丸太はどこへ行った。
フル川 四万
〜1〜

 雄大な森の間を流れる川。川幅10メートルほどの美しい渓流だ。急な流れもあれば、ゆったり揺蕩う場所もあり、時折現れるゴツゴツした岩場から、その先の段差を落ちる水は、さながら小さな滝のようである。ここは、ミシシッピ州の森林地帯。12月の澄んだ空気と明るい日差しが川面に映えて、まるで一幅の絵のようだ。
 ジャボンと音を立て、1頭のビーバーが川に飛び込んだ。見れば、川岸には何頭ものビーバーが群れている。ビーバーたちは、次々に水の中に飛び込んでは、しばらくすると上がってくる、を繰り返している。彼らの目的地は、水中に建築中の巣。巣と言っても、幅は2メートル以上、高さは水深プラス1メートル程度ある木製の豪邸だ。彼らは、森の方から丸太や木の枝を運び出し水の中へと運び込む。それを建築中の巣に突っ込むと、また上がって材料調達……のループ中。
 と、その時、川岸にいた1匹が後ろ足で立ち上がった。真剣な眼差しで上流を凝視している。
「キュルルルル!」
 彼は甲高い声を上げ、尻尾で水面を叩いた。水面を叩くのは、仲間に危険を知らせる合図だ。こうすれば音の聞こえない水中の仲間にも危機的状況が伝わる。仲間からのサインに、周りのビーバーたちも慌てて岸に上がってきた。
 彼らの視線の先、上流からゴツンゴツンと岩に当たりながら流れてきたのは、無数の丸太。伐採後、枝だけ落とした形の丸太が数十本、急流を躍り狂う勢いで下ってくる。そして、轟音と共に彼らの建築中の巣に襲いかかった。ガンガンとぶつかる丸太に、瓦解していく木製の城。
 10分後、完成間近であった巣は、丸太と共に跡形もなく流れ去ったのであった。そして、家を失った可哀想なビーバーたちは、一瞬の遠い目をした後で、また何事もなかったように巣の再建に取りかかるのであった。


〜2〜

 ところ変わって、ここは近くの森の中の小さなロッジ。ストーブの上の網ではヤカンがシュンシュン言っている。ヤカンの横に干しイモとジャーキーも焼けている。
「おいフェイス、茶ぁ沸いたようだぜ。」
 ストーブ前の古びた1人用ソファに陣取り、スケッチブックに何やら描き物をしていたコングことB.A.バラカスが、テラスで洗濯物を干していたフェイスマンことテンプルトン・ペックに声をかけた。
「ちょっと今手が離せないから、モンキーに頼んでよ。」
 シーツを広げてロープに引っかけながらフェイスマンが返す。
「モンキー、モンキーどこだ、いねえのか……仕方ねえな。」
 コングはそう言って立ち上がると、描きかけのスケッチブックをサイドテーブルに置き、朝のコーヒーを淹れるためにキッチンへと向かった。
「ただいまー。」
 そこに登場したのは、モンキーことH.M.マードック。時節柄、頭には、いつものキャップではなく、トナカイの被り物。腕には山ほどの薪を抱えている。
「おや、そろそろ朝飯かと思って帰ってきたんだが、まだのようだな。」
 マードックと一緒に薪割りから戻ってきたハンニバルことジョン・スミス大佐が、キッチンを覗き込んで言った。
「もうできてる、あとコーヒー淹れるだけ。」
 空の洗濯籠をぶら提げてテラスから戻ってきたフェイスマンが、そう言ってストーブの上を指差した。
「できてる、って、イモとジャーキーで朝食とな?」
「うん。パン切らしてるし、町まで出るの面倒だし。」
 悪びれもせずにそう告げるフェイスマン。
「コーヒー入ったぜ。」
 そこにポット片手にコング登場。もう片手には牛乳のガロン壜が1本。当然、カップを持つ余裕はない。お盆使えよ。気がついたフェイスマンが、カップを取りにキッチンに去る。
「あれ、コングちゃん、何これ、新しい装甲車のデザイン? ちょっと砲身出す穴が大きすぎねえ?」
 マードックが、テーブルに開きっ放しで置いてあるスケッチブックを手に取った。そこには、三角柱に一本足が生えたような雑なデッサンが。三角柱には小窓が沢山開いている。
「ああ、それは装甲車じゃねえ。クリスマスツリー型の秘密基地だ。」
「秘密基地?」
「ああ、孤児院の子供たちと約束したんだ。クリスマスには、中に入ってみんなで遊べる秘密基地をプレゼントするってな。だが、その計画も頓挫しそうだぜ。」
「何で?」
 と、マードック。
「資金がねえんだろ、今。」
「ああ、そうだね。朝ゴハンが干しイモとジャーキーになるくらいだもんねえ。イモ焼けたかな?」
 干しイモを抓み上げて、裏表を確認しつつマードック。干しイモの裏表にはこだわりがある彼氏だ。
「それは単に、買い物行ってないだけだって。」
 そう言い訳をするフェイスマンではあるが、確かにAチームは現在、金欠なのである。なぜなら、最近、麻薬組織をぶっ潰した際、興が乗りすぎて経費を使いすぎてしまい、手持ちの現金が尽きた状態だから。それで、別件の依頼人(『ハクビシン駆除の件』)からささやかな報酬が振り込まれるまで、こんな山奥のロッジでおとなしく過ごそう、ということになっている。
「そう言うな、報酬が入れば、ロスに戻って次の仕事に取りかかればいいだけの話だ。」
「で、ハンニバル、報酬はいつ入るんだ?」
「来週末。」
「クリスマスに間に合わねえじゃねえか! 材木買って秘密基地作んのに、4日はかかるからな。」
「じゃあ、こっちで途中まで作って持っていったらどうだ?」
 と、ハンニバル。
「ここで作るったって、材料がねえしなあ。工具は十分あるんだが。」
「何を仰いますか、窓の外を見てご覧なさい。材木なら、売るほど生えてるじゃないですか。」
 ハンニバルの言葉に、外を見る3人。確かに、テラスの向こうに広がる光景は、木、木、木の集合体、つまり森林である。
「……生木だけどね。」
「でも、何もしないで過ごすより、何かやることあった方がいいだろう。手伝いますよ、秘密基地作り。」


〜3〜

 というわけで、材木を求めてチェーンソウと斧を担ぎ、ピックアップトラックで森の奥へとやって来たAチーム。さすがに、ロッジの傍の木を切ってしまうと、無断拝借しているロッジの持ち主に申し訳ないので、できるだけ奥〜の方で材木を調達する所存。
「さ、この辺まで来れば大丈夫だろう。コング、材木はどのくらい必要なんだ?」
「この辺の木の太さなら……ちょっと小さいから、12本だな。」
「よし、じゃあ、さっさと12本切り出すぞ。」


〈Aチームのテーマ、かかる。〉
 チェーンソウで太い幹をブイブイ切るハンニバル。頭には白ヘルメット、口元には葉巻。そして、冬なのに白ランニング。
 でかい斧で別の木をガンガン切り倒すコング。
 トナカイ姿のまま、コングが切り倒しつつある木の上から葉っぱや小枝をコングに投げつけるマードック。
 倒れてくる木をひょいっと避けるフェイスマン。
 倒れた木の枝を鉈で払うハンニバル。
〈Aチームのテーマ、FO。〉


「おい、お前たち、そこで何してる!」
 そこへ、突然響く怒声。
「ここはうちの会社の伐採地だぞ!」
 怒りながら走ってきたのは、70歳くらいの老人。作業着に黄色のヘルメット姿である。
「伐採地? ここ、国有林じゃないのか?」
 チェーンソウを止めてハンニバル。
「国有林は向こうの小道までだ。この辺りは、うちの会社の私有地。看板が出ていたはずだが。」
「そうなの? 知らなかった。」
 と、フェイスマン。やっちまった、という空気がAチームの間に流れる。
「爺さん、知らなかったとは言え、それは申し訳なかったぜ。じゃあ、切った丸太はお返しするぜ。」
 そう言って、コングが丸太を1本、ひょいと持ち上げる。
「何がお返しだ! お前らが切った辺りの木は、まだ伐採には向かないサイズの若木だ。返してもらったところで大した値はつかん。ははぁん、さては川からうちの丸太を定期的にくすねていたのも貴様らだな?」
 男は、怒り心頭な様子で、そう続けた。
「丸太? いや、ここに来たのは今日が初めてだが。」
「嘘をつけ、先月もその前も、運搬途中のうちの丸太をごっそり抜いたじゃないか! しかも、姑息な方法で!」
 興奮した爺さんの罵声は止まらない。
「ちょっと待て爺さん、何の話をしてるんだ。俺たちは、本当にここに来たのは今日が初めてだぜ。」
「ああ、州に来たのが今月入ってからだし、先月はオクラホマにいた。証拠もある。」
 コングとハンニバルは、そう言って爺さんの前に仁王立ち。
「信用できん。」
 負けじと爺さん、への字口で腕組み。
「て言うか、ベーシックな質問だけど、丸太って盗まれるもんなん?」
 マードックが、登っていた木の上から、頭を下にしてするすると下りてきた。実に器用、かつ猿っぽい。トナカイだけど。
「盗まれるだろ。現に、お前さんたちも盗んどるじゃないか。」
「そりゃそうだけど、自分で切り出すのと、切られた丸太を盗むのとじゃ、意味が違うんじゃね? こんな人っこ1人いない山奥で盗まれるなんて珍しいこともあるもんだと思ってさ。だって、ここで盗んだって、町まで運ぶの大変じゃん。」
 マードックの言葉に、爺さんは、一瞬、ウッ、と言葉に詰まり、そして、トーンダウン。
「確かに、そう言われればそうなんじゃが……じゃあ、うちの丸太がなくなっとるのは、どういうわけじゃ? なぜじゃ? どーしてじゃ?」
 なぜかと問われても、答えの持ち合わせがないAチームであるが、この爺さん、何やら深刻な事情がありそうなご様子。困っている人を放っておけないタイプのハンニバルが、そんな爺さんの肩をポンと叩いた。
「いいことを思いついたぞ。」
 嫌なことを思い出したように頭を振る爺さんに、ハンニバルがニッカと笑ってそう言った。
「じゃあ、勝手に木を切ってしまったお詫びに、その丸太泥棒とやらを、あたしらが捕まえて進ぜよう。」
「何だって? あんたら何者だ? もしかして警察関係者か?」
「警察じゃないけど、まあ、その辺りの者ってことで、ちょっとしたノウハウは知ってるんだ。礼はいらないよ、俺たちが切ってしまった若木の弁償分だ。フェイス、それでいいな?」
「う、うん……。」
 タダ働きが大嫌いなフェイスマンも、こちらに落ち度があるゆえ、反対できず。こうしてAチームは、新しい任務(タダ働き)を得たのであった。


〜4〜

 ピックアップトラックに切った木材(結局、貰った)と爺さんを乗せてロッジに戻ったAチーム。干しイモとジャーキーを齧りつつ爺さんの話を聞く。
「わしは、ボビー・クーパー。クーパー製材所の社長だ。社長と言っても、社員は、女房と息子2人の零細企業だが、代々受け継いだ森林で林業を営んでいる。おお、ありがとう。年寄りには、こういう素朴な甘味が嬉しいもんじゃの。」
 爺さんは、差し出された干しイモをもぐもぐしながら話を続ける。
「大体、親子3人で週に50本ほどの木を伐採する。伐採した丸太は、1か所に溜めておいて、ある程度乾燥したら、川に流して4キロ下流の木場まで運ぶんだ。」
「流す? 筏か何かで?」
「いや、そのままじゃ。丸太は、まだ乾ききっていないんで重いんじゃが、この川は水量あって流れも速く、水に落とせば下流まで問題なく流れていくんだ。わしと息子で丸太を川に流し、もう1人の息子が下流に作った木場で受け取るというシステムになっている。木場まで着いた丸太は、機械で引き上げて何日か乾燥させ、専用のトラックに積んで町まで運ぶんだ。だが、最近、上流から流した丸太と、木場に到着した丸太の数が合わないことがよくあってな。」
「そりゃあ、どっか途中で引っかかってるんじゃないの? 岩とか窪地とかに。」
「その可能性は低いと思う。なぜなら、最後の1本を流した後、わしらがボートで後を追い、どこかに引っかかっているものがあれば、わしらが流れに戻してやるからな。」
「伐採場所から木場までは何キロだって?」
「約4キロじゃ。」
「で、何本流して、何本到着するの?」
「大体50本流すと、到着するのは44、5本じゃな。」
「1割の丸太が川の途中で消えてるってことか。確かに、ちょっと多いな。」
「そうなんだ。去年までは、流した数だけ、ちゃんと木場に到着していたんだが。」
「クーパーさん、次に丸太を流すのはいつだ?」
「もう随分溜まっているから、明日にでも流そうと思っとる。」
「じゃあ、何はともあれ、まず現場に行って、川の途中に不審なものがないか探してみよう。」


〜5〜

 翌朝、クーパーさんの森の奥、川の上流で積み上がった丸太を前に、作業の説明を受けるAチーム。
「まず、流し始める前に、トランシーバーで4キロ下の木場の次男に連絡する。スタートの合図と、流す本数だ。」
 と言って、トランシーバーを取り出すクーパー氏。
「よし、それじゃあ、丸太を流し終わったら、あたしとコングは、クーパーさんのボートに同乗させてもらうとする。モンキーとフェイスは、予定通りヘリで上空から不審人物がいないか確認してくれ。下の木場で落ち合おう。」
「わかった。」
「オッケー。」
 フェイスマンとマードックは、持ち場へと走り去った。その背中を見送り、クーパー爺さんがトランシーバーのスイッチを入れた。
「マイクか、これから流す。50本だ。」
『了解。』
 トランシーバーから、息子のマイクの声がした。
「で、あとは川に放り込むだけだ。手伝ってくれ。」
「よし来た。」
 クーパー爺さんと長男のエリック、そしてハンニバルとコングの4人が、川岸に積み上がった丸太を足蹴にして次々と川に落としていく。50本の丸太は、ほんの10分で川に投げ込まれ、流されていった。
「わしらは、このボートで最後の丸太を追っかけて下るというわけじゃ。」
 小さなボートに乗り込んだクーパー爺さんとハンニバル、コングは、ゆっくりと流れ出す最後の丸太を追って、川面に滑り出た。
 手漕ぎのゴムボートは、丸太の群れを追って進んでいく。漕ぎ手はハンニバルとコング、舵を取るのがクーパー爺さんだ。
 バババババ……。
 上空を強い風が吹き抜ける。見上げれば、マードックの操縦するヘリが一足先に川に沿って飛んでいく。コングは、マードックに向かって軽く拳を挙げた。
「ありゃ軍用ヘリじゃないか。……てことは、あんたたち、軍人か?」
 上空を見上げてクーパー爺さんが言った。
「まあね、そんな感じですかな。」
 ハンニバルは、クーパーの“こいつら何者だ?”という視線を軽く受け流して、視線を川面へと転じた。
 流れは結構急だ。丸太は、時折岩場や川岸にぶつかってゴツンゴツンと音を立てながら、何とか先へと流れていく。
 クーパー爺さんが1本の棒を取り出した。50センチ程度の金属の棒の先に、小さな鎌がついている。
「引っかかったら、この鳶口で引き戻すんじゃ。」
「そんな短い棒で、引っかかった丸太に届くのか?」
 クーパーが棒についていた留め金を外し、シャキンッと棒を振り下ろす。鎌つきの棒は釣り竿のように伸び、たちまち2メートルの長さの撓る鞭となった。
「おっ、かっこいいじゃねえか。」
 と、コング。
「遠近両用じゃ。」
 そう言って、近くを流れている丸太を鳶口で軽く引っかけてみせるクーパー爺さん。
「すげえな、それ、売ってるのか?」
「ほっほっ、いいじゃろう。わしの特製じゃよ。」
 そう言って、ご自慢の鳶口を伸ばしたり畳んだりしてみせた。


 その頃、旋回しながら川を下るヘリコプター。操縦席にはマードック、助手席には双眼鏡片手のフェイスマン。流れる丸太の周りの川岸を観察しながら、ゆっくりと下流に向かって進んでいく。特に、人が下りられそうな岸や、丸太を引き上げる余裕のありそうな場所に、念入りに目を凝らす。
「フェイス、何か見える?」
「いんや、平和そのもの。人っ子1人いないよ。あ、ビーバーだ。可愛いなあ。」
 双眼鏡で下を眺めながら、フェイスマンがそう言った。
「ビーバーじゃなくて人間を探すんだろ?」
「うん、そうだけど、なかなか見られないよ? 野生のビーバー。何してるんだろう……巣を作ってるのかな? 水の中に塚みたいなのができてる。」
 と、フェイスマンが眼下を指差す。
「ああ、ビーバーは大きい巣を造るからね。土台は4メートル級の丸太で組んで、上に小枝でドームを造って家にするんだ。しかも、その前に堤防を築いて自家製のダムを造ることもある。ほら、今こそ俺っちトナカイだけどさ、昔ビーバーやってた時もあってね、ヘッドハンティングされたんだけどさ……。」
「結構大きいぞ。5、6匹、いや10匹以上いるな。大きいやつが尻尾で水面をパンパン叩いてる。はは、ご機嫌だね。」
 マードックのビーバー妄想など聞いちゃいないフェイスマンである。
「え、尻尾で水面を?」
 旋回をかけながらマードックが身を乗り出した。
「それ、ご機嫌どころじゃないよ、フェイス。尻尾でパンパンは、仲間に危険を知らせるサインだ。何かヤバいこと起きてんじゃねえ?」
「危険? 特に危険なことは見当たらないけど……あ。」
 フェイスマンが双眼鏡を覗き込んだ。
「あわわ、ヤバい、丸太、来る。」
「丸太? そりゃそうでしょ、おいらたち、流れてる丸太を追っかけてるんだぜ?」
「そうじゃなくて、当たる、直撃する、ビーバーの巣に。」
「何だって!?」
 操縦席から身を乗り出すマードックとフェイスマン。丸太の群れがビーバーの巣に迫っている。まず手前の堤防が破壊され、そして巣にも丸太が激突。
「チュルルルッ!」
「キュウンッ!」
 叫び声を上げて逃げ惑うビーバーたち。しかし、無情な破壊者(丸太)は、数分も経たぬうちにビーバーの巣を跡形もなく消し去ったのであった。
 何となく無言になるフェイスマンとマードック。
「ええと、人を探すんだよね。」
「そうそう、丸太をね、盗んでる人をね。」
 気を取り直して川岸に目を凝らす2人。今見た惨劇のことは極力忘れようとして……。


 と、その時。
「あ、何か動いた。」
 と、フェイスマン。
「何? 人間? ビーバーじゃなくて?」
「多分。ほら、あそこ。」
 指差す先には、対岸の森の中に見え隠れする赤い影。
「よっこら、っと。」
 フェイスマンが望遠レンズつきのカメラを取り出し、被写体に向かってシャッターを切る。
 バシャバシャと連写されるフィルム。ファインダーには、確かに赤いジャンパーの男の後ろ姿が捉えられていた。
「大佐、聞こえる?」
 マードックが無線機を取った。
『モンキー、何か見つかったか?』
 無線機からハンニバルの声。
「スタートから2.5キロの地点で人影発見。反対側の岸の森の方。背格好は中肉中背。赤い上着。探してみて。」
『了解。』


 マードックからの無線を受けたボート班は、目的の対岸に上陸した。こちらも、クーパーの伐採地がある向こう岸と変わらぬ鬱蒼とした森である。
「この辺りは……ホッペンの奴のところの伐採地じゃな。」
 クーパー爺さんが辺りを見渡しながら言う。
「ホッペン?」
「対岸で、うちと同じ小規模林業をやっとる男だ。確かに、奴の敷地からなら運搬路も整備されているから、丸太をくすねても運び出しやすい。」
「そのホッペンて奴ぁ、あんたとの仲はどうなんだ?」
「よくはないが、まあ、ライバルってところじゃ。お互い代々の林業だし、ハイスクールの同級生でもある。しかし、ホッペンがうちの丸太を盗んでいるとは考えにくいのう。」
「ほう、それはどうして?」
「考えてもみろ、向こうだって木こりだぞ? 盗まなくても、丸太はいくらでもあるじゃあないか。」
 そう言われて、辺りを見渡すハンニバルとコング。確かに、周りは木ばっかりだ。むしろ、木しかない。
「確かに、わざわざ手間ぁかけて盗むようなもんじゃねえな。てぇことは、そのホッペンの敷地に入り込んだ誰かが、あんたの丸太を盗んでるってことか。」
「そうかもしれん。しかしそうなると、誰が、何のためにじゃろうか。」
 クーパーが考え込んだ。その足元を、ビーバーがチュッと鳴いて走り抜けた。


 その夜。ロッジに再集結した一同。ハンニバル、コングとフェイスマン、そしてクーパー爺さんは、ストーブを囲み、コーヒーと干しイモでブレイクしつつ作戦会議を開催。
「結局、今日も1本盗まれてたんだよな?」
 ハンニバルがクーパー爺さんに問うた。
「ああ、流したのが50本、木場に着いたのが49本。1本足りない。1本くらいなら、気にすることはないのかもしれんが……。」
「できたよ。」
 現像仕立てほやほやの写真の束を片手に、マードック登場。昼間被っていたトナカイの被り物は、角部分が雑に切り取られ、ガムテでできた大きな前歯があるビーバー仕様に変わっていた。
 テーブルの上に数十枚の写真をぶちまける。クーパー爺さんが1枚を手に取り、険しい表情になった。写真には、丸太を引き摺って森の中に去ろうとする男の後ろ姿が。
「これは……ホッペンじゃ。」
「何だって? 間違いないのか、爺さん。」
「ああ、間違いない。信じたくはないが、このジャンパーの背中を見てくれ。ホッペン製材所のロゴが入っとる。」
「それじゃ、同業者が、わざわざ丸太を盗んでたっていうのか?」
「ああ。それに、背格好もホッペンだ。しかし、何であいつがうちの丸太を?」
「それは、本人に聞いてみるのが一番早いんじゃない?」


〜6〜

 ということで、翌日の早朝、再度ボートに乗り込んでホッペンの家へ向かったAチームとクーパー爺さん。ホッペンの自宅は、川岸からほど近い森の中にあった。
 クーパー爺さんが先頭を切り、つかつかとホッペン家の戸口へと歩み寄る。
 ガンガンガン!
「おい、ホッペン、いるんじゃろ! 開けろ!」
 ピンポン無視でドアを叩き、ノブをガチャガチャやるクーパー。
「おいおい、もうちょいと冷静になんなさいな。これから話し合いもしなきゃならんのだし……。」
「ホッペン、ホッペーン! この泥棒野郎! オタンコナス!」
 諫めるハンニバルを無視して怒鳴り続けるクーパー爺さん。すると、ダダダダダッ、と足音がして、バーン! とドアが開いた。そこに立っていたのは、赤ら顔に白髪パーマヘアの大柄な爺さん。
「クーパーじゃないか、何だこんな早朝に! ははーん、さては良心の呵責に耐え切れず、懺悔しに来たな、この泥棒が!」
 ホッペン爺さん、朝から、そしてクーパー爺さんに負けず劣らず、ハイテンションである。
「何だと! そいつはこっちのセリフだ! よくもうちの丸太を盗んでくれたな!」
「何を抜かしやがる! お前こそ、俺んちの丸太を盗んでるじゃないか! 盗られたものを取り返して何が悪い!」
「何だと!? 冗談よしとくれ、わしがいつお前んとこの丸太を盗んだっていうんじゃ!」
「盗みまくってるじゃないか、去年からずっと!」
「誰がお前んとこの丸太なんか取るものか! 丸太だったら、こっちにだって売るほどあるんじゃからな!」
「それはこっちも同じだ! 実際、売ってるしな!」
 朝っぱらから際限なく怒鳴り合う元気なジジイ2人(共に70歳・林業)。その迫力に、突っ立って戦局を見守るAチーム。
「クーパーんとこの丸太が盗まれた件だよな?」
 と、コング。
「そうだねえ。」
「何かわかんないけど、ホッペンのとこのも盗まれたって話になってるよ?」
 と、ビーバーの被り物の男。
「わけがわからんな。ちょっと止めるか。」
 ハンニバルがそう言って2人の間に割って入った。
「はいはいはい、ちょっとタンマ。」
「うるさい、邪魔するな!」
 ホッペンがクーパーの胸倉を掴んで叫んだ。既にクーパー爺さんのTシャツの首は、伸びきって、びろーんとなってる。
「そうじゃ、これはコイツとわしの問題じゃ!」
 身長でホッペンに負けるクーパーが、グーの手を振り回して殴りかかる。
「おい、やめねえかてめえら。」
 コングが、2人の首の後ろのシャツを掴んで無理やり引き離した。
「頭に血が上ってちゃあ、解決する前に血管切れて倒れるぞ、2人とも! ここは落ち着いて、第三者の前で話したまえ。」
「他人が口出すな、この&第shんしゃdしあおdhじょあはぐぐぐぐ!」
「そうじゃ、ここは2人でけっちぇくを、あががが!」
 コングに半ば吊るされた状態で、なおも暴れる2人。
「しょうがねえなあ。」
 ハンニバルが、やっておしまいなさい、とコングに目配せ。そして、暴れやまない2人のオデコを、コングが、ガツン! とぶっつけた。気を失って倒れる暴れジジイ2人。


 15分後、目を覚ました木こり老人ズは、さっきと打って変わってローテンションに。多分、ぶつけられたデコが痛いんであろう。通常、対悪人(若い)相手に繰り出すはずの技を食らったのだから当然だ。2人は、ホッペン爺さんの貯木場の片隅の丸太に腰を下ろし、しょんぼりと項垂れている。
「じゃあ、話を聞こうか、ホッペンさん。あんた、どうしてクーパーさんの丸太を盗んだんだ?」
「……先に盗んだのは、そっちだろ。」
 濡れたタオルでオデコのコブを冷やしつつ、ホッペンが呻いた。
「だから、わしは盗んでいないと言っておろう。」
「何を根拠に、クーパーさんがあんたんところの丸太を盗んでるって言ってるわけ?」
 フェイスマンが、ホッペン爺さんの隣に腰を下ろしてそう問いかけた。
「ああ、詳しく聞かせてもらおうか。話によっては、協力できることもあるかもしれん。」
 ハンニバルに促され、ホッペンは話し始めた。
「去年の今頃からだ。この貯木場に積んである丸太が、明らかに減り始めたんだ。泥棒だと思い、警察を呼んで張り込んでもらったんだが、結局犯人は捕まらず……。それで、そんなことが数か月続いた時、俺は、ある法則に気がついた。」
「法則だと?」
「貯木場の丸太がなくなるタイミングだ。クーパーんとこの木場から丸太が出荷されるタイミングと、丸太がなくなる時期が一緒だってことに気がついたんだ。」
「……うちの出荷のタイミングで? 何を言ってる。わしが出荷量の水増しのためにお前の丸太を盗んだとでも?」
「それが一番納得の行く答えだ。つまり、お前さんのとこが、期日までに注文のあった本数を揃えられなくなり、うちの丸太に手を出したに違いない、と。」
「だから、仕返しに、クーパーさんの丸太を盗んだ。」
「ああ、その通りだ。」
 ホッペンは素直に頷いた。
「なわけがないだろう。そもそも、うちとお前さんのところとじゃ、出荷している木の種類が違う。お前さんの丸太を失敬しても、うちには何の得もない。それに、うちは、息子が2人、跡を継いでる。注文分の伐採くらい、遅れずにできとるわい。」
「……じゃあ、一体、誰がうちの丸太を盗んでるんだ?」
 ホッペン爺さんは、そう言って頭を抱えた。


「ホッペンさん、丸太が盗まれるのは、クーパーさんが出荷する時期だと言ったね?」
「ああ、そうだ。」
「それって、まさに、今、だよね?」
 と、フェイスマン。
「じゃあこうしよう、俺たちが、あんたのところの貯木場を見張って、真犯人を捕まえる。それでクーパーさんが犯人じゃないということがわかれば、あんたは、クーパーさんに謝って、今まで盗んだ丸太に相当する弁償金を支払う。」
「わかった。では、お願いする。誰か知らんが、俺の代わりに犯人を捕まえてくれ。」


〜7〜

 というわけで、ホッペン方の窃盗事件も請け負った4人。とりあえず爺さん2人を家に帰し、窃盗現場となった貯木場を検証する。
「ふむ。車が入れる道路は北側の1本だけ。反対側は川だから、道路側を見張ればいいということか。」
 広場をぐるっと回って、ハンニバルが言った。
「でもおかしいね、車の音がすれば、家の中にいても、すぐに気がつきそうなもんだけど。」
 と、フェイスマン。
「だが、夜中、ホッペンが熟睡してたら、気がつかねえかもな。」
「じゃあ、ここはひとつ、定点カメラを据えてみるか。よし、一旦退却だ。夜に出直すぞ。」
 ハンニバルが撤収を宣言した、その時。
「おーい!」
 マードックの声。見れば、川の方から手招きしている彼氏。
「モンキー、どうした?」
「窃盗犯、いた。」
「何ですと?」
「何だと?」
「いた、だって?」
「うん、いた。」
 マードックが、なぜか笑顔でそう言った。駆け寄る3人。手招きされるままに、川の岸辺に下りる。
「ほら、あれが丸太泥棒の犯人、て言うか、犯ビーバー。」
 マードックが指差す先には、せっせと巣作りをする齧歯類たち。
「ビーバー!?」
「うん、ビーバー。ほら、巣をよく見て、特に下の方。丸太、一杯刺さってる。」
 しゃがみ込んで水中に目を凝らす3人。
「ああ、確かに立派な土台があるね。でも、ビーバーって自分で切った木で巣を作るんじゃなかったっけ?」
「普通はそうだけど、ここのコたちはさ、間に合わないから。」
 マードックが、そう言って上流を指差す。
「間に合わないってのは、どういうこった?」
「ここさ、巣を作っても作っても、クーパー爺さんが上流から流す丸太で壊されちゃうんだよ。」
「ああ、わかった、昨日の!」
 フェイスマンが昨日見た光景を思い出してポンと膝を打った。
「そう。だから、切り倒すよりお手軽に、積んである丸太を拝借してるってこと。巣の場所変えればいいんだけど、悲しいかな、一度決めたら、なかなか変えられないんだね。奴ら、動物だから。俺っちもだけど。あ、ほら、引き摺った跡がある。」
 マードックは、そう言うと、視線を地面に落とした。川岸の斜面には、何かを引き摺ったような跡がくっきりと残っている。そして、その跡を辿った先は、確かに貯木場の裏手に出る。
「今回助けんのはさ、クーパーでもホッペンでもなく、ビーバーだと思うな。」
 マードックの言葉に、深く頷く3人であった。


 クーパーとホッペンの両ジジイを再度呼び出し、状況を説明するハンニバル。
「というわけで、犯人は、人じゃなく、ビーバーだった。」
「ビーバー……。それじゃ、クーパーは俺んとこの丸太を盗んじゃいなかったってことか。」
 ホッペン爺さんが、溜息をついてそう呟いた。
「そうだ、サイクルとしては、こんな感じだ。@ ビーバーが巣を造る。A クーパーの丸太で、造った巣が破壊される。B ビーバーがホッペンの丸太を盗む。C ホッペンがクーパーの丸太を盗む。D @に戻る。」
「わかった。ビーバーでは仕方がない。今まで悪かった。弁償しよう。」
 ホッペンは、そう言ってクーパーに右手を差し出した。クーパー爺さんも、その手をがっつり握り返した。
「誤解が解けてよかった。それじゃ一件落着ということで……。」
「しかし、なぜ俺の側の岸にだけ、ウジャウジャ大量にビーバーがいるんだ? 去年までは、そんなことなかったのに。」
 大団円にしようとするハンニバルを遮って話を続けるホッペン。
「ああ、それはな、去年、わしの側のビーバーを駆除したからじゃよ。木に悪さをしたんでな。ついでに、鉄線に電気通して張り巡らしてある。こっちに上がってこんように。」
 さらっと恐ろしいことを言い出すクーパー。
「はあ!? それじゃ、お前んとこのビーバーが避難してこっちに押し寄せてるんじゃねえか! 結局、お前のせいか!」
「仕方なかろう。生活の知恵じゃよ。お前の方のビーバーも駆除してやろうか? この鳶口で。ほっほっ。」
 クーパー爺さんが、鎌つき棒をシャキンッと伸ばしてみせた。
「爺さん、それでやったのかよ……殺生が過ぎるだろ。」
 コングが顔を顰める。ホッペンは、しばらく考えた後、いや、いい、と手を振った。
「野生は野生のまま、触らないことにしておくよ。俺たちは森の恵みで商売させてもらってるんだし、奴らはこの森の一部だ。」
「ふふん、お前は甘いの。」
「かもしれん。」
「でもさ、クーパーさん、あんたが丸太流してる以上、またビーバーは盗むよ? それはどうすんの?」
 ちょっとステキな雰囲気になった老人たちに、目下の問題点を鋭く指摘するマードック。
「……クーパーのとこは水路以外に出荷方法がないからな。何とかビーバーの安全を確保してやりたいが。」
「わかった、それも引き受けよう。」
 と、ハンニバル。
「乗りかかった船だ。ビーバーの巣の安全対策ってことは、要するに、丸太があの巣に当たらないように堤防を作ればいいんだろ? 簡単じゃないか。」
 その言葉に、クーパー爺さんがハッとしたように声を上げた。
「あんたら、警察でも軍人でもなく……もしかして土木関係者か!」
 結局、この爺さん、4人がAチームだなんてことは、知らないままで終わりそう。


〈Aチームの音楽、かかる。〉
 どっかの岩場で重機を操り、岩を切り出すハンニバル。猫車に岩を積んで川岸に運ぶコング。マードックがショベルカーで川岸から水中に大小の石を投げ込む。図面を読む顔を上げ、眩しそうに空を見上げるフェイスマン。
 同じシーンを5回、早送りで繰り返す。その度に、川の中に積まれた岩や石が増えていく。
 作業場所の下流には、ビーバーの巣。巣の周りで立ち上がったビーバーたちが、尻尾で水面をパシンパシンし続けながら、作業を見守っている。
 そして最終的に、立派な堤防ができ上がった。試しに丸太を流してみるクーパー爺さん。丸太は、造られたばかりの人工堤防で方向を変え、ゆったりとビーバーたちの巣の横を通り過ぎていった。
〈Aチームの音楽、終了。〉


 森のロッジの庭では、丸太から製材されて角材へと進化した材木を材料に、大工仕事が繰り広げられている。ノコで角材を切っているフェイスマン。板にドリルで穴を開けるマードック。それらを組み上げて、クリスマスツリー型の秘密基地を造るコング。まだ仮組の段階だが、子供たちの安全性を鑑みて、できる限り釘は使わない方法で組んでいく所存だ。
「上手いもんだな。」
 と、追加の材木を届けにきたクーパー爺さん。
「わかったぞ、あんたたちは、警察でも軍人でも土木関係者でもなく、大工なんだな? 本当は。どうだい、当たりかの?」
 何が嬉しいんだか、ニヤニヤ笑いながら爺さんが言った。
「まあね。」
 クーパーの言葉に、ハンニバルもニヤリと笑い、満足げに葉巻を銜えるのであった。
【おしまい】
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