ダン・ダン ドゥビ・ズバー!
鈴樹 瑞穂
「解せぬ。」
 ハンニバルは腕組みをして呟いた。時刻はAM8:30。彼が今いるのは、Aチームの目下の仮住いであるアパートメントのダイニングキッチンだ。テーブルの上には朝食がある。つい30分ほど前に、今朝の朝食担当フェイスマンが、未だベッドの中のハンニバルの許に来て言ったのだ。
「ねえ、俺もう出かけるから。朝食はキッチンに置いといた。」
「わかった。」
 えらく早いと思ったのは確かだが、とにかく眠かったので、ハンニバルは手を振って見送った。それからもう一寝入りして、空腹で目が覚めるに至ってキッチンへ。←イマココ
 テーブルの上には皿に山盛りの茶色い物体があった。むしろ、それしかなかったと言ってもいい。
「これは――フライドチキンか?」
 たっぷり1分間、その食べ物を見つめて、ハンニバルはそう結論づけた。
「いんや、鶏の唐揚げだ。フェイスはそう言ってたぜ。」
 シンクで洗い物をしていたコングが水を止めて振り返った。
「どう違うんだ?」
「味つけが醤油なんだとよ。フライドチキンはハーブとスパイス。」
「同じに見えるな。」
「味が違うんだろ。あと、唐揚げには出っ張りがねえ。」
 水道を止めたコングがテーブルの方に戻ってくる。
「これが鶏の唐揚げだとして、だ。あたしが訊きたいのは、どうして朝食の代わりにこいつがここに鎮座してるのかってことですよ。」
 ハンニバルにとって朝食とは、クロワッサンとコーヒー、ベーコンエッグである。どう考えても唐揚げは朝食ではない。
 しかしコングは聞こえない振りをしている。
「そもそもフェイスはどこに行ったんだ?」
 憤懣やる方ないといった風情でハンニバルがぶつぶつ言っていると、どたどたと階段を駆け下りる音に続いて、マードックがやって来た。
「おい、家ん中で走んじゃねえ。あれほど言ってるだろうが、このスットコドッコイ。」
「お小言なら後で聞くからっ。」
 大急ぎでリモコンを取り上げ、マードックはTVを点けた。
「ようかい体操第一〜。」
 途端に流れてきたのは、子供向けアニメのエンディングだ。一度聞いただけで一日中頭を回りそうなメロディと共に、画面の中では丸い猫たちが並んでゆらゆらと踊っている。
「間に合った!」
 TVの前で一緒に踊り出すマードックに、ハンニバルはやれやれと肩を竦めた。今流行っているらしいこのアニメは、お子様ばかりかマードックのハートまでガッチリ掴んでいる。しかも気配を感じてさっと振り向いてみれば、コングまでうずうずと手足が動きかけているではないか。
 危ない。これでは妖怪にAチームが乗っ取られてしまう。由々しき事態だ。
「ううむ。」
 ハンニバルが腕組みをして唸っていると、そこへフェイスマンが帰ってきた。
「ただいま〜。あれ、どうしたの、ハンニバル。難しい顔しちゃって。」
「フェイス、訊きたいことがあるんだが。」
 重々しく言ったハンニバルと、言われたフェイスマンの前に、コングがそっとコーヒーを差し出した。


 訊きたいこと、その1。
「こんな時間からどこに行ってたんだ?」
「町内会の会合だよ。もうホント勘弁してほしいよね、老人が多いから朝が早くてさ。」
「健康的でいいじゃねえか。」
 ニヤリとするコングに、フェイスマンが大袈裟に肩を竦める。
「お達者過ぎるだろ、特に隣のステラおばさん。朝から唐揚げ揚げて、お裾分けだって持ってきて、ついでに町内会に強制連行ですよ。」
「美味かった。ステラおばさんの唐揚げは最高だ。」
 フェイスマンとコングの会話で、訊きたいことその2の答えは訊くまでもなく判明した。
「唐揚げだって? オイラの分はある?」
 TVの前から離れて顔を突っ込んできたマードックに、皿ごと唐揚げを押しやりながら、ハンニバルは口を開いた。
「で? こんな朝早くから招集がかかるんだ、よほど重大な案件なんだろうな。」
「今日の議題ならコレだよ。」
 フェイスマンがぴらりと出した議案書を見て、ハンニバルは葉巻を手に苦笑した。
「アンドリュー保育園チャリティバザー、出品物収集と出店。何だ、随分と楽しげな話じゃないか。」
「そんな呑気な話じゃないんだって!」
 アンドリュー保育園は、3ブロックほど先にある施設である。
 年末には恒例のチャリティバザーが催され、地域の人々は楽しみにしていた。売り上げは子供たちのクリスマスプレゼントと給食費に充てられる。それで同じアパートメントに住むステラおばさんを始め、町内会の人々は大いに気合を入れて準備を進めていたのだが、ここで問題が発生した。
 何とその日に、例の人気アニメのコレクション玩具“妖怪メダル”が発売されるというのだ。たかが玩具と侮ってはいけない。子供はもちろん保護者までもが開店前から整理券を貰いに列をなし、それでも入手できずに奔走する者が続出するという仁義なき戦いである。
 このままでは、チャリティバザーが閑散としてしまう。危機感を覚えた町内会幹部が緊急の会合を招集するに至った、というわけである。
「とにかく! どうにかしてほしい! って泣きつかれちゃってさあ。お茶を濁して逃げてきた。」
 このままでは妖怪にチャリティバザーを持っていかれてしまう。ハンニバルは既視感に目頭を押さえた。町内会幹部の焦りは他人事とは思えなかった。
「何とかしようじゃないか。」
 ハンニバルは力強く言い切った。
「え? でも、Aチームへの仕事の依頼ってわけじゃないし。」
「いいじゃねえか、ステラおばさんにはいつも唐揚げ貰ってんだ。」
「美味いよなあ、この唐揚げ。」
 慌てるフェイスマンをよそに、食べ物に釣られたコングとマードックもすっかり乗り気だった。


〈Aチームのテーマ曲、始まる。〉
 町内会の人々と話すAチーム。町内会長とハンニバルが握手し、ステラおばさんが唐揚げの皿を運んでくる。
 図面を広げるコングとマードック。そこへ戻ってきたビジネススーツのフェイスマンがアタッシュケースから取り出した資料を渡す。
 メガホンを手に町内会のおじさんを整列させるハンニバル。彼らの前でゆらゆらと揺れて見せるマードック。
 図面を見ながらコングが鉄板を曲げて溶接し、型を作る。台の上に次々と並んでいく抜型。マードックが抜型の図面に色をつけている。
 大量の卵を仕入れてくるフェイスマン。町内会のおばさんたちが次々と大きなボウルに卵を割り入れる。コック帽を被ったコングが粉を篩っている。
〈Aチームのテーマ曲、終わる。〉


 チャリティバザー当日。
 アンドリュー保育園の園内は親子連れで混雑していた。行列ができているのは“ようかいクッキー”の屋台だ。コング手製のクッキー型を使って町内会のおばさんたちが型抜きクッキーを作り、マードック監修の下、アイシングで色づけしたクッキーのセットは飛ぶように売れていた。
 その向かい側では、園庭に仮設されたステージで“ようかい体操コンテスト”が開催されていた。エントリーした参加者は、妖怪に扮した町内会のおじさんたちをバックダンサーにしてステージ上で踊る。コングはカメラマンとして大忙しだ。希望者には、その場で撮った動画をDVDにして販売する。こちらもエントリー希望者の列が途切れない。
「いや〜、盛況、盛況。」
 葉巻を取り出したハンニバルに、フェイスマンが指差した。
「ここ禁煙! あとこれ、確かに人は集まってるけど、いいのかなあ。結局、妖怪頼みだよね。」
「ニーズに基づいたマーケティングだ。まあ細かいことは気にするな。」
 仕方なく葉巻をしまったハンニバルは、少々手持ち無沙汰な風情で紙コップのコーヒーを一口啜り、それから思い出したように口を開いた。
「そう言えば、この機会にお前さんに言いたいんだが。」
「何?」
「どうして朝食に唐揚げが出てくるんだ?」
「それは――
 フェイスマンはにこやかに言った。
「妖怪のせい。」
【おしまい】
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