The Mission of the Great House Cleaning
フル川 四万
〜1〜

〈どしょっぱつからAチームのテーマ、流れている。〉
 荒野の一本道を装甲車が十数台、土煙を上げて爆走している。追いかけてくるのは、バラバラバラとうるさいプロペラの音。車の助手席と後部座席からは、むくつけき野郎ども(全員、素行悪そう)が身を乗り出し、上空に向けて機関銃やショットガンをぶっ放している。彼らの標的は、低空飛行で彼らを追う軍用ヘリコプターたったの1機。ヘリに搭乗しているのは、お馴染みAチームの面々。操縦マードック、攻撃ハンニバル&フェイスマン。因みにコングたんは、後ろの席で何やら悪態をつきつつ飛行に耐えてます。
 ダダダダダ……と機関銃の音が響き、カツン、カツンカツン、と続けざまにヘリの機体に着弾した。
「モンキー、敵さん、数撃ちゃ当たってるけど、だいじょぶ?」
 身を乗り出してショットガンをぶっ放していたフェイスマンが叫ぶ。
「もっと当たんねえように飛べねえのか、コン畜生!」
 シートベルトでガチガチに締められて手出しのできないコングも叫ぶ。
「へーきへーき、あんなへなちょこ機関銃で落ちるようじゃ、スーパーコブラの名が廃るってもんよ。」
 マードックはノリノリでそう答えると、迷彩柄のヘリコプター――米軍の主力戦闘ヘリであるAH-1、スーパーコブラを思い切り右旋回して高度を下げ、逃げる車に肉薄する。
「さて、我々の番ですよ。」
 ハンニバルが後ろの座席のコングの足の間から、最新型のスモー・ロケットランチャーをチャッと取り出した。対戦車用のお高い武器だ。
「お、随分立派なの出してきたじゃん、大佐。それはあれ? クリスマス・スペシャル?」
 狙いやすいように今度は左に旋回しつつマードックが言った。
「まあな、たまにはいい武器も使っておかんと。エンジェルお得意のプチ贅沢ってやつだ。」
「何がプチ贅沢だよ、前の仕事の武器が余っただけじゃん。ロケット1発だって安かぁないんだからね。」
 言いつつも、ノリノリでランチャーの砲身を支えるフェイスマン。
「そう言いなさんなって、どうせこの仕事が首尾よく行けば、ロケット10発でもお釣りが来るくらいの報酬が入るんだから。」
「どうでもいいから、さっさとカタつけやがれ!」
「ほら、行くぞ、フェイス。しっかり支えてくれよ。」
「オッケー。」
 ドムッと鈍い音がして、ロケット砲発射。ロケットは、うねる射線を描いて先頭の車両の後ろに当たり、車両は吹っ飛んだ。
「大当たりぃぃ! その調子で次も頼んますよ〜。」
 マードックが再度ヘリを旋回させ、今度は前方から逃げる車両を狙う。
「それ!」
 ドムッ!
「もいっちょ!」
 ドムッ!
 次々と発射されるロケット、吹っ飛ぶ装甲車。



 15分後、逃げていた車は全部大破、ヨレヨレのボロボロになりつつも、本当に、それはもう奇跡的に命からがら逃げ出した悪党どもは、「参りました」とばかりに全員土下寝(気絶とも言う)。後、無事お縄となった。かくして、Aチームの本年最後の仕事、『スーパーモデル、ストーカー退治大作戦』は無事解決したのであった。



〜2〜

「報酬が払えないだと!?」
「……だって!?」
「そう、払えない。無理。」
 そう言って、美女は煙草に火を点けた。
「ちょっと待ってよ、無理って言われても、ストーカーを撃退したら報酬10万ドルって約束でしょ?」
「うーん、頼んだ時は払おうと思ってたよ。だって、アイツ、超うざかったし。だけど。」
「だけど!?」
「よく考えたら、アタシお金なかった。あはははは。」
 そう言って高笑いするのは、ファッションモデルのマデリン・ハポン・ロウ。アバンギャルド系の複数のメゾンに愛され、パリコレどころかミラノコレにも東京コレにも出る売れっ子で、さっき解決したストーカー事件の依頼人である。
 ここは、ロサンゼルスのお洒落なカフェのテラス席。周りは、それこそファッション雑誌から抜け出してきたようなお洒落な美男美女がわんさか。その中でも、スペイン系黒髪10等身のマデリンの美貌は際立っていた。その別嬪な依頼人の、まさかの金払えん宣言に、報酬を受け取りに来たハンニバルとフェイスマンは、開いた口が塞がらない。
「払えないの?」
 フェイスマンが、いつもの下がり眉毛をさらに下げて尋ねる。
「う〜ん、わりと、そう(笑)。」
 笑顔で切り返すマデリン。
「どうしても?」
「どうしてもじゃん?」
 お互い引き攣った笑みを浮かべつつ、見詰め合う2人。不毛な会話のリレーの後、その様子を黙って見ていたハンニバルが口を開いた。
「……そうか。払えないんじゃあ仕方ない。今回は、悪質なストーカー野郎を退治して、こちらのお嬢さんが安心してクリスマスを迎えることができる状況になっただけでよしとするか。」
 立ち直りが早く、かつ、経費管理を担当していないハンニバルは、割と諦めがいい。
「ちょっと待ってよ、ハンニバル。あんなに武器弾薬でプチどころじゃない贅沢しといて、(ニセ外人風発音で)無報酬あり得ないよ! 経営上も、俺の精神衛生上も!」
「しかし、ないものは仕方ない。」
「でしょ? おじさん、物わかりいいじゃん。」
「で、でもさマデリン、君は、言わば高所得者だろ。今とは言わないから、その、どうだろう、ギャラが入り次第、お支払いいただくってことじゃ。」
 経費管理担当のフェイスマンは、もちろんすぐには諦められない。クリスマスだし、年末年始の餅代とかもかかるし。前のめりの姿勢でマデリンに詰め寄る。
「うーん、どうしよっかなあ。毎月のお給料も、カードの分割払いでキッツキツなのよね。……何か見落としてる入金あったっけか。」
 フェイスマンの前のめりに対して上半身を反らせて平行を保ちつつ、自分勝手すぎる都合で考え込むマデリン。しばらく思いを巡らした後、あった! と膝を打った。
「家とか売ったらお金できるかも!」
「家? 君の住んでる家か? それだったら、冗談はよせ。家を売っちまったら、君は住むところがなくなるんだろ?」
 と、今回はなぜか優しいハンニバル。相手が美女だからか?
「ううん、アタシのアパートじゃなくて、じいちゃんち。アタシのじいちゃん、金持ちでさ、去年死んだんで子供と孫で遺産分けしたんだけど、アタシにはお屋敷1軒の割り当てがあったの。ここから近いし、結構な豪邸で、1人で住むには広すぎるから、売ればいいお金になると思うんだけど、実はちょっとした問題があって。」
「ちょっとした?」
「問題?」
「うん。うちのじいちゃん、変な蒐集癖がある上に、ホーダー、つまり“片づけられないジジイ”でさ……ぶっちゃけ、家がゴミ屋敷なのよ。足の踏み場どころか、ドア開けたらいろいろ崩れてくるから危なくて、無闇に室内に入れないくらい。」
「丸ごと売っちゃえばいいんじゃないの? 片づけは業者に任せちゃって。」
「中身が要らないものオンリーならお任せでいいんだけどさ、ママ曰く、屋敷のどこかにじいちゃんの金庫があるんだって。そこにじいちゃんからアタシ宛のプレゼントが入ってるから、それも取り分に入るのよ。こっちの業者なんかに任せたら、金目の物は盗まれそうだもん。そうだ、Aチーム、ついでだから、じいちゃんちの片づけ、手伝ってくれない? 不用品を撤去して、いい感じで売れるくらいまで掃除して。じいちゃんのコレクションは、アタシ要らないから全部あげるし、金庫見つかったら、(払えたら)報酬払うし、掃除代も(ちょっと)上乗せするし。」
「うーむ、掃除か。あたしたちの得意分野とは違う感じがするねえ。」
「そ、そう言わないでさ、ハンニバル。掃除なら俺、得意だし、悪い話じゃないと思うよ?」
 経費回収のためには家政婦仕事も厭わないフェイスマンである。
「そうか……? まあ、お前がそう言うなら、わかったよ、その汚屋敷の掃除、引き受けましょう。」



〜3〜

〈Aチームのテーマ曲、かかる。〉
 コストコサイズのカートを押して、ホームセンター内を歩くハンニバル。コングとフェイスマンが、軽快なステップで陳列棚の間を飛び回りつつ、それに続く。大量のお掃除洗剤とモップとハタキと雑巾が次々にカートに放り込まれ、山を作っていく。(途中、100倍落ちるマジック洗剤! や、静電気が発生しにくい画期的なハタキ! 等、昨今のお掃除トレンドを押さえた商品のアップがそこここに挿入される。)衣料品コーナーで、様々なエプロンと割烹着を体に当て、鏡に見入るマードック。レジで大量の掃除用品とエプロンと割烹着etc.をお会計し、領収書を貰うフェイスマン。
〈Aチームのテーマ曲、終わる。〉



 紺色のバンが1軒のお屋敷の前で停まった。ここは、ビバリーヒルズの一角、コールドウォーター・キャニオン・パークにほど近いお屋敷町。バンから降り立ったのは、お馴染みAチームの面々。それぞれが思い思いのエプロン(ハンニバル、コング)、割烹着(フェイスマン、マードック)&三角巾+マスクに身を包み、だけど足元は安全靴、手には箒やハタキ、そして大量のゴミ袋というザ・お掃除正装である。
「ここがマデリンの爺さんの家か。」
 そびえ立つコロニアル様式のお屋敷(3階建て。推定建坪100坪以上)を見上げてハンニバルが言った。
「豪邸じゃねえか。」
 と、コング。
「そうだね、土地と合わせて200万ドル、いや220万ドルくらいしそうだね。」
 細かく訂正するフェイスマン。
「こんな豪邸に住んでた爺さんのコレクションなら、随分と価値があるんだろうよ。大丈夫なのか? 爺さんのコレクション全部くれるとか、あの女の大法螺じゃねえのか?」
「いざ片づけたら、惜しくなるかもしれないね。」
「うむ。作業を始める前に、確認しておく必要があるな。」
「でもさ、おいらには、ちっともゴミ屋敷には見えないけど……。」
 と、一歩踏み出したマードック。足元に、もそっとした感覚を得て立ち止まる。
「あ。何これ?」
 下を見れば、潰れた段ボール箱が1つ……2つ、3つ。
 玄関ポーチに続く前庭を見渡せば、そこここに段ボール箱や紙箱が転がっている。もっとよく見れば、ワインの木箱やプラスチックのケースも転がっている。そのまま点々とゴミは玄関先まで続き、行き着く先、玄関ポーチの前では、依頼人のマデリンが不良座りで煙草を吸っていた。
「あの女込みで、荒み感、半端ねえな。」
 と、コング。
「(ゴミ屋敷の)片鱗見えたな。行こう。」
 ハンニバルがそう言って玄関へと進み、他の3人もそれに続く。
「遅かったじゃん。Aチーム。」
 煙草を投げ捨てて立ち上がったマデリンが、吸い殻をヒールでぐりぐり踏み消しながら言った。その出で立ちは、ソニアのミニワンピにルブタンのアーティスティックなハイヒール。どう見ても掃除をする格好ではない。
「掃除道具を買いに行ってたんでね。」
「掃除道具とかウケる! さすがAチーム、本格的じゃん! じゃ、家を開けるね。危ないから、ちょっと避けといて。」
 と言って、マデリンは、大きな観音開きの扉の真ん中にある鍵穴に大きな鍵を差し込み、カチリと回した。
 キィ〜。
 錆びた音と共に扉が開き……堰を切ったように足元に崩れ落ちる段ボール箱やその他の箱の山。思わず飛び退くAチーム。
「……ね? こんな感じなのよ。中に踏み込むのも至難の業。でもまあ、男手4人なら何とかなるわよね。じゃあよろしく。」
 と、踵を返すマデリン。
「ちょっと待って。君は一緒に掃除しないの?」
「悪いけど、宣材撮影が入っちゃったの。夕方5時には戻るから、それまでに3階まで片づけて、金庫探しておいてね。あ、持ち逃げしようなんて思っちゃ嫌よ? 金庫の鍵はアタシが持ってるんだから。」
“こいつ、最初っから全部俺たちに押しつけるつもりだったな……。”
 フェイスマンの思いは、同時に他3人の思いでもあった。
「それじゃ、よろしくね〜♪」
 ゴキゲンで立ち去るマデリンを、おい、とコングが呼び止めた。
「何?」
「爺さんのコレクションも俺たちの報酬のうちってのは、本当なんだろうな?」
「コレクション? ああ、もちろんあげるわよ。好きに持ってってちょうだい。アタシ、ファッショナブルな物にしか興味ないから。」
 そう言うと、マデリンは、真っ赤なロータス・ヨーロッパに颯爽と乗り込み、走り去っていった。
 残されたのはAチーム。と、玄関から吐瀉物のように大量のゴミを吐き出している、お屋敷1軒。
「さ、やっちまいますか。」
 うんざりする気分を断ち切るようにハンニバルがそう言い、4人は掃除にかかった。



〜4〜

 まずは、室内に入れなければ先に進めない。というわけで、ゴミ袋に詰めるのは後にして、とりあえず玄関からどんどんゴミを運び出し、庭の一角に積み上げることにする。玄関から溢れているもののほとんどが紙製やらプラスチック製の空き箱だから、取り扱いは簡単。積み上がったゴミを掻き分けて玄関の奥へと入り込んだマードックから、フェイスマン、ハンニバル、コングと手渡しリレーで庭に積み上がるゴミ。
「しかし、捨てられない奴ってのは、こんな空き箱も取っておくんだな。……見ろよ、これはアイロンの箱で、こっちはコーヒーメーカーの箱。こっちはビデオデッキの箱だ。」
「こっちにもアイロンの箱あるよ。もしかして家電製品のコレクターかな。」
「あ、階段見えた!」
 先頭のマードックが叫んだ。見ると、マードックの足元に大理石の階段が数段見えている。
「ということは、これ、2階から雪崩れてきてるんだね。」
「1階に部屋はねえのか?」
「この造りなら、階段の両脇に通路と部屋があるはず。……ちょっと待って、ここの山を崩せば……えいっ。」
 マードックが箱の山の一角を蹴り崩した。崩れた山の向こう側に、廊下と、その先の部屋が見える。
「キッチンとリビングみたいだな。」
 箱を掻き分けてリビングに向かう4人。
 50畳ほどのリビングは、玄関ほどではないが、膝の辺りまで箱や木箱で埋まっており、そこから続くバーカウンター、奥のキッチンも同様の有様。
「でも、ここは比較的マシっぽいね。」
 足元に転がっている圧力鍋の箱と健康器具の箱をばんばん踏み潰しながらフェイスマン。
「とにかくこの目障りな空箱を何とかしようぜ。」
「ああ、ガラクタを外に出して、それからハタキをかけて、床掃除、ガラス磨き。」
「階段の上の、でっかいシャンデリアも拭かないとね。」



〈Aチームの音楽、かかる。〉
 段ボール箱やその他の箱を次々に庭に運び出すコング。早送りでリビングの床が見えてくる。壁にハタキをかけまくるフェイスマン。両足に段ボール箱を履いてロボット歩きで移動しつつ、窓ガラスを拭くマードック。早回しで庭に積み上がっていく空き箱の山。綺麗になった豪華な大理石の階段を、一列に並んでずんずん進むAチーム。マードックは、両手両足に箱を装着しているので、ロボット感甚だしい。
 天井まで空き箱に埋め尽くされた2階の部屋へダイブするコング。ベランダの窓をバンと開け、手当たり次第に箱を外へと投げ出す。またもや高く大きくなっていく庭の箱タワー。2階のベッドルームの床を箒で掃くハンニバル。三角巾も鮮やかに、バスルームの壁に洗剤をかけまくるフェイスマン。綺麗になりつつある部屋の中央で、箱に顔を描くマードック。胴体まで箱を着ているので、かなりロボット風。完全に油を売っているマードックを、どやしつけるコング。
 3階に続く階段を、一列でずんずん登る4人。マードックは、頭まで箱を被ったので、完全にロボット歩き(+割烹着と三角巾)。3階の部屋2つ(客間、プレイルームwith麻雀台)から、次々と不用品(主に箱)を撤去し、掃除機かけまくり拭きまくり磨きまくりな4人――
〈Aチームの音楽、フェイドアウト。〉
〈被せて「劇的ビフォア・アフター」の音楽、かかる。〉



[ナレーション]
「大好きなおじいちゃんが亡くなって、悲しみに暮れていたファッションモデルのマデリン。せめて、おじいちゃんからの最後のプレゼントを手元に残したい……そんな思いが彼女にはありました。しかし何ということでしょう。長年の1人暮らしだったおじいちゃんの家は、いつの間にかゴミ屋敷になっていたのです。世界を股にかける売れっ子ファッションモデルであるマデリンには、掃除をする時間はとてもありません。そんな彼女の窮地を救おうと立ち上がったのが、ベトナムで鳴らした特殊部隊の匠ハンニバル・スミスと仲間たち。……さあ、匠と仲間たちの手によって美しく変貌を遂げたロウ家のお屋敷を見てみましょう。」



〈ビフォア・アフターのBGM、かかる。〉
 すっかり綺麗になった玄関ポーチ。そこから、流れるように明るい日差しの差し込む広いリビングへ。対面式のアイランドキッチンには花が飾られ、薪ストーブの上にはシチューが煮えている。美しく磨かれたチェスターフィールドのソファの上には、ペルシャ猫(どっから来た?)が悠々と寝そべり、午後の惰眠を貪っている。カメラは、リビングを出て、磨き上げられた大理石の階段と、その上に下がる豪華なシャンデリアを舐める。そのまま階段を上がり、ロココ調に仕上がったベッドルームから、豪華なバスルーム。ベランダに張り出したジャグジーには清潔なお湯が溢れ、薔薇の花びらが浮かんでいる。カメラは、そのまま次々と趣向を凝らした客室を見せ、さらに階段を上がって、客間と、ビクトリア調に設えたプレイルームを通り過ぎ、物置の扉の前に行き着いた。
〈ビフォア・アフターのBGM、終わる。〉



〜5〜

 3階のどん詰まり、日の当たらない物置の中で、Aチームの4人は最後の部屋に取り組んでいた。
 今まで1階から3階までゴミを片づけ、掃除してきた。だが、マデリン言うところの“金庫”が見つからない。そして、お爺さんのコレクションとやらも、一切見当たらないのだ。
「金庫……あるとしたら、もうこの部屋しかないよね。」
 フェイスマンが、周りの棚を見回してそう言った。
「ああ、あと爺さんのコレクションとやらもな。」
「まあ、大抵、本当に大事な物っていうのは、こういう物置とか、納屋とか、目につかないところに隠されているもんだ。」
「とにかく、棚を探すしかないな。」
「隠し扉があるかもしれないしね。」
 ここは、いわゆる物置。窓はない。四方の壁は棚で囲まれ、その棚には様々な大きさの箱が綺麗に並べられている。
「よし、片っ端から開けてみよう。」
「よっしゃ。」
 と、棚にある箱を1つ取り出し、開けてみるマードック(ほぼロボット)。
「あ、何か重いぞ。いいもん入ってそう……あれ?」
 開けた箱の中に入っていたのは、その箱にピッタリ納まった、ちょっと小さい箱。
「箱に箱入ってる。開けてみよう。あれ、開けにくな、これ。」
 爪を立てて何とか開けてみると、そこには、もう一回り小さい箱。箱の中に箱のサイズがぴったりすぎるため、取り出しにくいことこの上ない。
「箱に、箱に箱?」
 次の箱を開けてみる。また箱。そして箱。さらに箱。も一つ箱。
「こんなのソ連にあったよね。ボウリングのピンみたいな人形に、延々と人形が入ってる……。」
「マトリョーシカな。」
 言いつつ、ひたすら箱を開け続けるマードック。そして、結局のところ、箱には箱(×12個)のみ入っており、中身は、なし。
「ハズレ、だな。」
 と、ハンニバル。
「じゃ、次行こうか。」
 と、フェイスマンが次の箱を開ける。しかし、中には、また箱。そして箱。次に箱。その隣に置いてあった箱を開けても箱。そして箱(以下略)。永遠に終わらない箱のマトリョーシカ世界に迷い込んている4人。
「……てことは、ここのどこかに金庫がある、っていうことでしょうなあ。」
 箱を開けすぎてささくれた指先を摩りながらハンニバルが言った。
「そうだよね、この隠し方は、そういうこと。きっと金庫の中には、とんでもないお宝が入ってるに違いないよ。」
「よし、片っ端から開けてみるぜ!」
「おう!」
「オッケー。」
「了解。」
 コングの号令に、また一斉に箱を開け始める3人。
「箱、箱、箱、クソ、これも箱だ。」
「箱箱〜、ハズレ、これもだ。」
「畜生、これも箱の中に箱だぜ!」
 次々と箱を開けていく4人、そして小一時間経過。
 もう粗方空になった棚を漁っていたいたフェイスマンが、あった! と叫んだ。棚の奥から引きずり出したのは、またもや箱。
「何だフェイス、また箱じゃないか。」
「でもこれ、何か重いんだよ。ほら。」
 と、1個の箱を投げて渡すフェイスマン。受け取ったコングが、おっと、とバランスを崩す。
「確かに重いぜ、こいつは。紙製品の重さじゃねえ。」
 乱暴に箱を開けると、中にはやっぱり箱。箱、箱……と来て、4層目に黒い金属の箱に行き着いた。
「金庫だ!」
 フェイスマンが声を上げた。
「ああ、確かにこれは小型の手提げ金庫だ。やったな、これでマデリンには遺産が入るし、俺たちにも報酬が入る。」
 ハンニバルが、きつい紙箱から手提げ金庫を抜き取って、ぶら下げてみせた。
「そうだけどさ、爺さんのコレクションってのがまだ見つかってないぜ?」
 紙箱製ロボットルックのマードックが、律儀にも箱に箱をしまい直しながら言った。
「そうだね……ほら、あれかもよ、キッチンにあったグラスとか。全部バカラだから、コレクションって言ってもいいかも。椅子もイームズが一杯あったから、あれかもしれないし、それから……最新型のテレビも複数あった。」
 フェイスマンが、いつの間にか目星をつけていた調度品を数え上げる。
「ふむ。候補はいくつかあるな。まあいい。あとはマデリンに確認だな。」
 時間は、そろそろ約束の5時にならんとしていた。



〜6〜

 美しく変貌を遂げた豪邸のリビングで、依頼人のマデリンとAチームが相対している。マデリンは、フェイスマンが渾身の力で磨き上げたチェスターフィールドのソファの上にゆったりと腰かけ、部屋を見回してゴキゲン。
「うわ〜、改めて見ると、マジ豪邸じゃん。床もピカピカだし、これで売り払えるわ! 実はさ、アタシ借金あって資金繰りカツカツだったんだよね〜。それに家具とか食器も高く売れそうだし! バカンスでも行っちゃう? とか言って、ぎゃはははは。」
 ハイテンションな美人スーパーモデルに若干引きつつも、ハンニバルが探し出した金庫を差し出す。
「ご要望の金庫だ。俺たちは開けてないから、中を確認してもらおう。」
「おっ、これこれ。見つかったんだ〜。多分ね、宝石か何かだと思うのよ。じいちゃん、アタシがモデルって知ってたし。」
「いいね、これで俺たちに報酬が払える。」
 と、フェイスマン。
「(無視して)ダイヤモンド出ろ〜♪ じゃなかったらルビーかな〜。」
 ポケットから小さな鍵を取出し、いそいそと金庫を開ける。
 パカリ、と蓋を開けて、覗き込む5人。そこには……箱。金庫の内側にピッタリの大きさの、箱。
「何これ。」
 マデリンが箱を開けると、中には箱。そして箱。
「やだ、もうじいちゃん、こんなとこまで箱なんだから。」
 マデリンは、意味のわからぬことを言いつつ、どんどん箱を開けていく。そして、3センチ四方の小さな小箱へと行き着いた。
「おっ、これかも!」
 マデリンが、最後の箱を開ける。そして、中にあった物体を恭しく取り出して、掌に置いた。覗き込む4人。
「……何これ?」
 マデリンの掌には、小さな魚が1匹。正確には、魚の形をしたプラスチックの容器(赤い蓋つき)。
「スポイトか……?」
「猫用の哺乳瓶?」
「クスリの容器にも見えるぜ。」
「何か手紙入ってるよ。」
 フェイスマンが、箱が取り出されて空になった金庫をマデリンに差し出した。そこには封筒が1通。マデリンは、フェイスマンの手から封筒を毟り取ると、乱暴に千切り開け、中から手紙を取り出した。
 以下、お爺さんからの手紙。感動必至。
『末っ子の……ええと、エレン、シンディ、フラウ、マデリン。合ってるか? 孫が18人もいると、いちいち名前は覚えておれん。とにかく、わしの最後の孫、お前は小さい頃、わしと一緒に日本に行ったのを覚えておろう? 夏場で、暑すぎると延々ぐずり続けていたお前が、イクラの寿司を食らう時だけは笑顔じゃったな。わしは、その笑顔に救われたよ。何せ、イクラ食ってない時は、泣くわ漏らすわ大変じゃったから。プリシラ……マデリン、どうかこれからも、その美しい笑顔で寿司を食べ続けてくれたまえ。これはわしからのささやかな贈り物だ。寿司用醤油入れ。以上。』
「……あんのクソジジイ……・。」
 マデリンの顔が怒りに震えている。
「……いや、それもお爺さんの愛情なんだと思うよ。」
 と、ハンニバル。どの辺が愛情かは、百戦錬磨のハンニバル・スミスにも、よくわからない。
「いいじゃないか、屋敷は売れるんだし。これで俺たちにも報酬が払えるんでしょ? ところで、俺たちに貰えるお爺さんのコレクションってのはどれだい? バカラかな? それともデザイナーものの家具?」
 フェイスマンの問いに、まだ怒りでフルフルしているマデリンが顔を上げた。
「そうね、コレクション、見たくもないから全部持ってってちょうだい。約束したもんね、全っ部よ!」
「うん、だから、何のコレク……。」
「だ、か、ら! 見ればわかるでしょ! 箱よ! 箱!」
 マデリンが叫んだ。
「箱?」
「箱とな?」
「箱だって!?」
「箱だと!?」
 驚愕のAチーム。今日一日片づけて捨てまくり、今、庭に家の高さくらいまで積み上がっている、箱?
「そう、箱。それも、いろんな箱をみっちりみっちり詰めるのがじいちゃんのライフワークだったの。片っ端から箱を集めては、サイズに合うやつを選別して、あとはその辺にうっちゃって、を繰り返した結果がこの家よ!」
「何でい、その意味不明な趣味はよ!」
「知らないわよ! とにかく、いろんな規格の箱の中から、少しずつ大きさの違う箱をマトリョーシカ化して詰めるの! 隙間なく! 上にあったでしょ、作品が!」
「あれ、作品だったのか!」
「おいら、何かわかる気がする……ピッチリ納まるのって結構快感かも。さっき箱を入れ直してる時、楽しかったし。」
 わかるのか、マードック。因みに、まだロボ。
「とにかく! 約束だから、コレクションは、ぜーんぶそっちが責任持って始末してちょうだい。報酬は、家が売れたら借金払って、残ったら払うかもしれないから、頃合いでエージェントに取りに行くこと! 以上、解散!」



 その夜。ビバリーヒルズの豪邸の片隅には、失意のままに、ひっそりと焚火に箱をくべ続ける中年4人の姿があった。
 しかし後日、マードックが持ち帰っていた爺さんの作品「箱in箱」が、なぜか退役軍人精神病院に慰問に来ていた大御所芸術家に認められ、有名な画廊に買い取られた結果、Aチームは、当初予定の4分の1の金額を得、無事メリクリと相成ったのであった。
 てことで、今回は、ほどほどにハッピーエンドかも。
【おしまい】
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