荒野のカウガール
伊達 梶乃
 オンボロの小型トラックが前方をのたのたと走っていて、コルベットに乗ったフェイスマンは、この辺もちょっと郊外に出れば畑ばっかりだしなあ、と思いつつ、土埃に覆われたトラックを追い越そうとした。追い越しざまに、ふと運転席を見上げる。白髪交じりの皺深いおじさんが顰めっ面でシケモクを銜えていたら、それはばっちり絵になる。写真に撮って後世に残しておきたいくらいだ。だが、運転手は期待していたような人物ではなかった。運転席でハンドルを握っていたのは、推定20代半ばの金髪美人。磨けば女優を名乗れそうな横顔は、壊れかけの小汚い車には不釣り合いで、彼女はこっちの車にこそ乗るべきだ、と確信したフェイスマンは、トラックと並走しながら運転席に声をかけた。
「ハイ、お嬢さん、どこ行くの?」
 彼女はちらりとフェイスマンの方を見下ろし、無表情のまま答えた。
「ロサンゼルス。」
「ここ、もうロスだけど?」
「そうね、知ってる。」
「どっか行きたいとこあんなら案内するよ。俺、ロスには詳しいから。」
 そう言われて、彼女は一瞬宙を見て、言葉を発した。
「じゃあ、Aチームのところに連れてってくれる?」
「え、Aチーム?」
 フェイスマンは声を引っ繰り返した。
「何でもない。忘れて。」
 いけないことを言ってしまった、という風に、すぐに前言を撤回する。
「じゃあね。」
 彼女はアクセルを踏み込み、トラックを加速させた。
 「忘れて」と口許だけで微笑んだ彼女の表情は、フェイスマンの瞼に焼きついたままだった。ここでトラックを追いかけなくても、彼女はあてどもなくAチームを探し、運がよければ再会できるかもしれない。運が悪ければ、今よりもっと沈んだ表情でこの道を戻っていくことになる。
 少しずつ遠ざかっていくトラックを見つめ、フェイスマンは苦笑して頭を横に振ると、アクセルを思い切り踏み込んだ。あっと言う間にトラックに追い着く。
「ついて来て。Aチームのとこに案内する。」
 彼女が驚いた顔をしたのを見ることもなく、フェイスマンはトラックを追い越し、トラックの前についた。


 今回のアジトは、倉庫街の脇の、人気ない場所に建つガレージハウス。と言うか、ガレージ。ドアがシャッターで、部屋が1室しかない、というだけで、シャワー、トイレ、キッチン、家具もついており、不便はない。Aチームにとっては不便ではないけれど、一般人にとっては少々不便。4人家族が2台の車と共に住めるほどの広さはあるんだが、家族持ちはこんなところに住まないから。そんなわけで、借り手のつかない賃貸物件に不動産会社の許可を得て住まわせてもらっているAチームである。蛇足ながら、この不動産会社の社長は、遥か昔にハンニバルの部下だった男。先日、偶然、街で昔の上官と再会して酒を酌み交わし、それから毎晩、上官と酒を酌み交わし続けている。
 それはそれ、フェイスマンがアジトの前に車を停めると、トラックもコルベットの後ろに停まった。車を降りたフェイスマンがトラックの運転席に歩み寄る。彼女は両手をハンドルに乗せたまま、じっと座っていた。
「本当にAチームに会えるの?」
 疑わしそうにフェイスマンを見下ろす。
「会えるって言うか、もう会ってる。」
「え?」
「実は俺、Aチームのメンバーなんだ。」
「嘘でしょ。」
「嘘じゃないって。」
 とはいえども、Aチームである証拠なんてない。今はAチームの手配書も出回ってないし。この場にMPがいれば、Aチームの一員であるところのフェイスマンだということが納得してもらえると思うが、当然、この場にMPなんていてほしくない。
 嘘でしょ、嘘じゃないって、を何度も繰り返し、埒が明かないと覚ったフェイスマンは話題を変えた。
「そうだ、君の名前教えて。君がMPと無関係だってこと調べないと。」
「教えない。」
「何で?」
「あんたがAチームのメンバーだっていうの、嘘かもしれないし。Aチームでも何でもない怪しい男の人に名前を教えるわけには行かないわ。」
 お説ごもっとも。
 その時、ガレージのシャッターがガラガラと開いた。
「こんなとこで誰が言い争いしてるのかと思えば、お前さんか。」
 胸の高さまで開いたシャッターの向こうから、ハンニバルが屈んで顔を覗かせる。
「男女の言い争いが殺人事件に発展するんじゃないかと止めに出てきたんですがね。」
「そんなハンニバル、俺、2回も“言い争い”って言われるほど言い争っちゃいなかったよ?」
「そうか? で、そちらのお嬢さんは?」
 トラックから降りてきた金髪女性の方に目をやる。
「ドリー・ウィンストンです。始めまして、スミス大佐。」
 彼女、ドリーは明るい顔でハンニバルに駆け寄り、右手を差し出した。その横で、フェイスマンは噛み潰した苦虫を吐き出すことを禁止されているかのような顔を見せていた。


「さて、ドリー。」
 ガレージの中に入った3人は、奥にでんと置かれたソファに腰を下ろした(シャッターはフェイスマンが閉めた)。2人掛けのソファと1人掛けのソファ×2が揃っているのだ、このガレージには。さらにはローテーブルもある。その周辺には、ベッドまである。不動産会社の社長の取り計らいで。
「あんたの親父さんはあたしの知り合いかな?」
 存在をすっかり忘れていた知り合いに連日飲みに連れ出され、些か二日酔い気味のハンニバルが問う。
「いいえ。伯父が大佐のファンで。」
「ほう、伯父君とはベトナムでご一緒していたのかな?」
「いいえ。ただ単に、ファンだと。」
「もしや、アクアドラゴンの?」
「は? アクア……ドラゴン?」
「あ、違うのね。」
 残念そうなハンニバル。
「わかった、当時、士官学校で見かけて、当時のハンニバルのあまりのカッコよさにファンになったんだ。」
 フェイスマンが思いつきで言ってみる。「当時の」を強調して。
「違います。伯父は士官学校に行ってなかったはずです。」
「じゃあ何であたしのファンなんだ?」
「手配書で見て、一目惚れしたそうです。」
「一目惚れ?」×2
「ええ。」
 黙ってしまう男2名。
「伯父は生前、スミス大佐のことを、それからAチームの活躍のことを、日々私に語ってくれました。写真も見せてくれて。何かあったらスミス大佐を頼るといい、と。」
「……生前? 伯父さん、亡くなったの?」
「はい。何でも、神の教えに背いた罰だとか。」
 事情を察し、内心ホッとする。
「それで、何かあったから、Aチームに仕事を依頼したいと。そういうことだな?」
「はい、そうです。」
 ドリーの話を要約すると。ドリーが祖父母と共に住むコロラドの村には警察がなく、保安官が1人いるのみ。その保安官がひどい奴だと言うのだ。祖母の焼いたクッキーをすべて奪っていったり、食事時にやって来ては食べ物を要求したり、仕事中のドリーにちょっかいを出したり。因みに、ドリーの仕事は牛の世話。祖父の仕事を手伝っているのである。本来なら伯父が祖父の仕事を継ぐはずだったのに他界したため。無論、伯父に妻や子供がいるわけもなく。さらに因みに、ドリーの両親と弟妹たちはデンバーにいる。ドリーも生まれ育ちはデンバーなのである。
「Aチームが退治しに行くには、何と言うか、盛り上がりに欠けそうだな。」
 ハンニバルがベールに包んだ意見を述べる。
「コング1人行かせて、その保安官をコテンパンにすればジ・エンドって感じ?」
「コテンパンにしていいのなら、私にだってできます。でも、相手は一応、保安官ですし、きちんとクビにして、まともな保安官に代わってもらえるようにしたいんです。」
「そもそもさ、保安官って郡で選挙して選ぶんじゃなかったっけ?」
「選挙なんてしてません。州警察のどうしようもないのが左遷されてやって来たんじゃないでしょうか。」
「コネで入れたはいいけど、使えなくて田舎に追いやった、ってやつか。で、そいつ、保安官として何かしてんの?」
「何もしてません。何の役にも立ってません。邪魔なだけです。ラッセルさんちのボヤ騒ぎの時も、私が火を消している間に、あいつったら、私の部屋から下着を盗んでいったんです。」
 ハンニバルがちらりとフェイスマンの方を見たが、フェイスマンは“俺はそんなことしませんよ”という風に澄ました顔で頭を横に振った。
「金目のものが盗まれるっていうことは、まだないんですが……。」
「他の家でも?」
「さすがに他の家では下着を漁ることはないようです。」
「何で君だけターゲットに? やっぱり美人だから?」
「私以外、若い女性がいないんです。不便な場所なんで、村のほとんどが老人で。男性は、いくらかは若いのもいるんですけど、まだ見習いのヒヨッコばっかり。」
「それで、あんたが村を代表して来たってわけか。」
「はい。デンバーの州警察に相談もしてみたんですが、大した被害も出てないし、人口の少ない地域のことなんで、取り合ってもらえなくて。せめて、もう1人保安官がいて監視の目があれば、奴、トラヴィスもおとなしくするかと思って保安官の増員をお願いしてみたんですが、無理だと言われました。人が大勢集まるようなことでもあれば、一時的な増員はできるけれど、駐在はねえ、と。」
「人、集めればいいの?」
 それなら簡単、とフェイスマンは呟き、メモを取っていた手帳をパタンと閉じた。


 退役軍人病院精神科の庭では、比較的症状の軽い患者たちが思い思いに寛いでいた。芝生の上を匍匐前進したり、ベンチの背凭れの上で静止していたり、木の股に足首を引っかけて逆さ吊りになっていたり。病院の中からは、ガラス製品が割れる音や奇声や悲鳴や破裂音が引っ切りなしに聞こえてくるが、それに比べれば、庭の方は本当に静かだった。
 マードックは花壇の真ん中に直立し、ウクレレを弾いていた。その出で立ちは、白いバミューダパンツに赤いアロハシャツ、それといつものキャップといつもの靴下といつものコンバース。奇をてらったところなどない。アロハシャツの下に革ジャンを着ていることと、バミューダの下にチノパンを穿いていること以外は。ウクレレはCとG7が2拍ずつ延々と繰り返されている。そろそろFも入れてほしいところだ。
 と、その時。
 ヒュルルルル〜、ドカーン!
 迫撃砲の音が聞こえ、患者たち(除くマードック)はパニックに陥った。音だけでなく、砲弾が飛んでくるのも見える。塀を越えて落下してきた砲弾は、地面に落ちて、割れた。潰れたと言ってもいい。途端に、甘酸っぱい香りが漂う。即ちそれは、砲弾ではなくパイナップル(手榴弾にあらず)。
 そのニオイに鼻をヒクヒクと動かしたマードックが、ウクレレを弾く手を止め、花を踏まないようにして花壇から出、軽い足取りで門の方に向かう。パニックを起こしている患者たちの対処に忙しい医師・看護師は、マードックのことなどちっとも気にしていなかった。
 門の外には、案の定、コングのバンが停まっていた。バンのルーフには、どでかいスピーカーが括りつけてあり、今なお「ヒュルルルル〜、ドカーン!」が繰り返し再生されている。バンの脇には、今にもパイナップル(丸ごと)を投げんとしているコングとフェイスマン。2人の足元には、パイナップルてんこ盛りの段ボール箱が。マードックが出てきたのを見て、持っていたパイナップルを箱に戻し、箱を車に積み込む。マードックも、箱を跨ぎ越えてシートに着席。何事もなかったかのように、バンは発進した。
(投げられたパイナップルは、撮影後、スタッフのみならずその場にいる全員が争うようにして、美味しくいただきました。)


「パイナップル、こんなに要らなかったのに。」
 足元に転がり落ちてきたパイナップルを箱に戻して、フェイスマンが文句を言う。
「しょうがねえだろ、いくつ要るか言われなかったんだしよ。」
 港で荷下ろしの仕事をしていたところを呼び出され、ついでに南アジアから到着したばかりのパイナップルを拝借してくることを強要されたコングであった。by いずれもフェイスマン。
「ま、道中、食べればいいことだ。」
 本当にそう思っているとは思えないハンニバル。肉に添えられたパイナップルを必ず誰かの皿に引っ越しさせるくせに。
「パイナップル食い放題か〜。口ん中、痛くなりそ〜。」
 装いがパイナップルにマッチしているマードック。
「あれ? フェイス、ココナツミルクねえの?」
 キョロキョロと辺りを見回し、尋ねる。
「は? ココナツミルク? 何で?」
「パイナップルっつったらココナツミルクでしょ。」
「そうなの?」
 前方の2人に向かって問うも、答えはなし。
「ココナツミルクにパイナップルをしばらく浸けといてから食べると美味いんだよねー。置いときすぎると、ココナツミルクが腐って苦くなんだけど。」
「そんなこと知らないよ。」
「そうなったらもう捨てるしかないわけよ、不味くて。冷蔵庫入れとけばいいんだけどさ、そうすっと、いい具合に浸かんのに時間がかかるし、難しいとこなんよね。」
「冷蔵庫は、ない。」
 どうでもいいマードックの話を、1つの事実を告げて終わらせる。
「ところでフェイス、依頼人を先に帰らせたって言ってたけどよ、依頼人ちまでの道、わかんのか?」
 前を向いて運転しながら、コングが問う。
「うん、だって、“お祖父ちゃんとお祖母ちゃんと牛が心配だ”って言うし。大丈夫、ルートと地図描いてもらったから。」
 フェイスマンが内ポケットから取り出した紙を読み上げる。
「15号ハイウェイで北上して、ベガスの方へ。で、ユタに入って70号ハイウェイへ。コロラドに入って、ジプサムの手前で6号に入って、ウォルコットで131号に入って北に向かって、オーククリークってとこで脇道に入って、あとは地図に従って進む。はい、これ。」
 その紙をコングに渡す。片面はルートが順に書かれていて、反対側の面には大雑把な地図が描かれている。数本の線と、丸がぐりぐり描いてあって、矢印して「ココ!」と。コングは眉間に皺を寄せた。
「こんなテキトーな地図で辿り着けんのか?」
「大丈夫大丈夫、電話番号もちゃーんとメモってあるし。」
 胸の、手帳を収めている場所をトントンと指先で叩く。なぜ電話番号だけ手帳に書いてあるのか。それは訊かないでおいてやろう。


 それから約15時間、ガソリンスタンドで給油したのとフェイスマンが包丁とココナツミルク缶と水を買った(盗った)以外は、コングは夜も眠らずに運転、他3名は食っちゃ寝食っちゃ寝し続けていた。ただし、食べ物はパイナップルもしくはココナツミルク漬けパイナップルのみ。蛇足ながら、缶切りはコングの十徳ナイフについているやつ。十徳ナイフの小さなナイフは、パイナップルを切るのには向いてませんでした。
 夜も明け、とりあえず町と呼んでもよさそうなオーククリークを通過し、のたくった線を描いただけのような地図(一応、大まかな距離は記入されている)に従って進むこと1時間。ぽつりぽつりと家や畑や牧場らしきものを目にはしたけれど、それは「ココ!」ではないようだ。さらに車を走らせると、ちょうど「ココ!」の位置に間違いなく家があった。そして、家の前にはオンボロトラックもある。周辺は大雑把な柵で囲われた広大な草地で、柵の中に点々と牛がいる。さらにその周囲は荒地で、さらにまたその周辺は森林に覆われた山々。市販の地図には、国立森林公園、と書いてある。ま、この辺り、国立森林公園ばっかりだ。
 トラックの横にバンを停め、甘酸っぱい香りを纏ったAチームの一団は地面に降り立ち、腰を伸ばした。
「コロラドだって言うから、サボテンの花咲いてる砂と岩の西部かと思ってたのに、全然違うじゃん。」
 マードックは少し不満そう。馬がいるわけでもないし、バタバタする扉のついた酒場があるわけでもない。決闘も行われていない。彼が期待しているものは、もっと南に行かないとない。いや、南に行っても決闘はないかな。
「おい、アホンダラ、サボテンの花ならここに咲いてるぞ。」
 ポーチに置かれた鉢植えのカニサボテンとシャコバサボテンを差して、コングが言う。
「オイラが言ってるのは、こういうサボテン。」
 と、埴輪のようなポーズを取るマードック。
 そんな2人のやり取りを無視して、フェイスマンはポーチに上がった。しかし、ドアチャイムがない。現在時刻、朝7時。人様のお宅を訪ねる時刻ではない、一般的には。小学生が友達の家を経由して登校するのとはわけが違う。早朝から波乗りに行くサーファーでもないし。だが、そんなことを気にするAチームではない。
「おはようございまーす! ドリーさんの依頼で参りましたAチームでーす!」
 声を大にして叫ぶフェイスマン。その後ろでは、今の保険や新聞の勧誘員あるいは御用聞きのようなセリフに、ハンニバルがムッとしている。Aチームたるもの、もっとカッコよくあれ。ドアをバーンと開けて乗り込むとか。
「はーい。」
 家の中からご婦人の声が聞こえ、少ししてドアが開いた。
「遠いところ、ようこそいらっしゃいました。始めまして、ドリーの祖母です。ドリーから話は聞いてるわ。ささ、どうぞ。」
 白と茶のチェックのゆったりとしたワンピースを着た老婦人が彼らを家の中に入るよう促す。Aチームは何の遠慮もせずに、ぞろぞろどすどすとドアを潜っていった。
「ドリーは? まだ寝てる?」
 リビングルーム兼ダイニングルームに通され、フェイスマンが老婦人に尋ねる。
「いえいえ、もう牛の世話に出てるわよ。お父さんと一緒に。」
「お父さん? デンバーにいるんじゃなかった?」
「ああ、あたしの言う“お父さん”は、あの子のお祖父ちゃんのことよ。ところで朝食はお済み?」
「まだです。」
 流れるように、Aチーム、朝食をご馳走になるのであった。


「それにしても、スミス大佐、幾分恰幅がよくなったけど、今なおハンサムねえ。ヴィクターがファンになったのも頷けるわ。」
 手作りのパンと、ベーコンエッグ、温野菜のサラダ、コングとマードックには牛乳、ハンニバルとフェイスマンにはコーヒー、という朝食の席で、ドリーの祖母はもぐもぐしているハンニバルをうっとりと見ていた。
 忘れようとしていたことを再提起され、ハンニバルとフェイスマンはコーヒーを噴きそうになったが、ぐっと堪えた。この老婦人、ドリーの祖母ということは、ドリーの伯父の母でもあるのだ(1/2の確率で)。
「お仕事が終わったら、ヴィクターのお墓にちょっとだけでも挨拶していってもらえると嬉しいわ。」
 ハンニバルとフェイスマンが老婦人の方に顔を向けると、彼女は火の入っていない暖炉の上に置かれた写真立てをハンニバルの方に向けているところだった。写真に写っているのは、金髪を短く刈り揃えたゴツいおっさん。何か、イメージと違う。
「こんなことなら、この子が生きているうちに大佐に来ていただくんだったわ……。」
 老婦人が小さな体を屈めて、エプロンの端で涙を拭う。
 何と言っていいかわからず、朝食を食べることに専念するハンニバルだった。


 それからしばらくして、ドリーの祖母は洗い物にキッチンへ行き、Aチームは作戦会議中、というところに、1人の男がのっそりと現れた。
「婆ちゃーん、朝ゴハン貰えるー?」
 廊下の奥の方からやって来たその男は、いかにも寝起き。頭をボリボリと掻きつつ、大きな欠伸をする。
「あー、もうこんな時間かあ。うっかり寝込んじまった。」
 掛け時計を見上げてそう呟くと、男はテーブルを囲んでいるAチームの方に目を向けた。
「あんたら何モン? この辺の人じゃないよね?」
「ああ、あたしたちはドリーに頼まれて仕事に来た。」
 この男が何者かわからないので、ハンニバルは当たり障りのない返事をした。ドリーに兄がいるとも聞いていないし、弟はデンバーにいるはず。住み込みの使用人か、それともまだ話に出てきていない親戚か。年はドリーよりも上のように見える。フェイスマンより少し若いくらい。ルックスは、ドリーには全く似ていない。第一印象だけで言ってしまえば、チンピラっぽい。それも、ヘタレ方向のチンピラ。中途半端に伸びた髪に無精ヒゲ。姿勢も顔つきも服装もぐんにゃりしている。語弊があるかもしれないが、イタリア南部によくいるタイプ。
「柵直す業者さん? 北西側の柵、かなり壊れてるとこあるから、早いとこ直してやってよ。ここの牛、みんなおとなしいからいいけど、何かあって外に出てったら、連れ戻すの骨だぜ。」
 服についた埃に気づき、パンパンと叩く。
「まあ、誰が来たのかと思えば、また勝手に入り込んで。」
 キッチンから出てきた祖母が、眉間に皺を寄せる。
「そんな顔しないでよ、婆ちゃん。朝ゴハンくれたら帰るからさ。」
「マダム、この男は?」
 何となくわかったけど、念のため訊いてみる。
「保安官のトラヴィスよ、これが。」
「保安官?!」×2
 依頼内容の詳細を知らされていないコングとマードックが素っ頓狂な声を上げる。ハンニバルとフェイスマンは、やっぱり、と顔を見合わせた。
「この人、あっちの奥から出てきたんだけど……?」
 フェイスマンが廊下の奥を指差す。
「まあ! この男ったら、性懲りもなくドリーの部屋に忍び込んでたのね! ドリーのズロースや乳バンド、盗んでやしないでしょうね?」
 できる限りの速さでキッチンに向かう祖母。
「盗ってない盗ってない。何にも盗んでやしませんって。言い訳させてもらうと、俺もね、すぐに帰ろうと思ってはいたんだけどさ、ドリーが変な時間に帰ってきたろ。それで、鉢合わせしちゃマズい、ってベッドの下に潜り込んで、うっかりそのまんま寝ちまって、今に至る、ってわけ。」
 キッチンの方に訴えるトラヴィス。そんなこと、正直に言わない方がいいのに、とフェイスマンはしみじみ思いました。
「今すぐ出ておいき!」
 フライパンを構えて戻ってきた老婦人が、トラヴィスに向かって武器を振るう。スローペースで逃げ惑ってみせるトラヴィス。
「わかったよ、婆ちゃんの焼いた美味しいパン貰えれば、すぐに出ていくって。」
「あんたにあげるパンなんてありません!」
 トラヴィスの脳天にフライパンの側面がヒットしそうになるところを、すっと避けて、保安官は玄関ドアから退散していった。
 Aチームが窓から表を見ると、きちんとヘルメットを被ったトラヴィスがミニバイクに乗って遠ざかっていくところだった。
「あれが、くだんの保安官か。」
 苦笑しながらハンニバルが席に戻る。
「あんなのが保安官なくらいだったら、俺だって保安官になれらあ。」
 コングが鼻から息をフンッと吹く。
「あれだったら、家宅侵入罪で今すぐにでも訴えられるんじゃない? 証拠写真撮っとけば。」
「ホント、今すぐ訴えたいくらいだわ。でも、その前に、ドアに鍵つけないと。こっちの落ち度って言われないように。」
「鍵、ついてないの?」
 驚いたようにフェイスマンが玄関ドアを指差して問う。見れば、窓にも鍵がついていない。
「トラヴィスさえいなければ必要ないもの。こんなところまでわざわざ泥棒に入りに来る人もいないでしょうし。」
「何、あいつが今回の敵?」
 やっとこさ事態を把握したマードック。
「そ。あいつを正攻法でクビにして、まともな保安官に来てもらうのが、今回の目的。」
 今更ながらフェイスマンがざっくり説明。
「で、方法はさっき話した通り。」
「でもよ、俺っちの勘じゃ、あいつ、それほど悪い奴じゃねえんじゃねえかな。」
「そりゃ今まで俺たちが駆除してきた奴らに比べれば桁違いの小者ではあるけどさ、無断でちょくちょく家に上がり込んでゴハンねだるの、十分に迷惑だろ? ドリーの、その、衣類も盗んだらしいし。」
 祖母の手前、そのものの名称を口にするのを憚るフェイスマン。
「そう、留守の間にドリーの部屋が荒らされてたのよ。それで、もしやと思って駐在所に行ってみたら、そしたらそこにドリーの下着があったの。」
「それ、ホントにあいつが盗んだんかな? 誰か別の奴が盗んで、それ取り返したんじゃん? だって、盗んだもんだったら、人目につくとこに置いとかねえだろ?」
「それもそうだな。」
 マードックの珍しく普通な意見に、ハンニバルが同意した。
「牧場の柵のこともよく見ているようだし、ここの牛のこともわかっている風だった。さっきのマダムとのやり取りにしても、悪意は感じられなかったしな。」
「じゃあ何? あの保安官、お婆ちゃんに異常がないか、日々見に来てるってこと?」
「確かに、ドリーもお父さんもあまり家にいないから、あたしに何かあっても気づいてもらえないわ。」
 と言いながらも、祖母は「あんなのに気づいてもらうのも癪だけど」と肩を竦めてつけ加えた。
「と思わせておいて、タダ飯食いに来てるだけかもしんねえぜ。」
 シンプルに物事を捉えようとするコング。
「その辺も調べてみなきゃ。」
 今回、ドリーが美人なので頑張っているフェイスマン。報酬について何も話し合っていないんですが、いいんでしょうか。


〈Aチームの作業テーマ曲、始まる。〉
 テーブルの上に広げられた地図に、この界隈の家の位置をマークする祖母。別の家でパンを投げられ、ようやく食べ物を手に入れるトラヴィス。北西の柵を直すコングとマードック。牛の世話をするドリーと祖父。手帳を手に、ドリーの家で電話しまくっているフェイスマン。コングのバンに乗って周辺を見て回るハンニバル。
 昼食の準備に取りかかる祖母、テーブルの上の地図には、あれこれと書き込まれている。さっきとは別の家で、テーブルの上にあったバナナを持っていくトラヴィス。まだまだ柵を直すコングとマードック、延々と続く壊れかけた柵や朽ちかけた柵を見やり、溜息をつく。まだまだ牛の世話をするドリーと祖父、牛の数は多くはないんだが、牛にブラッシングしたり、蹄の手入れをしたり、健康状態をチェックしたりと、やることは多い。トラックを借りて、ご近所に聞き込みに行くフェイスマン。バンに乗って最寄の村役場へ行くハンニバル。
〈Aチームの作業テーマ曲、終わる。〉


 ドリーと祖父が家に戻ってきて、自己紹介の後、昼食タイム。メニューはサンドイッチ。テーブルを囲む人数の割にはテーブルが小さく、ぎゅうぎゅう詰め。マードックが座っているのは脚立だし、コングが座っているのはピアノ椅子だし。その上、地図やら紙やらがテーブル上に置いてあるので、余計に狭い。
「一時的にでも人を大勢集めて、臨時の保安官に来てもらうっていうのは前に話したけど、人を集めるために音楽フェスティバルをやることに決めた。この辺の人たちにアンケート取ったら、それがいいって人が多かったんで。ゲストは交渉中。それと、アマチュアバンドにも出てもらう。音楽のジャンルは、カントリー&ウェスタン(以下、C&Wと略す)。チラシは、明日には完成させて、コロラド全域に撒く予定。もっと広域でもいいかも。」
 片手にサンドイッチを持ったまま説明するフェイスマン。話し終え、ハンニバルの方を見る。
「会場の場所は、ここにした。地主もタダで使っていいと言ってくれた。ただし、使用後は元の状態に戻すこと、というのが条件だ。」
 ハンニバルが地図の上のだだっ広い平地に丸をつけた。山に囲まれたこの辺りで、岩も大してなく、大勢が訪れるイベントが行えるような平地は、それほどない。
「この広さなら、ステージに観客席、屋台、駐車場、全部入るね。」
 フェイスマンに納得してもらえて、ハンニバルも安心した様子。どっちがリーダーだか。
「ステージの資材や音楽機材は確保済み。モンキー、明日、ヘリで運んで。」
「ラジャー。」
「ステージの組み立ては、コング、よろしく。」
「おう。……って、俺1人でステージ造んのか?」
「モンキーも。手が空いてたらハンニバルも。」
 言われて頷くマードックとハンニバル。
「なら文句なしだぜ。今日一杯は柵直してて構わねえか?」
「うん、いいよ。それと、ドリー、屋台出そうと思ってるんだけど、この辺の名物とかある?」
 フェイスマンがドリーと祖父の方に顔を向けた。うーん、と考える2人。
「牛や豚、鶏はいるし、野菜も少し作ってるけど、名物ってほどのものはないわね。」
「果物でも採れれば、それで菓子を作って名物にしてもいいんだけどな。」
「そうだ、川で獲れた魚を焼いたら? 釣り名人のジェシーおじさんに頼めば、山ほど釣ってくれるわ。」
「魚かあ。弱いなあ。」
 川べりで焚火をして魚を焼いて食べるならともかく、グリルで焼き魚というのは、C&Wフェスティバルには似つかわしくない。
「それじゃあ、子牛、丸焼きにする?」
「あ、それいいね、丸焼き。」
 フェイスマンは手帳に「子牛の丸焼き」とメモ。成牛の丸焼きの方がC&W風だが、生焼けで食中毒が出るのは嫌なので、子牛で妥協しておく。
「肉と野菜があんなら、パイナップルもあるし、バーベキューすりゃいいじゃん。」
 マードックの提案に、バーベキューにパイナップル? と首を捻る面々。パイナップルがグリルに乗るのはシュハスコでは? あるいはハワイのバーベキュー。
「パイナップルはともかく、バーベキューはいいかもね。バーベキューコンロがあれば屋台もいらないし。そしたら、あとはビール……コロラドって言ったらクアーズか。」
 頷く祖父とドリー。この辺じゃクアーズ以外のビールはビールと認められていない。
「コークとルートビアも!」
 ビールは甘くないので飲みたくないマードックが希望を述べる。
「トンチンカンなこと言うんじゃねえ。バーベキューにゃコークよりペプシだろ。」
 何だその拘りは。牛乳を所望するんじゃないのか、コング。
「パイナップルが沢山あるんなら、それをジュースにして、ココナツミルクと混ぜるのはどう?」
 ドリーがマードック染みたことを言い出した。
「君もパイナップルにはココナツミルク派?」
 君みたいな人がそんなことを言い出すなんて残念だなあ、という雰囲気を漂わせてフェイスマンが訊く。
「派ってわけじゃなくて、そこにラムを入れたらピニャコラーダになるでしょ。でも、車で来る人たちばっかりだろうから、お酒は入れない方がいいかと思って。」
「え、ピニャコラーダってパイナップルとココナツミルクだったの?」
 今まで知らなかったフェイスマン。カクテルのことは結構知っているつもりだったのに。
「そうよ。氷をたっぷり入れたら美味しいんじゃないかしら。」
 混合比がいい加減だと、甘すぎたり油っぽすぎたりするけどな。
「オッケー、パイナップルも一杯あるし、それで。」
 クアーズ、ペプシの後に、ココナツミルク、とメモするフェイスマン。残念ながらルートビアは却下された模様。
「で、その祭はいつやるんだい? 来月辺りかい?」
 丸焼きに使う子牛やバーベキューに使う肉のことを考え、祖父が質問。
「明後日にはできそうだけど、余裕を持って明々後日。どう?」
「明々後日?!」
 ドリーと祖父は、目を見開いて顔を見合わせた。
 大概の依頼を1日か2日で片づけるAチーム。きっと何日もかけると厭きちゃうんだろう、2名ほど。


〈Aチームの作業テーマ曲、再び始まる。〉
 まだ暗い道をトラックが走っていく。運転席にはフェイスマン、助手席にはマードック、荷台にはコングといくつものバーベキューコンロ。近隣の飛行場に忍び込み、マードックとフェイスマンが輸送用ヘリに無断で乗り込んで離陸。コングはトラックを運転して会場予定地(以下、会場)へ。会場には、バンのルーフに乗っていたスピーカーがぽつんと置いてある。
 ドリー宅のテレビにビデオデッキを繋ぎ、何やら真剣に見ているハンニバル。窓に鍵を取りつけながらも。
 資材を積み込んだり括りつけたりしたヘリで会場に着陸するマードック、荷下ろしを手伝うコング。身軽になったヘリが再度飛んでいく。
 高そうなカメラ、ドラムセット、ギター、ウッドベース、スチールギター、バンジョー、マンドリン、リーズナブルな価格のバイオリン等々を盗んだトラックに積み込むフェイスマン。
 夜が明け、ステージを造り始めるコング。資材やフェイスマンがゲットしたものをヘリでひたすら運び続けるマードック、操縦席横の窓ガラスには往復した回数が真っ赤な口紅を用いてカウントされている。縦線4本並べて、斜め線引くやつ。
 一旦ヘリに乗って戻ってきて、変装したハンニバルの写真を撮るフェイスマン。そしてまたヘリに乗って去っていく。変装したままドアに鍵を取りつけるハンニバル。
 牛の世話をしているドリーと祖父。ドリーが1匹の子牛を指差し、祖父は首を横に振って別の子牛を指差す。
 山から村の東側へと流れている川で魚を釣っているジェシーおじさん。本業の野菜畑は放置して、次から次へと魚を釣りまくる。清流の中では、魚が岩に生えたコケを齧っている。
 パイプ椅子をヘリに積み込む、見知らぬおっさん4人。
 会場にステージの枠組みっぽいものが組み上がっていく。その前にはパイプ椅子が並び、その周りにはバーベキューコンロが設置されている。ステージの真正面は、子牛丸焼き用のグリルと飲料販売店。
 バーベキューグッズ(串やら炭やらトングやら)と大量の紙皿と紙コップ、ペプシとクアーズとココナツミルクの缶をヘリに積み込む、見知らぬおっさん4人。ヘリの窓ガラスは、フロント以外、口紅で塗り潰されている。
 ヘリが飛び立った後、見知らぬおっさん4人の写真を撮るフェイスマン。キンコースへ移動し、フィルムを現像&プリント&紙焼きしてもらい、待っている間にチラシの原稿を作る。紙焼き写真を貼りつけた原稿を持ち、印刷所へ。
 ドリー宅のキッチンでは、ドリーがミキサーを運び出し、祖母がバーベキューソースを大量に作っている。州警察に電話をかけ、イベントの日時と場所を伝え、了承を得るハンニバル。ついでに(と言うか、ここが一番大事なんだが)、保安要員の増員を頼む。さらに、保健所にも連絡を入れておく。
 見知らぬおっさん4人を会場に運び、ヘリのお役目終了。ヘリを飛行場に返しに行くと戻ってくる手段がないので、ヘリはその辺に停めておく。操縦席から降り立ち、思い切り伸びをするマードック、コングに呼ばれて大工仕事を手伝わされる。見知らぬおっさん4人も大工仕事。
 刷り上がったチラシを、バーやダイナー、ファストフード店、楽器店、レコード屋に置いてもらうフェイスマン。町行く人々にも直接配布。ラジオ局に乗り込み、受付の女性にネームカードを渡して何事か相談。放送中の音楽番組でパーソナリティの許にチラシが届けられ、すぐさま読み上げられる。
 レコード屋で早速チラシを手にし、頷き合う青年たち。ダイナーで早速チラシを手にし、頷き合う壮年たち。ファストフード店で早速チラシを手にし、頷き合う少年たち。楽器店で早速チラシを手にし、頷き合う店員たち。公園で頭を寄せ合ってチラシを覗き込み、頷き合う老人たち。
 トラック(盗品)に乗ったフェイスマン、一仕事やり切った顔で家路を辿る。
〈Aチームの作業テーマ曲、再び終わり、ここで一旦CM。〉


〈CM終わり、Aチームの作業テーマ曲、三たび始まる。〉
 太陽が東の山から顔を出し、ステージの上で雑魚寝していた男たちが起き出す。そこへドリーと祖母が乗ったトラックが到着。ドリーが真鍮のでかいヤカンに入ったコーヒーを紙コップに注いで配る。祖母は焼き立てのパンにあれこれ挟んだサンドイッチを配る。盗品トラックも既に会場に到着しており、フェイスマンは未だ運転席で睡眠中。ドリーがドアをガンガン蹴ってフェイスマンを起こし、コーヒーを渡す。
 牛小屋から、これと決めた子牛を引っ張ってくる祖父。哀しそうに鳴く牛たち。
 まだまだ魚を釣っているジェシーおじさん。それぞれの仕事をしている村のお爺ちゃんたち。野菜や肉をダンダンと切る村のお婆ちゃんたち。脇のガス台ではトウモロコシが茹だっている。氷で一杯になった各家の冷凍庫。そこから追い出されたアイスクリームを食べさせられている村のヒヨッコたち。
 キッチンに子牛(昇天済み)を運んできた祖父、見事な手際で腹を掻っ捌いて内臓を取り出し、スリムになった子牛を金属棒に巻きつけ、丸焼き用に下拵えする。流しでは、祖母が内臓を洗っている。この内臓は、夕飯のシチューになる予定。
 駐在所でマンガを読んでいるトラヴィス、電話がかかってきて受話器を取る。嫌そうな顔で話を聞き、電話を終えた後、かったるそうにロッカーから制服を出す。
 音だけの打ち上げ花火と打ち上げ用の筒をフェイスマンに手渡されたコング、耳栓を要求する。
 ステージのバックの板に飾りつけをしたり、ステージの袖をカーテンで囲ったり、ステージ下部に分厚い布を打ちつけた上でモールを飾ったりしている、見知らぬおっさん4人。さらに、『C&Wフェスティバル』とカッコよく書かれたプレートも作り、ステージのバックに打ちつける。
 電気系統担当のコング、発電機からあれこれと配線する。その合間にステージの出来を見て、満足そうに親指を立てる。コングに向かって、親指を立てて返す見知らぬおっさん4人。
 ドリーの家のレコードプレイヤーからカセットテープに曲をダビングしているハンニバル。録音している間、暇なので、鏡に向かって変装の練習。
 ドリーと祖父は、家で夕飯。Aチームと見知らぬおっさん4人は会場で夕飯。無論、メニューは子牛内臓肉のシチューとパンおよび、いろいろ乱切りサラダ。
 クロゼットを開け、明日どの服を着ようか迷っているドリー。しかしクロゼットの中にはウェスタンシャツかチェックのシャツしかない。シャツを選んだ後、どのジーンズを穿くか悩む。ベルトも、どのバックルのにしようか、靴も、どのウェスタンブーツにしようか、と悩む。すべて選び終えたドリー、窓を開け放ち、窓枠に腰かけ、煙草に火を点け深々と吸う。
〈Aチームの作業テーマ曲、三たび終わる。〉


 そして、翌日。夏の青空の下、森林から吹いてくる爽やかな風が心地好い会場には、開演前から大勢の客が詰めかけていた。誰も彼もが、小さな子供たちさえも、ウェスタンシャツとジーンズ、ウェスタンブーツという姿。ウェスタンシャツを着ていないのは、お婆ちゃんたちと保安官とAチームだけ。
「皆さん、ようこそ。何にもないとこだけど、お肉と音楽を楽しんでいって下さい。」
 ステージに上がったドリーの短い挨拶に続き、花火がポンポンポンと上がった。C&Wフェスティバル、記念すべき第1回の幕明けである。歓声と拍手に包まれ、恥ずかしそうにドリーがステージから下りる。
 アマチュアバンドが手続き順にステージに上がり、数曲ずつ演奏していく。少年たちが大人顔負けの速弾きブルーグラスを演奏したり、老人たちが渋い歌声を披露したり、一家で美しいコーラスを聴かせたり、ポップな女の子たちが伝統的なカントリーソングをしっとりと歌い上げたり、青白い顔の冴えない男のカントリーヨーデルが見事だったり、びしっと揃いのウェスタンシャツとテンガロンハットとウェスタンブーツで決めたいかにもプロっぽい集団の演奏がメタメタだったりと、どの出場者もやんややんやの喝采を浴びた。
 因みに、このフェスティバル、入場料は無料、バンド参加も無料。ただし、飲食は有料。しかし、肉の焼けるいいニオイが漂ってきては、有料だからと我慢してもいられない。飛ぶように売れるバーベキューは、串の先端からタマネギ、肉、ピーマン、ニンジン、肉、トウモロコシ。何だか野菜多め。ソースは濃いめの味つけで、ビールまたはペプシが進む。氷水に浸されている缶飲料がどんどんと売れていく。その場で作るノンアルコールのピニャコラーダも女性客や子供たちに大人気。ドリーの祖父が焼いている子牛の丸焼きにも、行列ができている。そして、ジェシーおじさんが釣った魚も串に刺して焼かれ、そこそこ売れている。特に、お父さんが幼い息子に焼き魚を齧らせたい傾向にあるようだ。ワタの苦さにブベーとなるのが面白いのかもしれない。
 4時間ほどして、一番最後に手続きしたアマチュアバンドの演奏が終わった。人気投票などはない(準備していなかったから)。もし人気投票があったら、ジャンバラヤあるいはカントリーロードを披露しなかった組が上位に入ったことだろう。ここにいる誰しもが、もうジャンバラヤとカントリーロードはしばらく聞きたくない、と口には出さずとも思っているに違いない。
 無人になったステージに、何のMCもなくヒゲ面3人と金髪グラサン男が上がり、ステージ慣れした感じで観客に軽く手を振った。観客席から野太い歓声が上がる。談笑しながら各々の楽器を構え、ステージ袖に向かって頷く。そこではフェイスマンが待機しており、ステージからのスタンバイOKの合図を受け、手を挙げた。木製のステージの下に隠れたコングが、固唾を飲んでフェイスマンを見上げる。無論、観客からコングの姿は見えない。神妙な顔のフェイスマンが手を振り下ろした。それに合わせてコングがラジカセの再生ボタンを押し、ステージ上のおっさんたちは楽器を弾く振りを始めた。スピーカーから流れるカントリー調の音楽。観客がリズムに合わせて体を揺する。
 スピーカーから流れているのは、人気のカントリーバンド、アラバマの曲。ステージ上で演奏している(振りをしている)のも、アラバマのメンバーに見える。しかし、違う。彼らは、フェイスマンがスカウトしてきた、見知らぬおっさん4人である。アラバマのメンバーに何となく似ていたので。あと、楽器も弾けないことはない、と言っていたので。
 30分ほどして、ヒット曲集のA面全曲の演奏(再生)が終わった。フェイスマンが合図を出し、偽アラバマのメンバーは観客席からの歓声に応えるように手を振り、そして楽器を持ったままステージの後方に下がった。何が起こるのかと会場全体がざわつく。アラバマのそっくりさんたちが、掌を上に向けた腕をステージの袖の方に伸ばす。観客がそちらの方に期待に満ちた目を向ける。ゆっくりとステージに上がってきたのは、ケニー・ロジャース。観客席から雄叫びにも似た声が上がる。アラバマの演奏でケニー・ロジャースが歌うなんて。だが、無論、ケニー・ロジャースご本人なわけがない。ケニー・ロジャースの変装をしたハンニバルだ。観客にはケニー・ロジャースに見えるが、ハンニバルを知る者には変装したハンニバルにしか見えない。
 偽ケニー・ロジャースは、沸きまくる聴衆に軽く手を振ると、マイクスタンドからマイクを左手で取ってステージ中央に進んだ。右手でマイクシールドを軽く捌く。そして、ステージの袖に目をやる。フェイスマンが手を挙げたまま下を見ている。その手がさっと振り下ろされ、音楽が再生されると共に、ハンニバルはケニー・ロジャースの身振りを真似ながら口パクを始め、偽アラバマは演奏している振りを始めた。


 肉とタマネギと肉とピーマンと肉が刺さった串(肉、通常より多め)を紙皿に乗せて、マードックがやって来た。もう一方の手には、紙コップに入った牛乳。それらをステージ下のコングに渡す。
「フェイスは何食いたい?」
「何でもいいよ。」
「了解。……それにしても、アラバマやケニー・ロジャースから苦情来んじゃねえの、これ。」
 と、ステージ上に目をやる。
「苦情来るとしても、レコードをテープにダビングして、それを大勢に聞かせた、ってだけだし。やっちゃいけないことだと思わなかったんですー、って言えば、許してもらえるはず。入場料も取ってないし。」
「そっくりさんの件は?」
「どこにも、アラバマが来ます、とか、ケニー・ロジャースが歌います、なんて書いてないし。」
 フェイスマンが、ステージ袖のカーテンにピン留めされているチラシを指差した。それをじっくりと読むマードック。
「ホントだ。そっくりさんの写真は出てっけど、名前、これっぽっちも出てねえや。」
「だから、その件はノープロブレム。お客さんが勝手に、アラバマとケニー・ロジャースがゲスト出演、って思っちゃってるってだけ。この写真だって、あのおじさんたちとハンニバルの写真なんだし。」
 ニヤリとするフェイスマンの脇腹を手の甲でポスンと叩いて、マードックはバーベキューコンロ群の方に向かっていった。そして、程なく戻ってきて、フェイスマンに串に刺さった魚とペプシを渡す。
「何これ、魚?」
 どう見ても、魚。ジェシーおじさんが釣った魚。尾頭つきで、体長8インチくらい。
「何でもいいって言ったろ?」
「言ったけどさあ。」
 不満そうにしながら、フェイスマンは波打った姿で串に刺された塩まみれの魚にかぶりついた。そこそこ空腹だったので。
「ん?!」
 かぶりつくなり目を見開いたフェイスマンは、一心不乱に魚を食べ始めた。
「何なの、この魚。やけに美味かったんだけど。身がしっとりしてんのに油っこくなくて。ワタのほろ苦いのも大人の味覚って感じで。こんなの初めて食べた。」
 串と骨の乗った皿をマードックに返し、口の周りに塩とコゲをつけたフェイスマンは、くーっとペプシを飲んだ。
「それが、何て魚なんだかわかんねえんだよ、誰も。ジェシーおじさんも、この魚、毎年この時期にすげえ獲れんのに、他んとこで見たこともねえし、魚河岸で見たこともねえし、水族館で見たこともねえし、って言ってた。」
「そんなことってあんの? あの川だけの固有種かな? だったらそれ、話題になるじゃん。上手く行けば、この村を有名にできるかも。」
 有名になれば、人口が増える。そうすれば、保安官が2人になるかもしれない。フェイスマンは、そう考えた。新種の魚類だとしても、興味を持つのは魚類研究者と釣り好きくらいで、村の人口増加には繋がらないだろう、というところまでは頭が回らない。寝不足なので。
「魚の写真撮って、最寄りの水族館に送って調べてもらおう。善は急げ、だ。」
「そんなに急がなくていいんじゃん?」
 合図係を放棄してその場を離れていこうとするフェイスマンを、マードックが引き留める。
「いや、急がないと。この辺でファクシミリあんの、村役場だけだし。早く行かないと閉まる。」
 ありがちなことだが、村役場は早くて午後3時、遅くとも午後5時には閉まってしまう。
「てかよ、フェイス、今日、日曜だから、村役場開いてないんじゃん?」
 どうしたことか、マードックが常識的。
「今日、日曜?」
 ここ数日、忙しすぎて、それすら気づいていなかったフェイスマン。Aチームの仕事は、あんまり曜日関係ないし。
「日曜だから、このお祭、今日にしたんじゃなかったん?」
「いや、曜日のことなんて考えてなかった。そうか、日曜だから、こんな場所でもこんなに集客できたのか……って、それはともかく、どうしよう、ファクシミリ。またデンバーまで行かなきゃなんないの、俺?」
 デンバー行ってファクシミリ送るくらいなら、魚を持って直接デンバーの水族館に行けばいい。
「村役場、忍び込んだらどうよ?」
「あ、そっか。」
 ポン、と手を打とうとしたフェイスマンだったが、ペプシ缶を持っているので、湯呑み茶碗でお茶を飲む人のようなポーズになっただけだった。
「おう、肉、もう1本くれ。牛乳もな。」
 ステージの下から紙食器を差し出され、マードックがそれを受け取っている間に、フェイスマンは姿を消していた。マードックはステージの上をちらりと見て、「ま、いいや」といった風にその場を離れていった。


〈Aチームのテーマ曲、始まる。〉
 カメラを持ってジェシーおじさんと共にバンに乗り込み、くだんの川に向かうフェイスマン。
 意味もなく無駄にジャンプしたバンが、スローモーションでローアングルから映される。奥から手前へ、右から左へ、左から右へと飛んだ後、手前から奥へ飛んで着地。
 川に到着し、バンから威勢よく飛び出し、例の魚が沢山いる場所を指差すジェシーおじさん。魚の写真と周囲の写真を撮るフェイスマン。
 魚を前に、居ても立ってもいられなくなり、釣りを始めるジェシーおじさん。バンの後部で現像および焼きつけをするフェイスマン。
 飛び跳ねる魚。額の汗を拭うジェシーおじさん。武器弾薬の下からタイプライターを発掘し、写真の魚が珍しいものかどうかを問い合わせる手紙を打つフェイスマン。
 まだ釣りを続けたそうなジェシーおじさんを引っ張って、バンに乗り込むフェイスマン。河原へ駆け戻り、魚で一杯になったバケツを持って車の中に引っ込むジェシーおじさん。
 ステージ下のコングが頷き、マードックがステージ上に合図を送る。演奏の振りと歌う振りを終え、高々と手を挙げる見知らぬおっさん4人とハンニバル。割れんばかりの拍手と歓声。観客席にお辞儀をし、袖に引っ込む5人。マードックがステージに上がり、ウクレレの演奏を披露したいのをぐっと我慢し、真面目に楽器等を反対側の袖に運ぶ。カーテンの陰でぎゅうぎゅう詰めになりながらも変装解除したおっさん4人とハンニバル、ステージの裏を回って、反対側の袖に片された楽器等をヘリに積み込む。
 村役場へ向かうバン。ジェシーおじさんと魚を会場近くで降ろす。因みに、村役場までドリーの家からだと車で1時間半ほどかかるが、川からだと車で1時間で済む。ビバ、時短!
 マードックの指摘通り、閉まっている村役場。バンから駆け降りたフェイスマン、1分もかからずに鍵を開けて忍び込む。ファクシミリを探し当て、電話帳でデンバーの水族館の番号を探し、写真を貼りつけた手紙を送信。
 役場の戸締りをし、バンに乗ってドリーの家に帰るフェイスマン。
〈Aチームのテーマ曲、終わる。〉


 帰宅するなり、フェイスマンはファクシミリを送った水族館に電話をかけた。
 館員はフェイスマンからのファクシミリを見るなり驚いて、図鑑(専門家が持ってるやつ。○研のじゃなくて)を調べ、その種の魚類の専門家に問い合わせてくれたらしい。その結果、「その魚がアメリカに生息しているとは、にわかに信じ難い」ということだった。つまり、超レア。やった、とガッツポーズを取るフェイスマン。
 その魚の名は、鮎。ラテン語の学名はあるが、英語圏に生息していないため英語名はない。川で孵化し、川を下って海で成長し、成魚になると川を遡ってくる魚だ。ほとんどが1年で一生を終える。アジアにはいるけれど、この比較的小さな魚が太平洋を越えてアメリカまでやって来られるわけもなく、それも海から内陸のコロラドの川まで遡ってこられるわけもない。かと言って、成魚を生きた状態でアメリカに運んでくるのも難しく、卵から育てた稚魚を放流したとしても、よほど条件に合った環境でないと育たない。そもそも、鮎の養殖技術を持っているのは、この魚をよく食べる日本だけだと言う。
 この独特の香りを持つ魚を国内で食べたことのある者はほとんどいない、とさえ言われた。冷凍物も少しは輸入されているが、だいぶ味も香りも落ちるらしい。
「さっき食べましたけど。淡白な白身の魚で、あっさりしてて美味しかったです。特にニオイは気にならなかったな……いや、言われてみれば、キュウリやスイカっぽいニオイがしたような……何か、こう、夏の清々しい感じの香り。」
 聞けば、焼くと香りは薄れるらしい。生食した場合、明らかに青臭いと言う。生の川魚は寄生虫が恐いから食べたくないな、とフェイスマンは思った。
 館員が実際に見て調査したいと言うので、フェイスマンは川の場所を覚えている限り詳しく伝えた。
 電話を切り、国内の日本料理店にあの魚を売ったら、かなりの儲けになるな、フランス料理にも使えるんじゃないかな、とほくそ笑むフェイスマンであった。目指すところが変わってしまっているのにも気づかずに。


 子牛の丸焼きは骨までしゃぶられ、残っているのは金属棒とグリルだけになってしまった。夜が明ける前に牛小屋の掃除を終え、朝早くから子牛を焼き始め、フェスティバル開演以降は子牛の肉を切っては売り切っては売りしていた祖父に、ドリーは一休みしてくるように言うと、まだ燃えている炭を使い回すべく金バケツに放り込みながらも、周囲のバーベキューコンロの様子を見回した。
 串に刺して準備してあった肉や野菜はすべて売り切れ、急遽持ってきてもらった鶏モモやソーセージ、ベーコン、ハム、スペアリブ、ハンバーグのみならず、畑から直送のトウモロコシ、ナス、トマト、タマネギ、ピーマン、ニンニクなども焼かれている。無論、ジェシーおじさんが釣ってきた魚も焼かれている。ヨーカムさんちのお婆ちゃんが担当しているコンロでは、キノコのホイル焼きと焼きジャガイモも始めたようだ。缶飲料を冷やしている氷水の中にはキュウリも浮いている。ドリーの祖母は、昨夜の残りの煮詰まった内臓シチューをコンロで温め、手焼きのパンと共に紙皿に盛って売っている。客側も、「ハンバーグが来たぞ!」とか「あっちのシチュー、美味え!」とか「向こうで売ってるクッキー、絶品よ!」とかと楽しんでいる。……クッキー?
「よう、ドリー。随分と盛況だな。」
 声をかけられて、声の主の方を振り返り、鼻でフッと笑う。
「誰かと思ったわ、そんな格好してるから。」
 保安官の制服をびしっと着て、胸にはバッヂまで着けているトラヴィスだった。ヒゲを剃り、髪も撫でつけて、ほぼ別人。
「上から言われたんだ、きちんとしろって。」
「あんたがだらしないの、上の人にも知られちゃってるのね。」
 ハハッと笑うドリー。
「親戚だから。」
「ああ、やっぱり。コネでこの仕事に就いたってわけ。」
「まあね。」
 隠そうとも誤魔化そうともせずに、トラヴィスは認めた。
「で、今になってご出勤?」
 もう既に、フェスティバルの終了時刻になんなんとしている。
「いや、朝からずっと駐車場で車の整理してた。みんな好き勝手に車停めやがって。このイベント、またやるんだったら、次は駐車場にライン引いてくれよ。」
「覚えとくわ。」
 まともな助言をされて、ムッとする。
「そうだ、君んち、鍵つけたんだな、ドアにも窓にも。」
「ええ、誰かさんが入ってこないように。」
「防犯上いいことだけどさ、煙草の火、ちゃんと消せよ。」
「え?」
「寝がけにこっそり吸ってるだろ。たまに火、消えてないぜ。俺、もう消しに行けないし。」
「何、あんた、あたしの部屋に煙草の火を消すために忍び込んでたの? って言うか、毎晩?」
 そこまで忍び込まれているとは思っていなかったドリーが、眉間に皺を寄せながらも目を見開いて、変な顔になる。
「君の部屋に入ったのは、火が消えてなかった時だけさ。廊下から覗いて火が消えてたら、別に君の部屋に入る必要もないから、爺ちゃん婆ちゃんに見つかる前に退散してた。」
「じゃああたしの下着を盗んだのは?」
「下着? ああ、あのアレか、ボヤ騒ぎん時の。駐在所に置いといたのがなくなってて、それっきり、君、何も言わないから、君が見つけて持って帰ったのかなって思ってたんだけど、やっぱりそうだったのか。よかった。」
「何が、よかった、よ。」
「君のものが君んとこにちゃんと戻ったんだから、よかった、だろ?」
「盗んでおいて、その言い草はないわ。」
「俺が盗んだんじゃないって。」
「じゃあ誰が盗んだのよ?」
「えーと、それは、青少年の健全な育成と個人情報保護のために公表できません。」
「私、被害者なのよ?」
「でも、犯人と約束しちゃったからなあ。盗ったもの渡して、金輪際こんなことしなければ、ドリーには黙っててやる、って。」
「まあ、あんたが直接の犯人じゃないとしても、あたしの下着、自分のものにしようとしてたんでしょ? 駐在所にあったんだから。」
「他のどこに置いとけばよかった? ラッセルさんちが火事だって聞いて、警鐘鳴らして、ポンプ車出して現場行ったら、君が率先して火を消しに行ってくれて。でも、時間も時間だったし君がここにいるってことはもしや、って思って君んちに行ってみたら、案の定、君、煙草吸いかけで放り出してて、その時にはもう君の部屋は荒らされてて、それもあって煙草の火が他のもんに燃え移る寸前で、慌てて火を消して、そしたら外を誰かが走ってて、怪しかったんで追いかけたら、君の下着盗んだ犯人で、捕まえて下着取り返して、さっき言った約束したわけだ。で、ラッセルさんちの方が心配だったからそっち行こうと思ったんだけど、みんなに下着見られるの、君、嫌だろうと思って、そん時、君んちより駐在所に近いとこにいたから、駐在所に下着置きに行って、ラッセルさんちに行ったらもう火は消えてて、君もいなくなってて。ラッセルさんたちの様子見て、出しっ放しになってたポンプ車片づけて、駐在所に戻ったら、下着は君に回収されてた。……机の上に出しっ放しにしてたのは悪かったと思うけど、あの状況で、俺、どうすりゃよかったわけ? 君が自分ちにいるんだったら、俺、君んちに下着持ってったよ。でも、あん時、君、ラッセルさんちんとこにいたわけだし。」
 トラヴィスが長々と説明してくれるのを、その時のことを思い出しながら、ドリーは聞いていた。ラッセルさんから助けを求める電話がかかってきて、電話を受けた祖母に呼ばれて、寝る間際だったドリーは吸っていた煙草を……どうしたのか覚えていない。きっと、火を消さずに投げ捨てたのだろう。大急ぎで祖父とトラックに乗り込んでラッセルさんちに向かう間に、確かに鐘がカンカンと鳴るのを聞いた。そして現場に到着し、手押しの消防ポンプ車を押して走ってきたのは、今まで忘れていたけれど、トラヴィスだった。ポンプを押すトラヴィスと祖父。ドリーはホースの先を持ち、火元に向かって放水した。火を消し終え、家に戻ると、部屋が荒らされていた。具体的には、下着を入れていた引き出しが開いていて、部屋中に下着が散らばっていた。そして、デンバーにいる母親が送りつけてきた下着(サイズは合っているが趣味ではない)が消えていた。トラヴィスの仕業だと思い、駐在所に行ったら、トラヴィスはいなかったが下着はあったので、持ち帰った。
 ドリーの行動とトラヴィスの証言とを重ね合わせてみても、矛盾は見つからない。どこで行き違いになったかはわからないが、大方、小回りの利くミニバイクに乗ったトラヴィスが、道ではない場所をショートカットしたのだろう。街灯もないので、ヘッドライトの照らしている範囲以外は月明かりだけの暗さだし。
「わかった! あたしが誤解してたわ。あんた、全然悪くない。」
 とは言ったものの、ごめんなさい、と言うには、まだちょっと癪で。
「うん、君んちに無断で侵入してたのと、婆ちゃんにゴハンや甘いもん貰いに行く以外は。でも、爺ちゃんや婆ちゃんに、煙草の火の不始末がないか見に来ましたって言うわけに行かなかったし、婆ちゃんのパンやクッキー、ホントに美味いし。」
「今みたいにあたしに“火、ちゃんと消せ”って言ってくれればよかったのよ、もっと早くに。あたしが煙草の火、消してないことに気づいた時に。」
「言おうと思ったさ。でも君、俺の話、聞いてくんないから。こんなに会話が続いてるの、初めてだぜ。」
「だってあんた、保安官のくせに、何もしないでブラブラしてるだけ……じゃなかっ……た?」
 ブラブラしているだけだと思っていた。でも、そうじゃなかったのかもしれない。段々と自信が持てなくなってきたドリーであった。
「確かにブラブラしてた。見回りのつもりだったんだけどね。この村、お年寄りが多いから心配でさ。ついでに、食べ物の調達って目的もあったし。」
「そう言えば、あんた、食事どうしてるの?」
 ドリーは祖母の手料理を1日3食、ついでにおやつも食べているが、トラヴィスは駐在所で1人暮らし。近くに食事のできる店などあるはずもなく、商店さえもない。ドリーの祖母も、この村で作っていないもの、例えば小麦粉やシリアル、塩、砂糖、コーヒー、香辛料、果物類などは、月に1回、ドリーか祖父に街まで買い出しに行ってもらっている。
「どっかの婆ちゃんに恵んでもらってる。バイクのガス買いにオーククリーク行く時に、多少は食べもんも買ってくるけど。」
 と、その時。
「スリの現行犯3名、留置所に入れてきました。」
 フェスティバルのために補充された保安官(警備員代わり)が、トラヴィスに向かって気をつけの姿勢で報告した。
「ん、ご苦労さん。あとね、前から6列目の右端の席の男、えーとどこだ、9列目の真ん中よりちょい右のお父さんの財布盗ってた。逮捕はできないけど、取り返してやって。」
「わかりました!」
 観客席の右側を前の方へと向かっていく。
「あんた、あの人より偉いの?」
「今は同じ階級だけど、ここに来る前は、彼、俺の部下だったから。」
「部下? コネで入ったくせに、部下? 優遇されすぎじゃない?」
「コネで入ったって言うか、コネで入れられた。伯父貴が俺を無理矢理警察にスカウトしてね。俺、疲れる仕事したくないのに。」
「何であんたなんかを?」
「俺、ちょっと頭おかしくてさ。今、君、俺の方見てるだろ。でも、その周りのもん、俺の後ろの方とか、目には入ってるけど、何が起こってるかわかんないよね。気にしてないって言うか。」
「ええ、言われてそっちを見たらわかったけど。」
「俺の場合、視界にあるもん全部、気になっちまうんだ。かなり集中してないと、君だけ見てるってことができない。」
「それで、スリ見つけるの上手いわけね。」
「見つけたくて見つけてんじゃなくて、見えちまうんだよ、動くから余計に。スリだけじゃなくて、何でもかんでも。だから、こういう、人が大勢いるとこって嫌なんだ、頭痛くなって。デンバーで警官やってた時も、ホント辛かった。」
「事件を次から次へと見つけて、犯人をバンバン捕まえて、手柄立てて昇進して、部下持ってたってこと? なのに、何でこんなとこで保安官やってんの?」
「だから辛かったって言ったろ、脳味噌パンクしそうで。伯父貴に命令されて、毎日毎日、昼も夜もいろんなとこ見て回らされてさ。あそこの屋上に飛び下りようとしているのがいる、あの窓んとこで恐喝されてる、あっちの店は強盗入ってる、って、俺は言うだけなんだけどね。で、あんまりにも頭痛くて狂いそうで、辞表出したんだけど受理してもらえなくて、そんだったら俺、精神病院行く、って伯父貴に言ったら、ここの保安官の仕事回してくれたわけ。ここなら人口密度が低いから大丈夫だろうって。」
 因みに、統計上、この辺の郡の人口密度は、デンバー市郡の人口密度の400分の1である。
「じゃあ今は大丈夫なのね?」
「大丈夫なわけないだろ、こんな人が大勢いんのに。今だって、君だけ見てるように頑張ってる。……って、ああ、もう。」
 トラヴィスが眼球をわずかに動かした。
「どうしたの?」
「小競り合いが始まる寸前。」
 彼が駆け出していった先では、いかつい黒ウェスタンシャツ(肩と袖口は赤ペイズリー)軍団と、いかつい黒ウェスタンシャツ(赤糸の刺繍入り)軍団が今から睨み合おうとしているところだった。事の発端は、「ハンクと言えば、ハンク・ウィリアムズかハンク・スノウか」の対立。ハンク・ウィリアムズ派が多いのは確実だが、ハンク・スノウのコアなファンもいる……と思う。
「はい、ストップ。」
 ちょうど睨み合いが始まったタイミングで、トラヴィスが2集団の間に割って入った。ダブルバーガーの間のピクルスにさも似たり。
「喧嘩するなら、俺の管轄外でやってね。」
 やんわりとお願いするトラヴィス。
「おう、保安官さん、あんたは“ハンク”って言ったら誰思い出す?」
 ペイズリーシャツ軍団のリーダーと思しき男が問う。
「え? ハンク? うーん、ハンク……アーロンかなあ。」
 残念ながら、トラヴィスはC&Wを聴く人ではなかった。
「何だとぉ? 何すっとぼけたこと抜かしてやがるんでい!」
 まるでコングのようなセリフと共に、刺繍シャツ軍団の最もゴツいのが保安官の胸倉を掴み上げた。
「まあまあ落ち着けや、兄弟。」
 刺繍シャツ軍団のリーダーっぽい男が制止する。保安官に手出ししたら、しょっぴかれるのが目に見えているので。拘留されたりしたら、明日の仕事に差し支える。
 別にこの2組、チンピラでもなければ血の気の多い野郎どもでもない。片や総合商社の営業さんたち、片や会計事務所の会計士さんたち。いかついのは、仕事の後、ジムで真面目に筋トレに取り組んだ結果。人相が悪いのは生まれつき。目つきが悪いのは、普段は眼鏡をかけているのに、今日はせっかくお洒落したんだからと慣れないコンタクトレンズを入れているからかもしれない。
 と、そこへ。
「こっちよ、こっち!」
 ドリーの叫ぶ声がして、そちらに目を向けたトラヴィスは、あーあ、と肩を落とした。柵を直す職人さんたち(イベント関係の人たちかもしれない)がこちらに駆けてくる。


〈Aチームのテーマ曲、再び始まる。〉
 バイーン! と飛び上がり、数人の男たちにボディプレスを食らわすコング。逃げ惑う男たちを投げ縄で捕えるマードック。投げ縄から漏れた男たちの前に回り込み、1人1発ずつのパンチで倒すハンニバル。ハンニバルがいるのとは反対方向に漏れた男たちに、華麗な蹴りと掌底突きを食らわすドリー。
 財布を掏られたお父さんに財布を渡して戻ってきた保安官補佐が、喧嘩を止めようとしてコングに背後から近寄る。しかし、背後の気配を感じた瞬間、コングは振り向きざまに強烈なアッパーを放った。夏の青空に向かってヒューンと飛んでいく保安官補佐。殴る相手を間違えたことに気づき、その場に立ち尽くすコング。頭をふるふると横に振るトラヴィス。
(因みにフェイスマンは魚の件で別行動中。)
〈Aチームのテーマ曲、再び終わる。〉


 投げ縄に捕えられていた男たちは解放され、コング、ハンニバル、ドリーによって伸された男たちも、1名を除き、意識を取り戻した。トラヴィスが「君、無傷」、「打撲、帰ったら冷湿布貼る。腫れてきたら医者行く」、「打ち身、痛むようなら冷湿布」、「擦り傷、洗ってキップパイロール塗っとく」と、次々にいい加減な診断を下す。適当なことを言ってそうだが、案外、当たっているのかもしれない。保安官に言われて、男たちは反抗する様子もなく、静かに頷いている。幸い、骨折など緊急の手当が必要な被害者はいないようだ……未だ気絶している保安官補佐以外は。
「ま、こいつはいいとして。さて、ドリーとウェスタンシャツ着てない3人、この人たちに謝って。」
 地面に伸びている元部下を一瞬だけ見て、トラヴィスはドリーたちに言った。
「何でよ?」
「この人たち、喧嘩始めそうだったけど、やめたし、悪いこと何もしてないのに、君たちが一方的に暴行を加えたからさ。」
「でも、あんた、胸倉掴まれてたじゃない。」
「掴まれはしたけど、君たちが来る前に放してくれたよ?」
 うんうんと頷く2軍団。
「………………ごめんなさい。」
 だいぶ躊躇した後、ドリーが、蹴りを入れた男と掌底突きを食らわした男に頭を下げた。
「ごめん。」
 マードックも謝る。
「済まなかった。」
 コングも。
「済まんな、勘違いしてしまって。」
 ハンニバルも謝ったが、すっきりした顔してるし、葉巻持ってるし、態度も偉そう。
「はい、オッケ。で、君たちは、この人たちを許す。いいね?」
 トラヴィスが今度は2軍団の方を見る。
「ああ。」×2
 頷くリーダー格2名。
「で、君たちもお互いに仲直りする。ほら、握手して。」
 リーダー格2名が右手を握り合う。なぜか他の人々は拍手。
「これにて一件落着。解散。……ほら、帰った帰った。」
 ウェスタンシャツの野郎どもを駐車場の方にシッシッと追いやるトラヴィス。
「何してんの、ドリー。もう終わりの挨拶する時間だろ。」
 追いやりながら、振り返って言う。
「そうだった、行ってくる。」
「炭は消しとくよ。」
「お願い。」
 ステージの方へとドリーが走っていく。
「それと、モヒカンの人、花火打ち上げるんだろ?」
「そうだったぜ。……でも、何でそれわかったんだ?」
 不思議そうなコング。
「花火の玉、朝、6個あって、開演の時、3発聞こえたから。それに君、火薬臭いし。」
 その答えに片眉を上げ、コングも花火が置いてある方へドスドスと向かっていった。自分のニオイをクンクンしながら。
「アロハシャツの人、あのバケツに燃えてる炭、入ってるから、ビール冷やしてた水、たっぷり入れて。他んとこの炭も全部突っ込んじゃって。火が完全に消えたら、炭は穴掘って埋める。」
 マードックに指示をするトラヴィス。
「アイサー!」
 敬礼し、トラヴィスが指差したバケツの方へ小走りで向かうマードック。
「えーっと、お次は……。」
 ハンニバルにも何か頼もうとしたトラヴィス(自分では何もやりたくない)、はっと思い出して手を打つ。
「Aチームのスミス大佐か!」
「ご名答。」
 ダメ保安官であっても保安職の端くれ、Aチームのことを知っていてMPに通報されるんじゃないかと、ほんのちょっと案じていたハンニバルであった。でも、トラヴィスに正体を突き止められて、やけに嬉しそう。
「どっかで見たことあると思ってたら、そうか、ヴィクターさんの部屋で見たんだ、あんたの写真。」
 そっちか。
「ヴィクターさんのお墓、行った?」
「いや、まだだ。マダムには行くように言われてるんだが、暇がなくてな。」
「今、暇そうだけど? 案内しようか? 実のところ、俺、ここにいたくないんだよね。」
「お申し出、ありがたいが、ヴィクター氏の墓参りはすべて終わってから、と決めているんだ。君は君の職務を全うしたまえ。」
「ちぇっ。サボれると思ったのに。」
 トラヴィスは元部下の脇にしゃがみ込み、頬をベシベシと叩いた。
「おい、起きろ。」
「う、う……ん。」
 意識を取り戻した元部下、肘をついて上半身を起こし、頭をブルブルッと振る。そして、顎に手をやる。
「顎、外れてない? 舌、噛んでない?」
「はい……大丈夫そうです。」
「歯は?」
「折れてません。」
「視野に問題は?」
「ありません。」
「じゃ、何ともないな。行くぞ。」
 トラヴィスと保安官補佐は駐車場の方に向かっていった。
 それとほぼ同時に、ドリーがステージに上がり、手短に閉会の挨拶をし、花火が上がった。拍手が起こり、満足そうな笑顔の人々がぞろぞろと駐車場へと足を進める。口々に「楽しかったな」とか「来年は俺たちも参加しよう」とか「肉、美味かったな」とかと言いながら。
 人の列を眺めながら、ハンニバルは手に持っていた葉巻を銜え、ニッカリと笑った。
 その時。
「ごめん、遅くなった!」
 と、タイミング悪くフェイスマンが駆け寄ってきた。
「あの魚、アメリカにはいないレアな魚で、日本料理屋に訊いたら、生きたままなら1匹3ドルで引き取るって。魚1匹で3ドルだよ? ジェシーおじさんに頼めば、1日に100匹くらい獲れるかな? それも、おじさんならタダで獲ってくれるだろうし、そしたら売り上げイコール儲けだよ。すごくない?(まだまだ続く。)」
 興奮したように魚について説明を続けるフェイスマンを、ハンニバルは完全に無視したのだった。


 一晩のうちにステージも解体され、楽器やバーベキューコンロも元あった場所に戻され、ヘリやトラックも返却され、見知らぬおっさん4人にも別れを告げ(報酬は銀行振込)、ゴミも拾われ、翌朝には会場は元通りの荒れ野に戻った。いや、荒れてはいないので、ただの野。
 ドリーの家では、疲れ切ったAチーム4人が朝食の最中。
「昨日のお祭、大変だったけど楽しかったわ。寿命も延びたみたい。大勢の人に喜んでもらえたし。また来年もやりたいわねえ。」
「それはよかった。」
 朝っぱらから元気にウキウキな祖母に、ハンニバルが最短で応える。
「食べ物も沢山売れて、お金一杯貰って、みんなびっくりしてたわ。村の食べ物がほとんどなくなっちゃったけど。」
 肉類はすべて売ってしまい、野菜も焼いて美味しいものとキュウリは在庫ゼロ。そのため、今朝の朝食は、焼き立てのパンとコーヒー、牛乳はあるものの、肉も野菜もなし。バターもホイル焼きやジャガイモに使われてしまい、パンに塗るのはジャムかピーナツバター。あとは、茹で卵。ドリーの祖母は、バターがなければオムレツも目玉焼きもスクランブルエッグも作らない主義。
「こんな寂しい朝食でごめんなさいねえ。早いところドリーかお父さんに買い物に行ってもらわないと。」
 と、そこへ。
「おはよう、お祖母ちゃん。……あらみんな、早いのね。」
 ドリーが起きてきた。現在時刻、4時半ちょい。
「寝てないから。」
 目を充血させたフェイスマンが答える。
「ああ、皆さん、おはようございます。お早いお目覚めで。」
 続いて祖父も。
「みんな寝てないんだって。」
 ドリーが祖父に伝える。
「徹夜で祭の片づけですか。先に休んでしまって申し訳ない。」
「いやいや、お気になさらずに。あたしらの仕事ですから。」
 力なくハンニバルが手を横に振る。
「おい、モンキー、柵、まだ直してねえとこあったろ。行くぜ。」
 牛乳をくーっと飲み干し、コングが席を立つ。ピーナツバターをただただ舐めていたマードックも立ち上がり、コングの後を追う。
 空いた席にドリーと祖父が着席し、パンに手を伸ばす。祖母がグラスを下げ、2人の前にコーヒーを置く。
「ドリー、君の言うひどい保安官、多少性格に問題はあるが、なかなかどうして、保安官の役目を果たしてたじゃないか。」
 ハンニバルが口を開き、フェイスマンが「え、そうなの?」とハンニバルの方を見る。
「ええ、あんなにちゃんとした人だとは思ってなかったわ。あたしも彼と話をして、あたしが誤解してたってわかったの。だから、あの人をクビにして、代わりの保安官に来てもらう、っていう話はなかったことにして。」
「なかったこと、って、でも、もう他の保安官に来てもらって、あいつのダメっぷり、見られたんだろ? 近いうちにクビになっちゃうんじゃない?」
 鮎に気を取られて、何もわかっていないフェイスマンが問う。
「フェスティバルの警備のために来た保安官、あの人の元部下の人だから、あの人のことを悪く言うわけないわ。すごく尊敬してるみたいだったし。……そうだ、お祖母ちゃん、サンドイッチ作ってもらえる?」
 フェイスマンにそう答えてから、キッチンにいる祖母に呼びかける。
「作るのは構わないけど、ハムもろくな野菜も、バターもないのよ。卵サンド、チーズサンド、ビーフパテサンドくらいしか作れないわ。」
 チーズやパテがあるなら出してくれればよかったのに、と内心思うハンニバルとフェイスマンであった。
「それで十分。あと、ピーナツバターのもお願い。」
「でも、どうしたの? 誰か産気づいた?」
 ここで言う「誰か」とは、牛のこと。牛が産気づいたら、ドリーも祖父も、牛小屋に籠もることになる。
「ううん、保安官に持ってってあげようと思って。」
 それを聞いて、揃って片眉を上げるハンニバルとフェイスマン。並んで座っているのでコメディっぽい。
「保安官に? 何でまた?」
 キッチンで既にサンドイッチ作製に入りながらも、祖母が訊く。
「あの人、誰かに食べ物貰わない限り、食べるものがないのよ。それに、お祖母ちゃんのパン、美味しいって言ってたし。」
「そんならそうと、はっきり言ってくれれば、あんな邪見にしなかったのにねえ。男って意地っ張りなんだから。」
 そういう問題じゃないと思うが。
「鍵つけて、あのお馬鹿さんが入ってこなくなっちゃって、ちょっと寂しいわね。張り合いなくなったって言うか……。」
「でも、鍵は締めた方がいいわ。昨日のフェスティバルで、この辺、老人ばっかりだって知られちゃったわけだから。保安官には、来たらノックするように言っとく。」
「もうさ、合い鍵渡しちゃったら?」
 フェイスマンがニヤニヤと言う。
「やだ、変なこと言わないでよ。」
 照れて赤くなった頬を両手で覆うドリー。
「あの男、ぐうたらなところさえ直してくれれば、わしも反対はしないんだがな。」
 茹で卵の殻を剥きながら、祖父が口を開いた。
「ちょっと、お祖父ちゃんまで何言うのよ。」
「あれは本当に気の回る男だ。考えなしに行動するお前にぴったりじゃないか。そうそう、わしが腰を傷めた時には、よく牧場にやって来て、何気なくわしの仕事をお前にやらせてたな。」
「え、あれって、あたしの仕事にケチつけに来てたんじゃなかったの? って言うか、お祖父ちゃん、腰悪くしてたの?」
 ほらな、というように、祖父はハンニバルたちの方におどけた表情を見せた。
「ドリー、サンドイッチできたわよ。」
「ありがと、お祖母ちゃん。」
 キッチンから呼ばれて、ドリーは返事をした後、パンを口に詰め込みコーヒーで流し込んだ。
「駐在所行ってくるから、30分遅刻する。」
 祖父にそう言い、ドリーはキッチンでサンドイッチ入りの紙袋を受け取って駆け出していった。
「さて、あたしらはヴィクターさんの墓参りをしてからお暇しましょうか。」
「その前に、お礼の件なんですが。」
 立ち上がろうとするハンニバルを、祖父が止めた。フェイスマンが、「そうだった」という顔をする。
「祭の準備から片づけまですべてやっていただいて、本当にありがとうございました。祭の売り上げをそっくりそのまま差し上げるのが筋とは思いますが、うちのも含めて、村の婆さん連中が“あたしが稼いだのよ”って大層喜んでましてね。普段、身を粉にして家事をしても、その対価が目に見えないからでしょうな。その金を取り上げるのは忍びない、と爺連中、申してまして。ま、その金の元になったのは、わしらが作った肉や野菜なんですが、その辺は目を瞑っといてやることにして、そんなわけで、うちのドリーがお願いしたことでもありますし、わしがひと肌脱ごうかと思いましてな。どうです、牛1頭というのは?」
「牛?」
 フェイスマンが声を引っ繰り返した。
「牛1頭持って帰んの? ロスじゃ育てらんないよ?」
「いやいや、そういう意味ではなくて、牛のオーナーになるという話です。牛を育てるのはわしらがやり、その牛が売れた暁には全額をそちらにお渡しする。無論、牛を育てるのに必要な費用は全部わしら持ちで。どうでしょう?」
「……牛1頭、いくらくらい?」
「うちの牛は、まあ平均1万5000ドルってとこでしょうか。肉質のいい牛なら2万ドル行きます。」
 Aチームの報酬としては悪くない。フェイスマンの頭の中から、1匹3ドルの鮎がざざっと流れて消えた。
「それでお願いします。」
 頭を下げるフェイスマン。
「その肉、売らずに我々が丸々食べるってことも可能なのかな?」
 ハンニバルにとっては、最早“牛”ではなく“肉”。食べる前提でいる。
「ええ、知り合いの業者に頼んで捌いてもらって、熟成させて、いい頃合いにお届けすることもできます。何でしたら、熟成後に瞬間冷凍することもできます。肉好きならば、その方がお得でしょうな。」
 祖父の話を聞き、ハンニバルはフェイスマンに「それがいい」と伝えた。
「バーベキューで出した肉は、冬のちょうどいい時期にわしが捌いて熟成させつつ冷凍したやつなんですが、いかがでした?」
「それが、食べとらんのですよ。」
 由々しき事態、という感じでハンニバルが身を乗り出す。早い段階で変装してしまったため、会場内を出歩くことも食事することもできず、ステージを終えて、やっと肉が食えると思った時には、バーベキューは既に売り切れていたのである。横でフェイスマンが「俺も食べてない」と呟く。
「それは残念。この前の冬は、気温や湿度の変化がわしの読み通りで、実に美味い肉に仕上がりましてな。1串5ドルで売っとりましたが、8ドルで売っても、いや、10ドルで売ってもよかったくらいです。」
 バーベキュー1串に5ドルと値づけをしたのはフェイスマン。かなりぼったくり値のつもりだったのに。「5ドルもするのに飛ぶように売れてるのは、祭でテンションが上がっているから」と思っていたが、そうではなかった。眉尻が下がり、トホホな表情。もしここに自分以外誰もいなかったら、フェイスマンは泣き出していたことだろう。
「あたしらの牛を、今年の冬? 来年の冬になるのかな? あんたに捌いて熟成してもらうってのは?」
「次の冬の気温や湿度次第では、後悔するやもしれませんが、今の段階ではまだ何とも。今回も行ける、とわかったら、わしが捌いて熟成する、今回は無理そうだ、となったら、業者に頼む、というのは?」
「では、それで行こう。」
「わかりました。それで牛ですが、お選びになりますか?」
「いや、あんたが“これが一番美味そう”と思うのにしてくれ。」
「大きいのと美味いのでは、どちらがよろしいでしょうか?」
「そこそこ大きくて美味いの。」
「あっさりしたのと脂ぎったのとでは、どちらがよろしいでしょうか?」
「あっさりを1、脂ぎったのを5とすれば、4くらいで。」
「となると、あと半年でバラすんであれば、あいつだな。」
 祖父の頭の中で、そこそこ大きくて美味そうで、やや脂の乗った、半年後にちょうどいい大きさに育つ牛がセレクトされた。
「耳にタグつけて、時期が来るまで大事に育てます。」
「肉が届くのは、来年の春くらいかな? 楽しみにしてるよ。」
「契約書、持ってきてないんで、ロスに戻ったら大急ぎで作って郵送する。それにサインして送り返して。」
「わかりました。それじゃ、わしはそろそろ牛の世話に行きますわ。本当にありがとうございました。」
 祖父が席を立ち、ハンニバルと握手をし、次にフェイスマンとも握手をし、キッチンに「行ってくる」と言ってドアを開けた。


 駐在所の開けっ放しのドアの前に、ドリーは立っていた。駐在所の横に車もミニバイクもあるのに、駐在所の中には誰もいない。
「保安官さーん。留守なのー?」
 ドリーは駐在所の中に入り、デスクやロッカーがある部屋から奥に進んだ。右手は留置所になっていたが、3人のスリの姿はなかった。左手にはドアが1つ。突き当りに洗面所があり、その左右にある半開きの扉の向こうは、右がトイレで左がシャワー。
 留置所の向かいにあるドアが怪しい、と踏んで、ドリーはその扉をノックしてみた。
「保安官さーん、まだ寝てるのー?」
 中でドタバタと音がして、ドアが開いた。
「おはようございます、ええと、ウィンストンさん。」
 出てきたのは、トラヴィスではなく元部下の男だった。制服のズボンとブーツに、上はTシャツ姿。部屋の中の状態を見せたくないようで、彼はドリーの脇をさっと擦り抜けてドアを閉めた。
「おはよう……ございます。……トラヴィス保安官は?」
「州警察本部に行っています。が、今この時間ならご自宅ではないかと。」
「自宅?」
 トラヴィスが普通の家に住んでいる様子が想像できず、ドリーは首を傾げた。
「ええ、チェリークリークにご両親と共にお住まいのはずです。」
「そこ、高級住宅地よね? あいつ、いいとこのお坊っちゃんなの?」
「そうですよ。」
 当然のように言われた。
「まあ、それはいいとして、いつ戻ってくるの? あ、これ、サンドイッチ。食べて。」
 トラヴィスにあげるはずだったサンドイッチを、ぐいっと押しつける。
「ありがとうございます。トラヴィス保安官は、10日後にお戻りです。」
「10日?!」
「スリの現行犯を本部に連れていくのも、本来は私の役目だったんですが、昨夜本部に問い合わせたら、護送車をこっちに寄越すから、トラヴィス保安官も一緒に来るように言われまして。護送は建前で、本音は“千里眼のトラヴィス”に犯人捜しをさせたいんだと思いますよ。それで、トラヴィス保安官と署長が言い合いになって、結局、3日間、本部の指示に従って、7日間、休暇を取る、というところに決着したようです。トラヴィス保安官の不在中、私が代理を務めさせていただきます。至らない点も多いかと思いますが、よろしくお願いします。」
 気をつけをし、頭を下げる元部下。
「あ、うん、よろしく。」
 心底がっかりした様子でドリーは口をもごもごと動かした。
「それで、トラヴィス保安官に、就寝時間後にウィンストン家が燃えていないか、外からこっそり見るように言われたんですが、何時頃がよろしいでしょうか?」
「あいつがそんなこと言ったの? やだ、もう。……10時くらいがいいわ。」
 気にしてもらえたのが嬉しくて、ドリーはころっと態度を変えた。
「承知しました。で、その、ウィンストンさんは、この村の代表的存在と聞いているんですが……。」
「うん、まあ、そうなんだけどね、あいつがあんたにあたしのことをそんな風に言ったの? もう、あたしのいないとこであたしの話するなんて、ちょっともう、いやん。……で、あいつ、あたしのこと他に何か言ってた?」
「わからないことがあったら、ウィンストンさんに訊くといい、って。」
「あーもーやだー! どうぞどうぞ、どんどん訊いて。」
 エンジェルのセリフのようだ。
「私は何をすればいいんでしょう?」
「え?」
 ムンクの叫びのようなポーズでぐねぐねしていたドリーが、「あ゛」とも「え゛」ともつかぬ声を発して止まった。


 翌日、ドリーはバリバリ働いていた。昨日は新米保安官に各家の場所と住民の情報と気をつけなければならないことを教え、山火事が自然に起きやすい場所を示し、消防ポンプの置き場所と使い方を教え、その上、祖母に買い出しを頼まれ、牛の世話がほとんどできなかった。C&Wフェスティバルに時間を費やしていた間も、牛の世話ができていなかった。牛に対してすべきことがどんどんと先送りになっていて、牛、不満そう。何となくドリーに対して冷たい。祖父は祖父の仕事で手一杯だし、Aチームももう帰ってしまったし、自分でやるしかない。
 牛小屋の掃除をしながら、あと9日もあるのか、と溜息をつく。全部の区画を一気に掃除し、干し藁を引いてやる。これで牛たちも気持ちよく眠れるはずだ。
 牛小屋から出てくると、もう空が赤くなっていた。牛が自発的に小屋に戻っていく。遠くでは、まだ外にいたい牛を、祖父が引っ張っている。柵を直してもらったおかげで、好奇心旺盛な子牛が柵の外に出てしまっているということもない。
「よう、ドリー。」
 呼ばれて振り返ると、柵に両肘を乗せたトラヴィスの姿があった。緩めのジーンズによれよれの開襟シャツといういつものだらしない姿で、髪もボサボサ、無精ヒゲも再発生。加えて、目の下のクマがいつもよりひどい。
「え? 何で? 何でいるの?」
 思いが幻影を生み出したのかと一瞬思ったドリーだったが、ドリーのイメージするトラヴィスは実物より280%くらいカッコよかった。
「いちゃいけない?」
「帰ってくるの、まだ先でしょ?」
「本部に頼まれた仕事、手配中の犯人、片っ端から見つけるってえの、1日半で終わらせて帰ってきた。」
「休暇は?」
「だから、俺、今、休暇中。あっちにいたら頭休まんないし。」
「それはいいけど、何でここにいるの?」
「ケンドリックが世話んなったらしいから、礼言っとかなきゃなって思って。サンキュ。」
 元部下がケンドリックという苗字であることは、制服を見て、知ってはいた。
「どういたしまして。あんた、急にいなくなったから、びっくりしたのよ。」
「俺も、急に仕事振られてびっくりしたぜ。あ、ドリー、そこんとこ凹んでる。」
 言われて、トラヴィスが指差す方に移動する。
「ホント。よく気がついたわね。」
 この辺りは地下水のせいで、突如、地面に穴が開くことがある。凹み程度ならいいのだが、完全に穴が開くと、牛が落ちてしまうかもしれない。牛が体ごと落ちるほどの穴が開くことはまずないが、脚が落ちるだけでも牛にとっては大ごとだ。驚いて、無理に動こうとして、細い脚を骨折してしまう。そうなったら、その牛はもう食べるしかない。
 ドリーは凹みをガツガツと踵で踏んだ。凹んでいるだけで、それ以上、陥没はしないようだ。念のため目印を置いておこうと、ドリーは柵を潜って道端から10インチほどの岩を取り、凹みの場所に戻って岩を置いた。
「これでよし。」
 ドリーが手をパンパンと叩く。
「他にはない?」
「なかった。……でさ……。」
 何か言いたそうなトラヴィス。
「何?」
「俺、休暇中だろ? 駐在所にはケンドリックがいるだろ?」
「うん。」
「俺、寝るとこなくてさ。ここで寝ていい?」
「ここ?」
 トラヴィスが地面を指し、ドリーも地面を指した。
「牛小屋に空き部屋があるんなら、そっちでも。」
「牛小屋には空きないけど……うちには空き部屋あるわよ。伯父さんの部屋じゃ嫌かしら?」
「そんな、君んち入ったら、婆ちゃんに叩き出される。」
「大丈夫よ。……ねえ、お祖父ちゃん、トラヴィスさんが寝るとこないんだって。駐在所にあの新しい人がいるから。伯父さんの部屋、使ってもらうってどう?」
 やっとこさ牛を引っ張ってきた祖父に尋ねる。
「構わんぞ。」
 祖父はそう言うと、ドリーの肩をポンと叩いてニヤリとした。
「ほら、お祖父ちゃんの許可も出たから、うちに来なさいよ。」
「ありがとうございます。お言葉に甘えて、お邪魔させていただきます。」
 トラヴィスは祖父の方を見て、きちんと礼を述べた。それに対し、片手を挙げて応える祖父。
「あんた、そういう堅苦しい言い方もできるのね。」
「できるよ、そりゃあ。普段しないだけで。」
「あんた、いろんなこと、しないのね。」
「面倒だし、しなくても何とかなってるし。」
「でも、ヒゲは剃った方がいいと思うわ。」
 ドリーがトラヴィスの頬に手を伸ばす。だが、トラヴィスはその手をすっと避けた。
「何で避けんのよ?」
「作業用の汚いグローブで人の顔触ろうとすんなよ。」
 ドリーは、あ、と自分の手を見下ろした。


 ロサンゼルスに戻る車の中で、牛1頭分の美味い肉がそのうち送られてくると聞き、コングは未だかつて見せたことのない弾けるような笑顔になった。マードックもアロハシャツとバミューダパンツを脱ぎ捨て、ウクレレもポイッとバンの後部に投げやり、シートに座ったまま変な踊りを始めた。その踊りは約2時間、止まらなかったと言う。
 フェイスマンも、珍しく、アジトに戻った後、忘れずに契約書を作って送り、ドリーの祖父も間違いなくサインをして契約書を送り返した。
 だが、半年後、Aチームは肉のことをすっかりと忘れていた。契約書も、捨ててはいないけど、どこかにはあるはず、というまあよくある状態。これでAチームが定住しているのなら、忘れていた肉がある日突然送られてきて、何も問題はなかったのだろうが、大変不幸なことにAチームは住所不定。郵便物は私書箱に送られてくるが、2000ポンド近い冷凍肉は私書箱には送れない。すっかり準備の整った肉(今回も理想的に熟成できた)をどこに送ればいいのかと、ドリーの祖父は私書箱宛に問い合わせたが、たまたまその時、Aチームは国外で依頼遂行中。フェイスマンがその手紙を手にした時には、既に、痺れを切らせたドリーの祖父が肉を各所に売り捌いた後であり、さらに郵便局からの帰り道で事故に巻き込まれたフェイスマンは、持っていた手紙の束のみならず、カシミアのコートとマフラーと、イタリア製ブランドスーツ上下まで灰にしてしまったのであった。
 その後、ドリーの祖父は「熟成の神」と呼ばれるに至り、ウィンストン牧場の牛肉はちょっとやそっとでは手に入らない高級肉として取り扱われるようになったのであった。その一方で、第2回C&Wフェスティバルは準備段階で頓挫(Aチームがいないため)、二度とドリーの村でイベントが開催されることはなかった。
【おしまい】
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