40万ドルの男たち
伊達 梶乃
 講演会会場の大して広くはない控室で、新進気鋭の経営コンサルタント、エヴァン・マクヒュー氏は、ふと、読んでいた本から目を上げて、伏目がちな秘書の方を見た。伏目がちどころか、顔面は前を向いていても目玉はずっと下を見ている。本を読んでいるわけでもないのに。
「どした? 何か落ちてる? それとも、靴かズボンに問題でも?」
「この眼鏡、どっから盗ってきたんよ?」
「え、眼鏡屋。度、きつかった?」
「上の方、すげえきつい。下の方は少しマシ。」
「ああ、遠近両用だったんだ、それ。カウンターに置いてあったの、つるっと持ってきただけだからなあ。」
「外しちゃダメ?」
「眼鏡かけてなかったら、お前、秘書に見えないだろ?」
 ピシッとスーツを着て(サイズ合ってる)ネクタイも締め(柄もおかしくない)、遠近両用眼鏡をかけた秘書ことマードックは、言うまでもないが、革ジャンも着てなければネルシャツもTシャツも着てないし、チノパンも穿いてなければコンバースも履いてなくて、帽子も被っていない。髪もきちんと撫でつけ、後ろ髪も跳ねていない。従って、マードックに見えない。これで秘書にも見えなかったら、一体何に見えるというのだ。
 今回エヴァン・マクヒューという名を騙っているフェイスマンは、『ドラッカー著“マネジメント”のエッセンス』に目を戻した。ドラッカーの『マネジメント』を読んでいる時間的余裕はない。この本だって、さっき読み始めたばかりだ。
 なぜフェイスマンが経営コンサルタントの振りをしているのか。それは、つい先日のパーティでそう名乗ってしまったからだ。そして、名を広めたいと口から出任せを言ってしまった彼のために、その場にいた親切な御仁が講演会を開いてくれたのだ。ばっくれてもよかったんだが、講演会のギャラが5000ドルだと聞いて、のこのこやって来たフェイスマン。一応、コンサルティングの勉強をして。だが、ちょっと後悔もしている。なぜなら、講演会の会場がそれなりに高名なホテルの広間で、そこに集っているのが結構名の通った、いや、かなり有名な企業の社長や副社長といった面子だと知ったからだ。無論、無名企業の社員もいるんだが、そんなものはフェイスマンの眼中にない。会社経営において百戦錬磨の彼らに、付け焼き刃のコンサルティングが通用するのだろうか、いや無理。その上、いつの間にか、一流経営コンサルティング会社に身を置きつつ国内各地や世界各国で研修を積み重ねた将来有望なコンサルタントが遂に独立! ということになっている。そんなことは一言も言っていないのに。
“誰かが俺を陥れようとしてるんじゃ……。”
 そんな考えが頭を過ったものの、顧客皆無の新人コンサルタント(偽)を陥れて何の得があるのか。彼がAチームのフェイスマンだとわかった上で彼を陥れようとしているのなら、黒幕はMPだが、MPはこんな回りくどいやり方はしない、と言うか、思いつきもしないだろう。ここは、世の中には親切な人もいるもんだ、と思っておいた方がいいのかもしれない。
 内線電話が鳴り、『秘書検定、これで一発合格!』を開いたり閉じたりしていた秘書が受話器を取った。
「時間だってよ、マクヒュー先生。」
 覚悟を決め、フェイスマンは本を閉じ、パイプ椅子から立ち上がった。


「“停滞していると感じた時には、組織の横割りを試してみて下さい。特に大きな組織ほど縦割りになっていて、横の繋がりを失っているために、個々の社員は全体が見えなくなっています。日常の業務をこなすのに精一杯で、それが会社にとって何になるのかわからない。そんな状態では、企業は存続できるかもしれないけれど、まず成長は望めません。ここには大企業の社長、副社長以外の方もいらっしゃいますよね? あなた、ここ1週間で誰と話しましたか? 同じ部署の上司と部下だけじゃないですか? 奥さんやお子さんと話をしていないというのはもちろん問題ですが、それは私の専門外ですので”って立て板に水でしたねえ。」
 フェイスマンに秘密で、会社社長の振りをして講演会を聴きに行っていたハンニバルが苦笑した。当然ながら、参加費として切った小切手は不渡り。参加費が1人250ドルで、会場には100人以上の聴衆がいたのだから、1人くらい払わなくても大丈夫だろう。マクヒュー氏に5000ドルのギャラを払い、会場の使用料を引いたとしても、主催者側は結構な儲けになる(親切心だけではなかった)。平日午後2時から4時(準備片づけに前後30分含め)の会場使用料は比較的安いものだし。講演会後の歓談は、場所を移して、近隣の喫茶店で行われたし。
「おう、本物のコンサルタントみてえだったぜ。2時間、喋りっ放しでよ。」
 フェイスマンに秘密で、会場警備員として潜り込んでいたコングも苦笑する。因みに、警備員の時給は8ドル。でも参加費を払わずにマクヒュー氏の講演を2時間たっぷり聴けたのだから、時給133ドルと言ってもいい。
「うん、大成功だった、意外なことに。反応もよかったし、いい感じに笑いも取れたし。」
 疲れ切ったフェイスマンは、ソファにでろんと引っ繰り返っていた。適当なことをでっち上げて喋るのは得意ではあるが、2時間連続で一方的に喋るというのは今まで未経験。それも、いい加減なことを言っているのだと気づかれないように、ハイペースで喋りまくった。おかげで、自分が何を喋ったのかも記憶にない。
「おいら、大して何もしなかったけど、頭痛くなった。」
 1人掛けのソファで、マードックも沖に上げられたイカのようにぐったりしていた。彼はステージ上のパイプ椅子に座り、率先して頷いたり笑ったり拍手をしたりする係。マクヒュー氏が話を終えて「サンキュー」と言ったら、立ち上がって拍手をし、スタンディング・オベーションを促す。しかし、その役目を務めるために、フェイスマンの即興の話を聴いて理解しなければならない。頓珍漢なところで拍手をしてはバレバレだ。
「俺も、ホント、疲れた。頭使いすぎて吐きっぽいくらい。」
 そう言いながらもフェイスマンは、5000ドルの小切手を見つめて幸せそう。
「で、マクヒュー先生、どうすんよ、コンサルティングの予約。」
 秘書が額に上げていた眼鏡をハンニバルに渡し、使用開始後1/4日のスケジュール帳を開いた。講演の後、我も我もとコンサルティングの予約が殺到し、有能秘書はそれを伏目がちに捌いていったのだった@喫茶店。
「とりあえず、オフィス作んないと。……ここでいっか。」
 身を起こしたフェイスマンは、アジトをぐりっと見渡して再び重力に屈した。
「それと、夕飯も忘れちゃなりませんよ。」
 遠近両用眼鏡をかけたハンニバルは、「こりゃ快適!」と思いつつも、フェイスマンが未だピラピラさせている小切手に目を向けて諭した。ハンニバルの推測では、今日の夕飯は豪勢に高ランク肉のでかいステーキ。だが。
「あー、これでやっとオートライフルの代金払える。弾も買える。車も直せる。」
 フェイスマンの呟きに、夕飯のメニューはいつもと大差ない、とハンニバルは確信した。


〈Aチームの作業テーマ曲、始まる。〉
 ロサンゼルス市内の事務所・住居兼用マンションの前に、コングのバンがキッ、と停まった。中から駆け出してきたフェイスマンがバンに飛び乗ると、コングはバンを急発進させた。
 1LDKのアジトでは、ハンニバルとマードックが模様替え中。寝室をオフィスにするために、ベッドをリビングルームに運ぶ。リビングルームで、ベッドは一旦立てておいて、ソファを脇に寄せ、空いたところにベッドを設置。ソファの場所に合わせて、テレビの位置も調整。
 銃砲店の店員にへこへこと頭を下げ、長いこと支払っていなかった代金を支払うフェイスマン。壁一面に並んだ弾薬の中から必要なものを選ぶコング。
 粗大ゴミ集積場でいい感じの机と椅子を見つけたマードック、ハンニバルを呼ぶ。
 自動車修理店で店員にへこへこと頭を下げ、前金を支払うフェイスマン。工員と話をしているコング。その横には、運転席爆発済みのコルベット。幸い、運転席以外に深刻な被害はない模様。
 いい感じの机と椅子をアジトの寝室だった部屋に運び込んだハンニバルとマードック、だるだるの腕を擦る。因みに、粗大ゴミ集積場からこれらを徒歩で持ってきたのである。机の上に椅子2脚を括りつけて。
 肉屋で肉を買うフェイスマン。肉、としか表記のないそれは、どの部位か、以前に、何の肉かもわからない。本当に肉かどうかも微妙なところ。ただ、異様に安い。無料で牛脂もつけてもらう。
 バンの後部を漁ってミンサーを探し出したコング、額に煌めく汗を手の甲でぐっと拭い、それをフェイスマンに渡す。満足そうなフェイスマン。
 アジトの狭いキッチンで肉と牛脂をミンチにするコング。パン粉と牛乳を混ぜ、ハンバーグ用ミックススパイスを大量に振り入れるフェイスマン。タマネギを炒めるマードック。机と椅子を磨くハンニバル。
 ローテーブルにどでかいハンバーグがどーんと置かれ、その香りをうっとりと嗅いで笑顔を見せるハンニバル。
〈Aチームの作業テーマ曲、終わる。〉


 ハンバーグを頬張り、ビールを飲み、ゴキゲンなハンニバル。あとの3人が食べているのは、もやしとキャベツの炒め物、茹で卵、茹でたジャガイモとニンジン。
“肉好きのあたしにだけハンバーグを出してくれて、何て上官思いの部下なんだ。”
 ハンニバルは口には出さずとも、感激していた。ともすれば涙が溢れてきそうだ。しかし、部下たちのことを思って、ただただハンバーグを食べた。
“ハンニバルが文句言わずに食べてるってことは、あの肉っぽいの、やっぱり肉だったのかな?”
“あんな得体の知れねえもん食うなんて、信じらんねえぜ。ハンニバルにとっちゃ、牛脂さえ入ってりゃ何でもOKなのか?”
“牛脂入れりゃ、何でも牛のニオイになるもんね。それが豚であっても鶏であっても、魚であっても虫であっても、豆であっても紙であっても。あ、コングちゃん、塩取って。”
“おう。”
 部下たちは口には出さずとも、目で会話していた。
「ところでフェイス、組織の縦割りって何なん? ウィスキーの水割りみたいなもん?」
 本気で尋ねるマードック。
「組織を置いてだな、縦にこうスパーッと……。」
 アクションを交えて説明するコング。
「ボケなくていいから、お前らしくもない。」
 フェイスマンに窘められたが、コングとしては別にボケたつもりではなかった。筋組織とか上皮組織の組織だと思っていただけで。
「俺たちが典型的な縦割り組織だね。トップの大佐が目標や目的を掲げて、中堅の大尉、中尉が具体的な行動を決めて、下っ端の軍曹が実行する。」
「じゃあ横割りは?」
「いろんなとこの大尉だけが集まって何かするって感じ?」
「それ、大して何もできなくね?」
「うん、でも、普段とは違った意見が聞けるだろ。上官がいないから、自由に発言したり動いたりできるし、その一方で、責任も伸しかかってくる。そういうのも、たまには必要だよってこと。」
「ふーん。」
 マードックはよくわかっていないようだった。まあ、わかる必要もないんだが。
「けどよ、俺だって自由に発言して自由に動いて、責任も取ってるぜ。」
 下っ端が自由に発言。
「そりゃ俺たち、優秀だからね。でもさ、ヤバいことしちゃった時、大体、尻拭いするの、俺だろ?」
「う……。」
 言葉に詰まるコング。悪党と間違えて一般市民を殴り倒した時とか、うっかり海軍の潜水艦を沈めちゃった時とか、「飛行機にゃ乗んねえっつってんだろが!」とちょいとばかし抵抗した挙句に民間旅客機1機を大破させた時とか。
「あたしも、責任取ろうだなんて思ってませんしね。必ずフェイスが何とかしてくれるから。」
 フェイスマンが何とかしてくれなかった時には、コングやマードックに何とかする役が回ってくる。だが実は、裏でハンニバルも予防線を張っている。さすがAチーム。
「そうだ、フェイス。おいら、コンサルティングの予約は受けたけど、場所伝えてねえわ。明日10時の予約入れた人に今から電話していっかな?」
「ああ、俺が電話しとくよ。」
 ハンニバルに頼りにされて内心有頂天なフェイスマンが、さらっと請け負った。


 食後、マードックに食器洗いを任せ、コングに風呂掃除を任せたフェイスマンは、マードックから預かったスケジュール帳を開いた。喫茶店で予約を受けつけ始める前に「腰据えて話聞きたいから、1日2件が限度だね」とマクヒュー氏が言ったので、1日に2件ずつ、1か月先までみっしりと予約が入っている。土日祝日は休み。
“アバウト40件、1000ドルずつ貰ったとして、4万ドルか。ま、妥当なとこだね。”
 獲らぬ狸の皮算用をしながら電話に向かい、受話器に手を伸ばす。と、その時、電話が鳴った。びくっとしつつも受話器を取る。
「ハロー?」
『あ、フェイス? あたしよあたし。』
 エンジェルだった。アジトの電話番号を教えた覚えはなくても、エンジェルは必要とあらば電話をかけてくるのであった。情報収集はお手のもの、と豪語しているだけある。
『大佐いる?』
「うん、いるよ。」
 ソファに横になって、スポーツニュース見ながらピスタチオ食べてはビール飲んでる。
『代わって。』
「オッケ。ハンニバル、エンジェルから電話。」
 のそのそと立ち上がったハンニバルに受話器を渡す。
「あー、もしもし、あたしだが。」
『リーさんのクリーニング屋ってどうなってるの?』
 それは、以前、Aチームが依頼人と連絡を取るために使っていた場所。変装したハンニバル(リー)がクリーニング業で収入を得るための場所でもあったんだが、アイロンがけが腰に来るのでここ半年ほど休業状態。
「今は休業中だが、何か苦情でもあったか?」
 休みに入る前に、預かっていた服はすべて持ち主に返したはず。
『そうじゃなくて、“リーさんの店にクリーニングを頼みたくて行ったのに、廃業したみたいだった。どうしたらいいのか”って質問の葉書が来たのよ、新聞社に。』
 一時は新聞にクリーニング屋の公告を載せてもらっていたので(無料で)、新聞社に質問が来てもおかしくはない。だが、普通のクリーニングを頼みたいなら、他のクリーニング屋を当たればいいだけだ。となると……。
「そいつの連絡先はわかるか?」
『ええ、もちろん。葉書に書いてあるわ。ホントかどうかはわからないけど。』
 エンジェルが読み上げた住所氏名電話番号を、ハンニバルは電話脇のメモ用紙(チラシの裏側)に書き取った。
「すぐに連絡を取ってみよう。」
『面白そうな依頼だったら教えて。ここんとこつまんない仕事ばっかりで、やんなっちゃってるのよねえ。いい男も見かけてないし、美味しいものも食べてないし。』
 話はまだ続いていたが、ハンニバルは電話を切った。
「次、俺、いい?」
 横で待機していたフェイスマンが、電話を指差して訊く。上目遣いで、小首を傾げて(視聴者へのサービス)。
「あたしも電話したいんだが……ま、譲りましょ。」
「サンキュ。4、5分で終わる。」
 フェイスマンはスケジュール帳の一番最初に書かれた電話番号を回し、明日10時からのコンサルティングの場所を伝えた。即ち、ここの場所を。そして、コンサルティング上、必要な情報を持ってくるように言う。1件終了。スケジュール帳の2番目に書かれた電話番号に電話をかけ、明日14時からの(以下同文)。
「お待たせ。どうぞ。」
 電話の前を離れたフェイスマンは、スケジュール帳を携えてリビングルームを出ていった。ハンニバルがこれからかける電話に興味はないようだ。
 ハンニバルは、ぬるくなった受話器を取って、リーのクリーニング屋に用がある人物の電話番号を回した。


 ドアチャイムが鳴り、秘書はドアを開けた。ドアの前に立っていたのは、30代の女性。顔立ちは並だが、服装から体型、髪形、立ち方まで、できる女という雰囲気。真っ直ぐな黒髪と細い眼鏡が、それに輪をかけている。
「おはようございます、グロリア・ディケンスです。よろしくお願いします。」
 真面目な表情で右手を差し出され、秘書も負けじと真面目な表情で握手に応じた。
「お待ちしておりました。どうぞこちらへ。」
 元寝室のオフィスに通されたクライアントは、マクヒュー先生に挨拶をし、握手を交わし、勧められた椅子に腰を下ろした。重厚なデスクに着いたマクヒューがミズ・ディケンスから図面や写真や書類を受け取る。
「これが、うちのホームセンターです。今はまだ1軒だけですが、行く行くは店舗数を増やしてチェーンストアにしようと思っております。」
 地図によれば、ホームセンター・ディケンスは、ここから1時間ほど北へ上った道路沿いにある。
「ロードサイドのホームセンターかあ。商圏広いから大変だよ? 人口密度低めのとこに需要があるしね。」
「存じております。ですが、元は金物屋でしたもので……。こちらが各種数値です。」
 総資本や売場面積、従業員数、営業収入、棚卸額、人件費、管理費、福利厚生費等々、数字がダーッとリストアップされている紙束を手に取り、マクヒューはそれをざっと眺めた。
 秘書がコーヒーを持ってきた。マクヒューとミズ・ディケンスの邪魔にならないように、それぞれの脇にコーヒーを置き、それからトレイに載せたチョコレートを置く。その所作は、年季の入った熟練ウェイターのそれだった。因みに、ソーサーつきのコーヒーカップとトレイはジノリ、チョコレートはゴディバのカレである。
「ああ、ありがと。」
 マクヒュー氏は秘書に笑顔を向け、コーヒーを飲んだ。
「君もどうぞ。よかったらチョコも。」
 ミズ・ディケンスに勧める。
「はい、いただきます。」
 彼女はコーヒーを一口飲み、ほうっと息をつくと、チョコレートを1枚取り、包装を剥いて口に入れた。
「うん、美味しい。」
 彼女はそう呟き、表情を少し和らげた。
「……経営効率、計算してもらえる?」
 マクヒューは紙束を秘書に渡し、秘書はそれを受け取って部屋を出ていった。
「さて、ざっと拝見させてもらったところ、現在の店舗に特に問題はないようだけど、2店目、3店目を増やすのは、率直に言わせてもらえば、難しいと思うんだ。」
 真面目な顔で、マクヒュー氏は告げた。
「はい、私もそう思ってはおりました。」
 マクヒュー氏は、心の中で“合ってた、よかった”と胸を撫で下ろした。
「新たに出店するんだったら、ホームセンターの真空地帯を探すしかないね。それでも、州に1店か2店が限度だ。繁華街には出店できないってこと、つまり、出店先は田舎ばっかりだってこと、覚悟できてる?」
「もちろんです。ですから、物流コストが心配なんです。」
「それだよ、それ。僕も今、それを言おうとしたとこなんだ。」
「仕入先のリストがこれです。」
 差し出された紙面に目を通した。当然ながら、仕入先は西部に集中している。
「大量に安く仕入れて売るのがチェーンストアの強みなのに、店舗が少なければ大量に仕入れることもできず、もし大量に仕入れたとしてもそれを各店舗に送るのにコストがかかってしまっては、安く売ることができません。」
「そう、それだから、ホームセンターのチェーンストアは少ないんだ。扱い品目が多いのに、客数は多くないし。」
「でも、ホームセンターのチェーンストアもいくつかあるじゃないですか。」
「だから、国内にはもう既に余地が残されていない。アラスカとハワイ以外には。」
「……国外だったら?」
 アラスカやハワイよりも、メキシコの方が地理的には近い。
「うーん、あんまり聞かないね、ホームセンターっていう業態自体。西欧諸国にはあるけどさ。」
 世界各国で無理な調達を頼まれてきたフェイスマンならではの知識。ホームセンターがある国なら、ホームセンターに忍び込めば、コングが所望する大概のもの(牛乳以外)が揃う。
 ノックをして、秘書が入ってきた。無言でマクヒュー氏に紙束を返し、それとは別の紙を渡す。そこには経営効率の各項目が計算され、タイピングされていた。その数字を目で追っていくマクヒュー氏。
「商品回転率が低いけど、ホームセンターならこんなもんかな。土地が自分とこので、店舗を建てて結構経ってるから、この辺の数字がいいのか。ってことは、借地で新店舗となったら、ここらがガタ落ちで、それがこっちにも影響してきて……。」
 机の上に広げられたデータと、右手に持った紙束と左手に持った紙と全部を見て、マクヒュー氏は言葉を止めた。そして、びしっとミズ・ディケンスに目を向ける。
「やっぱり、現時点じゃ厳しいよ。今んとこ順調に儲かってるように見えるけど、2店目を出せるほどじゃない。それにこれ、売れて儲かってるわけじゃなくて、すごい低コストで運営できてるだけだ、特に人件費。君が我慢して頑張りすぎてるってことだね。今、2店目を作ったら、君は1人しかいないんだから人件費が跳ね上がるし、土地と建物のコストがべらぼうにかかって、途端に資金繰りが覚束なくなり、仕入れが途絶え、不良在庫抱えたまま倒産する。」
「ええ? そんな酷いことに?」
「うん。今、君がすべきことは、1つ目は資金を蓄えること。2つ目は、2号店で売る品目をセレクトすること。3つ目は、2号店をどこに作るか熟考すること。既存のホームセンターの店舗の場所と商圏を調べて、穴を見つけ、それぞれの穴がどんなとこなのかを見て回る。4つ目は、2号店を建てるコストを見直す。1つ目以外だったら、僕たちが代行してもいい。それと、くれぐれも2号店も今と同じ運営コストでやって行けるなんて思わないこと。」
「……わかりました。資金を蓄えることに専念します。……質問なんですけど、2つ目のすべきことからすると、現状、我が店は品目が多すぎるということでしょうか。」
「多すぎるって言うか、売れてないものを置きすぎてる。ええと、どの紙だっけ? あ、これか。ここ、材木のところ、長期に亘って何一つとして売れてない。なのに場所を取ってる。これをなくせば、売れ筋の……売れ筋商品って何だ? ああ、キッチン用品と掃除・洗濯用品か。この辺の品揃えを充実できる。」
「材木が売れないのは、商売敵がいるからです!」
 ミズ・ディケンスが重々しげに、かつ、憎々しげに言い放った。


「ご苦労、皆の者。」
 リビングルームに入ってきたフェイスマンは、ハンニバルの口振りを真似て言った。既にミズ・ディケンスは送り出した後。
「あの人、帰ったん? じゃ、カップ下げるわ。」
 未だ秘書の装いのマードックがベッドから下りて、壁に立てかけてあった銀の盆を持って元寝室に向かう。
「あの計算、あれでよかったのか?」
 コングの前のローテーブルの上にはタイプライターが鎮座ましまし、その周囲には経営数値に関する本と計算機と数字を殴り書いた紙が散らばっている。
「合ってたかどうかなんて、俺にわかるわけないじゃん。でも、それっぽくはあった。」
 そして、それっぽい数値を基に、それっぽい指導をし、収入を得た。新たに得た小切手を、ジャジャーン、とコングに見せる。
「計算してタイプまでしてくれたお礼に、特濃牛乳買ってこようか?」
「頼むぜ。」
 いい笑顔のコング。
「午後のやつも計算すんのか?」
 時計を見上げて尋ねる。午後の部のコンサルティングでも同じ計算をするのなら、ここは片づけないでいい。
「いや、午後のはキャンセルして、今のクライアントの店を見に行く予定。」
「自由なコンサルタントだな。」
「駆け出しだからね。どうしていいか、まだわかんないんだよ。」
 他人事のようにフェイスマンが言い、コングはテーブルの上を片づけ始めた。
 マクヒュー氏が午後の予約を入れていたクライアントに電話を入れ、心にもない平謝りをして別の日に予約を移してもらう。その日にコンサルティングの予約を入れていた人には、連絡をしないつもり。きっと向こうも忘れてる、と信じて。
 その間に、コングとマードックは片づいたローテーブルに向かって、コーヒー牛乳を飲みながら高いチョコを貪り食っていた。因みにこのチョコは、昨夜、フェイスマンがどこかから盗んできたもの。コーヒーカップも、無論、盗品。
「このチョコ、甘ったるくなくて美味えな。」
「うーん、おいらはミントチョコのがいいなあ。」
 電話を終えたフェイスマンも、それに加わる。もちろん、フェイスマンのためのブラックコーヒーもテーブルに置いてある。
「な、モンキー。さっきクライアント、チョコ食べて“うん、美味しい”って言ってたろ。」
「言ってた言ってた。」
「あの“うん”、何なんだろうな?」
「“美味しい”だけでいくね? っておいら思ったね。」
「そう、俺もそう思った。……お前は知らないだろうけどさ、結構いるんだよ、女性で“うん、美味しい”って言うの。それ聞くたびに、俺、何か腹立ってきちゃって。その“うん”はどういう意味? って訊きたいけど、訊いて答えが得られるとは思えないし。」
「見て“美味そうだ”って思って、食べて“やっぱ美味かった”って意味の“うん”じゃねえのか?」
「男だったらね。女性なら、美味しそうなものを前にしたら、まず“うわー、美味しそう”とか“んー、いいニオイ”とか言うんだよ。それを経ての“うん、美味しい”なら俺も気にはしないんだけど、“美味しそう”も何もなくて、いきなり“うん、美味しい”はおかしいと思うんだよね。」
「“う〜ん、マンダム”の“う〜ん”と同じもん?」
「それだったら、“んー、これ美味しー!”ってなるんじゃないか? そう言ってる子って、本当に美味しいって思ってるよね。でも、“うん、美味しい”はあんまり美味しいって思ってなさそう。」
「それ言える。美味いことは美味いんだけど、想定内の美味しさで、別に大したことないな、ってのが“うん”に表れてるって気ィする。」
「ああ、だから、食事奢った時に“うん、美味しい”って言われるとカチンと来んのか。三つ星レストランに予約入れて、前金キャッシュで払ってディナーのコース奢って、“うん、美味しい”って言われた時には、この俺でも殴ってやろうかと思ったね。」
「殴りゃいいのによ。」
「女性に手は挙げませんよ、いくら腹が立っても。」
「でも、何かしらの報復はする、と。」
「まあね。」
「ほんじゃ、さっきの人にも何かする予定?」
「今んとこは未定。商売敵のことでグチグチ言ってたから、それ見に行って、商売敵さんの方に肩入れしようかなー、なんて。でも! コンサルティングは誠心誠意やるよ。さっきので500ドル貰ったから、今日中にあと500ドル貰う! で、ハンニバルは?」
 今更ながら、ハンニバルがいないことに気づいたフェイスマン。
「クリーニング屋に用がある奴の話を聞きに行ってる。」
「仕事の話?」
「Aチームの仕事の依頼か、クリーニングの依頼かわかんねえけど、ま、どっちかだ。」
「ハンニバルだけで大丈夫かな……?」
 金銭面のことを心配して、フェイスマンは眉をハの字にした。クリーニングの依頼でも、羽毛布団のクリーニングを10ドルで引き受けてしまう御仁だ。羽毛布団は最安でも50ドルだって何度も言ったのに。


 話は2時間ほど前に遡る。リーのクリーニング店に用のある人物と昨夜のうちに連絡を取ったハンニバルは、彼と落ち合うべくアジトを出た。コングは車を貸してくれなかったし、フェイスマンの車は修理中なので、とりあえずは徒歩で。10分ほど歩くと、人気ない場所にコインパーキングがあった。ポケットを探り、小銭があるのを確認。一番地味なセダンの鍵をちょちょいと、いや、ふぬぬぬぬとこじ開け、精算機に支払いをしてフラップを下げる。鍵の壊れた車に乗り込み、ハンニバルは目的の場所に向かっていった。
 国道101号線から170号線に入り、州間高速5号線へ。そしてさらに州道14号を行き、1時間ほどで指定された場所に到着した。周囲に目ぼしい建造物もなく、そこが指定された場所なのかどうかも定かではなかったが、「角材を持って立っている」と相手が言っていて、そして角材を持ったツナギ姿の男が立っていたのだから、十中八九、そこが指定の場所なのだろう。角材を持って道路っ傍でぼんやりと立つのが、この辺りの流行でないのなら。
「君がヴィンス・ジャックマンか?」
 車の窓から顔を出して、ハンニバルが問う。
「そうです。スミスさんですね?」
 角材がよく似合うがっしり(幾分むっちり)とした体格の男は、ハンニバルと握手をすると、1辺10インチほどの角材(長さ6フィート)を軽々と小脇に抱えた。
「ハンバーガーと中華料理とメキシカン、どれがいいですか?」
「ああ、そうだな、メキシカンって気分かな。」
「メキシカンはちょっと戻るんです。ついて来て下さい。」
 角材男は背後に停めてあったピックアップトラックの荷台に角材を載せ、運転席に乗り込み、車を発進させた。
 それから15分ほどして、ハンニバルとヴィンス・ジャックマンはメキシコ料理屋の席に着いていた。正午にはまだなっていない時刻で、客も少なく、料理が出されるのも早かった。
「それで、君はリーのクリーニング屋にどんな用があったんだ?」
 ビーフタコスに齧りつく前に、ハンニバルは尋ねた。因みに、ハンニバルが注文したのは、ビーフタコスとチーズエンチラーダスのセット。タコスの皿の脇では、熱々のチーズたっぷりのエンチラーダスがぐつぐつしている。
「リーさんの店を通せば、Aチームに一仕事頼めるって聞いてたんで。あのクリーニング屋、もう潰れちゃったんですか?」
 チキンのチミチャンガに添えられたフリホレスから片づけにかかるヴィンス。交互に食べるのが苦手なタイプ。
「潰れたわけじゃない。休業中なだけだ。」
「せっかく行ったのに。俺、クリーニング屋の前で30分ぐらい茫然としてました。」
「済まんな。で、依頼したいことってのは?」
「そりゃあAチームにしか話せませんよ。」
 ヴィンスが頭を横に振り、ハンニバルは、はて、と首を捻った。
「もしかしてあたしは、スミスとしか名乗ってなかったかな?」
「ええ。リーさんの知り合いの方なんですか? あのクリーニング屋で働いてたとか?」
「と言うか、Aチームのジョン・ハンニバル・スミスだ。」
「ぶっ。」
 驚いて、ヴィンスはフリホレスを吹き出しそうになり、慌てて手で口を押さえた。その後、数回咳込み、ルートビアを呷る。
「Aチーム? 本当に本物のAチーム?」
「本物だとも。残りのメンバーはロスで別の仕事してる最中だがね。」
 Aチームの別の仕事、ではなく、Aチームとは別の仕事。フェイスマンが真剣に取り組んでいるので、ハンニバルも口出しはしないでいる。
「それじゃ、俺の依頼、受けてもらえるんですか?」
「内容によるな。ま、話してみろ。」
「ここに来る途中にホームセンターがあったじゃないですか。」
「ああ、あったな。」
「俺、製材所で働いてるんですけど、って言うか、親父が製材所の社長で。祖父ちゃんが死ぬまでは祖父ちゃんが社長でした。」
「代々木こりってことか。」
「木こりじゃないです。木を切り倒すのはやりませんから。原木を買って、それを加工して、いわゆる材木にするのがうちの仕事です。材木を小売りするのもやってます。」
「だが、近所にホームセンターができて、売り上げが激減した、と。」
「いえ、全然。ホームセンターで売ってる材木よりも、うちのの方が遥かに質がいいし、その割には安いんで。それに、近くに地下鉄が開通したおかげで、ここんとこ、この辺に家がバンバン建てられてて、それにうちの木を使ってもらえて、忙しいけどウハウハです。まだまだ建つとか言ってました。」
「よかったじゃないか。」
「それに、その家に越してきた人たちも、噂を聞いて、うちの材木をDIYに使ってくれて。」
「となると、一体君はAチームに何を依頼したいって言うんだ? 製材所の手伝いか?」
 それも面白そうだが、と一瞬ハンニバルは考えた。コングなんて喜び勇んで手伝いそうだ。
「いえ、ホームセンターのことです。あれ、幼馴染の店なんですよ。」
「ほう。」
「元は金物屋をやってたんです、俺らが小さい頃は。うちの祖父さんから聞いた話じゃ、元々は鍛冶屋だったとか。」
「それが、君の幼馴染の代でホームセンターに様変わりして、それが許せん、と。」
「許せないわけじゃないですけど、大丈夫なのかなあ、って心配で。俺らがハイスクール卒業する寸前、あっちの親が2人とも車の事故で亡くなって、あいつ、学校休んで店続けて、卒業してしばらくした後、保険金で土地買ってホームセンター建てて、って聞きました、うちの親から。」
「本人から直接聞いたわけじゃないのか。」
「学校はずっと一緒でしたけど、ハイスクールの頃くらいから全然話しなくなったんで。ハイスクール出た後も、俺は兵役に就いてたし。ああ、それでAチームのこと知ったんですよ、陸軍にいたんで。ベトナムにも行きました。で、ベトナム戦争終わって兵役もなくなったけど、兵役は4年ってつもりでいたんで、ちょうど4年間従軍した後、戻ってきたんです。それからちょっとしてホームセンターができて、それからは、できるだけあいつの店で買い物してるんです。それで、売ってる材木がお粗末なことを知ったんです。あれじゃあ売れないなあ、って。」
「そう言ってやればいいじゃないか。」
「もう20年くらい口利いてないんで。それに、そんな材木売れないよ、って言ったら、あいつ怒るだろうし。」
「だから、あたしらに代わりに言え、と。」
「それだけじゃなくて、あいつの店にもっと客が来るようにして、あいつに楽させてやりたいんです。ずっと無理してきてると思うんで。」
「ふむ、ホームセンターを繁盛させろってことか。」
「簡単に言えば、そうです。」
「幸い、こっちには適任の男がいる。」
 ハンニバルの目がキラリと光った。


「へっっくしょん!」
 フェイスマンが自分のサンドイッチに向かってくしゃみをした。
「くしゃみする時にゃ口と鼻を押さえるのがマナーってもんだろ。」
 咄嗟にグラスに覆い被さって、フェイスマンの飛ばした飛沫から特濃牛乳を守ったコングが、眉間に皺を寄せて苦情を言う。
「両手塞がってたんだから、しょうがないじゃん。このサンドイッチ、手放すと危険だし。」
 たっぷりの具を8枚切りの食パンで挟んだだけのサンドイッチ(マードック作)を手に、フェイスマンが言い返す。手を放すと危険な具とは何なのかと言えば、賽の目に切ってタマネギと共に炒められたジャガイモとニンジン、および缶詰コーンと缶詰の豆と賽の目に切ったキュウリとトマト。それらがマヨネーズでまとめられて、いない。両手で慎重に持っていてもボロボロと具が落ちてくる。片手を放したら、崩壊するのは目に見えている。
「横向いてくしゃみするって手もあるよね。あと、ジャガイモを茹でてマッシュするって手も。ま、俺っちは正面向いて堂々と男らしくくしゃみすっけどね。」
 サンドイッチの具については反省しているマードック。
 と、その時、電話が鳴った。3人、顔を見合わせ、フェイスマンが仕方なさそうにサンドイッチをそっとテーブルに置いた。因みに、皿はない。サンドイッチをキッチンで受け取ったために。つまり、落ちた具は床に散乱している。
「もしもし。」
『あー、あたしだ。』
 書かなくてもわかると思うが、ハンニバルからの電話である。
『そっちの仕事は忙しいのか?』
「午前中にコンサルティングして、今、食事中。午後からはクライアントの店に行く予定。でも何で?」
『仕事を請け負った。お前さんの力が必要だ。すぐこっちに来てくれ。』
「すぐ? 今すぐ?」
『そうだな、5時くらいまでには来てくれ。』
「全然すぐじゃないじゃん。5時なら行ける。と言っても、場所によるか。ハンニバル、どこにいんの?」
 フェイスマンはハンニバルが告げる住所をメモった。
「多分ここ、俺が行くとこの近くだ。話が長引かなきゃ5時に行ける。」
『コングとモンキーも連れてきてくれ。』
「オッケ。2人ともこっちの仕事に同行させる。」
『それじゃ、5時に。』
「ん。」
 電話を切って、ソファに戻る。
「大佐から? 何だって?」
「5時に来いって。だから2人とも、5時までは俺の仕事、5時からはAチームの仕事。」
「飛ぶモンに乗る可能性は?」
「ないない。どっちも車で1時間くらいだから。」
 それを聞いて、コングも安心して頷いた。


 やけに満腹になるサンドイッチを食べ終え、床掃除をした後、マクヒュー先生と秘書と運転手(兼計算係)はバンに乗り込んだ。
「時間押してるから、急ごう。」
「おう。」
 運転手の後ろの席で、秘書はこっそりと懐から注射器を取り出した。
 そして45分後、ホームセンター・ディケンスの駐車場にヘリコプターが1機、着陸した。マクヒュー先生がヘリから颯爽と降り立つ。操縦席から降りてきた秘書が、その後ろに続く。計算係はシートに括りつけられたまま熟睡中。外から見て「人が死んでる」と驚かれないように、養生シートを被せてある。
「思ったより時間短縮できなかったね。」
 腕時計を見て、マクヒュー先生が秘書の方を振り返った。
「ヘリかっぱらうのに手こずったからじゃね?」
 秘書はスケジュール帳を小脇に挟んで、両手で遠近両用眼鏡を装着し、伏目がちになった。
「コングちゃん、どうすんよ?」
「気つけ薬、持ってくんの忘れちゃったからなあ。自然に起きるまで放っとくしかないんじゃん?」
 着陸前にフェイスマンが思い切りビンタ食らわせたけど、起きなかったのである。股間を蹴り上げるという手も考えてはみたけど、コングの将来に思いを馳せ、やめておいた。
「……マクヒュー先生?」
 店の方から駆け寄ってきたツナギ姿の女性が、マクヒューの姿を認めて怪訝そうに足を止める。
「何でまた、ヘリで……?」
 スーツから店の制服に着替えたミズ・ディケンスであった。薄いピンクのツナギの裾と袖を折り返し、髪形も雑なポニーテールで、先刻とは一変して可愛らしい印象を受ける。
「時間なかったんで。ここにヘリ停めておいたら邪魔かな?」
「……大丈夫だと思いますが。」
 十分な広さのある駐車場に、ポツンと3人乗りのヘリがある状態。邪魔であるわけがない。
「それじゃあ早速、店の中、案内してもらえる?」
 マクヒューは大変に魅力的な微笑を浮かべた。大概の女性ならイチコロだ。
「はい、ではこちらへ。」
 ミズ・ディケンスは微笑みなんぞは無視して踵を返した。


 店の中は実に模範的だった。明るく清潔、通路も広々としており、多くの品目を扱っているにもかかわらず、大きな案内板のおかげで買いたいものがどこにあるか一目瞭然、入店からレジへの客の動線も考えられている。ただ、店員は少ない。
「見たところ、君とあとレジに1人いるだけなんだけど、いつもこんな感じ?」
「平日のこの時間帯はお客様が少ないので、私とアルバイトの2人だけでやっています。」
「盗難は?」
「夜間に忍び込まれて被害を受けたことは何度かありますが、明るい間に高額商品をこっそりと持ち出すのは、見通しがいいので難しいようです。高額商品は大物ばかりですし。小物を盗んでいくのも、捕まった時のことを考えると馬鹿馬鹿しいでしょうし。」
 売れ筋のキッチン用品コーナー、掃除・洗濯用品コーナーは、さすがに元が金物屋だけあって、使い勝手のよさそうな品が並んでいた。オールドファッションなものから最新のものまで揃ってはいるが、デザインに凝って本質を見失っているようなものは一切ない。職務を忘れて、じっくりと見入ってしまうフェイスマンとマードック。
 そして問題の材木コーナー。各種材質(合板含め)、各種形状、各種サイズが取り揃えられているのだが、問題はその質。合板は剥がれかけ、無垢板は木目があり得ない方向に入っており、大概の板は撓っている。棒状のものは曲がっている。その上、化粧板以外、手触りはざらざら。おろし金と鮫の間くらいの手触り。素手で持つと100%の確率でささくれた木が手に刺さる。両手で持つと、漏れなく両手に刺さる。
「入荷時には、こんな状態ではなかったんです。」
「粗悪品を掴まされたんだね。これ、もう下げたら?」
 マクヒューが裏の倉庫の方を示す。
「長く置いておいたから、こんなになってしまったんで、材木の回転さえよければ、こんなことにはならなかったはずです。」
「でも、買っていった人のところで撓んでくるわけだろ? もしこれでベンチを造ってたらどうなると思う? テラスを造ってたら? 犬小屋を造ってたら? 下手すると折れるよ、これ。折れて、転んで怪我して、ってことになってたかもしれない。」
「……。」
 ミズ・ディケンスは黙って俯いた。
「これ、全部同じとこから仕入れたんだよね?」
「はい。」
「突っ返して、返金してもらおう。」
「でも、ノークレーム・ノーリターン前提で安くしてもらったものなんです。」
「心からお願いすれば大丈夫。向こうの会社が夜逃げしてない限りは。」
 早速マクヒューは、材木の店頭在庫の数を数えた。
「仕入先の電話番号、教えて。僕が交渉してみる。倉庫にある在庫の数を数えた後にね。」
 マクヒューとミズ・ディケンスは、倉庫と事務所のある裏へと姿を消した。
 残された秘書は、ぶらぶらと店内を見て回るしかなかった。金具とネジ釘のコーナーで、熱心に棚を見つめている客を発見。
「コングちゃん、おはよ。」
「むう。」
 マードックが声をかけると、コングは不機嫌そうに返事をした。
「すげえな、この棚。」
 ムフーと鼻息を吐いてコングが言う。
「完璧に分類されてるし、欲しいもんが見つけやすい。それに、半端ねえ品揃えだ。む、何だと、金具は1個から、ネジや釘は6本単位で買えんのか。そりゃあありがてえ。」
 棚の縁に書かれた表示を見て、コングが興奮。「小物はこの容器にお入れ下さい」と書かれた箱を取り、ネジ、釘、金具を次々と箱に放り込んでいく。
 相手にされず寂しいマードックは、園芸用品コーナーの方へと向かっていった。
 ホームセンター・ディケンスの棚は、壁面にあるもの以外、どれも5フィート程度と低く、店のどこにいても店内の様子を見渡すことができた。おかげで、種の棚に見入っていたマードックにも、裏に続く扉が開いてミズ・ディケンスが店に出てくるのが見えた。彼女に不審がられないように、かつ、彼女に遭遇しないように、店の中をゆっくりと見て回る振りを開始。
 コングはレジで会計中。この店の品揃えのよさと少しずつ選べる楽しさを、嬉々としてレジ係に語っている。それからコングはどうしたのかと言うと、店を出てヘリに乗り込んだ。そんなところまですべて見渡せる設計のホームセンターであった。
 「店長のオススメ!」と札が貼られたフライパンを手に取って、その軽さと柄の握りやすさ、取り回しのしやすさに感動すら覚えていたマードックの目に、裏から出てくるフェイスマンの姿が映った。フライパンを元の場所に戻し、そちらへ向かう。
 マクヒューの周りに、秘書とミズ・ディケンスが集まった。
「不良品なら引き取るって。返金もしてもらえる。」
「あ……ありがとうございます!」
 ミズ・ディケンスがマクヒューの手を両手で握り、膝をつき、祈るような仕草を見せた。
「いやいや、そんな。」
 こんな感謝のされ方には慣れていないフェイスマンが、ミズ・ディケンスを立ち上がらせる。
「もうこの会社とは取引しない方がいい。いくら安くても、粗悪品ばかり押しつけられちゃ困るからね。」
「はい。でも、そうなると、他の仕入先を探さないと……。それでなくても、材木に関しては既にお話した商売敵がいますんで……。」
「もう材木扱うの、やめちゃったら?」
「でも、材木のないホームセンターなんて、ホームセンターとは言えないんじゃ……?」
「業態を変えるってどう? ハードグッズ・セルフとか家庭用品セルフとかさ。そもそもホームセンターだって、家を建てたり家を維持する商品を置く大型店っていう定義だけど、他のホームセンターも家庭用品やペット用品を扱ってるわけだし、材木を扱っていないホームセンターがあってもいいはず。」
「まあそうですけど……。」
「午前中に言ったように、もっと品目を絞って、君の得意分野に特化して、いいと思ったものは大量に仕入れる。そうすれば、安く仕入れられて安く売れる。それに、ただのホームセンターじゃなければ、他の店と競合しない。」
「言われてみれば、利点しかありませんね……。」
 扱われなくなった商品が必要な人は困るけどな。
「だけど、もし君が材木を置くことにこだわるんなら……。」
 ここでマクヒューは、心の中でニヤリと笑った。“うん、美味しい”と言われた報復を今こそ。
「商売敵と組むしかないね。」
「え……。」
 ミズ・ディケンスは、すっごく嫌そうな顔をした。その顔を見て、フェイスマンとマードックは“よし”と思った。


「お待たせ、コング。」
 フェイスマンがヘリのドアを開けると、コングはネジや釘や金具を見つめてニヤニヤしていた。
「いいな、この店。」
 ニヤニヤ顔のままコングが言う。
「欲しかったもん、結構揃っちまったぜ。それも、こんなに買って5ドルもしねえんだ。近所にあったら、毎日通っちまいそうだぜ。」
「それ、ミズ・ディケンスが聞いたら喜ぶんじゃね?」
 操縦席に着いて、マードックが振り返る。
「聞かせないでおこうよ、喜ばせたくないから。」
 コンサルティング午後の部を終え、さらに500ドルの小切手を得たマクヒューが意地悪を言う。因みに、嫌そうな顔を見た後、材木返品の手配をし、扱いをやめた方がいい品をピックアップし、大量販売すべき品をピックアップし、店内のレイアウト変更を提案し、現在午後4時半。
「で、コングはどうする? 歩く?」
 ハンニバルと合流するのに、フェイスマンとマードックはヘリで行くつもり。
「歩いて間に合うのか?」
「わかんない。でも住所はここ。」
 アジトの電話脇のメモを引っちゃぶいてきたのを手帳に挟んでいたフェイスマン、それをコングに渡す。その住所は、既に手帳に書き写してある。
「車で来りゃよかったのによ。……仕方ねえ、走ってくか。これ、置いてくぜ。なくすんじゃねえぞ。」
 コングはネジ釘金具を袋に戻し、シートに置いてポンポンと叩いた。そして、ヘリから降りる。
 走っていくコングの姿が見えなくなってから、マードックはヘリの数あるスイッチを片っ端からオンにしていった。


「おお、軍曹、早かったな。お疲れさん。」
 30分ほどジョギングをしたコングを出迎えたのは、フォークリフトで角材を運んでいるハンニバルだった。その向こうに見えるは製材所。倉庫の脇にはヘリ。
「何してんだ、ハンニバル。」
「昼食をご馳走になったし、工場の見学もさせてもらったんでな、お礼に手伝いをしているところだ。あっちにフェイスとモンキーがいるぞ。」
 製材工場の方を顎を振って示したハンニバルは、フォークリフトを操って角材を倉庫の方へ運んでいった。
 工場の中に入っていくと、フェイスマンとマードックの姿が見えた。淡い緑色のツナギを着た職人が大きな機械で丸太を切っているのを、口を開けて眺めている。コングもそれに合流し、原木が見事にカットされるのを口を開けて眺めた。丸太の外観からは年輪の見える断面と枝を払われた跡しかわからないのに、電ノコで切られたものには綺麗な木目が現れている。
「上手いもんだな。」
「やっぱ木目って、こうだよねえ。」
「うん、曲がってないし。」
 そう呟き、3人ともが口に飛び込んできた木屑をペッと吐く。
 その向こうの巨大な鋼鉄の風呂では、カットされた木が茹でられていた。こうやって木を加工しやすい軟らかさにしてやるんだ、と風呂の前にいた職人から説明を受けた。その職人は、温度計と時計とを交互にチェックし、風呂の操作パネルのダイヤルを動かしていた。
 その横では、風呂上がりの木が目的のサイズにカットされている。カットされた材木がまとめてフォークリフトで別棟に運ばれていく。そこでは、湿った材木が何十本も吊るされていた。温度と湿度が管理されたこの部屋で、材木は割れることなく変色することなく乾燥していく。乾燥を終えた材木は、工場の表に出され(雨天でなければ)、採寸され、品質チェックがなされ、倉庫に運ばれていく。
 その材木の美しさに、コングたちの目は釘づけになった。まるでやすりがけをしたように表面は滑らか、木目はプリントされた柄と見間違うくらいに揃っており、木目の入っていない部分は色ムラもない。匠の技である。ビバ、技術!
「ヴィンス、運び終わったぞ。」
「ああ、ありがとうございます。」
 原木をカットしている男に、ハンニバルが近寄って声をかける。
「これ切ったら終わりにするんで、もう少し待っていて下さい。」
「うむ。」
「父さん、これでラスト!」
 木を茹でている職人に向かって、ヴィンスが叫ぶ。距離はそう離れていないが、巨大な電ノコが何台も稼働しており、木がバリバリと切られているので、工場内は非常にうるさい。その上、職人は誰もがマスクとゴーグルという姿。耳栓をしている者もいる。この状況では、叫ぶしかあるまい。
 ヴィンスが原木を切り終え、電ノコの電源を切り、樹皮のついた板をゴミ置き場に運び(コングとハンニバルが)、木屑を掃除し(フェイスマンとマードックが)、ノコの手入れをし、すべて終了したのが午後6時。この頃には彼の父親は仕事を終えていたが、その先の工程の職人たちはまだ働いていた。それを気にせず、工場を後にするヴィンス。
「先に帰っていいのか?」
 工場の方を振り返りながらハンニバルが尋ねる。
「ええ、朝は俺が先に仕事を始めるんで。俺が1本切り終えるちょっと前に父さんが出勤してきて、木が茹だった頃に他の奴らが出勤してくるって感じです。夕飯、どうします? 母さんが店に出てるんで、うち、食事バラバラなんですよ。」
「店?」
 そう訊いたのはフェイスマン。
「うちの工場、小売りもやってるんです、倉庫の裏っ側で。注文加工もしてます。」
「ああ、ここ来る前にそっち行っちまったぜ。表の道からすぐだったし、車が引っ切りなしに出たり入ったりしてたからな。で、店の婆さん、じゃねえ、ご婦人に住所見せたら、ここだって言うんで、人と会う約束してるって話して、こっちを教えてもらったんだ。」
「もしかして、ここ、ジャックマン製材所?」
 さらに訊くフェイスマン。
「そうですけど?」
 ツナギの胸の刺繍を指してヴィンスが答える。そこには「ジャックマン製材所」と明確に書いてある。
「もしかして、グロリア・ディケンスって人、知ってる?」
「知ってるも何も……。」
 ヴィンスはちらりとハンニバルの方を見た。
「ホームセンター・ディケンスを繁盛させるのが、今回の仕事だ。」
「えええー?!」
 フェイスマンとマードックが変な顔して素っ頓狂な声を上げた。


 Aチームとヴィンスは中華料理店に来ていた。ヴィンスのピックアップトラックと、ハンニバルの盗品セダンに分乗して。いくらAチームでもヘリで中華料理店には行かない。マードック1人なら行くかもしれないけど。
「ほう、お前さんがコンサルティングしてるの、ホームセンター・ディケンスだったのか。」
「うん。あっちはこっちのこと、商売敵だって言ってる。でも、扱ってる材木が不良品だったんで、仕入先脅して引き取らせた。代金全額返金で。ちゃんと返金されたかどうか確認して、返金されてなかったら追加で脅迫しなきゃな。」
「やっぱ脅したんか。よく脅すネタ持ってたねえ、さっすがフェイス。」
「さすがってほどじゃないよ、知り合いの知り合いだったってだけさ。ま、あくどいことしてるって有名なとこだったしね。」
「それで、材木、どうするんですか? 材木売場が空っぽじゃホームセンターとして格好悪いでしょ?」
「材木を扱うのを諦めてホームセンターじゃない業態にするか、君んとこの材木を扱うか、って選択を迫ってるとこ。あっちとしては、商売敵だと思ってる君んとこのは扱いたくないみたい。」
「別に、商売敵なんかじゃないですよ。彼女んとこでうちの材木を小売りしてくれたらいいのに、って思ってるくらいです。うちの両親も、そう言ってます。特に母さんなんて、朝から晩まで店に出てて、家事する暇なくてプンプンですから。」
「君の親御さんも、ミズ・ディケンスのこと知ってるの?」
「俺と彼女、幼馴染ですから。それに、彼女の両親が亡くなってしばらくは、うちの母さんが食事作って持ってってました。」
「え、それ初耳、ミズ・ディケンスの親御さん、早くに亡くなったの?」
「ええ。(略)だから、俺だけじゃなくて、って言うか、俺以上に、うちの両親も彼女のこと心配してるんですよ。」
「ロミオとジュリエットみたいじゃん。」
 遠近両用眼鏡はハンニバルに渡したけれど服装は未だ秘書なマードックが、しんみりしている空気を読まずに言う。さらに、空気を読まない店員が、しんみりした場に餃子、春巻、ニラ饅頭、焼きそば、五目炒飯、エビチリ、鶏の唐揚げ、棒棒鶏、クラゲの前菜(いずれも大盛り)を次々と並べていく。それと、ビールとコークとジャスミンティーとマウンテンデューと牛乳も。ルートビアは置いてなかった。
 料理が並んだことにより、マードックの発言は忘れられた。恐らく彼氏、ロミオとジュリエットがどういう話か知らないと思われる。
「俺、思うんだけどさ、ここにミズ・ディケンス呼ぶべきじゃない?」
 取り皿にクラゲと棒棒鶏を取ってフェイスマンが意見。ヴィンスは「え? ちょっと、本当に?」といった顔で口をパクパクさせている。
「そうだな、電話してみろ。」
 取り皿に春巻2本と唐揚げ2個と餃子2個を取り、ハンニバルが指示。席を立って公衆電話に向かうフェイスマン。
「すぐ来るって。」
 5分ほど後にフェイスマンが電話を終えて戻ってきた時、既に唐揚げと春巻はなくなっていた。
 餃子と焼きそばと炒飯もなくなった頃、ドアが開き、ツナギ姿のままのミズ・ディケンスが姿を現した。フェイスマンが彼女の方へ向かい、席に案内する。
「ハンニバル、こちらがホームセンター・ディケンスの店長さん。ミズ・ディケンス、これが、うちの上司。」
「はじめまして。マクヒュー先生にご指導いただいております、ディケンスと申します。」
「うむ、よろしく。あたしはジョン・スミス。ハンニバルって呼んで下さいな。」
 握手を交わす2人。ハンニバルは遠近両用眼鏡装着中で、いかにも“リタイアした元上司、現在は悠々自適の暮らしをエンジョイ中”という感じ。
「それで、ミズ・ディケンス、こちら、ご存じだよね?」
 と、ヴィンスを指し示すフェイスマン。
「やあ、グロリア、久し振り……でもないか。」
 引き攣った笑顔のヴィンス。
「………………もしかして、そのえくぼ、ヴィンス?」
 ミズ・ディケンス(以下、グロリア)の表情が恐くなる。
「そうです俺です、ごめんなさい。」
「何で謝んの?」
 不思議そうに尋ねるフェイスマン。
「何となく。」
「あんた、何でそんなゴツくなっちゃったの? あんただって全然わかんなかったわ。昔の面影、えくぼ以外、何一つないじゃない、もったいない。」
 グロリアの言葉に、Aチーム一同がヴィンスの方を見る。
「昔はどんな子だったんだ?」
 そう訊いたのはハンニバル。
「昔は俺、背も低くて生っ白くて痩せてたんです。ハイスクール入った頃からやっと身長伸び出して、親父の仕事手伝い始めて筋肉つき出して、軍隊入ったらさらに筋肉増えて、今はもう贅肉もだいぶついちゃって、筋肉より贅肉の方が多いくらいですよ、ハハハハ。」
「あああ、華奢な美少年だったヴィンスがこんなになっちゃっただなんて。せめてこのくらいにはなっててほしかったわ。」
 びしりとフェイスマンを指すグロリア。一応彼女もマクヒュー先生をハンサムだと認識していた模様。
「ごめんなさい。……俺、君の店でよく買い物してるんだけど、俺だって気づいてなかった?」
「気づくわけないでしょ、私の記憶の中ではヴィンスはサラサラのブロンドの可愛い男の子なんだから。誰だか知らないけど、毎度お買い上げありがとうございます、とは思ってたわ。……ちょっと待って、あんた、そのメタンガス放出してる沼みたいな色の目、何なの? あのエメラルドグリーンの宝石みたいな目はどうしちゃったのよ? 宇宙人に攫われて全身入れ替えられたの?」
 その場合、入れ替えられたのは脳味噌だろう。
「ごめんなさい、年と共にこんな色になっちゃいました。」
「ああもう終わった……って感じだわ。」
 空いた椅子にストンと座って、店員に「生ビール、大ジョッキで。それと、豚角煮乗せ飯とエビ蒸し餃子」と告げると、グロリアは大きく溜息をついた。
「お金持ちになって、美しく成長したヴィンスを迎えに行く計画だったのに……。」
「その前に彼が他の人と結婚するって可能性は?」
「ないわ。あたしのヴィンスは、あたしと家族以外の人とは喋れないくらい、シャイな人見知りなんだから。」
「そうだったけど、俺、人見知り克服したよ、ハイスクールの時に。君が構ってくれなくなったから、他の友達作るしかなくて。」
「あたしのせい?」
「うん。俺は君と一緒にいたかったんだけど、君が俺と距離置きたいみたいだったから、仕方なく……。」
「別に、あんたと距離置きたかったわけじゃなくて、あんた狙いの女子をあんたから遠ざけるのに忙しかったのよ。それに、あたしの人生設計も決まったんで、独学で経営の勉強始めてたから。それで、ふと気がついたら、あんたがいなくなってたの。」
「いなくなってないよ、様変わりしただけで。」
「それは、いないのと同じよ。ああ、あたしのヴィンスは儚く消えてしまったんだわ。」
 そう言うと、グロリアはビールをゴキュゴキュと呷り、豚角煮乗せ飯を食べ始めた。
「それ、美味そうだな。」
 コングが角煮に魅かれて口を開いた。
「ええ、美味しいわよ。これ食べると、生きる元気が湧いてくるの。」
「よし、俺もそれ食うぜ。おい、店員! 俺にもこれ頼むぜ! 大盛りでな!」
 これ以上、生きる元気いらないのでは?
「あ、お姉さん、あたしにもそれ。普通盛りで。」
「俺も……。」
「あんたはダメ。」
 ヴィンスが豚角煮乗せ飯を頼もうとしたところを、グロリアが止めた。
「今、あたしの人生設計、変更したとこなんだから(綿密な脳内会議の末に)。お金持ちになって、あんたを元のステキなヴィンスに戻す。その第一歩として、余計な肉を落としなさい。」
「はい……。」
「ある程度の筋肉はキープして、体脂肪率の上限は5%。痩せれば顔も何とかなるかもしれないわね。目はカラーコンタクトレンズを買ってあげる。髪も、そんな男臭い角刈りじゃなくて、もっと伸ばして。完成したらプロポーズするから、それまで待ってなさい。」
「はい、待ってます!」
「って、ヴィンス、いいの? ひどいこと言われてる上、ダイエットすんの君なんだよ?」
「グロリアが言うんだから、俺、ダイエットします。」
「最後には結婚されるんだよ?」
 “結婚される”って、あんまり使わない。
「俺、結婚って言葉を知った時から、彼女と結婚するつもりだったんで。彼女も“あんた、将来、あたしと結婚しなさい”って昔から言ってたし。いつ結婚できるのかな、ってずっと待ってたんです。」
「君から求婚しようとは思わなかったのか?」
 豚角煮乗せ飯を待ちながらのハンニバル。
「そんなことしたら怒られるんで。」
 ああ、と納得したようにハンニバルは頷いた。この2人の関係は、他人が口出しできるもんじゃない。口出ししたらグロリアが怒るし。
「そんで、材木の件はどうするんよ?」
 黙ってニラ饅頭を開いてニラを悉く引き出し、ニラのみを食べ、ニラの代わりに棒棒鶏の下に敷かれていたキュウリとあんを混ぜ、皮で包んで元に戻し、今やキュウリ饅頭となったそれを食べる、ということをすべてのニラ饅頭に対して行い終えたマードックが尋ねる。
「そうだ、ヴィンスも彼のご両親も、ジャックマン製材所の材木を君の店で小売りしてほしいって言ってるんだけど、どう?」
 マクヒュー先生に言われて、グロリアは頬張っていたエビ蒸し餃子を飲み込んでから、ヴィンスに顔を向けた。
「いいの? あんたんとことうち、ライバルでしょ? あんたんとこの廃材を鍛冶の燃料に使わせてもらってたけど、それ以外は狎れ合わないってお祖父ちゃんが言ってたわ。だから、あたしが困ってた時、あんたのお母さんにホントに親切にしてもらったけど、1人でやって行けるようになったらお断りしたの。」
「君が学校休んでる間の講義のノートや、卒業試験の日程やポイント書いたのは?」
「あれ、あんたが書いてくれたの? あんたのお母さんが何気なく置いていってくれて、誰が書いてくれたのかなって思ってはいたんだけど、あんただとは思わなかったわ。あんた、学校にいなかったから。」
「いたんだってば。」
「すごく助かったわ。あれがなかったら、あたし、ハイスクール卒業できなかったもの。まあ、別に卒業できなくてもよかったのよね、大学に行ける状況じゃなかったから。行っても、あの頃は反戦運動で、落ち着いて勉強できなかったって話聞くし。行かなくても何とかなってるし。」
「え、君、大学で経営学を学んだのかと思ってたよ。」
 マクヒュー先生が驚いたように言う。
「全部独学です。」
「独学で! いやあ、すごいもんだ。」
 感心するマクヒュー先生。自分も独学だってことを忘れてる。それも、ほぼ一夜漬け。
「あのさ、グロリア。」
 食べるものがなくて手持ち無沙汰なヴィンスが口を挟んだ。
「うちの祖父さんも、そっちの祖父さんのこと、ライバルだって言ってたけど、それは、お互いに切磋琢磨して腕を磨いていくって意味だって話してくれたよ。製材と鍛造、やってることは違うけど、目標は同じ、使ってくれる人が満足して喜んでくれるものを作ることだって。狎れ合わないって言ったのは、あれじゃないかな。昔、土曜の半ドンの後、うちの職人みんなで製材所で酒盛りしてて、日曜は全員生ける屍みたいになってたんだけど、それに君んとこの祖父さんも加わってたんじゃないかな。」
「言われてみれば、お祖父ちゃん、土曜の午後にふらっといなくなって、日曜日は青い顔してたわ。」
「それを反省して、“狎れ合わない”って言ったんだと思う。肝臓にも悪いし。でも、父さんの代から酒盛りは禁止にしたんで安心して。」
「そうなると、あんたのとこの材木を扱わないでいる理由、なくなるわね。」
「うん、うちの材木、君の店で小売りしてよ。そしたら母さんがすごく喜ぶから。」
「わかったわ、あんたのお母さんには恩があるし、小売りしてあげましょう。」
「やった!」
 ガッツポーズを取るヴィンス。
「そうと決まれば、話は簡単だな。」
 既に豚角煮乗せ飯を平らげたハンニバルが、ニッカリと笑った。


〈Aチームの作業テーマ曲、再び始まる。〉
 翌日、ジャックマン製材所から材木をホームセンターに運び込むコング。入れ替わりに、グローブを嵌めたハンニバルが不良品の材木もどきを運び出している。不良材木をスキッドに括りつけたヘリが飛んでいく。ジャックマン製材所の小売り受付小屋を閉鎖し、扉に「小売りはこちらで」と書いたホームセンターへの地図を貼るフェイスマン。
 小売りの仕事をしなくていいヴィンスの母親が、清々しい表情で洗濯物を干している。製材所では、既にヴィンスが仕事を始めている。ヴィンスの父親も、巨大鋼鉄風呂に火を入れる。
 リストを見ながら、ホームセンターの死に筋商品を箱に詰めて返品準備をするハンニバル。ホームセンターの事務所で電話をかけまくるフェイスマン。パイプのジョイントを手に取ってニヤニヤしているコング。マードックが駐車場に着陸させたヘリは、輸送用に替わっていた。フライパン満載の段ボール箱を抱えて降りてくるマードックとグロリア。
 図面を見ながらホームセンターのレイアウトを変更し、より買い物しやすく、迫力のある陳列も可能な状態にするハンニバル。フライパンを大量陳列するマードック。並べる端からそれを買っていく客。神業的会計で決して客を長時間待たせないアルバイトのレジ係とグロリア。
 事務所の床に地図を広げ、既にあるホームセンター各店の位置をプロットし、地形や道路も鑑みて商圏を描き込むフェイスマンとグロリア、空白地帯を見つけて頷き合い、目的の地へヘリで向かう。
 警備員の制服を着たコングを16ミリで撮影するハンニバル、その服装は警官の制服。
 追加で運び込まれる材木。運んでいるのは手の空いている製材所の職人。どんどん売れていく材木。ついでに釘やネジや金具も売れる。電動ドリルとアタッチメントも結構売れている。ちゃきちゃきと品出しをしているのは、何とヴィンスの母親。
 駐車場に座り込み、投影機に何やら細工しているコング。あっちとこっちに置いたパーツの間を角材を担いだハンニバルが通ると、投影機がカタカタと動き出した。満足そうに頷くコング。
 広々とした地をヘリから見下ろすグロリア。地図と見比べながら、操縦しているマードックに指示を出す。その近くの役所では、フェイスマンが何やら相談中。
 ホームセンターに車がやって来ては荷物を積んで走り去っていく映像が早回しで映る。次第に画面が暗くなり、出入りする車の数も減ってきて、最後にはホームセンターの明かりも消えた。
〈Aチームの作業テーマ曲、再び終わる。〉


 静まり返ったホームセンター・ディケンスの駐車場に1台のボックスカーが停まった。数人の人影が車から降り、さかさかと店舗の前に集まる。
「どうだ?」
 その中の1人が小声で尋ねる。尋ねられた方は、真っ暗な店の中を覗き込んだ。警備員が歩いている。しかし、なぜか警備員の周りはスポットライトが当たっているかのように明るい。
「ダメだ、警備員が歩き回ってる。」
「おい、あっちにはサツもいるぜ。」
 店の反対側では、警察官が、これまた周りが明るい状態でゆっくりと歩いている。
「こりゃ盗みに入るの、無理そうだな。」
「ああ、違う店にするか。」
 と窃盗団が諦めたその時、カッとライトが点いた。通常は日没から閉店までの間、駐車場を照らしているライトが。
「うわ、見つかった!」
 彼らはわらわらと車に乗り込み、走り去っていった。
 物陰から成り行きを見守っていたコングが、クックックッと笑った。警備員や警察官なんざいるわけがない。警備員の格好をしたコングと警察官の格好をしたハンニバルを撮影したフィルムが白い壁に投影されていただけ。そのスイッチを入れたのは、センサーに引っかかった窃盗団ご本人。今はスイッチも切れ、店内は元の真っ暗闇。駐車場を照らすライトはコングが手動でスイッチを入れただけ。
 上手く行ったぜ、という仕草を見せた後、コングは掌に目を落とした。そこには窃盗団の車のナンバーがメモられている。公衆電話に向かい、警察に電話をかけるコングであった。
 その頃、ホームセンターの倉庫では、ヴィンスの母親とハンニバルが在庫数をカウント中。事務所では、レジを締めたアルバイトの女性が金勘定中。
 ジャックマン家では、製材所から帰ってきたヴィンスと父親が、期待していた夕飯がないことを知って愕然としている真っ最中。すっきりと片づいた食卓の上には、「暇なのでホームセンターで働いてきます。母」と書き置きが乗っていた。


〈Aチームのテーマ曲、始まる。〉
 バイーンと飛び上がったバンがドスンと着地し、Aチームの4人がバンから飛び出してきた。オートライフルを構えて駆け出すフェイスマン。いや、構えているのはオートライフルでなく図面だ。見れば、コングが構えているのも、オートライフルでなく角材だ。ハンニバルが構えているのも、オートライフルでなくチェーンソーだ。マードックが手にしているのも、ハンドガンではなく電動ドリルだ。
 いきなり画面が変わり、ショベルカーを操るハンニバル、鉄心を打ち込むマードック、木枠を組むコング、タンクローリーを操作し木枠の中にコンクリートを流し込むフェイスマン。早回し風の画面が何回か明るくなったり暗くなったりする。木枠を外すマードック、基礎の上に土台を組むコング、土台の内側に角材を格子に組んでいくハンニバル、トラックで材木を運び込むフェイスマン。柱を立てるコングとマードック、その間を梁で繋ぐハンニバルとフェイスマン。間柱を入れるコングとマードック、床板を張るハンニバルとフェイスマン。その後は、早回しで4人がちょこまかと動き、木造建築ができ上がっていく。
 すっかりと完成したホームセンター・ディケンス2号店を外から眺めて、額の汗を拭うハンニバル、フェイスマン、コング。什器も商品も既に運び込まれている。マードック操縦のヘリが駐車場に着陸し、グロリアが降りてくる。その後ろに続くは、結構減量して昔の面影を多少は取り戻したヴィンス。
 2号店の出入口の前に渡されたリボンをグロリアがカットする。その様子を写真撮影するフェイスマン。開店を待ち構えていた客が、ぞろぞろと店の中に入っていく。
 幸せそうな笑顔のグロリアが、フェイスマンの手を取り頭を下げる。ハンニバル、マードック、コングにも、軽く頭を下げる。自分を指差して首を傾げるヴィンス。途端に険しい顔になって頭を横に振るグロリア、ヴィンスの頬肉を引っ張る。納得したように頷くヴィンス。ニッカリと笑って葉巻を銜えるハンニバル。
〈Aチームのテーマ曲、終わる。〉


「1号店の運営も順調、グロリアがいなくてもヴィンスのお母さんが上手いことやってくれてるし、2号店も軌道に乗った、返品したのも全額返金されて、任務完了! 俺ってコンサルタントの才能あんのかも。」
 1人遅れてアジトに戻ってきたフェイスマンが陽気に報告。
「グロリアに楽させるってのは? ヴィンスはそう依頼してきたんだが。」
 ベッドに横になってテレビを見ていたハンニバルが画面を見つめたまま尋ねる。
「それ、俺、聞いてないけど、でも楽にはなってるんじゃないかな、扱い品目減らしたし。少なくとも精神的には楽になってるはずだよ、待望の2号店もできて、心配事もなくなって。土地も笑っちゃうくらい格安だったし、ヴィンスもだいぶスマートになったし。で、彼からはいくら貰ったの?」
 ハンニバルの充実した腹肉に冷たい目を向けて問う。
「ああ、そう言えば、仕事料については何も話さなかったな。」
 フェイスマンはフッと笑って頭を横に振った。
「だと思った。」
 そして、眉をハの字にする。
「今回、ドンパチなかったからそっちの費用かかんなかったし、材木はヴィンスんとこからタダで貰えたし、あとのもんはちょっと借りてきたのばっかりだから(返す気なし)、出費ゼロで済んだけど、俺たちの人件費だって馬鹿になんないんだよ? 言っとくけど、俺、講演会やったら時給2500ドル稼げる男なんだからね。ホームセンター建てんのに何日かかったと思ってるわけ? 5日だっけ? 1日8時間労働として、2500ドル×8時間×5日で、ええと、10万ドルだよ? 4人いるから40万ドル、人件費だけでそれだけ、いや、そんなにかかってるんだよ?! なのに、収入はグロリアから貰った1000ドルだけ! それも、みんなの食費だけでもう半分になっちゃったんだからね。」
 Aチーム4人がそれぞれに1日8時間ずつ5日間、講演会で喋り続ける計算になってる。
「あと半分残ってるじゃないか。」
 フェイスマンの計算がすごく違うことには気づかず、ハンニバルが楽観的なご感想を述べる。
「残ってるけど! それしか残ってない!」
「マクヒュー先生の仕事すりゃいいじゃん。」
 通常の装いのマードックがベランダの方から姿を現した。見れば、ベランダにスーツ上下とワイシャツとネクタイが干してある。遠近両用眼鏡も。靴も靴下も。まるで、そこに秘書がいるかのように。
「モンキー! あれ、洗濯機で洗っていいスーツじゃないって!」
「だいじょぶ、オシャレ着用洗剤で洗ったから。靴と眼鏡とネクタイはネットに入れたし。」
「そういう問題じゃないだろ!」
「それよかマクヒュー先生よ、他の予約どうすんだ? ドアの下んとこに、これあったぜ。」
 コングにカードを渡されて、フェイスマンはその裏表を見た。表側はネームカード。グロリアの次にコンサルティングをするはずだった人物の名前が印刷されている。肩書きは、有名ホールセールクラブの社長。裏には達筆で「約束の日時に伺いましたが、お留守でしたので出直します。ご都合のよい(確実な!)日時をご連絡いただければ幸いに存じます」と書かれている。多分、怒っている。
「これはもういいや。」
 カードをピンッとゴミ箱に向かって飛ばす。ホールセールクラブの社長を騙る必要に迫られる日は来ないだろうし。
「今日、いや、明日の予約の人に連絡入れないと。モンキー、スケジュール帳。」
 フェイスマンは掌を上に向けて、マードックの方に差し出した。しかし、マードックは窓の外を指差すのみ。その指が示す先に目をやると、革表紙のスケジュール帳が洗濯ばさみで洗濯ロープに吊り下げられていた。
「ネット入れんの忘れちまった。」
 もう何をどう突っ込んでいいかわからないフェイスマン。とりあえず、スケジュール帳の方だ。革製の部分と金属リングは無事に残っている。だが、紙だったところは全滅。厚紙はぐにょぐにょ、それより薄かった紙は、そこには存在していない。ではどこに存在しているのかと言えば、窓ガラスの外側。1枚1枚、できるだけ広げて(そしてその際に破れて)ガラスに貼りつけて乾かされている最中。マードック、案外、仕事が丁寧だ。窓の外に貼ると、風に吹かれて飛んでいく、というところまでは気づかなかったようだが。
 フェイスマンは窓に寄り、明日の日付のページを探した。
「あった! でも……読めない。」
 油性ボールペンで書かなかったがために、インクが流れて、“呪われたような文字”を通り越し、“過去には何か書いてあったようだ”レベルになっている。
 こうしてマクヒュー先生のコンサルティング事務所は幕を下ろしたのであった。
【おしまい】
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