特攻野郎Aチーム ハゲラッチョはダレらっちょ
フル川 四万
〜1〜

 暗いクロゼットの中に、マードックは座っていた。カシミヤのコートやイタリア製のスーツがぶら下がる、持ち主愛用の香水の匂いが染みついた狭い空間の片隅に膝を抱え、息を潜めて。ほんの少しだけずらした扉の隙間から入る室内の光が、彼の頬に一筋のラインを描いている。
「あんた、ハゲてるねー。」
 容赦ない一言が、彼の右から飛んできた。
「……ハゲって、オイラが? 冗談だろ。オイラこう見えても、人生の中で、頭髪で悩んだことなんて一度もないもんね。て言うか、そもそもキャップ被ってるから、お前からオイラの頭見えないじゃん。それに、ハゲてないし!」
 マードックは、声の方を見ずに答えた。
「ハゲてるよー。」
 失礼な声の主は、一歩も引かない。
「あ、ハゲてるね? ウン、ハゲテルヨー、よく、ハゲてるYO! イェイハゲてるYO!」
 タンタン、と足を踏み鳴らし、体を左右に揺らしながらラップのリズムではやし立てる。
 マードックのこめかみに、ぴきっ、と青筋が立った。
「YO! YO! ハゲテルヨ! YO! YO! ハゲテルヨ! ……ハゲのくせに! 生意気な!(急にバリトン声になり)この役立たずが、足に鉄球つけて海に沈めてやろうか。」
 マードックは、青筋立てたまま、ゆっくり、そして無表情に奴を見た。見られた奴は、さすがにそっと視線を逸らし、小声でこう続けた。
「ハゲテル……カナ? ピヨッ! カナ? ピヨッ! パロちゃん! パロちゃんワカンナイ! パロちゃんお利口さんでちゅね。ちゅね? カナ?」
 マードックは、お利口な奴の口を塞いだ……もとい、クチバシを摘んだ。ムグググ、と唸って羽をバタつかせながらも、マードックをハゲ呼ばわりしていた生意気なヨウムは、何とか黙った。
 その時、静かになるのを待っていたかのように、マードックの左側に座っていたアフロヘアの男が、彼の肩にそっと凭れかかってきた。静かに目を閉じて、何も言わずに。
「……よせやい、照れるだろ。」
 マードックは、そう言って、彼を軽く押し戻す。一瞬、男の頭が浮き、もう一度マードックの肩へと戻ってくる。なので今度は、思い切って強く押し戻す。押し戻された頭は、そのまま弧を描き、男はそのまま反対側にドサリと倒れた。高級そうなスーツを身に纏っている彼の胸には、赤い薔薇の花束のように血の染みが広がっている。マードックは溜息をついた。
 ここは、麻薬組織のボス、アントニーニの屋敷。の、アントニーニの寝室のクロゼットの中。ここにいるのは、H.M.マードック(Aチーム)、麻薬組織のボス、アントニーニ(死体)、ハゲ・ラップを歌う自称パロちゃん(ヨウム=African Gray Parrot。体長60cm)の、1人と1体と1羽。トータルのヘッドカウントで3。何でこんな面子で狭いとこにお籠りかというと、話は数時間前に遡る――
(以下、説明。早回しでお読み下さい。)ストックウェルの突然の指令により、アントニーニ率いる麻薬組織の拠点を急襲したAチーム。缶詰工場(鮭缶)の地下に作られたアジトを壊滅させるも、アントニーニは見つからず、さらに幹部3人を取り逃がす。捜索の結果、親分の邸宅へと通じる地下通路を発見し、アントニーニの邸宅へ潜入。迷路のような造りの屋敷の中でアントニーニおよび幹部3人を探すうち、仲間とはぐれてしまったマードック、多勢に無勢の状況で敵に見つかりそうになり、咄嗟に入ったところがボスの寝室。身を隠そうと入ったクロゼットで、アントニーニ本人の屍およびペットのヨウムと遭遇。部屋の前に部下らがワラワラたむろっているため、出るタイミングを逸した結果、口の悪い大きな鳥にハゲ呼ばわりされ続けて今に至るのだ! 説明、以上。


「サーシャ! ボスを見なかったか?」
 廊下で、部下たちの声がする。
「それがムラニさん、どこにもいないんです。寝室にも、リビングにも。」
「何だと? てことは、俺たちを置いて先に逃げたってことか?」
「まさか! 庭に車はあるし、鍵は僕が持ってるのに?」
 声の感じから、話をしているのは3人のようだ。
「あの50万ドルも持っていったんじゃないだろうな?」
「まさか、いやしかし……タルコフ! 金庫を確認してみろ!」
「おう。」
 と、1人が部屋に入ってくる気配。クロゼットへと真っ直ぐ近づいてくる。息を潜めるマードック。と、その時。
 バババババ!
 遠くから聞き慣れたマシンガンの音が。
「チッ! 追っ手だ!」
 バタバタと部下たちが走り去る音がする。銃声が飛び交い、しばらくすると止んだ。
「モンキー! モンキー、どこだ!?」
 ハンニバルの声。マードックは、ホッと息をつくと、勢いよく立ち上がった。マードックの突然の動きに、ヨウムがピロッと鳴いて飛びずさる。
「オイラこっちだよ!」
 クロゼットから這い出したマードックに、フェイスマンが気づいて駆け寄ってくる。
「モンキー、大丈夫か?」
「ああ、全然平気。ちょっとヘマしちゃって、クロゼットに隠れてたんだ。でも、アントニーニは見つけたぜ。」
「何だと? もうボスを引っ捕まえたのか? 奴はどこでい?」
 と、コングが部屋の中を見回す。
「クロゼットの中。変な鳥と一緒に。ついでに言っとくと、息してない。」
「変な鳥だと? 何だそりゃ?」
「イキシテナイYO! ハゲテルヨ!」
 クロゼットからバサバサと飛び出してきたヨウムが、コングのモヒカンにドスンと止まった。
「おい、やめろ、毛を掴むな畜生! モンキー、何でえコイツは!?」
 コングは、頭の上の鳥の胴体をガシッと掴んで引き離すと、乱暴に投げ捨てた。投げられた鳥は、空中で1回転し、今度はハンニバルの肩に飛び乗った。見つめ合うハンニバルとヨウム。
「コンニチワ、ハゲテル?」
 首を傾げてヨウムが囁く。
「やあ、始めまして。ハゲてないよ。」
 ハンニバルが笑顔でそう返した。
「何なんだ、このでかいのはよ!?」
 乱れたモヒカンを直しながらコングが問う。
「ヨウムっていうんじゃなかったっけ。アントニーニのペットか何かだと思う。死体と一緒にクロゼットに閉じ込められてた。」
 マードックは、そう言ってクロゼットを開け放った。クロゼットの中には、横倒しになったアントニーニの死体。
「一応聞くけど、これ死んでるよね?」
 と、フェイスマン。
「多分ね。チューインガム食う? って聞いても返事なかったし。」
 フェイスマンが、アントニーニの傍に跪く。
「口径は小さそうだけど、胸に何発も食らってる。失血死だね。まだ温かいから、死んでから時間は経ってない。」
「自殺の可能性は?」
「銃創も複数あるし、あり得ないね。」
「てことは、殺されたのか。」
「だろうね。うん、やっぱり脈もない。」
 と、アントニーニの手首を掴むフェイスマン。
「ふむ、ということは。」
 ハンニバルが唸る。
「この警備厳重な屋敷で殺されたなら、十中八九、内部の犯行と考えて間違いあるまい。」
「てことは、仲間割れってことか。ひでえ事しやがるぜ。」
 そう言うと、コングはアントニーニの死体に向かって十字を切った。
「逃げた仲間を捕まえなきゃならん。だがその前に、何か手掛かりはないか、この部屋を探してみるとしよう。」
 家探しを始める4人。部屋は、40平米ほどの広さで、天蓋のついた瀟洒なベッドと、ロッキングチェア、ロココ調のローテーブルにキャビネット。キャビネットの中には、高級なブランデーやウィスキーの壜が林立している。
「あ、金庫あった。」
 クロゼットの中をゴソゴソ這い回っていたフェイスマンが声を上げた。駆け寄る3人。覗き込んだクロゼットの奥、先ほどアントニーニが押し込まれていた場所の後ろには、黒い鉄の箱が扉半開きで鎮座ましましている。
「開いてるじゃねえか。」
「てことは、中身はもう盗られてるな……って、あれ?」
 金庫の中に手を突っ込んだフェイスマンが引っ張り出したのは、札束。次から次へと札束を放り出すフェイスマン。見る見るうちに、札束の山が完成。
「盗られてないのか。」
「蓋は開けっ放しなのに?」
「10、20……えっと、30万。ざっと数えて30万ドルはあるよ。」
 札束を数えてフェイスマンが言う。
「金目当てじゃなかったってことか。ということは、恨みか。」
「もしくは、金より大事なものが入っていたかだね。」
「ハンニバル、この金どうするんでい。それから、死体も。」
「まだ当局には踏み込まれたくないが、季節柄、このままにもしておけまい。とりあえず、一旦撤収。アントニーニには、冷たくなっていてもらおうか。」
 というわけで、アントニーニの死体と現金30万ドルは、麻薬組織がカモフラージュにしていた鮭缶工場の生鮭用冷凍庫にぶち込まれたのであった。


〜2〜

 ところ変わって、こちらは目下のAチームのアジト。ロサンゼルス郊外の豪華な一軒家である。本来の持ち主はバカンス中とのことで、今週一杯、無料で借りる算段となっている。もちろん、家具、家電、ジャグジー、サウナつき。庭にはプールとブランコ、滑り台まである本格派だ。実は、近所にストックウェルが指定したAチームの公式な(?)アジトがあるのだが、だだっ広いビルの1フロアで、家電はあれど個室の寝室もジャグジーもプールも滑り台もなかったため、電話をこっちに転送する設定をし、『カーラへ。引っ越しました。探さないで下さい。By テンプルトン』と置き手紙を残して、こっちに移ってきたのだ。
 ガラス製のリビングテーブルに資料(主に指令書)を広げ、作戦会議中のAチーム。
「ストックウェルの指令通り、麻薬組織のアジトは壊滅させたが、組織のボスは殺され、幹部と思しき奴らには逃げられた。俺たちとしては、失態と言ってもいい状況だ。」
 と、ハンニバル。
「でも、指令は『麻薬組織のアジトを壊滅せよ!』だから、これで終わりでいいんじゃん?」
 マードックが指令書を指差す。
「確かにそうだが、死人が出ている状況で、そのまんまっちゅうわけにゃ行かんだろう。せめて、犯人を捕まえてからでないと。」
「ピーヨッ! パロ、オリコウサン、デチュネー。おい、お前ら抜かるんじゃねえぞ……ヌカル、ヌカルム? ヌカルム……マッタク、使えねえ野郎だな、今まで育ててやった恩を忘れてハゲ上がりやがって! ハゲテル? ハゲてるねッ、ネッ!?」
 台所の冷蔵庫の上で、ヨウムが1羽、喋り続けている。
「……何でついて来たのかな、あの鳥。」
 フェイスマンが、ジノリのカップで紅茶を啜りながら、そう呟いた。マードックがアントニーニのクロゼットで出会ったヨウム、その場に放置してきたつもりであったが、気がつけばバンの横を必死の形相で飛んで同行、誰よりも先に台所に飛んでいってエサを要求し、フェイスマンが差し出したコーン缶を自分で開けてガツガツ食べた後、冷蔵庫の上で落ち着いてしまったのだ。
「俺たちに飼えってことか? 冗談じゃねえぜ、こんな口の悪いアホ鳥。今のうちに逃がしておこうぜ。」
 と、コングが立ち上がり、冷蔵庫の上のヨウムに手を伸ばす。
 ガタッ。
 その時、玄関脇の小窓に取りつけてある郵便受けに、何かが突っ込まれた。3人の視線を受けたフェイスマンが、溜息交じりにカップを置いて取りに行く。突っ込まれていたのは、白い大きな封筒。取り出したフェイスマンが、あ〜、と大袈裟に声を上げた。
「どうした、フェイス。」
「引っ越し先、早速バレた。見てよ、これ。」
 と、テーブルに投げ出した封筒の表書きには、青インクで雑にこう書かれていた。
『Additional Data Here!』
 裏を返すと、差出人は、ストックウェルの有能秘書、カーラ嬢であった。


〜3〜

 Aチームが作戦会議を行っているその頃、主を失ったアントニーニ邸に、そっと忍び寄る影。全身黒の装束(ほぼ全身タイツ)に身を包んだその小太りの人影は、慣れた手つきで裏口の鍵を開け、邸内へと滑り込む。迷路のような廊下を電気も点けずにずんずん進み、アントニーニの部屋に到着すると、一直線にクロゼットに潜り込んだ。
「ない!」
 男が叫んだのと、部屋の電気が点いたのが、ほぼ同時だった。男が振り返ると、長身の男がドカドカと踏み込んできた。
「タルコフ! 抜け駆けたぁいい根性だな!」
 組織のナンバー2、アントニーニ亡き後は実質上のトップであるムラニだ。長身・猫背に眼光鋭い風貌は、獲物を狙う鷹のようで、いかにも切れ者の雰囲気を醸し出している。
「げ、ムラニさん、違うんです、これは……。」
「往生際が悪いですよ、タルコフさん。」
 ムラニの後ろから、銀髪の小柄な青年が顔を出した。アントニーニの運転手兼ムラニの腰巾着のサーシャだ。
「サーシャもか! まさか貴様ら、グルか!」
「グルって何ですか? 待ち合わせはしましたけど、それはタルコフさんが電話に出なかったから、仕方なく2人で来ただけで、ぼ、僕らは別に……。」
 なぜかもじもじと言い訳を始めるサーシャ。
「サーシャ、今そんな話は、いい。それよりタルコフ、貴様、まさか50万ドルを独り占めしようとしたんじゃないだろうな?」
「俺が横領だって? 舐めたこと言ってもらっちゃ困るぜ。ほら見てくれ、金庫から金が全部消えてるんだ!」
「何だと!?」
 ムラニがクロゼットの中に入り、金庫の中に顔を突っ込んだ。
「ない! てことは、工場を襲った奴らの仕業か?」
「かもしれないですね。奴ら、僕たちが逃げてからこの部屋に来たかもしれないし。」
「しかし、金庫の扉を綺麗に開けてるってことは、暗証番号を知ってたということだ。」
「じゃあ何か。ボスが持って逃げたんじゃ。」
「……まさか、そんな、ボスが……。」
 サーシャが、青ざめた顔でそう呟いた。
「ああ、残念だが、状況から見て、そうとしか考えられん。信じ難いことだが、ボスが俺たちを裏切ったんだ……。とにかく、ボスの行方を探して、金を取り戻すんだ。あれは、俺たちが稼いだ金なんだからな。」


〜4〜

「貴様、何のつもりだ! 拾ってやった恩を忘れよってパーロちゃん? ピヨッ? YO! YO! ハゲラッチョ! チェケラッチョ! むかしむかーし、あるところに、お爺さんとお婆さんがいたことも……あったような、ピヨッ! 気がするね! イイネ! イーネッ! パロちゃん? ダディ? ピーひょろろろ……ハゲのくせに。」
 既にヨウムの独り言には慣れてきた4人、カーラに送りつけられた『追加資料』を前に、作戦会議中。
「アントニーニの組織の幹部は3人。これがその写真。」
 隠し撮りらしいカラー写真をテーブルに並べるフェイスマン。
「こいつらが、アントニーニを殺し、そして金は置いて逃げたってえことか。」
「もしくは、こいつらのうちの誰かが、だ。」
「アントニーニに恨みを持ってた奴、ってことだよね。」
「組織の中での力関係はわからんが、アントニーニを追い落としてその座に就こうとしたか。」
「ハゲハゲ言われて切れちゃったんじゃないの?」
 と、マードック。何言ってんの? とマードックを見る3人。
「だってほら、ヨウムって普段聞いてることしか喋らないだろ? ただの声帯模写なんだから。てことは、普段からアントニーニにハゲハゲ罵倒されてた奴がいるってことじゃん。」
 マードックの言葉に、ふむ、と考え込むハンニバル。
「一理あるな。とすると、このうちの誰が“ハゲ”に該当するんだ?」
 ハンニバルの言葉に、写真をじっくり眺め始める3人。
対象者1;ムラニ。組織のナンバー2で、実質、アントニーニの後継者とされる。容姿は、白髪交じりの長髪を後ろで1つに束ねているが、毛が後ろに引っ張られている分、前髪はM字に後退しているように思える。
対象者2;タルコフ。小太りの中年。癖の強い巻き毛を肩まで伸ばしているが、頭頂部は若干スダレ状に薄くなっており、全体の雰囲気は、犬種で言うとアメリカン・コッカー・スパニエル。ハゲと呼ばれても致し方ないかも。
対象者3;サーシャ。この中では一番若い。アントニーニの運転手を務める。サラサラの銀髪を、オーケストラの指揮者のように伸ばしている。横分けにした前髪から覗く額は、かなりのデコッパチな予感。
「……どれも微妙だな。」
「将来的にハゲるのは多分タルコフだけど、ムラニもヤバいよね。サーシャは、もしかしたら、オールバックにしてみると、おデコ際立つかも。」
「YO! YO! ナマ、ナマ、ナマナマ生意気な! 鉄球つけて、沈めるYO!」
「うるせえぞ鳥!」
「いや、今のオイラ。」
 と、マードック。どうやら、パロちゃんのラップに影響され始めたらしい。
「てめえが鳥の真似してどうすんだ。うるせえのが1匹増えるだけじゃねえか。」
「しかし、この鳥、本当に上手いよね。時々出てくるバリトンの部分が、アントニーニなんだろ?」
「多分ね。」
「……てことは、この鳥、犯人探しに使えるかもしれないな。」
 と、ハンニバル。
「モンキーは、そのヨウムをできる限り喋り続けさせろ、そして、録音するんだ。フェイス、フランキーはどうしてる?」
「特殊メイクの仕事が入ったって言って出てったけど、ロスにはいるはずだよ。」
「呼び出してくれ。奴の助けが必要だ。さてと……面白くなってきましたよ。」
 ハンニバルは、そう言ってニカっと笑った。


〈Aチームのテーマ曲、始まる。〉
 ヨウムのパロちゃんが、ノリノリで横揺れしている。その前にしゃがんで、マイクを差し出すマードック。
「YO! YO! アンタ、ハゲテルNE! ハゲテルYO! へい、昔むかーし、お爺さんとおば、ハゲラッチョが、お爺さんとハゲラッチョ……は川にしばかれに、しばかれ……川に沈めてやろうか、パロ、ちゃんっ、お利口! お前ら、お利口! ハゲラッチョ! どうなるかな? 電話番号は、001001、ワタシニ電話シテ下サーイ! 小鳥の、小鳥のテレビショッピングのお時間です。ハゲてるのに? 10時までにご注文? or 太平洋に沈めてやろうかYO! YO! ハロー、Can't touch it! ハゲラッチョ、チェケラッチョ、よくハゲてるYO! ハゲテルNE! ハゲ散らかっちゃってるNE!(endless)」
 録音したテープを聞きながら、機材に埋もれてダビング作業に勤しむコングとマードック。資料を眺めてメモを取るフェイスマン。場面が変わり、凍った鮭がぶら下がる冷凍庫の中で、アントニーニの死体の写真を撮りまくるフランキー。
〈Aチームのテーマ曲、終わる。〉


 コングが、出来上がったカセットテープをデッキに入れて再生ボタンを押した。ザザザ、という音に交じり、不明瞭ながらもアントニーニの話し声が聞こえてきた。ヨウムの出鱈目なお喋りから、それらしく聞こえる箇所だけをピックアップして繋ぎ直したテープだ。
「貴様よくも……裏切りやがったな、このハゲら……め。足に鉄球つけて、太平洋に沈めてやろうか。明日、10時までに来い。さもなくば、わかっているな? ピヨッ。」
「ピヨッは余計だ。」
「ああ済まねえ、消しとくぜ。」
「あとは、これをどうやって3人に聞かせるかだね。」
「そこは、地道にやるしかあるまい。」


〜5〜

 人目を気にしながら雑踏を歩くタルコフ。その後ろを一定の間隔で尾行するフェイスマン。トレンチコートにサングラスの、いわゆるスパイルックで。フェイスマンは、タルコフが1軒のバーに入るのを見届けると、鞄から電話帳を取り出し、手早くページを捲った。そして近所の公衆電話に飛び込むと、ダイヤルを回した。
「あの、そこに、タルコフって人が来てるので、呼び出してもらえます? ええ、アントニーニって言います。」
 しばし待つフェイスマン。
『……タルコフだ……。』
 ターゲットが電話に出たことを確認すると、手持ちのカセットレコーダーを受話器に近づけ、スイッチを入れた。
「貴様よくも……裏切りやがったな。」
『ヒエッ、ボ、ボス!?』
「このハゲら……め。足に鉄球つけて、太平洋に沈めてやろうか。明日、10時までに来い。さもなくば、わかっているな?」
『待って下さいボス、俺は断じて裏切ってなんか……。』
「ピヨッ。」
 ガチャリ。
「コング、ピヨッ直してないじゃん。でもまあ、ビビってたみたいだし、いっか。」


 路駐しているいつものバンの横を、滑るように通り過ぎていく1台のベンツ。運転席にはサーシャ、後部座席にはムラニが乗っている。これはアントニーニの自家用車。ということは、既にムラニはアントニーニの後を継いだ気でいるらしい。ベンツをそっと見送ったバンの後部座席のマードックが、耳にイヤホンを当てて何らかの電子機器を操作し、よし、と声を上げた、
「大佐、ムラニの自動車電話の周波数、わかったぜ。」
「よし、かけろ。」
 プルルルル。
「ムラニだ。」
『貴様よくも……裏切りやがったな。』
「その声は、ボス!?」
 ムラニの言葉に、運転席のサーシャも思わず振り返る。走行中のベンツの軌道が歪み、路肩に乗り上げそうになる。
『このハゲら……め。足に鉄球つけて、太平洋に沈めてやろうか。明日、10時までに来い。さもなくば、わかっているな? ピ。』
 ガチャリ、ツーツーツー。
「ボス! どこにいるんです? ボス!」
 サーシャが急ブレーキを踏み、ムラニは前の席の背凭れに鼻を強かぶつけた。
「……ボス、からですか?」
「ああ、確かにボスの声だった。だが、何か思い違いをしてる。」
「思い違い?」
「俺が、裏切ったと思われている。」
 ムラニは、憮然とした顔でそう言った。サーシャは、ただ俯いて黙っていた。


〜6〜

 翌日、朝10時、アントニーニの屋敷。門の前で落ち合ったムラニ、タルコフ、サーシャの3人、覚悟を決めてアントニーニの部屋へと歩を進める。空いたままの扉から、そっと中を窺い、一歩部屋に踏み込むと、そこには、ゆっくりと揺れるロッキングチェア。
「ボス……。」
 ムラニが唸った。明かりの消えた部屋の中、ロッキングチェアで揺れるアントニーニの後ろ姿だけが、うっすらと浮かび上がっている。いつものスーツにアフロ。顔には笑みすら浮かべて。……後ろ姿なのに、顔? 固まる3人を前に、ロッキングチェアが、くるりと向き直った。そして。
「やあ、来たな裏切者ども。」
 スポットライトに照らされて、アントニーニがそう言った。なぜか口には葉巻を銜えている。
「ボス、違うんだ、誤解なんだ!」
 タルコフが、そう言ってアントニーニの前に膝をつく。
「ボス、ご無事で何よりです。」
「うん? まあいい、こうやって地獄から戻ってきたのもだ、死ぬに死ねなかったからだし。……さあ、教えてもらおうか。」
 アントニーニがゆっくりと椅子から立ち上がり、そしてこう続けた。
「誰が、私を殺したのかをね。」
「殺した、だって?」
 ムラニが顔を歪めた。
「ボスが死んだってのか!?」
 と、タルコフ。
「馬鹿な、確かに死んだはずなのに……あっ。」
 サーシャの言葉に、ムラニとタルコフが一斉に彼を見る。
「サーシャ、お前、まさか。」
「違うんです、僕じゃない、僕がボスを殺すはずが……!」
 と、そこに飛来する1羽の大きい鳥。ヴァッサヴァッサと雑に羽ばたき、迷いもなくサーシャの頭に着地した。
「ハゲチャッテルネ!」
 高らかに宣言するヨウムのパロちゃん。
「やめろ、僕はハゲてない! ハゲてなんていないんだ!」
 ヨウムを振り払おうとするサーシャ、サーシャの銀髪を掴んで離さないパロちゃん。
「ええい、こうしてやる!」
 サーシャが腰のホルスターから銃を抜き、銃口をヨウムに向けた。しかし、その瞬間。バサアッ! と大きな羽音を立てて、パロちゃんが飛んだ。足に、しっかりとサーシャの銀髪を握り締めたまま……。
「ああっ、やめろ、僕の、僕の髪!」
 パロちゃんは、サーシャの銀髪(ヅラ)を掴んだまま、アントニーニの肩に止まった。頭髪を失ったサーシャは、見事なスダレハゲを両手で庇って蹲る。
「サーシャ、お前、ヅラだったのか。」
 タルコフ、今は、そこじゃない。
「サーシャ、お前が、ボスを殺したのか。」
「……仕方がなかったんです。あの日、賊の侵入を知らせに行った僕に、ボスが怒ってハゲハゲ言うから……。いつもなら受け流せる僕も、この非常事態に頭髪かよ! と思ったらカッとなってしまって……。」
「何てことをしてくれたんだサーシャ、あんなに可愛がってもらっていたのに。……そしてお前。お前は、ボスじゃないな。」
 ムラニが、アントニーニに向かってそう言った。
「ああ、そうだ、ご名答。フランキー、もういいぞ。」
 フランキーが部屋の明かりを全部点けた。急に明るくなる室内で、ロッキングチェアに悠々と座っているのは、何の仮装もしない、ただのハンニバル。たじろぐ3人の背中に、押し当てられる銃口の感触。
「そこまでだぜ。」
「ゲームオーバー。」
「ハゲラッチョ?」
 コング、フェイスマン、マードックの3人が、それぞれの背中に銃を押し当てていた。
「ご覧の通り、あたしはアントニーニじゃない。ハンニバル・スミスだ。今あんたたちが見ていたのは、アントニーニのホログラフだ。本人の死体は今、鮭と30万ドルの現金と共に冷凍庫で眠ってる。」
「30万ドルだと!? 馬鹿を言うな、金は50万ドルあったはずだ!」
 と、タルコフ。そこに、弱々しく手を挙げるサーシャ。
「ごめんなさい……。20万、僕が取りました。」
「何だって? 一体どうして!?」
「20万ドルあれば、最高級のカツラを、死ぬまで……作れる、から……。」
 そう言うと、サーシャは、ぱったりと倒れ、動かなくなった。精神的苦痛に耐えられなくなったが故の気絶であった。


〜7〜

 麻薬組織のアジトは壊滅し、組織のボスは死亡、幹部は全員逮捕され、Aチームには報酬と、しばしのバカンスが与えられた。フリーウェイをひた走る紺色のバン。ストックウェルの用意したバカンス用住宅を後に、気ままな旅と決め込んだAチームの4人である。
「YOYO! アンタハゲてるYO! マジでハゲてるYO! イェイ、ドゥワップ! 俺様お利口!」
「うるせえな、お前、鳥かよ!」
 出鱈目なラップミュージックをがなるマードックを、運転席のコングが忌々しそうに振り返る。
「そういえばモンキー、あの鳥、どうしたんだ?」
 と、助手席のハンニバル。
「うん? パロのこと? 何か、借りてた家が気に入ったみたいだから置いてきた。」
「え、てことは、持ち主帰ってきたら、家に変な鳥いたって状態なわけ? しかも、ストックのコーン缶食い散らかして。」
「そう! さっき見に行ったら、上手くやってるようだったよ。コーン缶貰ってたし。チェケラッチョ!」
「……なら、ま、いっか。」
 フェイスマンはそう言うと、今朝届いたストックウェルからの次の指令を窓から放り投げた。捨てたからと言って逃げられるものではないけれど、とりあえず今は、しばしご休憩。


「イェイ! ドゥワップ、パロちゃんお利口! ハゲテルカナー?」
 そして、アントニーニの愛鳥であったヨウムのパロちゃんは、思いがけず得た新しい家族(誰もハゲてない)の許で、幸せに暮らしましたとさ。チェケラッチョ。
【おしまい】
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