あの犬に似てる食べ物
鈴樹 瑞穂
「ただいまー! あー暑かった。」
 フェイスマンが買い出しから帰ると、玄関の中に大きな段ボール箱が放置されていた。箱の側面に印刷されているのは某大手通販会社のロゴ。箱は開いており、中に残っているのは梱包材だけだった。このやり口はマードックだ。
「まったくもう、玄関先をこんなに散らかして! 誰か来たらどうするんだよ。」
 フェイスマンはぶつぶつ言いながら箱を拾い上げ、リビングへと向かった。とはいえ、ここは今月の頭から潜伏先にしている貸別荘だ。来客の予定は特にない。せいぜいマードックが頼んだ通販の配送業者くらいだ。マードックは先月まで退役軍人病院でおとなしくしていたのだが、少し前からネット通販に凝り始め、病院が通販の荷物を受けつけてくれないことに絶望して、繋ぎをつけてきた。フェイスマンが連れ出しに行き、全員でこの貸別荘に落ち着いてからは、まさに水を得た魚と言うべきか、通販生活を満喫中。2、3日に一度は何かしら届いている。
「お帰り、フェイス。外は暑かっただろ。」
 満面の笑顔で出迎えるマードック。
「言ってるだろ、荷物が着いたらまず箱を片づけろって。一体今度は何を……って、どうしたんだよ、2人とも?」
 ソファのハンニバルとコングはなぜかこめかみに手を当てていた。
「いや……何でもない、これくらい。」
 言葉とは裏腹にとても頑張っている表情のハンニバル。その前にはガラスの器が。
「今回の秘密兵器はこれ!」
 マードックが得意げに見せたのは、筒状の装置だ。
「何だよ、それ。」
「じゃん! おとなの氷かき器(コードレス)。」
 フェイスマンは装置とテーブルの上の器を交互に見た。確かに2人の前にあるのは、かき氷。ハンニバルの方から立ち上る香りはウィスキーだろうか。コングの白い氷は牛乳か。
「見てくれよ、冷凍庫で作った氷を入れてスイッチを押すだけ! 簡単にふわふわの氷ができるって寸法だ。かき氷だけじゃないぜ、1台あれば、カルパッチョの下に敷く氷も、フローズンカクテルだってありだ。」
 そう言いながらマードックはアイスペールから摘み上げた氷を手際よく装置に放り込み、スイッチを入れる。そして出てきたふわふわの氷をガラスの器で受けて、フェイスマンの方へと差し出した。
「シロップもいろいろあるんだぜ。いちご、レモン、メロン、ブルーハワイ。」
「ちょ……かき氷屋でも始めるつもり?」
 テーブルの一角には、これも通販で揃えたのであろうシロップの壜が並んでいた。どれも未開封だ。ハンニバルとコングに拒否されたのだろう。
 これを全部マードックと自分が消費することになるのだろうかと、フェイスマンは内心冷や冷やしつつも、とりあえずレモンのシロップを手に取ったのだった。


 その後も数日置きにマードックの通販生活は続いた。片手で挽けるソルトミルや、スモークレス焼肉グリル、ダイヤモンドコートフライパンセット、炭酸水メーカーなどが届いたが、意外なことにおとなの氷かき器(コードレス)は活躍し続けていた。何しろ、連日うだるような暑さが続き、一度冷たいものを口にする習慣ができてしまうと、最早必要不可欠とも言える状況になったからだ。かき氷と言うよりは飲み物を注いでフローズンドリンクにする方が多かったが、氷の分だけドリンク自体の消費量は減ったので、家計を預かるフェイスマンとしても文句はなかった。
 そんな中、地元新聞に出した「お困り事、解決します」の広告を見て、依頼が舞い込んだ。隣町の依頼人に接触しに出かけたハンニバルが戻ってきた。Aチームが滞在している町はいわゆる別荘地だが、そこから車で30分の隣町は主に別荘を訪れる客を目当てにした観光地だ。球戯場や野外劇場がある大きな公園があり、その周りにレストランや土産物店が並んでいる。
 依頼人は公園の広場でホットドッグの売店を営む男性ケネス・パーキンさん。彼のお困り事はなかなかに切実だった。「ホットドッグが全く売れない」と言うのである。


 早速パーキンさんの売店がある町へとやって来たAチーム。彼らは今、売店のカウンターの前に並んで、問題のホットドッグを手にしている。
「これは……!」
 慎重に匂いを確かめてから一口齧ったフェイスマンが、人差し指と親指を立てた手を顔の前に斜めに突き出す。“マヤ、恐ろしい子……!”のポーズである。
「……美味い……。」
 呆然と呟くフェイスマンを横に、それぞれにホットドッグを味わうマードック、コング、ハンニバル。
「あ、ホントだ。美味しーじゃん。」
「美味ぇな。」
「どれどれ。ふむ。」
「このソーセージの濃厚かつ爽やかな味わい。」
 大袈裟に首を振るフェイスマンに、カウンターの中からエプロン姿のパーキンさんが答える。
「うちのソーセージは町外れの農場から仕入れてて、十分な広さの小屋や運動場を自由に動き回って育った豚を使ってるんで、肉の味が力強いんです。それでいてしつこくないのは、飼料にハーブを配合しているからなんだそうです。」
「このパンの歯応えと風味も素晴らしい。」
「ああ、パンは町のパン職人に特別に頼んで焼いてもらってます。有機農法の小麦粉と天然酵母を使うのが拘りの親爺さんで。」
「それに、このケチャップとマスタード。」
「はい、どちらも取り寄せられるだけ取り寄せた中から、うちのホットドッグに合うものを厳選しました。」
「これだけのものが公園の売店で味わえるなんて! ニューヨークのカフェで出したら、きっと客が押し寄せるのに。」
「それはちょっと大袈裟では。」
 電卓片手に身を乗り出したフェイスマンのシャツの袖を、マードックが後ろから引いた。
「別にニューヨークじゃなくてもさ、それなりに評判みたいだぜ。」
 振り向いたフェイスマンに、マードックがガイドブックを指差して見せる。この地域を訪れたら必ず立ち寄って食べたい店、堂々のランクイン。
「味ももちろんだが、このサイズも文句なしだぜ。」
 どこから取り出したのか、コングがホットドッグに金尺を当てて感心している。一口齧った分を考慮して約12インチ。一般的なホットドッグのバンズが大体6〜7インチ。インド人もびっくり、腹ペコングも満足のボリュームである。
「あの、それはパン職人の親爺さんがどうせならこれくらいにしなきゃなって……。」
 遠い目をするパーキンさん。ハンニバルが咳払いをして言った。
「まあ、何だ。味もサイズも文句なし、値段も良心的、ガイドブックでも高評価。普通に考えたら、こいつが売れない理由はないと思うんだが。」
「自分で言うのも何ですが、評判は悪くなかったんです。実際、2か月前までは行列ができる時間帯もありましたし。」
「でも今は売れない、と。」
「はい。」
「まあそうだろうな。」
 コングがボソリと呟いた。他の3人も顔を見合わせて頷き、空を見上げる。青い空。白い雲。午後2時の太陽はぎらぎらと輝き、公園の石畳からはゆらゆらと熱気が立ち上っていた。
 とにかく理屈なんてない。暑い。暑すぎるのだ。どんなに美味かろうが、熱々のホットドッグを食べる気にはなれない。
「ここいらって本当は避暑地じゃなかったっけ?」
「例年はこんなに暑くないですよ。おかげで公園に来る人も少ないし、来てもホットドッグを買ってくれなくて、もう本当にどうしたらいいのか……。」
 しょんぼりと肩を落とすパーキンさん。因みにパーキンさんは、しょんぼりと肩を落としてなお縦にも横にも大きかった。どことなく、ぬいぐるみのクマを思わせる体格である。おまけに童顔、小さくつぶらな瞳。その瞳でパーキンさんはハンニバルをひたりと見下ろし、両手を合わせた。
「どうかお願いします。何とかして下さい。」
「何とかって、まあ……よし、考えてみるとするか。」
 拝み倒し。寄り切り。がぶり寄り。フェイスマン、マードック、コングは内心で呟きつつ、ボスと一緒に頷いたのだった。


〈Aチームのテーマ曲、始まる。〉
 スケッチブックにクマの絵を描くマードック。コングがさらさらとメモを書き、フェイスマンに手渡す。メモを片手に頷き、出ていくフェイスマン。ハンニバルは何やら机に向かって書き物をしている。
 ミシンで茶色いものを縫っていくマードック。それを組み立てるコング。パーキンさんに何かのポーズを指導するハンニバル。手にしているのは振りつけ表か。タンバリンとマラカスを抱えてフェイスマンがやって来る。
 売店内。調理台にはホットドッグの材料が整然と積まれている。その真ん中の空きスペースに筒状の装置を置くマードック。コングがバンから運び出してきた箱には色とりどりのシロップの壜。そこへフェイスマンとハンニバルも壜や缶を入れた箱を運んでくる。
 プラカップにかき氷を入れてみせるマードック。驚くパーキンさん。その横に牛乳のパックを手にしたコング、メロンとイチゴのシロップを左右の手に持つフェイスマン、缶ビールを掲げるハンニバル。
 次々と用意されるプラカップの氷。投入される液体。スプーンを手に味見する一同。目を輝かせる者、顔を顰める者、頷く者、こめかみを押さえる者、その繰り返し。
〈Aチームのテーマ曲、終わる。〉


 夕暮れの公園にタンバリンの音が響き渡った。日中よりは少しマシだが、風はまだ生温かい。日差しを避けて室内に籠っていた人々も少しずつ外に出てきており、彼らは突如始まったリズムに何事かと視線を向けた。
「はーい、注目〜! 今から楽しいパフォーマンスが始まりまーす! 見ないと損だよ!」
 ピエロの格好をしたマードックがタンバリンをシャラシャラと振り、それに釣られた人々が三々五々集まってきた。
 すると、音楽が始まった。
 チャンチャンチャンチャンチャララララ。
 音楽に合わせて走り出てきたのは、着ぐるみの5匹のクマたち。と言っても、身の詰まっているのは真ん中の1匹だけで、左右の4匹は肩を組んだ形でぶら下がっているぬいぐるみである。
 チャラララチャラララチャララララララ、ララララララララチャラララ、チャンチャンチャンチャンチャララララララ、チャンチャンチャンチャンチャララララ。
 真ん中のクマ、もといパーキンさんは頑張った。最初こそ動きがぎこちなかったが、途中でふっ切れたのか、ハンニバルに指導された通り、右に左にステップを踏み、90度に腰を折り、ぴょこんと起き上って左右に腰を振る。コングが調整を繰り返したおかげで、一番端のクマだけ絶妙のバランスで一拍遅れて動く。そのコミカルな動きに、集まった人々は声を上げて笑った。途中からマードックが手拍子を始めると、すぐに観客たちも加わった。
「どうだ?」
 売店のカウンター内にいたハンニバルが、戻ってきたフェイスマンに尋ねる。
「掴みはバッチリ。ウケてるよ。」
「よし、作戦その1、ゲリラパフォーマンスで人を集めるは成功だな。次の作戦に移行するぞ。」
「準備はできてるぜ。」
 コングが調理台の上にケースを置いた。ずらりと並んだプラカップにかき氷が盛られている。
「呼び込み、始めるよ。」
 フェイスマンは素早く手前のカップにビールを注ぐと、ホルダーを填めて人々の間を歩き始めた。
「笑い過ぎて喉が渇いた皆様、アイスビールはいかがっすかー。コーヒーフラッペにウィスキーフラッペ、お子様にはアイスミルクにイチゴ、メロンにレモンもあるよー。」
「いいな、いくらだ?」
「アルコールは1杯5ドル、コーヒーとミルクは3ドル、それ以外のシロップは何と2ドル!」
「じゃあビールを2つ。」
「こっちはコーヒーをお願い。」
「はいはい、ご希望の方は売店に並んで並んで。」
 フェイスマンの誘導で、売店の前にはすぐに列ができた。カウンター内でハンニバルが会計を行い、コングが注文のかき氷を作り、カウンターの横でフェイスマンがそれを客に渡す。かき氷は飛ぶように売れ、そうこうしているうちにパーキンさんが戻ってきた。パフォーマンスはピエロのマードックのパントマイムになっている。
「お疲れさん。だが、ここからが本番だぞ。」
 息を切らしているパーキンさんの肩を叩いて、ハンニバルが言い、売店の外に出た。交代でパーキンさんが中に入るとすぐに、次の波がやって来た。
「ホットドッグ下さい。」
「こっちもホットドッグ。熱々のを頼むよ。」
 次々にホットドッグを求める客が来て、列ができ始めた。かき氷で喉の渇きも治まり、少し寒くなった人々が今度は温かく、お腹に溜まるものを目当てに集まってきたのだった。パーキンさんは息をつく暇もなく、ホットドッグ作りに追われ始めた。


 ハンニバルが売店の外の看板に『SOLD OUT』の札をかけ、フェイスマンが最後の客にホットドッグを渡す。店の中はもう冷蔵庫も冷凍庫もすっかり空の状態だった。
「こんなにホットドッグが売れたのは久し振りです。」
 エプロンを外したパーキンさんが弾んだ声で言う。
「かき氷も結構な売り上げになったよ。」
 フェイスマンがレジの現金を手提げ金庫に移しながら嬉しそうに報告する。
「作戦成功ですな。」
 ハンニバルも満足そうだ。
「オイラのパフォーマンスも結構ウケてたと思うんだよね。」
「パーキンさんのクマダンスほどじゃなかったけどな。」
 胸を張るマードックにコングが突っ込みを入れる。
「本当にありがとうございました。あの、でも。」
 パーキンさんが困ったように目をしぱしぱさせた。
「皆さんが帰った後は、どうしたらいいんでしょう?」
「どうしたらって、そりゃゲリラパフォーマンスやかき氷販売を手伝ってくれる人を探すしかないんじゃないかな。」
 フェイスマンがあっさりと言い、コングがパーキンさんに尋ねる。
「心当たりはねえのか?」
「そうですねえ。パン職人の親爺さんと、農場の人たちに話してみます。」
 それしか知り合いいないのか、という疑問をフェイスマンは全力で飲み込む。何しろ相手は依頼人だ。
「ふむ。では、その人たちにもパフォーマンス指導をしていきますかね。」
「かき氷作りのコツも教えとかねえとな。」
「あ、この秘密兵器、おとなの氷かき器(コードレス)は置いてくからさ、使ってくれよ。」
 ハンニバル、コング、マードックが口々に言った後、フェイスマンは営業スマイルで締めくくった。
「もちろんアフターサービスもバッチリしっかりがモットーですから。」
 この町での滞在はまだ数日かかりそうだった。
【おしまい】
依頼人名前作成 http://www.worldsys.org/europe/
上へ
The A'-Team, all rights reserved