Wake me up before Friday 13th (邦題;ジェイソンのウキウキ金曜日)
フル川 四万
〜1〜

 ここは、ロサンゼルス郊外の小さな自然公園。いつもは静かなこの場所は、今、祭の前の浮き足立った空気に包まれている。公園の中央に位置する広場の真ん中には、大きなステージが建設中。既に骨組みができ上がり、あとはデコレーションと配線関係の工事を残すばかりである。広場の円周には、色とりどりの出店の屋台がズラリと並び、浮かれた男女に地酒やお焼きを売りつけんと準備を進めている。そして、広場の入口には7色に塗られたゲート。そこには『夏のロックンロール・フェスティバル』の文字が。そう、この公園では、今月の13日に、地元では初となる夏フェスが行われるのだ。参加するアーティストは10組。中でも、3月に解散を発表したばかりの人気デュオ、ワム!が参加とあり、5000枚出した前売りチケットは既に完売状態。


「でっかいステージだなあ。」
 建設が進むステージを見上げ、フェルジナンド・フェルナンデス、通称フェル君が感嘆の声を上げた。彼は、地元出身のイベンターで、このフェスの主催者の1人である。去年の夏にNYの大学を卒業したものの就職に失敗。現在は、高齢化&過疎化が進む地元に戻って商店街のPR誌を手伝っている。このイベントは、彼が初めて企画したご町内盛り上げイベントだった。
「フェル、ザ・スプラッターズとデリリウム・ブラザーズの機材が届いたぜ。どこへ運ぶ?」
 真っ赤な髪を逆立てて、鋲つきのタンクトップを着たフェスのスタッフ(バイト)が、主催者フェル君にお伺いに来た。スプラッターズとデリリウムは、昨今売り出し中のデスメタルバンド……らしいのだが、元々音楽に疎いフェル君には何のことだかさっぱりわからない。夏フェスを開催しようと思ったのも、とりあえず若者が集まる場が作れれば地元の活性化に繋がるんじゃないかという安易な発想だし、本人はクラシック以外の音楽は聞かないから、軽音楽のジャンルの違いなんてわからない。結果として、10組中7組がデスメタル or スラッシュメタル、あとワムと、地元のフラダンスチーム(平均年齢70歳)に、ベース漫談のチョッパー青木師匠という、偏りすぎてステージ踏み抜きそうな面子になっているのだが、その事態についても気がついていないフェル君なのであった。しかし、贅沢は言っていられない。今回のフェス、出演者に関しては、ギャラの安さが何より優先なのだから。
 実はこのフェス、お金がないのである。主催者に対して敬語も使わないパンクスをスタッフに雇っている理由も同様。そして、その金欠の理由はただ1つ。あの国民的人気者、ワムの招聘に予算の大半(て言うかほぼ全額)を使ってしまったから。それでも、地元を盛り上げたい! という感心な若者(フェル君)の気持ちに応えてくれた親切な芸能プロダクションの専務さんのおかげで、通常のギャラの40%程度という、持ってけドロボー的格安で売れっ子を呼べたんだから。
 うん、そうだ。と、フェル君は思う。もうすぐ解散するらしいワムを呼べたんだから、他の不具合はよしとすべきだ、と。今のところフェスの準備は順調そのものだし、町内会の爺様たちにも期待されているし。
「だけど……。」
 と、フェル君は肩を落とす。実はそんな彼にも、目下1つだけ大きな心配事があるのだった。フェスを3日後に控えたこの期に及んで、ワムと連絡が取れないのだ。そして、ワムをブッキングしてくれた芸能プロダクションとも。



〜2〜

 ショッピングセンターの駐車場に、今日、新しい屋台がオープンしたらしい。スペース2台分使って横止めした紺色のバンの前には、赤いテントとグリル台。それから、昔懐かしいカキ氷機。車体には、『全米No.1の太さと美味しさ(当社比)! ファビュラス・マッスル・ソーセージ!』の看板。
 グリルの前では、モヒカンでノースリーブの不機嫌そうな黒人が、黙々と太い丸ハム(ソーセージというサイズではない)を焼いている。
「ねぇ、お嬢さん、ソーセージ食べてかない? え? 暑いからイヤ? じゃ、カキ氷はどうよ、カキ氷。今なら練乳かけ放題だよ。……おっ、君、可愛いね!」
 カキ氷機の前では、シェフコート姿の優男が、ニコニコと行き交う女性たちにカキ氷を勧めたり、ひやかしたり、ナンパしたりしている。
 そこに通りかかった1人の若者。しばらく黙ってグリル台を見つめていたが、優男がお客さん(美女)にカキ氷のカップを手渡したのを見届けると、おずおずと声をかけた。
「あの……。」
「おう、何でい。ソーセージ買ってけソーセージ。俺のはロスで一番ぶっといぞ。」
「いや、それ、ハムって言うか……じゃなくて、ソーセージはいいです、あの……。」
「ソーセージじゃねえんなら何が欲しいってんだ、言ってみろ。」
 モヒカン男が、でかいフォークに刺した丸ハムを突き出して威嚇してくる。その勢いに萎縮しながら、青年は勇気を奮い起こしてこう続けた。
「鮎の塩焼きを下さい。」
 モヒカン男の手が止まった。カキ氷を作っていた優男も、驚いたように彼を見つめる。手にしたカップの中に、サクサクの氷が溜まって溢れていく。
「鮎、だとぉ!? てめえ、ふざけてんのか! ここはソーセージの店だぞ!」
「す、済みません、でも、鮎なんです。何でかわかりませんが、この店には鮎の塩焼きがあるって……。」
「なわけねえだろ! 誰がソーセージの屋台で鮎なんか焼いて……。」
「あれ? あるじゃん。」
 モヒカンを遮るように、優男がグリル台の端っこを指差した。釣られてモヒカン男と若者も、優男が指差す先を見る。するとそこには、金串を波打たれ、程よく塩されて、遠火の強火でこんがり焼けている鮎が1匹。
「何ぃ! あるじゃねえか! 俺のグリル台に、鮎の塩焼きが! 何でか知らねえが、おあつらえ向きによ! そうとなりゃ話は早え。」
 モヒカン男が、焼けている鮎を1匹、素早く紙皿に取り、若者に手渡した。
「へいお待ち、ソーセージの油がたっぷり浸み込んだ、ファビュラス・マッスル・ソーセージ特製、鮎の塩焼きだ。お好みなら、蓼酢もあるぜぃ。」
 蓼酢は、あるんだ。
「油ぎってて不味そう……。それで、この鮎、確かに天然物に間違いないんですね?」
 モヒカンから鮎の皿を受け取りながら、若者はそう尋ねた。
「品質は間違いないぞ。」
 そう言いながら、モヒカンと優男の間から、ゆっくりとバンを降りてきた1人の中年男。ほぼ白くなった金髪、血色のよい顔色が白シャツに映えている。ゆったりと葉巻を銜えて笑顔で佇む姿は、一見して何者かわからないが、妙に頼れそうな雰囲気でもある。
「こう見えても、こいつは今朝まで四万十川の清流を泳いでいた天然物だ。」
 呆れるほどの嘘をしゃあしゃあとつく中年男。
「……スミスさん、ですか?」
 青年が、おずおずと尋ねる。
「いかにも。そして君は、フェルジナンド・フェルナンデスだね。」



〜3〜

 場所を移して、ここは解体工事中の高級コンドミニアムの一室。工事中と言っても、足場組んでシートで覆ってあるだけで、工事自体はまだ始まっていない。て言うか、昨今の不況から、工事自体が頓挫している状態。というわけで、Aチームの恰好の隠れ家になっています。
「それで、ワム!をフェスに呼ぶってのは、そもそも誰の発案?」
 フェル君のリクエストで紅茶を煎れたフェイスマンが、テーブルにカップを配膳しながら訊いた。カップはジノリのフルーツ。もちろん、どこからかいただいてきたもの。
「誰のって言うか……フェスをやるってなって、チラシとか作りまして、出演バンドを募集したんです。そしたら、とある芸能プロダクションの人から電話があって。ワムのジョージ何とかって人が、フェスの趣旨に賛同して、是非出演したいと言ってる、って。」
「ほう、このフェスの趣旨とは?」
「町興しです。うちの町、平均年齢が50歳超、高齢化&過疎化でピンチなんで、少しでも若い人に来てもらいたくて。」
「ジョージ・マイケルが賛同するほどの趣旨じゃねえ気がするぜ。奴が、その町の出身でもねえ限りはな。」
「違うよね、確か。ワム!はイギリス人じゃなかったっけ。」
「ジョージとマイケルがどこ出身かは、ちょっと気になったんですけど、まあ、どこの町でも、高齢化と過疎化は大きな問題ですからね。」
 フェル君はそう言うと、俯いて紅茶を啜る。ジョージとマイケル?
「それで?」
「最初は、こんな小さなフェスにワムが来てくれるなんてあり得ない、騙されかけてるんじゃないかと半信半疑だったんですけど、調べたら、ハリウッドにあるちゃんとしたプロダクションだったし、お話をいただいたのが専務さんで、契約書も交わしたので大丈夫だと思って、ワムのギャラも前金で全額払いました。でも……本番3日前の昨日になっても連絡なくて……。聞いていた電話番号に電話したら、この番号は現在使われておりません、って。」
 肩を落とすフェル君に、やれやれ、と頭を振るコング。
「そいつは典型的な詐欺だろ。今時のワム!なんざ、田舎町のイベントなんかに呼べるわけがねえ。お前、よく疑わなかったな。」
「騙されたんだね。警察行きなよ。」
 身も蓋もない表現のフェイスマン。
「そうでしょうか、やっぱり。」
 フェル君は、みんなの歯に衣着せぬご意見に、がっくりと肩を落とした。
「それで、何で警察に行かない?」
「……お恥ずかしい話ですが、ワムに払ったギャラで、前売りチケット代金、全部使ってしまって……。このことが町内会にバレたら、仕事クビになっちゃうし、そもそも開催費は、町内会のお年寄りたちのなけなしの貯金から出ているんだし、何とか大ごとにしないでお金を取り戻せないかと思って……。それで、過疎化の取材に来てた記者の人が、Aチームを知ってるって言うから。」
「ターニャか。それで俺たちに振ってきたってことか。」
「ああ、昨日連絡があったんだ。ターニャの頼みなら聞くしかあるまい。前回の“ラドン温泉からレアアース(偽)”の件でも、随分借りを作ってしまったしな。」
「ちょっと待ってよ。ターニャの頼みを聞くのはいいけどさ、君、俺たちの報酬が払えんの? ワム!のギャラでお金なくなっちゃったんでしょ?」
「……もし詐欺で、お金を取り戻せたら、その中からお支払いします。……12万ドル払ってるんで、返ってくれば、フェスはかなりの黒字になるはずだし。詐欺じゃなくて、ワムが出演してくれたら、町内会に事情を話して、町内会費から謝礼はいたします。」
 12万ドル……フェイスマンの脳内で計算機がカタカタと音を立てる。報酬1割としても1.2万ドル。相手は武器も何も持ってない芸能プロダクションのはずだから、経費もかからない(はず)。ちょろい仕事かも。場末のフェスに、ワム!なんて出るわけないし。
「だがよ、フェイス、その金はワム!目当ての客が払ったチケット代だろ? ワム!が出演しねえんなら返すのが筋じゃねえのか?」
「コ〜ング、これはワム!のコンサートじゃなくてフェス全部の入場料だろ? 他のアーティストを見られたなら、全額返金する必要はないはずだよ。出演者の割合で返せばいいんじゃない? 例えば10組出るなら、1組減って9組だから、返金は1割でいいでしょ。」
 と、フェイスマン。他が、デス&スラッシュメタルとフラと漫談でも?
「……やっぱりワムは出てくれないんでしょうか。僕、騙されてるんでしょうか。」
 まだ諦めきれていないフェル君である。
「とにかく、契約書があるのに連絡が取れないのはおかしいだろ。そのプロダクションは実在しているのか?」
「はい。有名な事務所で、会社四季報にも載ってます。それで、四季報に載ってた番号に電話してみたんです。そしたら、契約書にサインした名前の専務は実在するが、そもそも音楽じゃなくて俳優のプロダクションだから、ワムの斡旋なんかするわけがない、うちには関係ない、きっと下手な詐欺にでも騙されたんだろう、と、けんもほろろでガチャ切りされて、それっきり電話しても取り次いでもらえなくなりました。」
「ふむ、会社と専務の名前を騙られたのかもな。しかし、取っかかりとしては、その会社に事情を聴くしかあるまい。」



〜4〜

 ところ変わって、ここは退役軍人精神病院。今日は、月に1度の映画鑑賞会の日。今日の演目は、『13日の金曜日』、『13日の金曜日パート2』、『同パート3』、それも休みなく連続で上映中。
 カーテンを閉め切った集会室、患者さんたちと看護婦さんは、きっちりと並べられたパイプ椅子に座り、ホッケーマスクのジェイソン・ボーヒーズによる理不尽な殺人ショーに見入っている。
「来るぞ、来るぞ……。」
 映画も佳境となり、マードックはそう呟いて、隣の奴の肘を突いた。膝の上にはポップコーン、スクリーンではジェイソンに怯える若者たちが夜の湖を逃げ惑っている。そこへ、湖から、ザバァン、と登場する殺人鬼。
「来る来る来る……はい、キターッ! よっ、ジェイソン、日本一!」
 ジェイソンの登場に、手を叩いて喜ぶマードック。食べかけのポップコーンが飛び散る。隣のおっさんは、本気で怖がっているのか、両手で目を覆ったまま動かない。その横の青年は、胸で十字を切ってガタガタと震えている。見れば、映画鑑賞に浮かれているのはマードックだけで、看護婦さんを含めた他の皆さんは、本気でジェイソンを怖がっているご様子。確かに、リアル戦場を体験して心を病んだ皆様の心の状態には、作り物とは言え、登場人物全員死亡系のスプラッター映画はキツイものがあるのかもしれない。そんな中、画面では、次々と浮かれた若者がジェイソンの鉈で惨殺されていく。そんな惨殺シーンの連続をポップコーン食いながら眺めていたマードックは、ふと明るい表情になり、ああ、と頷いた。
「ジェイソンって……そうなんだっけ。オイラ、思い違いしてたかも……。」
 意味不明な納得をしつつ、さらにポップコーンを一掴み口に放り込んだ。


 ガッシャーン!
 突然、室内に響くガラス音。厚いカーテンの下から、窓を割った拳大の石が1個、ゴロリと広間に転げ出た。注目する一同。そして、遮光カーテンが、シャッ! と引き開けられ、眩しく差し込む外の光をバックに、そいつは現れた。手袋をした両手で窓枠をガッと掴み、乗り上がってくる男。その頭部には、薄汚れたホッケーマスクが装着されており、着衣はボロボロの革ジャンパー。その姿は、まさしく、今、スクリーン上で活躍中の彼なのであった。
「うわっ!」
「きゃあっ!」
「ジェイソンだ! ジェイソンが現われたぞ!」
「馬鹿な、今日は12日(木)なのに!」
 どよめく&叫ぶ一同。次々に椅子から立ち上がり、転げるように出口へと走っていく。ホッケーマスクの男(割とヒョロい)は、ゆっくりと窓枠を乗り越え、室内に下り立った。手には、銀色に光るチェーンソウが。出口付近は、もはやパニックの様相。患者も看護婦も、押すな押すなで大変な騒ぎ。
 そんな中、マードックはポップコーンの箱を丁寧に椅子に置いて立ち上がると、ゆっくりとチェーンソウ男へと近づいていった。
「あのね、それ、違うから。」
 マードックは、男に向かってそう言った。
「違……う?」
 マスクの男が小首を傾げて呻く。
「うん、違う。実はオイラも思い違いしてたんだけどさ、ジェイソンってチェーンソウじゃねえんだよ。」
「あれ、違った? せっかく調達したのに?」
 フェイスマンが、ちゃらっとマスクとキャラを脱ぎ捨てる。
「うん、基本、斧とか鉈。文明の利器、なし。」
「うーん、そうだっけ、何かチェーンソウ振り回してるイメージだったんだけど。じゃあチェーンソウは誰?」
「誰だっけ……あ、あれだ、悪魔のいけにえ?」
「そうか! ブギーマンと混じったのか!」
 膝を打つフェイスマン。そう言っているうちに、患者たちは逃げ去り、病院に響く非常ベルの音。
「やべ、警備員来る。モンキー、急げ。」
「よっしゃ。」
 2人は窓から飛び出していった。



〜5〜

 ハリウッドの中心部にある瀟洒なオフィスビルの横に、急停車で横づけするいつものバン。颯爽と降りてきたのは、ダークスーツ姿のハンニバルとフェイスマンに、何となく警官っぽい制服姿のマードックとコング。と、スーツ姿が七五三のようなフェル君。目指すは、ワム!をブッキングした(はず)の芸能プロダクション、クリエイティブ・タレント・エージェンシーだ。その会社は、オフィスビルの最上階に本社を構えていた。エレベーターを颯爽と降りる5人。彼らに気づいて顔を上げたブロンドの受付嬢に向かい、フェイスマンがにこやかに会釈する。
「おはよう、今日も綺麗だね。」
「ありがとう、どこかでお会いしたかしら?」
「ううん、初対面。だけど、今日が美人ってことは、昨日も一昨日も美人だったんだろ?」
「まあ、お上手ね。」
 フェイスマンのおべんちゃらに、受付嬢のガードが緩む。
「それで、今日は、どんなご用?」
「ええと、ブキャナン専務に会いたいんだけど、いるかな?」
「ええ、いらっしゃいますよ? お約束は?」
「ゴメン、実はアポなしなんだ。」
 フェイスマンの言葉に、受付嬢の表情が変わった。
「では、お通しできません。アポイントを取って出直して下さい。」
「あら?」
 急にプロ意識を取り戻した受付嬢に面食らうフェイスマンを制して、今度はハンニバルがズズイと進み出た。
「ザック・ブキャナン専務を呼んでもらおうか。」
「失礼ですが、お約束は?」
「ないなあ。」
「では、お通しできません。そちらの方にも申し上げた通り、アポ取っていただかないと。」
「実は、ブキャナン氏に詐欺の嫌疑がかかっていてね、事情聴取に来たんだ。俺たちは、こういう者だ。」
 内ポケットから手帳をチラッと見せてすぐしまうハンニバル。受付嬢は、少々お待ち下さい、と電話を取り、内線を回した。しばらく電話口でのやり取りがあった後、受付嬢がにこやかに言った。
「お通ししてよいそうです。どうぞ。」
「ありがとう。」


 ブキャナン専務の部屋は、ガラス張りの壁で廊下と隔てられていた。室内は、シックなイタリア・モダンで纏められた、いかにもセレブな雰囲気の部屋。Aチーム一行の姿が目に入ると、ブキャナン氏は自らドアを開けて一行を迎え入れた。
「やあ、失礼するよ。」
「どうも、ええと。」
「スミス警部だ。」
「警部、びっくりしましたよ。私に詐欺の容疑がかかっているとか。」
 ハンニバルに握手を求めるブキャナン。真っ赤なポロシャツの肩に水色のカーディガンを引っかけ、日焼けした肌にロン毛という、いかにも業界人らしい小男だ。
「済まんね。まさか、こちらのような大きな会社でそんなことは起こらないと思うんだが、訴えがあったもんでね。職業上、調べねばならん。協力してくれるね?」
「もちろんです。そもそも詐欺なんて働いていません。一体どうしてそんな噂が?」
「しかし、こちらのフェルナンデス氏が、あんたとの契約書を持っている。あんたが夏フェスにワム!をブッキングした契約書だ。それと、ギャラの領収書も。」
「ワム!? そう言えば最近、そんな電話があった気がしますが、うちは俳優のキャスティングを請け負うプロダクションで、音楽は専門外です。」
 困惑した様子のブキャナン。
「フェル、契約書を。」
「はい。」
 フェイスマンに促されて、フェル君が契約書を取り出した。
「……て言うか、もう人が違うんですけど……。」
 半ベソかきながらフェル君がハンニバルの袖を引っ張る。
「僕の会ったブキャナン専務って、この人じゃない(泣)。」
「まあ、そうだろうな。ブキャナンさん、これが契約書だ。念のために訊くが、これにサインしたのは、あんたじゃないね?」
 ブキャナンは、ハンニバルから契約書を受け取り、まじまじと見た。
「確かにザック・ブキャナンは私だが、サインが違う。見てくれ。」
 デスクに戻り、書類の山を掻き分け、契約書を1枚抜き取って差し出した。
「これが私のサイン。この契約書のサインとは似ても似つかないだろう? それに、この日付の頃は休暇を取ってパリにいたんで、そもそもサインできるはずがない。」
 みんなでブキャナンの差し出した別の契約書を回し読む。
「うん、確かに字が違うし、タイプライターの機種も違うね。紙は一緒だけど。」
 2枚の契約書を見比べてフェイスマン。
「確かに、これは、わが社の社用箋。透かしが入っているから偽造は難しいと思う。だが、この社用箋自体は、この部屋にも沢山置いてあるし、文具置き場にもあるから、社内に入れる立場なら、持ち出すことは可能だ。」
「ということは、この紙を入手した誰かが、あんたを騙って詐欺を働いた、ってことか。」
「会社の関係者かもしれねえな。」
「わが社に、そんな社員がいるとは考えたくないんだが。フェルナンデスさん、偽の私というのは、どんな奴だった?」
「ええと、いかにも業界人っぽい感じで、そう、あなたと同じような格好。素足にローファー履いてました。」
 何気に失礼な言い回しのフェル君。
「素足にローファー? ははは、馬鹿な。」
 と、ブキャナン。
「ローファーに靴下履く奴なんていないだろ。で、肝心の顔は?」
「顔……若そうなのに頭髪は薄くて、出っ歯で、猫背。それから、手首にドクロの入れ墨があったかも。」
「そっち先に言え。特徴だらけじゃねえか。」
 と、コング。フェル君は、済みません、と肩を竦めた。
「ブキャナンさん、心当たりは。」
 ブキャナンは考え込んだ。
「……ない。わが社は倫理には厳しいんだ。墨の入った奴は採用していない。」
 と、そこに、ノックの音。ブキャナンが顔を上げた。そこには、赤とグレーのツナギを着た青年が、封筒の束を抱えて立っていた。
「今日の郵便をお届けに来ました。」
「ああ、ありがとう、そこに置いておいてくれ。……そうか!」
 ブキャナンが急に叫んだ。
「思い出したぞ、手首にドクロの入れ墨の猫背。確か、派遣のメールボーイで、そんな奴がいた! 君、知らないか? 出っ歯で猫背の、いただろう。」
「出っ歯? ああ、ベンですね。」
「そうだ、ベンだ。彼は今どこにいるんだ?」
「先週辞めちゃいましたけど……何だが急に羽振りがよくなって。」
「ビンゴじゃねえかよ。で、そのベンって奴は今どこにいるか聞いてねえのか?」
「さあ。そう言えば、地元のサンタマリアに帰って、しばらくゆっくりするって話はしてました。」



〜6〜

 海沿いの道をひた走る1台のバン。Aチームの4人は、ワム!招聘詐欺の容疑者ベンを捕獲すべく、サンタマリアの彼の実家へと急いでいた。因みに、フェル君は、明日がフェスの本番なので、準備に戻りました。
 サンタマリアはロサンゼルスから約3時間、目的の住宅街に到着した頃には、すっかり日が暮れてしまっていた。
「フェイス、ベンの実家ってのは、この辺りなの?」
 と、マードック。ホッケーマスクを着用し、プチ殺人鬼気分の彼氏である。因みに、コングとマードックは警官もどきの格好のままである。
「うん、緊急連絡先の住所から辿ると、この辺。」
「緊急連絡先だと? どうやってそんなもん手に入れたんだ?」
「派遣会社に勤めてるガールフレンドに、ディナー奢る約束して、ベンの個人情報教えてもらった。……まあ、高くついたけどね。あ、あそこだ。」
 指差す先は、何軒も並んだ建売住宅のうちの1軒。
「よし、モンキー、様子を見てこい。そのマスクは外しておけよ。」
「オッケー。」
 マードックはマスクを後頭部に回すと、ベンの実家へ走っていき、そしてすぐ戻ってきた。
「ベン、留守だった。お母さんが出て、友達とカチューカ湖にキャンプに行ってるってさ。」
「カチューカ湖ってどこ?」
「バス釣りのメッカだな。ここから1時間くらいじゃねえか?」
「よし、行こう。」
 というわけで、再度車を走らせてカチューカ湖畔のキャンプ場へ。


 カチューカ湖畔のキャンプ場は、夏休み前の半端な時期のためか、客もまばらだ。そんな中で、一際騒がしい若者の集団を発見。男女3人が、テントを張り、焚火を囲んで酒を飲んで騒いでいる。Aチームの4人は、そっと車を降り、トイレ兼水場の建物の陰から彼らを観察した。
「あれがベンか?」
「ちょっと待って、これで見てみる。」
 フェイスマンは、赤外線スコープを取り出した。
「えーっと、あ、あったわ。右腕にドクロの入れ墨。あの赤いキャップにBボーイ風のTシャツの奴がベンだ。」


ベン『いやあ、ほんっとに上手く行くとは思わなかったぜ。』
女子『すごいわ、ベン。12万ドルなんて現金、見たことない。』
男子『ああ、銀行強盗でもそんなに上手く行かないぜ。』
女子『一体どうやって、あのお坊ちゃんを騙したのよ?』
ベン『騙したなんて人聞きが悪い。あの坊やが金を使いたがってたから、俺が使ってやろうと思っただけさ。』
女子『やあね、ベンったら悪人!』
ベン『よせやい。』
男子『ははははは。』
みんな『あっはっはっはっは。』


「……だって。」
 と、フェイスマン。因みに、上記のセリフは、フェイスマンが読唇術で解読したベンたちの会話である。合っているかどうかは定かでない。
「がっちり犯人だな。」
「こりゃ、とっちめないと。」
「どうするハンニバル? 乗り込むか?」
「まあ待て。もうすぐ真夜中だ。」
 ハンニバルが腕時計を見た。
「日付が変われば、13日の金曜日。ふさわしい趣向で、反省してもらおうじゃないですか。」


〈Aチームの音楽、かかる。〉
 車に戻り、荷室から段ボール箱を取り出す4人。中身は変装用の衣装。1人ずつ服を選び、着替えタイム。
 着ていた服を脱ぎ捨て、衣装を身に着ける。そして、思い思いの武器を手に取り、マスクを被る。
 結果として……
 フェイスマン=カーキ色のツナギ+ホッケーマスク+チェーンソウ。一番正しそうだが、実は間違っている。
 コング=普段の服装+ホッケーマスク+極太ソーセージ。正しくないが、迫力はある。
 マードック=カーキのツナギを裂いて、ノースリーブ、ノーズボンにしたもの+女王様のバタフライマスク+斧。おまけに、赤い口紅をべったりと。武器だけ正解だが、あとほぼ変態。
 まだ着替え中のハンニバルは、背中のジッパーが上がらず、フェイスマンに頼む。真剣にハンニバルの背中のジッパーを上げるジェイソン姿のフェイスマン。以上。
〈Aチームの音楽、終わる。〉


「ふう、暑くなっちゃった。ちょっとバスルーム行ってくるわね。」
 ベンの友人女子エミリーが輪を離れ、トイレのある建物へとやって来た。個室で用を済ませ、さて、手を洗って戻りましょうか、と、洗面所の鏡を見た彼女は、次の瞬間、ヒッ! と声を上げて固まった。鏡の中、彼女の後ろに映っていたのは、チェーンソウを構えたマスクの男。
「……ジェイソン?! 嘘でしょう?」
 彼女が叫ぶのと、ジェイソンが彼女の首筋にいつもの注射器をぶっ刺すのがほぼ同時。気を失って倒れる彼女を、ジェイソンが優しく受け止め……用具入れに突っ込んでドアを閉めた。


「何か、今、エミリーの声しなかったか?」
 と、友人男子アレックス。
「ああ? 何も聞こえなかったぜ?」
「気のせいかな……。俺、トイレついでにちょっと見てくるわ。」
 アレックスもトイレ方向へと小走りで去っていった。


 アレックスは早足で男子トイレに直行、速攻で用を足して出ようとしたところ、急にトイレの裸電球が点滅を始め、程なく真っ暗に。
「停電かよ! とっととエミリー探して戻るか。」
 手も洗わず入口の方へ向かうアレックス。と、そこには、月明かりを背に入口を塞いで佇むゴツいシルエットが。
「誰だ? ベン? 邪魔だぞ、そんなとこに。」
 アレックスが人影の横をすり抜けようと身を屈めた瞬間、消えていた電気が復活。見上げるアレックス。その視界に映ったのは、ホッケーマスクのモヒカン。
「ジ、ジェイソン?!」
 そして、ボロボロの革手袋の手が、彼の肩をがっしり掴んだ。
「ひい、助けて、殺される!」
 その手を振りほどいて逃げようとしたアレックスの後頭部に、無情にも極太ハムが振り下ろされた。モヒカンのジェイソンは、気を失った彼をズルズルと引き摺り……用具入れに突っ込んでドアを閉めて鍵をかけた。


 15分後。消えかかかった焚火の脇に1人残されたベンはと言えば、少々心細くなってくる頃合い。何せ人気のないキャンプ場である。3人でも少々寂しかったくらい。
「アレックスとエミリー、何やってんだよ。まさか2人でどっかにシケ込んでるんじゃないだろうな。……ケッ、そう言や最近エミリーの奴、妙にアレックスに引っついてやがったよな。畜生、そういうことかよ。それなら、俺にも考えがあるぞ、もう以前の俺じゃないんだ、エミリーなんか捨てて、デルモ級のナオンちゃんを……。」
 情けない独り言を呟くベンの背後に、草を踏む足音が。ほっとして振り返るベン。
「おい、遅かったじゃねえか、トイレに何分かかって……。」
 しかし、ベンの目の前に仁王立ちしていたのは、エミリーでもアレックスでもなく。
「……ジェイソン……?」
 ジェイソンはベンの言葉に満足そうに頷くと、チェーンソウのスイッチを入れた。ギュゥゥゥン! と唸り出す伐採機。
「ひっ、た、助けて!」
 慌てて立ち上がり、逃げ出すベン。混乱した頭のまま、夜の森の中を闇雲に走って逃げる。しかし、その彼を悠々と追ってくるジェイソン。
「くそ、どこまで追ってくるんだ、あいつ!」
 すると、逃げるベンの前方に人影が。
「人だ、助かった! おい、助けてくれ、ジェイソンが、信じられないかもしんねえけど、本当に出たんだジェイ……。」
「そうだな、ジェイソンは本当にいるんだぜ。知らなかったのか?」
 そう言って振り向いたのは、またしてもジェイソン……的なモヒカン。
「うわあ、ジェイ……ソン?」
 頭にハテナを浮かべつつ、とりあえず踵を返し、方向を変えて逃げようとするベンの側頭部を、振り下ろされた極太ハムが掠めて、肩にぶち当たった。
「ひいっ!」
 もんどり打って倒れるベン。
「何だよ、何で殴りやがった!? 肩が、肩が抜けちまったぜ。ハム!?」
 それでも、ジェイソン(モヒカン)が2撃目を振り下ろすのをすんでのところで避けて立ち上がり、ブラブラした左腕を庇いながら再び逃げ出すベン。その後ろから、ジェイソン(普通)も合流し、2人になったジェイソンが足並み揃えて淡々と追ってくる。そして、いつしかベンの目の前にはカチューカ湖が広がっていた。
「そうだ、ボートがあるぞ!」
 ベンは桟橋に駆け上り、繋いであった手漕ぎボートのロープを外して飛び乗った。桟橋を押して舟を出し、オールで漕ぎ出そうとしたその時。
 ザバーン!
 大飛沫が上がり、水面から飛び出したのは、頭に藻クズをへばりつけ、SMの女王様のマスク(真紅の羽根つき)を着用した、化粧の濃いオカマ。下半身は、海パン一丁にコンバース。そして、片手には、斧!
「ひいっ! またジェイソン……じゃねえ! だけど、何だかわからねえが、コイツが一番怖え!」
 ベンは、変態を振り払って湖に飛び込んだ。ベンに当たらぬよう、ガツン、と優しく舟縁に振り下ろされる斧。そしてベンは、驚くほどの速さで湖を泳ぎ、遠ざかっていった。


「上手く行ったね。」
 陸に上がって、耳に入った水をトントンしながらマードック。
「ああ、そうだな。」
 と、ジェイソン(普通)。
「あとはハンニバルに任せようぜ。」
 これはジェイソン(モヒカン)。
「ところでモンキー、その格好は何でえ。13日の金曜日と関係ねえじゃねえか。」
「これ? これはね、ジェイソンのママを俺的に解釈し直したんだ。」
「ジェイソンのママだと? 馬鹿か、てめえは!」
「ほら、パート1の犯人は、結局ママだったじゃん?」
「……いやでも、Friday 13thシリーズのモチーフが、それになんなくてよかったと思うよ。嫌じゃん、変態に殺されんの。」
 なぜか殺される方に感情移入するフェイスマンであった。


 一方、湖に飛び込んだベン、痛む肩を庇って、犬掻きで、うんしょ、うんしょと泳ぎながら、上陸できる場所を探して目を凝らす。ジェイソンたちに見つからず、逃げやすい場所……。すると、少し先の岸に、灯りがあるのを発見。近づいてみると、どうやら焚火のようだ。しかも、人間がいる。またしてもジェイソン? と一瞬身構えたが、後ろ姿からすると、女性のようだ。
「よし、あそこに上がろう。」
 ベンは、犬掻きの手を速め、岸に上陸した。焚火の周りには、鮎が串打たれて並び、こんがり焼けている。そして、横に置かれたどでかいラジカセ(ドデカフォーン)からは、メランコリックなメロディーが。ワム!の『Careless Whisper』のメロディだが、歌は外国語のようだ(歌唱;郷ひろみ)。
 女性は、昔、ベンのお祖母ちゃんが着ていたような、小花柄のワンピースにほっかむり姿。この手の老人は、ウザくはあれど、大した害はない。大方、近所の人で、孫のために川魚でも獲っていたんだろう。ベンは、ほっとして老婆に近づいた。
「助けてくれ、追われてるんだ。」
「あらまあ、追われてるって、誰にだい?」
 後ろ姿の老婆が、しわがれた声でそう問うた。見れば、手には包丁。その場で魚の内臓を抉り出している。
「殺人鬼だ。ジェイソンと、ジェイソンっぽい奴と、変態。変なマスクつけやがった、イカれた野郎どもが追いかけてくるんだ。」
「嫌だねえ、マスクなんて。こんな場所でマスクなんて、しますかねえ?」
「おかしいだろ、でも本当なんだ。」
 老婆が、クックックッ、と笑い始めた。大きな背中が小刻みに震えている。
「何がおかしい!」
 ベンは、脳裏を掠めた嫌な予感を振り払うように、語気を強めた。
「もしかして、そのマスクって……こ・ん・な・か・お・かい?」
 そう言って、振り向いた彼女の顔に、ぴったり張りつくホッケーマスク。
「う、うわあっ!」
 腰を抜かすベン。立ち上がろうとするが、泥に足を取られて転倒。そこに、ゆっくり立ち上がった老婆が、包丁を構えて近づいてくる。そして……ベンは気を失った。



〜7〜

 さて、夜が明けて13日の朝。夏フェスの会場である。昨夜は、気がついたベンを締め上げ、何とかフェル君から騙し取った12万ドルの大半を取り戻すことができたAチームである。
「本当に、ありがとうございました。」
 ステージ裏で、フェル君がぺこりと頭を下げた。
「今回は運がよかったけど、これからは甘い話に飛びついちゃいけないよ。」
 と、フェイスマン。
「はい、十分気をつけます。」
「よろしい。さ、フェル、次は君の番だ。ちゃんと町内会と観客に、ワム!は出演しないことを伝えるんだ。」
「すごいブーイングでしょうね。」
「そりゃあそうだろうが、少なくとも町内会の人は、お前がこのフェスのために頑張ってきたことを知ってる。金も帰ってきたんだし、誠意を持って話せば、きっと許してくれるぜ。」
「はい、頑張ってみます、僕……。」
「おーい、フェル公!」
 と、そこに、駆け寄ってくる1人の老人。法被に捻り鉢巻き姿が粋な爺さんだ。
「あ、町内会長。」
 フェルが直立不動になったところを見ると、町の偉い人らしい。
「フェル公、ちょっと問題が起きたんだ。」
「問題、ですか?」
「ああ、出演者に関してなんだが。」
「出演者……。出演者の問題なら、もう1つありまして……。実は、今回、ワムは来れな……。」
「そうだ、そのワムだかワームだかいう奴のこった。今回のトリを務めんの、そいつだってな。そりゃあまずいだろ。それ聞いたチョッパー青木師匠が激怒してんだよ。芸歴で言ったら10倍以上ある俺が何でトリじゃねえんだ、ワームって野郎、ぶん殴ってやる! って息巻いちゃってよ。でな、俺、言ってやったんだよ、思い切って。師匠、そりゃ仕方ねえよ、今の時代、若いもんにゃ若いもんのやり方ってのがあんだ、もう俺らの時代じゃねえんだよ、って。けど、師匠が納得しねえんだ。せめて、ワームの奴とサシで話がしてえ、って。それで、俺が納得したらトリをやらせてやる、って聞かねえんだ。で、そいつはいつ来んだ? 来たら形だけでもいっからよ、チョッパー師匠の楽屋に挨拶に行ってほしんだがよ。」
 フェルの言うことを一つも聞かず、言いたいことだけ全部言う町内会長。
「ワムは……。」
 フェル君が唇を噛んだ。握り締めた拳が震えている。頑張れ、フェル君! Aチームの面々は、それぞれ心の中でフェル君を応援している。
「ワムは……。」
「あん? だから、いつ来るんだ? そのワム公は。」
「ワムは……済みません、ワムは、売れっ子なんで、ええと、こんなフェスには本来、来ないはずの大スターなんで、ええっと、ワムは、ワムは…………本番だけ来て、1曲演奏したらすぐ帰りますっ! んでもって、トリはいいです! チョッパー師匠でいいです! ええもう、トリはチョッパー青木でお願いしますっ!」
 フェル君は、叫ぶような大声でそう言い切った。キッパリと。スッキリと。しかも大御所呼び捨て。
「おおそうか、済まねえな、チョッパー師匠も喜ぶぜ。じゃ、後でな!」
 町内会長は、そう言って風のように去っていった。
「フェル君?」
 フェイスマンが優しく窘める。
「あのさ、来ないんだよ? ワム!」
「そうだぜ、来るなんて言っちまって、どうするつもりだ。」
 マードックとコングも、フェイスマンに続く。
「済みません……ホントに、何度も何度も済みません……。あの、一生のお願いです、これで最後です、ギャラ弾みます、だから!」
「だから?」
「だから……もう1回だけ僕を助けて下さいっ!」
 フェル君は深々と頭を下げた。


〈ワム!の『ウキウキ・ウェイク・ミー・アップ』、かかる。〉
 本番直前、ステージの土台下で、何やら作業員に指示を与えるハンニバル。機械を組み立てるコング。フッサリしたカツラを被るマードック。ワム!のビデオに見入ってダンスの練習をするフェイスマン。チョッパー青木師匠にお茶を出すフェル君。
〈曲、終わる。〉


 そして、夏フェスの開演時間となった。
「おかしいぞ。」
 1組目、カウアイナ・フラダンサーズ(平均年齢70歳)の華麗な踊りを舞台袖から見ながら、ハンニバルが言った。
「おかしいって、何が?」
 と、横でフェイスマン。
「客だ。ワム!のファンって、こんなにダークだったか?」
「うん?」
 見れば、客席のほとんどが黒い服、派手な化粧に、鋲や角の生えた革ジャケット、逆立てた髪のメタラーばかり。そして、ゴツイ体格の親父も多い。
「メタルバンドが7組だからね、そっちのファンが目立ってるんじゃないの?」
「それにしても、だ。今、全米で一番人気があるんだろう、ワム!は。もっと一般の婦女子を呼び込めてもいいはずだ。」
「そう言われてみれば、黒いね、客。他に誰が来るんだっけ?」
 フェイスマンは、パタパタと奥に走っていくと、今日のフェスのポスターを持ってきた。
「出演者、出演順、カウアイナ・フラダンサーズ、ヘッドニッパーズ、デモンズテイルス、メガデス、ブルテリア・クラッシュ、デリリウム・ブラザーズ、ザ・スプラッターズ、アイアン・ネイルズ、チョッパー青木、ワム。……ワム? ああっ、これ!」
 フェイスマンが叫んだ。
「どうした、フェイス?」
「スペル、間違ってる。Wham!じゃなくてWahmになってる。しかも“!”ついてない。これ、ワム!じゃない。」
「何だって?」
「多分、多分だけどね、フェスに来てる客、誰もワム!来ると思ってないよ。期待されてるとすれば、ワーム。」
「ワーム? 何だ、その力の入らないグループ名は。」
「ワム!の誤植だよ。これがさ、例えばシンディ・ローパーとかブルース・スプリングスティーンとかの有名どころに交じってたら、WahmはWham!の誤植だろうなって見た人もわかったかもしれないけど。無名のメタルバンドばっかりの中に入ると、途端にわからなくなるもんだね。」
「フェルは、ワム!のスペルを知らなかったということか。」
「知らなかったんでしょ。メンバーも、“ジョージとマイケル”って言ってたくらいだし。でもって、町内会の人たちも。」
 町内会長の姿を思い浮かべるフェイスマン。
「ワム!が出ないのに、何でこんなに人、集まってるんだ?」
「……フェスの趣旨に賛同……してくれたのかな、メタラーが。」
「……ふむ。であれば、メタルバンドという人種も、捨てたもんじゃないかもしれんな。」
 と、感慨深い感じのハンニバル。フェイスマンも神妙に頷く。出演者の中に何気に混ざっている大御所メガデスの存在には、気づきもしない2人なのであった。


「ハンニバル、準備は済んだぜ。」
 コングが額の汗を拭き拭きやって来た。
「ドライアイスの煙もブラックライトも準備万端だ。ステージも30mまで上昇するから、まあ、誰が歌ってるかは、ほぼ見えねえな。」
「うん、見えてもよさそうなことが、今、判明しちゃったけど。まあ、いっか。モンキーは?」
「振りつけの練習中だぜ。フェイスは練習しねえでいいのか?」
「俺、アンドリューでしょ? ギター抱えて適当に跳ねとくよ。」


 演目が進み、大盛り上がりのフェス。しかし、なぜか5組目以降、客が減り始め、5000人を超えていた観客が、アイアン・ネイルズの頃には2000人程度のまったり状態に。どうやら、メガデスが終わり、頭を振り疲れた観客が、屋台の方へと流れたようだ。
「さて、次だぜ。」
 と、コング。
「ああ、暴れてこい。」
「お願いしますっ。」
 ハンニバルとフェル君に見送られ、マードックとフェイスマンがステージへと走り出る。途端に、30mまで上昇を始める舞台。そして、イントロが流れ始めた。MCを務める町内会の人がマイクを取った。
「じゃあ、次のバンドを紹介するぜ。イギリス出身の男前2人組、ワーム! 今日は特別に13日の金曜日バージョンでぶちかましてくれるぜ!」


〈『ウキウキ・ウェイク・ミー・アップ』のイントロ、かかる。〉
 蛍光カラーのトレーナーと白の短パン+スニーカーに身を包んだ2人。マードックの髪は、もちろんヅラ。そして、2人の顔には、汚れていないホッケーマスクが。マードックがマイクを取って歌い出す。もちろん、口パク。フェイスマンが、ギターを掻き鳴らすフリ。大音響で流れているのは、もちろんライブ盤のレコードだ。
「ウェイクミーアップ! ビフォーユゴーゴー! ドンリーミライクハンギンヨーヨー!」
「モンキー、歌わなくていいって!」
「だって口動いてないとおかしいじゃん!」
「マスクしてるから大丈夫だよ!」
「あ、そっか。」
 MVでさっき覚えた振りつけで踊りまくる2人。時々、“おしっこ漏れちゃう”ポーズとか“ふんぞり返ってチョビヒゲ”的な仕草が入るのはご愛嬌。そして、コングによる大量のドライアイス・スモーク投入と、夜なのにブラックライトの意味不明な演出により、ワームは、その正体を見破られることなく、堂々1曲のステージを終えた。
 また、上昇させたっきり下げ忘れちゃった地上30mのステージの上で、芸歴45年、ベース漫談のチョッパー青木師匠も、望み通り、無事に大トリを務め上げたのであった。
【おしまい】
上へ
The A'-Team, all rights reserved