KONG OF PRISM
鈴樹 瑞穂
 夏は祭りが数多く開催される。オリンピックに花火大会、ロックフェスに某マンガの祭典。そこまで大がかりなものでなくても、各ご町内においても人々が集まっては踊り、出店を楽しみ、あるいはのど自慢だのパイの大食いだの豚やカボチャの品評会だのと何かしら祭り的な催しがある。目下のところ、Aチームが潜伏しているとあるアメリカの田舎町でも例外ではなかった。
 そして、田舎の祭りは町内会という実行委員会で取り仕切られる。一夏の滞在という触れ込みであっても、漏れなく招集はかかるのである。なぜなら、住民が少ないから。
「わたくしは、プリズムショーがよいと思いますわ。」
 プレハブの町内会館の折り畳み椅子に腰かけてなお優雅なゴージャスな美女が言い放った。彼女、ミス・ショーンは、やはりこの町に避暑に来ているセレブ姉妹の姉である。
 その発言に、テーブルを囲んでぐるりと座っていたご町内の善良な老々男々が一斉にフェイスマンの方に顔を向けた。因みに、なぜ老若男女ではないかというと、ご町内には若者がほとんどおらず(いても貴重な労働力として働いているため、会合には出てこない)、なおかつ、ミス・ショーンとミス・キャロルの美女姉妹が来てからどの家でも男たちが積極的に会合への出席を買って出るようになったからだ。彼女たちが衆目を集めているおかげで、目立たずに済んで、指名手配中の身としてはありがたい。ただ、彼女たちの口から聞き慣れない単語が飛び出すたびに、都会から来たというだけで視線で説明を求められるのはいかがなものだろうか。と、やはり会合に参加しているフェイスマンは思うのである。都会から来ても、知らないものは知らない。美容研究家だという姉妹が毎日実践しているというエクササイズも、美容食も化粧品もドレスもさっぱりわからない。守備範囲外だ。
 ただし、プリズムショーについて言えば、遺憾ながら聞いたことがあった。あえて知ろうとしたわけではない。最近流行っているという映画の話を、エンジェルことアレン嬢に熱く語られたからだ。彼女の説明によれば、プリズムショーでは「歌とダンスとお洒落コーデを組み合わせた競技」であり、平たく言えば「バトル」なのだそうだ。しかし、なぜそれがこの町の夏祭りのメインイベントとして提案されるのだろう。
 遠い目をするフェイスマンが答えなかったので、意を決した町内会長がミス・ショーンに直接訊いた。
「その、プロズムショったらいうもんはどんなもんですかのう?」
「プリズムショー、それはグッドルッキングガイが歌とダンスとコーディネートを競うファビュラスな競技……。」
 ミス・ショーンの女神の微笑みに、あちこちからほうっと魂が抜けたような声が漏れる。そんな中、副会長が恐る恐る手を挙げた。
「だども、そげなハイカラな競技に出られる奴がこの辺におるじゃろか。ペックさんとこは確定として。」
 え、うち確定なの?
 飲みかけの麦茶に盛大に噎せかけるフェイスマンの前で、ミス・ショーンはミステリアスな笑みを浮かべて告げた。
「よいのですよ、どなたでも。キュートな方、セクシーな方……大切なのはパッションのきらめき……年齢も性別も一切関係ないのですよ。」


「ただいまー。」
 やけに疲れた様子で帰ってきたフェイスマンに、クーラーの効いた室内でカウチに寝転んでのんびりとペーパーバックを捲っていたハンニバル、リビングの床に工具と部品を広げて何やら組み立てていたコング、テーブルでノートPCと睨めっこしているマードックの3人が、各々の作業を止めて顔を上げた。
「お疲れさん。町内会の会合はどうだった? 確か今日の議題は……。」
 天井を見上げて記憶を辿るハンニバルに、マードックが助け船を出す。
「夏祭りの準備について。」
「ああ、それそれ。メインイベントを決めるとか言っていたな。」
「それなんだけど。」
 フェイスマンが陸揚げされた魚のような目になって告げた。
「俺たち、プリズムショーに出ることになった。」
「ほほう。」
 とハンニバル。
「で、プリズムショーとは何だ?」
 そう、エンジェルが来襲して今ハマっている映画の話をたっぷり半日熱く語って帰るまでの間、ハンニバルはちゃっかり外出していたのであった。コングとマードックは一緒に話を聞いたため、プリズムショーの何たるかについてはフェイスマンと同じだけ心得ている。
「大丈夫だいじょーぶ、ファッショナブルにキメて、ダンスしながらちょいと歌うだけだぜ。」
 立ち上がり、椅子に片足を乗せたマードックが、いい笑顔で親指を立てた。
「大丈夫じゃねえよ、このスットコドッコイ。俺は歌ったりしねえぞ。」
 実はコングは飛行機の次の次の次くらいに歌が苦手なのである。
「コングちゃんがそう言うと思って、頼んどいたぜ!」
 ノートPCの画面を指差したマードックの周りに、コング、ハンニバル、フェイスマンが集まる。画面に表示されていたのは○mazonの通販ページ――タンバリン、三日月型、レッド。
「何々……お届け予定日は――ほう、明日か! こんな田舎でも翌日配送とはやるな、a○azon。」
「ちょっと! 何通販なんて頼んでるのさ!」
 感心しきりのハンニバルの横で、フェイスマンがムンクの絵画の如き形相で叫ぶ。am○zonであまりにも簡単にお買い物ができることを覚えてしまったマードックが、服や靴、シャンプーからシェーバー、おやつからプラモデルに至るまで、通販を頼むのは今年に入って30回目だ。それでクレジットカードを取り上げていたのだが――
「代引で、自分の小遣いから払えよ? いいか、立て替えもしないからな。」
「ちぇっ、わかったよ。」
 渋々頷いたマードックの肩をハンニバルがポンと叩いた。
「さて、話を戻すぞ。そのプリズムショーとやらを夏祭りにやるとして、だ。我々は何をすればいいんだ?」
 リーダーの問いに、フェイスマンとマードック、コングは顔を見合わせた。エンジェルの熱弁を聞いたものの、件の映画そのものは見ていない3人である。一番いいのは映画のDVDを取り寄せて見ることだろうが、どうにも抵抗があった。エンジェルの話を聞いた限り、全く理解できるとは思えない。と言うか、迂闊に見てはいけないものだという気がする。
「えーと、提案したミス・ショーンは“歌とダンスとコーディネートを競うファビュラスな競技”って言ってたよ。」
 フェイスマンの申告にハンニバルが頷いた。
「そうか。では検索してみようじゃないか。」
「えっ、プリズムショーを?」
「いいや、検索キーワードはミス・ショーンの説明を丸めた方がいい。他の参加者もその説明だけで準備してくるだろうからな。」
 カタカタとハンニバルがPCにキーワードを入力し、そして出てきた検索結果に、寄り集まって画面を覗き込んでいた部下たちの目が輝く。
――これか!
――これだな!
――これならイケル!
 視線で語り合うフェイスマン、コング、マードックの顔を順番に見て、ハンニバルがニカッと笑った。
「よし、作戦開始だ。」


〈Aチームのテーマ曲、始まる。〉
 ヘッドフォンをつけてPCに向かうコング、布を抱えて入ってくるフェイスマン、玄関でama○onの箱を受け取るマードック。ハンニバルは紙とペンを手に何やら表を作っている。
 ミシンをかけるフェイスマン、細い竹を切り揃えて束ねていくコング、その竹に紙を貼っていくマードック。ヘッドフォンをつけたハンニバルが、紙とペンを手に、さらに何やら表に書き込む。
 真夏の太陽が輝く空の下、裏庭に整列するAチーム。ハンニバルの指導の下、立ち位置からパフォーマンスの練習が始まる。試行錯誤しつつ、繰り返される練習。肩で息をする歴戦の猛者たち。空は夕焼けからゆっくりと暗くなり、星が輝き始めた。ザッ、とようやく足並みが揃った動きでポーズを取る4人のシルエット。
〈Aチームのテーマ曲、終わる。〉


 夏祭り当日、普段静かな田舎町はいつにない賑いを帯びていた。会場となる小学校のグラウンドでは、ミス・ショーンとミス・キャロルによる美しすぎるエクササイズが披露されている。15センチのヒールを履いての片足立ちから、肩の高さまで踵を上げるポーズに至っては、もう女性たちは感動し、男性陣はスマホやごついデジカメで連写しまくっていた。
「すごいな、あれ。」
「フラミンゴみたいだね。」
「ああ、相当筋肉を鍛えてねえとできねえぞ。腹筋、背筋、大腿部の裏側もか。」
 フェイスマンが目尻を下げている横で、ポップコーンを食べるのに忙しいマードックが率直な、コングが大真面目な相槌を打つ。
 プログラムをチェックしていたハンニバルが言った。
「次がプリズムショーだ。我々のエントリーは3組目か。そろそろ準備に行こう。」
 ショーの出演者には教室の一室が控室として与えられている。4人は着替えに行ったため、自分たちの前にエントリーされていた2チームのパフォーマンスを見ることができなかった。
 そうして、いよいよ「ジョン・スミスと仲間たち」のパフォーマンスが始まった。


 プシューとすごい勢いで左右からスモークが上がったのは、コング作の演出用装置である。
 晴れていくスモークの中に立つ、4人のシルエット。
 黒い半天に金の帯、インナーはTシャツ、ボトムはジーンズやチノパンと手持ちのアイテムでお茶を濁しているが、足元は足袋で固め、頭には鉢巻を巻いている。そして、手には団扇。マードックだけはタンバリンである。
 月が〜出た出た 月が〜出た〜アヨイヨイ♪
 大音量で始まった音楽に合わせて、踊り出す4人。ハンニバル振付のダンスは炭坑節の一応ヒップホップ系と言えるだろうか。
 足並み揃えたステップから1人ずつ大技を決める。フェイスマン、コング、ハンニバルのパートではマードックがタンバリンで拍子を取り、マードックのパートではコングが仕方なさそうにタンバリンを振った。
 最初は唖然としていた会場の観衆も、だんだん身を乗り出してきて、後半はマードックとフェイスマンの扇動でみんな手拍子を打っていた。
 最後のサノヨイヨイでポーズを決めると、審査員席のミス・ショーンが一番に拍手をした。
「まぁ、何て素晴らしいのかしら。異国の香りがする衣装もマーベラス……それにとってもセクシーなダンス。」
 彼女のコメントをきっかけに会場内から一斉に拍手が湧き起こり、掴みはバッチリと思われたのだが。


「うーん、惜しかったねえ。」
 表彰される優勝チームに拍手しながら、フェイスマンが乾いた笑いを浮かべた。
「ま、よかったじゃないか。ウケてただろう。」
 鷹揚に頷くハンニバルにフェイスマンが肩を落とす。
「そりゃそうだけど、やっぱり出るからには優勝したかったっていうか。」
「仕方ねえだろ、俺たちだけ他のチームとはちっと方向が違ったじゃねえか。」
 残りの2組のパフォーマンスを見た限り、コングの指摘ももっともだった。
 優勝チームは平均年齢最高だった。しかし、ただ歌って踊るだけでなく、フィギュアスケート風のジャンプを随所に取り入れて決めていた。そして、それに合わせてなぜか観客(ほとんどが女性)が手にしたサイリウムを振っていたのである。
「とてもファビュラスなきらめきでした。」
 審査員のミス・キャロルのコメントに、マードックが頷く。
「よくわからねえけど、俺たちにはきらめきが足りなかったんだと思うな、きっと。元の映画見てないし。」
「ウケたのはいいけどさ、優勝賞品欲しかったなあ。」
 優勝チームが町内会長から手渡されている優勝賞品――1泊2日の温泉旅行チケット――を見て、フェイスマンが言った。彼の手に握られているのは、参加賞のジャガイモ1袋である。
「その映画のDVDをエンジェルに送ってもらっちゃどうだ。他のチームはみんな見たんだろう。次の機会があるかはわからんが。」
「そうだね、そうするよ。」
 ハンニバルのアドバイスにフェイスマンが神妙に頷いた。


 その後、エンジェルから届いたDVDを見て、「これは……無理だ」とさすがのAチームもプリズムスタァを目指すのは諦めたという。
【おしまい】
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