クリスマスは書き入れ時の巻
鈴樹 瑞穂
 12月15日、ロサンゼルス。街はクリスマスホリデーを控えて、どことなく浮き浮きした雰囲気に包まれていた。大型スーパーマーケットで、カートを押す買い物客も、楽しげにあれこれと選んでいる。その中に一際浮かれた様子の男が1人、交じっていた。
 背中に虎の絵がついたジャケットを着ている彼は、Aチームのパイロット、モンキーことH.M.マードックである。マードックが手にしているのはピーナツバターの空き容器で、下1/3ほどにコインが入っている。クォーター(25セント)、ダイム(10セント)、ニッケル(5セント)、ペニー(1セント)と一通り混ざってはいるようだが、どう見ても2ドルにもならないだろう。小銭だ。だが、マードックは大事そうにそのプラスチック容器を抱え、足取りも軽く歩いていた。ステップに合わせて、チャリチャリンとコインも歌う。悪目立ちするその音に、カートを押しているフェイスマンことテンプルトン・ペックは居心地が悪そうだった。
「それ置いてこいって言ったのに……紙幣で2ドルやっただろ。」
「ダメダメ、コインじゃなきゃダメなんだよ。」
 この大型スーパーは最近、日系企業が出した店舗で、品揃えと品質を売りにしているが、実はもう1つセールスポイントがあった。それは、“ファミリーで楽しめるマーケット”である。親が買い物をしている間、子供たちが退屈しないよう、店の一角に日本の誇る子供文化“駄菓子屋”が設けられているのだ。そこには、ラムネ50セント、ソースせんべい20セント、梅ジャム10セント、粉末ジュース2セントと、子供のお小遣いで買えるアメージングなおやつがずらりと並んでおり、この付近の子供たちはもちろん、ギークな大人たちまですっかり虜にしてしまったのだ。だが、ここで1つ問題があった。価格設定ゆえに、支払いは基本的にコインなのだ。普段は1ドル以上の紙幣で生活しているのに、ここで買い物をするためにはコインを握り締めて来なくてはならない。
 かくして、マードックはキッチンを物色して、貯金箱という名のピーナツバター空き容器を用意し、目の色変えて小銭を貯め始めた。半月かけて貯めた小銭で、駄菓子屋で豪遊するという贅沢をするために、今日はフェイスマンの買い出しについて来たのだった。
「はぁ……ここに来てから両替すればいいのに。」
「そんなの邪道だっての。」
 何が正道だか全くわからない主張に、フェイスマンは肩を竦めた。
「じゃ、俺は食料品買ってくるから。1時間後に駐車場に集合な。」
「イエッサー。」
 ぴしりと敬礼をして、マードックは意気揚々と駄菓子屋の方に去っていった。チャリンチャリン。



 さて、駄菓子屋の手前には、特設コーナーがあった。期間を区切っていろいろなお店が出展するあれである。
 ボールみたいなドーナツとか、派手な絵柄の傘とか、来るたびに違うものが並んでいるのだが、マードックは大抵、素通りしていた。
 が、今日に限って、目が合ってしまったのである。『暮らしの瀬戸物』という暖簾の下、茶碗や皿に交じって、棚に並べられていたピンクのブタと。
「ん?」
 マードックは思わず足を止め、手にしていたピーナツバターの容器を小脇に挟むと、ブタを手に取った。
 大きさは両の掌にすっぽり入るくらい。ツルリとした焼き物で、背中に縦の切れ込みが入っている。思ったより軽く、恐らく中は空洞だろう。引っ繰り返すと、腹にも丸い穴があり、そちらは黒いゴムの蓋が填められていた。
「何だ、これ?」
 振ってみても何の音もしない。ためつすがめつ見ていると、出てきた気の弱そうな青年が教えてくれた。
「それは貯金箱です。ここからコインを入れるんです。」
 背中の切れ込みを指差しての説明に、マードックは感心したように目を輝かせた。
「へぇ、口からじゃなくて背中から食わすの?」
「そうなりますね。取り出す時はお腹からです。」
「何だ、尻からじゃないんだ。」
「ええ、まあ。伝統的にこのスタイルですね。」
「ふーん。これで事足りるけど。」
 マードックがコインの入ったピーナツバターの空き容器を見せると、青年は深い深い溜息をついた。
「そうですか。それが原因なんでしょうか。」
「って何の?」
 面倒臭くなりそうなので、ここはスルーするのが正解かもしれないが、一応Aチームの一員として困っている人は見過ごせない。という建前の下、半分以上好奇心でマードックは尋ねた。



 1時間後。フェイスマンが駐車場に停めたバンに戻ってみると、珍しくマードックが先に戻ってきていた。しかも1人ではなく、赤い巻き毛の青年と一緒だ。背だけはひょろりと高いが、痩せて、丸眼鏡をかけている。
「あっ、来た来た。」
 手を振るマードックに荷物を渡し、フェイスマンは青年へと向き直る。
「どうも。ペックです。従兄弟がご迷惑をおかけしたのでは?」
「ええっ、いや、ご迷惑なんて何も……。」
 おどおどと受け答える青年の背を、車の中に荷物を置いたマードックがバシバシと叩く。
「ウィルが困ってるって言うから、連れてきたんだ。俺たちなら相談に乗れるかもしれないだろ?」
「ちょっと、モンキー。」
 フェイスマンはマードックの腕を掴んで車の陰に移動する。
「依頼人か? だとしても、ハンニバルたちに確認もせずに連れて帰るのはまずいだろ! 大体、金持ってそうには見えないぞ。」
「大丈夫だいじょーぶ、さっき大佐に電話したら、連れて帰ってもいいって言ってたぜ。」
「捨て犬じゃないって。」
「ともかく連れてって、話を聞いて、それから考えればいいじゃん。」
 Aチーム一、常識人なフェイスマンの叫びは、えてして他のメンバーには伝わらないのだった。



 さらに30分後。とあるアパートメントの一室。持ち主が長期不在であることを確認した上で、フェイスマンが勝手に借りている、現在のAチームの潜伏場所である。
 リビングダイニングの椅子に居心地が悪そうに長い手足を折り曲げているウィル青年と、彼を取り囲むように座っているハンニバル、フェイスマン、マードック。コングは壁際で子供たちに頼まれたらしいおもちゃのロボットの修理をしている。
「僕は日本に留学した時、焼き物の魅力に開眼しまして。」
 ぽつぽつとウィル青年は語る。
「切っかけは店先で見た萩焼でした。その美しさにいても立ってもいられなくなり、窯元を訪ねて弟子入りしたんです。もちろん、最初は言葉が十分に通じないことを理由に断られましたが、何度もお願いに行って、日本語も猛勉強し、ようやく認めていただいたんです。ご存知ですか、そもそも日本の焼き物は――
 長くなりそうな話に、フェイスマンが咳払いを1つして、軌道修正する。
「そう、とても興味深いお話ですがその話はまた別の機会に。それで、その、窯元での修行を終えてロスに帰ってきたというわけですね。」
「はい、そうなんです。まだまだ修行は途中ですが、そろそろ戻ってきてほしいという両親の希望もあって、僕はロスに戻って、日本式の焼き物を広めることにしたんです。幸い、僕の生家は裏が山という環境で、土は調達できますし、庭に窯を作るスペースもありました。」
「ほほう。」
 ハンニバルが葉巻を銜えたまま、相槌を打つ。土の質に拘らなくてもいいのかとか、窯ってそんなに簡単に作れるものなのかとか、確認したい点は多々あったが、この際、目を瞑って話の先を進めることに注力する作戦だ。
「それで、スーパーマーケットに焼き物の店を?」
「ええ、どうせなら売り方も日本式にしようと思って、日系のスーパーができたのを切っかけに相談して、期間限定でこつこつ作り溜めた焼き物を出させてもらっているんです。物珍しさもあるのか、お皿や小鉢はそこそこ売れています。でも……。」
 ようやく本題キター! 身を乗り出すAチーム。
「一番の自信作、この“ブタの貯金箱”が売れないんです。」
 しょんぼりと肩を落とすウィル青年、顔を見合わせるAチーム。
「はいはいはーい!」
 マードックが元気よく手を挙げた。
「その、“ブタの貯金箱”? 売れないのは、いろいろ問題があるんじゃないかなあ。例えば、ほら、説明されないと使い道がわからない、とか、ピーナツバターの空きびんでも事足りる、とかさ。」
「それは、そうかもしれませんけど、一体どうしたら……。」
 ウィル青年が捨てられた子犬のように悲しげな目でAチームを見る。その視線に耐えかねて、フェイスマンとマードックはこそこそと視線で話し合い、コングは意味もなく手の中のロボットの腕を上げ下げする。
「よし、わかった。」
 ハンニバルが重々しく頷いた。
「我々が一肌脱ごうじゃないか。」
「本当ですか!」
 ぱあっと顔を輝かせるウィル青年の肩を、立ち上がったフェイスマンがとんとんと叩く。
「サービスしとくから。謝礼はこれでどう?」
 軽やかに叩かれた電卓の数字を見て、ウィル青年はぴゃっと飛び上がり、それから意を決したように両手を握り締めて叫んだ。
「分割払いでお願いしますっ。」



〈Aチームのテーマ曲、始まる。〉
 『暮らしの瀬戸物』の暖簾の横にポスターを貼るフェイスマン。ハンニバルがその位置を確かめて、頷く。
 スーパーマーケットの駄菓子屋の前で、ビラを配るコングとマードック。群がる子供たち。遠巻きに見るギークな大人たち。
 店に設置した箱をマードックが回収して持ち帰る。箱をぐるりと取り囲むAチームとウィル青年。中から紙を取り出し、チェックしていく。
 ホワイトボードに紙を貼っていくフェイスマン。指差して熱く語るマードックに、考え込むウィル青年。コングが何かの図をホワイトボードに描き、ハンニバルが頷く。
 リヤカーで土を運ぶマードックとコング。ウィル青年が作業台で土を捏ね、造形する。作られたものをずらりと並べて乾かすハンニバル。乾いたものをフェイスマンが窯に入れる。竹を使って窯の火に息を吹きかけるマードック。夕暮れの空をカラスが横切り、窯から立ち上った煙が棚引く。
 窯の扉を開くコング。中から瀬戸物を取り出すフェイスマン。出来栄えを確認し、ハイタッチするマードックとウィル青年。
〈Aチームのテーマ曲、終わる。〉



 今日もスーパーマーケットの一角では、駄菓子屋に小銭を握り締めた子供たちとギークな大人が集まって賑わっていた。いつも通りの光景だ。
 常と違うのは、その客たちが駄菓子屋の手前、特設コーナーにも群がっていたことであった。
「さあさあ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい。ここでしか手に入らないレアものだよ!」
 法被に鉢巻という出で立ちで、マードックがバナナ箱に渡した板をハリセンでズバンと叩く。板の上に並んでいるのは、ピンクのブタ……だけでなく、平たい金魚、怪しい目つきの象、ジプシーデンジャーのようなもの、黄色い電気ネズミ状の何か、などなど。みんな背中に縦の切れ込みが入り、足裏や腹にゴムの蓋がついている。
 貯金箱である。
 赤い金魚の貯金箱を手に取った女の子に、フェイスマンがすかさず声をかける。
「いやあお目が高い。それは一番人気のデザイン、貯金魚です。」
「これ、私が描いたの!」
「こっちは僕のだ。」
 パトカーの貯金箱を指差して、男の子が得意気に言う。
「これは……っ。すばらしい再現度!」
 大きいお兄さんが手にしているのは、萌えキャラの女の子である。
 ハンニバルの作戦、それは、募集したデザインの貯金箱を作るという、職人泣かせな小ロット多品種方式であった。店頭に設置した応募箱には驚くほど多数のデザインが投稿され、片っ端から作った結果がこの状況だ。
「私、これ買うわ。」
「僕はこれ1つ。」
「これ、あるだけ下さい。」
 並べるそばから貯金箱は飛ぶように売れていく。
「まいどあり〜。」
「ありがとう、またよろしくね。」
 売り子役のマードックとフェイスマンも、商品を運ぶ役のコングとウィル青年も、指揮官のハンニバルも大忙しだった。



「ありがとうございます、この分なら謝礼は一括でお支払いできます。」
 店じまいの後、ウィル青年は疲れた様子ながらもどこか清々しくやり切った表情で言った。
「そりゃよかった。」
 腕が痛い、足が疲れたとぶつくさ零していたフェイスマンの機嫌も途端に上昇する。
「けどよ、これで安心しちゃいけねえぜ。貯金箱なんて1つありゃ事足りるもんだろ。新規顧客の開拓を続けなきゃ。」
 指を左右に振るマードックの後ろから、コングがウィル青年のパソコンを差し出す。
「それならもう手は打ってあるぜ。ネットでデザインの投稿と貯金箱の通販を受けつけるサイトを開いておいた。」
 ノートPCの画面には、『暮らしの瀬戸物と創作貯金箱』のロゴと、貯金魚の写真が躍っている。
「もちろん、アフターケアもバッチリがモットーだ。」
 葉巻を手にハンニバルが胸を張る。
「何から何までありがとうございます!」
 ウィル青年が感激したように両手を合わせる。
 Aチームはすっかり依頼を遂行した気分になっていた。この時の彼らは、まだ知らなかった。その後の大量注文を捌くために、クリスマスも正月もなく、ウィル青年の手伝いという名のアルバイトに追われる破目になることを。
【おしまい】
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