特攻野郎Aチーム 骨折り損の草臥れ儲けの巻
フル川 四万
〜1〜

「はいカットォォ!」
 朝の河原に監督の声が響く。トカゲっぽい怪人と揉み合っていたハンニバルは、アクアドラゴンの頭を脱いで、ふぅ、と一息ついた。
 ここはロサンゼルスからほど近い自然公園。今撮影中のアクアドラゴンシリーズの新作は、『アクアドラゴン VS. 天然記念物!』。増水した川で、アクアドラゴンが、サンショウウオが突然変異したモンスター「オオオサンショオオウオ」と戦う異色作。水属性対水属性。珍しいテーマ設定である。
 何で舞台が「増水した」川かと言うと、撮影場所に来てみたら、ここ数日立て続けに来たハリケーンのおかげで、川が未だかつてないほど増水していた、という、それだけの理由から。
 その増水した茶色い川のほとりで、監督のマイケルがハンニバルに駆け寄ってきた。
「いいね、迫力だよ、アクアドラゴン。特にバックの濁流が。」
「マイケル。」
「うん?」
「一応確認しておくが、これからあたしら、川の中で戦うんだよな? ちょっと流れ、速過ぎやしないか?」
「大丈夫、深さはきっと50センチくらいだし、ちょっと流れが急なだけでしょ。ところどころ深いところはあるかもしれないけど……基本、問題ない。」
 マイケルの言葉に、ハンニバルの表情が険しくなった。
「マイケル、濁流の川にある“ところどころ深いところ”は、基本的な問題に思えるのだが。……それに、あっちを見てみろ。」
 と、ハンニバルが下流を指差す。
「そこの、50メートルくらい先の段差は、確か滝じゃなかったか?」
「うん、滝。でも落差はちょっとだし、50メートルも向こうだから、問題ない。」
「そうか?」
「そう。って言うか、それがどうしたアクアドラゴン。水の怪獣が川の増水くらいで怖気づいたのか? そんな臆病な怪獣だったっけ? おいおい、勘弁してくれよ。こんなワイルドなシチュエーションをタダで利用できるなんて滅多にない機会なんだぜ? そいつを、主演俳優の小心で、ふいにするつもりか?」
 マイケルが、ニヤニヤと嫌な笑いを浮かべながらアクアドラゴンの脇腹を小突く。ハンニバルのこめかみがピクリと引き攣った。
「……よろしい。そこまで言うんなら、やりましょう。ただし、あたしはともかく、オオオサンショオオウオが転倒したら、すぐにフィルムを止めて助けに入ること。さっき話をしたら、中の人は泳げないそうだよ。」
「そうだっけ? 水中戦だから、水の中が得意なエキストラを募集したはずなんだが……そうか、応募者1人しか来なかったしな。でもまあ問題ない。あんたも山椒魚も、何かあったらすぐ助けに行くから。これは、いい作品が撮れるぞ、ちょっとくらい危険でもいいじゃないか。来年の映画賞が俺たちを待ってるんだから。」
 マイケルは、そう言ってハンニバルの肩をバンバン叩くと、カメラ位置の確認に去っていった。



「よーい……スタートッ!」
 カチンコが鳴り、フィルムが回り始めた。
 川の中ほどで向かい合うアクアドラゴンとオオオサンショオオウオ。2体とも、太腿まで急流に浸かり、立っているのが精一杯のご様子。
 しかし、ただ突っ立っているわけには行かない。突っ立っているだけでも、徐々に下流に流されつつあるし。意を決したオオオサンショオオウオが、ヨタヨタとアクアドラゴンに掴みかかる。それを、受け止めて反撃しようとするも、急流のため両足が動かせず、両手を伸ばしてオオオサンショオオウオの両手(ヒレ)を掴むのが精一杯。
 急流の中で、腰の引けた姿勢で両手(ヒレ&水かき)を握り合ったら、妙に仲よしな雰囲気になっちゃった2体の怪獣。
「もっと激しく! 殴り合って!」
 河原からマイケル監督の檄が飛ぶ。と、言われても、下半身が重くて動きが取れない。
「でゃう!」
 監督の声に、珍しい掛け声と共に、意を決したオオサンショオオウオがアクアドラゴンに殴りかかった。
「どぃりゃ!」
 アクアドラゴンも、体を捻ってパンチを避け、後ろに回り込んでオオオサンショオオオウオを羽交い絞めに……する予定だった。しかし、予定は未定。オオオサンショオオウオのパンチを避けようとしたハンニバル、そのままバランスを崩し、流れに足を取られてあえなく転倒。
「うわっ。」
 倒れながら唯一の手がかりであるオオオサンショオオウオを掴もうとするも、絶妙に避けられて空振りし、アクアドラゴンは急流の中に倒れ込んだ。立ち上がろうにも、流れが速すぎて起き上がれず、着ぐるみのまま流されるハンニバル。
「スミスさん!?」
 流されるアクアドラゴンに向かって、オオオサンショオオウオの中の人が叫んだ。
「監督! スミスさんが流されてます!」
「何てこった! 誰か、浮き輪を!」
 マイケルが叫んだ。しかし、予算最少でお届けしているアクアドラゴン撮影隊。ハンニバルと中の人、それからマイケル監督だけの超少数精鋭。浮き輪を投げてくれる「誰か」なんてどこにもいやしないのである。因みに、浮き輪も持ってきていません。
 アクアドラゴンは、バタバタと手足を動かし、浮いたり沈んだり、ところどころある岩に激突しつつ、急流を流れていく。そして……。
「ヤバい、滝に落ちる!」
 マイケルが叫んだ。
「あの滝、20メートルありますよね!?」
 オオオサンショオウオの中の人も叫んだ。
 20メートル? 高いじゃないか。そして、もちろん、そんな会話はハンニバルには聞こえていない。
 アクアドラゴンは、あちこちぶつかりながら、順調に滝へと流れゆき、そして、20メートル下の滝壺へと落ちていった。



 15分後、川の下流のある岩場。水中から伸びた怪物の手が、ガッシと岩を掴んだ。
「ぷはあっ!」
 アクアドラゴンが水中から浮かび上がった。マイケルが見ていたら飛び上がって喜びそうな、リアルな怪獣サバイバルシーンである。
「いやはや、何とも……。」
 岩場に這い上がったハンニバルは、そう言うと、頭を脱いで放り投げ、仰向けに倒れ込んだ。



〜2〜

「……と言うことで、高さ20メートルの滝から生還したんだ。……へっくしゅん。」
 ここは、某所のAチームのアジト。今回は、バカンス中の整形外科医の別荘を無断で借りております。
 あの後、滝壺から生還したハンニバルは、自力で撮影現場まで戻り、マイケルに本日の撮影中止を言い渡して、びしょ濡れのまま帰途に就き、現在はアジトの豪華なソファでフェイスマンの淹れるコーヒーを待っている。中庭の物干し台には、アクアドラゴンの抜け殻が干され、午後となった今はもう、半乾きで生臭いニオイを発し始めていた。後でファブリーズ必須。
「それでも、見なさい、この頑丈な胸板を。岩に10回以上激突した挙句、20メートルの滝から落ちて、怪我一つしていないんだから、日ごろの精進度合がわかるってもんだろ? へっくしゅ。まあ、少々風邪は引いたけどね。」
 ハンニバルが、ズズっと鼻を啜る。
「すげえぜ、ハンニバル。アクアドラゴンの着ぐるみってえのは、安い造りの割に丈夫なんだな。」
 コングの反応は、ハンニバルが欲しがるそれとは微妙に離れていた。しかし、褒められたことに違いはないので、ここは大人の対応とする。
「あれでも特注品だからな。」
 と、そこへ、お盆にマグカップを3つと1リットルの牛乳パックを乗せてフェイスマン登場。
「アイタタタ……はぁ、重かった。はい、コーヒーお待たせ。コングには牛乳もね。」
「重いって、コーヒー3杯がか?」
 カップと牛乳の紙パックを受け取りながらコングが問うた。
「コーヒー3杯と牛乳1リットルね。しょうがないよ。だって俺、肋骨折れてんだもん。」
 フェイスマンが、さらっとそう言った。
「肋骨!? どうしたんだ、フェイス。この間の作戦でか?」
「いや、プライベートで。最近パトロンになってもらってる画商のマダムがいるって言っただろ? 彼女主催のチャリティパーティに行ったら、彼女の前の男、売れない画家なんだけどさ、そいつにいきなり脇腹殴られた。何でも、俺が割り込んできたせいで、マダムの援助が減ったらしいよ。まあ、俺が画家を名乗ってるせいなんだけど。」
「お前、絵なんて描けたっけ?」
「描けるわけないっしょ。マダムのいない時に、マダムの飼い猫の尻尾に筆つけてカンバスにパタパタしてもらった奴にサインだけして、抽象画って言い張ってる。」
「……斬新だな。それにしても、画家ごときのへなちょこパンチで骨折とは情けないな。Aチームの名が廃るぞ。」
「だって不意打ちだったし、ハンニバルと違って、着ぐるみ着てなかったし。見てよ、10番目の骨にヒビ入ってるんだって。結構痛いんだよ、これ。」
 と言って、シャツを捲り上げるフェイスマン。真っ赤なシルクシャツの下には、真っ白な医療用コルセットが巻かれている。
「まあ、やっちまったもんはしょうがねえな。牛乳飲め。カルシウム取ると治りが早えぞ。」
 と、パック牛乳を差し出すコング。ありがと、と、それを受け取り、パックから直で一口飲むフェイスマン。
「で、どうするんだ? 今日はこれからモンキーを迎えに行って、その後、依頼人と会うんだぞ。」
「大丈夫、普通に歩いたり車乗ったりするくらいなら支障ないし。俺はほら、役割からして頭脳労働担当だから。」
 Aチームの仕事が、普通に歩いたり車乗ったりで済むのかどうかという問題はあれど。
「……まあよかろう。それじゃ、コーヒー飲み終わったら出かけるとするか。」



〜3〜

 お馴染みの紺のバンが、壁沿いにそっと停止した。ここは、退役軍人精神病院の裏手。降り立ったのは、お馴染みAチームの3人(マードック除く)。通常、マードックを連れ出すのはフェイスマン1人の役目だが、今回は3人がかりのスペシャルお迎えバージョンである。病院の敷地からは、患者の皆さんの楽しそうなはしゃぎ声が聞こえてくる。
「……中が騒がしいな。この病院、こんなハイな感じの場所だったか? ゲフンゲフン。」
 ハンニバルが、咳をしつつ病院の中を窺う。どうやら、本気で風邪を引きかけているらしい。
「うん、今日、プールの日だからじゃない?」
 と、フェイスマン。
「プール? この病院にプールなんてあったか?」
「あるある。しかもウォータースライダーつき。まあ見てよ、コング。」
「おう。」
 コングがバンから梯子を取り出して病院の外壁に立てかけた。ハンニバルが梯子を登り、塀の上からひょいと顔を出して中を覗く。
「おお、こりゃ大したもんだな。」
「だろ? 俺が先月、孤児院のために作ったプール一式を、ちょっと借りてきて改修したんだ。」
「それを、簡易ウォータースライダーのキャンペーンで無料ですって売り込んだらさ、割と簡単に設置させてくれたよ。もちろん、交渉した相手は女医さんだったけど。」
「うむ。」
 覗き見た先の退役軍人精神病院の中庭には、直径15メートル、深さ1.2メートルほどの円形のビニールプールがどっかりと据えつけてある。そして、そのプールに向かって1メートルほどの上空には、プラスチックのチューブを2つに割ったような滑り台の端っこが伸びている。滑り台を逆に辿ってみれば、スタート地点は病院の屋上。そこに櫓が組んであり、その天辺を起点として、病棟の周りを割と緩い角度でぐるっと2周してプールへと繋がる、大層立派なウォータースライダーである。患者の皆さんは、順番を待って櫓に登り、次々とスライダーに乗って滑り下り、プールの中へと落下していらっしゃる。奇声を上げている者もいれば、全く無表情のもいるし、号泣しながら下りてくる者あったりと、傍から見ている分には飽きぬ光景だが、本人たちが楽しいかどうかは定かでない。中庭のプールの内外では、水鉄砲や水風船で遊ぶ患者の皆さんが、こちらは楽しげに走り回っている。
「で、モンキーはどうやって連れ出すんだ?」
「あ、いけね、もうすぐだ。コング、マット用意しなきゃマット。」
「おう、そうだったな。」
 と、コングがバンからビニール製の簡易ベッドを取り出し、足踏み式空気入れを装着、シュポシュポと踏んで膨らまし始めた。見る見るうちにマットレスが出来上がっていく。
「時間になったらモンキーが滑ってくるから、いいタイミングでこのスイッチを押せば、スライダーが途中で外れて向きが変わるって仕掛け。コング特製、方向スイッチングつきウォータースライダー改だ。」
「で、モンキーがこっちに飛んでくるのを、マットで受け止めるって寸法か。」
「ご名答。ハンニバルは、コングと2人でマット支えててね。俺は、このコントローラーでスライダーを操作するから。」
「ふむ。どの辺に飛んでくるんだ?」
「ええっと、あの窓のところが切り替えになってて、35度曲がって来るから、その、バンが停まってる場所の2メートル横くらいに落ちてくるはず。」
「2メートル? 車避けた方がいいか?」
「いや、大丈夫でしょ。多少の誤差なら問題ない。」
「本当かぁ?」
 ハンニバルが、疑わしそうな視線を投げる。
「うん、何? 俺を信じないの?」
「信じないわけじゃないが、ごく最近、その問題ない、っていう言い方に騙された記憶があるんでな。ゲフンゲフン。」
「大丈夫だって。ここ滝壺じゃないし。あ、時間だ。」
 と言うと、フェイスマンは梯子を登り、塀の上にコントローラーをセット。
 ほどなく、屋上に白いガウンに水泳帽、水中眼鏡にシュノーケルまで装着したマードックが現れた。ちゃんと行列に並び、櫓の上からフェイスマンを見つけて手を振っている。フェイスマンも手を振り返す。そしてマードックは、おもむろに着用していたガウンを脱ぐと、競泳パンツ1丁の姿になり、スライダーの入口の前で片手を挙げてピシッと決めポーズ。
「よし、来い!」
 フェイスマンの掛け声に、水泳の飛び込みのように頭からスライダーに突っ込むマードック。
「え、頭から? ちょっと危ないんじゃないのかな……まあいいや、スイッチングしなきゃ。」
 マードックがスライダーを滑っていく。一旦建物の裏へと姿を消し、そして、右手から再度現れる。頭から突っ込み方式が功を奏したのか、かなりスピードが乗っている。
「3、2、1……それっ!」
 フェイスマンがコントローラーのスイッチをポチっとな。スライダーは、マードックが来るのを待ち受けていたかのようにコースを外れ、外塀に向かって方向を変えた。
 勢いつけてスライダーから飛び出すマードック。なぜか空中をバタ足とクロールで泳ごうとし、その無駄な動きのせいでフェイスマンによる予定飛行ラインを大きく外れる。結果、そのボディの行く先は、コングとハンニバルの持つマットの上ではなく……。
 ガンッ!!
 宙を舞ったマードックは、鈍い音を立てて、Aチームの愛車、紺色のバンの屋根に俯せに落下した。
「モンキー!」
「おい、大丈夫か!」
「もう! 変な動きするから!」
 駆け寄る3人。屋根の上でしばらく動かなかったマードックが、やがてゆっくりと体を起こし、右の鼻から一筋の鼻血を垂らしながら言った。
「やあ、久し振り。みんな元気だった? オイラは何て言うかその……アバラ折れたかも。」



〜4〜

 構成員の50パーセントの肋骨が折れているかもという、史上稀に見る事態となったAチーム、それでも、依頼人との約束があるので、マードックの手当もそこそこに、いつものバンを走らせて次の目的地へと向かう。訪れた場所は、街から150キロほど離れた山の麓の田園地帯。畑の中に、家と倉庫らしき建物が一対だけ見える。
「ゲフンゲフン、あの家じゃないか? ズズッ。」
 助手席のハンニバルが咳込み、かつ鼻を啜りながら言う。
「そうだな、近所に他の家はねえって言ってたから、あれだろうな。ところでハンニバル、大丈夫かよ。さっきから咳が止まらねえが。」
「まあね、ゲフンゲフン、あんだけ冷えれば風邪も引くだろう。まあ、放っときゃ治るよ、風邪くらい。ゲフンゲフン……ズズッ。」
 よく見ると、畑の真ん中の一軒家の前で、初老の男性が手を振っていた。
 家の前に横づけするバン。
「やあ、今日はまた、ハリケーンが来そうな天気ですな。オオサンショウウオたちも喜んでいることでしょう。」
 助手席の窓を開けて、ハンニバルが男にそう言った。
「ええ、そうですね、オオサンショウウオの甲羅干しには打ってつけの日だ。」
 男も、にこやかにそう返す。
「やあ、ビクターさんだね、スミスだ。」
「お待ちしてました。それで……オオサンショウウオって何ですか?」
「知らん。何か川にいる化け物らしいぞ。」
 ハンニバル、その程度の認識でオオオサンショオオウオと戦っていたのか。(注;米国には、オオサンショウウウオは住んでいません。)



 依頼人、農家のビクター・フランカさんの家の居間で、依頼内容を伺うAチーム。
「うちは、15年前からこの土地で農業をやっています。何せ田舎なもんで土地が安くて、農地を買った時に、オマケで向こうの山2つもついてきたんです。その山の合間に、崖に囲まれた空き地のような不便な土地があります。ここから通じる道も1本しかなく、土地も岩がちで畑も作れず放置していたんですが、その土地に、最近、見知らぬ車が出入りしていることに気がついて。」
「車? どんな車だ?。」
「ええ、トラックとか、ジープとか、いわゆる実用車。荷物が沢山積めるタイプです。乗っているのは、入れ墨の大男やら、猟銃を持った奴やら、スキンヘッドやら、近づくのも恐ろしい風体の男たちです。」
「ほう、そいつらの素性に心当たりは? ゲフンゲフン。」
「全くありません。そもそも私は、コロラドから越してきたんで、農家仲間以外にはあまり知り合いもいないんです。それで、何をしているんだろうと、山間の土地に行ってみようとしたら、土地に向かう一本道に、大きい車がきっちり停めてある上に、見張りのような男が始終立っていまして、近づいたら銃で威嚇されて近づけませんでした。いかにも不穏な雰囲気だったので、麻薬でも栽培されてたり、テロリストの訓練所になってたりしたらどうしよう、と怖くなって警察に行ったら、私有地でのトラブルは勝手に解決しろ、と、けんもほろろに追い返されてしまいました。」
「ひどいな、それ。アイタタタ……。」
 と、マードックが痛む脇腹を摩る。彼氏、本日は、先ほどの競泳パンツの上にガウン(新調した)というプールサイド・ルックのまま。しかし、ガウンの下の脇腹は、青黒く腫れている。
「最近の警察は忙しいんじゃないの? 凶悪事件が増えているし。ふう……イテテ……痛み止め切れてきたみたい。」
 フェイスマンも、話を聞きつつ、コルセットを摩って溜息である。
「……大丈夫ですか?」
「大丈夫……だと思う。先を続けて。」
「はい、それで警察は、まだ何も起こっていないんだから、我々が手を出す段階じゃないそうで。それで、困り果てて、諸々の伝手を辿って、Aチームにお願いしたというわけなんです。」
「そういうことなら任せておいてくれ、ズズッ、すぐに不法占拠者が誰なのか確認して排除しよう……ゲフンゲフン。」
「あの……お呼び立てしておいてこう言うのも何ですけど……大丈夫ですか? 皆さん、若干、体の調子がお悪いような……。」
「おう、若干数名、アバラ折れて、1名が風邪を引いてるんだが、大丈夫、俺たちゃやる時ゃやるから心配すんな。」
 唯一健康体のコングが、そう言ってマードックの肩をドンッと叩いた。ウッ、と一瞬俯いたマードックが、恨みがましい目でコングを見る。ゲフンゲフン、と、その横で咳をするハンニバル。ポケットから痛み止めを取り出して口に放り込むフェイスマン。今回のAチーム、大丈夫だろうか。



〜5〜

 翌日、次のハリケーンが近づく、風の強い朝のこと。
 ビクターさんに教わった通り、山間の細い道を、不法占拠されているという土地に向かって徒歩で進む一行。
「ねえ、何か遠くない? 俺もう、胸も足も痛くて、歩くの辛いんだけど。」
 と、フェイスマン。なぜか足までも引き摺っている。そもそもがコルセットつきの身の上に、靴も細いクロコダイルのドレスシューズなので、山道歩行には向かないのだが、それにしても体力なさすぎだろう。
「そうだな、そもそも登り坂だしな、ゲフンゲフン。」
 ハンニバルも、咳込みながら10歩歩いては休み、を繰り返している。
「ホーネホネロック〜、ホーネホネロック〜、ホーネホネー、ホネホネ……。」
 マードックは、子門真人の中くらいのヒット曲をブツブツと語りつつ、真顔で歩いている。因みに、足元だけはいつものコンバースなので山道も余裕で歩けるが、右脇腹を庇うため、左肩が上がったひょっこり歩き。
「しっかりしてくれよ、これからヤバい奴らと相対するんだからな。」
 コングが、そんな面白ご一行に檄を飛ばす。
 そもそも通常なら車移動のAチーム、今回は、道が狭くていろいろ難儀するとのビクターさんの助言により、山道の入口にバンを置いてきているのだ。ほどなく道は狭くなり、車1台通るのが精一杯の小道になった。両脇は切り立った崖なので、対向車が来たら、どちらかが100メートル以上はバックしなければならない。Uターンするには、不法占拠されている土地まで入る必要があるので、やはり徒歩で正解なのだった。
 そして、そんな小道のどん詰まりに、道をびっちり塞いで停まっている1台のトラック。その荷台には、スキンヘッドのマッチョが1人、ライフルを担いで見張りについている。男はAチームに気づくと、持っていたライフルをこちらへ向けた。構わず歩を進める4人。
「おい、止まれ! この先は立ち入り禁止だ!」
 男が叫んだ。ハンニバルは、男に向かって、やぁ、と笑顔で声をかけた。
「ゲフンゲフン、立ち入り禁止とはこれいかに。ビクターさんの土地だと聞いているんだが?」
「ビクター? 知らねえな。とにかく、この先には誰も通すなって、ボスの命令だ。とっとと帰んな。」
「立ち入り禁止? この先って何もないはずでしょ?」
「何でもいいだろ、とにかく、帰らねえと痛い目見るぜ。」
 と、ライフルを構え直す男。
「わかった。それじゃ、日を改めて会いに来るから、って、ボスにそう伝えてくれ。」
 そう言うと、あっさりと引き下がるハンニバル。4人は、くるりと踵を返し、今来た山道を戻り始めた。そして、曲がり道を何本か曲がった辺りで、フェイスマンがいきなり靴を脱いだ。
「フェイス、写真は撮れてるか?」
「うん、多分、ばっちり。」
 と、右の靴から小型のカメラを取り出して動作を確認するフェイスマン。
「今度、小型カメラ仕込む靴、別のを作るよ。パーティ用の靴じゃ、山道に不向きすぎた。」
「それがいいだろうな、ゲフンゲフン。」



 次のハリケーンが近づきつつある、その日の夜。
 アジトに戻って作戦会議を行うAチームの元に、エンジェルから1枚のファックスが届いた。1枚、と言っても、初期のテレファクシミリ、ロールペーパー仕様なので、結構長いです。A4用紙5枚分くらい。それをベリリと破いて、テーブルの上に広げるフェイスマン。
「エンジェルに、停めてあった車のナンバーと、見張りの男の顔写真で照会してもらった結果が来たよ。」
「どれどれ、車両は、82年型フォードのピックアップ。4年前にサンディエゴのディーラーが登録していて、その後、更新なし、か。」
 コングがファックスの片端を取り上げて内容を読み上げる。
「でもって、あの男は、サンタナ・トーマス、35歳。麻薬売買で前科多数だってさ。」
 マードックが、もう片端を取り上げて言った。因みに、あの後、彼は病院(退役軍人精神病院ではない病院)に行き、見事に第12肋骨の圧迫骨折を言い渡されています。痛み止めを貰い、用量の3倍ほど飲んだので、今は元気。
「ゲホンゲホン、確か、半年前にサンディエゴで、メキシコの麻薬組織の精製工場が摘発されただろう。あの組織の残党が、まだ捕まっていなかったはずだ。」
 と、ハンニバル。
「じゃあ、そいつらが河岸を変えて、ビクターさんとこの余った土地で麻薬を?」
「可能性はある。」
「ただの不法占拠なら、力づくでも追い出せばいいが、犯罪組織となると、そうも行かねえな。」
「まあね、逃がすわけにゃあ行かなくなるからな。ま、明日もう一度、上空から確認しよう。モンキー、ヘリは出せるか?」
「うん。近所の飛行場に、使えそうなの1台確認済み。」
「明日、ハリケーン来るっていう予報だけど?」
「小一時間の飛行でしょ、よっぽどの荒天でなけりゃ、問題ないね。」
「……よろしい。それで行きましょう。ゲフンゲフン。」
 「問題ない」という言葉に昨今絡みついている「問題あり感」について一瞬考えたハンニバルであったが、その考えを頭から振り払い、いつのもようにニッカと笑ってみせた。



〜6〜

 翌日、ハリケーンは、予報通りロサンゼルスに到達しつつあり、朝から秒速15メートル級の強風が吹いている。
 マードック操縦のヘリコプターは、強風に煽られながら山間の土地へと向かっていた。ビクターさんちの農地を越え、2つの山の合間の土地を目指す。
「結構な風だな、モンキー、ヘリは大丈夫なのかよ?」
 後ろの座席で、必要以上にぎっちりとシートベルトを締め、ガッチリと吊り革を握り締めたコングが問うた。本来なら乗りたくもないのだが、今回は3人が負傷&疾病中とあって、仕方なく同乗しています。
「ひゃっほう♪ ヘーキヘーキ、今んところはね。何なら1回転してみるぅ?」
 と、船首を下げるマードック。操縦中は痛みを忘れるらしい。
「やめろバカ、落ちたらどうすんだ! ハンニバル、このバカに何か言ってくれ!」
「はっはっは、モンキーが大丈夫と言っているなら大丈夫だろう。ズズッ、それに、強風ってのも便利なもんですよ? 風下から行けば、音で接近を気取られる可能性が低くなる。ゲフンゲフン。」
「確かに。こんな日にヘリが来るとは、向こうさんも思わないだろうしね。あ、ほら見えてきたよ、ビクターさんの土地!」
 フェイスマンが望遠カメラを構えて身を乗り出す。レンズの先の見える「土地」、ほんの200坪ほどの平地に、プレハブ小屋がいくつか建っており、数名の男たちが歩き回っている。どいつもこいつも、悪そうな奴ばかり。
「あー、見えた見えた、写真もばっちりよ。やっぱこれ、麻薬関連の施設だわ。よくあるタイプの奴。」
「ハンニバル、このまま着陸してやっちまおうぜ。」
 と、コング。できるだけ空中にいたくないと見える。
「まあ、それが手っ取り早いな。皆不調ではあるが、あれくらいの人数なら行けるだろ。ゲフンゲフン、モンキー、下りられるか?」
「いやあ、山間だから吹き上げが強くて。やってみるけど、下りられるかどうかは……運……かな?」
 そう言いながら、マードックが機体を旋回させた。横倒しになりながら降下するヘリ。突風で何度もフラつきながら、その度に体勢を立て直し、何とか最寄りの崖の上までやって来た。
 一際強い風が吹いた。そもそも斜めな体勢であった小型ヘリは、操縦者の意に反してクルリと船首を反転させ、フラフラと高度を上げてしまう。
「あ、ここ気流が乱れてる。ちょっとヤバイかも。とりあえず、コントロールできるうちに、その辺の平らなとこに下りるから、みんな掴まってて!」
 と、マードックが言い終わらぬうちに、突風に煽られた機体は急降下。何とか体勢を立て直し、横風の緩んだ瞬間を狙って、無理矢理着陸体勢に入るマードック。そして、ガンッ、と、バウンドする勢いで地面にスキッドを叩きつけ、Aチームの乗った小型ヘリは崖の上に不時着した。
「ふぅ、何とか下りれた……イタタタタ。」
 マードックは、安堵の溜息をついた。
「みんな、ゲフンゲフン、大丈夫か!」
「アイタタタ……大丈夫だけど、アバラに響いた……。」
 フェイスマンが脇腹を押さえて座席に沈み込む。
「畜生め!」
 と、コングが叫んだ。
「どうしたコングちゃん、怪我でもした?」
「ああ。ちょっとシートベルトをきつく締め過ぎてたみたいだぜ。着陸の衝撃で、俺もアバラをやっちまったようだ。」
 振り返るマードックに、コングが情けない表情でそう告げた。
 Aチーム、肋骨負傷者、めでたく3人目の誕生である。



 風が治まるのを待ち、ヘリでビクターさんの農場まで戻ったAチーム。
「ゲフンゲフン、コングまでアバラをやっちまうとは、情けない。大体あれだ、ゲフンゲフン、あたしが激流に飲まれても骨折一つしなかったのに、若いお前さんたちが、ゲフンゲフン、何だそのザマは。画家に殴られ、着地に失敗し、シートベルトを締め過ぎたとはね、Aチームが聞いて呆れますよ。ズズッ。この作戦が終わって、あたしの風邪とみんなのアバラが治ったら、肉体強化訓練だからな、覚えておきなさいよ。ズズッ、ゲフンゲフン。」
 ハンニバルが、アバラ折れの3名を前にしてそう言った。しかし御大、顔は赤いし、息は荒い。風邪は、いつの間にか結構悪化している模様。因みにコングちゃんは、その後、近所の町医者に寄って、見事、第6第7肋骨骨折だろうとの診断をいただいています。で、上半身全体的にガッチリとコルセット状態。
「大丈夫ですか? スミスさんも相当悪いみたいですけど。はい、氷嚢。バラカスさんも、どうぞ。」
 ビクターさんが氷嚢をハンニバルとコングに渡す。2人は、受け取ったそれを、それぞれおでこと脇腹にあてがった。
「それで、あの土地なんだが、ビクターさんの危惧の通り、麻薬組織のアジトになっているようだ。」
「やっぱりそうですか……。」
 ビクターさんは、ガックリと肩を落とした。
「それで、具合の悪いところ本当に恐縮ですが、何とかしていただけますでしょうか?」
 依頼人に気を遣われてしまっているAチームである。
「もちろん、と、言っても、残念ながら、あたしたちは今回こんな状態だ。ゲフンゲフン。麻薬組織の壊滅は、国家権力に任せるとしよう。それでいいかい?」
「もちろん、私は、うちの土地から不穏な人たちが出ていってくれさえすればそれで十分です。できれば、もう誰にもあそこに入ってほしくありません。」
「それじゃあ、あの土地なんだが、多少ダメージ与えても構わんか?」
「どうにでもしてやって下さい。」
「じゃあ、奴らをあそこに閉じ込めて帰ることにしよう。報酬はいらない。その代わり、無様な姿を見せてしまったが、このことは他言無用ということで。」
「わかりました。Aチームのほとんどがアバラ折れてて、リーダーが鼻水垂らしてるなんて、もちろん、人には言いませんとも。」



〜7〜

<Aチームのテーマ曲、始まる。>
 コルセットを外し、薬を塗り込むフェイスマン。大きめの病院でレントゲンを撮り、撮ったレントゲン(アバラ折れてる)をカメラに向かって見せるコング。青黒くアザになった脇腹に、マジックで鮫の横顔を描くマードック。吸入器を喉に当てるハンニバル。
 そして、紺色のバンが、バックで山道を上っていく。
<Aチームのテーマ曲、終わる。>



 例の封鎖された小道前に来たAチーム。見張りの男が、また来やがったのか、と言いたげにこちらを睨んでいる。それを完全に無視して、4人は、バンの後尾から麻袋をいくつか取り出すと、それを道の両脇に積み上げた。そして、全部積み終わると、ハンニバルは爽やかに男に手を振った。そして、バンに乗り込むと、今来た道を取って返す。
 数分後、“ドッカーン!”という大音響と共に、山道の両壁は爆発され、崩落した。結果、ただ1本だけ下界と繋がっていた山道は、跡形もなく消え去った。ビクターさん所有の「山間の土地」は、行くも戻るも不可能な、文字通り陸の孤島と相成ったのであった。
「ちょっと爆薬多かったかな?」
 運転しながらマードックが言った。
「まあ、いいだろう。ゲフン、これであいつら、あそこから出られん。まあ、当局に通報はしといたから、餓死する前にはお縄になるだろうよ。ゲフンゲフン。ゴホンゴホン。」
「ハンニバル、大丈夫か? 咳、ひどくなってるぞ。」
「いやはや、大丈夫だ、戻ってちょっと休養すれば明日には全快するよ。それよりも、アバラ折れのお前たち。本当にやるからな、肉体改造訓練。」
「……はいはい。」
「ああ。」
「ま、俺は歓迎だけどな。」
「そうだコング、その調子。ちょっとやそっとのことじゃ、ゲフンゲフン、折れない肋骨を、ゴフン、ゲェーッフゲフ、ゴホン、ウッ。」
 咳込んでいたハンニバルが、胸を押さえて蹲った。
「大丈夫? 病院行けば?」
「……ああ、咳のし過ぎで胸まで痛くなってきた。こりゃ肺炎かもしれん。医者は嫌いなあたしだが、ちょっと行ってみるか。」
「うん、そうしな。」
 追いかけてくる爆発の土埃を引き連れて、Aチームのバンは麓へと戻っていった。



 翌日。
「骨折です。」
 医者は、無表情にそう言った。ここは、アジトにほど近い内科医院である。風邪が悪化して胸まで痛くなったハンニバル、ちゃんと8時半から並んで整理券をもらい、11時に診察室に入った、ほんの30分後の話。出来立てのレントゲン写真を見ながら、医者がそう告げた。
「骨折? 肺炎じゃなくて、骨折?」
「はい、咳のせいでしょうな、肋骨にヒビ入ってます。まあ、歳を取ってくると、いろいろなところが脆くなるから、精々カルシウムを摂って運動してください。じゃ、風邪薬と湿布出しときますね。次の方〜。」
「あたしが、アバラ折れ……ですと!?」
 まさかの4人目のアバラ折れ。これでAチーム、100パーセントアバラ折れ達成。何の記録だ。
 そしてアバラ折れ4人目のハンニバルは、「次の方」が入ってきて後ろでウズウズしているのにも気づかず、しばし呆然としていたのであった。



 その後、Aチーム、アバラ折れ対策肉体強化訓練は、無事実施された。もちろん、ハンニバルの肋骨骨折を知るものは誰もいない。しかし、その訓練で、一番熱心かつ本気出していたのは、他の誰でもなくハンニバルであった。そして、そのリーダーの姿は、アバラ折れの3人にひどく感銘を与え、結果としてAチームの結束は一段と強くなったのであった。
【おしまい】
編注;オオオサンショオオウオやオオサンショウウオの活用がいくつか見られますが、「わざと」だそうです。
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