ござるでござる
鈴樹 瑞穂
 師走である。師も走るという季節らしいが、Aチームも忙しかった。
 月初めにマイアミで手抜き業者による違法建築に泣かされている人々を助け、次の週はアイダホで規格を満たしていないジャガイモをブランドイモとして出荷していた農家を改心させ、数日前からアドバイザーとして参画していた香港でのコオロギ養殖農場の立ち上げもようやく一段落。
 立て続けに依頼をこなしたAチームは、束の間の休日を楽しむべく、日本に立ち寄ることにした。なぜ日本か。マードックがどうしてもアキハバラに行きたいと言い出し、初めての遠近両用眼鏡を作ろうと決意したハンニバルがリサーチを重ねて眼鏡市場がいいだろうと同意し、円安で予算的にもお財布に優しかったためフェイスマンが首を縦に振った結果である。なお、Aチームは縦割り体制なので、飛行機に乗りたくないというコングの意見はスルーされた。


 というわけで秋葉原。
「それでは、ここからは自由行動。集合時刻は夕食すなわち二〇:〇〇!」
 ハンニバルの号令一下、Aチームはそれぞれの目的を果たすべく解散した。因みに集合場所は、日本滞在中の宿泊場所であるウィークリーマンションの一室である。
「ここから一番近い眼鏡市場は、と――上野だな、よし。」
 ハンニバルは山手線で上野に向かうべく、再び改札内へ。
「最近の家電はすごいなあ。」
 フェイスマンはこの機会にキッチン家電やドライヤーを物色するため、量販店へ。
 コングは細々したパーツショップを流し見した後、UFOキャッチャーをしにゲームセンターへ行くらしい。
 そしてマードックは――
「あっ、これこれ、あった〜!」
 フェイスマンに渡されたお小遣いをすべてコインへと両替し、マードックがやって来たのは海○堂だ。お目当てはカプセルトイ、いわゆるガチャガチャである。香港で「日本全国まめ郷土玩具蒐集」なるガチャの犬張子フィギュアを中古で見つけ、嬉々として買ったまではよかった。しかし、入っていたリーフレットで紹介されていたラインナップに、何と、張子の虎があるではないか! その他にも、鳩笛、米食い鼠、張子鹿、嫁入り人形、うそ(これが何なのかはよくわからない)という魅惑のコレクションである。これは並べたい。コンプリートしたい。
 発売日が1年ほど前だったので、まだ残っているかは賭けだった。店頭にずらりと並んだガチャガチャは、「福をよぶ フクロウ大全」「ワールドタンクデフォルメ」「能面根付」「珍獣動物園」「UMA大全」「日本の至宝 仏像立体図録」等々、実にそそられるコレクションだ。それらの入れ替わりが激しいこともコレクターであるマードックは心得ており、ドキドキしながら見ていくと、お目当ての「日本全国まめ郷土玩具蒐集」があった。
「ひゃっほー! って…………あれ?」
 歓声と共に駆け寄ってみれば、それは確かに「日本全国まめ郷土玩具蒐集」であったが、カプセルを入れる場所に貼られているポスターには、見覚えのないフィギュアが並んでいる。木彫りの熊に招き猫。一番のお目当てだった張子の虎は――ない。
「虎は? 虎ないの?」
 マードックはガチャガチャの自販機の肩(と思しき辺り)をがしっと掴んで問い詰めた。もちろんガチャは無言である。が、顔を近づけたおかげで気づいた。これは「日本全国まめ郷土玩具蒐集−第3弾−」だ。探していたシリーズのリーフレットにはただ「日本全国まめ郷土玩具蒐集」としか記載されていなかったから、第1弾なのだろう。好評で次のシリーズが作られる。よくある話だ。
「あああ……。」
 がっくりと両手と膝をついてひとしきり項垂れた後、マードックはすばやく立ち直った。せっかくここまで来たのだ。第3弾でもいいではないか。ここは引いて行かねば。
 もう一度、第3弾のポスターを確認する。餅つきをしている兎や、木彫のにわとり、金魚の提灯もある。できれば木彫の熊が欲しいところだが、何が出てもいい。
 マードックは軍資金の入ったがまぐち(カエル型)からコインを4枚取り出し、ガチャを回した。
 海○堂のカプセルトイは、黄緑色のカプセルに入っている。よくあるガチャと違って透き通った材質のカプセルではないので、開けてみるまで中身がわからないのだ。しかもガッチリとフィルムで封がされていて、かなり開けにくい。先人たちの苦労の賜物か、カプセルを捨てるゴミ箱に、フィルムを引っかけて剥がすためのプラスチックヘラが紐で結ばれて完備されていた。牛乳屋さんの瓶牛乳のフタを開ける道具と同じノリである。
 わくわくしながら苦労してカプセルを開けると、中から出てきたのは猿の焼き物だった。白くころんとしたフォルム、赤い顔と尻、黒く塗られた頭、アクセントなのか手足の先は黄緑色だ。何とも言えない愛嬌がある。
「おお……これはこれでイイ。」
 リーフレットを広げてみると、これが吉備津土人形の猿であることがわかった。第3弾のその他のラインナップは、木彫り熊、笹野彫りのにわとり、招き猫、張子の餅つき兎、那智の火祭り人形、金魚提灯である。
「やっぱこん中なら木彫りの熊か招き猫、いや金魚の提灯も捨て難いなー。」
 鼻歌を歌いながらご機嫌で2回目を回す。苦労してフィルムを剥がし、開ける。出てきたのは、猿。
「お? ダブったか。じゃ次は違うのが出るな。」
 ふむふむと3回目を回す。苦労してフィルムを剥がし、開ける。出てきたのは、猿。
「え? 3つ目かよ。まあいいけどさ。」
 さてさて、と4回目を回す。苦労してフィルムを剥がし、開ける。出てきたのは、猿。
「は? コレ、逆にすごくね? さすがに次は違うのが……出るよな。頼む!」
 なむなむ、と5回目を回す。苦労してフィルムを剥がし、開ける。出てきたのは、猿。
「……。」
 さすがのマードックも、しょっぱい表情にならざるを得なかった。
「まさかこの中、猿しか入ってないとか……。」
 合計5つになった猿を両手一杯に抱えてマードックが途方に暮れていると、若い女の子の2人連れがきゃっきゃとやって来た。
「何これ、面白ーい。お祖母ちゃんちの玄関にあるやつみたい!」
「試しに1回、回してみよっか。」
 楽しそうに女の子がガチャを回し、出てきたカプセルを開けるのを、マードックは横から見ていた。ガン見せずにはいられない。中から出てきたのは、真っ赤な金魚提灯だった。
――他のも入ってんじゃん……!
 マードック、心の叫び。
「わぁ、お祖母ちゃんにあげよっと。」
 女の子たちが去った後、マードックは今がチャンスとばかりにがまぐちを開いた。しかし、無情にも中は空っぽだった。フェイスマンに決められた1日のお小遣いを使い切ってしまったのだ。
 仕方ない。今日のところは撤退だ。また明日出直すとしよう。ついでにお小遣いの増額も交渉しよう。
 マードックは両手に5つの猿を抱えたまま、海○堂を後にした。


 フェイスマンの手配したウィークリーマンションは祖師谷大蔵にあった。何でもキャンペーン中で一番リーズナブルだったそうだ。秋葉原から新宿へとマードックが電車で向かっていると、フェイスマンから連絡が入った。
 日本の公共交通機関の中では通話はNGである。その場合の連絡手段はLINEと予め決めてある。
F「モンキー、今どこにいる?」
M「新宿に向かってるぜ。今はえーと、御茶ノ水を過ぎたとこ。」
F「よし、そのまま寄り道せずにすぐ帰ってこい。」
M「えー、まだ集合時間じゃないだろ。もうお金ないけどよ。」
F「いいから。仕事の依頼が来たんだよ。ってもう渡した分使っちゃったのか! また変なもん買ったんじゃないだろうな?」
M「変なもんは買ってない。」
F「……何を買ったんだ?」
M「猿が5つでござる。」
F「は?」
M「ござる。」
F「だからそれ何だよ?」
 これは見せた方が早い。そこでマードックはジャンパーのポケットに突っ込んでいた猿を手に出し、スマホで写真を撮ってLINEで送った。
F「は? ちょ、何だよそれ? 5つ? 何で同じものを5つも買ったんだ?」
M「ちょっと。」
M「待って。」
F「ん?」
M「猿持ったまま。」
M「だと。」
M「打ちづらい。」
F「おいwww」
M「猿しまった。」
F「猿しまったwwwww」
M「5つは不可抗力。」
 その後フェイスマンからは「www」の羅列しか返ってこなくなった。そこでマードックはLINEを閉じて集合場所に向かった。


 ウィークリーマンションには既にハンニバルとコングも戻ってきていた。フェイスマンはマードックの顔を見ては思い出したように笑っていたが、仕事の話になると真剣な表情になった。
 今回の依頼人は、ハンニバルが上野の眼鏡市場で会った田中さんという中年男性だ。近所でケーキ屋を営む田中さんは、これからクリスマスの書き入れ時を迎えるのに、ケーキを作るためのバターが品薄で、このままでは十分な数のケーキを用意できないと困っていた。世間話の合間にそれを聞いたハンニバルが、ここは一肌脱ごうじゃないかと話を持って帰ってきたのだ。
「そりゃバターの調達はできるけど、どうせそれだけじゃないんだろ?」
 フェイスマンがハンニバルの顔を見る。
「その通りだ。その田中さん、自分の店のケーキには自信があるらしいんだが、最近はコンビニのケーキを買う人も多くて、客が減っていると嘆いていた。どうせなら書き入れ時に大勢の客を呼び込むところまで手伝おうじゃないか。」
「確かにさっき買ってみたが、コンビニのケーキも安くて手軽で、しかもそこそこ美味かったぜ。ありゃあ個人の店で太刀打ちすんのは難しいな。」
 自由行動の間にちゃっかりと買い食いまでしていたらしいコングが腕を組む。とは言え、その表情は既にアイディアと段取りを考えている。マードックももちろん異論はなく、そこで作戦会議が始まった。


〈Aチームのテーマ曲、始まる。〉
 スーツに眼鏡姿のフェイスマンが近県の牧場に車で乗りつけ、ブリーフケースを手に爽やかに降り立つ。
 パティスリータナカの店頭に、大きなクリスマスツリーをハンニバルとコングが2人がかりでセットする。マードックは店の窓に発泡スチロールのトナカイとソリ、雪の結晶を配置して貼りつけていく。更にコングがツリーの横に大きなトナカイのイルミネーションを立て、声をかけると首が動く仕掛けを作る。マードックがポケットから取り出した猿をコングの目の間に突きつけ、眉間に皺を寄せるコングを説き伏せて、同じ形の猿のイルミネーションを作ってもらう。トナカイの背に跨る猿。トナカイの首が動くと猿の目が光る。
 マードックがレジの横に並んだ置物の中に張子の虎(日本全国まめ郷土玩具蒐集)を見つけ、大袈裟なリアクションをしているところに田中さんが通りかかり、差し上げましょうかと差し出したようだ。マードック、ポケットから猿を出してトレード成立。マードックは喜んで跳ね回っている。
 戻ってきたフェイスマンがミニバンの後部からクーラーボックスに入ったバターと牛乳、卵、いちごやブルーベリーを次々と降ろす。受け取ったマードックが端から厨房に運んでいく。
 コングが角材を組み合わせて、ハンドミキサーを固定する台を用意する。田中さんの指示の下、マードックが巨大なボウルに入れた生クリームをハンドミキサーの下に置いて次々と泡立てる。
 田中さんがスポンジ台を切ってフルーツを挟み、マードックが用意する絞り袋を使ってデコレーションしていく。
 サンタクロースの扮装をしたハンニバルが駅前に立ち、次々と改札から出てくる人たちに割引券を配る。
 コングとフェイスマンが店の外に台を運び出し、マードックも一緒にみんなしてサンタの扮装でケーキを売る。
〈Aチームのテーマ曲、終わる。〉


 パティスリータナカのクリスマス商戦は例年にない成功を収めた。元々、田中さんの言う通り、味はよかったのだ。あとは商品を豊富に揃え、店を華やかに飾り、人を集めることができれば問題なかった。
 用意したケーキは完売したが、残ったケーキの切れ端とクリームとフルーツで田中さんがトライフルを作ってくれた。コングも納得の味だった。
 マードックは猿と交換で張子の虎を手に入れ、上機嫌だった。田中さんも猿を手に入れて、実は喜んでいるようだ。
「来年は申年ですから、縁起物でちょうどいいんですよ。」
 田中さんがそう語った猿は、まだマードックの手元に4つ残っている。
 しかし、今回の仕事で貰った報酬の分け前を手に、翌日秋葉原の海○堂に行き、再びござるが揃う運命であることを、この時のマードックはまだ知らなかった。


参考;日本全国まめ郷土玩具蒐集
http://mag.japaaan.com/archives/22440
http://mag.japaaan.com/archives/25899
【おしまい】
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