みかん製交響曲
伊達 梶乃
 12月のロサンゼルスは、季節としては冬だけれども、冬のイメージからかけ離れて暖かい。最高気温は摂氏換算20度を超え、最低気温も10度程度。マントルピースもこたつも必要ない。気持ちよく生活でき、むしろ快適。特に、筋肉が常時発熱しているコングには。
 今日も常人には計り知れないほどダンベルを上げ下げしたコングは、一休みして牛乳を飲もうとキッチンに向かった。と、その時。
「開けてー!」
 玄関のドアの向こうから、フェイスマンの叫ぶ声がした。切迫した雰囲気を感じる。尿意と戦っているかのような。
「誰かー! 開けてー! 早くー!」
「何でい、鍵持ってかなかったのかよ。」
 フッと鼻で笑いながら、コングは施錠を外し、ドアを開いた。そこには、段ボール箱を抱えたフェイスマンの姿が。
「鍵くらい持ってるさ。」
 そう言って、フェイスマンは段ボール箱をコングに押しつけ、空いた手でポケットから鍵を出して見せた。
「手さえ塞がってなきゃ、こんなドアごとき、鍵がなくったって開けられる俺ですよ?」
「この箱、床に置くってことは考えなかったのか?」
「あ……。」
 口を「あ」の形に開けたまま、フェイスマンは3秒間固まった。その間に、コングは箱に書かれたリターンアドレスを見た。
「何だこりゃ、お袋からじゃねえか、早く言え。」
 箱を床に置き、バリッと箱を開ける。ガムテープを剥がすという一般的手順を無視して。箱の中には、黄味がかったオレンジ色の球体。少し緑色が混ざっているものもある。
「やったぜ、クリスマスオレンジだ!」
 コングの表情がパッと輝く。歯を剥き出しにしているが、最大級の喜びを表した満面の笑顔なだけで、別に威嚇しているわけではない。
「クリスマスオレンジ?」
 小振りのオレンジを手に取るコングを見下ろし、首を傾げるフェイスマン。クリスマスオレンジなんて聞いたことがない。そもそもクリスマスにオレンジは似合わない。
「知らねえのも無理ァねえ、カナダの文化だからな。俺んとこ(シカゴ)はカナダに近かったんで、ガキの頃、よくこれ食ってたんだ。」
 ミシガン湖丸々1つ隔てているので、そう近いとは言えないが、まあロサンゼルスとカナダとの距離よりは近い。それに、クリスマスオレンジがカナダから流されてくることもなきにしも……ないな。
「あんま酸っぱくなくてよ、剥きやすいんだ、これが。」
 早速コングは親指をオレンジに突っ込んで2つに割り、手で皮を剥いた。因みにコングは、グレープフルーツもそうやって剥いて食べる。恐らく、ざぼんが相手でもそうするだろう。
「てめェも食えよ。たっぷりあるからな。」
 ポイと1つ投げられ、フェイスマンはそれをキャッチした。皮は薄そうで、これなら非力なフェイスマンにも手で剥けそうだ。ヘタの反対側に親指を突き立てると、思っていた以上に簡単に指が入った。皮も、繋がったまま楽に剥ける。グレープフルーツやいわゆるオレンジを剥こうとした時のように、突き指することもない。
「これ、いいね。ナイフ使わないで食べられる。」
 小房を1つ、口に入れる。柔らかい薄皮ごと噛むと、少し酸味のある甘い汁が溢れ出てきた。種の気配は、ない。
「美味い。」
 あっと言う間に、フェイスマンは1個食べ終えてしまった。一繋がりになっている皮をポイッとゴミ箱に投げ入れる。
「だろ。」
 満足そうに微笑み、コングが立ち上がった。
「ちっと小銭くれや。お袋に礼言わねえとな。」
「電話すんなら、ここの電話使っていいのに。」
 今回のアジト(長期休暇に出かけた誰か見知らぬ独身男性の部屋)の電話を指差すフェイスマン。蛇足ながら、なぜそんなマンションの一室の鍵を持っているのかと言うと、郵便受けに鍵が入っていたのをたまたま見つけたから。部屋の持ち主にどんな事情があって郵便受けに鍵を入れたのかは不明なれど、不用心である。
「いやあ、それは悪ィぜ。」
 見知らぬ人物に電話代が請求されるのを悪いと思っているのなら、見知った人物の小銭が電話代として消費されるのも悪いと思ってほしいよなあ、と心の中だけで呟きつつ、フェイスマンはポケットから小銭を出してコングに渡した。その小銭を握り締めて、いそいそと(幾分ほくほくと)外に出ていくコング。
 静かになった部屋の中で、フェイスマンはクリスマスオレンジを2つ3つ持って、小さなソファに腰を下ろした。郵便局の私書箱に報酬が届いていてもよさそうな頃合いなのに、届いていたのは私書箱に入らない大きさの段ボール箱1つだけだった。親切な郵便局員(女性)の計らいで、私書箱に入らないからと返送されることもなく、非常によいコンディションで取っておいてもらえた。抱えて持って帰ってくるのは大変だったし周囲の目も引いたけど、こんなに簡単に食べられる美味しいオレンジがたっぷりと手に入ったんだから、郵便局員にチップを弾んでおけばよかったかな、それともハグの方がよかったかな、とぼんやり考える。
 そして不意に、フェイスマンは思い出した。数年前、セレブと言うほどではないが、そこそこリッチなお宅のお嬢さんに、これと同じものをご馳走になったことを。確か、アメリカでは生産量が他の柑橘類に比べて少なく、レアで高価なオレンジ、その名を「サツマ」だと言っていた。自然派化粧品の中には、この香りのシリーズもあると聞いた。
 フェイスマンは段ボール箱に目を向けた。そのレアで高価なオレンジが、無造作に50個ほど、ここにある。1個5ドルで売ってもいいだろう。そうすれば250ドルになる。Aチームにとっては250ドルなんてはした金だが(潤っている時は)、今は入る予定だった報酬が入らず切迫した状況。コングに見つからないうちに売り飛ばすが吉。
 前傾姿勢で立ち上がりざま駆け出し、段ボール箱に手が触れたその時、玄関のドア(無施錠)が開き、ゴキゲンな表情のコングが帰ってきた。「チッ」と舌打ちをするフェイスマン。
「お袋が元気そうで安心したぜ。お袋の話じゃ、今年ゃクリスマスオレンジが豊作で、俺んちの方(シカゴ)じゃいつもの半額で売ってるんだと。」
「半額……。」
 フェイスマンの心中は穏やかではない。自分が半額でクリスマスオレンジを買うわけではないし、豊作ともなればロサンゼルスにクリスマスオレンジ、いや、サツマが溢れ返るかもしれない。そうなってしまえば、レアでなくなったサツマは値崩れする。1個1ドルを割る可能性も。
「そんで、行きつけの果物屋が直接取引してるクリスマスオレンジ農家が困ってんだって言ってたぜ。クリスマスオレンジができすぎてんのに、カナダに輸出するのも法律で限度があるらしいし、俺んちの方(シカゴ)で売ってもみんながみんな買うわけじゃねえし、他んとこじゃろくすっぽ売れねえし。かと言って、売れねえんじゃ捨てるしかねえしよ。俺たちの力でどうにかできねえかって。」
「どうにかしよう!」
 間髪入れず、フェイスマンは頷いた。ちょちょいと助力して、余っているサツマを貰おうって魂胆である。


「かくかくしかじかで、美味しいオレンジ捨てちゃうの、もったいないじゃん? ホント、美味しいんだから。剥きやすいし。テレビ見ながら食べるのに最適だよ。種ないから、モゴモゴペッてする必要もないし。それに、オレンジに入ってるビタミン何とかは、喫煙者の健康にもいいんだって。何でも、何かで生じた何とかっていう物質が血液の赤いとことがっちり結びついたのを引き剥がして、健康な血液にするとか。」
 曖昧な説得をするフェイスマンの前には、アクアドラゴンに入った上でバイクに跨ったハンニバル。今回のアクアドラゴンは非常にアクティブな設定。バイクにも乗れば、銃も撃つ。列車の上で取っ組み合いもする予定。スタントマンなしで。大丈夫なのか、ハンニバル。
「あたしはいつだって健康ですよ、ビタミン何とかなんか摂らなくてもね。しかし、食べ物を粗末にするのはいかんな。それに、困っている生産者さんを見過ごすわけにも行かん。お、出番だ。」
 ごくありふれたセダンが近づいてきたのを見て、ハンニバルは蓋(顔の前にあるアレ)を自力で閉じた。そして、バイクのスターターを踏み込む。ドルン! とエンジンがかかり、なぜかハンドルを持てているアクアドラゴンはセダンの後を追いかけていった。さらにその後を追いかける、カメラマンとカメラを乗せたコンパクトカー(運転 by 監督)。
 彼らの進む先には、土や雑草でカモフラージュされたロイター板と言うか斜めの板。予定では、アクアドラゴンおよびバイクがバイーンと飛び上がって前を行くセダンを飛び越し、セダンの前で着地してターンして停まり、セダンのフロントガラスに散弾をお見舞いするはずが、バイーンと飛び上がったのはセダンだった。板の幅が念のため広めに作ってあり、セダンの車幅くらいあったがために。続いてバイクもバイーンと飛んだ。さらに、コンパクトカーもバイーンと飛んだ。その結果、セダンの上にバイクが乗って、その上にコンパクトカーが乗る、というブレーメンの音楽隊じみたスクラップが出来上がった。一息置いて、爆発して炎上するスクラップ。アクアドラゴンはセダンの上に着地(地?)した瞬間に咄嗟に転がって逃げたので無事。着地してすぐに車から飛び出したセダンの運転手も無事。カメラとカメラマンと監督は逃げ遅れて、not 無事 but 有事。したがって、この企画、お流れに。


 退役軍人病院精神科の受付に、何かすごいのが、でかいスーツケースを引き摺って現れた。
 ぴっちりとした豹柄のスパッツに、ナイキのハイカットスニーカー、上半身は薄紫のひらひらとしたノースリーブシャツに大量の金のネックレス。肩口から伸びるは、黒光りした太い腕。ウェーブのかかった、たわわな長い金髪(ヅラ)を、頭を振って後ろに流す。現れた顔は、怒りを内包したヒゲ面。
「ヘレナ・ルーベンサンドって化粧品会社、知ってっか? 俺ァそこのスキンケア相談員だ。マードックとか言うのに呼ばれて来たんだが。」
 受付の青年は、ずいっと社員証を見せられ、納得した。ヘレナ・ル何とかかんとかは、女性用化粧品に縁がない彼でも、テレビのコマーシャルか何かで聞いたことがあるような気がしないでもない。ファラ・フォーセットのようなファ〜ンとした見事な金髪がごっつい黒人の頭に乗っていても、そのごっつい黒人がドラァグクィーンの普段着のような服装をしていても、化粧品会社のスキンケア相談員ならおかしくない。でかいスーツケースにも『最新イオン発生導入機』とシールが貼られているし、このスキンケア相談員のお肌ときたらピチピチツヤツヤして最高のコンディションだし。それに、ここのところマードックがスキンケアに凝っていることも彼は知っていた。
「ご案内します。こちらにどうぞ。」
 マードックがどうやってスキンケア相談員を呼んだのかとか、その費用は誰が払うのかとか、この怪しい黒人はAチームのバラカスではないかとか、ルーベンサンドはザウアークラウトが挟まった美味いホットサンドではないかとか、そういった一切に気づかず、疑問も感じず、受付の青年はスキンケア相談員をマードックの病室に案内し、鍵を開けて相談員を病室の中に通した。
「では、ごゆっくり。」
「おう。」
 青年は鍵を開けたまま、受付に戻っていった。(馬鹿か。)
「肌の調子はどうだ?」
 顔にキュウリ(長辺に平行な薄切り)を乗せてベッドに仰向けになっているマードックに、スキンケア相談員は問いかけた。
「悪かねえよ。ただちょっと、キュウリは青臭えかなあ。」
「そりゃそうだ、キュウリなんだからな。ゴーヤよりゃマシだと思え。」
「キュウリやゴーヤよりヘチマの方が効くんじゃねえの?」
「ヘチマがいいってんなら、ヘチマローション使やいいだろ。何も、ヘチマ切って顔に乗せる必要はねえ。」
 相談員は話しながらも、てきぱきとスーツケースを寝かせて開いた。そこには最新イオン発生導入機などなく、空気だけが入っていた。換言すれば、空っぽ。
「ほら、入れ。」
「え、もう行くの?」
 と言いつつも、マードックはスライスキュウリをぺいっと放って、スーツケースの中に入った。蓋を閉じ、スーツケースを乱暴に立てるスキンケア相談員。「ぐえっ」という声を無視して、相談員はスーツケースを引き摺って病室を出た。
 受付に戻り、スキンケア相談員は案内してくれた青年に顔を向けた。
「プラズマ発生装置が壊れちまって、何もできやしねえ。今日んとこは一旦社に帰って、装置が直り次第、また来るぜ。」
「は、はい。」
 最新イオン発生導入機って書いてあるけど発生するのはプラズマなのか? と、どうでもいい疑問を持つ受付の青年であった。


 独身男のほぼワンルームマンションに独身男4人が詰まっていた。と言ってもアメリカの部屋なので、それほどみっちり詰まっているわけではない。各々が寛いだ姿勢を取るのに十分なスペースはある。ソファに座っているハンニバル、ベッドに腰かけているフェイスマン、床に座っているコングとマードック。蛇足ながら、コングは普段着に着替え済み。あんなクソッタレな格好、金輪際したかねえぜ。
「今回の仕事は、このサツマを作っている農家の人を助けるってことなんだけど。」
「サツマだあ? クリスマスオレンジだっつったろ。」
 サツマを手に話を切り出したフェイスマンの腰をいきなり折るコング。
「タンジェリンじゃないのか? それともマンダリンか?」
「それ、ウンシュウだよ、俺っち図鑑で見た。」
 ハンニバルとマードックがフェイスマンに向かって、厳密にはサツマに向かって、手を伸ばす。「くれ」と。その手に段ボール箱から出したクリスマスオレンジを乗せるコング。
「お袋が送ってくれたんだ、ありがたく食えよ。」
「ありがとうごぜえますだ、コングママ様。」
 恭しくウンシュウを受け取り、丁寧に剥いて食べるマードック。
「うむ、ありがたくいただきますよ。」
 タンジェリンもしくはマンダリンを受け取ったハンニバルも、マードックの剥き方を真似て剥く。
「ほう、これはこれは。」
 早速、剥きやすさに感銘を受けるハンニバル。
「1個5ドルするんだからね。大事に食べてよ。」
 5ドルの値づけは、フェイスマンの勝手な憶測によるものじゃなかったか。
「そんなにするのか、このタンジェリンもしくはマンダリンは。」
「タンジェリンやマンダリンだったら5ドルも払えば抱えるほど買えるって。これは高級なサツマっていうオレンジなの。」
「ウンシュウだってば、図鑑にウンシュウって載ってたんだら間違いねって。フルネームはウンシュウ・マンダリン。」
「ほら、あたしが言った通り、マンダリンじゃないですか。」
「いんや、クリスマスオレンジだ。」
「サツマだってば!」
 言わせてもらえれば、みかんである。面倒なので、この先は「みかん」で統一させていただきたいのだが……。
「ん? ちょい待ち、俺っちの頭ん中に誰か話しかけてくるぜ。」
 マードックがウンシュウを持っていない方の手を頭にやり、目を瞑った。
「何々……“これは、みかんという柑橘類である”……だってよ。」
「どっからのメッセージだか知んねえが、狂うのはみかん食い終わってからにしろ。」
「そうだよ、その食べかけのみかんだって2ドルはするんだからね。」
 フェイスマンに言われて、マードックはぱちっと目を開け、2ドル分(フェイスマン憶測)のみかんをポイっと口に放り込んだ。もぎゅもぎゅと噛んで、ごくんと飲み込み、「みかん、うまー」と恍惚の表情。
「で、このみかんをどうすればいいんだ? 捨てるほど採れてるなら、願ったりじゃないか。」
「捨てるのはもったいないから、どうにかしようっていうわけ。だって、1個5ドルだよ?」
「1個5ドルだろうが5セントだろうが、捨てんのはもったいねえ。俺たちが行って、死ぬほど食ってやりゃあいい。」
 そういう解決法でいいのか?
「ジュースにしたらいいと思いまーっす。酸っぱくないから、子供にもウケんじゃないかな。」
 みかんの白いところ(アルベドと言うらしい)が少々くっついたままの手を挙げるマードック。
「ジュース? 1本20ドルくらいになるよ? いや、手間賃を入れたらもっと?」
「そんな高えジュース、買えねえし、売れねえぜ。」
「ともかく行ってみないことにはな。」
 机上の空論が虚しくなって、リーダーが発言。
「で、場所はどこなんだ? フロリダか?」
 柑橘類と言えばフロリダかカリフォルニア南部。だが、すぐに動き出さないところを見ると、フロリダの可能性大。
「いんや、アラバマだと。」
「アラバマ? えっと、それってどこだっけ? 南の方?」
 地理に割と詳しいマードック(飛行機飛ばすから)さえも思い出せない。
「多分、フロリダの隣だ。」
 今回の情報をすべて握っているコングでさえ、この程度。正しくは、フロリダ州の西端の北。ジョージア州とミシシッピ州の間。
「ってことは、何か飛ぶもんに乗らないと時間かかっちゃうよ? 車じゃ丸1日以上かかるんじゃないかな。いいの? 結構急ぎの用件なんだよね?」
 そうフェイスマンが問いかける先は、当然、コング。
「仕方ねえ。お袋とみかんのためだ。」
 渋い顔をして、コングはフェイスマンの方に腕を差し出した。
「それは、睡眠薬をゲットしてからね。」
 気の早いコングに、フェイスマンは感情の籠っていない微笑を向けた。


 ロサンゼルスから民間旅客機に乗って6時間余り、ヒューストン経由で到着したのは、アラバマ州のモービル。そこそこ栄えている港町だ。少なくとも空港がある程度には。
「う……頭痛え。何か変なモン盛ったか?」
 気つけ薬を嗅がされたコングが、棺桶を模した段ボール箱の中で身を起こし、頭に手をやる。
「いつもの注射打っただけだけど? 睡眠薬とみかん、相性悪かったかな?」
 コング入り段ボール箱を、客室に乗せたのではなく荷物として預けたことは黙っておく。頭が痛いのは、低温低圧の状態にあったからに他ならない。小さなペットだったら死ぬこともある。コングは大きめの人間なので、頭痛はすれども生きている。
「じゃあ俺、レンタカー借りてくるから、みんな、ここにいてよ。」
 コングが真相を知って暴れ出す前に、フェイスマンはそそくさとその場を離れた。
 フェイスマンが車を借りて戻ってきた時、意外なことに、3人ともがそこにいた。段ボール箱はどこかに片づけられており、ハンニバルは紙コップでコーヒーを飲んでおり、顔面に海藻を貼りつけたマードックはソフトクリームを舐めており、コングは片手にホットドッグ、もう片手にアイスミルクを持っていた。コングだけ、機内食食べてなかったから。
「俺のいない間に、何、楽しんでんのさ。それ、支払いはどうしたの?」
「俺が払ったぜ。俺の金でな。」
 頭が痛かったはずのコングが、ふんぞり返って言う。
「ならよし。ほら、車汚したくないから、さっさと飲み食いしちゃって。モンキーは顔のソレ、外して。コング、お前しか場所知らないんだから、運転は任せたよ。」
 仲間外れにされているようで、ちょっと不機嫌なフェイスマンであった。


 空港から車で1時間ほど。アラバマ川の向こう側には、ここからは見えないけれど、みかん栽培とペカン栽培で栄えた町、サツマがある。ニッポンのエンペラーから直々にみかんの苗を賜ったと言われている。しかし、サツマではだいぶ以前に病害虫のせいでみかん栽培を断念せざるを得なくなり、現在では、過去にみかん栽培を行っていたことなど、町の名前からしかわからない。一方、川を隔てたこちら側は、その病害虫の影響を受けることなくみかん栽培が続いている。ただし、町などはなく、みかん農家1軒と、その周囲に寂れた綿花畑があるのみ。
 オレンジ色の実がたわわに実っている木がみかんの木だということは、Aチームの4人にもわかった。だが、Aチームが想像していた以上にみかんの木が植わっている。結構、大規模なみかん農家だ。果樹園と言うべきか。そして、想像以上の数のみかんの木には、想像以上の数のみかんの実がぶら下がっている。
 みかんの木の間に家屋を見つけ、コングはそちらに車を走らせ、家の前で停めた。家の庭にはみかんの木は植わっていなかったが、そこでは一家の子供としては多すぎる人数の幼児が勝手気ままに遊んでいた。それも、人種が様々。
「何だ、こりゃ。幼稚園か?」
 コングは車から降りて、子供たちに近づいていった。そして、人見知りせずにコングに近寄ってきた黒い肌の女の子を、柵越しに抱き上げる。
「動かないで!」
 女性の声が聞こえた。その声の方を見ると、40代と思しきエプロン姿の女性がコングに散弾銃を向けていた。
「子供から手を放して、両手を頭の後ろに組んで。ジョディ、こっちに来なさい。」
 コングは女児を地面に下ろして、言われた通りにした。いくらコングでも、散弾銃で撃たれれば痛いし、下手すると死ぬ。ジョディと呼ばれた女児は、散弾銃を構える女性の方に駆けていった。
「人違いしてんじゃねえか?」
「子供を誘拐しようとしたんだから、人違いじゃないわ。」
「誘拐? 俺ァただ、そいつを抱っこしただけだぜ。」
「ええと、お母さん? 落ち着いてもらえませんかね。」
 コングだけでは説得できなさそうで、フェイスマンが進み出る。女性に対して何と呼びかけようか迷った末に。「マダム」と言うほど上品そうではないし、「お嬢さん」と言うほど若くはない。かと言って、「おばさん」はダメだ。絶対に、ダメだ。「お姉さん」ならまだしも。
「あなたも誘拐犯の一味?」
「なわけないでしょう。ここって……コング、みかん農家さんの名前は?」
 こそっとコングに問いかける。
「ブライアーズ。エイベル・ブライアーズだ。」
 それを聞いて、女性の方に向き直る。
「ここって、エイベル・ブライアーズさんのお宅ですよね?」
「そうよ。」
「俺たちはですね、ブライアーズさんがみかんのことで困ってるって聞いて、助けに来たんです。」
「そうだぜ、シカゴのモーズリーって果物屋から聞いてな。」
「モーズリーさんのお知り合い? ごめんなさい、誘拐犯かと思っちゃって。」
 女性は散弾銃を下ろして、2人の方に近寄ってきた。
「私はリネット・ブライアーズ。エイベルの家内です。」
「ブライアーズさんの奥様でしたか。お嬢さんかと思いましたよ。俺はテンプルトン・ペック。フェイスって呼んで下さい。」
 柵越しに握手をする2人。さすが、フェイスマンが入ると話が早い。特に相手が女性の場合は。
「こっちは、コング。それと、あっちにいるのがハンニバルとモンキー。」
 リネットはコングに申し訳なさそうに会釈すると、車に凭れているハンニバルとマードックの方に目を向け、軽く会釈をした。
「そんで、ここは幼稚園か何かなのか?」
「うちの従業員の子供たちを預かっているだけよ。私設保育園みたいなものね。」
「子供を預かってくれるなんて、働きやすそうですね。こんな労働環境のいいとこ、珍しいんじゃないですか?」
「ええ、みんな、子供のことを気にせずに働けるって喜んでくれてるわ。周りの綿花畑なんて、赤ちゃん背負って綿花を摘んだり、子供まで働かされて、可哀想で見るのも辛くて……。」
 うんうん、と頷くフェイスマン。心底シンパシーを感じているように見えるが、内心「どーでもいー」と思っている。
「で、何で俺ァ誘拐犯に間違われたんだ? ちょくちょく誘拐されたりすんのか?」
 リネットは溜息をついた。
「あなたたち、この辺の人じゃないのね?」
「ああ、ロスから来た。生まれはシカゴだ。」
「なら、知らなくても仕方ないわ。この辺り、と言うか、アラバマ州の田舎は貧しいの。きちんとした町は別だけど。それで家庭に事情がある子も多くて、親が離婚してどっちが子供を取るかで揉めていたり。」
「子供を取る? 押しつけるんじゃなくて? 貧しいんだったら、子供がいない方が楽なんじゃないのかな?」
「子供に働かせるのよ。あるいは、子供を売るとか。子供の健全な育成なんて、聞いたことも考えたこともない親も多いんじゃないかしら。学齢期になっても学校に行かせずに働かせてるくらいだし。」
「そりゃ酷い……。」
「そんで、あんたがガキどもを守って世話してるってわけだな。やるじゃねえか。俺も手伝うぜ。腕っぷしにゃ自信あるからな。」
「ありがたいわ。用心棒がいてくれるようなものね。うちの人、そういうことには全く役に立たないから。」
「そうだ、ミスター・ブライアーズは?」
「あっちの事務所で仕事してるわ。何してるんだか知らないけど。」
 奥方が顎を振って、家屋から少し離れた場所にあるログハウスを示した。
「じゃ俺、そっち行ってる。ハンニバル!」
 フェイスマンに呼ばれて、ハンニバルがのそのそとやって来た。「あたしがリーダーなのに」という表情を包み隠さずに。
「みかんの件は俺とハンニバルとで、ってことでいい? コングとモンキーにはこっちの手伝いしてもらってさ。」
 一応、リーダーにお伺いを立てる。
「うむ、いいだろう。適任だな。」
 ハンニバルの機嫌が、少しアップした。


 事務所では、農夫と言うにはひょろっとした男性が頭を抱えている最中だった。
「こんにちは、ブライアーズさん。シカゴのモーズリーっていう果物屋の依頼で手伝いに来ました。」
 本当はコングママの依頼だけど、コングママの名を出したところでどうにもならないし。
「手伝い?」
 フェイスマンの声に顔を上げて、ブライアーズ氏は怪訝な表情を浮かべた。
「人手は足りてるが?」
「じゃなくて。みかんが採れすぎて困ってるって聞いたんで、その対策を考えて実行する手伝いに。」
「事情をお聞かせ願えませんでしょうかね。」
 真面目な顔のハンニバルとフェイスマンを見て、藁にも縋りたかったブライアーズ氏は話を始めた。互いに自己紹介をした後に。
 氏の話によれば。今年は何がどうよかったのかわからないけれど、みかんの花がやたらとついて、実もやたらとついて、今までこんなことはなかったので摘花も摘果もせずにいたら、前代未聞の数のみかんの実がすくすくと育ち、今なお育ち続けている。枝が折れそうなところから順次、実をもいでいっているが、本当のところ、もう収穫はしたくないくらい。と言うのも、みかんはアメリカ国内での消費は多くなく、都市部にわずかに出回っているのはほとんどがフロリダ産。北米大陸では主にカナダでみかんが消費されているのだが、そちらに輸出されているのも大体がフロリダ産。アラバマ産も多少は輸出させてもらえているものの、総輸出量は決まっているため、沢山採れたからと言って規定の量以上を送るわけには行かない。しかし、前述の通り、みかんは余っている。現在は、採ってすぐのみかんを通常の倉庫で保管し、収穫から日にちが経ったものは冷蔵倉庫で保管しているけれど、どちらの倉庫も容量オーバーである上、古いものからどんどんと腐ってしまっている。
「どうしたらいいでしょう?」
「うーん、既に腐っちゃったのは捨てるしかないとして、腐ってない分は国内の各地で売るしかないよなあ。国境越えて密輸するのは、物がみかんでもバレた時のリスクが大きいし。でも、国内で売るにも、高級品だから、あんまり数出すと値崩れするんじゃないかって思われて、既に扱ってるとこは受け入れてくれないんじゃないかな。この先もずっと大量にみかんが採れるってなれば話は別だけど、一過性のものでしょ?」
「みかんを高級品と崇めてる奴らは放っといて、みかんのことを知らない地域で売るのはどうですかね? 剥きやすいし美味いんだから、知ってもらえれば買ってもらえると思うんだが。」
「トラックで各地を回って直接売るわけ? それじゃそんなに数はハケないでしょ。やっぱスーパーマーケットとかで大量に扱ってもらわないと。」
「ううむ、今すぐ大量に捌きたいわけだからねえ。」
「保存が利けばいいんですけど、熟したものはあまり長持ちしなくって。他の柑橘類と比べたら、全然日持ちしません。それゆえに、産地から離れた場所では高級品扱いされているんでしょう。」
「ああ、だからカナダでもクリスマスの時季限定なんだ。」
 ブライアーズ氏の説明に、フェイスマンがポンと手を打つ。
「じゃあ、ジュースにしたらどうだ? 缶やビンに詰めてしまえば長持ちするだろう。」
 マードックが言っていたことを思い出して発案するハンニバル。
「それも考えたんですけど、今までやったことがないもので、工場に伝手がなくて。家では既にみかんのジュースを子供たちに飲ませてますが、大量生産となると、どうも。」
 このブライアーズ氏、何と言うか、弱気なのである。多分、先代が隠居して仕方なくみかん園を受け継いだのであろう。淡々と仕事をこなすことはできるけど、率先して何かを始めるのは苦手なタイプ。
「そこは俺が何とかできるかな。近場のジュース工場の確保と、ジュースの流通ルートの確立。ま、ジュースにしちゃえば、あとはゆっくりでもいいしね。」
「冷凍するのはどうなんだ?」
 冷凍庫に入れれば何でも(ビールとコークとシャンペン以外は)長持ち、と信じているハンニバル。
「冷凍? 皮剥けなくなっちゃわない?」
「いや、それが、冷凍も結構イケるんですよ。少し解凍すれば皮も手で剥けて。うちの冷凍庫にもみかんが年中入ってますよ。暑い時季にはホント美味しいです、冷凍みかん。」
 嬉しそうに言うブライアーズ氏。みかんに対する愛情は、かなりありそうだ。特に冷凍みかんに対して。
「なら冷凍しようよ!」
 何で冷凍しないの、という表情をキッとブライアーズ氏に向けるフェイスマン。
「それが、うちには冷蔵倉庫はありますが、冷凍倉庫はなくって。レンタルできる冷凍倉庫がないか探してはみたんですが、冷凍倉庫は港まで行かないとなくて、それも賃貸の倉庫はほとんどないんです。あったとしても、賃貸料が高くて手が出せないといった状況で。」
「これも、お前の腕の見せどころだな。」
 ハンニバルに肩をポンと叩かれて、フェイスマンは口だけで笑って見せた。


《Aチームの作業テーマ曲、始まる。》
 みかん倉庫から選り分けられたみかん(カイガラムシが皮についたものや腐る寸前のもの)の箱を持って走るコング。家屋のキッチンでは手を洗った子供たちがスタンバイ。箱からみかんを取っては皮を剥き、マードックに渡す。渡されたみかんを搾り器で潰してジュースにするマードック。みかんジュースが次々とグラスに注がれる。
 事務所で電話をかけているフェイスマン。その背後でおろおろしているブライアーズ氏。
 黙々とみかんをもいでは籠に入れていく従業員たち。別の従業員たちは、籠に入ったみかんを選別して箱に詰めている。箱詰め作業をじっと見て、よさそうなみかんをいくつか持ち、家屋の方に向かっていくハンニバル。
 ジュース作りが一段落したキッチンに入るハンニバル、冷凍庫を開け、冷凍みかんを取り出し、それと同数のみかんを冷凍庫に入れる。
 ジュースを飲む子供たちから見えないところで、こっそりと冷凍みかんを食べるハンニバル、コング、マードック。3人揃って、親指をグッと立てる。
 みかんを使って子供たちに足し算と引き算を教えるコング。みかんの搾りかすでパックしているマードック。
 受話器を手に、笑顔のフェイスマン。いいところが見つかったようだ。早速、ブライアーズ氏に指示を出す。
 今にも腐りそうな完熟みかんの箱をトラックに積み込む従業員。荷台がみかんで一杯になったトラックに乗り込むフェイスマン。
《Aチームの作業テーマ曲、終わる。》


 ブライアーズ果樹園から北に1時間ほど走った先にあるビン詰め工場。果物を搾るところからやってくれる、便利な工場である。無論、果物を搾る前に皮も剥いてくれる(機械が)。さらに、ビンにラベルも貼ってくれる。隣の印刷工場で、ラベルのデザインや印刷までしてくれる。至れり尽くせりの工場だ。
「オレンジジュースは毎日ビン詰めにしとるんだが、みかんは初めてだな。数値はどんなもんだ?」
 工場長のシズリー氏が振り返り、みかんを1つ試しに搾って糖度計や酸度計にかけている白衣姿の職員に問いかけた。
「糖度はオレンジより高いですね。酸度は低いです。」
「じゃあ加熱殺菌は長めにした方がいいな。」
「加熱?」
 フェイスマンが声を引っ繰り返して尋ねた。
「そう、加熱。加熱しないと腐るからな。」
「加熱して、味が落ちたりは?」
「そりゃ多少は落ちるが、腐るよりゃマシだろう? それに、あんた、知らんかもしれんが、ビン詰めや缶詰のジュースはみんな加熱殺菌されとるんだぞ?」
「はー、そういうものなんですか。じゃあ加熱、お願いします。」
「当然よ。うちで作ったもんがカビたとか腐ったとかなったら、営業停止食らうの、うちだからな。」
 カッカッカと笑う工場長は、人相は悪いが信頼できそうだ。
「ついさっきクランベリージュースのビン詰めをやってたとこなんで、機械のクリーニングが終わったら、すぐ取りかかろう。皆の者、トラックからみかんを下ろすのを手伝ってやれ!」
 工場長がそう言うのを聞き、みかんを率先して下ろすのが自分の役目だと気づいたフェイスマンであった。


 ジュース作りをシズリー氏と仲間たちに任せ、ブライアーズ果樹園に戻ってきたフェイスマン。
「いいタイミングだな。」
 フェイスマンが乗っていたトラックの後ろに、トレーラーと言ってもいいほどの大きさのトラックが2台停まった。その後ろに、セダン(レンタカー)が続く。トラックの運転席にいるのは、コングとマードック。セダンの運転席にはハンニバル。
「お前さんの指示通り、トラック受け取ってきたぞ。」
「うん、ご苦労さま。そっちのトラック2台には冷凍みかん用のみかんを積んで、ここに運んで。」
 フェイスマンが懐から手帳を出し、予め冷凍倉庫の住所と会社名をメモっておいたページを破り取ってハンニバルに渡す。
「ブライアーズさんの名前で冷凍倉庫1つ押さえてある。運び込むの大変だと思うけど、コング連れてきゃ何とかなるよね。」
 ハンニバルは相当な大きさの荷台と言うかコンテナを見上げた。
「ああ、コングならやってくれるだろう。」
 当のコングには聞こえていませんが。
「こっちは、もう1回、いや2回かな、3回? ジュース用のみかんをビン詰め工場に運んで、出来上がったジュースを持って帰って、ここの冷蔵倉庫に入れとく。」
「うむ。」
 フェイスマンの働きっぷりに満足して、ハンニバルは大きく頷いた。


《Aチームの作業テーマ曲、再び始まる。》
 ちょうど食べ頃の、かつ、形のよいみかんを選別した箱を、冷凍倉庫行きトラックに積み込む従業員。
 酒ビン片手にふらふらと乗り込んできた男が、酒臭い息で男児の名を呼んだが、コングの拳が軽く炸裂しただけに終わった。
 熟れすぎみかんの箱を、ジュース工場行きの自社トラックに積み込む従業員。
 子供たちに絵本を読んで聞かせているマードック。アクションつきで。子供たちも興味津々といった様子で聞いている。絵本のタイトルは『失敗しないスキンケア』……それ、絵本じゃなくてカタログ。
 オンボロのバイクでやって来たビーサン履きの男が、喚き散らしながらブライアーズ家の庭に乗り込んできたが、これもまたコングの拳が軽く唸っただけに終わった。
 みかん満載のトラックでシズリービン詰め工場に再訪するフェイスマン。早速みかんを下ろし、代わりに出来立てのジュースをトラックに積む。『ブライアーズみかんジュース』と印刷されたラベルも貼ってあり(デザインはお任せ)、なかなかにいい出来。
 巨大トラック2台で冷凍倉庫に乗りつけるハンニバルとコング。フェイスマンに言われた通り、みかんの箱を倉庫に運び込もうとするも、ちょっと離れたところにフォークリフトが数台放置されているのを見て、2人ニンマリと顔を見合わせる。
 ほとんど空になったブライアーズ果樹園の倉庫に、新たにみかんが運び込まれてくる。冷蔵倉庫の方には、ジュースが運び込まれてくる。数人の従業員が、腐ってしまったみかんを哀しそうな顔で土に埋めている。
 従業員に指示を出しているだけなのに疲れ果てたブライアーズ氏が、倉庫の壁に斜めに凭れかかっていた。
《Aチームの作業テーマ曲、再び終わる。》


 トラック4杯目のみかんをビン詰め工場に運ぼうとしていたフェイスマンは、工場の直前で、いかにもチンピラ(あるいはゴロツキ)といった風情の男たちが5人、道幅一杯に並んでいるのを見て、ブレーキを踏んだ。
「ちょっと通してくれるかなあ?」
 穏便に済ませたく、優しくお願いするフェイスマン。だが、チンピラどもはニヤニヤと嫌な笑みを品のない顔面に張りつけ、運転席の周りに集まった。
「お兄さん、すげー甘くて美味いオレンジジュース作ってんだって?」
「シズリーさんとこの工場で、その話、持ちきりだぜ。世界一美味いジュースだとか言ってよ。」
「うちのオレンジジュースより美味いもん作られちゃ、こっちは商売上がったりだってわかってんのか?」
 地元のオレンジ関係者か、とフェイスマンは溜息をついた。世界規模の大手ジュース会社に苦情を言われたら、「わずかな量なんで売らせて下さい。競合しないよう気をつけます」とひたすら低頭平身にお願いするしかないが、地元のチンピラだったら知ったこっちゃない。手にしている武器も釘を打った角材だし、筋肉具合も中の下といったところ。恐らく、オツムの具合は下の中くらい。
 フェイスマンはトラックのドアを勢いよく開いた。そのドアに当たってチンピラ1がよろけて、横のチンピラ2にぶつかって、2人して地面に倒れる。その上に飛び降りたフェイスマン、角材を振り上げて向かってくるチンピラ3の鳩尾に肩から体当たりし、共に地面に倒れ込んだ直後、起き上がりざまチンピラ4の顎にアッパーを食らわせ、チンピラ4の肩に手をかけるや否や、チンピラ5の首にハイキックを食らわせる。よろっと立ち上がったチンピラ1の顔面に掌底突き、続いてチンピラ2の腹に正拳突きからの、屈んだところに顔面膝蹴り。
「ふう。」
 地面に伸びている5人のチンピラが動かないのを確かめ、フェイスマンは周りを見回した。ハンニバルがいれば、譲歩してコングがいれば、最低ラインでもマードックがいれば、「俺1人で5人も倒したよ、1発も食らわずに」と自慢できるのだが、もしかしたら褒めてもらえるかもしれないのだが、残念ながら誰もおりません。フェイスマンは「ちぇっ」と言って子供のように口を尖らせるしかなかった。


《Aチームのテーマ曲、始まる。》
 アデルの髪を引っ張るジョディ。泣きながらじたばたした末に、ジョディの横っ面を引っぱたくアデル。引っぱたき返すジョディ。引っぱたき合う2人は、いつしか足も出るように。
 その横では、カーテンをマントに見立てて椅子から飛び下りるジャイルズの腕がデールに当たり、上手に着地したジャイルズにデールが殴りかかる。そのまま、組んず解れつの取っ組み合い。
 ジャイルズを真似て椅子から飛び下りようとしたチビのアルフが、ずっこけて椅子から落ち、危ない、と助けに入ろうとしたジェマに蹴りをお見舞いする。倒れ込んだジェマの下敷きになって、リリーが泣き出す。
 その騒動に、どうしたらいいかわからず、椅子から飛び下りてみるマードック。子供たちを止めるでもなく、危険そうなものをてきぱきと片づけるリネット。
 持久力と根気に欠ける子供たちの肉弾戦は、時間と共に終息した。怪我人(と言っても大したことない)の手当をするリネット。子供たちはお互いに謝り合っている。その様子を見て心洗われる思いのマードック。コング不在のため、「てめェが洗った方がいいのは心じゃなくて脳味噌だろ」との突っ込みもなく。
 最初っから椅子(子供用)にどっかと座ったままのフィトが、なぜか満足そうに、うむ、と頷いた。
《Aチームのテーマ曲、終わる。》


「俺が頑張ってチンピラ倒してた時、BGMなかったのに、何で子供の喧嘩の時にBGM流すかなあ?」
 事務所のドアを開けるなり、フェイスマンが不服そうに言った。
「え?」
 従業員の超過勤務を記録して残業代を計算していたブライアーズ氏が不思議そうな顔をする。
「いや、こっちのこと。トラック4台分のみかん、ジュースにしてもらって、3台分は冷蔵倉庫に入れといた。あと1台分のジュース、引き取りに行ってくる。ハンニバルから連絡あった?」
「ええ、みかん全部、冷凍倉庫に入れて、これからトラックを返して帰るって電話が5分くらい前にありました。」
「ん、万事順調だね。」
「でも、工場借り切ってジュース作ったり、大きなトラックを借りたり、冷凍倉庫を借りたり、結構かかったんじゃないですか?」
 コスト面が大変不安な果樹園社長。園長って言うのか?
「トラックは知り合いから空いてるのを借りたんで、ガス代だけ。」
「そのくらいなら、お支払いできます。」
「冷凍倉庫も、知り合いの知り合いが倉庫のオーナーに掛け合ってくれたんで、月50ドル。」
「えええええ、月50ドル? 冷凍する電気代だって、それ以上かかるんじゃないですか?」
「うん、そうだろうとは思うけど、空っぽの冷凍倉庫をただ冷やしとくのももったいないから、って。」
「そそそそそれでいいなら、半年分先払いしてもいいくらいですが、本当にそれでいいんですかね?」
「いいんじゃない? で、ジュース工場は初回限定お試し価格で50%オフだから、ラベル代も込みで3000ドル。」
「3000ドル? 一体何本作ったんですか?」
「2万本くらいかな、800ケースちょい、とか言ってたよ。皮やら何やらで結構減っちゃうから、トラック4杯分のみかんでもジュースになっちゃうと案外少ないもんだね。」
「2万本? 1本1ドルで売ったら2万ドルじゃないですか。それが3000ドル?」
「ビンを回収して工場に持ってくと1本あたり5セントくれるって言ってたから、2万本で1000ドル貰える。ってことは、実質2000ドルだね。」
「いや、3000ドルで何も問題はないんですが、そんなに安くていいんでしょうか?」
「向こうが3000ドルって言ってるんだから、3000ドルでいいんだと思うよ。請求書にも、ほら、3000ドルって書いてあるし。」
 シズリー工場発行の請求書を懐から出し、デスクに広げる。
「あ、ちょっと待って! 初回限定価格なんだったら、もっと作っとけばよかった! あ〜失敗した〜。」
「そんな沢山作っても、捌ききれるかどうか。2万本だって売り切れるかどうかわかりませんよ。」
「そっか、賞味期限もあるしね。」
「賞味期限?」
「うん、冷蔵なら1年、常温だったら半年くらいじゃないかな、って。」
「1年で2万本売れと!」
「だから、これからみかんジュース買ってくれそうなとこないか、電話かけまくってみる。冷凍みかんも。ってわけで、ブライアーズさん、俺の代わりにジュース引き取りに行ってくれる?」
「そのくらいならやりますよ。」
 自信満々にそう言って、ブライアーズ氏は事務所を出ていった。「ジュースのケース積み込むの、できるのかな」と思いながらも、フェイスマンは手帳を出し、受話器に手を伸ばした。


 ハンニバルとコングは、トラックを燃料満タンにして返却した後、ブライアーズ果樹園に戻ろうにも足がないことに気づいた。気づこうと気づくまいと、ないものはない。仕方なく、2人は徒歩とヒッチハイクを繰り返し、道中レンタカー屋も拝借できそうな車・バイク・自転車も見つからず、果樹園に辿り着いた時は電話から2時間以上経っていた。もう日も落ち、果樹園の従業員もすっかりと帰宅している。ということは、家に子供たちもいない。
 ぐったりと家屋に向かう2人の後ろから、トラックの排気音が聞こえた。ジュース満載の自社トラックがこちらに向かってきている。2人はトラックの方に向かった。
「フェ……ブライアーズさんか。」
 停まったトラックの横で、フェイスマンに「何で帰りの足のことを考えなかったんだ」と文句を言おうとしたハンニバルは、その気持ちを押し留めた。
「ちょうどよかった……。ジュースを下ろすの……手伝って下さい。」
 全身からヘトヘト感を醸し出しているブライアーズ氏は、息も絶え絶えにそう囁いた。


《Aチームの作業テーマ曲、三たび始まる。》
 トラックの荷台からジュースが詰まったケースを1つ取り、コングに渡すハンニバル。そのケースを持って、冷蔵倉庫に駆け込むコング。既にジュースのケースが並んでいるところへ、整然と並べる。
 トラックの方に戻るコングがビョーンと飛ぶのを下からのアングルで。
 ハンニバルにケースを渡され、もうその場でへたりとケースを下ろしてしまうブライアーズ氏。ジュース積み込み作業のせいで、腕も手もブルブルしている。
 外の物音を聞きつけ、家屋から出てきたマードック。庭の柵をひょいっと飛び越えるのを、前から、横から、上から、下から、繰り返し映される。
 外の物音を聞きつけたけど、何が起きているのかわかって、事務所から出てこないフェイスマン。電話中だし。
 ハンニバルがトラックから下ろしているケースが、早回しで少なくなっていく。その代わりに、冷蔵倉庫に積まれたケースが、早回しで増えていく。トラックと倉庫との間を早回しで行き来するコング&マードック。
 最後の1ケースが冷蔵倉庫に積まれ、ブライアーズ氏が渾身の力を振り絞って倉庫の扉をむぎゅっと閉めた。
《Aチームの作業テーマ曲、三たび終わる。》


 ブライアーズ家のリビングルーム兼ダイニングルームでは、ブライアーズ夫妻とAチームの4人が、昼間は子供たちも使っている広いテーブルを囲んでいた。大人用の椅子は2つしかないので、そして子供用の肘かけつきの椅子に百戦錬磨のツワモノどもの尻は入らないので、Aチームの面々はいつものように脚立や箱やピアノ椅子やそれらに準じたものに座っている。
「お疲れさまでした。」
「お疲れー。」
 と掲げるグラスの中身は、当然みかんジュース。ビン詰めのではなく、搾り器で搾ったやつ。
「甘っ。炭酸水で割っていい?」
「俺ァ牛乳で割るぜ。」
 そう言って席を立ち、勝手に冷蔵庫を開けるフェイスマンとコング。
「フェイスや、あたしも炭酸割りで。」
「コングちゃん、俺っちも牛乳割り。」
 そう言われて、食卓にドンと置かれる炭酸水&牛乳。
「およ? 何かゴヨゴヨしてきた。」
 早速牛乳をみかんジュースに注いだマードックが、グラスを横から見る。
「おう、こっちもだ。」
 マードックの次に牛乳をみかんジュースに注いだコングも言う。
「けど、美味い。まったりほっこりする味。」
「ちっとザラつくけどな。」
 炭酸水で割った面々は、何の文句もなくスパークリングみかん汁をごくごくと飲んでいる。
「あの、よろしければどうぞ召し上がって下さい。」
 リネットが食卓に並ぶ品々を、掌を上にして指し示した。
「買い物にも行けてなくて、ろくなものがなくて申し訳ないんですが……。」
 散弾銃を構えていたのと同一人物とは思えないほど、恥ずかしそうに。それもそのはず、食卓に並ぶのは、みかん入りひよこ豆のサラダと、チャパティと、何日目かのポトフ。食器は子供用。
「皆の者、いただきましょう。」
「いただきます!」(×3)
 実はものすごく腹ヘリだったAチーム一同、よく煮込まれて骨以外何が何だかわからなくなったポトフをバキュームカーのように啜り込み(骨は出した)、薄っぺらいチャパティを丸めて口に押し込み、ひよこ豆のサラダをざらざらと口の中に流し込んだ。
 銘々の前に取り分けられていた料理をものの数分で食べ終えてしまい、ブライアーズ夫妻は呆気に取られている。お代わりを所望したいけど、言い出すのも何となく気まずい雰囲気。
 と、その時。
 車やバイクがやって来て、家の前に停まる音が聞こえた。男たちが喚くダミ声も聞こえる。
「よくもやってくれたな!」
「倍にしてお返ししてやる!」
 ハンニバルは少し眉を顰めて、部下たちの顔を見た。
「お前たち、何かしたのか?」
「ガキを攫おうとした奴らとは別だよな?」
 コングがマードックの方を見る。
「あの親御さんたちとは声が違うぜ。バイクの音も違ったし。」
「多分、俺がコテンパンにした奴らじゃないかな。ジュースの件で通せんぼされたんで。」
 フェイスマンが挙手してざっくり説明。
「ほう、お前さんがねえ。相手は何者だ?」
「地元のオレンジ農家の人たちだと思う。」
「警察、呼びましょうか?」
 ブライアーズ氏が恐る恐る尋ねる。
「いや、その必要はねえ。」
 コングが立ち上がり、拳を掌に打ちつけた。ハンニバルも楽しそうに立ち上がり、マードックとフェイスマンもそれに続く。
「じゃあ私は、お代わりを作るわ。」
 リネットも立ち上がった。
「じゃあ僕は、ごはんを食べるよ。」
 ブライアーズ氏が震える手でスプーンを取った。


《Aチームのテーマ曲、再び始まる。》
 玄関から表に飛び出していくAチームの4人。罵詈雑言を叫びながらAチーム目がけて集まってくるチンピラども、総勢10名ほど。
 ひよこ豆のサラダをもぐもぐと食べるブライアーズ氏。
 まだポトフが残っている寸胴鍋に火を入れるリネット。ついでに、豆の煮汁も寸胴鍋に注ぎ入れる。
 チンピラ1人をキックで倒し、足首グネったので屋内に戻り、チャパティを焼くマードック。
 老練なフットワークでチンピラの攻撃を避け、相手の懐に入り、胸倉を掴んでジュードーの要領で投げ倒した上で体重をかけたエルボーをお見舞いするハンニバル。
 コングがチンピラ2人の髪をむんずと掴み、頭を打ち合わせた。ばったりと地面に落ちるチンピラ2人。両手に残る毛髪をパンパンと払い、若干済まなそうな表情を見せるコング。
 向かってくるチンピラを、するりするりと避け、戦っているような振りをして何もしていないフェイスマン。
 チャパティを千切って、ちまちまと口に運ぶブライアーズ氏。
 コングがチンピラ2人の襟首をむんずと掴み、頭を打ち合わせようとしたが、打ち当たったのは顔面と顔面だった。鼻血を振り撒きつつ地面に落ちるチンピラ2名。2人の唇と唇がぶつかっていたのを目撃してしまったコングは、改良の余地あり、と反省。
 チンピラの顔面に軽くジャブを打って足止めした後、ボディブローのラッシュに続いて、心臓目がけて右ストレートを繰り出すハンニバル。心配になって、倒れたチンピラの心臓がまだ動いているか確認。
 残りのチンピラを、面倒臭くなって次々とボディスラムで投げるコング。
 チンピラどもをすべて倒したAチーム。ハンニバルが上着のポケットから葉巻を出し、口に銜えてニッカリと笑った。
《Aチームのテーマ曲、再び終わる。》


 だが、このままではブライアーズ夫妻に迷惑がかかるので、比較的無傷そうなチンピラ数人を起こし、二度とブライアーズ果樹園にちょっかいを出さないよう言い置いてから、お引き取り願う。
 リビングルーム兼ダイニングルームに戻ると、お代わりが並んでいた。再度席に着き、今度は落ち着いて食事をする面々。
「そうだ、言い忘れてた。みかんジュースや冷凍みかんを扱いたいって店のリスト、事務所に置いといた。」
 ポトフを啜っているブライアーズ氏に、フェイスマンが報告。
「近場のとこはこっちが持ってかなきゃなんないけど、遠いとこのは向こうがここまで取りに来てくれるとこだけにした。冷凍みかんのは、冷凍車で取りに来られるってとこだけ。それでも結構な数になったよ。」
「何から何まで、ありがとうございます。」
「販売許可取る申請書も作っといたんで、明日にでも提出して。」
「はい、わかりました。」
「それと、ジュース工場と冷凍倉庫の支払い、よろしくね。」
「ええ、もちろん。……それで、皆さんに何かお礼を、と思うんですが、何分そういった支払いで入用になりますし……。」
「ああ、それは、冷凍みかんでいいんじゃないか?」
 殊の外、冷凍みかんを気に入ったハンニバルが口を出す。
「俺ァみかんそのものの方がいいぜ。家にもまだいくらか残ってっけど、あんなもなァすぐになくなっちまわァ。」
「俺っちはジュースがいいな、ジュース。」
「そりゃあみかん搾りゃいいだけだろ。まずはみかんだ。ハンニバルもだぜ、みかんさえ貰っときゃ好きなだけ冷凍にできるだろ。」
「言われてみれば、その通りですな。」
 コングの説得に、ハンニバルも納得。
「みかんでいいのなら、好きなだけ持っていって下さい。」
 安心して表情を和らげたブライアーズ氏。よっしゃ、とガッツポーズを取るコング。それなりに満足そうなハンニバルとマードック。普段だったら現金収入がないことに文句たらたらなフェイスマンも、今回はロサンゼルスでみかんを1個5ドルで売る算段でいるので不満はない。むしろ、ビバ。
「それじゃ早速、みかんをいただいてもよろしいかな?」
「どうぞどうぞ。」
 既にお代わりも平らげたAチーム一同は、「ご馳走さま」と席を立ち、ぞろぞろとみかん倉庫へ向かっていった。
 食後のデザートにみかんを数個ずつ持って戻ってくるものだと思っていたブライアーズ夫妻は、いつまで経っても彼らが戻ってこないのが気になったが、夜も遅いのでもう寝ることにした。


 翌朝。出勤してきた従業員が倉庫の扉を開けて目を丸くした。倉庫の中には最早みかんは1個もなく、みかんの皮だけがうず高く積まれ、その周囲にAチームの4人が大の字になって寝ていたのだから。いや、厳密に言えば、コングだけは大の字になっていたのだが、ハンニバルはYの字、フェイスマンはCの字、マードックは&の字になって寝ていた。
 当初は夜のうちに帰るつもりでいたAチームだが、みかんの在庫がなくなったために滞在を1日延期することにし、4人してみかんの収穫を手伝い、十分な量のみかんをレンタカーに積み、倉庫にも十分な量のみかんを補充し、ロサンゼルスに帰っていった。
 だが、大量のみかんと共にローコストで帰るべく、空港から飛行機をかっぱらって飛び立ったAチームは、案の定、燃料不足により道半ばで着陸せざるを得なくなった。それがどの辺かと言えば、アリゾナ州フェニックスの手前の何もないところ。飛行機を着陸させるには絶好の場所だが、燃料切れの飛行機を置いて何らかの方法で移動したい方々には心からお勧めできない地帯。何とか道路は発見したが、すべての道路にいつも頻繁に車が走っていると誰が言えようか。視界の端から端まで、ただ道路があるのみ。道路の端は、遠くて見えない。そして、地球が丸いこともよくわかる。
 ところで、夏には気温摂氏40度を軽く超えることで有名なフェニックス界隈も、冬である現在は最高でも20度弱、最低だと10度弱と、案外過ごしやすい。しかしながら、相も変わらず乾燥している。その結果、喉が渇く。したがって、みかん消費量が増える。男4人の怪しい奴らがヒッチハイクに成功した時には、みかんは数個を残すのみとなっており、フェニックスに辿り着いた時にはみかんはもう皮しか残っていなかった。


 みかんが適正量になってホッと安堵の息をついたブライアーズ氏だったが、フェイスマンが準備してくれた仕事が山のようにあり、当然、普段の仕事もあり、過労で倒れかけた。そのため、みかんの収穫・選別やみかんの木の世話に従事していた従業員の中からドライバー数人と事務員数人をスカウトして仕事を教え、何とか遣り繰りできるようにした。また、みかん畑で働く従業員を新たに雇い入れ、綿花畑で赤ちゃんを背負った労働者や学齢期の子供の姿を見ることもなくなった。
 ブライアーズみかんジュースとブライアーズ冷凍みかんは、この年に作った分はすべて飛ぶように売れ、幻のみかんジュース、幻の冷凍みかん、と言われるまでになったが、ファンの要望に応えてブライアーズ氏が頑張り、寂れ切った綿花畑を安価で買い取ってみかん畑に転換したおかげで、またもやブライアーズ氏は過労で倒れかけたが、みかんジュースと冷凍みかんは復活し、安定供給できるようになった。
 さらに年月は流れ、ブライアーズ果樹園を中心にコミュニティができ、上下水道も電気も各戸に完備され、幼稚園もでき、小学校も中学校もでき、アメリカ南部では珍しい、人種の垣根なく平等に教育が受けられ、平等に働ける町となり、一番の功労者であるブライアーズ氏が満場一致で町長となったが、やっぱり過労で倒れかけたので、町長は別の人にやってもらうことにして、今日もブライアーズ氏は果樹園の事務所で淡々と働いているのであった。
【おしまい】
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