありそうだが、腕っぷし自慢といった風情の男はいない。車の中にいる男はもしかしたら肩から下がマッチョなのかもしれないが、少なくとも肩から上は並と言っていい。これならコングやマードックがいなくても、ハンニバルとフェイスマンだけで何とかなりそうだ。
「おじさんたち、腕に自信がありそうだね。」
「えー? そう見えるかなー?」
 青年たちもハンニバルとフェイスマンの攻撃力を目測しているようだ。(因みにフェイスマンは、自分も「おじさん」に含まれているとは思っていません。)白髪のだぶついたおじさん、所持品は双眼鏡のみ。ヘラヘラした優男、所持品なし。向こうは2人で、こっちは4人。これなら何とかなりそうだ。
 お互いに「何とかなりそうだ」と思いながらも、相手の出方を窺いつつ、しばしの膠着状態。
 先に動いたのは青年たちの1人だった。道の両側を横目でチラチラ見ていた彼は、左側の道の先には車が停まっていて(恐らく優男のだ)、右側の道には何もないことを把握していた。おじさん2人を無視して、ダッシュで右の道を進む。
「おい、逃げるな!」
 そう呼びかけたのは、敵前逃亡を制止しようとする仲間、ではなく、ハンニバル。殴り合いになるかと予測していたのに、逃げられては困る。双眼鏡を地面に置いて(そっと)、ハンニバルは走っていく青年を追いかけた。
 残りの青年2名も右の道へと走り出す。すぐさまハンニバルを追い越して、前を行く青年に合流。追い越され際に手を伸ばして1人でも敵を捕まえようとしたハンニバルだったが、その手は虚しく宙を掴んだだけだった。
「こいつら……陸上部出身か?」
 誰も聞いていないけど、そう呟いてみるハンニバル。そうだ、きっと陸上部出身だ。それなら追いつけないどころか、どんどん引き離されていっても仕方ない。年のせいでも体重のせいでも運動不足のせいでもないんだ、これは。
 一方、どうしようかとオロオロしていたフェイスマンは、残る1人の青年が車のエンジンをかけたのを聞いて、左の道へと駆け出した。コルベットに乗って追いかけるために。
 誰もいなくなった交差点を右に曲がり、セダンが慎重に崖っ縁の道を走っていく。それを見ながら、コルベットに飛び乗ったフェイスマンはエンジンをかけた。通行止めにするために道に対して垂直に停めていた車を、道に対して水平に戻さなければいけない。焦ってはいるけれども、ハンドルを右へ左へ目一杯回しながら、ちまちまと前進と後進を繰り返す。
「あと、もうちょっと! あ、ちょ、ちょっ、ヤバっ!」
 後輪の片方(左側)が道から外れた。それは即ち、崖から落ちたってこと。フェイスマン、ピーンチ! 四輪駆動や前輪駆動なら大した問題ではないが、残念なことにこいつは後輪駆動。道の上に乗っている残り1つのタイヤに最善を尽くしてもらわなければならない。ギアを前進にして思い切りアクセルを踏み込む。
 ギュルルルルッ、バキッ!
 無事タイヤは道の上に戻ってきた代わりに、車の右前部が道の脇に生えていた木に激突。バンパーがひしゃげ、ヘッドライト破損。でも谷底に落ちるよりは、ずっとマシ。このくらいならコングが無料で直してくれるだろうし。と、気を取り直したフェイスマンはハンニバルと合流すべく、慎重に車を進めていった。

〈Aチームのテーマ曲、再び始まる。〉
 崖っ縁の道を走るセロリ荒らし3人と、だいぶ遅れてハンニバル。後ろから車が来ることに気づいたハンニバル、足を止めて方向転換し、走ってくる車と向き合う。幸い、車は低速で走っている。タイミングよくジャンプし、フロントガラスに貼りつく。だが、車を運転している青年は、半分くらい視界が覆われていることもものともせず、車を走らせていく。車からハンニバルを振り落とそうにも、そんな運転はできない場所だし。ハンニバルはハンニバルで、フロントガラスに貼りついたまま息を整えている状態。
 と、そこへ、崖下からヘリが突然浮上してきた。前方を走る青年たちに一瞬で追いつき追い越したヘリが、彼らの行く手にでんと着陸し、道を遮る。道から逸れて逃げようにも、ヘリの操縦席からマードックがオートライフルで狙っているのだから逃げられない。
 両手を挙げて観念する3人の後ろに、ハンニバルが貼りついたままのセダンが停まった。銃口を青年たちに向けたままヘリから降りてきたマードックが、ハンニバルに拳銃を投げる。それをキャッチしたハンニバルが、車に乗った青年に狙いを定めると、青年は渋々とドアを開けて車から降りてきた。
 さらにその後ろに、傷物のコルベットが到着。
 ハンニバルがセダンのボンネットの上に立ったまま、ニッカリと笑った。
〈Aチームのテーマ曲、再び終わる。〉

「それで、コングはどうした?」
 ヘリに積んであったロープでセロリ荒らしたちをふん縛っている最中のマードックに、ハンニバルが尋ねた。
「今、崖登ってる最中。」
 と、斜め下を指差す。
「ヘリにゃ乗りたくねえって言うし、ヘリからロープで吊るされんのもヤダって言うし、車でどんだけ走ればこの谷から抜けられるかもわかんねえし、そしたら登るしかねえもんな。」
 ふん縛り作業を続けながら説明する。因みに、フェイスマンもふん縛り作業中。
「登れるものなのか、この崖。」
 百戦錬磨の強者どものリーダーさえも驚いて、崖の下を見る。四つん這いになって。そうしたら、確かにいた。ほぼ垂直に切り立った岩壁を、命綱もなしにガシガシと登っているコングが。
「登ってるっしょ?」
「ああ、登ってた。」
 立ち上がって、膝下をパンパンと払うハンニバル。
「ま、作戦(でっかい絵を使って敵を谷底に落とす)を台なしにしてくれたんだ、手助けしないでおきましょう。」
「元々参加できない予定だったしね。」
 フェイスマンの苦労も水の泡。大した苦労ではなかったにせよ。
「あ、そだ、おいら、コングちゃんの車、引き上げなきゃよ。」
 ふん縛りノルマ2名を終えたマードックが、ヘリに向かう。
「車はいいのか、ヘリ使っても。」
「仕方ねえ、ってコングちゃん言ってたぜ。いくらコングちゃんでも、ロープで車、引き上げらんねえもんな。担いで登るわけにも行かねっし。」
「クレーン、手配しようか? 1時間、時間くれれば俺が取って(盗って)くるけど?」
 親切に、調達係が提案する。コングに借りを作っておけば、コルベットの修理(無料)を頼むのも楽だし。
「いや、クレーンの存在、気づかなかったことにしときましょう。」
 作戦をおじゃんにされて、静かに怒っているハンニバルであった。



〜2〜

 それから数時間後。
 依頼人の家のできるだけ近くにあり、住人がちょうど長期旅行に出ている家を今回のアジトとしたAチーム。ハンニバルは現在、依頼人のところにセロリ荒らし4人を連れて行っている。コングは崖をよじ登り終え、ヘリによって谷底から引き上げられたバン(窓とルーフ破損)に乗って一旦アジトに戻ってきた後、バンの中に積んであった武器・工具等をアジトに置いて、車をバイト先の自動車修理工場へ預けに行った。フェイスマンはマードックと一緒にヘリを元あった場所に戻しに行き(マードックはヘリで、フェイスマンは車で)、そこから2人はコルベットでコングの待つ修理工場へ行き、コルベットを預け、そこで代車を借りて、途中で夕飯を買って、3人でアジトに帰宅。3人だけで先に夕飯を食べていいものか、リーダーを待った方がいいのかを討論していたところへ、ハンニバルが帰ってきた。
「お帰り、ハンニバル。夕飯、温めるから、ちょっと待ってて。」
 キッチンに向かうフェイスマンとマードック。
「セロリ野郎どもはどうなった?」
「それなんだが……。」
 と、ハンニバルはリビングルームに歩を進め、ソファにどっかりと座った。コングも1人掛けのソファに座る。
「警察沙汰にはしないことになった。」
「何だと? 畑荒らしたのにか?」
 ハンニバルの話によれば、セロリ畑を荒らしたのは、近隣の町に住み、その町でそれぞれ商店などを営む若者たちであった。その町は年がら年中、365日、24時間、谷から吹いてくる風のせいで、セロリ臭かった。セロリ好きの町民とセロリが好きでも嫌いでもない町民は気にしていなかったのだが、たまたまセロリ嫌いになってしまった彼らには、生まれ育った町は臭くて臭くて仕方なかった。しかし、親の仕事を継いでその町で仕事をしている以上、町から離れるわけには行かない。そこで彼らは、セロリを育てているファーマーさんたちに、ビニールハウスでセロリを育てないか、と交渉をした。少しでもセロリ臭を抑えるために。だが、セロリが大好きで、セロリをいい匂いだと思ってやまないファーマーさんたちは、彼らの提案に同意しなかった。ビニールハウスが必要な気候ではないし、ビニールハウスを作る資金もないので。交渉時のファーマーさんたちの「セロリの匂いを嫌う人がいるはずがない」という発言と態度が、彼らの堪忍袋の紐をぶっ千切った。そして次の日から、彼らは仕事が終わると集合し、町のセロリ嫌い全員(4人)が集合できた日には、セロリ畑を荒らして、彼らにとっての悪臭の根源を排除していたのだ。ただ荒らしただけでは臭いままなので、引き抜いたセロリはすべてビニール袋に入れて口をしっかりと閉じ、その場に放置(ゴミは収集日の朝以外に出してはいけないと母親に躾けられていたので)。
「彼らに『嫌なニオイの中で24時間生活していることを想像してみて下さい』と言われて、あたしも、そりゃキツいだろう、と思わされましたよ。」
「そんな年がら年中じゃあなあ。でもよ、そんだけいっつもニオイ嗅いでて、鼻が慣れたりゃしねえのか?」
「彼らが言うには、硫化水素なんかの悪臭には鼻は慣れるらしいが、セロリのニオイには慣れないんだそうだ。」
「その辺も、奴ら、調べてたのか。」
「そう、実によく調べていたよ。嫌いなセロリの栽培方法や性質、成分、ビニールハウスの作り方や導入コストまで。依頼人よりセロリについて詳しいくらいだった。」
「で、結局、どうなったんだ? 無罪放免にしたって、セロリ臭えのは変わりねえだろ?」
「彼らが自費でビニールハウスを作ることになった。」
「なるほどな。……って、その間、奴ら、間近でセロリのニオイ嗅ぐんだろ? 大丈夫なのか?」
「それが奴さんたち、セロリのニオイの成分、何て言ったかな、ちと失念したが何十種類もあるらしい。その中の主成分を吸収するフィルターを開発していてね、それをガスマスクにセットすればニオイを嗅がずに済むって寸法だ。畑を荒らす時にも、それを使っていたそうだ。」
「そんな大層なもん作ったんだったら、畑を荒らす必要ねえだろ。」
「24時間、ガスマスクつけて生活するわけにゃ行かんだろう。ガスマスクしたままじゃ風呂にも入れんし、安眠もできん。」
「そうか、風呂入ってる時も寝てる時も臭いんじゃあなあ。……奴ら、さぞかし辛かったんだろうな。」
「辛かったと思いますよ。セロリ嫌いなんて少ないですしね。」
 そう、日本ではセロリ嫌いの人も多いが、アメリカには少ないのだ。
 と、その時。
「ご飯、準備できたよー。」
 ダイニングルームからフェイスマンの声が聞こえて、ハンニバルとコングは腰を上げた。

 食卓の上には、デリカテッセンでフェイスマンが買ってきた料理が並んでいた。
「遅い時間だったから、碌なのなくってさ。あ、でも、このソーセージ、美味しそうじゃない? ハンニバル、切り分けてくれる? それと、これ、ムサカ。コング、食べたいって言ってたもんね。残ってたの全部買っちゃった。サンドイッチは、これがローストビーフで、これはパストラミで、これは卵とツナ、これはサーモン。サラダもちゃんと食べてよね。」
 いただきますも言わず、フェイスマンの解説も聞かずに、既に食べ始めている3人。ソーセージを切り分けるように言われたハンニバルも、全部のソーセージを並べて3回切っただけ。したがって、短めのソーセージは3人分しかなかったりする。
「ね、フェイス、アップルパイは?」
 キッチンでは見かけたアップルパイが食卓になくて、マードックが訊く。
「それはデザートだから、後で。」
「アイスクリーム乗せていい?」
「アイスクリームは買ってきてないよ。」
「冷凍庫にあったぜ。」
「それ、この家の人のものだから、食べちゃダメ。」
「ちぇっ。温めたアップルパイにアイスクリーム乗せたかったのになー。」
「フェイス、後でアイスクリームを買ってきて補充しておくっていうのはどうですかね?」
「そうだぜ、同じ種類の買ってくりゃあバレやしねえ。」
「うーん、じゃあそうしよっか。」
 というわけで、デザートはアイスクリームを乗せたアップルパイに決定したAチームだった。



〜3〜

「ところで、我々は機動性に欠けるんじゃないだろうか。」
 くだんのアップルパイを食べ終えたハンニバルが、コーヒーを一口飲んでから意見した。
「機動性だと? 車2台と、ヘリやら飛行機やらがあるじゃねえか。俺ァ飛ぶもんにゃ乗らねえけどよ。おいフェイス、牛乳くれ。」
 グラスをフェイスマンに突きつけるコング。ヒゲが牛乳とアイスクリームとで白くなってる。なぜアイスクリームまでがヒゲにつくんだ?
「大佐が言ってるのはアレじゃん? もっと小回りの利くやつ。」
 そして、体力を使わないで済むやつ。はっきり言ってしまえば、自分の足で走らなくて済むやつ。
「そうだ、大尉。自動車よりも小さく、使わない時にはコングのバンに積んでおけるようなものがあるといいんだが。」
 ハンニバルの言う「あるといいんだが」は、「あれ」ということだ。
「ローラースケートなんかどう?」
 コングのグラスにお代わりの牛乳を注ぎながら、フェイスマンが思いつきで言う。
「そんなん履いてたら、殴る時、踏ん張れねえだろ。」
 銃を撃つ時も、反動で後ろに進んでしまうだろうな。
「それじゃ片足だけローラースケート履くっていうのは?」
「殴る時の姿勢、考えてみろ。」
 コングに言われて、牛乳のガロン壜をテーブルに置き、フェイスマンがシャドーボクシング。
「ホントだ、両足踏ん張るね。」
 納得し、ガロン壜を持ってキッチンに戻る。
「敵を追いかける時だけローラースケート履いて、追いついたら脱ぐってのどうよ?」
「脱いでる間に逃げられるだろが、もっと頭使え、このコンコンチキが。」
「んーじゃあ、スケボーは? 着脱必要ねえぜ。」
「スケボーか。……悪くねえな。車に積んでも邪魔になんねえし、走るよりゃずっと楽だしよ。」
「上手く曲がれなくって谷底に落ちるかもしんねえけど。」
 マードックがコングに向かってニヤニヤと笑う。
「うるせえ。ありゃあ、あそこで曲がるたァ思わなかったんだ。渡された地図も酷かったしな。てめェが描いたのか、あの地図?」
「うんにゃ、大佐が描いた。」
 拳を振り上げて立ち上がったコングも、それを聞いて、すとんと席に着いた。
「地図が乱雑で悪かった。お前ならあれでもわかってくれるかと思っていたんだが……。」
「う……。」
 さすがリーダー、一瞬でコングを黙らせた。
「さて、それでスケートボードなんだが、下り坂なら確実に楽だな、転ばない限りは。だが、平地では漕ぐ必要がある。上り坂となったら、これはもう、ない方がいい。」
 ハンニバル、スケートボードに乗って行軍でもしたことがありそうな口振り。
「それ言ったらよ、ハンニバル、自転車だって同じだぜ。」
「キックスクーターだってローラースルーGOGOだって同じだよなあ。」
 ローラースルーGOGOのアメリカでの名称は"Kick'N Go"だそうだ。因みに、一回り大きいローラースルーGOGO7でさえ、Aチームの面々は全員、体重制限(60kg)をオーバーしている。「GOGO7は乗りやすいけど、GOGOの方は小さくて乗りにくい上、やけに軋むなあ」と思っていたのは、私の体重がGOGOの制限(45kg)を超過していたからだったのか。
「小型で動力つきの、何かないですかね。」
 そういうのがいいのなら、最初からそう言えばいいのに。
「小型で動力つきのって……芝刈り機?」
「芝刈り機に乗って、どうやって進むんだ、アホンダラ。誰かに押してもらうってのか?」
「ヨーロッパにモペッドってあるじゃん、自転車にエンジンがついてるやつ。ああいうのは?」
 キッチンから戻ってきてコーヒーのお代わりを注ぎながら、フェイスマンが提案。
「だったらスクーターでいいだろ、キックスクーターじゃなくてバイクの方の。」
 ザッツ・その通り。電動アシスト自転車は、当時まだありませんでした。
「コングちゃんのバンにバイクの方のスクーター4台積んだら、座るとこ残んねえよ? あ、そか、スクーターに座りゃいいんか。」
「だったらスクーター4台積んだトラックをてめェが運転すりゃいいんじゃねえか? 俺の車にゃスクーターなんざ1台たりとも積ませねえ。」
「そんじゃさ、草刈り機のエンジン? モーター? それをスケボーにつけりゃいいんじゃね?」
 マードックのドヤ顔にタジッとなったコングだったが、一瞬考えて、席を立った。
「ガレージに草刈り機とスケボーがあったの見たぜ。一丁、作ってみるか。」
 それ、この家の持ち主のだよね、とフェイスマンが口出ししそうなもんだが、幸い、彼はコーヒーを置きにキッチンに行っており、このコングの発言を聞いていなかったのであった。

〈Aチームの作業テーマ曲、始まる。〉
 コングのバンに積んであった諸々の物と代車とが置かれたガレージで、芝刈り機を分解するコング。風呂に湯を張って、温度を確かめ、ハンニバルを呼ぶフェイスマン。ソファに座っていたハンニバルが、読んでいたアクアドラゴンの台本をローテーブルに置いて立ち上がる。テレビを見ながらアイロンかけをしているマードック。
 芝刈り機から小型エンジンを抜き取るコング。スケートボードの上にそれを乗せ、どうやって車輪と繋げるかを考える。キッチンで洗い物をしているフェイスマン。既に風呂から上がり、ガウン姿でソファに座って台本を読むハンニバル。山になった靴下(洗濯&乾燥済み)で神経衰弱をしているマードック。
 見事エンジンを取りつけたスケートボードを手に、満足げに頷くコング。手を拭いながらキッチンから出てきたフェイスマンが、ソファでうたた寝をしているハンニバルを揺り動かす。洗濯して乾燥して畳んだものを4つの山に分け、それぞれを風呂敷で包むマードック。
〈Aチームの作業テーマ曲、終わる。〉

「できたぜ!」
 時刻は0時を回っているが、ガレージからコングが叫んだ。その声にガレージに顔を出すマードックとフェイスマン。
「ハンニバルはどうした?」
「もう寝てる。」
「そうか。」
 年だから、とは口に出さない、思いやりのある部下たち。
「で、これ何?」
 床に置かれたスケートボードを見下ろすフェイスマン。
「ハンニバルご所望の移動手段だ。」
 その時、話を聞いていなかったけど、ハンニバルの命令なら仕方ない、と溜息をつくフェイスマン。上に乗っているエンジンはともかく、これと同じスケートボードを入手しなければならない気配。
「これ、どうやって乗んのさ?」
 マードックが質問。スケートボードの上には既にエンジンが乗っていて、足を乗せるスペース皆無。
「この上に乗る。」
 エンジンの上を指差して、きっぱりと言うコング。
「乗っちゃって大丈夫なん?」
「エンジンってなあ頑丈にできてんだ。中で爆発が起きてるようなもんだからな。」
 シリンダの中はね。外側は爆発には耐えられないでしょう、きっと。
「じゃあ乗っちゃうよ。」
 ひょいっとエンジンの上に乗るマードック。
「スタートの方法は?」
「左足の爪先んとこにボタンあるだろ。それを踏むとエンジンがかかる。もう1回踏めば止まる。」
「ブレーキは?」
「右足を地面に着く。」
「だよね、スケボーだもんね。」
 その方法だと靴底が減る、という事実には気づかずに、エンジンのパワーにも気づかずに、マードックは素直に頷いた。
「そんじゃ、発進! ポチッとな。」
 軽い排気音が聞こえ、スケートボードがゆっくりと前進した。と思う間もなく、急加速したそれは、ガレージの壁に激突して壁に穴を開け、その向こうへと走り去った。
 急加速した段階で引っ繰り返り、尻餅をついたマードックが、穴の方を見つめたまま立ち上がり、尻をパンパンと叩いた。
「……まだ暴れ馬の方が乗りやすくね?」
「馬の上に立つのと比べたら、同じぐらいだと思うぜ。」
「そっか、馬には座るもんな。」
「そういう問題じゃないでしょ。コング、壁、直しといてよ。」
 フェイスマンの目が三角になっている。眉尻は下がっているが。
「俺が直すのか?」
「他に誰が壁を直す技術持ってる? モンキーはスケボー拾ってきて。」
「何でおいらが? あいつの自由意思で出てったのに?」
「自由意思を持たせたの、お前だから。責任取って拾っといで。」
「ラジャー。」
 マードックはガレージのシャッターを上げて外へ出ていき、コングは壁の検分を始めた。

 隣の家の芝生を駆け抜け、その隣の家の車の下を潜り抜け、さらにその隣の家のバラのアーチ(の本体の鉄柵)にぶつかって引っ繰り返っていたスケートボードのエンジンを止め、マードックはそれを元通りの向きに戻すと、エンジンをかけずに普通にスケートボードに乗ってガレージに戻ってきた。
 コングは、壁の穴の外側と内側とに板を当てて固定し、板と板の隙間にセメントを流し込んでいるところだった。
「壁、これ、石膏ボードじゃねえの?」
 壁面に触ってマードックが問う。
「ああ、その通りだ。」
「なのに、セメント流してんの?」
「石膏ボードも石膏もなかったんだ。あとでグラインダーかけて白いペンキでも塗っときゃわかんねえだろ。」
 この家が、どこかの誰かの家であることを、コングも一応承知している。かなり自由に使いまくってはいるけれど。
「コングちゃんの車もフェイスの車もねえと、ガレージすっかすかだねえ。」
 改めて辺りを見回して、マードックが感想を述べた。ここの家の主の車は最初からなく、そこにAチームの車2台を停めていた時はみっちみちだった。ガレージと言っても“家の主の作業場”もしくは“お父さんの避難場所”あるいは“物置”のような場所で、そこここに物があるからだ。それに加えて今はコングのバンに積んであった武器や工具類も山積みになっており、代車1台しかない今、ガレージと言うよりは工場のように見える。
「車、いつ直んの?」
「俺のは明日、屋根直すらしいが、窓ガラスが入んのは明後日とか言ってた。フェイスのは、ヘッドライトが取り寄せになるから、最悪1週間はかかるかもな。」
「自分で直すんじゃねえの?」
「俺が直すのはメカ部分だけだ。屋根やガラスなんかは、その道のプロに頼んである。俺も、できねえこたァねえけどよ、信頼できる奴がいるんなら、そいつに頼んだ方がいい。」
 話しながらもコンクリートを流し込み終えたコングが、周辺を片づける。
「で、それ、使えそうか?」
 エンジンの上に座っていたマードックは、そう問いかけられて、少し考えてから答えた。
「座れるんなら。座るとこないんじゃ、加速に耐えらんねえわ。」
「その上に椅子つけるんでいいならつけるぜ。」
「背凭れつきのやつね。あと……これ、どんくらい速さ出る?」
「乗る奴の体重にもよるだろうが、時速25マイルくらいは出ると思うぜ。」
「ってえと、全速力で走んのよりちょっと速いくらいか……ハンドルあった方がよくね?」
 確かに、重心の移動で曲がる方式だと、速さについて来られない可能性がある。プロスキーヤーでもない限りは。
「ハンドルか。できなくもねえな。でもそれってよ、ゴーカートって言わねえか?」
「ゴーカートは大佐のお気に召さねっかなあ?」
「何だ、ハンニバルが乗る前提なのか? てめェ用のだと思ってたぜ。」
「言い出しっぺ、大佐だし。別にコングちゃんが乗るんでもいっけど?」
「俺だったら、座んねえやつの方がいいな。立ったり座ったりで時間のロスになるだろ。」
「でもこの上に立つの、至難の業だぜ。」
「だから一旦、こいつのことは忘れて、何か全く別の方法を――
「水上スキー。」
 壁にかかっていたカレンダーを目にして、マードックが呟いた。
 何でガレージにカレンダーがかかっているのか。それは、この家の主が、カレンダーが必要になるほどここにいるからだろう。その証拠に、机、椅子、棚、テレビ、ラジオ、新聞、雑誌、灰皿なども置かれている。さらに、DIY工具一式やガーデニング用品、釣り用品もあり、コングはこの場所が気に入っていた(他人の家なのに)。
「何だと?」
「だから、水上スキー。」
「そりゃ水上なら使える手だろうけどよ、今は地面の上での話をしてんだ。頭どうかしてんじゃねえか?」
 そう言ってから、コングは「頭どうかしてんだった」と思い出した。
「いや、完全に水上スキーってわけじゃねえよ。水上スキーみたいに引っ張られんのってどうだろって思ったわけで。」
「スケボー乗って、か?」
「エンジンなしの、ね。」
「そいつァ悪かねえ案だが、誰に引っ張ってもらうんだ? 敵の奴らに、か?」
「それ、いいかも。敵に投げ縄投げて、スケボーに乗って手繰り寄せんの。」
「手繰り寄せんだったら、走った方が速えだろ。それに、投げ縄にかかったんなら、そいつをこっちに引き寄せりゃいいだけのこった。」
「敵が1人だけならそれでもいっけど、まず1人ってこたねえだろ? 手繰り寄せてる間に、他の奴らが逃げちまう。」
「そうだけどよ。……そもそも、投げ縄投げたって、人間なら逃げるだろうよ、普通。よっぽど油断して突っ立ってる奴でもねえ限りは。」
「じゃあ、木か何かに投げる?」
「だったら投げ縄じゃなくて、釣り糸みてえなのの方がいいだろ。木の枝にぶつかったら、ぐるぐるっと絡まって引っかかるような。」
「それでリールを自動巻きにすりゃあ……。」
「ロープかワイヤーの先に銛みてえなのをくっつけて、どうせなら射出できるようにするか。」
「ランチャーみたいなので。でも、殴る時とか銃撃つ時に邪魔になんねえようなので。」
「それ自体、武器として使うわけじゃねえからな。やり方によっちゃ、武器としても使えそうだけどよ。」
 コングがニヤッと笑い、マードックもニパッと笑った。

〈Aチームの作業テーマ曲、再び始まる。〉
 銛や釣り針を机に並べるコング。ワイヤーの先にそれらをつけるマードック。
 ラジコンカーを分解し、取り出したモーターをリールにつけ、ワイヤーを巻き取ってみるコング。しかしリールの径が小さいために、ワイヤーの動きは遅い。考え込むコング。子供用自転車のタイヤを指差すマードック。早速、自転車からタイヤを外して、ホイールからタイヤチューブを取り去るコング。残ったホイールに、扇風機から取ったモーターをつける。
 エンジンなしのスケートボードに乗ったマードックが銛の先を持ち、離れた場所で扇風機のモーターを持ったコングがスイッチオン。巻き取られるワイヤー、引っ張られるマードック。モーターのスイッチをオフにしても慣性で滑っていくマードックを、コングが片腕で止める。
 芝刈り機のエンジンに目をやって、ニヤリとするコング。自転車のホイールに、扇風機のモーターの代わりにエンジン(クランクつき)をつける。マードックのウエストにタイヤチューブを嵌め、そこにワイヤーを結束。離れた場所にスケートボードなしでマードックを立たせ、エンジンのスイッチを入れるコング。急激にワイヤーが巻き取られ、ウエストを引っ張られて前に倒れるマードック。その勢いでコングが抱えていたエンジン&ホイールがコングの手からすっぽ抜け、マードックの頭の上に落ちた後、うつ伏せに倒れているマードックの腹の下に潜り込もうとする。まるで、母猫の乳を探す子猫のように。慌てて駆け寄り、エンジンを止めるコング。床に倒れ伏したままのマードック。コングがマードックの帽子を取り、頭に怪我もしくは陥没がないか確かめる。異常はなく、安心したように息をつくコング。
 意識を取り戻し、頭を摩るマードック。そんなマードックの腰の背中側に、ゴムバンド(荷台の荷物を押さえ込むやつ)でエンジンを括りつけるコング。マードックの腰の脇にはホイール。コングはマードックに、肘を上げて、ホイールがある方へ捻りを入れながらジャンプするジェスチャーを見せる。真似をしてジャンプするマードック。コングがワイヤーの先を持ってガレージの外に出て、街路樹(結構な大木)にワイヤーを2回巻きつけ、端の釣り針をワイヤーに引っかける。合図を出すコング。ガレージの中で、マードックはホイールがない方の手を背後に回してエンジンのスイッチを入れた。巻き取られるワイヤー。それに合わせてジャンプすると、空中で体が引っ張られた。着地して、引き倒されないうちに、またジャンプ。3回目のジャンプの最中、マードックは街路樹に激突する間にエンジンを停止し、無事着地した。ストップウォッチで秒数を計っていたコングが、満足げに頷いて数字をマードックに見せた。親指を立てるマードック。
 暗かった空が次第に明るくなってきた。昇ってきた太陽に目を細める2人。
〈Aチームの作業テーマ曲、再び終わる。〉



〜4〜

「おはよ。」
 すっかりと身支度をしたフェイスマンがガレージにやって来た。
 シャッターを閉めたガレージの中で、コングは再度お片づけ中、マードックは機械を背負ったまま、捻りながら飛び跳ねる練習中。
「壁は乾燥中だ。今日中には仕上げる。」
「スケボー拾ってきたぜ。」
「うん、ご苦労さま。で、何それ? 糸紡ぎ機?」
 マードックの姿を見て尋ねる。
「機動性に欠けるおいらたちに必要な、小型で動力つきの移動装置、第2号だ!」
 子供用自転車のホイールがついた時点で、小型とは言えない気もしないではない。
「まだ途中だが、画期的移動方法だぜ。ちっとコツは要るけどよ。」
「それ、一晩中ずっと作ってたの? 寝ないで? もう朝だよ?」
 こっくりと頷く2人。
「これ、大佐に見せてやりてんだけど、もう起きてる?」
「起きて支度してるよ。今から俺たち、次の仕事の依頼人のとこに行ってくるから、それ披露すんのは帰ってきてからだね。」
「それまでに全部完成させてえってのはあるんだが、フェイス、いくつか頼まれちゃくんねえか?」
「だと思った。俺がここに来たの、それが目的さ。」
 フフン、という顔をして見せる。これはドヤ顔とは違う。もっと気障で腹立たしい。
「じゃあまず、白の艶なしペンキか石膏。それから、ケブラーのケーブルって言うか、テグス糸みてえなやつ。こりゃあ、あったら、で構わねえ。あと、圧縮空気式のスピアガン、水中銃とも言うな。それと、そいつで撃ち出せる銛。」
「銛? 三叉のフォークみたいなやつ?」
 メモを取っているフェイスマンが、顔を上げずに訊く。
「いや、1本の矢印みてえなのか、ノコギリザメの鼻先みてえなやつがいいな。」
 その時フェイスマンがイメージしたのは、シュモクザメだった。金槌や木槌を入手してこないことを祈る。
「他には?」
「アイスクリーム。昨日、おいらたちが食っちまったやつ。」
 そう言えば、そんなのもあった。
「他に、この家にあったもので元に戻せそうもないものは? スケートボードと芝刈り機と、あとは何?」
 無言で、そこいら一帯を指差すコングとマードック。そちらに目をやって、フェイスマンは額に手を当てた。見覚えのないものが、いろいろと分解されている。
「わかった、それは後で。どうせこの後もまだあれこれ作るんだろ? 全部終わってから考える。いいね?」
 コングとマードックに異存はない。
「そう言やフェイス、ここの家の奴ら、いつ帰ってくんだ? 急に帰ってこられても、バンに積んであったもん、すぐには持ち出せねえぜ。代車に積みきれる量じゃねえし。」
「ああ、それは大丈夫。あと1週間は帰ってこないみたいだよ、電話の横にあったメモによれば。」
 飛行機のチケットを電話で予約した際のメモが、そのまま残っていたのだ。
「チューリッヒに2週間も行くなんて、バカンスっぽくないのにね。」
「そっか? スイスの大自然の中でゆったり過ごす2週間ってったら、ナイス・バカンスじゃねえの? 山登ったり湖で釣りしたり、この季節、スキーできんのかな?」
「ビーチで女の尻眺めてんのだけがバカンスじゃねえぜ。ここのご主人、結構な釣り好きみてえだから、子供と一緒に釣りしてんじゃねえか。」
「ま、そういうバカンスもあるかもね。でも俺としては――
「フェイス、行くぞ。」
 リビングルームの方からハンニバルに呼ばれて、フェイスマンは話途中でそそくさとガレージを後にした。
「俺としては、女の子たちがいなきゃバカンスって言えないと思うんだよね。」
 マードックがフェイスマンの真似をして、コングはククッと笑った。

〈Aチームの作業テーマ曲、三たび始まる。〉
 ラジコンカーや扇風機などを元通りに組み立てるコング。芝刈り機や子供用自転車のメーカー名と型番をメモするマードック。カフェで依頼人と話し合っているハンニバル&フェイスマン。
 壁の穴の両面にあてがった板を恐る恐る外すコング。ぶっ積んであるAチームの所有物の中からグラインダーを探すマードック。商談成立したようで、依頼人と握手するハンニバル。その横で計算機を叩きながら書類作成をしているフェイスマン。
 防護眼鏡をかけ、鼻と口をバンダナで覆い、固まったコンクリートの表面にグラインダーをかけるコング。片手にルートビアの缶を持ち、キッチンで何か食べるものはないかと物色しているマードック。次の仕事の調査のために、図書館で調べ物をしているハンニバル。因みに、移動は徒歩もしくは公共の乗り物を利用。ホームセンター裏の倉庫で、従業員の振りをして必要なものを盗んでいるフェイスマン。
 石膏と、圧縮空気式の水中銃と専用スピア(ただし三叉)と、ケブラーのケーブルを持ってガレージに入ってくるフェイスマン。指を3本立てて文句を言うコング。指を1本立てて確認を取るフェイスマン、代車に乗って再度外出しようとするところへ、マードックが駆け寄ってメモを渡す。そのメモには、食べたいものが書かれている。頷いてガレージから出たフェイスマン、公道に出るなり、丸めたメモを窓からポイと投げ捨てる。役所でカウンターに凭れて係員の女性とにこやかにお喋りしているハンニバル、何やら書類を受け取り、踵を返す。
 左手でポップコーンを食べながら、右手で壁に石膏を塗っているマードック。水中銃を分解して、エンジンやホイールと一体化させるコング。ふと気がついたようにマードックがコングの方を振り返り、両手を脇でぐるぐるさせる。コングは眉間に皺を寄せて、同じように両手を脇でぐるぐるさせ、頷くと、子供用自転車のもう1つのタイヤも外しにかかった。水中銃をもう1つと、先端が銛状になっているアタッチメントを入手したフェイスマン、車をスーパーマーケットの駐車場に停める。科学博物館を見学しているハンニバル、学芸員に質問をする。
 エンジンの両側にホイールをつけた移動装置をマードックに装着させるコング。ホイールの位置はマードックの肘よりも下に来ていて、今までよりも腕が楽だ。そして、左右のホイールの上に、それぞれ水中銃が1本ずつ。銃口には銛が差し込んである。コングがマードックにワイヤーとケブラーのケーブルを見せ、ケブラーのケーブルの方を指差し、その指で次にホイールに巻いてあるケーブルを指し示す。一歩下がったところから、その様子をハンニバルとフェイスマンが見ている。コングがガレージのシャッターを開け、表に出る。左右を見て通行人がいないのを確かめると、親指を立てて合図した。水中銃のバレルの端にあるボタンを押すマードック。銛が飛び、街路樹に刺さる。ケーブルの動きが止まると、自動でエンジンが動き出した。前に引っ張られる感覚に、マードックがジャンプする。1回のジャンプでガレージの奥行と同じくらい跳んで、目を丸くするハンニバルとフェイスマン。ちょうどよい場所でエンジンが自動で止まり、マードックは銛を街路樹から引き抜いた。すると、銛は勝手に水中銃のバレルの中に戻った。すげえ、という顔のマードック、コングの二の腕をバンバンと叩く。照れたような顔をするコング。
〈Aチームの作業テーマ曲、三たび終わる。〉



〜5〜

「そこまでだ! 観念するんだな!」
「何だと?!」
 ここはデスバレー。その観光地である辺りよりも、もっともっと奥に進んだ、生き物の気配が感じられない地帯。人間が足を踏み入れないだけで、その他の動物はそこそこいるはずなんだが、昼間は暑いので物陰で休んでおり、あまり目につかない。たまにハゲワシが飛んでいて、小型のイグアナっぽい爬虫類やヘビが食料を探しているくらいだ。焼けつく日差しと、乾いた砂と岩は、ふんだんにある。
 そんな岩場の天辺に、太陽を背にした4人のシルエットが浮かんでいる。
「何だ、あいつら、戦隊物のマニアか?」
「観念するも何も、あそこからここまで来んのにどんだけ時間かかると思ってんだ?」
「ってえか、どうやってあそこに登ったんだ? 根性で、か?」
「ハハハ、違えねえ、根性なきゃ登れねえやなあ。」
 4人が仁王立ちしている岩場の向かいの岩場で楽しげに笑うこの2人は、今回の仕事のターゲット、国定公園を無許可で採掘している盗賊だ。縮めて言えば、盗掘犯。
「デスバレー国定公園内での採鉱・採掘は、連邦政府の許可を得ていない限り、法的に禁止されてまーす。」
 岩場の天辺から、再び声がした。
「知ってまーす。だから俺たち、こんなとこでこっそり掘ってるんでーす。」
 こんなとこ、というのは、切り立った岩場の中腹にある岩棚。政府の許可を得ている鉱山のいずれからも遠く、当然、道らしい道もなく不便な場所である上、水場もない。そのため、彼らの脇にはタンク入りの水が置かれている。
 因みに、彼らのだーいぶ下の谷底にはジープが停まっており、岩棚から谷底までロープが垂れている。ここまでロープ1本で登ってくる彼らの根性も見上げたものだ。
「投降しねえ気なら、こっちから行くぜ。」
 天辺からさらに声がした。
「おー、来られるもんなら来てみなっての。」
「その間に、俺たち逃げちまうかもよー。」
 そう言いながらも、カツンカツンと岩を掘る手は休めない。
「ほんじゃ、行きまーす!」

〈Aチームのテーマ曲、三たび始まる。〉
 ボシュッ! という音とともに向かいの岩場の天辺から何かが飛んできて、彼ら(盗賊)の側の岩場の壁面に刺さった。何だ、と思う間もなく、天辺にいた4人が空を飛んでこちらに向かってくる。驚く盗賊。そりゃあそうだ。しかし、岩場の天辺から直接、盗賊のいる岩棚へ移動するには高低差がありすぎた。再び、ボシュッ! と音がして、軌道を修正。それを繰り返し、4人が岩棚へ到着。だが、狭い岩棚にぎゅうぎゅう詰め。4人それぞれが銛の先を盗賊たちに向けているもんだから(別に意図して向けたわけではなく、たまたま)、渋々と両手を挙げる盗賊2名。
〈Aチームのテーマ曲、三たび終わる。〉

 全員が谷底に下りてきた。マードックはこの移動装置を使って、あとの3人と盗賊2名はロープを使って。
「一体こいつら、何を掘ってたの? 今ここで採れるのってケイ砂ぐらいだって聞いたけど。」
 フェイスマンが、彼らが大事そうに担いで下りてきたデイパックを開いた。岩の破片、即ち石がごろごろと入っているだけ。
「ただの石? 金や銀ではなさそうだけど……。」
 手に取って、いろいろな角度から眺めてみる。
「化石か。やはりな。」
 ハンニバルが、フェイスマンの持っていた石を取り上げて言った。
「化石? そんなの掘ったって、労力に見合うほどの額じゃ売れないよね?」
 そういったものに興味のないフェイスマンが、怪訝に思う。
「そんなことねえさ。」
 ロープで2人一緒にぐるぐる巻きにされつつある盗賊の1人が言った。
「何て名前の化石なんだか俺にゃわかんねえけど、その今のやつ、500ドルで売れるぜ。」
「これが500ドル?」
 と、ハンニバルが持つ石をもう一度見る。
「珍しいもんで状態がいいと、1個で1万ドル貰えたりもするしな。」
「今日掘ったのは、そんな大したことねえやつばっかだったから、そうさな、全部で5000ドルかそこらだな。」
「1日で1人5000ドル?」
 フェイスマンの両目にドルマークが並んで、チーンと鳴った。化石、すごいぞ。ビバ、化石。
「割に合わねえ仕事じゃねえだろ?」
 ヒヒヒッと盗賊が笑う。
「あの、もう少し化石のこと、教えてはもらえませんかね?」
 揉み手するフェイスマン。
「フェーイス。」
 ハンニバルの声に、フェイスマンが、あ、ヤバ、という顔をする。
「化石のことは科学博物館でじっくり教えてもらえるぞ。」
「そ、そうだね、科学博物館、いいよね。恐竜の骨もあるし。」
 フェイスマンの目が、ふらふらと宙を漂った。
「科学博物館か、懐かしいな。昔よく行ったもんだぜ。メカの歴史とか堪んねえな、ありゃあ。」
「俺っちもよく行ったわ。フーコーの振り子、ずーっと見てたよなあ。」
 コングとマードックは、本当に科学博物館好きなのであろう。でなきゃ、メカの天才や天下一品のパイロットなんてやってない。
「さて、君たちの身柄は国立公園局に引き渡す。処遇がどうなるかは、そこで決定される。」
 盗賊2名は、溜息をついて頷いた。
「コング、モンキー。面白いものを作ったな。よくやった。」
 リーダーに褒められ、嬉しそうな2人。
「だが、もうちょっと小型にならんもんかね。それに、エンジンのせいで背中がやけに熱いんだが。」
「検討してみるぜ。確かに重いし、嵩張るよな。背中も熱いし。おい、モンキー、試作段階でエンジンが熱いなんて一っ言も言わなかったろ。」
「別においら、熱くねえもん。革ジャンのおかげかも。」
「そうか、なるほど、革か。」
 コングの頭に、改良点が次々に浮かぶ。
「ねえ、ハンニバル。こいつらの荷物積むと、全員乗れない気がするんだけど。」
 ジープは普通、最大6人乗り。後部座席の足元に多少の荷物は置けるが、移動装置4台とデイパック2つと盗掘用品と水・食料は“多少”の域を出ている。移動装置をつけたまま座ることは不可能だし。いくらAチームでも、その手の不可能は可能にできない。
「おいら、この移動装置で行くぜ。」
「おう、俺もだ。」
 そう言って、マードックとコングは早速、ボシュッ、ピョーイ、ボシュッ、ピョーイと跳ねていった。その速いこと速いこと、すぐに2人の姿は見えなくなった。ここの地形のような狭く切り立った岩場には、この移動装置は向いているのだろう。斜め前の壁面に、左右交互に銛を刺していけば進みやすい。
「あたしたちも行きましょうか。」
 盗賊2名をジープに乗せ、荷物もすべて積み込んだフェイスマンとハンニバルは、それぞれ運転席と助手席に乗り込んだのであった。



〜6〜

「壁、直ってる。スケートボード、買った。自転車、買った。芝刈り機、買った。釣竿、直ってる。釣り針、補充してある。銛、買った。扇風機、直ってる。ラジコン、直ってる。工具、借りたのは元通り戻した。荷物、全部積んだ。」
 ガレージでリストを手に、指差し確認しつつチェックを入れていっているフェイスマン。蛇足ながら、彼の言う「買った」は「盗んだ」に他ならない。
 コングのバンは修理から戻ってきたが、コルベットはまだ修理工場にあるため、代車もまだある。つまり、ガレージみっちみち。
「はい、ガレージオッケー。次はキッチン。」
 コングとマードックを引き連れてキッチンに移動するフェイスマン。
「アイスクリーム、買った。……買ったよね? 俺、確かに買ったよ。なのに、何でないの?」
 冷凍庫の中を見て取り乱す。
「俺っちが食べたから。」
「俺も食ったぜ。」
「そんならそうと報告してよ! アイスクリーム、買い直し、と。他に、俺に黙って食べたここんちのものってある?」
「ポップコーンとルートビア。冷蔵庫にあったサンドイッチは、こないだフェイスが買ったやつだよね?」
「サンドイッチは、そう。じゃあポップコーンとルートビアね。メーカーわかる?」
「見ればわかると思っけど、覚えてねえ。だから、買い物つき合う。」
「当然。コングは何食べた?」
「牛乳は買ったやつしか飲んでねえだろ、あとはリッツとビーフジャーキーとサラミ、だな。俺も買い物つき合うぜ。」
「あ、フェイス、あと洗濯で洗剤と柔軟剤使った。洗濯糊も。それから、アイロン台、焦がした。」
「ああ、もう何で人様の家のもん、そうやって勝手に使っちゃうわけ?」
「そう言えば、風呂場にあったシャンプーやボディシャンプーも使ったな。風呂場用洗剤も使ったぜ。」
「……使い切ってはいないよね?」
「おう、まだ残ってる。」
「じゃあ、その辺のは最初っから少なかったってことにしとこう。どうせ2週間もバカンスに出てたら、洗剤やシャンプーがどのくらい残ってたかなんて覚えてないでしょ。……痕跡を一切残さずに出ていくつもりだったのに……。」
 それも、フェイスマンの希望としては、今日のうちにロサンゼルス市街に戻りたかったのに。
「フェイス!」
 リビングルームからハンニバルの呼ぶ声がして、フェイスマンはそちらへ向かった。
「何?」
 ソファに座ったハンニバルが、片手に台本を持ち、もう片手に火の点いた葉巻を持っている。作戦がすべて終了した時にハンニバルは葉巻に火を点けるが、そうでない時にも結構葉巻を吸っているのだ、リラックスしている時とか楽しいことがあった時に。フェイスマンの方をちらりと振り返ったハンニバルは、葉巻を持った手で床を差した。ソファとローテーブルの間の床を。
「何々? 何なの?」
 ソファの背凭れに両手を着いて、ハンニバルが指し示す場所を覗き込む。カーペットが、焦げていた。円く、葉巻の大きさに。
「葉巻、落としちゃったんですわ。」
 フェイスマンはorzの姿勢を取りたい心境だったが、ソファの背凭れに阻まれてそれはできなかった。
 カーペットはリビングルーム全体に敷いてあるし、数年使い込んだ色をしてるから、張り替えるのは無理。となると、焦げたところだけを取って、新しいカーペットを貼りつけて、使い込んだ色に偽装するしかない。
 すべきことが決まって、フェイスマンは体を起こした。
「そう言えば、ハンニバル。ジャンヌ、覚えてるよね? でっかい道の絵を徹夜して描いてくれた画家志望の子。」
「ああ、覚えてますよ。」
「あの絵の見返りとして、ハンニバルとのデートを週1で1年間、要求してきたんだ。」
「あたしとの?」
「うん、彼女、ハンニバルのファンなんだ。俺は単なる酒飲み友達。」
「それで、断ったんだろうな?」
「断ってたら、あの絵はなかったよ? ってわけで、よろしくね。カーペットは俺が何とかしとくからさ。」
「う、うぬう……。」
 したり顔のフェイスマンは、キッチンに戻った。
「さ、お待たせ。買い物に行こうか。」
 作り笑顔を貼りつけ、コングとマードックの背を叩く。
「買い物から帰ったらさ、コング、1つお願いがあるんだけど、いい?」
「おう、1つくらいならいいぜ。」
 かくしてフェイスマンは、焦げたカーペットの修理をコングに押しつけることに成功したのであった。
 と、その時。
 ボシュッ! ガン!
 聞き慣れた音に恐る恐る横を見ると、マードックが例の移動装置(まだ装着してた)から銛を飛ばしたところだった。
 ピョーイ。ボシュッ! ガン! ピョーイ。
「モンキー! 家の中でそれやっちゃダメ!」
「えー、何でよ?」
 既に玄関まで到達しているマードック。
「穴開くから!」
「外でならいい?」
「外でも作戦の時以外はダメ!」
「ちぇっ。」
 口を尖らせて、マードックは移動装置を外した。
「コング……お願い2つになった。」
「……わかった。」
 多くを語らずとも、コングはわかってくれた。
「てんめェ、この野郎、俺の仕事増やすんじゃねえっ!」
 ドスドスと玄関に向かったコングが、片手でマードックの胸倉を掴んで持ち上げる。もう一方の手は、当然、グー。
「ちょ、ちょっと、コングちゃん、ストップストーップ!」
 もしかして、コング、俺のお願いの2つ目がこれだと思ってる? それとも、これは俺のお願いとは別件?
 無表情でマードックを見上げるフェイスマン。マードックが殴られる前に、画面がワイプアウトした。
【おしまい】
上へ
The A'-Team, all rights reserved