ワビ? サビ? だから何?
鈴樹 瑞穂
 自動ドアが開くや否や、威勢のいい声が飛んだ。
「らっしゃいっせー!」
 しかしながらここはジャパニーズスシヤでもイザカヤでもない。普通のコンビニである。少し、いや、かなり店員の威勢がよくても、コンビニエンスストアなのである。
 入ってきた男性は一瞬面食らった表情になったが、肩を竦めて店内を見渡した。誌棚から新聞を取り、壁際の冷蔵ケースを眺めて一周し、きょろきょろとした挙句、目的のものを見つけたのかパアッと顔を輝かせる。アイスクリームのケースから彼が取り上げたのは冷凍みかんだった。
 手にした新聞と冷凍みかんを彼がレジの前に置くと同時に、カウンターの中にいた店員が叫んだ。
「ありっしたー!」
 店員が音速でバーコードを読み取ると、もう金額が表示されている。
「あ、いや。」
 慌てたように客の男性が言った。素早く品物を袋に突っ込んだ店員が、くりんと顔を上げる。じっと見られて居心地が悪そうに、客はぼそぼそと説明した。
「ええと、この店でシカゴ・トリビューンと冷凍みかんを買うと、特別な買い物ができるって聞いて来たんだ。」
 すると店員がおもむろに懐からバーコードの印刷されたカードを取り出し、リーダーに翳した。
「ありっしたー!」
「は? え?」
 ぽかんとしている客に向かって、店員――に変装したハンニバルは満面の笑顔で片目を瞑って見せた。


「で? 依頼人には会えたの、大佐。」
 フェイスマンが美顔ローラーで頬をコロコロしながら尋ねる。何ゆえ美顔ローラーかと言えば、この街での彼の肩書は美容コンサルタントだからである。コンサルタントを名乗る以上、肌荒れなどもっての外。というわけで、最近のフェイスマンはお風呂上がりのキュウリパックに加え、暇さえあれば美顔ローラーをコロコロしている。
「もちろん、バッチリですよ。」
 帰ってきたハンニバルがコンビニ店員の服を脱ぎ、いつものシャツを羽織りながら答える。ローテーブルの上に部品を広げて壊れたラジオの修理をしていたコングが、手を止めて顔を上げた。
「どんな依頼だ?」
「依頼人はフランク・クライン。造園業だ。」
「造園だって!?」
 それまで黙って聞いていたマードックが叫んだ。床に直接座り込んだ彼の前にはボードゲームが広げられている。徳を積んで枯山水の庭園を造るこのゲームが、目下のマードックのブームである。それゆえに気分は庭師。造園業であれば同士というわけであった。
 現在、Aチームが滞在しているシカゴ近郊の町は、比較的新しく住宅地が造成された地域で、広めの庭がついた一軒家が多い。住人たちが思い思いに庭に薔薇を植えたり植え込みアートに挑戦したり陶器の動物をたくさん飾ったりと趣向を凝らした結果、『庭めぐり散歩コース』なるものができて、観光客が来るまでになっている。
 この町の造園業と言えばガーデニングであって、まず日本庭園ではないだろうが、それでもマードック的にはツボに入ったらしい。
「造園業って、この町、割と多いんだよね。」
 フェイスマンの愛読書はイエローページだ。ブラジャーからミサイルまで何でも調達してくるためには、その土地ならではのこまめな情報収集が欠かせない。
「まさか、造園の手が足りねえってんじゃねえだろうな?」
「え、オイラの修行の成果を披露する日が来たってこと?」
「まあ確かに人手は足りないようだが、もちろん依頼はそこじゃない。」
 とりあえず行ってみよう、とハンニバルが言い、コングはドライバーを、マードックは岩(ゲーム内で使うパーツ)を、そしてフェイスマンは美顔ローラーを置いて立ち上がった。


 クライン氏の住居兼事務所は町の外れにあった。バンから降りるとクライン氏が中から出てきてハンニバルに手を差し出した。
「待ってたよ、スミスさん。」
「どうも。」
 招き入れられたプレハブの事務所には、スチール机と椅子が4つ、その横に大きなテーブルと簡易キッチンがあった。クライン氏の他に人の気配はない。サーバーから注いだコーヒーを客人に勧めながら、クライン氏は訥々と説明した。
 ここには少し前までクライン氏の他に3人の職人がいたこと、彼らと手がけた庭が去年の『庭めぐり散歩コンテスト』で入賞し、仕事の依頼も増えてきたこと。コンテストで入賞を逃した造園会社の一つが強引な職人の引き抜きを行い、2人が辞めていったこと。
 もう1人の職人、ダリオは若いが腕がよく、コンテストで入賞した庭のデザインも彼が中心になって考案したものだった。誘いをかけていた造園会社の社長、カーサス氏はこのダリオを一番引き抜きたがっていたのだが、クライン氏の娘の恋人でもある彼は応じなかった。
 カーサス氏の会社は社長を筆頭に血気の多い輩ばかりで、度々この事務所に押し掛けては外に出してあった道具を壊したり、植物の苗を引っ繰り返したりと嫌がらせを繰り返し、止めようとしたダリオは怪我をして入院中だと言う。
「それは酷いな。カーサスとやらを訴えられるんじゃ。」
 フェイスマンの指摘に、クライン氏は首を横に振った。
「そうしたいところだが、あっちは町の有力者との繋がりも深くてね。このままじゃうちに仕事が来なくなっちまう。」
「なるほど。で、カーサスの横行を何とか止めてほしい、と。」
 ハンニバルが腕を組んで言うと、クライン氏は頷いた。
「まあ、そんなところさ。もうすぐ今年の『庭めぐり散歩コンテスト』が始まるんだ。それに向けて、庭を整えてほしいっていう依頼が来てる。その依頼を無事にこなせるよう、我々と庭を護ってほしい。」
「確かに2年連続でコンテストに入賞すりゃ、町への貢献度ってもんがあっちより高くなるな。」
 コングが言い、マードックは目をきらきらと輝かせた。
「で、どんな庭を作んの? 勝算はあるんだろ。」
「コンテストかい? そりゃやってみなきゃわからんが、全力は尽くすつもりだ。ダリオもいくつかデザインを作っているし。」
「よし、わかった。我々が手伝おうじゃないか。」
 ハンニバルが胸を叩いた時だった。
 外が騒がしくなったかと思うと、車が急発進する音がした。


 クライン氏とAチームが急いで外に出ると、事務所の横のガレージに置いてあった脚立や剪定鋏、芝刈り機などが壊されて散乱していた。積んであったレンガやタイルは崩れ、ビニールハウスで育てていた草花の苗も踏み荒らされている。
「大事な商売道具が――!」
 クライン氏はがっくりと膝をつき、ハンニバルは眉を顰めた。
「こりゃ酷いな。」
 犯人たちは既に去った後で、証拠になるようなものは残っていなかった。マードックとフェイスマンが壊れた道具を拾い集め、確認したコングが親指を立てる。
「大丈夫だ、これくらいなら直せるぜ。」
 苗を指差してマードックも言う。
「いくらかは無事で残ってる。」
 壊れたレンガやタイル、敷石などをチェックしたフェイスマンがメモを取る。
「これと同じものを揃えてくりゃいいんだろ?」
 そのメモを覗き込んだコングがペンを取って、さらさらと書き足した。
「コレとコレも調達できるか? ついでだ、チューンナップするぜ。」


《Aチームのテーマ曲、始まる。》
 軽トラックを運転して帰ってきたフェイスマン、荷台のシートを捲ると、レンガにタイル、石の小人に陶器の白鳥、ロープに脚立に何かのエンジンまで様々なものが現れる。
 ガレージで部品を組み立てるコング。小さなビニールポットをずらりと並べて種を植えていくマードック。ハンニバルとクライン氏は図面を広げて熱心に話し合っている。
 ダリオの病室で図面を見せるクライン氏とAチーム。ベッドの上のダリオが図面を指差して質問し、ハンニバルとフェイスマンが顔を見合わせる。
 庭にリヤカーで土を運ぶコング。シャベルをビニールポットを両手に後に続くマードック。芝を刈るフェイスマン。全体を眺め、置き物の位置を細かく指示するハンニバル。マードックが植物の蔓をアーチに絡ませていく。
《Aチームのテーマ曲、終わる。》


 依頼された庭は無事に完成した。『庭めぐり散歩コンテスト』初日の朝、クライン氏と退院したダリオ、そしてAチームは、出来上がった庭を前に最後のチェックを行っていた。
 コンテストは10日間の開催期間中、『庭めぐり散歩』に訪れた一般客と特別審査員の投票によって決まる。今回ダリオの案を基にクライン氏が造り、Aチームがそのサポートをしたのは、ワビサビの趣を取り入れた枯山水――ではなく、イングリッシュガーデンである。蔓薔薇のアーチを潜り、芝生を進むとラベンダーとローズマリー、手前には色とりどりの小さな花が咲くレンガで区切られた花壇があり、1日2回、置き物の白鳥からスプリンクラーで霧状の水が噴射されて虹が出る。白鳥の足元だけはマードックの強い要望で白い砂を敷き詰めて波紋を模した筋が引いてあった。
 幸い今日は好天である。コングがスプリンクラーの仕掛けを稼働させて虹の出方を確かめているところに、足音高くガラの悪い男たちの集団がやってきた。先頭にいるのがカーサス氏である。
「なかなか素敵な庭じゃねえか。俺たちが最後の仕上げをしてやろう。」
「いい加減にしてくれ。正々堂々、コンテストで勝負すればいいだろう。」
 叫んだダリオをハンニバルが止める。
「どうやら話しても無駄なようだな。そういう奴らにはこいつで説明するしかなさそうだ。」
 拳を掲げて見せたハンニバルに、カーサス氏がニヤリと笑う。
「何だと。面白え。」
 そして乱闘が始まった。
 カーサス氏の連れてきた集団の中で一番体格のいい男からパンチを受けるコング。が、効いた様子はない。怯んだ相手を殴り倒す。マードックはちょこまかと走り回り、植木の陰に隠しておいたロープを引っ張って、追いかけてきた男たちを転ばせる。転んだ男たちの頭からダリオが網を投げ、てるてる坊主のように絞り上げていく。フェイスマンが相手の蹴りを身を沈めて躱し、下からタックルする。ハンニバルは殴りかかってきたカーサス氏の腕を掴み、相手の勢いを利用して投げ飛ばした。


 首尾よく一般の客が来る前にカーサス氏の一団を縛り上げたAチームは、彼らを彼らの作った庭に吊るし上げ、コンテストの結果、クライン氏の庭は2年連続入賞を果たした。
「おかげでまた注文も増えたし、来年はコンテストに特別枠として参加することになったんだ。」
「カーサスの方には町の役所から厳重注意が行ったそうだよ。今度騒ぎを起こしたら、造園業の免許を停止するって。」
 クライン氏とダリオは嬉しそうだ。
「これでカーサスも懲りただろう。」
 ハンニバルも満足そうに頷く。
「残る問題は、また職人を募集しなくちゃいけないってとこだけど。」
「あっ、それならオイラが。」
 元気よく挙手しようとしたマードックの首根っこをコングが掴み、フェイスマンが手にしていたファイルから紙を取り出してクライン氏に渡した。
「はい、これ。アフターサービスで職人募集のチラシ、作っておいたから。」
「じゃあこれも。新しい職人さんたちの研修に使ってくれよ。」
 マードックも枯山水のボードゲームを差し出し、ダリオがそれを受け取った。
 こうして町を後にしたAチーム。数年後、その町の庭に謎の日本庭園ブームが巻き起こり、『庭めぐり散歩コース』が一層人気を博すことを、この時の彼らはまだ知らなかった。
【おしまい】
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