夏祭りは事件の予感の巻
鈴樹 瑞穂
「だから! 何でそんなことしなくちゃいけないんだよ?」
 この暑いのに元気に喚いているのは、フェイスマンことテンプルトン・ペック。ブラジャーからミサイルまで、必要とあれば何でも用意してみせるAチームの調達係にして詐欺師である。
「だから! 夏と言えば肝試しだろ。」
 負けず劣らず元気に応酬しているのはクレージーモンキーことマードック。飛行機の操縦が得意なAチームのパイロットである。
 2人の言い争いに我関せずといった風情でハンディ扇風機のモーターを交換しているのが、コングことB.A.バラカス。メカの天才にして子供好きなAチームのメカニックである。
「できたぜ。」
 コングから渡されたハンディ扇風機のスイッチを入れ、「あーこりゃなかなかいいなああぁぁぁぁぁぁ」と夏休みの小学生並みにビブラートを利かせてご満悦なのがハンニバル。個性豊かなメンバーを纏めるAチームのリーダーである。
 4人が目下のところ潜伏しているのは、とある海辺の田舎町だ。フェイスマンが知り合いから借りたという別荘には管理人が常駐せず、気儘にのんびりと過ごすには最適だったが、何と滞在中は町内会への参加必須というオプションつきだった。
 普段ならそういう場にはフェイスマンが出席し、無難に乗り切るのだが、今朝は会合の時間が町内唯一のスーパーマーケットの特売時刻とブッキングしていたため、代わりにマードックが出席した。議題は確か「夏祭りの企画について」だったはずだ。
 特売の卵を無事ゲットして、ほくほくと帰ってきたフェイスマンを待っていたのが、「夏祭りの余興の肝試しを全面的に任されて請け負ってきた」というマードックの報告だった。
 何でそんな面倒なことを引き受けてきたのか、フェイスマンは確かめずにいられなかった。肝試しと聞いてマードックが自らノリノリで立候補したのだろうと想像はついていたが。祭りの余興なんて何の稼ぎにもなりはしない。むしろ、経費その他持ち出しの手弁当で赤字になることは目に見えている。
「ちょっと大佐。涼んでないで何とか言ってやってよ!」
「まあいいじゃないか。どうせ暇だし。」
「暇? 暇じゃないでしょ、俺たち全力でサマーバケーション中だし!」
「俺は構わないぜ。ガキどもが喜ぶからな。」
 コングにまで言われて、フェイスマンはぐっと反論を飲み込んだ。さすがに3対1では分が悪い。詐欺師たるもの、見極めが肝心である。たとえば不利な勝負からはさっさと手を引く、とか。
「わかったよ。やるからには完璧な肝試しにしようじゃないか。」
 夏祭りに花火を見ながら美女とビーチデート。そんな予定を横に押しやって、フェイスマンは自棄気味に宣言した。


 所変わって、隣町からAチームのいる町へと続く道。片側には海、もう片方は一面の畑という光景が見渡す限り広がっている。畑と道路の境目には、向日葵が植えられていた。時刻は正午を回った辺り。空には雲ひとつなく、夏の日差しがアスファルトに照りつけ、陽炎が立つのではというほどに暑い。
「なあ、本当にこの道で大丈夫かな?」
 道を歩いていた2人組の男の片方が、もう片方に言う。先刻通った分かれ道が、こちらで合っているのかが気になっているのである。
「大丈夫だ、行くっきゃねえだろ。」
 最初に口を開いた方がヘーゼル、返事をした方がカシュー。2人はここから100キロほど離れた、やはり田舎の小さな町で育った幼馴染である。故郷の長閑な町を出て、一番近い都会に行ったまではよかったが、仕事にも人間関係にも馴染めず、数か月で職を失い、食い詰めた。困った挙句、窃盗に手を出して、警察に追われる身となり、流れ流れてここにいる。田舎町に余所者がいればそれだけで目立つが、幸いなことに夏は海辺の町にとって観光シーズンだ。
 旅行客に紛れて数日間滞在しては次の町へ。町を出る前に適当な車を拝借し、次の町に着く手前で乗り捨てる。そんなことを繰り返しているが、今回は途中でちょっとしたアクシデントがあり、そこから徒歩で道を辿る羽目になっていた。
「喉渇いたなあ。熱中症で倒れたらどうしよう?」
「大丈夫だ、バカは熱中症になんねえ。」
「じゃあカシューは平気だね。」
「お前もな。」
 ヘーゼルはのんびり屋かつ心配性、カシューは大雑把で口が悪い。何だかんだで気が合う2人の窃盗犯は歩き続けた。次の町までの道のりはまだ遠い。


「で、いつなんだ、その肝試し――もとい、夏祭りとやらは。」
 冷蔵庫から冷えた缶ビールを持ち出そうとしてフェイスマンに止められ(ビールは1日1本まで。昼間から飲んだら夜はお預けになるのである)、代わりにビアジョッキに山ほどの氷とアイスコーヒーを入れてもらったハンニバルが、マードックが広げている『夏祭りのしおり』を覗き込む。ガリ版刷りの冊子をハンニバルに手渡しつつ、マードックがさらりと告げた。
「今夜。」
「今日?」
「そう、今夜。」
「あー、それじゃ何か。ここのご町内の方々は、今夜の企画を今日の朝、集まって決めようって寸法だったのか。」
 ハンニバルもビックリである。
「そんなわけないでしょ。夏祭りの企画は先月から毎週集まって話し合ってたから。」
 その成果がこの冊子、とAチームの町内会担当フェイスマンが胸を張る。
「ただ先々週は3軒先のサンチェスさんちのカロリーナちゃんの結婚式、先週は7軒先のフェルナンデスさんちのおじいちゃんの葬式で流れたんだよね、会合。」
「そうか。まあ冠婚葬祭なら仕方あるまい。」
「だから役割分担が当日になっちゃってさあ。」
「それはわかったけどよ、肝試しの準備ってどこまでやりゃあいいんだ?」
 グッと現実的な方向へ軌道修正するコング。
「あっ、それはオイラがちゃーんと聞いてきたぜ!」
 グッとサムズアップするマードック。ハンニバルから戻された冊子の最後のページを開いて広げると、何と、大きなマップになった。表は夏祭り会場図、裏は肝試しルートになっている。
「ルートは毎年恒例で決まってるんだと。学校からスタートして国道沿いに進んで砂浜に下り、今は使われていない漁師小屋の中に用意したランタンを取って戻ってくるコース。片道徒歩15分、往復30分ってとこだね。」
「なるほど。そこまで決まってるんなら、我々の仕事は脅かし役だけだな。」
「せっかくだ、その漁師小屋ってやつも飾りつけて、ちょいと演出も仕込んどくか。」
「衣装とメイクも必要だよね。」
 顔を見合わせて頷き合うAチーム。


〈Aチームのテーマ曲、始まる。〉
 スケッチブックを広げてデザイン画を描き殴るマードック。どこからかマネキンと、白や黒や派手な色の布を調達してくるフェイスマン。マネキンの顔に青い鱗の特殊メイクを施すハンニバル。コングが海岸で集めてきた海草を運んでくる。
 赤い巨大ピーマンのハリボテを作るマードック。目と口を悪そうな形に切り抜く。半魚人となったマネキンの頭にフェイスマンが海草を被せ、ちょいちょいと指先でヘアスタイルを調整する。その半漁人が飛び出す仕掛けを試すコング。海草が宙を飛び、ハンニバルの足元へと落ちる。両手で放物線を描いて指示するハンニバル。海草を拾うフェイスマン。再び宙を飛んだ海草を素早く避けて、満足そうに頷くハンニバル。
〈Aチームのテーマ曲、終わる。〉


 暑さも幾分和らいで、それでも吹く風はまだ生ぬるい夏の夕暮れ。カシューとヘーゼルはようやく町の近くまでやって来た。カシューが大丈夫だと言い切った道は、確かにこの町へと続いていたが、海岸線に沿ってぐねぐねと折り返す分、選ばなかった方の直線コースよりも随分と遠回りだった。
「もう俺、疲れたよ、カシュー。」
「もうちょっとで着くから歩け。」
「もうそれ100回くらい聞いた。」
「そんなに言ってねえ。歩けねえなら置いてくぞ。」
「歩けないなんて言ってない。足痛いし腹減った。」
「もうちょっとで着くから歩け。」
 gdgdである。
「あー、その辺に車落ちてないかなあ。」
 ヘーゼルが溜息をつきながらぼんやりと辺りを見回し、そしてシャキーンと背筋を伸ばした。
「カシュー、あれ!」
 カシューがヘーゼルの指差した方を見ると、確かにそこには紺色のバンが停まっていた。少しばかりボロい風情の小屋の前である。
「よし、いただきだ!」
「でも、乗ってきた人が近くにいるんじゃないかな。」
「そん時ゃヒッチハイクを頼みゃいーだろ。」
「そっか。でも、面倒だから、いない間に借りちゃう方がいいなあ。」
 などとカジュアルに窃盗の算段を立てながら、バンのドアに手を掛ける。鍵はかかっていなかったようで、ドアがスライドし、中から――
「うわああああ!」
「なっ、何だ!?」
 飛び出す半魚人、シュッと伸びて絡みつく磯臭い海草。
 2人が思わず腰を抜かしたのも無理はない。
「どうかしましたか?」
 後ろから声をかけられて振り返ると、そこには――
「ひええええ!」
 頭部まで包帯をぐるぐる巻きにしたミイラ男が立っており、彼が一歩踏み出した途端に目玉がボトリと落ちる。
 呆然と立ち尽くす2人の後ろから、いきなり大音量でハバネラが響き渡った。
「!?」
 ジャック・オー・ランタンのような顔の赤ピーマンがノリノリで踊っている。
「一体何だってんだよ?」
「ハバネロ? ハバネロの呪い!?」
 もはや涙目のヘーゼルの肩を、誰かが叩いた。
「おい、大丈夫か?」
「た、助け……。」
 くるりと振り向いて、彼らは見てしまった。
 モニカンの黒人が立っているのを。そして、その頭部に深々と斧が刺さり、赤い液体が流れているのを。
 カシューと目が合うと、黒人は斧で割られたままニヤリと白い歯を見せて笑った。
「ぎゃああああ!」
 ミイラ男にハバネロに斧男。バンの中から半魚人。わずかに開いた隙間を縫って2人は駆け出そうとしたが――
 ユラリ。広がり始めた宵闇にランタンの光が揺れた。
「ん? もうお客さんが来たのか? まだおもてなしの用意が整ってないんだが。」
「結構ですううう!」
「やっべえ!」
 カシューがヘーゼルの腕を掴んで引きずるようにして、2人は脱兎のごとく逃げていった。


「おい、面倒だからメイクして行こうって、さすがにまずかったんじゃねえのか?」
 コングが言うと、ミイラ男のフェイスマンが両手を腰に当てて反論する。
「だって時間ないし。」
「あー、無理矢理突っ込んどいた半魚ちゃんが飛び出しちゃってるじゃん。髪の毛どこ行ったかな、あっ、あった。」
 海草を拾い、バンの中にマネキンを押し戻そうとするマードックを、ハンニバルが止める。
「そいつはもう運び出してセットするぞ。」
「あ、そう。」
 今度はマネキンを引っ張り出しにかかったマードックを、コングが手伝い始めた。
「それにしてもあの子たち、さすがにフライングだよ。まだ準備も終わってないのにネタバレしちゃったじゃないか。」
 腕時計を確認してぼやいたフェイスマンに、ハンニバルが言った。
「まあいいじゃないか。なかなかいい反応でしたよ。」
「確かに。最後はすごい勢いで逃げてったよね。大佐はまだメイクしてないのにさ。」
「まあねえ。」
 ハンニバルはにんまりと笑って顔の下からランタンの光を当てる。マードックはちょっと引き攣った表情で笑い返して肩を竦めた。


 その年の夏祭りの肝試しは、結局、参加者が誰もランタンを取ってこられないという前代未聞の結果に終わり、夏祭りが始まる前に、指名手配中の窃盗犯2人組が町の交番に逃げ込むように駆け込んできて自首した事件と共に、長閑な田舎町にしばらくの間、話題を提供したのだった。
【おしまい】
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