特攻野郎Aチーム エイリアン3(仮)
フル川 四万
〜1〜

 10月下旬のある月曜日、深夜。終夜営業のスーパー、ファミリーズでは、今夜も店主のリーさん(78)が1人、レジの後ろでコーヒーを飲みつつ新聞を読んでいた。スーパーと言っても、ヤマ○キデイリーストアをもう一回り小さくした程度の店である。外は木枯らし、店内に客の姿はない。だが、それもいつものことで、こんな夜中にやって来る客と言えば、近所のレンタルビデオ屋に来たついでに、ビデオのお供のポップコーンやコーラを買いに来るくらいなもの。今夜は秋を飛び越して一足先に冬が来たかのような寒さなので、客たちの足も遠退き気味なのかもしれない。
「今日は、そろそろ閉めるかの。」
 リーさんが立ち上がりかけた。
 その時。カラン、とドアベルの音。
「おや、閉めようと思ったら客が来よったわい。いらっしゃい。」
 リーさんは、そう声をかけ、店の入口へと視線を移した。そして……ヒッ、と声を上げると、持っていたコーヒーカップを取り落した。
 入口からゆっくり入ってきた、いや、顔を入れてきたその客は、人ではなかった。黒光りする体は、身長2メートルほどもあろうか。人型をしているが、その立ち姿は人間ではない。まるで爬虫類とのハイブリッドのような。頭部は後ろに長いヘチマのような形状。口は大きく裂け、ギザギザの歯からは粘り気のある液をダラダラと垂らしている。
「エ、エイリアン!」
 リーさんはそう叫んで、どすん、と尻餅を搗いた。そう、今まさにここ、“家族のための雑貨店、オムツから入歯洗浄剤まで何でも揃うスーパー、ファミリーズ”に入ってきたのは、H.R.ギーガーデザインの、あの映画『エイリアン』のエイリアンなのだ。
 店主の声に、エイリアンはゆっくりとこちらに向き直った。そして、腰を抜かした彼の許へとゆっくりと歩み寄ると、顔の上に身を屈め、シャーッ! と一言吠えた。と同時に、口の奥から、無数の尖った歯を持つもう1つの口がゆっくりと伸びてくる。
「こ、殺されるっ!」
 リーさんは思わず目を閉じた。しかし、口は店主に突き刺さることはなく、顔の直前で停止、そして、掠れてはいるが、はっきりとした英語でこう言った。
「ちょっとあんた、金出しなさいよ。」



〜2〜

「エイリアンと言やあ、昨日、エイリアン2ってのを見てきたんだがよ。」
 と、コング。ここは、ロサンゼルスのアップタウンの外れにあるダイナーのテラス席。時間は、午前7時15分。4人掛けのテーブルを4人で囲んだAチームの面々は、思い思いの朝食(オーダービュッフェ方式)を前に、朝のひと時を過ごしている。普段は、こんな早朝から活動することは少ないAチームだが、本日は、依頼人のたっての希望で、早朝ミーティングと相成っている。
「エイリアン2? 去年か一昨年くらいの映画じゃなかった? 何で今頃?」
 スコーンにラズベリージャムとクロテッドクリームを塗り塗りしながらフェイスマンが問う。
「孤児院のイベントで、映画館を貸切にして、孤児を招待したんだ。2本立てでよ。」
「ああ、エイリアンの1と2を?」
「いや、エイリアン2と、ロッキー3だ。」
「何だ、その出鱈目なチョイスは。」
 ハンニバルが、そう言いつつ、3個目のエッグ・ベネディクトを頬張った。
「ああ、妙なチョイスだ。俺もできれば、エイリアンの1と2がいいんじゃねえか、って言ったんだが、主人公が男の映画と女の映画を1本ずつ見せるルールなんだと。」
「男女平等ってやつ? 時代はフェミニズムだもんねえ、俺もいろいろ疲れるよ(遠い目)……て、もう、ハンニバル、卵は1日2個までにしなね。コレステロール値に響くから。」
 フェイスマンはそう言いつつ、自分は高カロリーなスコーンを頬張っている。何せ、ここは1人35ドルの高級朝食ビュッフェ。代金は依頼人持ちと言うが、やはり元を取りたい気持ちは抑えきれない貧乏性のフェイスマンである。
「いいじゃないか、毎日食べるわけじゃなし。」
「いや、毎日食べてるでしょ。だって毎日出してるもん。」
「ロッキー3ならオイラも見たよ。病院の“映画の日”で。スタローンが随分老けてたし、敵役のボクサーがイマイチで、あんま面白くなかったな。あれだったら4の方を買うね。ドルフ・ラングレン、顎の筋肉がゴツくていかしてる。」
 と、マードック。目の前には、茹で卵の山。さっきからせっせと剥いてはいるものの、1つも食べてはいない。そして、あんまり元も取れてない。
「4だとぉ? 俺はそうは思わねえな(怒)、ロッキーは3に限るだろ!」
 コングはそう言って、マードックの剥いた卵を1個口に放り込むと、咀嚼もそこそこに牛乳で流し込んだ。
「まあまあ、ロッキーごときで喧嘩しなさんな。それよりエイリアンの話だ。」
 と言いつつ4つ目のエッグ・ベネディクトに手を伸ばすハンニバル。それを見て、これ見よがしに溜息をつくフェイスマン。
「それでエイリアン2だがよ、最後の方で女の子がエイリアンに連れ去られるだろ? あの子は何で食われなかったんだ?」
「女の子? ああ、ニュート?」
「その子だ。他の奴らは容赦なく殺されてんのによ、ネバネバで包んで貼りつけとくだけって甘かあねえか?」
「あれは、あれじゃん? まだ小さいからさ、もうちょっと太らせてから食うつもりなんじゃん?」
「太れんのかよ、あの状態で。」
「知らないけど、ご飯でもくれるんじゃないの? 綺麗に剥けた茹で卵とか、山盛りの唐揚げとか。」
「エイリアンが鶏腿にニンニクと生姜と醤油擦り込んで、片栗粉まぶしてカラっと揚げんのかよ。でもって、キャベツの千切りとマヨネーズと櫛形レモン添えて楕円形の皿で供してくれんのかよ。」
 なぜか唐揚げに詳しいコングだが、残念、それは唐揚げと言うより竜田揚げではないだろうか。
「まあ、腹一杯だったんじゃないか、あの時は。それより、あたしは考えるんだが、あの映画、きっとパート3もやるね。」
「何でい、2で完結してるんじゃねえのか?」
「いやいや、話は完結していても、あんなドル箱コンテンツ、配給会社が放っておくわけがないでしょう。そこでだ、絶対ヒットする続編を考えたんだ。聞いてくれ。」
 ハンニバルが、にこやかにそう言った。特に聞きたい気もしないし、何を言い出すかはほぼ見えている3人であったが、この状況では聞かないわけにも行かず、無表情にハンニバルの話に耳を傾ける。マードックの前には、茹で卵の山ができている。茹で卵の殻剥きは少しずつ進歩し、現在、ほぼ卵の形を保ったままの殻が生産されつつあるようだ(方法は不明)。そして、その茹で卵を横から摘み続けるコング。みんなの視線を集めて、意気揚々と話し出すハンニバル。
「無事脱出したかに見えた宇宙船には、エイリアン・クイーンが卵を産みつけていたんだ。で、地球への帰還中、卵が孵化し、乗組員は全滅。宇宙船はそのまま地球に着陸し、凶悪なエイリアンは野に放たれる。」
「ちょっと待って、全滅って、シガニー・ウィーバーも?」
 なぜか役者名で呼ぶフェイスマン。役名はリプリーです。ついシガニーって言っちゃうけど。
「もちろん。」
「主役がいなくなって、どうシリーズを続けるのさ。シガニー・ウィーバーしかエイリアンを倒せる奴なんていないんじゃない?」
「それがいるんですよ、地球には、エイリアンを倒せる英雄が。」
「それってもしかして……。」
 フェイスマンが、控え目に先を促す。
「そう! みんなももうわかっただろう。エイリアンを倒せる唯一の地球生物、それは……アクアドラゴンだ!」
「あー、用事思い出しちゃった。俺この辺で……。」
 さりげなく席を立つフェイスマン。
「ごちそうさまでした。やっぱり茹で卵の殻剥きは、いい頭の運動になるねえ。」
「それじゃ俺も、卵を食いすぎたからトレーニングに行かねえと。」
 マードックとコングも、フェイスマンに続いて立ち上がる。
「待て待て待て、いいじゃないか、エイリアン3〜エイリアン vs. アクアドラゴン。どこに不足がある。それに、これから依頼人が来るんだぞ、まあ座れ。」
「だからもう、いい加減にしなよ、ハンニバル。前回のアクアドラゴン vs. 偽ゴジラで、ゴジラの版元から訴えられそうになったのに、今度はエイリアン?」
 ロサンゼルスのしがない怪獣が、天下の円○プロに訴えられかけたその訴訟を、寸でのところで回避したのは、何を隠そう、フェイスマンである。もちろん、映画関係と司法関係の女子を駆使して、金銭的にも肉体的にも、それ相応の犠牲を払いつつ、の話だ。
「あたしはね、アクアドラゴンには常に強い敵を与えてやりたいんですよ。なぜって、そもそもアクアドラゴンというのは……。」
 と、ハンニバルがアクアドラゴンについて解説を始めようとした、その時。
「よくないっ! ううう、絶対に、絶対によくないぞっ!」
 ハンニバルの真後ろから、男の叫ぶ声。振り返る4人。そこには、1人の青年が。年は30くらいか。スターウォーズのトレーナーに、ケミカルウォッシュのジーンズ、眼鏡にバンダナという典型的ナードルックである。
「黙って聞いていれば、何ですか、あんたたち、いけしゃあしゃあと! エイリアンは2で完全に完結しているんだっ! あんな完璧な作品に、これ以上続編なんか作る意味ないし! 大体、宇宙船にエイリアンの卵が産みつけられていた? そんな陳腐な展開で、コアなSFファンが満足するとでも!?」
 青年は、そこまで一気に喋ると、テーブルから牛乳の入ったグラス(コングの)を手に取り、一気に飲み干した。あまりの剣幕に一瞬、言葉を失うAチーム。
「ボブだね?」
 肩で息をする青年に、ハンニバルが優しく問いかけた。
「……失礼しました。はい、ボブです。スミスさん、ですね? ……済みませんでした。立ち聞きした上に興奮してしまって。」
 我に返ったボブ。今回の依頼人、ボブ・フェデリコである。
「いや、構わんよ。」
「だって、不要な続編を作ってしまったがゆえに、シリーズ全体の価値を落としてしまうクズ映画の何と多いことか……。僕は、一映画ファン、いや、H.R.ギーガーのファンとして、エイリアンには、そんな風になってほしくないんです。」
 ボブは、そう言うと、頭のバンダナを毟り取り、髪をくしゃくしゃと掻き回した。



〜3〜

 場所を移して、ここはAチームのアジト。
 結構いい住宅街の、結構いい一軒家。家主である若い資産家夫婦は、長期出張でパリに出かけており、年明けまで帰ってこない。人の気配がない高級住宅は、泥棒の格好の的。ということで、心配性なフェイスマンのお節介で、Aチームが住んであげることにしたのだ。ついでに、賞味期限に懸念があるフォアグラとかキャビアとかの高級食材は消費してあげるし、電化製品や薪暖炉も、使わないと調子悪くなるから使いまくる予定。もちろん、家主の許可は取っていない。
 では、そんなアジトの豪華な居間の暖炉の前に車座で座り、温まりつつ依頼人の話を聞こう。
「僕は、ダウンタウンでSFとホラー専門のレンタルビデオ屋をやっています。本業は親の後を継いだ賃貸アパートメント経営業で、店の方は趣味みたいなもんなんですけど、SFとホラーの品揃えだったらロスではナンバーワンだと自負しています。皆様も是非、ファンタスティックなビデオをお求めなら、当店にお越し下さい……って、宣伝してる場合じゃないか。で、本題なんですが。最近、うちの近所で、夜中に商店がエイリアンに強盗される事件が起きていまして。皆さんもご存知でしょうか、これ。」
 と、新聞(地方紙)を差し出す。そこには、『エイリアン強盗、これで3件目。逃げ足の速さに警察も追いつけず』とあり、確かに、黒光りするエイリアンが1匹、ブレるくらいのスピードで移動している画像がある。
「ふむ、何々、8月28日に最初の犯行があってから、月に1度程度のペースで3件、いずれも、深夜営業の個人商店を狙ったもので、被害額は3件合わせて3000ドルあまり。……あんまり大きい被害はないんだな。」
「はい、被害額が小さいし怪我人も出ていないしで、警察も優先順位を上げてくれなくて、パトロールは増やしたって言ってるけど、店の周りでパトカー見たことないし。」
 ボブは、そう言うと溜息をついた。
「それで3件目の犯行なんですが、うちの店の1ブロック向こうのファミリーズっていうスーパーが標的になって。被害額は大したことなかったんですが、店主のリーさんがショックで寝込んでしまってて。同じ町内会で店主とは旧知の仲なので、これは困ったなあ、って思って。で、Aチームに依頼しようかと。」
「今時の警察は当てにならねえからな、俺たちに依頼するってのは実に賢明な判断だぜ。」
「……だといいんですけど。で、その時の防犯カメラの映像が、これです。」
 と、ボブが並べた写真には、よりアップになったエイリアンの写真。
「上手く作ってあるじゃねえか。エイリアン、まんまだぜ。」
「ヨダレまで垂らしちゃってるし。」
「ポーズもいいよ、自然で無駄がない。どっかの怪獣さんとは大違いだ。」
 口々にエイリアンを褒める(上から)コング、マードック、フェイスマン。
「で、依頼というのは、あれか。君の町内の安全のために、この着ぐるみの強盗を捕まえて、警察に引き渡せばいいのか?」
 フェイスマンの言葉にムッとしつつ、話を進めるハンニバル。
「はい! じゃないや、ええと、ちょっと違うな。あの、もちろん、強盗されるのは困るんで、捕まえてほしいのが第一なんですけど、捕まえた後に……ええと、このエイリアンスーツを譲ってくれるよう、中の人(強盗)にお願いしてほしいんです!」
「強盗に、お願いだと?」
「はい! 実際、こんなに精巧なエイリアンのフィギュア、見たことありますか?」
「いやあ、見たことねえな。て言うか、フィギュアってえモン自体があま――
「そうでしょう! 僕も見たことがないんです! 生粋のギーガーファンの僕が見たことないだから、きっと世界中探しても、どこにもないはずです! 写真だと素材感はわかりませんが、見る限り、造形はパーフェクト。しかもリボルテックと来てる!」
 コングの言葉を遮り、ボブが早口で喋り続ける。
「何だい、そのリボル、テック? ってのは。」
 フェイスマンが問う。
「リボルテックも知らないんですか? 簡単に言うと、関節可動式ってことですよ!」
「そりゃあそうだ。人間が着て動き回るんだから、関節くらい動いてくれないと。内緒だけど、俺っちにだって関節あるし。」
 と、マードックが肘から下をブラブラさせる(肘神様の動きで)。
「……お礼は、普通にします。古いアパートですが、それなりに賃貸収入はあるので、ご希望の額を支払えると思います。だから、お願いです、このまま強盗さんが警察に捕まったら、あのエイリアンスーツは証拠品として警察に押収されてしまいます。押収されたら、きっと湿度管理もされていない倉庫か何かで何年も乱暴に扱われて、最悪の場合、破損……。あの芸術品がそんな目に遭うなんて、僕には耐えられません。」
 ボブは、そう言うと、頭を掻き毟った。衝撃で眼鏡がズレまくっているが、気にならないようだ。
「まあ、エイリアンスーツがいいものであろうとなかろうと、強盗が犯罪だってことは明白だ。よかろう、エイリアン強盗、引っ捕らえて見せようぞ。」



〜4〜

 翌日、ボブが編集した町内の防犯カメラの映像を検討するAチーム。
 路地から路地へ、真っ黒いエイリアンが滑るように走っていく。その速さは、時速30キロは超えているだろう。
「ローラースケートか?」
 映像を見ながらコングが言った。
「ああ、そうだね。でもスピードが速すぎる。並の人間じゃ、あのスピードは出せないね。」
「小型のエンジン、もしくは相当に訓練された奴みたいだね。スピードスケートの経験があるのかも。」
 フィルムを何度も巻き戻し、エイリアンの足元を確認しながらマードック。
「まあ、速いと言っても車には勝てないからな。どこか細い路地に追い込んで、出口を塞いでしまえば、さして苦労もなく捕獲はできるだろう。」


〈Aチームの音楽、始まる。〉
 地図を片手に、町内のビルの屋上に監視カメラを取りつけて回るフェイスマン。モニターを何台も台に乗せ、配線作業を執り行うコング。その後ろで、黄色い安全ヘルメットに肘当て・膝当ての完全防備でローラースケートの練習をするマードック。ボブの店の控室で、3×3に積んだ9台のモニターを眺めつつ葉巻を銜えるハンニバル。
〈Aチームの音楽、終わる。〉


 深夜。9台のモニターを前に、ハンニバルが地図を見ている。
「前回襲われたスーパーが、ここ。その前の理髪店が、ここ。その前が、あそこ。だんだん南下しているな。とすれば、次回の狙い目は、この辺りだ。」
 赤ペンで地図に丸をつけ、モニターへと視線を移す。モニターの横にある無線機では、近隣を流すパトカーからの無線を傍受しているが、警察に動きはないようだ。
「フェイス、変わりはないか?」
 マイクのスイッチを入れ、そう問いかける。
「こっちは変化なし。不良連中もたむろってないし、人っ子一人いない夜だよ。でもって、寒い。」
 スピーカーからフェイスマンの声。フェイスマンは、近隣のビルの屋上から、双眼鏡でご町内の中心部である交差点を見下ろしている。
「ちょっとぐらい我慢しろ。コング、そっちは?」
「今のところ、こっちも変わりねえぜ。」
 いつものバンで街を徐行しつつ応答するコングの横を、マードックがスイ〜と追い越していく。
「モンキーは?」
「あのバカ、練習とか言って、その辺をローラースケートで走り回ってやがる。」
「まあよかろう、引き続き警戒を続けてくれ。」
「ああ。」
 マイクを切り、再びモニターに目をやるハンニバル。
「上手いこと今夜出てくれればいいんだが。年寄りに夜なべはキツいからねえ。」
 ハンニバルの懸念通り、張り込み最初の夜は何事もなく過ぎ、4人はアジトへと朝帰り。朝食もそこそこにベッドに潜り込んだのであった。


 そんなこんなで、昼夜逆転の張り込み生活3日目の深夜3時。モニターを見続ける少々お疲れ気味のハンニバルの視界に、チラリと動く黒い影。
「ん? 来たか!?」
 モニターの右上、ここから2ブロック先の裏道を、すっと横切る黒い姿。続いて、中段モニターを左から右へと滑らかに動いていく。
「来た。」
 ハンニバルが、モニターから目を離さずにマイクのスイッチを上げた。
「フェイス、来たぞ。見えるか?」
「こちら屋上のフェイスです。目下、目視確認中……。あ、いた。エイリアン1匹、4番通りを東に向かって進んでる。ん〜、結構速いよ。」
 ビルの屋上にいるフェイスマンが、双眼鏡を覗きながら答えた。
「よし、コング、4番通りが大通りに繋がる出口に向かってるようだ。先回りして止めろ。」
「了解。車を回すぜ!」
 待機中のコングが、急発進で現場に向かう。
「モンキー、どこにいる? 追いつくか?」
「目的地の1ブロック北にいるよ。俺っちの瞬足なら、すぐ追いつくぜ!」
 マードックがローラースケートで走り出した。もちろん、ヘルメットと肘当て・膝当ては装着済み。ハンニバルは、動き出した部下たちの姿をモニターで確認し、満足げに頷いた。


 ビルの谷間の狭い通りを、エイリアンが滑っていく。前のめりで左右に体を揺らすスケーティングで、悠々と。通りを抜け、東の大通りを突っ切ろうとしたその時。
 キキーッ!
 急ブレーキで横づけされたのは、コング運転のバン。エイリアンは、行く手を阻むバンに気づき、立ち止まった。明らかに戸惑った様子だ。
「いた! エイリアン! いや、ホントにマジでエイリアンじゃん!」
 エイリアンの後方から、ローラースケートで追いついたマードックが叫ぶ。振り返り、挟まれたことを知ったエイリアンは、方向転換し、マードックに向かって突進。一撃のタックルでマードックを吹っ飛ばすと、脇道へと逃げ込んだ。ヘルメット・肘当て・膝当て大活躍。
「畜生、逃がすか!」
 車を飛び降りて、コングが後を追う。体勢を立て直したマードックがそれに続く。入り組んだ路地を何度も曲がりながら逃げるエイリアン。追いかける2人。その2人をあざ笑うかのように、徐々に距離を開くエイリアン。そして、いくつかめの角を曲がった時、2人は突然立ち止まった。なぜなら、袋小路のはずのその道に、エイリアンの姿がなかったからだ。
「コング! モンキー!」
 上空からフェイスマンの声が。見上げると、ビルの屋上から手を振っている。
「そっち側のビル! 非常階段の2階の入口から入ってったよ!」
 コングとマードックは頷き合い、急いで非常階段を上った。


 2階の非常扉を開けて、ビルの中に滑り込む2人。ごく普通の雑居ビルだ。2階は店舗階らしく、通路を挟んだ両側にはブティックや小物屋が並んでいるが、どの店も人影はない。
「こん中のどっかに逃げ込んだとしたら、見つけんのは難しそうだな。」
「通り過ぎただけかもしんないよ。ここ通り過ぎて、階段下りて、1階の正面から逃げたとか。」
「そっちの方がありそうな話だ。」
 2人は足早に1階へと下りた。1階は、飲食店やバーが並んでいる。どの店も、通りに面した方が入口のようで、ビルの中から見ると、小さく店名のプレートをつけた裏口の扉だけが規則正しく並んでいる。
「あ、あの店、何か音がする。」
 と、マードック。
「何? ああ、確かに聞こえるぜ。音楽みてえだな。営業中か。何か見なかったか聞いてみるか。」
 コングは、そう言うと、音のする扉へと歩み寄った。プレートには『KARAOKE BAR OIDEYASU』の文字が。カラオケ屋?
「邪魔するぜ。」
 裏口を開けた途端に、でかい音に耳をやられる2人。店内は、黒を基調としたシックな革張りのソファー席に、カウンターが5席の、こじんまりとしたバー。しかし、大音響で鳴っているのは、ビートの効いたポップチューンだ。見ると、店内に客はおらず、カウンターの向こうでは、この店のママらしき女が1人、テレビ画面を見ながらノリノリで歌っている。画面では、見たこともない少年たちが、ローラースケートを履いて歌い踊っていた。
「ヒュメはFreedom Freedom ざぼん? のよぅおに〜、Freedom Freedom カゼノゥイロウ〜。」
 女は、ツンツンの黒髪パンクヘアーに、黒のタンクトップ、デニムの短パンという格好のナイスバディ。入ってきた2人には見向きもしないで、画面に合わせて声を張り上げている。外国語の歌のようで、意味はさっぱりわからない。
「おい、ちょっと聞きたいことが……。」
「うわっ!?」
 コングの問いかけに、歌っていた女が驚いた表情で振り返り、カラオケを一時停止にした。
「あ、ごめん、気がつかなかった。ヒッカルゥ・ゲンズィー歌ってると、つい没頭しちゃうんだよね。アカサカクン、チョークールだし。て言うか、裏から入ってこないでよ。店の入口は、あっち。」
 そう言って怒った顔で入口を指差す女は、20代半ばくらいか。目の縁を黒く塗りたくった、今風のパンキッシュな化粧、頭には何やら漢字の書かれた銀ラメの鉢巻をしている。
「済まねえな、邪魔してよ。ここは一体、何屋だ?」
「カラオケ屋。お客さんが、お酒を飲んで歌う店。ジャパニーズ・スタイルでね。歌も、日本のアイドルからMTVヒットチャートまで取り揃えてる。で、何か歌ってく?」
「じゃあ、サティスファクションと、マイガール。」
 マードックが、当然のように選曲を述べる。
「オッケー。1曲5ドル。3曲以上だったら1曲3ドルになるけど?」
「えーとね、それじゃあ、あと1曲は……。」
「やめろモンキー、んなことしてる場合じゃねえだろ。」
 コングに叱責され、本題を思い出したマードックが肩を竦めた。
「あんた、ちょっと聞きたいんだが、5分ほど前に、この辺りを何か通らなかったか?」
「何かって?」
「その……エイリアンやら何やらだ。」
「エイリアン? って、体ちっちゃっ、体細っ、頭デカッ! で、黒目がちな、全体的には灰色の? はあ〜? アンタたち、酔っぱらってんの?」
「いや、デカくて、頭が後ろに出っ張ってて、黒くて爬虫類っぽい、シガニーなんちゃらの映画の方のエイリアンの格好をした強盗が、このビルに逃げ込んだのを見た奴がいるんだ。で、何か見てねえかと。」
 コングの問いかけに、女は、うーん、と考え込んだ。
「ずっとカラオケ歌ってたからよくわからないけど、そう言えば、何か裏口から来て、表に抜けてったような気もする。エイリアンかどうかはわかんないけど。」
「やっぱりか! ありがとよ。」
「サンキュー、今度サティスファクション歌いに来るね。」
「よろしくね。」
 2人は、カラオケバーのママに見送られて、通りへと飛び出していった。


 ママは一時停止していたビデオの再生ボタンを押し、再びマイクを手に取る。しかし、歌い出すことはせず、無言でジッと画面を見た後、自分を奮い立たせるかのように、不自然に元気な調子で、こう言った。
「やっぱ、かあくんだよね〜。断トツでスケーティング上手いもん。ま、顔ならアカサカクンだけど。」
 そして、カラオケに次の曲を入れる。
「インワンナイディ、インワンナイディ、サヨウナルァア、Martin Guy ダ・ヨ〜。ナニモワカラナイド、シ。ソンンナヒムォ、ア・ル・ヨォォ。」
 微妙なイントネーションで『ガラスの○代』らしきものを情感たっぷりに歌った後、彼女は静かにマイクを置いた。画面では、ガラスの割れる派手な演奏をバックに、少年たちがくるくると踊り始める。
「もう月末だわ。どうしよう、家賃払えない……。やっぱり、もう一度やるしかないか。」
 彼女は、履いていた黒いローラースケートを脱ぎ、片方ずつカウンターの上に放り投げた。



〜5〜

 翌日。寸でのところでエイリアンを取り逃がしたAチームは、作戦を立て直すべく、ボブの店に集合していた。
「昨夜は残念だったな。もう一歩だったんだが。あのビルの反対側には、カメラを設置していなかった。」
 ハンニバルが残念そうにそう言った。
「しかも、思ったより奴の足が速かったぜ。」
「それと、地の利も向こうにあったしね。見てよ、これ。」
 と、フェイスマンが地図を広げる。
「この赤い線が、昨夜のエイリアンの足取りね。見ての通り、全く無駄なくあのビルに辿り着いて、バーを通り抜けて大通りに出てる。」
「その後の足取りは、さっぱりだったけど。こんなことなら、カラオケ歌っとけばよかったよ。」
 と、マードック。
「仲間がいるのかもしれん。あの風体でいつまでも街にいたら目立って仕方ないだろう。」
「トラックか何かで回収されてるのかも。大通りなら、深夜でも車通りはあるからね。」
「と、いうことは、だ。見つけて捕獲ではなく、おびき寄せて捕獲の方が有効ですな。」
「おびき寄せる? どこに?」
「このビデオ屋にだ。警戒して、しばらくは犯行を控えるかもしれんが、昨夜犯行に失敗して、気持ちが治まっていないかもしれん。だから、またすぐに動く可能性もある。その辺は、ま、賭けだが、やってみるしかあるまい。」


 ハンニバルの考えた作戦は、こう。
1.エイリアンは、深夜営業している店を狙う。
→この界隈の深夜営業店を、一定期間だけ10時前に店じまいさせる。
2.エイリアンは、客が1人も入っていない店を狙って犯行に及ぶ。
→1に同意いただけなかった店舗には、サクラを雇い、一晩中混雑した店内を演出する。
3.ボブの店のみ終夜営業。そして、客ゼロの状態でエイリアンをお待ちする。


〈Aチームの曲、再び。〉
 ボブと連れ立って街の商店を回り、協力を求めるフェイスマン。時給15ドルで集まったサクラ客の皆さんを、ピストン輸送で該当の店へと送り届けるマードック。ボブの店の入口のシャッターに、新しい機械を取りつけるコング。
〈Aチームの曲、終わる。〉


 午前0時過ぎ。
 控室で、じっと時を待つハンニバルとボブ。9台のモニターは、前回とは変わって、店の内部、店の前の道路、それから、店に通じる通りを4ヶ所映している。
 フェイスマンはボブの代わりにレジに立ち、マードックとコングは入口からは死角になる場所に身を隠して入口の方を窺っている。それぞれの胸元にはピンマイク、片耳にはイヤホン。店の照明は、強盗に入りやすいよう薄暗い感じに落として、入口のドアは、開けたまま固定してある。入りやすく逃げやすい、心配りの行き届いた店構え。
「みんな、配置についたか?」
 ハンニバルが、控室からマイクを通して呼びかける。
「ああ、いつでも来い、だ。」
「準備完了。」
「オッケーよ。」
「よし、手順のおさらいだ。あたしがモニターでエイリアンの姿を捉えたら、すぐお前たちに連絡する。」
「で、エイリアンの野郎が店に入ってきたら、俺がシャッターのスイッチを押して、奴を中に閉じ込める。シャッターは2秒以内に閉まる設定にしてあるし、対人の安全装置も切ってあるから、まず逃げられることはねえ。」
「それから、俺とモンキーで奴をホールドアップして、捕獲。」
「ふむ、完璧。いくらエイリアンでも、中は人だ。銃を向けられれば観念するだろう。」
 ハンニバルが、にこやかにそう言った。
「え、銃ですか?」
 横で、銃と聞いたボブが、途端にそわそわし始める。
「あの、構えるだけですよね? 撃たないですよね? エイリアンに傷つけないで、やってもらえますよね?」
「もちろん。我々は無駄な殺生はしない。依頼通り、綺麗なままで着ぐるみを剥いでみせるさ。」
「そ、それならいいんですけど。ホントに、傷だけはどうか……。」


 その体制のまま待つこと2時間。午前2時を過ぎた頃、モニターの隅に、それが現れた。
「来たぞ。」
 モニターを見ながら、ハンニバルがマイクに囁く。
「来ましたね。ホントに、エイリアン……うわぁ、ステキだなあ。」
 ボブが夢見るような表情で言った。
「今、交差点を通過した。確かにこの店に向かっているようだ。みんな、油断するな。」
 店内で待つ3人が入口を凝視する。
「そこの角を曲がった。あと5秒で来るぞ。」
 5、4、3、2、1……。
 店の入口から、エイリアンが1匹、ぬっ、と姿を現した。大きく裂けた口からは、ゲル状のヨダレを垂らし、前のめりに店内を窺う。その姿は、まさに生贄を探すエイリアン。
「今だ!」
 コングはシャッターのスイッチを押した。高速かつ重厚に加工された入口のシャッターが、すごい勢いで、今まさに店に入ろうとしているエイリアンに向かって落下した。そして。
 ガシャン!
 グシャッ。
「……グシャ?」
 モニターを見ていたボブが、不思議そうに呟いた。グシャ? グシャって一体……? ガシャン、は、シャッターが下りた音だよね。てことは、グシャ……?
「エイリアンさんっ!」
 事態を把握し、弾かれたように控室から飛び出すボブ。おい、待て、と言いながらボブを追いかけるハンニバル。
 店内に雪崩れ込んだ2人が見たものは、長い後頭部をシャッターと床の間に挟まれ、倒れた姿勢でもがいているエイリアンの姿だった。エイリアンご自慢のはずの頭の出っ張りは、中央の辺りでべっこり潰れて、もう取れそう。て言うか、ほぼ取れてる。
「コング、これは一体?」
「悪ぃ、ハンニバル。シャッター下ろすタイミングが早すぎたぜ。」
「そのようだな。」
「あの人、頭、大丈夫かな?」
「心配すんな。形状からして、あの出っ張りの中に人間はいねえ。」
「そりゃそうだね。」
 事態を意外と冷静に見つめるAチーム。
「エイリアンさんっ! 大丈夫ですかっ!」
 そんなAチームとは対照的に、必死でエイリアンを助け起こそうとするボブ。そして、ボブがエイリアンを助けようと揺さぶれば揺さぶるほど、頭の出っ張りの破損は進んでいく。
「コング、見てられん。シャッター、ちょっと上げてやれ。」
「いや、上がる機能、切ってある。済まねえな。」
「上げる機能切っちゃって、どうやって帰るつもりだったの、コングちゃん。」
「閉じ込める方に頭が行ってて、そこまで考えてなかったぜ。」
「でもさ、エイリアンに思いっきり傷つけちゃったけど……ボブ、お金払ってくれるかな?」
 フェイスマンの心配は、核心を突いていた。
「ま、仕方なかろう。」
 そしてハンニバルは既に諦めモードである。


「ああ、もう、離せってんだ、何だよこれっ!」
 ボブに掴まれてもがいていたエイリアンが突然叫んだ。
「え、女? 女の声だったよね?」
 途端にエイリアンに駆け寄るフェイスマン。エイリアンは、首から上の被り物をすっぽりと脱ぎ捨て、素顔を露わにした。短髪、パンクメイクの若い女が、不貞腐れた顔で現れた。
「あ、カラオケバーの人。」
 女の顔を見てマードックが言った。
「マジか。あんた、あの時のカラオケバーの店員か。」
「そう、あたしが、カラオケバー『OIDEYASU』のママ。でもって、エイリアン。何か文句ある?」
 コングとマードックの言葉に、女が、フフン、と笑った。
「てことは、あん時は、大通りに逃げたんじゃなかったのか。」
「逃げてないわ。店に帰ってスーツ脱いだだけ。」
「いやあ、歌ってるところが、あんまりにも変な奴だったんで、まさかあんたがエイリアンとは思わなかったぜ。」
 あんまりにも変なマードックにそう言われるのも、複雑なものがあろう。


 15分後、エイリアンスーツを脱がされ、手錠をかけられたカラオケバーのママは、観念して事情を語り始めた。
「前の3件のエイリアン事件も、お前の仕業か。」
「そう。資金繰りが上手く行かなくて、このままじゃ店も閉めなきゃいけなくなりそうだったんで。ちょっと借りようと思って。」
「ちょっと借りよう、じゃねえだろ、強盗しておいて。」
「え、強盗? 待ってよ。何よ、強盗って。あたし、強盗なんかしてないわよ。」
「強盗してないだと? 深夜の商店を襲って、金を奪ったじゃないか。」
「お金は、貰ったんだよ。あたし、無理強いなんかしてないもん。その証拠に、武器なんか1つも持ってないよ? ちゃんと探してみなさいよ、その着ぐるみの中。」
 女がそう言って、抜け殻となったエイリアンスーツを顎でしゃくる。コングがスーツを手に取り、パンパンしたり裏返したりして、首を振った。その拍子に、エイリアンの口の中の口がポロリと取れた。
「どこにもねえな、武器は。」
「武器を持たずに強盗だと?」
「だから強盗じゃないって。ただ、エイリアンの格好して、お金ちょうだい? って言っただけ。そしたら、くれたのよ、みんな。好きなんだね、エイリアン。」
 好きとか嫌いの問題だろうか。
「そんな格好で現れたら、危害を加えられると思うのが通常の反応だ。それに、入院した人もいるんだ。十分、強盗だと思うがね。」
「入院? やだそれマジ? そりゃごめんなさいだわ、マジで(笑)。」
 ごめんなさい、と言いつつ、悪びれた様子のない女に、ハンニバルが説教モードに入りかけたその時、パンパン、とボブが拍手で注目を集める。
「ええと、皆さん、そろそろ本題に!」
「……ああ、そうだったな。」
 依頼内容を思い出したハンニバルが口を開こうとしたのに、被せてボブが話し始める。
「売って下さい! そのエイリアン、僕に! ええと、お名前は……。」
「アリーよ。」
 ボブは、まるでプロポーズのように跪き、アリーへと手を差し伸べた。
「アリー、お願いします。一目惚れなんです。そんなに美しい造形のエイリアンの着ぐるみ、初めて見たんです。一体あなたは、どこでそんな美しいものを?」
「……何、こいつ、キチガイ?」
 女、アリーが、救いを求めるようにハンニバルを見た。
「いや、ただのオタクだ。ま、話を聞いてやれ。」
「これはさ、店のお客さんだった日本人が、会社のヨキョウ? セッタイ? ってやつのために作ったんだって。日本人、飲み会には命懸けてるから。で、日本に帰る時に、もういらないからあげる、って。」
「オーウ、ジャパニーズ……すごいです。日本の造形師、僕、尊敬します。」
「で、売るのはいいんだけどさ、その代わり、その、あたしが強盗? みたいになってんの、ナシにしてくんない?」
「それはちょっと虫がよすぎや……。」
「ナシにしますっ!」
 フェイスマンの話を遮って、ボブが先を続ける。
「前の3件の被害額も、僕が責任持ってみんなに返します。だから、そのエイリアン、いくらで売ってくれますか?」
「そうね……。」
 アリーは、不意に現れた金ヅルに、思案する。5000ドル? いや、この際、吹っかけてもいいんじゃない?
「1万ドルは?」
「はい、オッケー、わかりました。その10倍、10万ドル払います!」
「え? あの、そんなに? 10万ドル? この、頭潰れた中古のウレタンが?」
「売ってくれますか?」
「お、おお。」
「本当に?」
「本当に、て言うか、むしろ、買って下さい! お願いします!」
 差し出されたボブの手を取るアリー。
「やったあ!! ブラボー!」
 手を取り合って喜ぶボブとアリー。Aチームの4人は、蚊帳の外状態で、その状況を見守った。
「コング?」
「ん?」
「シャッター開けてくれないか? 用事は終わったみたいだが、このままじゃ帰れない。」
「お、おう。」
 15分後、電ノコでシャッターに穴を開けて脱出したAチームは、夜明け前の町を帰途に就いた。



 後日、クリスマスも近いある日、クリスマスの飾りつけ中のAチームに、ボブからの小切手が届いた。
 エイリアンの壊れた被り物1体に10万ドルをポンと出すボブの財力を知り、大きな期待を持って封を開けたフェイスマンであったが、同封された明細には以下の記載が。
『報酬;10万ドル、依頼品破損による損害控除;9万ドル、シャッター破損による損害控除;5000ドル、支払額;5000ドル。以上です。ありがとう、またよろしくお願いします。ボブ』
 フェイスマンは、溜息をつくと、ツリーの飾りつけに戻ったのであった。
【おしまい】
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